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【第16話】道化の真意


 場の空気が凍り付いていた。


国家魔法師といえば、魔法師を志す者ならば誰もが憧れ、畏敬の念を抱かずにはいられない雲の上の存在だ。

人口3億人以上の大国フォーレスでも、その称号を冠する魔法師は30名しか存在しない。


さらにその中でも別次元とされる上位7名の魔法師、七星は国内外にその名を轟かすフォーレスの『顔』と言って差し支えないほどの魔法師だ。


その内の一人が、突如学園構内に現れた。それだけでもパニック必至なのだが、一般生徒に名指しで話しかけたのだから、一転して周囲のこの反応は無理からぬことなのかもしれない。

王女であるサラですら、状況が理解できず無言でこちらを見つめている。


 レイは任務など今すぐ放棄して、単身この場から立ち去りたい気分になっていた。

思えば、デューク・サルエストという人格を鑑みれば、予想外の行動は想定しておかなくてはいけなかったのかもしれない。

この男はこちらの迷惑も顧みず、ただの冗談でこういうことをやらかす奴なのだ。


やはりコイツとは反りが合わない、というか無理だ。

デュークとの関係の構築を早々に投げ出して、レイはとりあえずこの場を切り抜けることに集中することにしたのだった。


「あれ?デューク兄さんじゃないか。国家魔法師になった時以来だね。全然田舎に帰ってこないから叔母さんが心配してたよ」


「――なんだ?あの2nd、デューク様と同郷なのか?」

「――デューク様と知り合いだなんて、なんて羨ましいの」

「――くそっ!2ndの分際で七星相手になんて馴れ馴れしい話し方なんだ!」


どうやら周囲は上手く騙されてくれたようだ。

安堵と共に代償として、また余計な敵が確実に増えたことをレイは実感していた。


「兄さん?レイ、突然何を言って――」


「兄さんみたいな人がこんなところにいたら、他の人の迷惑になってしまうよ。とりあえず移動しよう」


柄にもない会心の演技をデュークがぶち壊す前に、レイはデュークを引っ張ってその場を離れたのだった。


■---------------------------------------------------■


 「どういうつもりだ?」

 

「そんなに怒らないでくれよ。それより、サラ様を置いてきちゃったけどよかったのかい?」


「周囲の警戒は常に続けているから問題ない」


「《遠視》と《精霊の扉》の併用かい?さすがはゼロだね」


レイとデュークは今、校門を出て直ぐ近くの路地裏で会話をしている。レイの認識阻害の魔法により周囲に気付かれることはないし、会話を聞かれることもない。

それが分かっているからだろう。デュークはレイを『ゼロ』と呼んだ。


――直後、レイの纏う空気が一変する


「その名で呼ぶならば、冗談で済ますつもりはない。任務に支障を来しかねない突飛な行動といい、事と次第によっては七星のお前とて容赦はしない」


デュークの双眸を鋭く射抜くレイの瞳には、いつの間にか謎の紋様が浮かび上がっていた。

『∞』が幾重にも重なりながら、円を描くように連なるその紋様は赤い光を放ちながら異様なプレッシャーを放っている。


さすがのデュークもレイの魔眼を前にして、思わず表情が強張る。

そして次の瞬間には、先ほどまでの軽率な空気を仕舞い込み、神妙な面持ちへと変化していた。


「すまない……相談もなく学院を訪れたことは謝罪するよ。ただ、理由もなくあの場にいたわけではないよ」


「それで?」


デュークが学院に来る理由など皆目見当もつかないレイは、表情を変えずに続きを促す。


「例の賊なんだけど、やはり背後で予想以上に大きな力が働いている可能性が高い。

先日、君がグランベオを倒したナダラの森は、F~Eランクの魔物しか生息していない場所だった」


「それは学院側も承知の上だった。でなければ野外演習などしない」


「そう。だからこそモルガエンやグランベオは、サラ様を狙って賊が配置したというのが、僕らの見解だった。だけど…あの巨体を無理やり連れてきた痕跡は発見できなかった」


「なるほど、つまり…」


言い淀んだデュークの表情を見て、レイも一つの仮説に辿り着く。


「おびき寄せたのか」


「昨夜から今朝にかけて、不自然な数のフライガンの群れが、北のノーガン山脈から王都に向かって襲来しようとしていたんだ。僕が詳細な連絡を受けたのは、君との会話を終えた直後だったよ」


――フライガンは小型の翼竜の魔物でランクはC。通常は5〜6匹で群れを成して山間部に生息している。

人の住む場所に姿を現すのは極めて稀だし、大群で行動するなど前例がない。


――しかし今気になるのは

  

「昨夜の出動か。それで、そいつらはどうしたんだ?」


「僕とカインたちで討伐はしたんだけど、奴らの目指していた場所を調べてみたら――」


「この学院に辿り着いたと」


神妙な表情のままデュークが頷く。


「僕が学院に来たのは、魔物をおびき寄せている犯人が誰なのかを探ることと、その犯人に自覚があるのかを確認するためだった」


そこまで聞いてレイは、ようやくその魔眼を解いた。

心臓を鷲掴みにするような威圧から解放されたデュークは、尚も言葉を続ける。


「レイ、状況は思った以上に深刻だ。魔物をおびき寄せる魔法など聞いたことがない。

その魔法を行使しているなら犯人を倒せば済むだろうけど、生徒の誰かが囮として魔法をかけられているとしたら、本人とその周囲にも危険が及ぶ」


どうやらデュークはしっかり調査をしていたようだ。常時効果が続いているのであれば、確かに一刻を争う。

校門での振る舞いは、生徒たちに不安を与えないよう配慮したのであろう。

そう判断したレイは、魔物をおびき寄せている犯人とその方法について言及し始めた。


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