第二話
「じゃあこれで、後はこちらで手続きをしておきますので。届出人は真堂葵さんでよろしいんですよね?」
「はい、私の名前でお願いします。」
彼が消えた後、家のすべての部屋を見て回った。玄関、リビング、寝室、トイレと風呂場、クローゼットから引き出しの中まで全部。でも、どこにも見つからなかった。本当に消えてしまった。彼の携帯も財布も仕事カバンも、すべて家に置き去りにされていた。あの家の中で、彼の姿だけが消えていた。
「先ほどもお伝えしましたが、成人の失踪人は本人の意思で失踪された可能性がありますので、あまり大きく捜索されません。申し訳ありませんがご了承願います。」
「はい、それも分かっています。」
あの翌日、彼の勤め先から彼の携帯に連絡があった。曰く、連絡も無しに始業時間に現れていないと。そして、すぐに彼の実家に連絡を取ったがそこにも彼はいなかった。彼は本当に煙のように消えてしまった。それからまた二日経ったが、彼は何の音沙汰もない。一応自分でも彼の友人や知り合いに聞き込みをしていたが、正直手詰まりだった。だから、彼の両親と相談して捜索願を出すことにした。だが、それもあの様子では期待できそうにない。
警察署から誰もいない家に帰り、自分で廊下の明かりをつける。玄関にいる金魚に餌をやってから寝室へ行く。台所のシンクには洗い物が溜まっていて見たくなかった。冷蔵庫の中の食材もたぶん腐っている。着替えもせずにベッドに横になる。あの時何が起こったのかは分からなかったが、何が原因かは分かっている。杖だ。こんな魔法のようなことが起こるなんて、あの杖が本物であったとしか思えない。どんな願いを叶えたのかは知らないが、その願いの結果彼はどこかへ消えてしまったのだ。あの杖が原因であるということは私しか知らない。他の人間には、家に帰ったらいなくなっていた、と説明してある。私がなんとかしなければならない。
彼の消失で気になっている点は二つある。一つは彼の消え方だ。彼が消えた後、あの場所には服が残っていた。だから彼は身一つでどこかへ行ったということになる。どこかへ行ったという部分は理解できるが、裸である必要性は感じられない。あるいは杖の効力が及ぶのは本人だけなのだろうか。彼の消え方は不思議ではあるが、どこかへ行ったということはまだ生きているということだ。裸でいるのだから予断を許さない状況ではあると思うが、生きているという確信が持てるのはうれしいことだった。もう一つはあの杖のことで、なぜ彼が振った時だけ願いが叶ったのか、ということだ。彼の願いだけを叶えるという代物でもないのだからこれは少し不自然に感じる。まあ、このことに関しては明日、母に会って詳しい話を聞くつもりだ。杖のことを信じていた母ならおそらく何か知っているはずだ。
全く眠気は無いが目を閉じる。彼は今、私に電話の一本も入れられないような状況に置かれている。だから私が早く見つけ出してあげなくてはならない。彼が消えてからの数日間を歯がゆく思う。もっと早くから行動すべきだった。だが、悔やんでいても仕方がないということは分かっている。だから、明日からの調査でその分を取り戻せるように、今は少しでも体を休めなくてはならない。頭の中ではそう理解していても、体は全く眠ろうとしない。やはり私は、本心では彼が枕もとの携帯を鳴らすのを待っている。