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【第13話】バディ決定


 ナダラの森の西端に、黒い外套に身を包んだ2人の男が立っていた。

 

「グランベオがやられた!?」


【グランベオ】が倒されたことを感知した一人の男が、想定外の事態に狼狽した声を上げる。


「何!?モルガエンはともかく、グランベオはBランクの魔物だぞ!学生ごときに勝てるわけがないだろう!何かの間違いじゃないのか?」


「だが、実際に生体反応が消えた……。一体何が起きている?」


「標的は?」


「グランベオの反応が途絶えた位置から移動し始めた……どうやら仕留め損ねたようだ」


「くそっ!ワケが分からん!とにかくここに長居するのはまずい、撤退するぞ!」


男たちは激しく混乱しながらも、足早にナダラの森を後にした。


■---------------------------------------------------■


 思わぬトラブルに遭遇したものの、レイたちGチームは当初の目的通り、

ナダラの森最奥部の祭壇に到達し、無事に鈴を奉納して課題をクリアした。


「モルガエンとグランベオに遭遇したのが嘘みたいに、その後は何事も無かったわね……」


シェレンが溜息を吐きながら言う。その様子からも相当な疲労が見て取れる。


「どうやら、あんなレベルの魔物に遭遇したのは俺たちだけだったみたいだぜ」


教師に確認してきたラルフも、今回ばかりは憔悴の色が見える。


それも無理からぬことだろう。

学生では、到底太刀打ち出来ない高レベルの魔物に遭遇し、実際に命を危険に晒されたのだ。

精神的なダメージから回復するには、まだ時間が必要だ。


 しかし、3人に未だ残る微かな動揺は、別の原因によるものだった。

 

サラの聖魔法については、【グランベオ】討伐後の道程で説明を受け、3人が他言しないことで話が纏まった。

だが、あの危機的な状況で、レイが瞬間的に見せた戦闘力に関しては、まだ誰も聞くことができていない。


【グランべオ】はBランクに指定される、非常に獰猛で危険な魔物だ。

本来であれば、軍の魔法師10名前後で構成された分隊もしくは、国家魔法師による対処が必要とされるレベルである。


その魔物を、まるで歯牙にもかけず一方的に瞬殺するというのは、あまりに異常だ。

それを目の前で見てしまったからこそ、彼らは聞くことを躊躇していた。


その力を目にして、真っ先に感じたのが『恐怖』だったから。

本能が、触れてはならないと警鐘を鳴らしていた。


――それでも


「レイ君、さっきは助けてくれてありがとう。あの瞬間、正直もう諦めかけたよ」


「本当に死んだかと思ったぜ。ありがとな、レイ!」


こうして律儀に礼を述べるあたり、彼らは今まで会った普通の人間とは、少し異なるのかもしれない。


「あぁ、全員が無事に戻って来られてよかった」


そんなことをぼんやりと考えながら、レイが返事をする。


「レイ君、今日は本当にありがとうございました。

貴方がいなければ、私たちはあの場で死んでいたでしょう。貴方は命の恩人です」


「俺は俺に出来ることをしたまでだ。気にしないでくれ」


レイが淡々と応えると、サラが俯き気味にまだ何かを言いたそうに目線を向けてくる。


「まだ他に何か?」


レイが水を向けると、サラは躊躇しながらも意を決したように切り出した。


「あの……もしよろしければ、わ、私…私とバディを組みませんか?」


「へ……?」


サラの申し出に素っ頓狂な声を上げたのは、ラルフとシェレンだった。


■---------------------------------------------------■


 レイたちがナダラの森での野外演習を終えた翌週の初日に、学内のweb上でバディの組み合わせが公表された。

 

生徒たちに公表するのは、誰が誰のバディなのかを知っておいた方が、有事の際に役立つからという理由らしい。


 今回、公表された組み合わせ表を熱心に眺める者の中には、上級生も多く含まれていた。

目的はもちろん、サラのバディが誰なのかを確認することだ。


そして、そこかしこから悲鳴にも似た驚きの声が上がる。



『1-A:サラ・ソルフォード 1-E:レイ・ゼーノクス』



サラの横に並ぶのは、見慣れない名前の男子生徒だった。

貴族でもなければ同性でもない。しかも、2ndとなればこの反応も仕方ないのかもしれない。


 案の定、その日は休み時間になるたびに、レイのクラスにギャラリーが集まってきた。


昼休みにもなると、その数はさらに倍増した。

単純な興味本位で来る者、明確な敵意を伴って来る者、動機は様々だが、見られる側は堪ったものではない。


「……はぁ、だから嫌だったんだ。見世物じゃないんだぞ」


今日何度目になるか分からない溜息を吐き、レイが静かな場所で昼寝でもしようと席を立った時だった。


廊下からどよめきの声が上がる。

レイが視線を向けると、そこには笑顔のサラが立っていた。


■---------------------------------------------------■


 どうしてこうなったのか分からないが、レイは今、サラと共に昼食を取っている。

それも堂々と学食で食べているので、周囲からの視線は、むしろ教室にいた時よりも多い。


「おい、なんで俺がお前と昼食を取る必要がある?」


「お前ではありません。私のことはサラと呼んでと言ったでしょう。

今後はバディとしてやっていくのですから、可能な限り時間を共有すべきだと思いました」


「今は昼休みだぞ?一体何のためにそこまでする必要がある?」


「バディはお互いの信頼関係を築くことが目的です。私たちはクラスが異なるのですから、こういった時間を使わないと」


「いや、それはそうかもしれないが……」


サラの思わぬ反撃を食らって、言い淀んでいるレイに、サラの横から声が掛かる。


「まぁまぁ、いいじゃないレイ君。あたしたちだっているんだしさ」


「いや、全く理由になっていないが?というか何故お前達もいるんだ?」


「あ、ひっどーい!あたしたちもう友達じゃない」


「そうだぞ、レイ!飯は皆で食った方が美味いからな」


シェレンとラルフの謎の説得に心が折れたのか、レイは溜息を吐いてから、購買で買ったパンに手を伸ばした。


「そういえば、シェレンとラルフ君のバディはどんな人なの?」


ひと段落したところで、サラが二人に問いかける。


「あ、そっか。まだ紹介してなかったよね。今度連れてくるよ」


「俺のバディは1-Fにいる妹なんだ」


「なんだラルフ、同じ学年に妹がいたのか?」


「といっても義兄妹なんだがな。俺も今度連れてきていいか?」


「えぇ、是非。妹さんにもお会いしたいです」


どうやら今のやり取りで、昼食会のメンバーがあと2人追加されることが決まったらしい。


(これは真剣に脱出経路を確保しておいた方がいいな)


レイがそんなことを考えていると、サラがその端正な顔に完璧な笑顔を張り付けて、レイの方を向く。


「レイ、逃げようなんて考えないでくださいね」


完全に思惑が見抜かれていた。というか、性格を理解するのが早すぎはしないだろうか?

サラは将来、恐怖政治でフォーレスを支配するのかもしれないと、半ば真面目に考えながら、レイはぎこちない表情で頷いたのだった。

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