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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ
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第二十三夜:お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ(1)

『お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ』


 空はもうすでに紅葉色、阿呆阿呆と鳴く烏、道路を行き交う影法師。夜の訪れは、近い。

 三つ葉高校の校舎の色は白から、徐々に灰色へと変わっていき。もうしばらくすれば恐らく黒に染まるだろう。


 普段ならこの時間、もう校舎内の灯りはその殆どが消えているものなのだが、今日――更に正確にいうとここ一週間程――はまだ、多くがついている。

 教室内も、廊下もいつものこの時間では有り得ない位賑やかであった。


「紗久羅、赤の絵の具そこにある?」

 新聞紙の上に乗っている看板の色塗りをしていた紗久羅の所に、体育の授業時に使う赤いジャージを着た柚季がやって来る。彼女は少し離れた所で別の看板の色塗り作業をしていた。普段は下ろしている髪は今、上の方で束ねられており、彼女が動くたびふりふりと可愛らしく揺れる。

 床についていた左手のすぐ横に、赤い絵の具がある。今はその色を特に使っていなかったから、少し離れた場所にいる柚季めがけてそれを放り投げてやった。

 まさか投げて寄越すとは思っていなかった柚季は「ちょ、え」と戸惑いの声をあげつつ、どうにかそれをキャッチする。キャッチに失敗していたら、それは確実に色塗り最中の看板の上に落ちていただろう。


「もう、横着して。うわ、キャップの所汚れている。……落としていたら、看板汚していたかもしれないわ。もう、紗久羅ったら」


「悪い悪い」

 両手を合わせて謝るが、顔は笑っている。笑ってごまかしているのだ。柚季は「全く紗久羅は」と一言言った後礼を言い、作業に戻る。


 絵の具やのり、ボンド、紙、木等の匂いが校舎内を満たしている。廊下はちゃんと四方八方(上を見る必要はあまり無いが)に目を向けながら歩かないといけない状態になっていた。まるで罠や仕掛け、モンスターでいっぱいのダンジョンの様。

 三つ葉高校は明後日と明々後日に文化祭を控えていた。東雲高校と違い、こちらの高校は文化祭が二日間ある。前夜祭も入れるなら、三日間だ。

 明日の午後にはもう飾りつけやテントの設置が始まる。午前中は通常授業だから、実質今日中に看板や飾りを作り終えなければいけない。その為、殆どのクラスがこうして教室や廊下で作業を行っているのだ。


「ふう……色塗りって結構しんどいよなあ」

 使っていた筆をバケツに入れてから、その場で伸びをする。それと共に出るあくび。目元が冷たいもので濡れる。

 

「でもさ、こうして皆で看板に色塗ったり、衣装やポスターを作ったりするのって何か新鮮だよね。中学の文化祭はこんなことやらなかったし」

 看板を挟んだ向こう側にいたクラスメイトの女子が手を止め、笑いながら言った。彼女は随分楽しそうである。こういうちまちました作業が好きなようだ。

 紗久羅は彼女の言葉に同意する。しんどく、面倒臭くはあったが、決して嫌ではなかった。むしろ楽しい、嬉しいと思う。


 面倒臭い、興味無いと言ってこういう手伝いを一切せず、さっさと帰る者も少なくなかった。そのことに対して文句を言う生徒(主に女子)もいたが、あまり紗久羅は気にしていない。やる気の無い奴は無理矢理こういう場に引っ張り込んでも邪魔になるだけ。それなら最初からやりたい人だけでやった方が気持ちよく、またさくさく作業を進めることが出来ると考えているのだ。


「そういえばこの時間まで学校に残ることなんて、滅多に無いよなあ。部活とかやっている人は別として」


「夜はまだまだ長いぜよ、井上殿?」


「今夜は寝かさなくてよ」


「や、優しくしてね?」

 近くにいた女子のおふざけに乗り、ぶりっこした声で言ってやる。そして三人して笑う。兎に角こういう作業をしていると、段々とテンションがおかしくなっていき、何度もこんなやり取りをしては、大爆笑。


 作業はそれなりに順調。本当はもう少してきぱきとやることも出来るのだが、疲れるし、夜遅くまで学校に残るという普段はあまり出来ないようなこともしてみたいという気持ちも少しあり……程ほど力を抜いて作業をしているのだ。


「紗久羅は何時位までやれるの?」


「九時半位までかな。迎えもばっちり頼んでおいた」


「そっか。私はもう少し残れそう」


「いっそ学校に泊まりたい! 皆で百物語したい!」


「きゃー!?」

 一人の女子生徒が手をばっと挙げ、ノリで言ったことに真っ先に反応したのは、少し離れた場所にいる柚季であった。周りにいた人達が驚いて彼女を見る。


「及川さんってお化けとか苦手な、怖がりさんタイプ?」


「いや、あれは怖がりっていうかなんていうか……」

 そういったものとはまた違うのだが。はっきりとは言わず、ただそれだけ言って紗久羅はごまかす。

 

 そんなことをやっている間に、空を染めていた朱は闇の底に沈んでいき。月や星の時間が目を覚ます時間となっていった。

 日が沈み、真っ暗になった外を見ると、急に腹が減ってくる。腹の音を合図に帰る生徒も数人。他の者達も筆を置き、夕食を買いに行ったり、あらかじめ買ってあった物を食べ始めたり。


 外は真っ暗なのに、廊下や教室には煌々と明かりがついていた。外と中、光と影、静と動。その境界がはっきりとしている。帰りのSHRが終われば基本さっさと帰る紗久羅にとっては非常にそれが新鮮に映るのだった。


「校舎の中から、暗くなった空を見る日が来るとは……高校始まった時は思ってもいなかったぜ、うんうん。しかし腹減ったなあ。ああ、全身かっちこちに固まっちまった。……休憩しよ。おい、柚季」

 夕方に比べると静かになった廊下に、紗久羅の大きな声が響く。看板に描かれている細かい模様とにらめっこしていた柚季の顔があがる。一緒に夕飯買いに行こうぜと紗久羅が言うと、彼女は頷き、使っていた筆をバケツにつっこみ、軽く洗った。


「結構手、汚れちゃったなあ。手洗わないと」


「柚季、口辺りに赤いのがついているぞ」


「え、嫌だ、本当? ああ……さっき絵の具がついた手でこすったから」

 慌てて口元を擦る柚季だったが、汚れは落ちるどころかますます酷くなっている。ちゃんと洗うしか綺麗にする術は無いようだ。


「てっきりあたしは血かと……傍にいた女子の血を吸ったんじゃなかったんだ」


「違います! もう、そんなわけないでしょう」

 障害物を避けながら近づいてきた彼女は、ふざける紗久羅の頭をあまり汚れていない方の手で軽くチョップする。

 茶番を終えてから近くの流し台で手を洗い、財布と携帯……それとなっちゃんこと深沢奈都貴をお供に、外へ出て行った。


「何でお前等がコンビニ行くのに、俺がついていかなくちゃならないんだ」

 男子にしては珍しく、真面目に文化祭の準備を手伝っていた奈都貴は半ば強制的に二人の買い物に付き合うことになってしまった。青いジャージ姿の彼は文句を言いつつも、とりあえず二人の隣を歩いている。


「だってほら、今夜じゃん?」


「だから何だよ」


「か弱い女の子二人だけで夜道を歩くとか超危ないじゃん?」


「夜道といっても、まだ七時位じゃん……」


「危険とは四六時中つきまとうもの。時間なんて関係ないの」


「お前今さっき、夜道って言っていたよな? 夜に限定していたよな?」


「というわけで、一応男子のなっちゃんをボディーガードにつけようと思って」

 奈都貴の疑問には一切答えず、良い笑顔を向ける紗久羅。語尾についているハートマークが、奈都貴を身震いさせた。


「俺よりお前や及川の方がよっぽど強いんじゃないか……?」


「え、あたしどっからどう見ても可愛い乙女じゃん」


「私は妖とかならぶっ飛ばせるかもだけれど、基本的には超か弱い乙女だもの」


「及川がか弱い乙女って言うと、ああうんそうだなー……って感じになるけれど、井上が言うと、ものすごく胡散臭く感じる」

 そう言うと、紗久羅は傷ついたフリをし、嘘泣きしながら柚季に飛びつく。


「柚季、酷いのよ! なっちゃんがあたしのことか弱く無いって言うの!」


「本当、酷いわ! どこからどう見ても紗久羅はか弱い乙女なのに!」

 それを受け止め、ものすごく演技臭い喋り方をして、紗久羅を慰める。

 文化祭準備の影響でいつも以上に変なテンションになっている二人を見、奈都貴はただため息をつくのだった。


 三人が向かっているのは、学校から徒歩約五分でつくコンビニ。昼、許可無く勝手に学校を抜け出し、昼食やおやつを調達する生徒は少なくない。近くには別の高校もあるから、朝等は学生達でごった返す場所だ。


「まともな食糧残っているかな」


「タイミングが合えば、色々あるだろう。タイミング外すと何にもないけれど。ま、腹が膨れるならこの際菓子でもいいや。……ちゃんと洗ったはずなのに、手にまだのりと紙の匂いがついている……」

 

「なっちゃんはどういう作業やっていたんだ?」


「最初は看板作りの手伝いやって、その後は教室で、ひたすら折り紙で鎖作ったり、色画用紙切りまくって色々な形作ったり、メニュー表作ったり……一緒にやっていた女子達が手厳しくて、何回も作り直す羽目になった。……当分折り紙と色画用紙は見たくない。はさみも握りたくない」

 匂いを嗅いでいた手を使い、はさみで紙を切る真似をしてみせた。


「そりゃご苦労さん。……文化祭、無事に出来るといいな。東雲高校文化祭の時みたいな出来事はまじ勘弁」


「そういえばあの文化祭で色々なことが起きたんだっけ? 俺は変なことには巻き込まれなかったけれど……お前等、大変だったらしいな。まあ九段坂さんもいるし、何かあってもどうにかなるんじゃないか?」


「何かあっちゃ困るわ。……折角鏡女に打ち勝って手に入れたこの時間、妖とかの手で滅茶苦茶にされてたまるもんですか。と言っても事前に防ぐ方法は無いけれど……」

 吐き出した息の色は暗く、重い。


 文化祭当日、変なことが起きないことを祈りつつ、コンビニの中へと三人、入っていく。

 店内には、三つ葉高校生徒がちらほらいた。その殆どがジャージを着用している。紗久羅達同様夕食やちょっとしたおやつを買いに来ている人もいれば、準備に使うちょっとした道具を買いに来たらしい人もいた。仄かに臭う、のりや絵の具の匂い。


「おにぎり、お弁当、パン……一応まだ色々残っているわね。どれにしようかな」


「さっさと食べるなら、おにぎりかパンの方がいいんじゃないか? あたしはパンにする。おにぎりは明後日、沢山見ることになるだろうから……今はいいや」

 パンコーナーの前に行った紗久羅。柚季もおにぎり、弁当コーナーから離れてそちらへ行く。


「紗久羅は調理班だもんね。ひたすら味のついたごはんを型に詰めておにぎり作るのよね」


「最初は手で握ろうとしたんだけれど、ほかほかごはんに全員くじけて、やめた。衛生面とかも考えると型でやった方がいいかなって話にもなったし。柚季は販売係なんだよな。お団子屋の娘みたいな格好して売るんだろう?」


「そうそう。結構可愛い衣装で、しかも本格的。深沢君は何係?」


「俺は作ったおにぎりを校内練りまわって売る係だな。……それより二人共、ちょっと左にずれてくれ」


「え?」

 紗久羅の左隣にいた奈都貴が、横歩きしながら左手でくいくいっと後ろを示す。

 見れば、紗久羅と柚季の後ろに男子生徒が二人立っていた。恐らく彼らも夕飯を調達しに来たのだろう。紗久羅達が慌てて左にずれると、男子二人は軽く頭を下げ、前へ一歩足を踏み出す。

 彼等は制服姿で、どちらもしっかりした感じの人であった。一人は小柄で、もう一人は中肉中背。


「ええと皆の希望商品は……と、あったあった」

 お目当ての商品を見つけたらしい小柄な男子が、かごにパンを放り込む。


「ああ、どのパンも同じに見えてきた。俺相当疲れてるのかな……あ!」

 もう一人の男子は死にそうな声をあげながら目をこすっていたが、何か重要なことでも思い出したのか、突然大きな声をあげ、隣にいた人及び紗久羅達を驚かせる。


「どうしたんだよ、いきなり大きな声を出して」


「悪い。いや、俺のクラスお化け屋敷やるんだけれど……それに使う良い感じのアイテムが家にあったから、持ってきたんだけれど。クラスの人にそれ渡すの忘れていた。明日でもいいけれど、さっさと渡した方がいいよな」


「ああ……前言っていたやつか。後で渡しに行けばいいじゃん。夕飯食べた後でさ」


「そうだな。……クラスの人に渡す前に、日向(ひゅうが)辺りにでもつけてもらおうかな。くく、想像しただけで笑える」


日向(ひゅうが)がつけてくれるか?」


「疲れのあまりテンションおかしくなって、案外ノリノリでつけてくれるかも」

 やってみよう、と二人顔を見合わせてくっくっくと笑う。悪戯を思いついた子供の様な笑みであった。

 二人はパンを大量にかご入れてから、その場を去った。

 彼等の話を聞きながらパンを選んでいた奈都貴が、同じく何となく聞いていた紗久羅達相手に口を開く。


「あの人達、確か生徒会役員だよな。二年生の……役職とか名前は覚えていないけれど」


「そうだったっけ? あたし生徒会の人の顔なんて全然把握していないから分からないや。殆どが二年生だし……同学年のメンバーもいた気はするけれど、全然、さっぱり」


「私も。漫画とかと違って、実際の生徒会って地味で誰にも省みられない存在って感じよね。あ、でも生徒会長さんは分かる。二年の日向先輩って人よね。さっきの先輩達の話にも出てきたけれど」


「ああ、その人は分かる。何でこんな高校に入って来たのか分からないって位頭が良くて、色々なことが出来て、おまけに家はお金持ち……のお嬢様なんだろう? 吉田さんがそんなことをぺらぺら喋っていたような気がする。おまけに美人でさ……完璧超人って感じ」


「漫画から飛び出してきたような人だって話をよく聞くな。集会の時、壇上にあがって今年の文化祭のこととか色々話していたっけ。よく通る綺麗な声で……声だけじゃなくて、顔も、その、綺麗で」

 最後はぼそりと恥ずかしそうに呟き、隣にいる紗久羅達から目を背ける。

 そんななっちゃんを笑いつつも、紗久羅は彼のいうことに同意した。彼女の話した内容は覚えていなかったが、彼女の姿、声は紗久羅もはっきりと覚えていた。彼女――日向は同性の目さえ惹きつけるような人なのだ。異性の目にはどれだけ魅力的に映るだろう?


「生徒会長のことは置いて。良かったな、柚季。あたし達高校の文化祭にもお化け屋敷があるそうだぞ?」

 にんまり笑いながら、柚季の横腹をちょこちょことつついてやる。柚季は睨みつけつつ、頬を膨らませた。


「全然嬉しくない」


「二人で絶対、入ろうな? あ、なっちゃんも一緒にどう?」


「いいかもな。及川がテンパる姿を見たい」

 大抵の場合はのってくれない彼が、珍しくノリノリで答え、くっくっくと肩を震わせて笑う。当然のことながら、柚季の頬はますます膨らむわけで。


「もう、深沢君まで。二人の意地悪、もう知らないもん」


「振られた、柚季に振られた!」


「俺も振られた! ショックだ、ショックのあまりきっとパンが喉を通らなくなるだろう!」


 二人してショックを受けたフリをし、それから最後はふざけたことを言った後恒例の、大爆笑でしめ。柚季のふてくされた顔がそれを助長する。その声はちょっと大きいというレベルではなく。

 散々笑った後、ここがコンビニであることを思い出し、また店員のどことなく冷めた視線に気がつき、慌てて口をつぐむ。そして、パンを大急ぎで選ぶと会計をし、逃げるようにしてコンビニを去るのだった。


「……駄目だ、非日常的な空間に居続けると、疲れも相まってテンションがおかしくなってしまう。恥ずかしい……あれだけ大きな声で……店の中で大爆笑とか」


「非日常とか、非現実とか……そういうのって人をおかしくするんだな、うん」

 

「二人共大いに反省なさい。ああ、本当、恥ずかしかった」


「柚季だって最後は笑っていたじゃん」


「そ、それは……」

 答えに詰まり、大人しくなる。


 学校に戻り、教室で夕飯を食べる。飲み物はクラス担任である加納さえが自腹で買ってくれたお茶やオレンジジュースを皆で分けた。

 作業は概ね順調で、作業完了までそう時間はかからないだろうということだった。


「早いクラスはもう帰ったみたいね」


「家庭科室の様子を覗きに行こうと思ったら、入り口が閉まっていてさ。おまけに張り紙が貼ってあってさ……『入ったらぶっ潰す!』とか書いてあったわ。何か殺気みたいなのが中から漏れていて……あ、これはやばいと思ってさっさと逃げちゃった」


「おかしいな、このおにぎり、絵の具とのりの味がする……味覚か嗅覚おかしくなったかな」


「ごはんがボンドに見える……」


 各々好き勝手なことを話しながら束の間の休憩を楽しみ、それから再び作業に戻った。

 すっきり回復した体は、看板等と格闘している内にすぐ元通りになった。

 

「この姿勢地味にきつい」

 おまけに腹が満たされたことで、微妙に眠気が襲ってきて。

 

(もっと前から、計画的に作業をしていればこんなことにはならなかっただろうなあ。今までちょこちょことやっては終わりにしたツケがきちまった)

 楽しい、という気持ちを疲れが凌駕し始めた頃。


 ブツッ、という何かが切れるような音が天井から聞こえ、紗久羅はふと視線を上へやる。それが放送室のマイクがONになった音であることに気づくのに、ほんの少し時間がかかった。


(こんな時間に校内放送? 実行委員会の呼び出しかなんかか)


 次に聞こえたのは、笑い声だった。放送室にいる誰かが笑っているらしい。

 一人では無く、複数。女もその中に混じっているようだ。

 その笑い方はまるで酔っ払った人のもののようで、一向に止まる気配は無く。

 それを聞いていた生徒達は困惑し、近くにいる人と顔を見合わせる。


「ぱんぱんぱんぱーん」

 散々笑い続けていた人物は、わざと外した調子で校内放送をする時、本来最初に流すチャイムを真似てみせた。それは男の声で。隣にも別の男子がいるらしく、それを聞きながらくっくっくと小さな声で笑っている。

 誰かがこっそり酒を飲み、酔っ払った挙句放送室に入り込んだのでは……そう紗久羅は思った。放送の主がまともな状態で無いことは火を見るより明らかである。


「紗久羅……この声、さっきコンビニで会った生徒会の先輩達のじゃない?」

 先程とは違い、紗久羅のすぐ隣で作業をしていた柚季が自信なさげに耳元で囁いた。それを聞いてから、もう一度放送に耳を傾けてみる。

 言われてみれば、あの二人の声そっくりであった。チャイムの真似をしたのが中肉中背の方、その傍らで笑っていたのが小柄な方の……。


「確かに、そうかも。でも何で生徒会の人がこんなふざけた放送を」


「生徒会役員から、皆様へお知らせいたします!」

 男子二人は声を合わせ、大声で、歌うようにそんなことを言い出した。もう皆作業どころではない。喋ることも出来ず、ただ口をぽかんと開けたまま放送に耳を傾ける。

 二人はまた笑い出し、お前が言えよ、いやお前が、じゃあいっそ二人で言っちゃうか、そうしようかとやや小声(それでも充分大きかったが)で話し合った後、せえの、とタイミングを合わせ。


「我等が三つ葉高校生徒会会長――日向(ひゅうが)(あずさ)様がご乱心なさいました! もう手がつけられません!」


「姫のご乱心じゃ!」


「ご乱心じゃ!」

 意味不明なお知らせに続く、女子と別の男子の声。恐らくこれも生徒会役員のものだろう。言ってから、また揃いも揃って大爆笑。


「ご、ご乱心……一体何を言って」

 訳の分からない事態に、紗久羅の、生徒達の頭が真っ白になる。


 少しして、皆の笑い声が途絶えた。


(マイクのスイッチがOFFになったのか?)

 そう思う位、静かになったのだ。しかし、マイクのスイッチは切れていなかった、決して。


 推定四人による笑いの合唱をはるかに上回る大きさの声で、女が、笑った。

 品性のかけらも無い下品なその笑い声は恐らく今、学校中を駆け巡っていることだろう。その声もまた、聞き覚えのあるものだった。だが、思い浮かべた人と耳に届いている汚い笑い声が全く結びつかない。

 

「皆様、ご機嫌麗しゅう。日向梓でございます。現在乱心中です! さあさあ皆様、存分に楽しんでくださいませ……今日はお祭り騒ぎです!」

 よく通る、声。


 才色兼備のスーパーお嬢様。三つ葉高校生徒会会長・日向梓の声。

 彼女が言い放ったその言葉が、恐ろしいお祭り騒ぎ始まりの合図となった。

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