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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
桜村奇譚集7
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番外編10:桜村奇譚集7


 桜村奇譚集7


『欲しい』

 ある日村の女が一人ののっぺらぼうと遭遇した。そののっぺらぼうは女で、村の者に比べればまだ立派だが、それでも地味でぱっとしない格好をしていた。

 のっぺらぼうは女をおどかすわけでも、怖がらせるわけでもなく、只じっと彼女のことを見ていたという。女はこれだけ怖さを感じないのっぺらぼうがいるものなのかと思いながら、彼女と対峙していたらしい。


 しばらくしてから、のっぺらぼうが口を開いた。


「羨ましい……欲しい」

 その言葉を聞き、女は初めて恐怖したという。


「まさかあたしの顔をとろうっていうんじゃないだろうね」

 しかしのっぺらぼうから返ってきた言葉は予想もつかないものだった。

 彼女は首を横に振ってからこう答えたという。


「顔も確かに欲しいとは思いますが。それより私は、貴方のその胸が欲しい」

 女は豊満な体つきであった。一方、のっぺらぼうは寸胴で、胸らしい胸はなかったそうだ。

 のっぺらぼうはそれだけ言うと、がっくり肩を落としながら姿を消したという。


『だるま猫』

 村の男が、ある日一匹の猫を拾った。その猫の目は限りなく白に近い灰色であった。また、その体はだるまのようにぷっくり丸く。変わった猫だと思いつつも、男は大層その猫を可愛がったそうな。

 ところでこの男には好いている女がいた。その女は美しく、また気立ても良かった為多くの男に思いを寄せられていた。


 男は猫によく女の話を聞かせた。そして最後は必ず「彼女と夫婦になれたらどれだけ良いだろう」という言葉で締めるのだった。

 ある日のことだ。男はいつものように好いている女についての話を猫にしてやった。猫は最初あくびをしていたが、急に口を閉じ、男の顔を見上げた。


「その願い、叶えてやろうか」

 猫が、その猫が、口を開き。人の言葉を喋った。男は自分の耳を疑った。

 今お前が喋ったのかと問うが、猫は返事をせず。結局先程のは空耳であったのだろうと男は納得した。


 ところが。その次の日のことだ。想い人である女が、男に話しかけてきた。

 今までこれといった関わりの無かった女がいきなり、しかもかなり親しげに話しかけてきたものだから、男は大層驚いた。一方、大層喜んだ。

 男と女はそれを機にどんどん仲良くなっていき、そして半年後、二人は晴れて夫婦となった。


 ささやかな祝言をあげた後、不思議なことが起きた。男が大切に飼っていた猫の目の色が黒に変わったのだ。墨を塗りたくったような、真っ黒な目が男を見つめていた。


「もしかして、お前が願いを叶えてくれたのか?」

 猫はただにゃあ、と鳴いただけであった。


『これを見たら』

 これを見たら、すぐ逃げろ。熊、妖怪、機嫌の悪い桜様。


『暴れ刀』

 桜村に突然、一本の刀が現れた。その刀は命と意思を持っていたらしく、縦横無尽に村中を駆け、そして、人々を襲ったという。

 その刀に斬られたり、刺されたりしても傷は出来ず、血も出なかったそうだが、代わりにそうされた部分が赤く腫れたらしい。腫れた部分は酷く痛み、また、熱を帯び。襲われた村人は熱と痛みに苦しんだそうだ。


 刀は多くの村人を襲った後、何の前触れもなく消えてしまったらしい。


(うら)()

 占灯、なる妖がかつていたそうな。それは人間の男の姿をしており、格好は酷くみすぼらしかったという。落ち窪んだ瞳には生気がなく、口には歯が無く。

 この妖は人に危害を加えるような存在ではなかった。占灯は日が暮れると現れ、手に立派な行灯(あんどん)を持って村中を徘徊する。その行灯の灯りの色は、見る人によって変わったという。そして、どの色に見えたかによって明日の運勢が分かったとか。

 赤く見えれば良いことが起こり、黄色に見えれば可もなく不可もなく、青に見えると、明日は凶事にみまわれたようだ。ゆえに村人は男を利用して占いをしたとか。明日の運勢を占える灯りをもつ者。妖は人々に占灯と呼ばれ、重宝されたそうだ。


『蛙』

 ある日、村の子供が大きな蛙を見つけた。子供達はその蛙を捕まえ、散々な扱いをし、とうとうその蛙を死なせてしまった。

 その次の日、村を大量の蛙が襲った。百匹どころの話ではない、その何倍もの数の、様々な種類の蛙が田んぼや家を埋め尽くし、家の中に侵入してげこげこ鳴きながら跳ね回り。あれ程気持ちの悪い光景など、見たことが無かったと後に村人は語っている。


 蛙達は、大きな蛙を捕まえ、殺した子供達に襲いかかり、体中に張りつき、鼻と口を塞いだという。大人達は子供についた蛙を四苦八苦しながらようやく取り除いたものの、時すでに遅く、皆絶命していたという。


 村の巫女は一体どうしてお前達はこの村を襲うのだと蛙に問うた。すると、一匹の老いた蛙が前に出て、口を開いた。


「我々蛙は十年に一度、ある場所で蛙集会というものを行う。今年はその集会がある年で、場所はここにある山に決定した。そして全国にいる蛙達が一箇所に集まった。だが。この集会のまとめ役である長い時を生きた蛙が昨日、この村にいる子供達に捕まり、散々なぶられ、死んでしまったのだ。死んだ蛙の魂が、そのことを私達に教えてくれた。あの蛙はとても尊い方。その方を意味もなく、遊びの為に殺した子供達、そしてその子供達の住む村が憎くて仕方なく、我々はこうしてこの村を襲っているのだ」

 そうその蛙が言うと、周りの蛙が涙を流し、大声で泣き始めた。そのうるささといったら、無い。


 結局巫女が心からの謝罪をし、死んだ蛙の魂を供養することを約束したお陰で、蛙達の怒りはようやく鎮まり、ぴょこぴょこ跳ねながらいずこへと消えていったという。


『無視せねば吉 無視すれば虫』


 桜村の長の家を、ある一人の僧侶が訪ねてきたそうだ。僧侶は一晩この家に泊めて欲しいと村長に願い出た。

 村長はそれを快く了承し、僧侶を出来る限り手厚くもてなしたという。

 次の朝、僧侶は村長に礼を言い、それに続けて「この村に、半年後災いが降りかかりそうになるでしょう。しかし恐れることは無い。その災いをこの私が退けて差し上げますから」と不思議なことを言った。それから僧侶は村を出た。


 それから半年後のことだ。村にイナゴの大群がやってきた。その数はすさまじく、村人達はそれを見て眩暈を起こしたという。

 イナゴ達は地上に降り立とうとした。その時、空からそこへ行ってはならぬという不思議な声が聞こえた。村長にはその声に聞き覚えがあった。そして彼は思い出した。その声は半年前訪れた僧侶のものであったからだ。

 それを聞くとイナゴは村を通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。

 村長はあの僧侶が村を守ってくださったのだと感激の涙を流したという。


 その数年後、とある旅商人が村を訪れ、商品を売りながら自分が立ち寄った所の話を色々聞かせてくれた。

 旅商人は、イナゴの大群に襲われ、作物を食い荒らされたある村の話もしたらしい。その話によると、ある一人の僧侶が村長の家を訪ね、一晩こちらに泊めてほしいと願い出た。ところが村長は、僧侶を一晩泊める位の余裕は十二分にあったのにも関わらず、彼の願いをつっぱね、おまけに酷い言葉を投げかけ、追い払ったらしい。すると僧侶は


「この村に半年後、大いなる災いが降りかかるだろう。その時泣いてももう遅い。私は絶対に助けてやらぬ」

 と怒りながら言い、その場を去ったという。

 

 村長は何をいい加減なことを、馬鹿馬鹿しいと言うだけだった。


 その半年後、村をイナゴの大群が襲った。そのイナゴは近隣の村には一切手を出さず、その村だけを荒らして回ったという。その荒らしようはすさまじかったという。

 全てを滅茶苦茶にされた時、村長はようやく半年前自分が冷たく追い払った僧侶のことを思い出した。


「あの僧侶はもしかしたら神様だったのかもしれない。私はえらいことをしてしまった」

 と涙ながらに言ったとか。


 それを聞いた桜村の長は驚き、また、恐怖に震えた。桜村も自分の対応が間違っていれば、同じような目にあっていたかもしれないからだ。

 村長は、これからも誠実に生きようと誓ったという。


(ぎょく)の露』

 現三つ葉市辺りにあった村の男が、ある日山中で一人の娘が倒れているのを見つけた。その娘は息も絶え絶えであった。男は慌てて娘をおぶさり、自分の家に運んだ。男は貧しかったが、心優しく、苦しむ娘の看病をしてやった。看病の甲斐あり、程なくして娘は元気になり、喋ったり動いたりすぐことが出来るようになった。


 娘はその家にしばらく厄介になり、家事や仕事の手伝いをした。

 そんなある日、娘は男に話があると言い、少し悲しげな表情を浮かべながら語り始めた。


「私は、この世では無い世界に住んでいる花の精です。こちらの世はどんな所だろうと興味を持ち、やってきました。しかしこちらの世界の空気が合わなかったのか、体を壊してしまい、倒れてしまいました。その時、助けてくれたのが貴方です。貴方の看病のお陰で私はすっかりよくなりました。出来れば貴方とずっと一緒にいたいのですが、矢張りこちらの世界でずっと暮らすのは無理なようです。とても心苦しいのですが、私はそろそろこの家を出たいと思います」

 それを聞いて男は驚いた。そして、娘がいなくなってしまうことを悲しんだ。

 それは娘の方も同じらしく、袖を目にあてながら、泣いている。


 娘の涙は透明な玉になり。


「これは種です。この種を埋めて、育ててください。育てば立派な花が咲くでしょう。そしてその花には毎朝、沢山の露がつくことでしょう。その露を手にとって下さい。そしてそれを売ってください。きっと貴方の暮らしは今よりずっと良くなるでしょう」

 娘は玉――種を男に渡すと、家を出て行ってしまった。


 男は悲しみながらも女に言われた通り、種を自分が持っている小さな畑の隅に植え、育てた。

 種は芽を出し、それからあっという間に成長し、そして一週間もしない内に花を咲かせた。その花はずっと見ていても飽きない位美しいものだったとか。


 朝、行ってみると花には美しい露が沢山ついていた。男はそれをすくってみた。すると手にとった露は丸く、この世の物とは思えない大層美しい玉に姿を変えたという。男はそれを試しに売ってみると、目ん玉が飛び出す位高い値で売れた。男はあっという間に金持ちになった。


 どうして貧乏だった男が急にお金持ちになったのか。その村に住む意地の悪い長者が、男に理由を聞いてきた。男は素直に答えてしまった。

 欲に目がくらんだ長者は、難癖をつけてその花を奪い去り、自分の持つ畑に植えてしまった。男は女と過ごした証である花を奪われ、倒れてしまったという。


 その次の日。花はいつものように露をその花弁につけた。だがその色は何か禍々しい色をしていた。しかし金のことしか頭に無い長者はそのことを疑問に思わず、その手に露をすくった。

 しかし、その露は玉にはならず、毒の露となり。長者は倒れ、熱と激痛に苦しんだ後、命を落としたという。


 長者の家族は嘆き悲しみ、そして人の命を奪った恐ろしい花を恨み、その花に火をつけた。花は燃えつき、消えてしまった。

 その数日後、長者の家は火事になり、家族全員死んでしまったそうな。


 一方の男は夢の中で娘と会い、語らい、最後に「貴方には強く長く生きて欲しい」という言葉を貰い、別れたそうだ。

 男はその日を境にすっかり元気になり、花の露で稼いだお金を元に様々なことをし、全てを成功させた。

 男は死ぬまで幸せに暮らしたそうだ。


『逃げろ!』

 逃げろの妖という者がかつていたらしい。その妖は少女の姿をしている。

 複数人がいる場に突然現れ、逃げろ! と叫ぶのだ。その叫び声を聞いたら、その場から逃げ出さなければならない。


 逃げ出したのが一番遅かった人間はその妖に捕まってしまうという。捕まったからといって殺されたり、喰われたりすることはないそうだが、その妖に開放され、戻ってきた人間は皆死人のようになり、口も聞かなくなるという。

 余程恐ろしい目に合わされるのだろうと、逃げろの妖に捕まったことの無い人は思ったとか。


『包まれたい』

 餅が大好きな男がいた。


「餅に包まれて寝てみたい」

 そんなことを男は殆ど冗談で口に出した。そしたらば、家にいきなり巨大餅が現れ、男を包んでしまった。

 今度は家の屋根が壊れ、そこから大きな赤い手が伸びてきて、その餅をひっつかみ、一口。


 男がどうなってしまったかは、言うまでもない。


『ものにする』

 ある男の前に、一人の女が現れた。その女はどう見ても村の女では無かった。

 女は男にいきなり「好きだ」と言い、あんたとどうしても夫婦になりたいなどと言い出した。


 村の女で無いなら、恐らく妖。妖に言い寄られてはい分かりましたという人間は殆どいない。男は女の願いを頑なに断った。

 何時間にも及ぶ問答の末、女はとうとう泣き出し、こんなに好いているのにどうして駄目なんだいと言いだした。悲しみはやがて怒りに変わっていったのか、女は顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らし。


 そしてとうとうその本性を現した。女は矢張り妖であった。しかも相当大きい、恐ろしい顔をした妖で。

 女はどこからともなく扇を取り出したかと思うと、それを力いっぱい振った。

 すると扇からすさまじい風が出、男の家と男の体を吹き飛ばしてしまった。


 男は幸い休止に一生を得たものの、寝たきりの体になってしまったらしい。

 女の妖は新たな家をこさえ、男をその家の中に入れ。


 そして寝たきりになった男の世話をずっと続けたという。村人達は女が人間でないことを知っていたが、下手なことを言えば自分達の身も危ないと思い、何も言わなかったらしい。

 村人の一人は、女が「お前さんはあたしのもの。これでずっと一緒にいられるねえ」と呟いたのをある日偶然耳にし、得体の知れぬ恐怖に身を震わせたという。


『白いもの』

 餅、雪、大根、雲、桜様の肌。


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