【プロローグ】死地から日常へ
とある平原で、半漁半獣の大型の魔物を相手に、魔法師の部隊が苦戦を強いられていた。
部隊を構成する隊員数は凡そ1000人。大隊レベルの戦力だった。
しかし、その人数も今となっては半数以下にまで減らされている。
「隊長!チームβも全滅しました!
もう持ちません!撤退すべきです!」
副隊長を務める士官が、隊長らしき男に必死の形相で詰め寄る。
「本部から、国家魔法師が一人、こちらに向かったと連絡を受けている。
到着まで、もう少しだけ持ち堪えるんだ!」
「いくら国家魔法師といえど、王都からここまでは片道で半日掛かります。
今からでは、到着まで持ちません!」
二人の高官がやり取りをする中、天幕内に突如、人影が現れる。
「救難信号を受けて本部から来た。ここで間違いなかったか?」
気配をまるで感じなかったからか、二人は咄嗟に反応できない。
「……貴方が救援の国家魔法師の方ですか?」
「そうだ」
副隊長の問いに対して、男は短く返答する。
しかし、副隊長は怪訝な表情を崩さない。
いくらなんでも到着が早すぎるのもあるが、それよりも
「小官は、国家魔法師30名全員の顔と名前を記憶しております。
失礼ですが、貴方はその何れにも該当しないのですが――」
そこまで言いかけたところで、隊長が手で機先を制す。
「部下が失礼致しました。我々はどう動けば良いでしょうか?」
「前線に残っている者たちを全員退避させてくれ。後はこちらで処理する」
「了解しました」
敬礼と共に返事をすると、隊長は伝令ですぐに兵士を後退させた。
「隊長、あの魔法師は一体…?」
「『零』、と呼ばれている。詳細は定かではないが、ある特定条件下で、七星や国家魔法師に代わって動く魔法師なのだそうだ」
「零……。噂だけは聞いたことがあります。七星の後方支援専門の魔法師がいると。しかし、本人の戦闘力はどうなんでしょうか?」
「一説には、その七星に匹敵するとも言われている」
「フォーレスの最高戦力にですか!?」
「これもあくまで噂だがな」
そんなやり取りを交わしながら、二人は戦場の方角を見ていた。
兵は既に撤退を完了している。
邪魔者がいなくなったことを確認した魔物は、部隊の拠点方向に向かって進行を再開した。
拠点の後方には、大きな集落がある。
部隊としては、どうしてもここを越えられるわけにはいかなかった。
しかし直後、魔物の姿が一瞬にして掻き消える。
まるで今までそこに存在していたのが、幻であったかのように。
「消えた!?」
「な……!一体、何が起きた?」
目の前で起きた非現実的な現象に、二人の高官は、ただ驚愕することしかできなかった。
程なくして、先ほどの魔法師の男が戻ってくる。
「処理は完了した。俺は本部に帰投する」
「お、お待ちください!今、一体何をされたのですか?」
帰ろうとする男の背中に、副隊長が疑問を投げかける。
「あの巨体をここで殺しても後処理が面倒なので、消した」
シンプルに答えた魔法師の男は、そのまま天幕を出ていく。
「一体、どうやって――」
納得がいかないのか、副隊長が男を追いかけて天幕の外に出るも、既に男の姿は無かった。
■---------------------------------------------------■
任務から軍の本部に戻ったレイは、自室で休んでいた。
しかし、唐突に上司から呼び出しがかかる。
「はぁ…。こんな頻繁に起こるなら、もはや緊急事態じゃないだろ」
一見、何を言っているのか分からない文句を言いながら、レイは自室を後にした。
「おう、すまんなレイ。とりあえず掛けてくれ」
レイが上司の執務室に入ると、部屋の主からなんとも緊張感の無い声をかけられる。
「さっき任務から戻ったばかりなんだが?」
対するレイは不機嫌であることを隠そうともしない。
「どうせ、さっさと終わらせて部屋で寛いでおったんだろ?」
王国魔法軍の元帥であるガレオは、レイとは長い付き合いだ。
まるで見ていたかのように、レイの行動を言い当てた。
「……それの何が悪い。それで、今度はどんな緊急事態なんだ?」
分が悪いと判断したのか、嫌味を込めながらも、レイが本題を促す。
すると、途端にガレオの纏う空気が変わる。
その様子から、本当に重要な任務であることは間違いないようだ。
「先頃、国王陛下より勅命が下った。極秘任務ゆえ、軍内部でも知っているのは今のところ、私だけだ」
「国王が軍に直接命令を出すとは、確かに珍しいな。他国と戦争でもするのか?」
「どちらかというと、戦争を起こさせないためといった方が正しいかもしれんな」
「……。それで、俺は一体何をすればいい?」
「単刀直入に言おう。レイ、お前には来週から、フォーレス魔法高等学院に入学される、サラ王女殿下の護衛をしてもらう。当然、お前も学院に入学してもらうことになる」
「……は?」
ガレオの口から告げられた予想外の内容に、レイは思わず間の抜けた反応をしてしまう。
「ちょっと待ってくれ。それが勅命の極秘任務なのか?」
「そうだ。サラ様は次期王位継承者。その御身をお守りすることは、何よりも優先される」
「理屈は分かるが、学院にも警備の魔法師は配備されているだろう。そこまで厳重な警護が必要なのか?」
フォーレス魔法高等学院は、国が運営する国内最高峰の高等学校だ。
当然、警備にはハイクラスな魔法師が配備されている。
「入学に際し、サラ様は普通の学生として通学することを強く望まれたらしい。
その要望の中には、城ではなく、学生寮に居を移すことも含まれているのだそうだ」
「国王はよくそれを許したな」
「その点については、私も同意見だ。しかし、その要望は受け入れられた」
「だが、何故俺なんだ?たとえ学外を含めても、国家魔法師レベルであれば、護衛は問題ないだろう」
「我が国の国家魔法師は30名いるが、その全員が国内で名の知れた魔法師だ。
そんな者がサラ様の護衛のためとはいえ、学院に出入りすれば小さくない混乱が生じるだろう」
「そこで、世間で知られていない俺が、というわけか。
……理屈は分かった。俺が入学するのもそういった混乱を避けるためだな」
「そうだ。それにお前も今年で16だろう?年齢的にも問題ないし、ついでに学生生活を楽しむのも良い経験だと思うぞ」
ようやく納得したのか、レイが諦めと共に息を吐く。
「どうだかな。だが、俺が抜ける分、国防面ではそれなりの穴が生じると思うぞ」
「その点については問題ない。有事の際は、一時的に国防の任務にお前を招集できるよう、国王には許可を取ってあるのでな」
「……ブラックすぎるだろ」
「その代わり、報酬もかなり奮発するぞ。何せ陛下直々の任務なのでな」
金に興味の無いレイは、来た時と同様の不機嫌な顔で、執務室を後にしたのだった。