番外編11:桜村奇譚集8
桜村奇譚集8
『落ち納豆』
雨があがった後、外へ出る時は気をつけるべきだ。
出た途端、屋根から大きな粒の納豆が垂れてくることがあるのだ。またこの納豆普通のものより臭く、体につくとなかなか匂いが落ちない。
『泣き笑い人形』
昔桜村に『泣き笑い人形』というものがあったらしい。
どこからかやってきた商人が売った、村人でも手が出せる位安いものだった。
小さな娘の人形で、その表情は何ともいえないもの。見ようによっては笑っているようにも、泣いているようにも見えるそうだ。この人形は簡単な占いに使われたそうな。
やり方は簡単。
一日の始め、朝起きてすぐその人形を見る。その時、人形が笑っているように見えれば今日、良いことが起き、泣いているように見えればあまり良くないことが起きるそうだ。
『猪の骨』
目的地へ迷わず行く為、行った先で迷わないようにする為のお守りというものが昔、あったという。
そのお守りというのは、猪の骨であったそうだ。数種類の薬草に火をつけ、その煙で猪の骨を燻す。燻した骨を、紋様を刺繍した袋に入れ、持ち歩く。すると、迷うことがなくなるそうだ。道だけでなく何かの決断を迫られた時そのお守りを握りしめると、迷わずすぐに物事を決めることが出来るようになるそうだ。
『烏の羽』
自分の家で誰かが亡くなる、怪我をする等、良くないことが起きた場合、家の中、その良くないことが起きた場所に烏の羽を置くと良いとされている。
約一日それを置けば、羽が黒く穢れたものを全て吸収してくれるそうだ。
その後、回収した羽を火で燃やせばその家で立て続けに悪いことが起きるということは無くなるそうだ。
『芋娘』
芋娘、という妖が昔いたらしい。
その妖は畑にいたそうだ。地中にある芋を食い、芋を食ったことで空いた場所に見をひそめ、残しておいた茎と同化する。
そのことを知らない人間は芋を掘ろうと茎に手を伸ばし、引っこ抜く。すると土からは芋ではなく、ぷっくりした体の女が出てくる。人間は驚き、腰を抜かす。それを見た娘は笑いながら走って逃げるのだという。
芋を食う、人を驚かす以外のことはしない。
『雪提灯』
それは、雪が降った日に現われる妖だという。
真っ白な提灯で、模様などは特に無いが、大きな、歯の無い口を持っているそうだ。その提灯は人を始めとした動物も、植物も口にしない。
提灯が食べるのは、雪である。雪を口の中に入れ、飲み込む度、白い体が青白く光るのだそうだ。
その灯りの美しさは筆舌尽くしがたいものらしい。人にも危害を加えぬものゆえ、桜村の住人はよく雪提灯が雪を食らって光る様子を眺めていたらしい。
この辺りではそんなにしょっちゅう雪が降るわけではないから、それなりに珍しく、本当に短い期間だけ見ることが出来るその光景。
桜村、冬の風物詩の一つである。
『じょじょりい』
じょじょりい、という妖がいる。その妖は夜、人々が寝静まった後現われるという。
じょじょりいは寝ている人の枕元で、じょりじょり、じょりじょりという音を出すのだそうだ。
目を覚ますと、妖の姿と音は消える。だが目を閉じると再びじょりじょり、じょりじょりという音が聞こえる。それ以外何をするわけでは無いが、人の睡眠を妨害する傍迷惑な妖だ。
当然のことながら、その姿を見た者は誰もいない。だからじょじょりいがどんな姿をしているのかは分からないそうだ。村人達は、老婆や獣の姿を想像していたらしい。今も村人による想像図が残っている。
『二兎追うものは』
村に住む一人の男が、山へ行った時のこと。
男は二羽の兎が、子供位の大きさの妖に食われそうになっている場面に遭遇した。
男は体震わす兎の姿を見て哀れに思い、咄嗟に近くにあった木の棒を妖に向かって投げつけた。投げてから彼はしまった、こんなことをしたら自分が襲われてしまうかもしれない、と後悔。
だがそれは杞憂に終わった。男の投げた木の棒は偶然その妖の弱点である部位に当たったらしく、その妖は悲鳴をあげ、兎を食うことなく逃げていった。
兎はまるで男の顔をじっと見た後、山の奥へと消えて行ったそうだ。
その数日後、男の家を一人の可愛らしい女が訪ねてきた。
なんとその女は、彼が命を救ってやった兎の片割れであった。兎は自分のことを助けてくれた男に心底惚れ、山の神様にお願いして人間の姿にしてもらったのだという。
女はまだ自分は完全に人間になっていない。夜は普通のうさぎとなり、山へ帰る。だが昼は人として貴方の傍にいることが出来る。そんな自分ではあるが、どうか貴方の妻にしてください、と言った。
男は兎を妻にするのもどうかと少し思ったが、女があまりに可愛らしかったから、結局了承した。そして二人は夫婦となった。
夜になると女は兎に戻り、山へと帰っていく。そして朝になるとまた戻ってくる。その繰り返しだ。
それからしばらく経った時のこと。
夜、誰かが男の家の戸を叩いた。一体誰だろうこんな時間にと思いながら戸を開けると、そこには美しい女が立っていた。
なんとその女は、あの時助けた兎のもう片方であった。その兎は何でも、今の妻の妹であるらしい。
彼女もまた、男のことを気に入ったがなかなか行動に移せなかったそうだ。
だが最近になってようやく決心し、山の神(姉がお願いした神とはまた違う神だったようだ)にお願いをし、人間の姿にしてもらったのだという。
話を聞く限り、彼女は自分の姉が同じように人間となったことを知らないようだ。姉が突然消えてしまったことに疑問を抱いていたようではあったが。
女は、自分はまだ完全に人間になったわけではない。当分は夜の間しか人間の姿を保つことが出来ない。朝か昼頃には兎になり、山へ戻らなければならない、それでもよければ、そしてもし貴方に今妻がいないなら、私を貴方の妻にして欲しいと言った。
男は大層驚き、そして悩んだ。
自分にはもう妻がいる。今でこそその妻は夜不在ではあるが、もうしばらくすれば完全な人間となり、一日中共に過ごすことが出来る。
となれば、かわいそうだが目の前にいる女の申し入れは断らなければならない。
しかし、そこに立っている女は追い返すには勿体無い、美しい容姿をしている。
悩んだ末、男はええいもうどうにでもなれ、とその女の願いを聞き入れ、夫婦となってしまった。
しかし当然のことながら、二人を騙し続けることは出来ず。
自分という妻がいながら妹の求婚を受け入れたこと、姉とすでに結婚していながら自分と夫婦になったことが、姉の方が完全な人間となった日にばれてしまった。
二人は憤慨し、貴方を見損なったといい、泣き、怒りながら山へ帰っていったのだという。
それから男は一生結婚することが出来なかったそうな。
『子守目玉』
子守目玉という妖が昔いたそうだ。
長くのびた白髪、枯れた木の様な顔に大きな目玉一個と、長い舌という不気味な姿をしていたらしい。
その妖は子供、特に赤子が好きらしく、ぐずったり、泣いたりしている赤子の前にどこからともなく現われると、目をつむり、ばっとあけ、妙な声をあげながらべろを出し、それを左右にぶるぶる振ったそうだ。
恐らく彼女(?)自身は赤子をあやしているつもりだったのだろう。しかしその気味の悪い姿ゆえ、大抵は逆効果で、赤子を余計泣かせるだけだったそうだ。
いつになっても赤子が泣き止まないと、その妖は悲しげな表情を浮かべながらすうっと消えていくのだという。
また、身を隠しつつ、赤子に子守唄を歌うこともあるようだ。その声は人にはとても出せないような、美しくほっとする声であったらしい。
『化け草履』
草履に化ける妖がいたらしい。見た目は草履そのもので、ぱっと見ただけでは判別がつかないものだったそうだ。
化け草履はまず本物の草履を隠した後、草履に化け、本物が置いてあった場所でじっとする。
何も知らない人が、その草履を履く。すると化け草履はべろんと舌を出し、村人の足の裏を舐めるのだそうだ。驚いた村人は彼を脱ぎ捨てる。そこで化け草履は正体を現し、笑いながら消え去るのだそうだ。
『落ちてきた』
ある日、桜村にある一軒の家の屋根を何かが突き破ってきた。屋根を突き破ったそれは、床に落下した。驚いたその家に住む住人が落ちてきたものを見ると、なんとそれは立派な衣に身を包んだ赤子であった。
赤子は相当高いところから落ちたはずだが、何故か怪我一つ負わず、ぴんぴんしていた。
怖い思いをした赤子は大声で泣き始めた。
その声はすさまじく、家を震わせ、最後には家を完全に壊してしまった。
何が何だか訳の分からない住人達が呆然と立ち尽くしていると、空から何かがふわふわ飛んできて、彼等の前に着地した。
それはこれまた立派な衣に身を包んだ翁であった。
「申し訳ない。うっかり我が子を空から落としてしまった。おうおう、すまなかった、怖かっただろうなあ、うん、うん」
翁はその赤子の父であり、また、神様であった。
神様が赤子を抱えながら手を振ると、壊れてしまった家はすっかり元通り。
それから神様は天へと帰っていった。
そんなことがあった日から、その家はほんの少しだけ、裕福になったそうだ。