番外編5:桜村奇譚集3
桜村奇譚集3
『蔵神様』
蔵には、神様が宿っている。その神様のことを「蔵神様」とこの地域では呼んでいる。
蔵には必ず神棚を作り、こまめに蔵神様へお供え物をし、蔵を守ってくださるようにお願いするのだ。きちんとお供え物をし、蔵神様に失礼なことをしなければ、蔵神様は蔵を火事や泥棒などの魔の手から守ってくれる。
しかし、もし蔵神様へ酒や食べ物をお供えすることを怠ったり、失礼なことを言ったり、神棚を壊したりするようなことがあれば、蔵神様は恐ろしい罰を与えるという。
ある時は蔵の中にあるもの全てを燃やし、ある時は蔵に人を閉じ込めて出られないようにし、またある時は蔵を丸ごと浮き上がらせて、家の上に落としたという。
『万花の園』
桜山のどこかに、万花の園と呼ばれる花園があるという。
そこには、この世、或いはこの世ならざる世界に存在する花という花全てが咲いているという。季節も気候も一切関係無い。桔梗も桜も菫も椿も紫陽花も、そこへ行けば一度に見る事が出来る。
その光景はとてもすばらしく、美しいものだという。鮮やかに広がる様々な色。きっと、宝石箱をひっくり返したかの様なものなのだろう。
その園に咲く花は、不思議な力を持っているらしい。蜜を吸えばどんな病もたちどころに治り、妖しき力、もしくは怪力を手に入れるなどと言われている。
『花の娘』
ある強い力を持った術師が、万花の園を訪れ、優れた術を用いて椿と菊の花を人間の姿に変えた。
椿の娘は紅椿、菊の娘は千代菊と名づけられた。
術師は二人に、桜村をあらゆる怪異から守るようにと命じた。二人は主の言うことを聞き、村人を妖怪達から守る為、日夜戦い続けた。
村人達は、そんな二人に感謝し、きちんとした家をやり、食べ物もやった。友人もおり、普通の女の子の様にはしゃぐ時は思いっきりはしゃいでいた。
しかし、村長の息子だけは違った。彼は妖怪や幽霊、そういった人ならざる者を恐れ、嫌っており、二人の娘のことも例外なく嫌っていた。この村を守ってくれているとはいえ、化け物には違いない。今はこうして村を守っているが、いつか言うことを聞かなくなり、他の化け物と同じ様にこの村に災いをもたらすかもしれないと考えていた。
やがて村長は病で亡くなり、その息子が新しい村長となった。亡くなった村長は息子に、お前があの二人を嫌っていることは知っているが、あの二人は本当に私達の為によくやってくれている。彼女達を邪険に扱うことなく、大切にして欲しいという遺言を残していた。
しかし、息子は父の言うことを聞かなかった。
村長となった男は、ある日二人を呼び出しこう言った。
「親父殿はお前達のことを気に入っていたが、俺はお前達がこの村に居るだけで、気分が悪い。お前達は化け物共を倒したり追い払ったりしているが、お前達とてあいつらと同じ化け物であることに違いは無い。化け物など、この村にはいらない。お前達を殺すとは言わない。だが、できればこの村から出て行って欲しい」
二人の娘は、悲しそうな顔をしたが、反論することなく、静かに村を出て行った。他の村人達は、恩を仇で返すような真似をした男を批難したが、男は全く気にしなかった。
その数日後、男は妖怪に殺されたという。二人の娘を追い出していなければ、命を落とすこともなかったろうに……と村人達は口々に言った。
紅椿と千代菊の二人は、二度と村に帰ってこなかった。だが、もしかしたら今もどこかで、この町を見守ってくれているかもしれない。
『河童様』
今の三つ葉市に流れる水瀬川の近くに、小さな祠がある。そこには河童が祀られているという。
きゅうりを二、三本お供えすると泳ぎが上達すると言われており、泳ぎの苦手な子供達やもっと泳ぎを上達させたい人がよくきゅうりをお供えしているという。
私の友人も、幼い頃に河童様にきゅうりをお供えしたところ、みるみるうちに泳ぎが上手くなり、学年一泳ぎの上手い人間となった。
新鮮なきゅうりを供えるほど、よりその効力は増すという。
しかし、逆に河童様にお供えしたきゅうりを食べてしまうと、泳げなくなるという。
泳ぎの上手かった子供が、お供えされたきゅうりを食べてしまった後川遊びをしたところ、溺れて死んでしまったという。
『多鳥物』
一人の男が、木に向かって石を一つ投げた。
そしたら百羽以上の鳥がばさばさと落ちてきた。
『言い争い』
桜山神社から、時々声が聞こえるという。
それは男と女の声でやたら大きい。はっきりと何を言っているか聞き取ることは出来ないが、なにやら言い争いをしているらしい。
桜山神社には、かつて村を恐怖に陥れていた恐るべき化け狐出雲と、その出雲を命がけで殺した巫女桜が祀られている。
恐らく、神社から聞こえる声というのはこの二人のもので、死してなお争っているのだろうと言われている。
ところで、この二人はその言い争いを聞かれるのが余程嫌いなようだ。
ある村人が、二人の言い争う声を聞き、思わず笑ってしまった。すると「立ち聞きするな、あっちへ行け!」と大声で怒鳴られたという。
二人のその声はおかしい位ぴったりと合っていたという。
最近、その声を聞いたという人は無い。二人共、もう疲れてしまったのかもしれないし、誰も居ない時に言い争っているのかもしれない。
『笑い女』
昔村に、いつでも笑っている女が居たという。苦しい時も悲しい時も食事をしている時も墓参りの時も、いつでも笑っている。何故いつも笑っているのかは不明である。しかもその笑い顔は大層不気味なものであり、彼女には殆ど友人が居なかったし、一生独身であった。
女は笑い続けた。そして最後には流行り病にかかり、看病の甲斐なく死んでしまった。
女は最期まで笑っていたという。
『泣き女』
笑い女だけでなく、村には泣き女なる者も居たらしい。苦しい時や悲しい時、腹が立っている時は勿論、嬉しい時も美味しいものを食べている時も、誰かと喋っている時もいつも泣いていたらしい。
だから女の目はいつも赤く、目蓋は腫れていたという。
女は泣いて泣いて泣き続けた。
ところがある日一生分の涙でも出し切ったのか、ぴたりとその涙は止まってしまった。その瞬間、女はぱたっと倒れ、そのまま息を引き取ったという。
『米の雨』
酷い凶作に見舞われた年があった。桜村やその周辺の村の者達は飢えに苦しんでいた。
ある日、大雨が村を襲った。
降りしきる雨を見て、一人の男が「ああこの雨粒が全て米だったらいいのになあ」とぼそりと小声で呟いた。
すると、雨粒全てがなんと米に変わり、米の雨となった。
その米の雨のお陰で、人々は飢えから救われた。
その言葉を呟いた男は驚くやら嬉しいやら。
「きっと、神様の思し召しだ。ああ、良かった良かった。これで死なずにすむ。ありがたや、ありがたや。はて、ところであの雨が降っていた時、あれが全部金であったら良いなあと言っていたらどうなっていたのだろう。金に変わったのだろうか、それともそこまで面倒を見切れぬと神様が呆れてしまって、ただの雨のままだったのだろうか。ちょっとばかり気になるなあ」
と言ったとか言わなかったとか。
『踊り着物』
昔、村に不思議な着物があった。
その着物はとても素晴らしいもので、一目見れば誰もが夢中になるという。その着物は神出鬼没で、道端に落ちていたり、売り物の中に混じっていたり、家の中にいつの間にかあったり。
しかし、どれだけ素晴らしかろうと、その着物を着てはいけない。
着たら最後、脱ぐまで踊り続けなければいけないのだ。脱がない限り、足も手も止まらない。そのまま踊りつかれて死んでしまうことだってある。
誤って着てしまった人からその着物を無理矢理脱がせると、それは手からすり抜けてまたどこかへ行ってしまうという。
『雪隠お化け』
雪隠お化けなるものがいる。どういった姿なのか、見た者は誰も居ない。
雪隠お化けは雪隠に隠れており、用を足している人間の足をむんずと掴み、ひきずり落とすのだという。
ただ、雪隠のどこかに「清浄」と書いた紙を貼っていれば、雪隠お化けは現れないという。
『くしゃみ』
ある男が、くしゃみをした。それはそれは大きなくしゃみで、そのくしゃみは男の家を吹き飛ばした。
またある日のこと、村に恐ろしい化け物が現れた。そいつは、村の食糧を奪ったり、沢山の人に乱暴を働いたり、家を壊したり畑を荒らしたりした。
その化け物が、以前くしゃみで自分の家を吹き飛ばした男と遭遇した。化け物は、男を殺そうとした。
男は恐怖に震えたが、何故かその時大きなくしゃみが出た。すると化け物は思いっきり吹っ飛ばされ、飛ばされた先にあった大きな岩に全身を強く打ち、死んでしまった。
男は村を救った英雄となり、一生幸せに暮らしたという。
『薪盗り』
薪盗りなるものがいた。それは、小屋に積んである薪を盗む。盗んだ薪をどうするのかは知らぬ。
『うなぎ女房』
ある一匹のうなぎが、一人の男に恋をした。うなぎはどうしてもその男と結ばれたくて、自分の棲む池にいる神様に、どうか私を人間にして下さいとお願いした。神様は、そのうなぎを美しい人間の女性にしてやった。うなぎは、お礼を言って、池を出た。
うなぎは、確かに美しい娘となったが、その肌は本来の姿と同様とてもぬるぬるとしていた。
うなぎの娘は、恋した男を探し、見つけ出すと自分をどうか貴方のお嫁さんにして下さいとお願いした。男は、あまりに娘が美しいものだから、はて一体この娘はどこの娘だろうと疑問に思ったが直に了承し、二人は晴れて夫婦となった。
始めのうちは幸せな毎日を送っていた。しかし、娘の肌が気持ち悪い位ぬるぬるとしていること、水浴びばかりしていることに男は疑問を持ち始めた。この娘は本当に人間なのだろうか。
男は思い切って、妻に尋ねてみた。うなぎの女房は、最初は何も話そうとしなかったが、男が厳しく問い詰めたので、とうとう自分の正体がうなぎであることを喋ってしまった。すると男は、矢張り人間ではなかったのか、うなぎが嫁さんなんて、気持ちが悪い、さっさと出て行けといってうなぎ女房を追い出してしまった。
うなぎ女房は涙を流しながら、村を出た。元の姿に戻してほしいと神様にお願いしようとしたが、足はなかなか前に進まない。
それから数日、池に戻る訳でも村に戻る訳でもなく、ぼうっとしていたうなぎ女房だったが、矢張りどうしても男のことを諦めきれず、村に戻った。
すると、男の家が火に焼かれているではないか。どうやら火事らしい。家の中から愛しい男の悲鳴が聞こえた。
うなぎ女房は迷うことなく火に飛び込んだ。そして男の体を庇いながら、男を外まで連れ出した。
男はうなぎ女房に守られたおかげで、どうにか一命を取り留めた。しかし、うなぎ女房は体を焼かれ、死んでしまい、元のうなぎの姿に戻った。
男は、自分のことを命がけで守ってくれたうなぎ女房の哀れな姿を見て涙し、酷いことを言ってしまったことを詫びた。
うなぎ女房の死骸は、丁重に葬られた。
『きゅうり好き』
きゅうりが大好きな男が居た。男は毎日かかさずきゅうりを食べていた。
きゅうりを食べ続けるうちに、男の体は緑色になり、体にぶつぶつが出来、みるみる内に痩せ細り、終いにきゅうりになってしまった。
『逆さにするな』
この村では、座敷童子を見つけても絶対に足等を掴んで体を逆さにしてはいけないと言われている。そうすると、折角得た幸運が全て逃げてしまい、逆に不幸になるのだと言う。
『猫石』
ある一匹の猫が、穴の開いた岩をくぐろうとしたが、途中で体がひっかかって抜けなくなってしまった。村人達はどうにかして猫を助けてやろうとしたが、どう頑張っても抜けない。岩を粉砕して助けようとしたが、その岩は酷く頑丈で何をしてもびくともしない。とりあえず餌をやって死なせないようにはしたが、それ以外どうすることも出来なかった。
猫の姿はどんどん変わっていった。少しずつ固くなり、色も灰色に変わっていき、とうとう石になってしまった。それを人々は猫石と呼んでいる。
今もその猫石は残っていて、私も何度かその石を見た事がある。確かに岩に開いた穴を猫がくぐっている様に見えた。
『飛ぶ』
ある男が呟いた。
「金というものは、どんどん無くなっていく。鳥の翼がついていて、あっという間に飛んでどこか行ってしまう」
すると、男の手元にあった金に鳥の翼の様な物が生えてきて、男の手から離れていってしまった。そのままどんどん飛んでいって、上空へと消えていった