紅葉狩り(3)
*
わいわい盛り上がっている場を少しだけ落ち着いたものにさせたのは、楽の音だった。
今楽士達が演奏しているのはなす顔の翁が作曲した『春夏秋冬』という名の楽曲。
まずは春の音。ゆったりとしたリズムで、笛と琴が主体となり若葉の匂いを含む柔らかく暖かな春風、それに揺られる花々等を表現する。
次に、夏の音。太鼓の腹に響く音、三味線の早弾き等が心地良い。曲調は激しい。ぎらりぎらり輝く日、蝉の声、台風、雷。それらを思わせる音がしばらく続くが、途中曲調が静かになる。熱せられた砂浜を冷ます様に打ち寄せる波の音、じゅうじゅう。かもめの鳴き声。それから再び曲調は激しいものになり。
秋の音がそこに続く。山中を流れる川、その流れに乗って旅をする紅葉の姿を曲で表現している。リズムが早くなったり遅くなったりするのは、川の流れの勢いが場所によって変わるからだ。
最後、冬の音。使う楽器が一番少ない。しんしんと降る雪を、音の粒が表現している。時々鳴る鈴。その音は響き、それから他の楽器の音色に溶け、やがて消えてなくなっていく。
「この曲は何度聞いても、良いですな」
杯に入った朽ち葉酒(非常に強い酒でブルーチーズの様な独特な風味がする酒。好き嫌いが分かれる)を一気に煽る男。彼はいろはの従者である。
「良い曲は酒を美味くする、ああ、美味い」
「ちょいとあんた。その酒は飲むなと何度も言ったじゃないか。ああ、臭い、うええ、腐った匂い……吐いてしまいそうだ。それと、そろそろ交代してくれないかえ? あたしだって沢山酒とご馳走を頂きたいんだ」
朽ち葉酒を飲んでいた男の後頭部にはもう一つの顔があった。それは女の顔で、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。男が舌打ち。
「仕方ないな。ちょっとだけ変わってやるよ」
ぐるりと180度回る首。今度は女が前、男が後ろとなった。
「頭が二つあるというのは大変ですな、浜菊殿」
彼と一緒に飲んでいるのは藤袴だ。朽ち葉酒に負けず劣らず強い花殺しという名の酒を先程からずっと飲んでいるにも関わらず、その顔はけろっとしている。
「本当、大変でございますよう。おまけにそれぞれ好みも性格も違うものですから、年中喧嘩をしております」
浜菊は林檎に似た味のする酢につけた木の実を放る。梅干よりずっと酸っぱく、あっという間に口中すっぱい唾液でいっぱいになる。だが、酸っぱいだけではない。木の実の甘味がじんわり舌に染み込んでいき、呼吸をすれば爽やかな香りが鼻を通っていくのだ。浜菊はすっぱさに目を閉じ、口をすぼめた後、息をはあと吸い、吐き、心地良い香りを大いに楽しんだ。
一方遠く離れた所では。楓方の女性十人程に囲まれているいろは方の男の姿があった。整った目鼻立ち、よく響く渋い声が女達を虜にしている。
男が何か話す度、女達はきゃあ、と黄色い声をあげ。それに気を良くした男は更に饒舌になっていくのだった。
「素敵、鶏頭様!」
「鶏頭様、これ、お食べになって。魚の花詰めです。私が作ったんですよ。美味しいですから、是非、是非」
相手の答えも聞かず、上手に切り分け皿にのせたものを女が差し出す。焼いた魚の中には、桃、白、黄等の花がびっしりつまっている。その花が魚の臭みを消し。程よく焼けた魚の香りと、花の甘い香り、魚の身につけた味噌の香りが辺り一面に広がる。
そんな料理を差し出した女を、別の女が突き飛ばす。
「何が自分で作った、だ。あんたは魚の中に詰める花を摘んできただけじゃないか。私はちゃんと見ていたんだからね。……ささ、こんな嘘つき女の作ったものなんて放っておいて。私が丹精込めて作ったこちらの料理を食べてください。炒った木の実に花の蜜を絡めたお菓子です。口に入れればまず甘い香り広がり、噛めば木の実の香ばしい香りがする、二度楽しめるものですのよ。甘くて、香ばしくて、少しだけ苦く、渋い。絶品ですわよ」
「あんたこそ、嘘を言うんじゃないよ。あんたは木の実に絡める花の蜜をとってきただけじゃないか!」
「何よ! 花を摘むより、蜜を集めることの方がずっと大変なんだからね!」
「どんぐりの背比べとはまさにこのことだ。……全く、客人の前で、恥ずかしい。……ごめんなさいね、鶏頭様。お詫びにこちらの料理を差し上げます。柔らかくなるまで煮た木の皮と、肉を挟んで揚げたものです。私が作ったものなのですが……」
謝罪という名目の自分アピールである。ちなみに自分で作ったと言っているが、実際のところは……肉と挟む木の皮を調達してきただけである。
女達の好意を欲しいままにしている鶏頭はにこりと微笑み。
「全て、頂きますよ。可愛らしい娘さん達が腕によりをかけて作った料理ですからね」
本当に、心からそう思っている風だ。その言葉を聞いた女達の喜びようといったら無い。
それを遠くから見ているのは、桔梗。彼女は楓方の者、いろは方の者と一緒に演奏に耳を傾けながら花の蜜を飲んだり、美味しい料理を食べていたりしていた。
桔梗の目に浮かんでいるのは、嫌悪の感情であった。
「嫌な感じの男だわ。女だったら誰でも良いのかしら」
「鶏頭はいつもあんなです。……女であれば、老女でも幼子でも良いようですよ」
桔梗に答えるのはいろは方の女。見た目、桔梗と同じ位の年である。
「いやらしい。薄とは大違いだわ」
言って、いっとう甘い蜜を一口。その甘さがむかむかした気持ちを助長する。
彼女にとって、どの女に対しても良い顔をする鶏頭は許せない存在であったのだ。
「薄は誠実な人だものね。私も鶏頭のような人は苦手だわ。顔と声はいいけれど、軽薄な性格はねえ」
「私も同じです。いろは様の従者の中にも鶏頭のことを好きな女性は沢山いるけれど、私はどうにも好きになれません」
三人娘達の批判は果たして鶏頭の耳に届いているかどうか。恐らく届いてはいないだろう。女達とずっとわいわいやっているから。
幾つもの曲が、楽士によって奏でられ、次に舞姫達による舞が披露された。
美しい曲に合わせて、三人の男が詩を吟じ。その声は耳に、腹に、心に響くものだった。そして頭に花飾りを沢山つけ、桃色の羽衣を身にまとった、可憐な乙女達が手を蝶の様にひらひらさせ、風に舞う花びらのような動きで舞う。
「空も見惚れて赤くなる 木々も体揺らす 鳥は歌を忘れ 風も熱を帯び……この世に彼の花より美しきものは無し」
これは、この世に住む植物に宿る精霊達の間に伝わっている、幻の花について詠ったもの。真ん中にいる特別煌びやかな姿をした舞姫がその花の役を務め、周りにいる者達はその花に仕える者、或いはその花に見惚れる者達の役だ。
「姉様の所では今、舞が行われているのですね。とても良い声が聞こえます。私、この詩が好きです。どこかに咲いていると云われるその花――見てみたいですわ」
「私はそんな花より、そなたの方が余程美しく、また御可愛らしいと思うぞ」
楓様が言うと、いろはは頬をぽっと染め。恥ずかしそうに視線を逸らす。
「姉様ったら、ご冗談を。ただでさえお酒を飲んで熱くなった体が余計熱くなってしまったではありませんか。酷い方」
「ほほ、冗談などではない。そうして照れる姿も本当、可愛いの。あまりそんな顔をしないでおくれ、ここを抜け出して会いに行ってしまうたくなるからな。……そうじゃいろは。すっかり忘れておったが……そろそろ『あれ』を始めないかの」
その言葉を聞いて、いろはの体がぴくりと動く。そして向日葵や蒲公英すら暗く見えてしまう位明るい笑みを浮かべるのだった。
「紅葉狩りですね。ええ、始めましょう。今年も私がきっと勝ってみせますわ」
「言っておれ。……ふふ、そなたが負けて悔しい、悔しいと言って涙を流す姿を早く見たいものだ」
わざと意地の悪い顔を作りながら言ってみせた楓様は、酒も飲まずただ自分の傍らでじっとしていた従者の一人に、ある物を持ってくるようにと頼む。
従者は楓様の背にある金屏風の裏にまわり、しばらくしてから戻ってきた。
大きな体を持つ従者は、人形を抱えている。それを恭しく頭を下げながら、楓様に差出し。楓様は一言礼を言いながらそれを受け取った。
「一年ぶりじゃの、これに触れるのも。……いつ見ても可愛くない人形じゃ」
「何をおっしゃいますか、姉様。それ程までに御可愛らしい人形を私は見た事がありません。姉様の前世の姿を模して作ったものが、可愛らしくないはずがありませんわ」
どうだか、と楓様は一言。それから自分と大して変わらぬ背丈の人形に視線を戻し。
土で出来たその体は青白く、温もりも生気も無い。がっくりと後ろに反る重い首。だらりとした手足。まっすぐ切りそろえられた前髪の真下にある細く、光の無い瞳。子供の顔に似合わずその唇は異様に赤く。その人形は常に笑みを浮かべている。笑うこと以外知らないのだ。
「矢張り、可愛くない。……作り直したい位じゃ。……もっともこれを作った者はもう生きてはおらぬし、他に遠く離れた場所から操ることが出来る人形を作れる者もおらぬし……」
「でも姉様が何と言おうと、その人形は可愛らしいと思います。……これからもずっと大切にして下さいませ」
「何じゃ急にそのようなことを申して」
「いいえ。ささ、こちらも準備が整いました。早速始めましょう。私早く狩りをしたいのです。人間達のあげる声を、彼等の体から迸る紅葉色の血を早く見たいのです」
いろはは、楓様同様自身の前世の姿を模して作った人形を大事そうに抱えている。そちらの人形は楓様の物より目が大きく、頬がふっくらしていて、可愛らしい。
「そうじゃな。今年は必ず黄金を狩ってみせよう。あれは一番点が高いからの」
楓様はいろはの映る容器に背を向け、屏風を正面から見据える。それから何か呪文の様なものを呟き。すると屏風の柄が、色が消え失せ。代わりに現れたのは――桜町の風景。楓様は自分の住む空間と、自分の体がある桜町を繋いだのだった。
続いて、あまりにも不気味な人形の唇に、自らの唇をあて、ふう、と息を吹き込んだ。真っ赤な唇なのに、異様に冷たいそれにあまり口をつけ続けていたくなかった楓様はすぐ自分の唇を離す。
しばらくして、人形の右手がぴくりと動き出した。それから痙攣を起こしたようにびくんと体が跳ね、口から抑揚の無い少女の声が漏れ出し。その様子の気味悪さに未だ慣れない楓様は、うっと呻いた。人ならざる者すら受け付けないその異様さ。
ほうと息を吐きつつ、手を動かす。その手の動きに合わせるように、動く人形。しかしその動きに滑らかさは無く、おまけにぎりぎり、がりごり、という生理的に受け付けぬ音が動く為に聞こえるのだ。
「いつ聞いても嫌な音。おまけに何度やっても思う通りに動かせぬ」
「私もです。もう百回以上動かしているはずですのに」
背後から聞こえるいろはの声。その愛らしい声が、人形の立てた不気味な音によって穿たれた(うがたれた)心を癒す。
「まあ良い。さて、始めるとしようか。長い戦い……心してかからねば。いろは、具合が悪くなったら遠慮せず言うのだぞ。無理は禁物じゃ」
「ええ、分かっていますわ、姉様」
その声が心なしか震えているような気がして、楓様は少し不安になった。しかしその不安はすぐに消え。
楓様の合図と共に、二人だけの遊戯が始まるのだった。
*
楓様は屏風を通じて、桜町の様子を見る。襲われることを恐れた人間達は、殆ど表に出ておらず、しんと静まり返っていた。二人で決めた紅葉狩りのルールには、建物の中にいる人間は襲ってはいけないというものがあるから、家の中に押し入って、そこにいた人間達を狩ることは出来ぬ。
約束事を破ることは出来ない。それは彼女といろはにとって最も恥ずべき行為であったのだ。
建物の中に人形を入れてしまいたいという衝動を抑えるもの。それは楓様のプライドと、今でも残っている前世の記憶であった。その忌々しい思い出が彼女を思いとどまらせる。
「わらわは奴等と同じではない。……一度決めたことを違える(たがえる)ことはしない。……それにしてもなかなか良い獲物が見つからぬな」
もういっそ別の街にでも行こうかと思うが、それも禁止されていることなので、出来ない。
じっくり待つしかないようだ。傍らに置いた皿から味付けした菜っ葉入りの饅頭を取り、口に入れる。
隣でじいっと座っている人形は時々、勝手な行動をとる。今は狩りの時間ではないからそれ程問題にはならないが……。
首を前後にかくかく揺らす人形の額を、軽く叩く。
「全く、忌々しい。いつになっても意のままに操ることが出来ぬ。……狩りの時も時々わらわの意に反する動きをすることがあるし。どう見ても意思があるようには見えぬのじゃが。ちゃんと操られてくれない、おまけに動きは鈍く、ぎこちなく。ああ、腹が立つ。特にこの笑みが、たまらなく、嫌じゃ」
実の所、この人形に意思は無い。人形が意に反した動きをとるのは、楓様がこれの操作を間違えているだけ、動きが鈍いのも楓様の腕が悪いだけの話。だが彼女は全くそのことに気がついていない。全て人形が悪いと思っているのだ。
「いろは、そちらはどうじゃ」
「なかなか、上手く。先程紅玉を一人見つけましたが……縛る前に逃げられてしまいました。人形が思う通りに動いてくれなくて」
落胆している様子のいろは。人形を操る力量は、楓様とほぼ同等である。元々操作が難しい代物な上に、一年に一度しか触れないものだから、何百回やっても慣れないし、腕も上がらないのだ。
「あ、今度は銀を見つけました。頑張って仕留めなくては」
そこで愛らしい声は一度途切れる。狩りに集中しているのだろう。
楓様も指で屏風に映す場所を変えながら、獲物を探す。この作業は単調で、また、あまり楽しいものでは無かったが、この時間が長ければ長い程、獲物を狩れた時の喜びが増す。その瞬間を迎える為、彼女は見ても大して面白くない景色を延々と眺め続けるのだった。
「ほんに、つまらぬ世界じゃ。おまけに汚らしい。緑も色も殆ど無いではないか。……昔の方がまだ綺麗じゃった。わらわがかつて人間だった時住んでいた里も……今はこんな風になっているのかの」
目を瞑り、遠い昔のことを思い起こす。よく手を繋ぎ、土を踏みしめ、木々の匂いを嗅ぎながら走り、山を上り、草花を眺めたものだった。
そして最後、山の上から眼下に広がる景色を二人で見た。米粒の様に小さくなった家、黄金の実をつけた稲穂揺れる田、里中を巡る川。
今楓様の耳に、従者達の騒ぐ声は届いていない。代わりに聞こえるのは、鳥の鳴き声、木々の話し声、あれが私達のお家かしらと呟く妹の声だ。
しばらくその懐かしい思い出の海に体を預けていた楓様だったが、突然目を開け、唇を噛み締める。
「……思い出したくないことも、思い出してしまった。腹立たしい……ん、あれは」
再び『汚らしい世界』の方へ向けた楓様の瞳が捉えたもの。それは一人の女の姿だった。二、三十代らしいその女の手には買い物袋。
楓様の胸が高鳴る。
「おお、やっと見つけた。……ふむ、青玉か。まあまあかのう」
女の体は、深い青色の光を放っていた。といっても本当に彼女が光っているわけではない。そもそもその光は人形の所有物である楓様といろはにしか見えないものだった。
「青玉でも、何度も斬ればそれなりの点にはなろう。……しかし、うっかり殺さないようにしなくてはな。血は生命の印だから良いが、死は穢れじゃからな。あまり人形を死で穢されたくは無いし」
紅葉狩りを始めた頃は、加減が分からず数人か十数人か、数十人の人間を殺めてしまったからな、と小声で呟き。しかし今は別だった。楓様もいろはも、殺さない程度に傷つける術を身につけている。
「兎に角この人形はわらわの言うことを聞かぬからな……殺すつもりはなくても、人形が勝手に動いた所為で殺してしまうかもしれぬ。慎重にいかねば」
楓様はそう言って、人形を動かす。人形はまたしても不気味な音を立てながらゆっくり立ち上がった。
操られた人形は屏風に向かって一歩、また、一歩。
「まずはあれを縛らなければ。……そうでもしなければ逃げられてしまう」
人形が口を開け、笑い声をあげた。その声は道を歩いていた女の耳に止まったらしい。びくりと肩を震わせ、立ち止まり。その様子がおかしかったから、楓様はほほほと声を出して笑う。
人形の笑い声を大きくしたり、小さくしたり。大小、緩急をつけ。そうすることで女の恐怖心をより煽ることが出来ると思ったからだ。思惑通り、女の顔はみるみる内に青ざめていっており、悲鳴の様な、呻き声のようなものをあげながら辺りをきょろきょろ見回している。きっと頭の中は真っ白になっていることだろう。女を足止めすることには成功した様子。
今度は人形の腕を動かす。人形が指揮でもするかのような動作をとると、屏風の向こう側の世界を覆う空が、赤く染まっていく。これは人形を向こう側に遣る為の準備なのだ。
その空の色を見て楓様はほう、と恍惚の表情を浮かべ息を吐き。一方、標的となった女は恐怖に体を縮こませ。
「お行き。……向こうの世へ」
からからから。楓様の言葉に答えるように、音を立てながら人形は屏風の向こう側にある世界へと飛び降りていった。
「きっとあの女、驚くだろうな。一体どこから来たのだあの人形は……と戸惑い、そしてますます恐怖するだろう。それにしても……もう少し華麗に着地することは出来ぬのかの……毎度大きな音を立てて、がちゃりと地面にその身を激しく打ちつけて……まるで身投げのようじゃ」
勿論それも楓様の操作が乱暴であるがゆえのことなのだが。
「それにしても……くく、何度見ても良いものじゃの。恐怖に震える人間の姿というものは。のう、いろは?」
「ええ、姉様。そうだ、私先程銀を狩りましたわ。しかも結構斬ることが出来ました」
「本当かえ? ううむそれは困った。こちらは未だ少しも狩れておらぬ。……まあ良い。慌てれば折角の獲物に逃げられてしまう」
自分から話しかけたかえで様だったが、すぐ会話を打ち切り、狩りに専念する。
赤や黄に染まった楓の葉の雨を降らせ、女の足を無数の葉で縛りつけた。
「上手くいった。……あれを狩ってもまだいろはには追いつかぬが……しかし、狩らねば点差は縮まらぬ。……美しい青玉を沢山手に入れてやる」
人形が向こうの世界に居続けられる時間には限りがある。早くしなければと楓様はすうっと手を振り上げる。
人形が刀を握る。赤一色に染まりきっていない楓の葉に似た色をした刀身。
その刃の輝きは、遠くにいる楓様にもはっきりと見え。それを見ると否応無しに胸が高鳴る。
不自然な方向に足や首を曲げながら、進む人形。女はそれを見て震えている。
その目にはうっすら涙さえ浮かんでいた。泣け、もっと泣け、どれだけ泣いても狩られる運命が変わるわけではないが、と楓様は心の中で女を嘲笑った。
女の眼前まで来た人形、手を振り上げ、下ろし、悲鳴、赤、青玉、赤、青玉、赤、青玉。笑う笑う、楓様。一年ぶりに見たその光景を見て、笑いが止まらなくなった。