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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ
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お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ(5)

 結局ろくな考えが出ないまま、三人は図書準備室を後にする。体調は完全に回復したとは言いがたいが、先程までに比べれば随分ましになった。


「またあの滅茶苦茶な出来事の数々とあい対さないといけないなんて。ああ、憂鬱……図書準備室に戻りたい」


「さっき出たばかりじゃん! まだエントランスホールから出てすらいないぞ。……まあ気持ちは痛い程よく分かるけれど」


「何とかして生徒会役員……というか日向先輩を探さないと。しかしどうすればいいんだ? この学校をむやみやたらに駆け回っても、見つからないような気がするんだよな」

 校内を散々探し回った挙句、相手が見つからなかった場合。恐らく心身共に大きなダメージを受け、今度こそ駄目になってしまうだろう。

 畜生、と紗久羅は怒鳴り、きっと天井を睨みつける。


「おい、お面娘! どうせ今もあたし達のこと、見ているんだろう! 見ているなら、返事しやがれ!」

 ヤケクソ気味に声を張り上げ。


「見てます」

 『ま』の部分をやたら伸ばした、暢気な声が天井の方から返ってくる。まさか返事がくるとは思っていなかった紗久羅は大いに驚いた。同時にチャンスだと思った。上手くいけば相手とコンタクト出来るかもしれない。奈都貴と柚季も急な展開に驚きつつも、同じようなことを思ったようで、こくりと頷き、紗久羅に続きを促す。


「あんた達、随分楽しんでいる様子だな?」


「うん、とっても楽しいよ。今ね、皆と一緒にお祭りを始めたの。屋台が沢山あって……すごいのよ。皆ね、歌ったり踊ったりして、楽しんでいるのよ」

 

「そういえば、図書準備室に入る前まで美術室や音楽室の方から騒がしい声が聞こえていたのに……今はしいんとなっているな。校内にいた生徒や先生は全員一箇所に集まったのか」

 話を聞いていた奈都貴が小声で呟く。紗久羅はあまりはっきりと覚えていないが、確かに先程まではこの辺りも騒がしかったような気がした。しかし今は気味が悪い位静かである。

 どうやって集めたのかは定かではない。無駄に強大な力を持った者のやることにいちいちつっこんでいたらきりが無い。


「へえ、随分楽しそうだな。あたし達も混ぜてくれよ」

 引きつった笑みを浮かべながら、紗久羅がお願いしてみる。天井からうーんと唸る声が聞こえる。どうすべきか悩んでいるらしい。


「けれどお姉ちゃん達、全然楽しんでいないみたいだからなあ。どうせこっちに来たら、全部台無しにしちゃうんでしょう?」

 その通りだ。しかし馬鹿正直にそんなことを話すわけにはいかない。折角のチャンス、逃したくは無い。


「しないさ。楽しい楽しいお祭りに水を差す真似なんてしないよ。というか、三人だけじゃつまらないんだよね……もっと沢山の人達と騒ぎたいな」


「本当?」


「ああ、本当さ。それにさ、あたし達だけ仲間外れなんてあんまりじゃん? お祭りは皆で楽しむものだぜ」

 しばし、沈黙。どうか了承してくれと三人は必死にお祈りする。


「そうだねえ、確かに仲間外れは良くないよね。うん、分かった。それじゃあお姉ちゃん達も仲間に加えてあげる。皆でお祭りを楽しもう。私達は今、屋上にいるよ」

 よっしゃ、と紗久羅は心の中でガッツポーズ。


「屋上って、どっちの屋上だ? クラス教室が集まっている校舎の方? それとも、俺達が今いる方?」


「クラス教室が集まっている方の屋上だよ」

 それっきり、憎たらしい小娘の声は聞こえなくなってしまった。


 三人は上手くいったことに感謝しつつ、屋上を目指す。

 余計なことを口にして、自分達のことを見ているらしい少女(恐らく梓の体を乗っ取っているお面)の機嫌を損ねてしまわぬよう、道中なるべく喋らないようにする。


 窓を見やると、それらは全てやや黄ばんだ和紙に変わっていた。それに描かれているのは兎や亀、狐などの動物。墨で描かれている彼等はやや人間っぽい。

 相撲や入浴、追いかけっこ等をしている彼らの姿は何だか可愛らしい。


「鳥獣戯画ってやつだな」


「日本最古の漫画って言われているあれよね。……本物ではないのでしょうけれど」

 あまりよく分からない紗久羅は、奈都貴と柚季の言葉に対して適当に相槌をうつだけにとどめる。

 踏む度雀の鳴き声聞こえる階段を使い、二階へとあがった。三年の暮らす教室集まる階だ。三人は廊下を見て顔をしかめる。


 廊下はもうぐちゃぐちゃで、何が何だか分からない状態になっていた。

 倒れている十体の日本人形、その前に色鮮やかな手毬。その鞠はえらく重い。

 鞠と人形を使ってボウリングでもしたのだろうか。あちこちに散らばっているビー玉、桶を満たすお湯に浸かり顔をほのかに赤く染めているこけし達、何十本もの麩菓子を飴か何かを接着剤にしてくっつけて箱にしたもの(誰かがかじったらしく、ところどころ形が崩れている)、天井に吊るされた桜の花びらを吐き出し続ける桃色の提灯。

 教室の中も、混沌としていた。般若やおかめ、翁、(おうな)の面がくっついている黒板、へびのようにうねりながら宙を舞う折り紙で作った鎖、自分の体に書かれている文字――模擬店で販売する予定らしいメニュー――を延々と読み上げ続ける紙……。頭についている巨大な口の中に、ペットボトルに入ったオレンジジュースを注いでいる老女もいた。注がれたそれは彼女の口から残らず出てくる。しかし床を濡らす前にジュースは弧を描いてペットボトルにぶつかっていく。ジュースは容器を突き抜け中へと入る。そして再び頭にある口にそれは注がれて……。地面に変わっている床に、人参のようにぐさり突き刺さってその身を埋めている三味線や縦笛等。


 生徒達の姿はどこにも無い。皆屋上へ行ってしまったのだろう。生徒以外の者の中には屋上へ行っていない者もいるようだが。


 耐え切れず、三人は三階へ上がる。そこもまた同じような状態になっており、とても見てはいられなかった。

 そして、四階。一年の教室が集まる階へ上がる。

 そこが一番、酷かった。足の踏み場も無い程であった。


 木や草が生えているあるクラスの看板、粉々に砕けている金太郎飴、チャンバラをしているけん玉、宙に浮いている絵の具チューブの口から、落ちる絵の具の雫、それは床に落ちた途端とんぼ玉やビー玉、ドロップに変わっていく。

 ゼリー状の水になった窓、その中で泳いでいるやたら薄い体の錦鯉。

 ころんと転がっている、米粒のついたお椀や箸、あちこち駆け回っているのは新聞紙から飛び出してきた文字。壁に文字を書き続ける筆、横たわっている立派なおみこし……。


「どこも滅茶苦茶だな」


「屋上はさぞかし面白いことになっているだろうな」

 奈都貴が呟く。勿論、良い意味ででは無い。


 屋上へ至るドアには張り紙がしてあった。本来は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれているのだが、今は違う。


『ようこそ、お姉ちゃん、お兄ちゃん。さあ一緒にお祭りを楽しみましょう?』

 その文字から滲み出ているのは、少女の心から『お祭り』を楽しんでいるという気持ちであった。

 彼女は楽しいかもしれないが、三人からしてみれば何にも楽しくない。


「とりあえず、入るか」


「そうだな、入ろう」


「入りましょうか……」


 息を大きく吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 ドアを開け、その向こうに待ち受けている世界へと足を踏み入れる。


 ドアの先には大方の予想通り、本来あるべき屋上の姿は無かった。

 三人を出迎えたのは太鼓の音と祭囃子、人々の声。静けさに慣れ始め、喧騒を忘れていた耳がびっくりし、悲鳴をあげる。頭上に吊るされている提灯はごく一般的なものから鬼灯型やお面型等の変わったものまであり、それらのどれもが、眩い光を放っていた。黄、赤、橙の灯りは夜空を隠し、見えなくしている。


 黄金色に染まる石畳の両脇にずらりと並ぶ屋台、黄金の道を埋め尽くす人、人、人。


「赤く煌く紅玉(ルビー)、天上の菓子、舐めれば昇天、りんご飴はいらんかね!」


「海の底へ消えた人魚、無数の泡! 飲めば、甘酸っぱく、喉を、腹をちくり、ちくりと刺す。青い瓶に人魚の純粋な心浮かせた、ラムネ、ラムネだよ、さあさあ、世にも悲しき初恋の味、お試しあれ!」


「黄金の粒、味もまた黄金! 焼きもろこし、焼きもろこし!」


「水の檻に閉じ込められた、黒、紅の着物をまとった可憐で美しい姫様を助け出す勇気ある王子様はおらんかね! 金魚すくい、是非、是非! まだまだ姫様は沢山いらっしゃるからね」


 男の声、女の声、低い声、渋い声、よく響く声、しゃがれた声。客を呼び込む声や、それを聞きながらどこへ行こうかと心躍らせている客達の熱気が、頭上にある提灯をぐらぐら揺らす。


「ああ、耳が完全に慣れるまでちょい時間がかかりそうだ。入った時はびっくりしだよ。まだ心臓がばくばくしてやんの」


「屋台も人も、すごい数だな。……桜山前で毎年やっている夏祭りがままごとに思える位に。……まあこの屋台も人も、その殆どが幻なんだろうが。とてもそうは思えないな」

 

「ああ、全くその通り。このソースや醤油、味噌の少し焦げた匂いがこの場に本当は存在していないなんて、どうしても思えない。ああ、本当、良い匂いだ。焦げすぎると臭いだけだが、このちょっと、ちょっとだけ焦げている感じがたまらない。これを嗅ぐとさ、腹が食わせろ食わせろって暴れだす。腹が空いている、空いていないに関わらず」

 あの少女達を探そうと、人ごみの中に足を踏み入れ、ゆっくり進みながら、並ぶ屋台にちらちらと目をやった。祭りの匂いが彼等の目を屋台へと引っ張るのだ。


 屋台の上部に書かれている店の名達。力強い文字、カラフルな文字、模様の様なしゃれた文字、中にはちょっとした絵が入っているものもある。その字を、絵を見た瞬間、頭の中にそれらの示す物がぱっと浮かぶ。頭の中に浮かんだものが体をうずかせた。

 客を呼ぶ声などいらない。ただ調理をする匂い、音、遊びに興じている人達の声、そして屋台を飾る文字があれば、十分だと紗久羅は思う。思ってから、本来の目的を思い出し、首を横に振る。


(いかんいかん、雰囲気に飲まれちまったら、負けだ。……ああ、射的の音が聞こえる。この軽快なリズムがたまらん……綿菓子の甘い香り、あ、誰かがラムネ瓶に入っているビー玉を落としたな、ぽんって音がした。焼きそばを焼くじゅうじゅうという音……これを聞くと何としてでも買わなくちゃって気持ちになるんだよな……お祭りで食べる焼きそばって、美味いんだよな。周りの雰囲気が美味しくするのかな……じゃねえ! 飲み込まれたら駄目と思った傍から!)

 何度も紗久羅は気持ちを切り替えようとする。しかし次から次へと耳に入ってくる声、調理をする音、射的ゲーム等の音、客を呼ぶ声、客達の声、祭囃子が……、鼻の中で踊り続ける食べ物の匂いが、目に飛び込む屋台の姿、食べ物、提灯の灯り、行き交う人々の浴衣姿や法被姿、肌を刺す祭りの空気がそうさせてくれなかった。

 それは奈都貴や柚季も同じであるようだった。雰囲気に飲まれそうになってははっとした表情を浮かべ、首を振り、そしてまた少しずつ飲まれていく。その繰り返しだ。


「ある意味さっきまでのよりやばいかも」


「けれど、多分完全に飲み込まれたら」

 柚季はその先に関しては何も言わなかった。飲み込まれれば、少女の思うつぼ。他の生徒同様、正気を失ってしまうだろう。


「中には見たことも無い訳の分からん店もあるようだけれど、こういう場所だとその店の存在にあまり違和感を覚えないんだよな。日常と非日常がごちゃごちゃに混ざって曖昧になっているから……祭りの場っていうのは」

 目に映る『金魚呑み屋』『星屑屋』『石鹸削り』『ビー玉水屋』『文字探しゲーム』という意味不明な店の名の数々。しかしそれらも他の屋台と混じると違和感がなく、怖いとか変だとか、そういうこともあまり感じない。これが廊下とか教室の中にどどんとあったら「何これ!?」と柚季が叫び、他の二人も痛む頭を抱え、唸ったに違いない。


 客や屋台で物を売っているものの中には、明らかに人間で無いものも混じっている。新聞紙製の人間、手足の生えた看板、ぴょんぴょん跳ねる三味線や琴、妖。しかしそれらの存在もまた、上手いことこの場に溶け込んでおり。柚季でさえ、あまり恐怖を感じてはいなかった。


「宝石箱に、甘い宝石がたっぷりだよ。飴はいらんかね! 七色、虹色、鮮やか、彩、煌く、宝石!」

 色々な色をした飴を売っているらしい一つ目の男が声を張り上げる。その言葉を聞くと無性に飴が舐めたくなってくる。箱の中で煌く飴を見てみたくなってきた。昔よく屋台で飴を買ったな小さい頃……昔の思い出が紗久羅を誘惑するのだった。


「一個位なら、買っても大丈夫じゃないか?」


「いや、その一個が全てを終らせるかもしれない。……黄泉津比良坂にお隠れになったイザナミノミコトは、黄泉の食べ物を口にしたことで黄泉の住人となった。ここにあるものを口にしたら……『あっち』の仲間入りをするかもしれないぞ」

 小声で紗久羅に囁きながら、奈都貴は前方を指差した。そこにはクラスメイトの女子二人の姿があった。二人は狐とアニメキャラクターのお面を頭に被り、朝顔咲く浴衣を着、チョコバナナと焼きそばを頬張っている。

 非常識な出来事の数々に耐え切れなくなり、目の前で起きた事象を受け入れ、壊れることを選んだ二人。今も正気に戻っている様子はない。試しに話しかけてみたが、まともな反応は返ってこない。ただ「お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ!」と叫ぶのみだった。


 ここに売っているものを買い、口にすることは、この世界を受け入れることと同義なのかもしれない。一口食べた途端、何もかもどうでも良くなって、最後には……正面にいる二人と同じようなことになってしまうかもしれなかった。


「周りに楽しそうなことがいっぱいあるのに、我慢しなくちゃいけないっていうのもある意味きついな。精神的に堪えるかも」


「確かに。気を常に張り詰めていないと誘惑に負けちゃうから……何か気を引き締めようとすると体の方までかちこちになって、何か疲れる」


 吹き戻しをぴろぴろやりながら追いかけっこをしている子供達、八つの手にそれぞれいか焼きや焼き鳥、焼きもろこしを持ち、それを交互に口の前へ持っていっている女、屋台の隣にあるスペースで酒を飲んだり、もつ煮こみや焼き鳥、おでんを食べたりしているおじさん達、こけしや日本人形、けん玉の景品が並ぶ台を睨みつつ、おもちゃの銃を構えている少女。

 

 香ばしい匂い漂わせるソースの上でかつお節踊るお好み焼き、専用機器の上でくるくる回るたこ焼き、虹色チョコで身を飾るバナナ、空に浮かぶ雲をちぎってそのまま串に刺したかのような、綿菓子。


 ぴいひゃら、らら、ぴゅうぴゅう、ぴょう、ぴぴ、ひゅるる、祭り、祭り、お祭りだ、騒げや騒げ、お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ!


「お姉ちゃん達、もっと楽しんでよ。折角色々なお店があるんだから、買って、遊んで、食べて、騒いで。皆と一緒に楽しんでよ」

 またあの少女の声だ。それは空――提灯から聞こえてくる。灯っている明かりに似た、明るく眩しい声。


「もっともっと楽しんで。ほうら、私からのプレゼントよ!」


 彼女がそう叫んだ途端聞こえた、ぴゅうひゅるひゅるという音。

 それは空へ昇っていき、そして。


 どん、ぱあん。


 腹を殴る音が、頭上に咲き誇った。次から、次へと。

 それは間違いなく夏の風物詩、花火の音だった。その音が夜空に鳴り響いた途端、周りから大きな歓声が沸き起こり、皆仲良く空を見上げる。

 その音は、三人の緊張を緩めた。


「花火が始まったぞ」


「でも、ここからじゃ殆ど見えないわね」

 柚季が空を指差す。そこにあるのは無数の提灯。その姿が、彼等の放つ光が空を隠している。


「音だけじゃ流石につまらないよな」


 ぱん、どどん、ぱん、どおん、どん。


「お姉ちゃん達、もっと花火、見たい?」


「見たい!」

 思わず三人はそう答えてしまった。


「それじゃあ、見せてあげる。とびっきりの特等席でね!」

 少女の声。同時に頭上にあった提灯の内三つが巨大化し、いつの間にか現れた大きな口を開け、三人を、ぱくり。


 叫ぶ間も無いまま飲み込まれた三人の体は宙を浮き、どこかへと飛ばされていった。


 げぷっ。妙な音と共に三人はどこかへ放り出される。尻を思いっきり打った彼等はしばらくの間声も出せず、悶え。その痛みがひいた頃、立ち上がればそこには屋台は無く、広々とした空間があった。

 空を見上げると、先程まで見えなかった花火がはっきりと見える。


 赤、点滅、菊、黄、紫、緑、牡丹、三重芯、重なる、広がる、銀、消えて、また次の花が咲き乱れていく。

 小気味良い音を聴いていると、ああ、花火が打ちあがっているんだなあという気持ちになった。現場に居て初めて感じる振動と音が花火をより輝かせる。


 三人は花火に夢中になっていた。後もう少し少女が声をかけるのが遅ければ、きっと彼等は彼女の手中に収まってしまっていただろう。

 

「そうよ、お姉ちゃん達、もっともっと楽しんで。私達と一緒にお祭り騒ぎを楽しみましょうよ」

 彼女の言葉が三人の意識を現へと戻した。


 少女は三人からやや離れた所におり、その傍に他の生徒会役員を侍らせていた。女子は舞姫、男子は直垂姿。彼等は紗久羅達には目もくれず、花火を見るのに夢中になっていた。その目に光は無く、あげる笑い声からは狂気が滲み出ている。時々大きな叫び声をあげ、訳の分からない事を喚く。

 彼女は自分を睨む三人を見て、口を尖らせる。彼等のあからさまな敵意を感じ取ったからだろう。


「やっぱりお姉ちゃん達、最初から楽しむ気なんて無かったんだね」


「当たり前だろう。さっさとこの馬鹿げた騒ぎを終わりにしろ! 後、日向先輩にその体を返せ!」


「あれ、お姉ちゃん達もしかして全部分かっちゃっているの?」

 少女の目が丸くなる。紗久羅達の予想通りだったようだ。

 

「お前、ものすごく昔に同じようなことしただろう? 桜村って所で」


「うん、正解。あそこ桜村っていうんだね。初めて知ったわ」


「お前は自分をつけた男を騙し、体を乗っ取った」

 責めるような口調で紗久羅が言ってやると、少女はまた驚いたような表情を浮かべ、今度はぶるぶると激しく首を横に振った。


「違うよ、誤解だよ! 別に騙すつもりは無かったんだよ。……私はある木から作られたお面でね。ただの木であった頃から、ずっとお祭りとか宴会とか、そういう賑やかなことが大好きだったの。私は遠くから、人間達が歌ったり、踊ったり、騒いだりするのを見るのが何より好きだった」

 しかし彼女は木。自由に動けぬ体ゆえ、祭り等に参加することは出来なかった。そのくだりを話す彼女の声のトーンの暗さといったらない。

 その声が、少しずつ明るくなってくる。


「でもね、ある日、私とお話が出来る人が現われたの。その人はお面を作る名人で……私はその人に、自分の体の一部を使ってお面を作ってくれとお願いしたの。誰かが自分をつけて、お祭りに参加してくれれば、もっと間近でお祭りとかを楽しむことが出来る、そう思って」


「それで願い通り、お面にしてもらったってわけか」

 うん、と少女は笑顔で頷く。

 最初の内、彼女は大人しくつけられているだけだったらしい。しかしある時から自分をつけた者に話しかけるようになったそうだ。そして、少しの間だけ体を貸して欲しいとお願いするようになった。

 その願いを聞きいれ、体を貸してくれた者がある日現れた。少女は大層喜び、その体を使って大いにはしゃいだそうだ。そしてはしゃぐ内、ずっとこのお祭り騒ぎが続けばいいのにと思うようになり、この学校や桜村でやったようなことを起こしたらしい。

 彼女はすったもんだの末、顔から剥がされ、危うく燃やされそうになったそうだ。


 そんな時、一体どこからやって来たのか――一人の旅商人が現れ、その面を売って欲しいとお願いしたそうだ。


「それで私は物売りに買われて、お姉ちゃんがさっき言った桜村って所に行ったの。そこで、一人の男の人に買われて、お祭りの日体を貸してほしいとお願いして、そのお願いが叶って。最初はすぐ返してあげようと思っていたのだけれど……お祭りはとても楽しくて、私、嬉しくて。もっとこのお祭りを盛り上げたい、この楽しい時間を終わらせたくない、ずっとずっとこうしていたいと思うようになって……ま、まあ結果的に自分に体を貸してくれた人を騙した形になるかもだけれど」

 最後の辺りはもごもご、小声で。

 恐らく嘘はついていない。


 彼女の行動に一切の悪意は無かった。今も恐らくそうだろう。悪いことをしていると、多くの人が迷惑していると微塵も思っていないようなのだった。

 こういう奴が一番面倒臭い。三人して、頭を抱える。


(しかもこいつ、桜村の時が初犯じゃなかったのかよ。……一度暴走して焼かれそうになったというのに、それから二度も同じことを……ああ、面倒臭い)


「……それで巫女に封印されて……数百年経ってから目覚めて、日向先輩に同じようなことを言って、体を乗っ取ったのか?」

 呆れながら、今度は奈都貴が少女に問う。


「目が覚めたら真っ暗で、何も無くて、びっくりしたわ。しばらくしてどうやら箱の中に入れられたらしいってことに気づいたけれど。でも私は自分では動けないから……しばらくの間はずっとそのままだった。そんな私を箱から出してくれたのが、そこに居るお兄ちゃん」

 彼女が指差した先には、コンビニであった男子生徒の姿がある。彼は自分が指されていることに気づいていない。花火を見ながらヘンテコな舞を舞い続けている。

 紗久羅達の仮説はビンゴだったらしい。コンビニから帰った二人は、クラスの人に渡す予定だったお面を梓につけてもらい、そして。


「そして私をつけてくれたのが、皆がヒュウガとか、カイチョウって呼んでいたお姉ちゃん。お姉ちゃんは私をつけた時、ものすごく疲れていたのかぼうっとしていて……わざわざお願いしなくても、簡単に体を手に入れることが出来たわ」

 そして今に至る、というわけだ。


「もういっぱい遊んだでしょう? お祭り騒ぎも沢山楽しんだでしょう? お願いだからもう、終わりにしてよ!」

 柚季の心からのお願いだ。しかし彼女は首を縦に振らない。


「いや! まだ、全然遊び足りないよ! だって今までずっと眠っていて、こうしてお祭りをやるの、久しぶりで……まだ足りない、全然足りないの!」


「こういうのはな、他人に押しつけてやるもんじゃないんだよ! みんなをおかしくさせて、自分の思う通りにさせてやる祭りなんて、祭りじゃない! こんな偽物の祭り、楽しくもなんとも無い!」


「偽物じゃないもん! 皆楽しんでいるもん! お姉ちゃん達だって本当は楽しみたいんでしょう? お祭りが嫌いな人なんて、いないもの。意地なんて張らないでよ!」

 聞く耳持たず。むにむにした頬を赤くし、肩をいからせ、自分に説教を始めた紗久羅を睨んだ。それからしばらくして、再びあの無垢な笑みをみせる。


「お姉ちゃん達、もっともっと遊びましょう、ここでずっと遊びましょう!」

 少女が手をあげる。


 また滅茶苦茶なことを起こすつもりだ、三人は咄嗟に身構える。

 祭りの雰囲気に飲まれかけた三人の精神状態はあまりよろしくない。ここで立て続けに色々な出来事に襲われたら。今度こそ終わりかもしれない。


 今度は何が起きるだろう。空に打ち上げられた花火が本物の花になって、それがものすごい速さで落ちてくるのだろうか、たこ焼き砲なるものが現れて、そこから発射されたたこ焼きから逃げ回ることになるのだろうか、手足が生えた上に巨大化したりんご飴に追い掛け回されるのか。

 まさか立て続けにお面によって酷い目に合わされることになろうとは。今月のアンラッキーアイテムはお面なのだろうか、三人しておかしくなって「お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ!」と言いながらどじょうすくいでもやるようになるのだろうか、昨日の夕飯なんだっけ。


 頭の中を巡る色々なこと。


「柚季、こうなったら戦うしかないんじゃ……」


「あれを止めるにはそれしか無さそうだな。一か八か、戦ってみるしか」


「ええ、でも、どうすれば」


「その必要は無い」

 背後から聞こえた、聞き覚えのある声。


 それと同時に、白い何かが三人の間をすり抜け、真っ直ぐ飛んでいった。

 横をそれが通り過ぎた瞬間、体が震える。ぞわぞわ、ずう、と全身に溜まっていた汚いものが出ていって、その光に吸収されたような気がした。


 少女は突然の出来事に目を大きくさせ、しかし、逃げる余裕はなく。

 彼女の顔面を光が、貫いた。


 可愛らしい女の子から出ているものとは到底思えない、醜くしゃがれた声、悲鳴、断末魔。

 少女――お面はその場に崩れ落ち、ばたりと倒れた。同時に聞こえる、ぱりんという何かが割れたような音。


 呆然と立ち尽くす三人の前で少女の姿は消え、代わりに美しい黒髪を持った、三つ葉高校の制服を着た女が現れた。うつ伏せになっているその人は恐らく、いや間違いなく、三つ葉高校生徒会長・日向梓だろう。傍らに何かが落ちている。あまりはっきりとは見えないが、恐らくお面の成れの果てだろう。


 同時に空から花火は消え、生徒会役員の衣装は元通りになり、屋台やそこにいた客の幻影が消え、後に残ったのは意識を失って倒れた生徒達と、屋上、そして紗久羅達の姿のみ。


「紗久羅達は私の玩具(おもちゃ)なんだ。……君なんかにはやらないよ」


「出雲!?」

 そこにいるはずのない男が、立っていた。一応こちらの世界にやって来る時用の姿――黒髪に黒目――になっている。

 これも幻覚だろうか、いや、違う。


「何で、何でお前がここにいるんだ!?」


「ん? ああ、ほら……今日もいつも通り弁当屋『やました』に行ったら、君の姿が店になくて。どうしたんだろうと思って菊野に聞いてみたら、今は学校で文化祭の準備をしているっていう話を聞いてね。夜、君の父親……名前は何だっけ? 君のお父さんってあの家の中では一番まともで、影が薄いからすぐ忘れる――が車で君を迎えに行く予定だってことも聞いて。面白そうだ、ついていって、車まで来た君を驚かしてやろうと思って……夜、再び店を訪ねて……半ば無理矢理ついてきたんだ」

 出雲は手に持っていた弓を片付ける。片付けたというか、消した。


「しかし、あの車っていうのは、あれだね。早いし、変な臭いはするし……乗ってすぐ気持ち悪くなってしまったよ。君達、よくあんなものに平気で乗れるよね」


「それで、この学校まで来たのか」


「そう。……ところが、学校近くまでついた君のお父さんが何回携帯電話とやらでメエルをしたり、電話をしたりしても、一向に君からの返事がない。おまけに校舎からは妙な気配を感じる。気になって来てみたら」

 変な面をつけた女が紗久羅達に何かしようとしていたので、弓を放ち、さっさと倒してしまった……ということだった。出雲には最初から、女の子の姿なんて見えていなかったらしい。


 紗久羅達が今までの経緯を簡単に説明すると、出雲はふうん、と一言。

 そんなことは彼にとってどうでもいいことなのだろう。


「さあ、もう帰ろう。お父さんも待っているし。……君達も早く連絡をとって、帰りなさい」


「いや、でも……」


「皆のことが気になるし……」


「後、教室とか廊下がどうなっているかも、気になるな」


「放っておけばいいじゃないか」

 そんなこと出来るか! と三人揃ってツッコミ。はあ、と出雲はため息。

 放っておけないという彼等の言い分が理解出来ないようだ。


「まあ、倒れている子達に関しては……心配する必要は無いんじゃないか。生気を吸われているという風でも無いし……ただ気を失っているだけだろうから、じき目覚めるだろう。今まで起きたことも多分、夢だと思うんじゃないかな。あまり覚えていないと思うよ。けれど、廊下や教室にあるとかいうもの達は……どうかな」


 紗久羅達は無言で屋上を後にし、駆け足で四階へと向かった。

 そして、世にも恐ろしい光景を目の当たりにすることになるのだった……。


「そう……そんなことがあったの」

 文化祭が終わった後にあった振り替え休日、紗久羅はいつもの喫茶店でさくらと話していた。

 数日前に起こった出来事をさくらは時々質問をはさみつつ、聞いてくれた。


「そうなんだよ……その騒動も相当きつかったけれど、それが終った後の方がある意味きつかったかも。作りかけの看板が絵の具や、バケツからこぼれた水で汚れているわ、壁に絵の具で色々描かれているわ、筆やパレットはあちこちに散らばっているわでさ……」

 割と新しい校舎内が、不良だらけの荒れまくっている学校のそれのようになっていたのを見た時、三人は固まり、立ち尽くした。

 しばらくして目を覚まし、どうして自分達は屋上にいるのだろうと不思議に思いながら下りてきた生徒達もその光景を見て……。


 あまりの惨状に皆再びおかしくなり、泣きながら笑ったという。先程までは正気を保っていた紗久羅達も、耐え切れず、ヤケクソで大笑いしたそうだ。


「最終的に先生や、迎えに来た親とかにも手伝ってもらって……総動員で片づけをしたり、滅茶苦茶になった飾りを直したり、修正できなかったものは作り直したりして……次の日も授業をつぶして必死になって準備をして……結果、とりあえず文化祭を無事終わらせることが出来たんだ。あの出来事があった次の日、何にも事情を知らない奴等に説明をするのは大変だったよ。まあ結局どうにかなったけれどね」

 逃げようとした出雲は紗久羅に捕まり、無理矢理片付け等に参加させられたらしい。ただし、看板の修正などは手伝わせなかった。本当はそれもやらせようとしたのだが、彼が桁外れの不器用君だった為、すぐ外し、お帰り願ったのだ。

 ちなみにあのお面を持ってきた男子生徒は後で親にこっぴどく叱られたらしい。そのお面は一緒に住んでいる祖父が大切にしていた物だったそうだ。それを勝手に持ち出した上に壊して(彼が壊したわけではないが)しまったことがばれたかららしい。これは吉田霧江からの情報である。


「ある意味では、心に残る文化祭になったわけね……」


「文化祭より文化祭準備の方が思い出に残る羽目になったけれどね。本当、まじ地獄の一日だったぜ、あの日は」


「でも正直、羨ましいわ。水がビー玉に変わったり、蛍光灯が金太郎飴になったり、新聞紙が人間になって踊りだしたり……想像しただけでわくわくするわ!」

 手を組み、目をきらきら輝かせるさくら。完全に脳内は自分の世界にトリップしている。こうなると、誰の声も聞こえなくなる。


(さくら姉だって実際あの場にいたら絶対……いや、この人は大丈夫か。壊れることも、拒絶して精神すり減らすこともなく、純粋にあのお面ちゃんの起こしたことを楽しむだろうなあ……)


 ああ、それにしても本当に疲れた。紗久羅はまた、ため息。


 来年こそは準備から本番まで無事に終えることが出来るのを祈りつつ。

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