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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ
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お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ(2)

 何だ、何事だ。そう叫ぶ暇も無かった。梓が発した意味の分からない言葉を皮切りに、そこら中から次々と悲鳴があがったのだ。

 ぶつっという音が再び天井から聞こえる。どうやら梓はマイクのスイッチを切ったらしい。


「いや! 何これ!?」

 紗久羅の正面にいた女子が驚きの声をあげる。どうした、と紗久羅が聞くと彼女は青ざめながら傍らにあったバケツを手に持ち、傾け、中の様子をこちらに見せてくれた。

 ついさっきまで複数の色が混じった水が入っていたはずの、それ。しかし今は水など入っておらず。代わりにバケツを満たしていたのは、大量のビー玉だった。赤、黄、青、緑……透明のものに線が入ったものもある。それが天井についている蛍光灯から光を受け、ぎらぎらと輝いているのだった。


「な、何でバケツにビー玉が? 水はどこにいったんだよ」

 その疑問に答えてくれるものは誰もいない。そして、そのことについて考える時間は与えられず。紗久羅の手元から、ぽん、という卒業証書を入れる筒の蓋を開けた時の音に似たものが聞こえ、ばっと彼女はそちらを見る。


 紗久羅はその手に筆を握りしめていた……はずだった。だが、今彼女が握っているものはどう見ても筆などではない。毎年春、道端で見かける……土筆(つくし)であった。驚き、思わず紗久羅はそれを放り投げる。

 しかし驚くことはそれだけではなかった。自分が使っていたバケツが、金魚鉢に変わっていたのだ。青く、ふちが波打っている、ごく一般的な、金魚鉢。

 その中には綺麗な水が湛えられ、そして真っ赤な体の金魚が悠然と泳いでいる。


「嘘だろ……何でこんな」

 困惑する紗久羅の頭に、何か固く小さなものが当たる。それは頭から床へと転がり落ちていく。紗久羅はそれを拾い、見た。

 透明度の無い、赤い硝子玉。そこにとても小さな白や水色の玉がくっついていた。それは、どこからどう見ても。


「これって、トンボ玉……?」

 そう、まごうことなき、トンボ玉。そこら中から聞こえる、こん、かん、とん、というそれが床に落下する音。その音は段々激しくなっていき。


「痛い、痛い、痛い!」


「きゃあ!?」


「うわ! 何だよこれ!?」


 トンボ玉の雨が、本降りに、なった。生徒達の頭を、それをかばう両手を、足を、そして皆が一生懸命色塗りしていた看板等を息つく間もなく襲う。

 赤、青、黄緑、無色透明、黄、紫、球体のもの、キューブ状のもの、目玉模様の描かれたもの、花が描かれたもの、幾何学模様の描かれたもの、大きなガラスに小さなガラス玉がくっついたもの……。

 どんな雨より色鮮やかで……痛い。


 その場にいる者達に、美しい色合いのトンボ玉を見ている余裕はなく、目を瞑り、叫び、喚きながら恐ろしい時間が過ぎ去ることを祈った。

 祈りが通じたのか、天の気まぐれか、やがてその雨は終わりを告げた。だが、雨は止んでも他の奇妙な出来事は終わりを向かえず。


 廊下に出来た虹より鮮やかな水溜り。もう、足の踏み場も無い。

 その水溜りが、ぽんぽんぽんとポップコーンが出来上がる時に出すような音と共に、姿を変えた。


「トンボ玉が花になった!」

 椿、チューリップ、菊、向日葵、朝顔、桔梗に曼珠沙華、シロツメクサ、睡蓮、秋桜……花、花、花。辺りに漂う花の甘い香り。いっぱいになった腹を刺激し、胃を焼き、もたれさせる。


「この花、本物?」

 近くにあった牡丹に手を伸ばし、触れてみた。その手触りは本物の花そのもので。


 廊下を埋め尽くした色彩は、再び音をたて。跡形もなく消えてしまった。

 しかし消えたのは矢張りその花だけで、他の場所に起きた変化はそのままだった。

 生徒達の騒ぐ声が更に大きくなっていく。妙な出来事は収まることを知らず。


 新聞紙が看板の下から這い出て来て、ひゅるひゅると風も無いに宙を飛んだ。

 それはその場で折られていき、やがて人の形を作り上げる。新聞姿勢の人形が次々と出来上がり、それらは手をあげ、足をあげ、歌いながら踊り始める。

 ぽかんとしながらその様子を見ていた生徒数人は途中、彼等に手を引っ張られ、立たされ、そして踊りに参加させられ。


「坊や、なかなかいい男ね。どう、あたしと一緒に遊ばない?」

 看板に描かれていた女性が、口を開き、黒く塗りつぶされた大きな目をぱちくりさせながら、近くにいた男子に声をかける。絵の中の女が舌なめずりする音が淫らに響く。


「こりゃ一体どうなっているんだ!」

 トイレに行っていたらしい奈都貴が、紗久羅達の所まで駆けてきた。彼は頭にへびの抜け殻らしきものをつけている。一体トイレで何があったというのか。


「分からん! 何がなんだかさっぱりだ!」


「教室にいる奴等は無事かな……うわ、なんだこれ、壷? 中に梅干が詰まっているんだけれど」

 彼の足元には確かに、壷が一つ置いてあった。恐らくバケツが変化した物だろう。バケツに入っていた水が、絵の具で真っ赤になっていたから、梅干になったのだろうか。

 奈都貴はそのまま教室のドアを開け、そして、悲鳴をあげてその場で固まった。紗久羅と柚季が恐る恐る開いたドアから中の様子を見れば。


「何これ!?」


「ど、どうなっているのよ、これ!」

 教室の中は水で満たされていた。その中を泳いでいるのは河童、魚、鳥、猫、金魚、鯉等。床を埋め尽くしているのは海草と、花。あるはずの机や椅子などは無い。

 中で作業をしていた生徒達はその水の中でたゆたっている。見たところ、息は普通に出来ているようだ。訳の分からない事態が次々と起きた所為かもう抵抗したり、逃げ出したりする気力もなくなったらしく、ただ水にその身を任せている。

 ドアを開けても、その水は外へ出てこなかった。奈都貴は恐る恐るその水の中に顔を突っ込んだ。


「どう、なっちゃん」


「……ひんやりしたものを感じる。本物の水の中に頭を入れている感じ。でも、息は出来るし、普通に喋れるし……変なの」

 彼が口を開く度、そこからあぶくがぶくぶく飛び出し、上へ上っていく。

 紗久羅はそれを見て、以前翡翠京を訪れた時に金魚捕りという遊びをやったことを思い出した。試しに、頭を教室内に突っ込んでみる。


(ああ、やっぱりあの店を満たしていた……(うつろ)(みず)って奴と似ている。夏だったらさぞかし気持ち良かっただろうけれど、流石に今の季節は……ちょっと冷たく感じる……ってそんなこと考えている場合じゃない!)

 慌てて頭を水から引っこ抜く。触れてみるが、髪は濡れていない。


「なっちゃん、教室にいる奴等、助けた方がいいかな」


「助けてもなあ……外は外で滅茶苦茶だし」

 どうしたものかと奈都貴が唸る。


「本当、滅茶苦茶よ! なんかどんどんカオスな感じになっているんだけれど!」

 柚季の悲鳴混じりの声を聞き、二人は再び体を廊下側に向ける。

 

 筆の水気をとるように置いていた雑巾が赤や青のまだら模様入りの白い鳩に変わり、くるっぽくるっぽいいながら、天井を飛び回る。

 誰かの制服が体と意思を手に入れたかのように動き出し、金太郎飴に変わった蛍光灯が落下し、教科書が開いたり閉じたりを繰り返しながらこうもりの如く飛び回り、絵の具チューブの蓋が勝手にとれ、勝手にそこから中身が出、それがなめくじに姿を変え。赤、青、緑のなめくじが壁を這い。


「いや! もう何なのこれ! 紗久羅!」


「あたしだって分かんないよ! あまりに滅茶苦茶なことが次々と起きていって……頭がパンクする!」


 常識、という言葉の意味を忘れてしまいそうになる位はちゃめちゃな出来事が次々と起こり。その内、生徒達の様子にも変化が起きてきた。

 まず、悲鳴をあげなくなる。そして無言になる。最後には……。


 紗久羅の近くにいた女子生徒が手に掴んでいた絵の具が、三味線に変わった。

 隣にいた女子が触れていた筆は、横笛に。

 二人はその楽器を無言で眺めた後、声をあげて、笑い始めた。


 最初は渇いた笑い、それが段々大きく、激しくなっていき。終いには謎の放送をしてきた生徒会役員と同じような笑い方になっていった。

 彼女達は奇声をあげ、楽器を演奏し始める。メロディもリズムも滅茶苦茶な即興曲が悲鳴をあげて逃げ出すような演奏だ。それを聞いた新聞紙製の人形が歓声をあげ、その滅茶苦茶すぎる演奏に合わせて踊りだした。

 彼等に混じって嫌々踊っていた生徒達の顔は今、とても晴れやかなものとなっており、心の底から踊ることを楽しんでいる様子。


「お祭り騒ぎ!」


「馬鹿騒ぎ!」


「大いに結構、こけこっこー!」


「あははははは!」

 続出するおかしくなった生徒達。最初は半ばヤケクソ気味に笑っていた者も、徐々に心の底からおかしそうに笑うようになっていった。


 看板に描かれた女とキスをする男子生徒、それを見ていいぞもっとやれと叫ぶ生徒、水で満たされた教室に自ら飛び込んでいく者、落ちてきた金太郎飴をつかみ、床に何度も叩きつける者、鳩を追いかける者、酷い演奏に合わせて歌いだす者……。


「おい、しっかりしろ! 正気に戻れ!」

 奈都貴は近くにいた生徒の一人の体を思いっきり揺さぶる。しかし効果は無い。紗久羅や柚季も目についた生徒に話しかけるが、反応は無かった。


「駄目だ、皆おかしくなっちゃっている……まあ、無理も無いけれど……うわあ!」

 紗久羅の頭に何かどろりとしたものがかかった。恐る恐るそれをそれを手につけ、見る。琥珀色のそれはどう見ても蜂蜜だった。甘い匂いがする。頭上には液体のりの容器がぷかぷか浮かんでいる。のりが蜂蜜に変わってしまったのだ。慌てて紗久羅は近くにあった流し台へ行き、頭を洗う。幸い、水が途中で水飴に変わる……とか、そういったことは無かった。


「なっちゃん、これ、どう考えても人間の仕業じゃないよな?」


「こんなこと出来る人間がいるっていうなら、是非お目にかかりたいものだね。……十中八九、妖とかの仕業だろうな」


「もう、何でこうなるのよ! 文化祭の準備位平和にやらせてよ!」

 柚季の目には早くも涙が浮かんでいる。彼女にとって今目に映っている光景は嫌悪し、憎むべき……唾棄すべきものなのだ。


「しかしどうしてこんなことに……」


「原因は生徒会役員にありそうだな」


「確か生徒会長がお祭り騒ぎの始まりですって言った直後から、おかしな出来事が起き始めたんだよな。……生徒会長が実は妖怪だったとか?」

 あの人が妖だとは到底思えない、と奈都貴と柚季がその考えを否定する。言った本人である紗久羅も首をひねり、そんなわけないよなと否定の言葉を口にした。


「とりあえず、放送室に行ってみよう。もしかしたらまだ生徒会役員達が残っているかも」


「え、行くの!?」

 奈都貴の提案を全身フルに使って拒絶したのは、柚季だ。行くなら二人で行ってきてと目で語る彼女の手を、奈都貴と紗久羅が無理矢理引っ張る。


「こういう事態に対処出来そうなのは、及川しかない。可哀想だが……ついてきてもらう!」


「嫌! 絶対嫌!」


「どうせどこにいても変わんないって! それにさ柚季……こんな所に正気を保ったまま一人で居てみろよ……心折れちゃうぜ」


「それは……嫌、かも」

 その言葉を一緒についていくという意味にとった二人は、それじゃあ行くぞと言って放送室のある方――一階――へ向かう為の階段めがけて駆け出していく。

 結局柚季は「こんな変な街、来なければ良かった!」と叫んでから、二人の後を追うのだった。


 一年の教室は全て、四階にある。学年が上がる毎に教室のある階は下がっていく。そして一階には職員室や生徒会室、放送室などがあるのだ。

 三階へ下りる。ここもまた、笑い声で満たされていた。


「おかしなことになっていたのは、四階だけじゃなかったんだな……やっぱり学校全体が不味いことになっているんだ」


「なっちゃん、放送室ってそこの廊下進んだ先にある階段使った方が早く行けるんじゃないか」


「そうだな。それじゃあ廊下を……突っ切るしかないか」


「四階と似たような光景が広がっているのよね、絶対。うう、行きたくない」


「行くしか無いよ、柚季……ん?」

 頭上に何かの気配を感じる。三人して一斉に階段上を見、そして目を丸くした。

 階段から巨大な手鞠が転がり落ちてきたのだ。運動会の大玉ころがしで使う玉より更に一回り大きなものである。

 黄緑の草むらに、桃や赤の花咲いた、それはそれは美しく、可憐な手毬。最早手毬とはいえない大きさでなければ、三人して可愛いね可愛いねと言いながら撫でまくったに違いない。手毬とはいえない大きさでなければ、本当に。


「何だよあれ!」


「おい二人共逃げるぞ!」

 三人は廊下側に飛び出し、そのまま放送室に程近い階段を……行かなかった。

 彼等はパニックのあまり、つい、目にとまった階段を下りていってしまったのだ。手毬の転がるスピードは段々速くなっていく。

 悲鳴をあげながら、必死に体を動かし、猛スピードで階段を駆け下りた。

 跳ね、転がり、跳ね、転がりを繰り返す手毬。直撃すればただでは済むまい。


 当たったら死ぬ、当たったら死ぬ、そう念じながら必死に走り。あっという間に一階まで来た。とんでもない勢いで突進してきた手毬を、三人は全身のばねを駆使して避ける。手毬はそのまま階段前にある部屋のドアを直撃。ドアは大破し、手毬は破裂。破裂した手毬は分裂し、小さな手毬の山が出来上がった。

 手毬を避けた三人は床にへたりと座り込み、ほう、と息を吐く。


「ギリギリセーフ……」

 ころころ転がってきた手毬を奈都貴が手にとった。夜空を覆う菊を思わせる、大人な雰囲気を醸しだしているそれを、何となく撫でてやった。


「あれ当たっていたら、骨……折れていたよね、私達」


「骨折位で済めばいいけれど。とりあえずぎりぎり助かったな。とりあえず放送室行こうぜ」

 

「そうだな……って、うわ!」

 立ち上がった奈都貴が悲鳴をあげる。彼が持っていた手毬が、いつの間にか髑髏に変わっていたからだ。思わず放り投げたそれは手毬の山に直撃、山、崩落。あちこちに散らばった手毬は泣き声をあげながら着物を着た長い髪の女へと次々とその姿を変えていった。着物の色や模様は、元の手毬のそれと同じである。

 女達はしばらくの間泣いていたが、やがて泣き止み、今度は大声で笑い出した。それからおしゃべりをしつつ、自分達が壊したドアの向こう側へ入っていった。同時に訪れる静寂。


「何だったんだ、あれ」


「分からん。それよりさっさと放送室に」

 行こうと廊下の方へ足を踏み入れた紗久羅。奈都貴と柚季もそれに続く。

 よし走ろうと構えた時のことだ。


 バン! 背後から聞こえてきた大きな音。


「今度は何なんだよ!」

 振り返る。そして今日何度あげたか分からぬ悲鳴をあげた。女達が入っていった部屋から出てきたものが、三人を叫ばせたのだ。

 二メートル以上はあろうかという茎の先端に、菊や朝顔、紫陽花や椿、牡丹、向日葵等がぐっちゃりとついていた。色の配置が酷いせいでものすごく気持ち悪いものに見える。おまけに中央の種類の分からぬ花には大きな目玉がくっついていた。

 茎には蛇が巻きついており、時折赤い舌をちろちろと出す。蛇が少し身動ぎする度、ねちゃり、という嫌な音が紗久羅達の耳を襲う。

 下には根っこに似た足がある。


「ねえ、紗久羅。あれ……こ、こっち、見ている、よね」


「見ている、よな」


「ああ、この流れ。……あいつ、絶対」


 沈黙。そして。


「ぎゃあ、やっぱりこっちめがけて走ってきやがった!」


「いや、いや、こっち来ないで、いやあ!」


「逃げろ、兎に角全力で逃げろ!」


 予想通り、花のお化けは奇声をあげつつ三人めがけて突進してきた。その足が動く度、タンバリンを叩いた時の様なぽん、たん、しゃんという音が聞こえる。血走った眼に睨まれながら、三人はその化け物の様子をちらちら伺いつつ、全力で廊下を駆け抜ける。廊下は走るな、だが身の危険を感じたなら、走れ。そんな格言を無理矢理作り上げ、無理矢理廊下を走るという行為を正当化し、走る、走る。

 

「ああ、なっちゃん、放送室通り過ぎちゃった!」


「うええ!? いや、しかし今は逃げることが先決だ!」


「ですよね!」


「いや、いや、いや! もうこんな学校嫌!」

 化け物のスピードが段々あがってきている。三人は突き当たりの角をつまずきそうになりながらどうにか曲がり、更に先へと進んでいく。

 どうにかして逃げ切らねばならぬ。必死の思いで走っていた三人だったが。


 数メートル先の床に、銀紙の様なものが落ちているのが見えた。恐らくガムの包み紙だ。包み紙がなんだ、今はそんなもの拾っている暇はないのだ、そう思いながら走っていた三人を衝撃が襲う。

 目の前にあった銀紙がぽん! という音と共に巨大化し、緑色の風呂敷に変わった。三人はその様子を目でしっかり見た。だが、立ち止ったりそれを避けたりする暇は無く。全員仲良く、巨大風呂敷を足で踏みつけた。


 何も起こらないでくれ、という願いむなしく。三人がそうして風呂敷の上に立った途端、それの四方が持ち上がり、そしてあっという間に紗久羅達を包むときゅっきゅっと上部を結んでしまった。

 風呂敷近くに何かが立っている気配がした。恐らくあの化け物だろう。

 化け物はそのまましばらく風呂敷を見ていたようだが、やがてふうと息を吐き、遠くへ去っていった。


「た、助かった?」


「いや、これ助かってないだろう。この風呂敷どうにかしないと……ああ、暗い、何も見えない」


「ちょっと深沢君、変な所触らないでよ!」


「うえ、いや、その、ごめ」


「なっちゃん! あたしの太もも触ってる!」


「え、いや、悪い……っておい井上、どこ触ってるんだ!」

 押し合いへし合い。しかしそんなことしても逃げることは出来ない。

 ふと突然感じた浮遊感。風呂敷が、浮かんでいる。浮いたと思ったら、今度は勢いよく床に、べちん!

 とてつも無く痛い。おまけに内蔵がぶわんぶわんと揺さぶられ。

 どうやら三人を閉じ込めた風呂敷はぴょんぴょん跳びながら移動しているようだ。だが、どこへ進んでいるのかは全く分からない。方向感覚が滅茶苦茶になったせいだ。


 三人からあがるのは、絶叫のみ。最早まともな言葉など吐くことが出来ず。

 揺られながら思うのは。


(ここにガムの包み紙捨てた奴、絶対に許さん!)


 暴れる柚季が、結び目の方に手をやる。その手に自分の持つ力を集中させた。

 すると結び目は解け。


 そして三人はぽいっと外へ放り出された。無様な着地をした三人はしばらく動くことも出来なかった。目はぐるぐる回り、尻は痛くて、頭や内臓はぐわんぐわんと揺れ。


「や、やっと解放された……何なんだよ」


「ゴミのポイ捨て反対……地球は大切に」

 柚季はうつ伏せのまま、小さな声で呟いた。賛成、と他二名は小さく手を挙げる。


「ていうか、ここ、どこ」


「ん……あ、ここ。放送室の前だ!」

 え、と奈都貴の叫び声に反応して彼の指差した方を見てみれば、確かにそこには放送室入り口が聳えていた。

 

「放送室……とりあえず、着いたのか。うええ、まだ気持ち悪い」


「気持ち悪いといえば、このドアも」


「気持ち悪い! 何よこれ!」

 そこにあったのは、見慣れた放送室入り口のドア――とは少し違うものだった。

 手をかける部分がそのドアには無く、代わりに人間の口があったのだ。

 正面から見て左の口はぷりぷりしていて艶やか。もう片方の口は薄っぺらい。


「おい、この口の中に手を入れなくちゃいけないのか?」


「なっちゃん、任せた!」


「絶対嫌だ!」

 肩に置かれた紗久羅の手を奈都貴は全力で振り払う。


「うふん、男の手なら大歓迎。嘗め尽くしてあげちゃうわ」

 左の口は女のものらしい。聞くだけで脳みそが蕩けそうな艶やかな声をあげてから、ぺろりと舌なめずり。


「女が開けるのなら、是非俺を使ってくれ。しゃぶってしゃぶってしゃぶりまくってやろう」


「死ね! 消えろ! いい加減にして!」

 目を瞑り、柚季が手から何かを放つ。すると二つの口は悲鳴をあげ、消滅した。よくやった柚季(及川)と彼女を讃えつつ、三人して放送室の中へ入る。

 初めて入る放送室。


(昔放送委員会やっていた友達曰く、放送室って独特な匂いがするんだよな……校長室とか応接室とか、そういう所みたいな匂いだとかなんとか)

 確かに中へ入った途端、匂いがした。しかしそれは独特な匂いでも何でもなく。

 しかし、強烈な匂い。三人して鼻をつまんだ。


「酒臭い!」


「何で放送室が酒臭いんだよ!」


「目の前に障子が見えるわ……」

 薄暗い室内。その先に、柚季の言う通り、障子があった。その向こう側から騒がしい声が聞こえる。かんかんと何かを叩く音や、くちゃくちゃと何かを食べる音等も一緒に聞こえてきた。


「酒盛りでもやっているのかしら? ねえ、引き返しましょうよ」


「でもこの向こうに役員の人達がいるかもしれないし」


「いるかなあ……」

 しかし可能性がゼロでは無い以上、行くしかない。


 紗久羅と柚季は奈都貴の背を押し、彼に先頭を歩かせる。奈都貴に障子を開けさせるつもりなのだ。ぐいぐい押された彼は、あっという間に障子の前まで来てしまう。こうなるともう自分が開けるしかない。


 障子に手をかけ、彼は恐る恐る横にそれを引いた。

 彼は目を右へ左へきょろきょろ動かし、それからすぐ、閉め。


「なっちゃん、どうだった?」


「いなかった……何かからかさお化けとかろくろ首とか人魚とか山姥とかが酒盛りしていた。刺身とか煮豚とかおでんとか、色々あった」

 それを聞いた途端、柚季が絶叫する。及川、見なくて正解だったよと奈都貴は彼女の肩をぽんぽんと叩く。

 障子の向こうの妖達は、紗久羅達の存在に気がついていないらしい。


 三人は気がつかれる前に、急いで放送室を飛び出すのだった。

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