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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
月まんじゅう
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第五夜:月まんじゅう

『月まんじゅう』


「久しぶりに月まんじゅうが食べたいなあ」

 コーヒーカップ片手に、おじいちゃんがぼそっと呟いた。『桜~SAKURA~』で美味しいチョコパフェを食べながら涼んでいた私は、月まんじゅうのことを思った。


 『月まんじゅう』というのは、桜町の隣、舞花市にある『月下(げっか)堂』という和菓子屋で売っているお饅頭のことだ。

 こしあんと、ふかしたサツマイモをつぶしたものを、薄く黄色い皮に包んだ、そこそこ大きなお饅頭。甘すぎず、くどすぎず。程よく優しい甘味が噛むと口の中にじんわりと広がるのだ。緑茶との相性も抜群。

 

 また月まんじゅうは、不思議な力を持っていると言われている。

 布団から起き上がれない位具合の悪かった人が、月まんじゅうを食べた途端みるみる内に元気になったとか、病気が治ったとか、肩こりや腰痛が治ったとか、憂鬱な気分がすっきり晴れたとか。


 効果やその度合いは人によってまちまち。ただの偶然だろうと言う人もいるけれど、私は偶然では無いと思う。私もあのお饅頭を食べる度、体の疲れがふわっと抜けるのを感じている。他のお店のお菓子を食べた時には感じない何かを、感じるのだ。

 

 ああ私も月まんじゅうが食べたくなっちゃった。月下堂の和菓子はどれも美味しいから他のお菓子も食べたいかも。


「私、今から買ってくる」


「今から? いやいや、外は今とても暑いし、そんな無理して買いに行かなくても良いんだよ。ただ言ってみただけだから」

 おじいちゃんはびっくりしたように目を大きく開けて、手と首を振った。


「大丈夫よ、私お散歩は結構好きだもの。バスだってあるし、何より私も月まんじゅうが食べたいの。明日部活があるし、部員の皆と食べる用にも少し買っていきたいわ」

 そう言って私はお財布を出し、中身を確認する。おじいちゃんの分と自分の分、部員の皆の分位は買えるお金がある。


「そうかね。それじゃあ、行っておいで。私の分は、後で払うから。気をつけて行くんだよ」

 そう言っておじいちゃんは優しく微笑んで、私を見送ってくれた。私は手を振り返して、外へ出る。


 外は相変わらず、暑かった。太陽は少しも落ち着きを見せず、やんちゃな子供の様に暴れている。バニラアイスクリームの様な形と色をしているのに、少しも冷たくない。空だって、ミントアイスクリームの様な色なのに。

 歩いて数分で、頭が熱を帯びて触れると熱い。一歩進む度に汗が肌を伝う。

 ぐつぐつしているお鍋の中に放り込まれたような気分。


 バスに乗ると生き返ったような心地になる。

 バスはゆっくりと走って舞花市へ。舞花市へ入った途端、建物や道路の雰囲気はがらっと変わる。延々と続く石畳、それを挟むようにして並ぶ長屋や、昔ながらの木造の家。勿論、全部がそうという訳では無いのだけれど。

 古本屋、駄菓子屋に呉服屋、和風の小物を販売しているお店……ここには私のお気に入りのお店が沢山ある。今から行く月下堂もそのうちの一つだ。


 急ぐ必要は無い。のんびり気ままに行こう。バスから降りた私はゆっくりと寄り道しながら歩いていた。

 

(月まんじゅう、月まんじゅう。ふふ、後は何を買おうかしら)

 鼻歌交じりに歩いている内に気づけばもう、目の前にある角を曲がればすぐ月下堂に着くという所まで来た。それなりに歩いたし、暑さには少し参っちゃったけれど好きな所を歩くのって楽しいし、時間もあっという間に過ぎていく。


 私は、財布の入ったバッグを叩きながら、角を曲がる。


 角を曲がった瞬間、何か小さな黒いものが私のお腹めがけて飛んできた。避けることは出来ず、その何かがお腹にどんっと当たる。痛くは無かった。けれどその瞬間、お腹が氷でも押しつけられたかの様に冷たくなった。

 ぶつかった何かはとんっと優雅に着地した。


 よく見てみれば、それは黒猫だった。艶々の毛は光を反射して青く輝き、月の様な瞳がぎらぎらと輝いている。黒い尻尾はゆらゆらと揺れていた。

 その猫を見て私は「怖い」と思った。何故なのか、自分でも分からなかった。私は猫は好きだし、黒猫を不吉なものとは思っていない。いつもなら「まあ、猫可愛い!」と言って、触ろうとするのに。

 その猫は禍々しい何かを放っているようだった。触れれば、体を蝕まれてしまいそう。金縛りにあったかのように、体が動かない。逃げることも出来なかった。


 黒猫は逃げることなく、ただ私の方をじっと見つめていた。しばらくこちらを見た後「にゃあ」と鳴いた。

 その声を聞くと、背筋がぞっとした。夏の暑さを一瞬忘れてしまう程に、全身が冷たくなる。

 黒猫は、その後くるっとこちらに背を向けて、ものすごい速さで走っていき、あっという間に私の視界から消えて行った。私はただ呆然と、消えていく黒猫を眺めることしか出来なかった。

 しばらくすると、体は動くようになり冷えた体もあっという間に暑くなる。


 一体、あれは何だったのかしら。もしかして、あの……出雲さん達の住む異界の住人?普通の黒猫で無かったことは確かだと思うのだけれど。

 私は首を傾げたけれど、答えは出そうに無い。ここでぼうっと突っ立っていても、何の意味も無い。それよりも、月まんじゅうを早く買わなくちゃ。


 私は、黒猫がぶつかってきたお腹をさする。


「さくらちゃん?」

 そんな私に声をかける人がいた。名前を呼ばれて私は顔を上げる。その声には聞き覚えがある。


 私の前に立っていたのは一人の女性だ。

 ほっそりとした顔、長い黒髪。前髪は真ん中で分けている。上は白い服で下は茶色のロングスカート。何歳かはよく知らないけれど、三十は過ぎていたはずだ。見た目は若いから、二十代に見えるのだけれど。


「月子さん?」

 そこにいたのは月子さんだった。彼女は息を切らしていて、真っ直ぐな髪が顔にかかっている。何か急ぎの用でもあって走っていたのかしら。

 月子さんは、顔にかかった、髪を手で払い首を傾げる。


「どうしたの、さくらちゃん。そんな所にぼうっと立っていて? 何かあったの?」


「いえ、何でもないんです。元気の良い黒猫がぶつかってきて、驚いていただけです。あ、私今から月子さんのお店に行こうと思っていたんですよ」

 月子さんは、月下堂主人のお孫さん。お店の手伝いもよくやっている。私は小さい頃から月下堂によく行っていたから、彼女には名前も顔も覚えてもらっている。


「黒猫……あ」

 はっとしたように月子さんは口に手をやった。思い当たる節があるらしい。近所の猫なのかしら。実は誰かのペットで最近行方不明になっていた猫だったとか……。でもあの猫、どこにでもいる猫にはどうしても思えなかったけれど。

 月子さんは真剣な表情で私をじっと見つめていたけれど、やがて笑みを浮かべると、私を手招きした。


「ごめんなさい、ちょっとぼうっとしちゃっていたわ。お店、来るのでしょう? 大歓迎よ」

 月子さんの笑顔はとても魅力的だ。月まんじゅうの様に、優しくて甘くて心がじんわりと温かくなる。出雲さんが浮かべる魔力を持った冷たい月の笑み……それとは正反対のものだ。

 私は月子さんに笑顔で応え、彼女の隣に並んで月下堂を目指した。


 月下堂へは、再び歩き出して二分も経たないうちに着いた。

 木造のその建物は横長で、正面はガラス張りになって、そこにはオススメの商品の名前が書かれた紙が貼ってある。入り口の障子風の扉の上には、書道が得意だったと言う初代月下堂主人が字を書いた、味のある形をした木の看板が掲げられている。

 お店の前には、白いプランターが並んでいて、色とりどりの季節の花がそれらを鮮やかに彩っていた。

 店内は南瓜色の照明に優しく照らされている。店の右側には黒い長机二つと、椅子が六つある。お店の商品を、お茶を飲みながらここで食べることが出来るのだ。


「あ、月子さんお帰りなさい」

 月子さんを迎えるのは、店員の冬美さん。大学を卒業してすぐにここに就職した、月子さんの親戚の人らしい。私の方にも気づいて、にこりと笑ってこんにちわと挨拶してくれた。


「ただいま、冬美ちゃん。さくらちゃん、急いで居なければちょっとそこの椅子に座って待っていて。作りたての月まんじゅうをご馳走してあげるから」


「え、いいんですか。あのお代は……」


「いいのいいの。さくらちゃんは常連さんだもの。お買い物は、一息ついた後でもいいでしょう。ちょっと持ってくるわね。ついさっき蒸し終わったものがあるから」

 そう言って月子さんは店の奥へと消えていった。私はお言葉に甘えさせていただくことにして、椅子に座ってぼうっとしていた。

 冬美さんはにこにこしながらこちらを見つめていた。


 程なくして月子さんが戻ってきた。黒いお盆に月まんじゅうと、緑茶の入った湯飲みを載せたものを持ってきて。


「さあさあ、召し上がれ。私の愛情がたっぷり詰まっているわよ」

 

「これ、月子さんが作ったものなんですか」


「うん、まあ修行の一環でね……ってあ、違うのよ、あの、さくらちゃんにお毒味させようとかそういう訳じゃないのよ。えっと、ちゃんと美味しいと思うの、父さんと母さんの作ったものには適わないけれど……というか、そんなものを食べさせようなんて……ええと」

 慌てふためく月子さんはとても可愛らしい。何だか子供みたいで。私は少しもそんなこと気にしないのに。むしろ月子さんが作ったものを食べられるなんて、嬉しいわ。

 私は思わずくすくすと笑った。


「大丈夫ですよ。私、月子さんが作った月まんじゅう、食べたいです」


「本当?」

 

「はい」


「有難う、さくらちゃんはいい子ね。私さくらちゃんのこと大好きよ」

 そう言って月子さんは笑い、私に月まんじゅうとお茶を差し出す。


 出来立てという月まんじゅうは確かに、温かい。私はそれを手に取って一口。

 

「美味しい」

 とても美味しかった。まだ温かい皮、そして中に入っているあんことサツマイモ。優しい甘味が口の中に広がり、飲み込むとお腹の中がぽうっと温かくなった。冷めても十分美味しいけれど、出来立てはそれよりもずっと美味しかった。つぶしたサツマイモがとってもほくほくで……幸せ。

 甘酒を飲んだ時の様に、体がぽかぽかする。月子さんが、心を込めて作ったのだろう。


「良かった。不味かったらどうしようかと思っていたの」


「月子さんが心を込めて作ったものですもの、不味い訳が無いです。ふふ、やっぱりこう、このお饅頭を食べると、元気が出てきます。月まんじゅうって不思議な力がありますよね……どうして、このお饅頭を食べるとこんなに元気になれるんでしょう」

 その問いに、月子さんは微笑んで答える。月まんじゅうのようなあの笑みを浮かべて。


「月って魔を跳ね返す鏡だと思うのよ」

 返ってきた言葉は想像もつかなかったものだった。私はびっくりして、目をぱちくりさせる。月子さんはにこにこ笑っている。


 その後も何度か聞いてみたけれど、食べた人が元気になるように呪文をかけているのよとか、そういった答えしか返ってこなかった。

 なんだか、上手く話をはぐらかされた気がするけれど……でも、素敵かも。月は魔を跳ね返す鏡……そして、月子さんの愛情こもった呪文。確かに美味しくなれっていいながら作ると美味しくなるってよく聞くものね。


 美味しい月まんじゅうを食べた後、私はおじいちゃん達の為(と私の為に。お家に帰った後また食べたいし)に月まんじゅう、後は「うさぎのお餅」という白いお餅に芋あんをのせたものなどを買った。


「月まんじゅう、ご馳走様でした。とっても美味しかったです。また来ますね」

 月子さんはありがとうと言って、微笑む。


「ええ、また来てね」

 私はぺこりとお辞儀して、お店を出ようとする。けれどそんな私を月子さんが一度呼び止めた。どうしたのかしら。私は振り返る。


「夜は危ないから、早めに家に帰るのよ」

 何故か酷く心配そうな表情を浮かべながら、月子さんは言う。どうしたのかしら。けれど確かに、夜は危ないわよね。


「え、あ、はい。有難う御座います」

 お客さん一人一人のことを気遣ってくれる月子さんはやっぱり優しい人だわ。

 私はもう一度お辞儀をして、今度こそお店を出た。


 その後は喫茶店に戻って、おじいちゃんと月まんじゅうを一緒に食べながらお話した。朝比奈さんと弥助さんの分も買ったので、後で二人に渡してとおじいちゃんに預ける。そしておじいちゃんから鍵を借りて、おじいちゃんの家に入った。

 おじいちゃんの家は、家というよりは書庫と言った感じ。沢山本がある……私にとっては楽園のような場所。


 読書に夢中になっていて、気がついたら外はすっかり真っ暗になっていた。時計を見ると、もう夕ご飯の時間だった。私はお母さんに今から帰ると連絡する。それからすぐおじいちゃんが帰ってきた。


「おやおや、まだ居たのかね。読書に夢中になっていたのかな」


「えへへ。だっておじいちゃんの家、素敵な本が沢山あるんですもの」


「ははは。まあ、兎に角早く帰りなさい。気をつけて帰るんだよ」

 

「はーい」

 私は笑って、おじいちゃんにばいばいと手を振り、家を出る。


 おじいちゃんの家は町の外れにある。古い家がぽつぽつとあり、すぐ近くに桜山が見える。電灯がぽつりぽつりと置いてある。中には点いたり消えたりを繰り返したりしているものもあった。

 桜町はとても平和なところだから滅多に事件は起きないけれど、それでも絶対安全であるという保証は無い。夜の澄んだ空気や砕いたダイヤモンドを散りばめた空、銀色の月はとっても好きだけれど、ちょっと不安な気持ちにもなる。


 空でも眺めながらのんびり帰るのも悪くないけれど、さっさと帰った方がいいだろう。お母さんも心配しているだろうし。それともあまり心配していないかしら。おじいちゃんの家へ遊びに行って、帰りが遅くなるのはいつものことだし。

 さっきまで空を統べていた太陽は沈んだけれど、それでも未だ暑い。

 歩いているとじんわりと汗が浮かぶ。降り注ぐ月の光はとても涼しげな薄荷飴の色をしているのに。


 ぽつぽつと家の数が増え始める所まで来た時頃、私はお腹が急に冷めたくなるのを感じた。そう、丁度今日黒猫がぶつかってきた辺りだ。お腹の中に氷を詰められたような……続いて、背後に何かを感じ、背筋が寒くなった。


 何かが、後ろにいる。


 私はばっと振り返った。

 電灯の真下に、黒猫が居た。きっとあの時の黒猫だ。電灯に照らされた体毛が青黒く輝いている。

 その黒猫と目があった途端、私は体が動かなくなった。足を地面に縫いつけられたかのように。お腹だけではなく、体中が冷たい。温もりを、感じない。冬でもないのに手がかじかんでいる。


 黒猫は、にゃあと一声鳴いた。笑っているようだった。

 黒猫の体が、ぐにゃりと溶けてそれがぐねぐねと動いて、別の形を作り上げていく。

 それはバケツを逆さにしたような……お皿に盛り付けたプリンの様な形になって、そこから二本の手がにゅっと出てきた。足は無い。丸く大きな目が今にも零れ落ちそうな位に飛び出している。口を大きく開け、にたにた笑っている。


 それは泣いている様な笑っているような、獣の雄たけびの様な、恐ろしい声をあげている。


 ああ、やっぱりあの黒猫はあちらの世界の住人だったのだ。

 黒猫だったそれは、じわりじわりと私に近づいてきている。逃げなければ、きっと食べられてしまう。そう思ったけれど、体が言うことをきかない。声を出そうと思っても、喉に何かが詰まったようになっていて言葉はおろか、何かしら音を出すことも出来ない。目を逸らすことも出来ず、逃げることも出来ない。


 体が冷たい。


 このままでは、食べられてしまう。都合よく出雲さんが来るはずも(来たとしても助けてくれるとは限らないし)弥助さんがたまたま通りかかるということがあるはずも無い。

 けれど私には何の力も無いから、目の前にいる脅威を消し去ることも出来ない。


 目の前のお化けは、私が何も出来ず、恐怖に打ちひしがれている様子を見て、楽しんでいるのか、にたにた笑っている。

 お化けはゆっくりと私に近づいてきた。そして、気づけばもう目の前にいた。

 お化けが舌を出す。あれでくるっと包んでぱくっと食べるつもりなのかしら。不思議なこととか妖怪とかそういうのは大好きだけれど、食べられてしまうのは流石に勘弁して欲しいわ。


 長くて大きな舌が、一気に私に襲い掛かった。酷く冷たい舌が、私の体を捉える。

 私は思わず、目を瞑る。ああ、もっと早く帰れば良かった……でも読書は……ああ、そんなことを考えている場合では、ないのに。


 その時だった。酷く冷たくなった体が、一気に温かくなるのを感じた。そう、あの月まんじゅうを食べた時と同じ様に。お腹を中心に放射状に熱が広がって、あっという間に体中が温かくなった。お腹の中の何かが、熱を一気に放出した……そんな、感じ。普段よりも多分体温は上がっている。体の中もぽかぽかしている。


 すると、ぎゃああという大きな悲鳴が聞こえた。恐る恐る目を開けてみると、お化けが私から離れて、短い手で目を覆いながら、叫んでいた。酷く苦しそうにもがいている。

 そして一方、私の体は淡い黄色の光を発していた。黄色い月の様に、あの月まんじゅうの様な、色。


 お化けは、その場でのたうち回り、しばらくの間叫び続けていた。

 けれど、その体は徐々に消えていき、やがてすっかりその姿を消してしまった。体も動くし声も出る。

 お化けが消えたのと同時に、私の体が発していた光も消えていった。

 私はぽかんとしながら、ただその場に立ち尽くしていた。


 もしかして、あの月まんじゅうの……お陰、なの?

 

――月はね、魔を跳ね返す鏡だと思うのよ――


 私は、月子さんの言葉を思い出した。


 私は次の日、そのことをおじいちゃんと弥助さんに話した。


「さくらが会った黒猫っていうのは、まあ間違いなくあっしらの世界の住人だろうな。そういう奴がいるんだよ。昼間は大した力が使えないから、猫なりなんなりに化けて、狙った獲物に印をつける。夜になると、その印を辿って獲物の所まで行く。その印は、昼間とかその印をつけた本人が近くに居ない時とかは何の力も発揮しない。だが、そいつが近くまでいくと、獲物を動けなくさせちまう。で、後は楽々とその獲物を喰う……ってね」

 成程、それじゃあ角を曲がった時あの黒猫がぶつかって来たのは、私に印をつける為だったのね。

 弥助さんは月子さんについても話し始める。


「月子さんにはあっしも何度か会ったことがあるっすよ。多分、あの人は人間だと思う。ただ……もしかしたら、月子さんは呪師(まじないし)なのかもしれないっすねえ。月子さんに限らず、彼女の家系が呪師の家系なのかも。まじないをかけたものを食べさせることで、自分が居ない所でも、食べさせた人を守る。魔を跳ね返す、或いはもう体内に巣食っている邪悪なものを浄化する。月まんじゅうを食べると具合が良くなるっていうのは、具合が悪い原因が魔とか邪悪なものとかそういったものだから……それを浄化することで……ってことかもしれないっすねえ」


 それならば、月子さんは私がああいう目に合うことに気づいていて、月まんじゅうを食べさせてくれたのだろうか。

 そもそも月子さんが走っていたのは、あの黒猫を追いかけていたからなのかもしれない。そしたら私がいて、しかもあの黒猫とぶつかったと言ったものだから……。

 夜は危ないから気をつけてっていうのも、夜歩いているとあのお化けに襲われて、恐ろしい目に合うからという意味だったのかもしれない。


 けれど、多分月子さんにそのことを聞いても、正直に話してくれない様な気がした。あの笑みを浮かべながら、話をはぐらかしてしまうかも。

 それでも、いいと思う。けれど、今度お店に行った時は月子さんにお礼をいっておこう。月子さんは、美味しい月まんじゅうを有難う御座いましたって意味でとると思うけれど、それでも構わない。


 ああ、それにしても。


「呪師が、この世界に本当に居て……ああ、しかもあんなに近くに……それって、とっても素敵! 私もそういうのが使えたらいいわ」

 弥助さんが、何故かため息をついて、カウンターテーブルに体を突っ伏した。どうしたのかしら。


 まあ、いいか。


 ふふ、また月下堂へ行こう。

 月まんじゅうの様な、暖かくて優しい笑みを浮かべる月子さんに会いに。

 勿論、月まんじゅうも買って食べなくちゃ……ね?


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