【第15話】それぞれのバディ
デュークと連絡を取った翌日、レイはいつもの時間に家を出て学院へと向かう。
その道中、市街地の大通り沿いに建つ、上部の鉄柵も含めれば10mはあろうかという壁に囲まれた巨大な建物を、通りの向かいから眺めて待つこと数刻。中から目的の女学生が現れたことを確認して歩を再開する。
その後も学院までの短い道程を悟られぬよう後をつけ、女生徒が学院に到着したことを確認して自身の教室へと向かう。
レイがフォーレス魔法高等学院に入学してから、毎朝行っているルーティンである。
一見すればただのストーカー行為だが、無論これはサラを護衛するためにやっていることだ。
離れていても、魔法で監視することは可能なのだが、自身も通学することは変わらないため、片手間ということで足を使うことにしている。
――通学時や行動を共にしている時以外は、基本的に魔法で周辺の状況を監視している。
バディという立場を利用すれば、堂々と横に並んで登校する方法も取れなくはないのだろうが、そこはやはり年頃の男女ということで、周囲の目も考慮して、これまでと同じ方法で監視しているのだった。
午前の授業を終えたレイは、先週から突如始まったサラ主催の昼食会に、またも半強制的に連行されていた。
だが今日は、いつものメンバーに加えて、先日までは見なかった顔がある。
特に気にすることなく席に着いたレイは、そのまま昼食を取ろうとしたのだが、
「レイ、貴方はもう少し周囲の人に興味を持つべきよ」
サラに呆れながら指摘されて、伸ばした手を一度戻す。
レイとしては、この昼食会に新たに加わったのが誰なのかということは、既に把握していたため特に尋ねる必要性を感じなかっただけなのだが、どうやらそれではいけなかったようだ。
「先日シェレンとラルフが話していた、2人のバディだろう?」
分かっているならどうして?とでも言いたげなサラが、溜息と共に視線を二人に移す。
「初めまして、サラ・ソルフォードです。こちらはバディのレイ」
「レイ・ゼーノクスだ。よろしく」
二人が自己紹介を終えると、ラルフの隣に座っていた少女が控えめな声で応じる。
薄いマリンブルーの髪を背中半分ほどまで伸ばした、目鼻立ちの整った少女だった。
控えめに言っても間違いなく美少女だ。
「カノン・フロレンスです。あの、兄がいつもお世話になっております」
丁寧にお辞儀をしたその少女に続いて、シェレンの横に座った男子生徒が口を開こうとしたところで、シェレンが割って入る。
「かわいい~!ラルフと全然似てないのね」
「こらシェレン!それはラルフくんに失礼だろ」
自己紹介を中断した少年が、慌ててシェレンを制す。
カノンは彼女の勢いに圧倒されて怯えてしまっている。
「前にも言ったと思うけど、俺とカノンは義兄妹なんだ。年は同じなんだけどな」
特に気を悪くした様子もないラルフが、笑いながら説明する。
それを聞いた少年は、安堵と気まずさが同居したような、複雑な表情になっていた。
100年前に起きた『輪廻の大厄災』を機に、世界から安住の地は消え失せた。
今こうしている間にも、世界の至る所で様々な悲劇が起きている。
このご時世に義兄妹と聞くと、どうしてもそうした不幸な出来事に起因していることを想定してしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
事実、カノンがラルフの家に迎え入れられた経緯も、そうした例に漏れず、悲しい過去が原因となっていた。
だから、ラルフもそれ以上を語ることはない。他ならぬ妹のために。
そうした空気を敏く感じ取った少年が、中断していた自己紹介を再開した。
女性であるサラよりも身長が低く、シェレンやカノンと比べても大差ない。
顔立ちも中性的で、一見すると少女にも見えるその少年は、緊張しているのか意を決したように口を開く。
「ぼ、僕はノア・エヴァンと申します。シェレンとは幼馴染で1-Bに在籍しています。よろしくお願いします」
やや堅い口調だが、ぺこりと頭を下げる姿がなんとも可愛らしい、という感想は本人からすれば不服に違いない。
「あのエヴァン家の嫡子なのか。シェレンのバディがまさかこんな大物とは、驚いたな」
ラルフが目を丸くして言うと、ノアは居た堪れないように俯いてしまった。
「あー、ごめんねラルフ。ノアってあまり家名で見られるの好きじゃないのよ」
その様子を見かねたシェレンがそれとなく事情を説明する。
「おっと、それは悪かった。俺はラルフ・グライド。よろしくな、ノア」
ラルフが謝罪を兼ねて気さくに挨拶すると、ノアは嬉しそうに握手に応じたのだった。
その横では、妙に距離を詰めてシェレンがカノンに自己紹介をしていた。
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新メンバーを迎えた昼食会がお開きとなり、午後の授業も終えると、レイはいつものように下校するサラを護衛するため、校門へと向かう。
どうやらサラの方が先に下校したようだが、何故か校門付近で止まっている。
また貴族にでも絡まれているのだろうと思いつつも、レイは校門へと急いだ。
レイが着くと校門には大きな人だかりが出来ていた。そこかしこから色めき立った声も上がっている。
嫌な予感を抱きながらも、レイはその中心にいる人物を確認するべく人垣を割っていく。
そして人垣の先を視界に捉えると、そこに立っていたのは、案の定、レイが予想した通りの人物だった。
赤い髪を靡かせ、国家魔法師の法衣を纏い、その襟には七星の意匠を象ったバッジが圧倒的な存在感を放っている。
ここまでくれば、誰も間違えようがない。
魔法大国フォーレスにあって、国家最高戦力とされる魔法師、七星が一人、デューク・サルエストであった。
そのデュークが、あろうことか公衆の面前でサラに対して跪いていた。
礼に則った作法だが、こんな場所でそんなことをすれば、こういう事態になるのも仕方がない。
どちらも見てくれが良いことも手伝って、さながらドラマのワンシーンのようになっている。
当のサラはただただ困惑して、どうすれば良いか分からないといった表情になっていた。
レイが白けた目で見ていると、その視線にデュークが気づく。
「やあ、レイ」
直後、周囲のギャラリーが一斉に振り返る。次は、レイが注目を集める番だった。




