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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
祭りの始まり
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祭りの始まり(4)

「ふう、楽しかった。文化祭の定番、お化け屋敷」

 ほのりが出口にかかった暗幕を手でぐいっとあげ、そこから頭を出す。続いてさくらもそこから出る。

 数分振りにみた光はとても眩しく見えた。

 お化け屋敷はそこそこ盛況なようで、入り口前には短い列が出来ている。遊園地等にあるものに比べれば、規模もクオリティも落ちるが、それでもそれなりに楽しむことは出来る。祭りの生み出す空気が、冷静に考えるとそうでもないものさえとても楽しいものにしてくれるのだ。


「結構ボリューム満点だったわね。色んな種類のが出てきてさ」


「そういえば沢山出てきたわね」


「ええと、からかさお化けと、包丁持った女、落ち武者……あれ、でも実際はそう多くもないか?」

 ほのりの指は途中まで順調に折り曲げられていったが、やがてぴたりと止まってしまった。さくらも試してみたが結果は似たようなものであった。


「ま、こんなもんか。文化祭に来ている人の数が思ったほど多く無いのと同じようなものね。それじゃあ、そろそろ可愛い後輩ちゃん達の所に行くとしますか」

 お化け屋敷に別れを告げて、二人がまず向かったのは陽菜のクラス。有名な店から仕入れた色とりどりのドーナツをそこでは売っていた。黄、橙、赤の折り紙で作られた鎖、卒業式や入学式の看板に貼られている様な花飾り、その場で食べる為に設置された机にはレースが可愛らしいテーブルクロスがかけられている。


「ねえサク、これってひいちゃんの絵じゃない?」

 ほのりが指しているのは黒板で、そこには生徒の手によって描かれたドーナツ店のマスコットキャラクター、ドーナツ、ドーナツを手に持ちながら「デリシャスでございます!」と叫んでいる一昔前の少女漫画に出てきそうな女の子の絵があった。

 全体的に、可愛らしい。ポップ・キュート・プリティーという言葉がピッタリのイラスト達。

 その中に、一つだけ何を描いたのか、何を描こうとしたのか一切分からないものがあった。生き物なのか、無機物なのか。物体なのか、模様なのか。シュール・ダーク・ホラー……言葉で言い表すならそんなところだろうか。


「そうね、きっと深沢さんの絵だわ」


「何故ひいちゃんに絵を描かせた……クラスの人達」


「異彩を放っているわね、流石深沢さんの絵」

 さくらでさえフォローが出来ない位強烈な絵。また皆と同じチョークを使っているとはとても思えない位不思議な色合いでもあった。


「いかんいかん。あたし達はひいちゃんの絵を見にここへ来たんじゃないわ。ひいちゃんはいないけれど、折角だからちょっとドーナツ買って食べましょう」


「え、まだ食べるの?」


「食べられないの?」


「食べられるけれど……」

 空腹と満腹の境界まで曖昧になってしまっていた。特別空いてもいないが、お腹いっぱいの感じもしない。

 各々好きなドーナツを二つ買い、机に座った。


「ふああ。文化祭ってものすごくつまらないとは思わないけれど、時間が経つごとに段々だれてくるわよね」

 ふああ、とドーナツのかすをつけた口元を開け、気の抜けるようなあくびをする。さくらもそれにつられて小さなあくびを一つ。

 肩や足が重い。頭も少しぼうっとした。興奮が冷めていくのと同時に疲れが出てきたのだろうとさくらは思った。賑やかな場所は人のエネルギーを短時間で、大量に奪っていく。


「環のクラスは駄菓子屋よね。お金使わず色々買える、駄菓子はいいわあ、本当。んで、そこにいったら……あまり見ていない所を少し見て、その後体育館に行きましょう。今は吹奏楽部の演奏かな?」

 微かに体育館のある方から音がもれてきており、有名なアニメの曲を格好良くアレンジしたものが人々の喋る声と一緒に聞こえてきた。

 吹奏楽部の発表の後軽音部のライブがあり、その後演劇部の発表がある。


 頷いたさくらを見て、ほのりが笑い、ドーナツを一口。

 ところが、その時ドーナツの形が崩れてしまい、ぽろりと机の下へ落ちていった。慌ててほのりはしゃがみ、それをとろうとする。


「ああ、勿体無い……ってこの、手で押しちゃった、机の下に……嫌になるわ……ん?」


「どうしたの、櫛田さん」

 机越しに見えるほのりの動きが急に止まった。


「いや、何か机の下に何か貼って……ああ、これ!」


「え、何、どうしたの?」

 気になりほのりに問うさくら。返ってきたのは、何かを剥がす音。まさか、と思ってみれば。

 ほのりの手には長方形の紙があった。それは先程、掃除入れロッカーで見たものと全く同じものであった。怪しげな文字の書かれた、お札。


「多分ここでものを食べるふりをしながら貼ったんでしょうね。しかし何でこんなもの……」


「もしかして、他の場所にも?」


「あるかもね。ま、害は無いからいいんじゃない? 人の悪口とか書かれた紙とかだったら大問題だけれど」

 ほのりはその札をびりびりに破り、落ちたドーナツのかけらと一緒に捨てる。

 それから、一度教室を出てお手洗いへ。さくらはその間一人教室に残る。


 途端、何故か体が少しだけ軽くなった気がして、さくらはそれを不思議に思った。

 だがそれと同時に、胸騒ぎがした。月の下、夜の森、吹く風、騒ぐ木々。それを見た時に感じるものとよく似ている。静かで、激しい……恐怖、悪い予感、冷たい空気、命の危機……それらがさくらを襲うのだった。音でいうなら、とても低く殆ど耳では聞き取れないが、妙に腹に響く、あの、音。


「駄目だよそれは剥がしちゃあ。あんまりぺらぺら剥がされると、やりにくくなっちゃう」

 気さくで人懐っこい、ひょうきんな印象を受ける喋り方、男の声。それはそう遠くない過去に聞いた覚えのあるものであった。

 明るく、砕けた喋り方なのに。


(聞けば聞くほど不安になる)

 男の声、喋りは決して人を明るく暖かい気持ちにはさせてくれない。

 声のした方をちらっと見てみた。そこにはいつの間にか男がいた。


「ま、でも一枚、二枚位なら問題ないか。うん、全然問題無い。もうすぐ他のと……ああ、繋がる」

 一瞬、ほんの一瞬だけ男の容姿がはっきりとさくらの目に映り、そしてそこから入ってきた情報が頭の中へ到達した。だが、本当にそれは一瞬のことであった。

 ぶんぶん独楽を回した時のような音が聞こえたと思ったら、世界がぐにゃりと揺れ、同時に男の姿が消えてしまった。視界には黒板、机、可愛らしい飾りだけしかもう映っていない。そしてさくらの記憶からも男の存在は……。


「あ、あれ?」

 我に返り、さくらは辺りをきょろきょろと見回す。先程まで自分は何かに怯えていたような気がしたのだが、自分をそんな気持ちにさせるようなものは何も無かった。

 何故か握りしめていた手を開けてみる。手のひらは汗でぐっしょり濡れていた。どくんどくんと不吉な音を立てる心臓。


(一体どうしたのかしら? 模擬店の当番をしていた時……男の人と会って……その時と同じような感じがする。私、今あの人とまた会った? けれど今回は覚えていない)

 頭をすっきりさせるには顔を洗うのが一番だ。お手洗いから戻ってきたほのりに、自分もお手洗いに行くから待っていて欲しいと告げ、教室を出る。とりあえずその後環のクラスの教室前で集合することになった。


 人、人、人。廊下を歩く人達。矢張り見た目以上に人がいるような気がする。

 目に見えない人間が、何人も、何十人もいるのではないだろうか、そんなことさえ思った。


 そんなさくらの思考が止まったのは、彼女がつまずいたからで。


「いたっ……」

 バランスを崩し、前につんのめり、そのまま床にダイブ。

 何か重いもので足を引っかけた、とさくらは感じたのだが、自分が歩いていた場所には何にも無かった。何も無い所でつまずき、盛大にこけたのだ。


「大丈夫ですか?」

 声をかけてくれたのは売り物を箱に入れ歩き回っていた生徒であった。


「ありがとうございます。大丈夫です」

 沢山の人に見られている。視線を感じ、恥ずかしくなりつつ立ち上がったさくらを、声をかけてくれた女生徒は何故か不思議なものを見るかのような目で見ていた。


「あ、あの、どうしたんですか?」


「いえ、またか、と思って」


「また?」

 自分は以前も彼女の前でつまずき、倒れたことがあったのだろうか。そうだとしたらかなり恥ずかしいと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「実は、この辺りで他にもつまずいた人がいて。貴方でもう四人目」


「え……」

 さくらはもう一度、自分がつまずいた辺りの床を見てみる。矢張り何も無い。

 しかしよく目をこらしてみると、何かがそこにある気がしてきた。何も見えないのに。


「また見つかった」

 さくらの背後でそんな声が聞こえた。しわがれた老人の声。


「今ので消えたみたいだけれど、よく分からない。大きな力が、私達に干渉してくるから」

 こちらは少女の声。


「全く、忌々しいったらないの。……しかしまあ、沢山集まったものだ」


「姫様に後でご報告をしなければ」


「人間世界にすっかり溶け込んでしまわれた姫様。今頃何をしておるのやら。ま、儂等はただ姫様の命令通りに動いていれば良い、か」


「他の者達も今頃きっと……」


 二人の話す声は段々もやがかかったように消えていき、やがて完全に聞こえなくなった。そして矢張りこの二人の会話もさくらの記憶から消えていったのだった。


(おかしいわ。本当、おかしい。何だか今日は頭がぼうっとしてばかりいる。私、色々忘れているような気がする。覚えているのはあの男の人のことだけ……何故それだけは覚えているのかしら? 出雲さんがあの時、私の頭に触れたから?)

 可能性としては十分あった。


(何か妙な力がこの学校を支配していて、そのせいで色々忘れちゃっているのかしら。けれどあの時は……出雲さんが私の頭に触れたから、だから、忘れないですんだ……? 考え過ぎ、かしら)

 お手洗いで顔を洗う。それでも頭はぼうっとしている。

 結局すっきりしないまま、ほのりと合流した。


「お、サクおかえり。……あれ、顔と髪少し濡れている。顔でも洗ったの?」


「ええ。ちょっとさっぱりしたくて」


「ついでにその髪もさっぱり綺麗にしちゃえば良かったのに。ぼっさぼさじゃないの。まあ、それはいつものことだけれど」

 さくらのそこら中はねた髪にほのりが軽く触れる。男子だってあんたよりは髪に気をつかっているわと呆れている様子だった。

 だがどれだけ言ってもさくらの耳には絶対届かないことが分かっているから、それ以上は言わず、二人店の中に入る。


 教室の中には、昭和を思わせるようなポスターが沢山貼られていた。頬をりんごのように染めた、妙にきらきらした瞳のぼっちゃんや嬢ちゃん、漢字とカタカナで書かれた文章、あせた色。雰囲気が出ていて、とても上手い。

 黒板側には棚が置かれ、そこには昔のおもちゃが並べられている。

 派手さは無いが、非常に落ち着く、懐かしい匂いのする空間が出来上がっていた。


「あ、櫛田先輩、臼井先輩。いらっしゃい、来てくれたんですね」

 どうやら環は丁度当番の時間であったらしい。ところで彼は制服姿ではなく、縞模様の着物を着ていた。切りそろえられた黒髪に着物。最高の組み合わせだ。


「あははは! 市松人形が立ってる! あは、あはは!」

 その姿がほのりのつぼにクリーンヒットしたらしい。確かに笑いたくなってしまう位似合っていたのだった。環は体を震わせ、顔を真っ赤にする。


「笑わないで下さい! ぼ、僕だって好きでこんな格好しているわけじゃないんですよ!」


「い、市松人形が、顔を、真っ赤にして怒って……! あんた、本当、超似合っている! もういっそ毎日その格好で登校しなさいよ、絶対人気出るから」


「御笠君、本当よく似合っているわ。ものすごく可愛い」


「写メ、写メとってやろうっと」


「やめて下さい!」

 余程恥ずかしいらしい。もう本来の顔の色が分からなくなる位真っ赤になっている。

 環と一緒に店番をしている女生徒数人も笑っている。


「御笠君、似合っていますよね。絶対似合うと思って着せたら……想像以上に合っていて、驚きました」

 そう口を開いた少女には見覚えがあった。男子生徒と言い争いをした少女だ。

 他のお客さんにも馬鹿受けしていたよね、と隣に座っていた女子が言う。


「皆して写真ばしばし撮って……」

 恨みがましい声。ちなみに着物は自分で着たらしい。全力で拒否したものの、女子達の気迫に押され、結局了承したそうだ。


「あんた卒業アルバム、着物姿で撮りなさいよ」


「謹んでお断り申し上げます! もう僕弄りはいいですから、さっさと駄菓子買って消えてください」


「酷いわ、あたしを捨てるというの?」

 そう言って、嘘泣き。いつの間にかさくらとほのり以外のお客さんも入ってきており、環は更に恥ずかしい思いをすることになったのだった。

 ほのりが環を弄りまくっている間、さくらは駄菓子を選ぶ。


 男子生徒と言い争っていた少女と、目が合う。


「あの、この前のあの時……い、いらっしゃいましたよね」


「え、ええ。ええと」


「榎本。榎本(えのもと)敦子(あつこ)といいます」

 少女は遠慮がちに名乗る。


「あの時は気持ちが高ぶっていて、あんな大声出して……クラスの皆さんや、周りの人にご迷惑をおかけしてしまって。ええと、その。申し訳なく思っています、今は」


「そんなに自分を責めることはないと思うわ。それだけ貴方が文化祭に対して真面目に取り組んでいたってことだし。けれど、残念だったわね。看板、無くなっちゃったんでしょう」


「はい……折角作り直したのに、残念です。それにしても何であんなものが……」

 確かに不思議だ。もしかしたら皆が考えているほど深い意味はないのかもしれないが。ただ単に悪戯目的で盗んだだけかもしれない。それでも矢張り気味が悪いし、気になってしまうのだ。


「看板は無くなってしまったようだけれど……でも、他のクラスには無い装飾が沢山あって、良いなと思ったわ。ポスターも素敵」


「あれ、模写が得意な子が描いたんです。図書館で昔のポスターとかが沢山載っている本を探して、それを見ながら描いたって言っていました。他のお客さんにも好評で。あちらにあるおもちゃコーナーも結構人気なんです」

 敦子と少し話をしてから、駄菓子を買う。麩菓子やガム、チョコバットなどなど。結局ほぼ全種類買ってしまった。

 環弄りに飽きたほのりも大量に買いこみ、にこにこしている。


「それじゃあ市松ちゃん、またねえ」


「市松じゃありません! もうさっさと帰って下さい」

 散々弄られ、ぜえぜえいいながら出口を指す。ほのりとわあわあ言っている間もお客さんに可愛い可愛いと言われ続けたらしい環の顔の赤みは当分とれそうに無い。


「それじゃあ、後は適当にふらふらして、体育館へと」


「行きましょう」

 ほのりとさくらが教室から出た後、ようやく環はほっと息をつくことが出来た。

 が、その直後陽菜がやって来てしまい。

 爛々と輝く瞳。愛らしい笑み。むにむにほっぺが仄かに赤く染まり。祈るように手を組み、明るい声で一言。


「御笠君、とても似合います! 市松人形みたいですね!」


「もう、勘弁して……」

 その後天然ぼけぼけ娘に散々無自覚弄りをされる羽目になるのだった。


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