番外編8:桜村奇譚集6
桜村奇譚集6
『青い風』
昔、桜山にはとある青鬼が暮らしていたという。鬼は見た目こそ恐ろしかったが性格はいたって温厚で、村人を襲ったり畑を荒らしたりすることもなかった。
ある日村に凶悪な鬼が現れた。鬼は山の動物を襲って次々と食らったり、木々を倒したり、村の畑を荒らしたりした。村人達は何も出来ず震えあがることしか出来ない。村を守る巫女も歯が立たなかった。
その時、村の変事に気がついた青鬼が桜山を下りてきた。鬼は心優しく、人間のことも好きであったから何とかして桜村の人間達を助けたいと思ったのだろう。青鬼は村を荒らす鬼に果敢に立ち向かっていった。だが悲しいかな、もともとそこまで強い力を持っていなかったらしい青鬼は簡単に倒されてしまった。
青鬼は自分の無力さを嘆き、涙した。
「ああ、せめてこの鬼を天まで連れて行くことが出来たなら。風になって、この鬼をあの空まで……仏様お願いだ、もう元の姿に戻れなくてもいい、俺を風にしてくれ!」
天を仰ぎ、叫んだ青鬼。すると突然青鬼の姿が消えた。村人はまさか、と口を開く。
次の瞬間、強い風が吹き荒れ暴れていた鬼の体を浮かせた。その風は青色をしていた。風は渦を巻き、鬼を空へ連れ去っていく。鬼は抵抗することも出来ず。すさまじい風の音に混じって聞こえる悲鳴、あるいは怒りの雄たけびらしきもの。
やがて村人を恐怖に陥れた鬼は天高くへと消えていった。青い風と共に。
村人達は風になってまで自分達のことを守ってくれた青鬼に感謝し、彼が住んでいた辺りに祠を建ててやった。
『のぞき甕』
甕のぞきという名の色がある。しかし桜村には『のぞき甕』という言葉も存在している。
疲れていたり、眠かったりしている時ふと水をたたえた甕をのぞくと、金色の、蛇のような瞳が二つ水の上に浮かんでいて、こちらをじっと睨んでいる。という話だ。鼻や口は無いらしい。
恐らく妖怪だろうが、特に悪さをすることはないという。ただ、こちらの顔を見ているだけ、らしい。
『祭り神様』
桜村には『祭り神様の木』というものがある。
随分と古い木で、今にも倒れそうな木であるが不思議とどれだけ強い風をうけ、雨に打たれても倒れることはなかった。
その木にお供え物をし、お祈りすると祭りを始めとした行事が上手く行くのだという。それゆえ、村人達は何かを行う前には必ずこの木にお祈りをしたという。
その木にお祈りするようになったきっかけは、一人の少年だったらしい。
彼は祭りの中で他の子供達と豊作をお祈りする舞を舞うことになっていたのだが、何度練習してもどうしても上手くいかないところがあった。
不安になった少年は、自分が練習をしていた所のすぐ近くにあった木に「どうか舞が上手く舞えますように」とお願いしたらしい。わらにもすがる思いだったのだろう。
すると当日、どれだけ練習しても出来なかった部分がきちんと舞え、更に祭りはいつもよりずっと盛り上がった。
少年はあの木にはお祭の神様が宿っているのだとその時思ったという。
少年は他の子供達に祭り神様の木の存在を教え、以後舞を舞うことになった子供達は上手く舞えますように、そして祭りも成功しますようにとお祈りするようになったという。
その習慣はいつしか子供だけでは無く、大人にも浸透するようになっていき、いつしか大きな祭事の前には必ずその木にお祈りをするのが当たり前になったとか。
『火の息鳥』
その鳥は元旦の朝にだけ現われるという。
きええ、という甲高い鳴き声を村中に響き渡らせながら飛び回る鳥で見た目は鶴に似ていたらしい。その鳥の息は火で、彼が息を吐き出すたび炎が出たとか。
ちなみにその時の火の色が赤ければその一年は良い年となり、青いと悪い年となるという。
悪い年になってしまうのを回避するには、その火の息鳥を射殺せば良いとされる。
だがこの鳥は非常にすばしこく、容易に仕留めることは出来ず、そうこうしている内に逃げられてしまった年も少なくなかったらしい。
『魂吸い(たますい)提灯』
夜、その提灯はどこからともなく現われるという。見た目は普通の提灯だが、非常に恐ろしい妖である。
その提灯の発する灯りに照らされると体の動きが鈍くなる。提灯はそうして獲物の自由を奪った後、ゆっくりと相手の魂を吸い取ってしまうのだという。
魂を吸い取った提灯はその輝きを増し、より強い力を身につける。そして最終的には何十人もの人間の魂を同時に吸うことも出来るようになるのだ。
その提灯に会ったら水をかけるか、彼が放っているもの以上に眩しい光を彼に浴びせてやればいいとされている。
『出雲の失態』
狡猾で残忍とされる化け狐、出雲。いつも人間を化かし、騙し、酷い目に合わせていた悪い狐だ。
彼はある日一本の木に化けていた。自分が化けた木で休息をとろうとした者を驚かせてやろうと思っていたのだ。
しばらくすると、小さな子供が一人その木の近くを通りかかった。子供は木の前で立ち止まった。
出雲は格好の獲物の到来に喜んだことだろう。子供は木に近寄る。
さていつおどろかしてやろうかと考えていたであろう出雲。しかし彼は子供が起こした行動によって自分が驚かされる側に回ってしまった。
子供が、出雲の化けた木に小便をかけたのだ。その子供はどうやら用が足したかったらしい。そう思っていたところに木があったものだから……。
小便をひっかけられた出雲は悲鳴をあげ
「こりゃたまらん!」と叫ぶとその正体を現し、脱兎の如くかけてあっという間に子供の前から消えていったという。
それをたまたま見ていた村人の一人は「あの出雲が泡吹きながら逃げるさまなど初めて見た」と言って大いに笑った。
子供は「出雲に恥ずかしい思いをさせた天晴れな子供」と呼ばれ、死ぬまで英雄のようにもてはやされたという。
また、出雲は悪事をやめることは無かったものの、その子供の前には二度と現れなかった。
『漬物食べたい』
村の外れに一体のお地蔵様があった。そのお地蔵様がある所のすぐ近くに一軒の家があった。
その家に住む女の作る漬物は大層美味しく、よくその漬物を食べる為に村人が遊びに来ていたとか。
漬物の評判をずっと聞いていたお地蔵様は、段々その漬物が食べたくなってきたようだ。兎に角食べたくて食べたくて仕方が無かったようだ。
ある夜お地蔵様はその漬物を食べることを決心し、ずしんどしんと歩いてその家までやってきた。漬物が漬けてあるたるを(どうやったかは知らないが)器用に上っていき、てっぺんまで辿り着いた。上に置いてあった漬物石をうんしょとずらし、床に落とす。そして(矢張りどうやったのか分からないが)ふたをほんの少し横にずらした。中には美味そうな漬物。
「成程、これは美味そうだ。さてどうやって食べようか。たるの中にはいってしまおうか」
そう言ってたるの中をのぞきこもうとした時、物音で目を覚ました女がやってきた。
「いかん、これは不味い」
あせったお地蔵様はふたを急いで閉めた。しかし漬物石は床。取りにいく余裕は無い。
お地蔵様は結局諦め、その場で動かなくなってしまった。
たるの上に鎮座するお地蔵様に女は驚いた。
「なんと、漬物石がお地蔵様に変わってしまった!」
女は次の朝村の男達に手伝ってもらってお地蔵様を元あった場所に戻してもらった。
それを境に、女はお手製の漬物をお地蔵様にお供えするようになった。
地蔵様は念願の漬物を食べることが出来て大満足しただろう。
『おつくり』
この辺りの地域では七歳になった娘に、小さな人形を作らせる風習がある。
その人形の出来栄えが良ければその娘は将来美人になるのだという。
『どっちが綺麗』
ある時男が外を歩いていると、二人の女が言い争いしている場面に出くわした。女達はどちらが美人かということでもめているらしかった。二人共ここらでは見かけない派手な着物を着ていた。村の者では無いことは一目瞭然であったという。
男は喧嘩を止めようと二人の女に声をかけた。女達は振り返った。
男はその顔を見て驚いた。彼女達の顔には何もついていなかった。そう、彼女達はのっぺらぼうだったのだ。二人は声を揃えて言った。
「この際あんたに決めてもらおう。私とこの女、どちらが綺麗?」
どちらも全くおなじつるつるの顔。髪型も体型も、肌の色も何もかも一緒であった。何をどう頑張ってもその違いを見つけることは出来ない。
「どちらも美人だ」
困った男はそう言ったが、のっぺらぼう達は納得しなかったらしく
「どちらの方が綺麗? はっきり言って頂戴」
女に強い力で腕をつかまれ、逃げることも出来ず、男はほとほと参ったという。
よりにもよってのっぺらぼうの喧嘩に首をつっこんでしまうとは、と。
男が最終的にどう返答したのか。その内容までは伝わっていない。
『女鬼』
女の情念程恐ろしいものは無い。
男に裏切られ、捨てられた女の愛憎がこり固まって生まれた鬼がいる。椿の花を頭に挿し、鬼の面をつけ、鉈を手に持ったその鬼は女を裏切り、捨てた男の前に現れ、殺すのだという。女は殺した男の首を持ち帰り、いずこへと消えていくらしい。
女の男に対する深い愛情と、激しい憎悪は鬼をも生み出す。男諸君、気をつけるが良い。
『糞つけ』
これは鼻水をたらした少年の姿をした妖である。彼は草履や鍬、みの、かめ、着物、お椀等に糞をつける。
糞をつけられた物は一生壊れることは無いという。
良い妖なのか、悪い妖なのか、よく分からない。
『力持ちの少年』
とある力持ちの少年がいた。その少年は生まれつき力が強かったが、桜山で会い、以後仲良くなったというくまと相撲をとるようになってからますます腕っ節が強くなった。そしていつしかくまよりも強い力を身につけた。大人の男が数人がかりでようやく持てるような石も片手で簡単に持ち上げることが出来たという。
ある日いつも通り山でくまと相撲をとっていた時のこと。恐ろしい鬼が現われ、少年とくまを襲った。
くまは少年をかばい単身鬼につっこんだ。だが鬼はそんなくまをあっさりと放り投げてしまった。
友人であるくまが放り投げられるのを見て少年は激怒した。
そしていつも以上の力を発揮し、鬼を力いっぱい放り投げた。鬼は何本もの木を貫きながら後方へと吹き飛んだという。
鬼は恐れおののき、その場から立ち去った。
幸いくまは一命をとりとめ、少年との友情をますます深めたという。
くまが寿命で死んだ時、少年はくまの為に墓をたててやった。そして爺になり、死んだ少年はくまと同じ墓で眠ったという。
『あげる』
昔自分の目が好きではない男がいたらしい。もっと良い形の目をしていれば多くの村の娘達に気に入られただろうに、美しい形の目が欲しい、誰か取り替えてはくれないだろうか……などと常々思っていたという。
そんなある夜のこと。
起きろ、起きろという声を聞いて男は目を覚ました。
一体何事かと思って起き上がると、目の前に恐ろしい化け物が枕元に立っていたという。
それは大きな肉の塊であった。更にその塊には無数の目がついていた。大きな目、小さな目、切れ長の目、たれている目……。男は大層驚き悲鳴をあげたそうだ。
百目の妖は目に囲まれている小さな口を開いた。
「お前は目が欲しいそうだな。見ての通り、わしは沢山の目を持っておる。もしよければ、お前の目と、わしの目のうち気に入ったを交換してやるぞ」
彼からは敵意も害意も感じなかった。純粋な善意であるらしかった。
とはいえ。
相手は化け物だし、目を交換するなんて恐ろしいことは出来ない。
男は泣きながら「このままの目で良い」と言ったという。百目の妖は「そうか、それなら良い」と言ってその場を去ったという。
それ以来男は自分の目に対して文句を言うことはなくなったとか。
『菊雨』
昔桜村には時々菊雨なる雨が降っていたらしい。それは秋にだけ降るもので、読んで字の如く、菊の花びらがひらひらと空から落ちてきたのだという。
不思議とその花びらは地面についた途端雪の様に溶けて消えたそうだ。
その雨が降ると、村中は菊の花の香りでいっぱいになったとか。
『見たくないもの』
悪い妖怪、作物を荒らす虫、借りた金の額、桜様の怒った顔。