【第17話】共魔石
デュークの報告を受けたレイは、大凡の合点がいった様子で話し始めた。
「おそらく、犯人はネイトだろう。そして魔物をおびき寄せているのは魔法ではない」
ネイトはナダラの森でレイたちのチームを尾行し、モルガエンを倒した後に逃走した1-Aの生徒だ。
事前にレイからそのことを聞いていたデュークは、レイの言い方に違和感を覚えていた。
学院内で犯人の可能性が最も高いのが、今回の一件を引き起こした元凶であるネイトだという点は、デュークも同意見だった。
しかし、レイはその犯人についてはあくまで推測であるのに対して、魔物をおびき寄せている方法が魔法ではないと断定した。
つまり、その方法について確度の高い心当たりがあるということになる。
「魔法でないとしたら、一体どうやって魔物を呼び寄せているんだい?」
「共魔石だ」
レイの回答は簡潔を極めた。
しかし、デュークはその石の名に聞き覚えが無かった。
表情から読み取ったのか、レイが説明を捕捉する。
「無限の魔窟は知っているな?」
――無限の魔窟は『輪廻の大厄災』で形成されたと言われる、地下全11階層からなる魔物の巣窟である。深い階層になるにつれて生息する魔物のランクが上がる傾向にあり、最下層に辿り着いた者は未だかつて存在しない、非常に危険な地下迷宮だ。
無限の魔窟という名は、内部の魔物の数が全く減らないことに由来しており、その原因は今も解明されていない。
東のフォーレス、南のアルタイン、西のセルブリア、北のノルダムがそれぞれ統治する4大大陸の丁度中央に位置する孤島に存在しており、特別な許可がなければ、立ち入りすら禁じられている場所である。
何故そのような場所の名が突然出て来るのか、デュークは要領を得ない様子で聞き返す。
「無限の魔窟なら僕も何度か任務で潜ったことがあるけれど、あそこがどうかしたのかい?」
「共魔石というのは、あの魔窟で稀に採取できる魔石の一種だ。その石は、魔物を引き寄せる魔力を有しているという。
魔窟から外に魔物が溢れ出さないのは、共魔石の存在が関係している可能性が高い」
「なるほど。つまり今回の一件にもその共魔石が使われているということだね?」
「ああ。おそらく今回の黒幕が適当な理由をつけて、ネイトに持たせたのだろう。
ネイトのことはこちらで対応しておく。デュークは引き続き犯人と背後関係の調査をしてくれ」
「了解、そっちは君に任せるよ。こちらも、また何か分かったら連絡する」
そうしてレイとデュークは別れたのだった。
■---------------------------------------------------■
翌日、レイはいつも通りサラに気付かれることなく護衛もとい登校すると、
すぐに始業前の1-Aへと足を向けた。
レイが1-Aの教室を訪れると、生徒たちが一斉に注目する。
レイが2ndだからというだけではない。彼はあのサラのパートナーなのだ。
例の昼食会の影響もあり、今やこの学院内でその事実を知らない者など皆無に等しい。
そのことを考慮すれば、この注目も当然の反応だった。
無論、レイに対する視線は友好的なものだけではない。
特にサラのバディの座を狙っていた貴族の生徒は、まるで親の仇のようにレイを睨め付けている。
――当の本人はというと、そんなことなど全く意に介していないのだが
ともあれ、レイも用事を手早く済ませるために、目的の人物を探すことにしたのだが、どうやらその手間は不要のようだ。
教室内がざわめく中を、先陣切って向かってくる男子生徒が2名。
その目には明確な敵意を湛えている。
「何の用だ?ここは2nd如きが来て良い場所ではないぞ」
最初に言葉を発したのは、ネイト・ファラス。
ナダラの森で、レイたちのチームを危険に晒した計画を企てた張本人だ。
無論、本人はそのことなど気にしている様子はない。
極端に2ndを見下す、高圧的な態度も改まってはいないようだ。
そのことを分かった上で、レイは敢えてネイトの神経を逆撫でした。
「俺のバディに少し話があっただけだ。お前に用はない」
嘘である。
彼がここに来た一番の目的はネイトだった。
レイの予想が正しければ、ネイトは身体のどこかに『共魔石』を隠し持っている可能性が高い。
それを確認するために、どうにかネイトと接触を図る予定だったのだが、幸いなことに向こうから寄って来てくれたのだった。
しかし、そんな事情など知る由もないネイトは、レイの言葉に表情を顰める。
「貴様!ネイト様に向かってその口の利き方はなんだ!」
代わりに怒声を上げたのは隣にいたダリスだった。
ナダラの森でもネイトに同行していた男子生徒だ。彼の側近のような立場なのだろう。
しかし、そんなことはレイにとってどうでもいいことだ。
ダリスを無視して、彼はネイトの右手首に視線を向けた。
ネイトの手首には、高級感のあるシルバーバンクルが巻かれている。
そしてそのバンクルには、一際目を引く緑の宝石が均等な間隔で装飾されていた。
(魔共石、やはり身に付けていたか。問題はあれをどうやって回収するかだが――)
「おい!聞いているのか!」
「待ってください!彼は私への用事で来たはずです。後はバディである私が対応します」
諫言に無関心を決め込むレイに、詰め寄ろうとしたダリスを制すようにサラが割って入る。
「サラ様、何故その男なのです?」
しかし、さらにそこに口を挟んだのはネイトだった。
「何故とは、どういうことでしょうか?」
「王女であり、学年首席のサラ様が何故、上流貴族でもない2ndのこの男をバディに選ばれたのでしょう?」
「何度も言っていますが、ここでの私の立場は他の方と同じです。それに、私が彼にバディを申し込んだのは、彼から学ぶべきことが多くあると考えたからです」
「実力の伴わない2ndからですか?」
言いながらネイトは、横眼でレイを睨めつける。その視線には侮蔑の意図がありありと見て取れた。
「彼の実力は、先の野外演習で直に確認しています」
野外演習という単語に、ネイトの表情が歪む。サラの前で逃亡したことは、彼の中でまだ尾を引いているようだ。
当然、その後に起きたことについては詳しく知らないだろう。
――しかし
「では、私にもその彼の実力とやらを確認させていただけませんか?」
「確認、というのは?」
訝しむサラに対して、ネイトはあっけらかんと言う。
「簡単な話です。私と彼で模擬戦を行い、彼が負ければサラ様のバディを辞していただきます」
貴族の矜持なのか、単に顔の皮が厚いだけなのか、後ろめたさなど微塵も感じさせず、むしろ払拭するようにネイトは図々しい提案を吹っ掛けたきたのだ。
「な!?そんな勝手な話は――」
「いいだろう、その模擬戦を受けよう」
当然、サラはそんな理不尽な要求に応える義理はないと拒否しようとしたのだが、それを遮るようにレイが二つ返事で返してしまった。
「レイ!?一体どういうつもりですか?」
「此奴が何様のつもりかは知らないが、毎回突っ掛かられても面倒だからな。
ここでハッキリさせておこうと思っただけだ」
「貴様!デューク様と顔見知りだからといって調子に乗るなよ!」
どうやら、昨日の校門で一幕はネイトの耳にも入ったらしい。
デュークがバックについているとでも思ったのだろうが、レイからしたら予想外な上に考えたくもない構図だった。
しかし、そんなことは一切表情に出さずに、
「ただし、こちらにも条件がある。俺が勝ったらその腕のバンクルをいただく」
レイの本当の狙いはこれだった。
先ほどまで、どうやって共魔石のバンクルをネイトから回収するか考えていたレイにとって、模擬戦は願ってもない好機だった。
「ふん!金品を要求するとは卑しい奴め。いいだろう、貴様に1stと2ndの違いを教えてやる!」
負けるとは微塵も考えていないのだろう。
ネイトは存外すんなりと、レイの提示した条件を受け入れた。
そして模擬戦はその日の放課後に、学内施設の訓練場で行われることとなった。
話が上手く纏まり、満足気に向き直ったレイの視界に入ってきたのは、不満気に頬を膨らませたサラの顔だった。




