第六話
土曜日、私は車の中にいた。今、車はすでに実家の前に止まっている。結局、あの後母からの連絡は無かった。初めは忙しいだけだと思っていたのだが、だんだんと不安になってきて、それで今こうして実家まで帰って来ている。外側からみた感じでは家に異常はない。玄関もしっかりと閉まっているようだし、窓も割られたりしていない。とりあえず、何かの事件に巻き込まれたわけではないみたいだ。でも、母からの連絡は来ない。念のためもう一度電話をかけてみる。妊娠の報告を含めたらこれで10回目だ。コール音が鳴る。外では雨が降り出し始めた。ぽつぽつと、しかし次第に勢いを増し、バケツをひっくり返したような大雨になった。母は電話に出なかった。この数日で何度も聞いた留守応答のメッセージを聞く。これまでと同じように留守電を残すが、よく考えたらこれから直接家に行くのだ。私は途中で電話を切り、一旦背もたれに体を預ける。大粒の雨がボンネットを叩き、その雨は視線の先の私の家にも降り注いでいる。母に何があったのか、あるいは私の取り越し苦労なのか。もうすぐはっきりする。後部座席に置きっぱなしにしてあった傘を取り、私は家に向かった。
玄関のカギはいつも通りかかっていた。廊下もいつも通りで異常はない。しいて言えば金魚がやたらと元気になっているぐらいだ。家の中は薄暗く、静まり返っている。静寂が私を押しつぶそうとしている、そんな気がするぐらいに静かだった。
「ただいまー。お母さーん、いるー?」
ここで返事が返ってくれば、すべて私の考えすぎだ。だが、返ってくる声は無かった。
傘を、置いた。傘立ての底で硬い音がして、それっきり、また静けさが戻った。ここでじっとしていても何も始まらない。とりあえず中に入って母を探そう。
意を決して一歩前へでて靴を脱ぐ。廊下の上に立ち、ゆっくりと進む。リビングへのドアに手をかけ、そっと開ける。中に異常は無い。この前来た時とそっくりそのままだ。荒らされたりした様子は無く、母の生活感が残っている。リビングには何も無いようだ。ドアを閉め、廊下に戻る。
となると、何かあるとしたら母の部屋だろうか。そう思い、母の部屋のドアに近づく。念のためノックをする。返事は無い。もう一度、今度は強くノックをする。静かな家に乱暴な音が響くが、やはり返事は無い。動悸がする。ドアノブを握り、回す。手にはじっとりと嫌な汗が浮かんでいる。ドアは抵抗なく開いた。久しぶりに入る母の部屋の中、その机の前に、服が脱ぎっぱなしにしてある。横には杖が転がっている。同じだ。樹と全部同じだ。母も、杖の魔法で消えてしまった。