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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
桜村奇譚集5
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番外編7:桜村奇譚集5

『桜村奇譚5』


『川流れ』

 現在の三つ葉市にある水瀬川には「川流れ」という水の精が住んでいるといわれている。

 体はしわくちゃで、頭のてっぺんははげており、ごわごわした白髪がだらりと伸びている、やや緑がかった色の肌に細長い瞳。中年の男と河童を足して二で割ったような姿をしていたという。

 そんな彼が水瀬川を流れているのを見かけたら、注意しなくてはいけない。

 彼が川に流されている――それは大雨・洪水の前兆とされているからだ。


 それ以外の時はどこかに隠れているのか、彼の姿が決して人の目に触れることは無い。


『茶飲ませ』

 それは深い緑色の着物を着た小柄の老婆であるとされている。彼女は人々を自分の住処である家へ招き入れ、閉じ込める。

 そして、無理矢理茶を飲ませるのだ。その茶は大層美味であるらしい。だが決してこの老婆、美味しい茶を振舞ってくれる優しい妖という訳では無い。

 彼女は茶を何杯も飲ませる。拒否することは出来ない。人々はその茶を何杯、何十杯も飲まされ続ける。苦しくなっても、腹がふくれてもだ。


 結局最後には腹が茶で満たされ、大きく膨れ、死ぬことになる。一度彼女の住処に入ってしまったら最後、死ぬまで出ることは許されないのだ。

 しかし例外が一つだけある。


 老婆が淹れた茶に茶柱が立っていれば、解放されるのだ。しかもそうして解放された者は一生飲み食いに困らなくなるという。

 ただ、そうして解放された人間は数える程しかいなかったらしい。


『おどろかし』

 雪隠に住まう妖の一種らしい。彼は用を足している者の尻等を大きな舌でべろりと舐めるという。

 舐められるだけで、害は無いのだが、非常に気持ち悪い思いをすることとなる。


『筆喰い』

筆の先端――毛の部分のみを喰らう鳥の妖が居たらしい。大きさは雀や鶯位と小さい。頭の色は黒く、胴や羽は白い。見た目は何の変哲も無い、只の鳥のようで、人に危害を加えることも無い。実際、この妖を飼っていた者も居たという。

 良い墨の染みついたもの、年季の入ったものを特に好んで食べたという。家のちょっとした隙間から入ってきて、こっそりと毛を食べたらしい。墨を飲むのも好きだったらしい。

 糞の色は黒く、墨の匂いがしたという。鳴き声はまるで「スミ、スミ」と言っているようであったとか。


 その数は時の流れと共に減っていき、今ではその姿を見る事が出来ない。

 

『むすび』

 むすび、という妖が居た。それは大柄で太っており、非常に暑苦しい姿であったらしい。

 この男は時々村までやってきて、そこにある幾つかの家の戸を叩く。


 村人達は彼がやってくると、炊いた米や麦、ひえなどを与えた。男はそれを貰うとおむすびを作ったらしい。彼が握ったそれは非常に美味しかったらしい。


 だが、彼に紐等何かを結ぶものを与えては決していけないとされていた。

 それを与えると、男はそれを使い、紐を渡した者の首を絞めて殺してしまうのだという。


『文荒らし』

 文荒らし、というのが居た。文字通り、文書や手紙を荒らす妖だ。

 しかし荒らす、といっても丸めたり破ったりするというわけではない。


 文荒らしはそこに書かれている文字を分解したり、ばらばらに並び替えたりしてしまうのだ。

 例えば「ありがとう」という文章を並び替えて「がとあうり」としてしまったり、「好」という字を「女」と「子」に分けてしまったり。文章は文章で無くなり、意味の分からない文字を羅列しているだけのものとなり、ほぼ解読不可能となる。

 文荒らしは、重要な意味を持つ手紙や文書を特に好んで荒らしたという。どうでも良いようなものには殆ど目もくれなかったらしい。

 文荒らしの姿を見た者、荒らしている場面を見た者は一人も居なかったという。


 そんな彼から大事な手紙等を守るには、どこかに大きく「固」と書けば良いとされている。


『鬼石』

 かつて桜村、及び周辺の集落を襲い、多くの人を殺し、多くの物を破壊した恐るべき鬼が居た。その鬼は遠くからやってきたという術師によって倒され、桜山の近くに封印された。彼の体は土の下に埋められ、その上に大きな封印石が置かれた。その石には「犬、猿、雉」の姿が彫られている。この石は「鬼石」もしくは「鬼の墓」と呼ばれている。

 封印された鬼には未だ意識が残っているのか、時々吠えるという。その声は非常に恐ろしいものであるらしい。


 鬼が怒り狂い、吠えると鬼石の周りに雷が落ちるらしい。特に彼が封印された頃(現在でいえば七月頃)は特に多くの雷が降り注ぐとされている。

 しかし雷は鬼石に落ちることは無い。もし落ちてしまったら、封印は解けてしまうと言われており、人々は鬼石の近くに雷が落ちる度に不安な気持ちになったという。


 幸い今現在鬼石に雷は落ちていない。


 ちなみに私の知人は先日、何か獣のようなものが吠える声を鬼石の近くで聞いたらしい。もしかしたらそれは封印された鬼のものであったのかもしれない。


『山守り』

 これは桜山に限らず、美吉山等、この辺りにあるありとあらゆる山に一人は住んでいるとされている。

 緑色の体をした精霊で、自分が住んでいる山を見守る存在であるらしい。

 彼等は敬い、大切に扱うべき存在だ。もし山で木の実を採ったり、狩りをしたりしている時に彼に会ったら、必ず深く礼をし、山の命を使わせてもらっていることを感謝する意を述べる必要がある。それを聞くと彼はこくりと頷くという。

 もし彼を敬わず、礼もせず、感謝の意も述べなければ恐ろしいことになるらしい。そのようなことをした者は裁きを受け、山の中で酷い死に方をすることになるといわれている。


矢返(やがえ)鹿(しか)

 桜山には千年の時を生きていると言われている鹿が居る。月の光に似た眩く輝く白い体。頭には長い年月を思わせる立派な角が生えているという。美しく、また威厳のあるその姿は山の主と呼ばれるにふさわしいと言われている。


 そんな彼を仕留めることは決して出来ないとされている。

 彼に矢を放てば、その矢は跳ね返され自分の胸を貫く。鉄砲で撃とうとしても、その弾は同じように跳ね返される。多くの人が彼を手に入れようとして命を落としたといわれている。


 矢を向けても跳ね返されることから「矢返鹿」と呼ばれている。滅多に人の前に姿を現さず、普段は人も来ない山奥で暮らしているとされている。


『いろりねずみ』

 これは鼠の妖で、普通の鼠よりも大きいとされている。うさぎと同じ位、或いはそれ以上の大きさだという。囲炉裏に住み、灰を食べて生きている。また火も好んで食べるとされており、その体は決して火に焼かれることは無い。

 これといって人に危害を及ぼすわけでもなく、病気などをばらまく訳でもない。子供も一、二匹程しか産まない。人々は彼らを追い出すわけでも退治するわけでもなく、見てみぬ振りをしていたらしい。


『言の葉』

 昔桜山の麓に「言の葉の木」と名づけられた木があった。透き通った色の、翡翠の様な色をした美しい葉を枝につけた木であったという。

 その葉には不思議な力があったとされている。

 木からもぎ取った葉を耳に当てると若い女が喋る声が聞こえたらしい。女は自分が見てきたこと、聞いたこと、思ったこと等を話したという。話す時間はまちまちで、ほんの数分だけ話す時もあれば何時間、何日も話し続ける場合もあったという。女は一方的に話すのみで、こちらの声は一切聞こえていなかったらしい。

 この葉の語る話は非常に面白かったらしく、多くの人が木から葉をちぎり、耳に当てたとか。葉は一年中木についており、ちぎってもちぎってもすぐ生えたという。


 だが、当時の村長はこの木のことを気味悪く思い「人を惑わす化け物の木だ」と言い、ある日その木を刈り取った挙句、火をつけた。

 木はあっという間に燃えたという。


 その時、思わず耳を塞ぎたくなる位恐ろしい、女の悲鳴を人々は聞いたという。女は妖だったのか、それともその木に宿る精だったのか。それを知る術はもう無い。


『戸隠し』

 ぼろぼろの着物を着た、醜い姿の男をした妖、それが戸隠しだ。

 彼は家等の建物の出入り口を消す力を持っているとされており、人々を閉めだしたり、閉じ込めたりしたという。出入り口は只待っているだけでは姿を現せない。


 元に戻すには、日が暮れた後戸が本来あった場所辺りの前で土下座をし「戸隠し様お許し下さい」と三回大声で言えば良いとされている。戸が元に戻る前、男の笑い声が聞こえるという。

 何でもこの妖、元は人間であったらしい。だが心無い村人によって自分の家に閉じ込められ、その際発作を起こして死んだのだという。


 ちなみに、彼を挑発したり、見下したりするような言葉を吐きながら戸のあった辺りを蹴飛ばすと、どれだけしっかり作られた家も一瞬で崩壊するといわれている。


『血椿』

 血を好む女の妖だという。生前は多くの人を殺し、その着物や体を紅に染めていた、といわれている。

 死んで妖となった後も血に対する執着心が薄れることは無かったらしい。女は人を殺め、その屍の血で白い椿を染めたという。女はその椿を愛で、大切にしていたらしい。


『ひそみ』

 これは、箪笥や行李、釜、風呂等に潜んでいる妖だ。頭は異様に大きく体は小さく細い。体はどす黒く、目はぎょろりとしており、舌は長く、鋭く尖った小さな歯が沢山並んだ口からは、よだれのようなものを常に流しているという非常に不気味な姿をした妖だという。その声は甲高く、聞けば耳をたちどころに痛めるとか。


 箪笥を開けた時、釜の蓋をとったら彼が居た……ということがよくあったらしい。しかし彼らの姿を見ても、決して慌ててはいけない。

 心を落ち着け、彼等がそこから完全に出てくる前に引き出しや蓋を閉め「ノケ、ウセ、ヒケ」と言えばとりあえず彼等は消えるらしい。


 彼等が外に出てしまえば大変にことになる。彼等はその鋭い歯で人々に噛み付いたり、そこ等にある物を齧ったりするという。しかも彼の歯に噛みつかれた(もしくは齧られた)部分は徐々に腐っていくのだという。

 小さいが、非常に恐ろしい妖なのだ。


『臭い振るまい』

 これもかなり迷惑な妖だという。彼は非常に臭い匂いをたっぷり染みこませた、とても汚い扇子を持っており、人を見つけるとにたっと笑い、その扇子で思いっきり煽ぐのだという。そうするとそれに染みこませた臭いに襲われることになる。鼻をつまんでも、息を止めても無駄であったらしい。一度嗅げば、一週間は鼻が使い物にならなくなるといわれている位酷い臭いであったという。


 ちなみに彼自身には鼻が無い。ゆえに自身はその臭いの影響を受けることは無かったらしい。


『指差し』

 指差しという少女の姿をした妖が居たという。


 その妖は「あっち向いて」と言いながら左右上下いずれかの方向を指差すという。しかしその指の差した方を決して向いてはいけない。

 そうすると首が寝違えたように動かなくなってしまう。そうなった場合村の男辺りに力任せに戻してもらうしかなくなる。

 回避するには彼女が指差した方とは正反対の方向を向くしかないらしい。

 そうすると指差しは怒ったような声をあげながら消えるのだという。


『飯つくり女房』

 家の主が寝ている間にこっそり家に入り、これ以上は無いという位豪華な飯を作って帰っていくという、変わった妖が居たらしい。

 飯つくり女房、と名づけられてはいるが実際その姿を見たものは誰も居ない。つまり、女かどうかも分からないが、こういうことをするのだから女の妖なのだろうと言われている。そもそも妖なのかも分からない。もしかしたら飯を作るのが大好きな神様であるかもしれない。


 豪華な上にかなり多い量が作られるので、それを用意された家は友人や親戚を招き、共に食べたという。その味は絶品で一口食べれば口の中が極楽と化したとか。


『叩き込み』

 それは勉学などを司る神であるといわれている。見た目は若い男の姿で、いかにも賢そうな顔をしていたとされている。

 

 彼は、読み書きできない(最も殆どの住人はそうだったが)人の前に現れ、手に持っているぶ厚い書物で頭を思いっきり殴り、去っていく。

 そうすると叩かれた人間は文字の読み方、書き方を「叩き込まれ」て読み書きが出来るようになったという。彼が持っている書物には漢字やひらがななどが全て書かれていたのではないだろうか。


 彼は桜村周辺のみではなく、もっと離れた場所にも現われたとされている。


『化け物茸』


 昔桜山にそれは大きい茸が生えたという。それは一夜のうちに現われ、山を覆いつくさんとする位大きかったとか。

 その茸がどうなったのかは特に伝わっていない。


『髪抜き』

 この妖怪は男に手を出すことは無い。狙われるのはいつも女だったとされている。

 女性を襲い、その人の髪の毛をごっそり引きちぎるのだという。そして奪った髪の毛を自分の頭につける。すると、その髪はひとりでに伸びていくという。

 その為か、この妖は四方に髪の毛を垂らしており、顔も見えないし、どちらが正面で、どちらが背面なのかもよく分からないという。

 この妖、相当強い力で人の髪の毛を奪うらしく、襲われた女性はあまりの痛みに悲鳴をあげて泣き叫び、その後熱を出して寝込んだらしい。

 女であるのか、男であるのか。それを知る者は誰も居なかったとか。


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