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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
ひなのまもり
335/360

第六十五夜:ひなのまもり(1)

 

~桜村奇譚集『桃雛』~

 桜村及び周辺集落には『桃雛(ももびな)』というものを桃の節句に飾る風習がある。これは布で作った桃(中に綿を詰める。昔は小豆やもみ殻等を詰めるのが主流だった)に着物を着せた飾りで、吊るし飾りの様にして飾ることもあれば(一緒に桃や鶴を象ったもの、手毬等もつける)、大きな桃(男雛)と小さな桃(女雛)を並べて飾る場合もあり、飾り方にこだわりはない。また飾るのではなく、一年を健やかに過ごせたことを祝い、次の一年も同じように過ごせることを祈る気持ちを込めて作っては、毎年子やきょうだいに贈ることもある。桃の節句のものではあるが、そうして贈る場合相手の性別は特に問わない。

 かつては使い古した着物等を利用して作っていた為、布の色も青や茶等ばらばらだったが現在は桃には桃色や赤、橙等を用い、下につける葉は緑の布を使うことが主流になっている。また昔は切った布で桃を包んで着物に見立てる位だったが、現在はより凝った作りをしているものも多い。


 この飾りには魔や病から身を守る力があるとされ、家に入り込んできた妖にこの飾りをぶつけたところ、火傷を負って死んでしまった話や、家にいた子を喰らおうとした妖が「人間の子より美味そうな匂いがする」といってこの桃雛を美味しそうに喰らうと、腹がいっぱいになったと言って子を喰らうことなく出て行ったという話等が残っている。



~桜村奇譚集『双子の守り』~

 昔は双子というのは不吉なものとされていたが、桜村などではそうでもなかったようだ。この辺りでは双子は引き離せば両方すぐに死に、片方を殺せばすぐもう片方も死ぬ等と言われていた。単純に病気や事故で死んだ場合も同じらしい。そうして死んだ子は悪しき霊となって親や村に祟るとされていた為、不吉だからとか貧しいからとかいう理由で片方を殺したり里子に出したりすることはなかったそうだ。

 双子はお互いを守る『お守り』となっており、守り守られる関係だと考えられていた。だから片方を失えばもう片方は守りを失い、すぐに死ぬ。双子は共にいることで完全な状態であり、片方がいなければ不完全な状態だという。その不完全な状態で死ぬと不完全で不安定な魂は歪み、悪しき者となり祟るのだと云われている。ちなみに成人すると離れ離れになっても、片方が死んでも大丈夫だそうだ。だが互いが互いを守る力、というのは消えないと云われている。この双子の守りが関わる話も多く残されている。

 このような考えがある為、子供の内は双子は常に一緒に行動させていたそうだ。

                             

 

『ひなのまもり』


「誕生日おめでとう、なっちゃん!」

 放課後図書室により、英彦と話していた奈都貴はその言葉と共に両肩を思いっきり叩かれた。加減というものを知れ阿呆、と悪戯っ子の笑みを浮かべている紗久羅を奈都貴はじろっと睨む。にししし、ごめんごめんと笑う紗久羅に反省の色など欠片も見受けられない。彼女の隣に立っている柚季は苦笑いしていた。


「それはそうとなっちゃん、とうとうなっちゃんも十六歳だねえ。嗚呼一つ年上のお姉さんだった時代ももう終わりかあ、寂しいなあ。といっても来月にはまたお姉さんに戻るわけだけれどね、うん。それにしても惜しいなあ、なっちゃん。後一日遅く産まれていたら桃の節句が誕生日だったのに。そうすりゃあ盛大に弄れたんだけれどなあ!」


「ひな祭りの一日前に産まれて良かったと今心底思っているよ!」

 ひな祭り――桃の節句に産まれていたら、紗久羅のことだから「ねえねえ誕生日のプレゼントってやっぱりひな人形だったの? ねえねえ、ひな人形? ひな人形? ねえねえ」とか何とか言ったり「お祝いに誕生日の歌歌ってやるよ」とか言いながらひな祭りが題材の童謡を歌いだして「あ、ごめん間違えちゃった!」と超わざとらしくぺろっと舌出しながら頭をこつんと叩いたり「女の子の節句に産まれてきたからちょっと女の子っぽいんだねなっちゃんは!」とか言ってきたりするだろう。誕生日プレゼント、と称してひな人形(勿論安価な物)を渡してくることも考えられる。紗久羅に限らず他の人にも弄られそうだし、上手いこと外れてくれて良かったと思う。

 紗久羅は奈都貴の心からの言葉を聞いてけらけら笑ってから、カバンから緑のリボンを結んだ青いラッピング袋を二つ取り出しそれを奈都貴に手渡す。


「改めてハッピーバースデー、なっちゃん。それ、お祝いのカップケーキ。何種類か作ってみました。良かったら食べてよ。もう一袋は陽菜にやって」


「私からはブックカバーを。深沢君には何かとお世話になっているから」

 と柚季は水色のラッピング袋を奈都貴に手渡す。友人数人から今日プレゼントをもらいはしたけれど、二人から貰えるとは思っていなかったので奈都貴は驚いた。柚季が誕生日の時は「おめでとう」とは言ったけれど何も渡してはいないから少し申し訳なく思った位だ。しかし人から祝われること、何かを贈られることというのは嬉しいものだ。奈都貴は素直にお礼を言い、ありがたく頂戴することにした。紗久羅の「お祝いは十倍返しでよろしく!」という言葉は綺麗にスルーする。


「そういやなっちゃんって今も陽菜から桃雛貰っているの? 確か毎年貰っているんだよな」


「ああ……十歳の時からずっと貰っているな。何か今年は張り切って何個か作って吊るし飾りにするとか言っていたっけ」

 奈都貴の双子の妹陽菜は、毎年誕生日にアクアマリンを思わせる色が入った物と一緒に手作りの桃雛を奈都貴に寄こす。裁縫好きの友達に感化されて作ったものを「丁度誕生日だしあげる」と言って渡されたのが始まりだった。奈都貴は桃雛を彼女から貰うのはそれが最初で最後になるだろうと思っていたがそうはならず、彼女は次の年も「また作ってみた」と言って寄こし、また次の年も寄こし……と気づけば恒例となっていた。しかも年々作りが凝ってきている。


「陽菜の作る桃雛かあ……何かすげえ独特な造形していそう」


「ああ、もう桃を象ったものとは到底思えないものを毎年あいつは錬成している。しかも裁縫が得意じゃないから思い通りの形にならないんじゃなくて、最初からそういうものを作ろうと思って作っているところがまたすごいよ、ある意味」

 奈都貴は毎年彼女から貰う桃雛の何ともいえない造形を思い浮かべ、嘆息。だが形はどうあれ「また一年元気に過ごしてね」という家族の思いが込められたものだ。だからお前の中で桃ってどんな形しているんだ、とか何とか言いながらもありがたく貰うのだ。

 彼にプレゼントを渡す用を終えた紗久羅と柚季はそれじゃあ、と手を振って別れを告げた。奈都貴は改めてお礼を言って彼女達を見送ると、自分も学校を後にした。三つ葉市にある店で陽菜へのプレゼントにストラップを買った。アクアマリン――二人にとっては海の色ではなく空の色――を思わせる色の硝子玉がついているものだ。何となくお互い渡しているプレゼントは、いつもこのアクアマリン(空の色)が入った物だった。そうしなければいけない、と決めたわけではない。不文律のようなものだ。


(何か結局ストラップとかになってしまうな……)

 安いアクセサリーでも、と思うこともあるが好みから外れるものを買ってしまうと悪いし、店の人に「彼女へのプレゼントを買いにきたのだ」と思われるのが何だか恥ずかしい。だから結局無難なものになってしまう。まあ双子の妹に渡すものだ、別に変にこだわる必要もないだろう。バスに揺られながら友人達から貰ったプレゼント等を見たり、携帯を開いたりする。携帯には小中学校時代の友達からお祝いのメールが幾つか届いており、それに返信をした。そうして祝われることは照れくさくもあるが、嬉しいと思う気持ちの方が勝る。おめでとう、というたった一言の祝いの言葉でも身と心がじんわりと温かくなる。


 バスから降りると町に沈殿した闇に体が濡れるのを感じ、同時に祝福の言葉がくれた温もりが急速に奪われていく。またまるで水に腰まで浸かってしまったかのような感覚に陥り、一歩進むのもしんどかった。この町はいつも濃度の高い、冷たくどろりとした、体にまとわりつく嫌な闇に覆われていた。今は特別濃いことを向こう側の世界に深く関わっている為に、闇の濃さの違いに敏感になってしまったらしい奈都貴は感じ取っていた。濃い、といっても目に見える色が濃くなるわけではない。目に見えぬ、肌や脳が感じ取るものが濃くなるのだ。

 いやに濃いな、と奈都貴はうんざりとした表情で深いため息をつく。濃度が高ければ高い程ろくでもないことが起きやすくなるからだ。地下に眠る歪な力により濃くなった闇が異界や妖を引き寄せるのか、妖や異界がこちら側へ浮上しようとしているから闇が濃くなるのか、闇が先か怪しいものが先か、さてどちらかは分からないが、兎に角世界に沈殿する闇がいつもより濃い時は一層注意しなくてはいけなかった。


(折角の誕生日位は平和に過ごしたい。絶対来るなよ、変なの絶対来るなよ……)

 闇がいつも以上に濃いことに気づいたところで、奈都貴に出来ることといえば何事も起きませんようにと祈ること位だ。誕生日に妖に絡まれて面倒なことになるのはごめんだ。いや誕生日以外でもごめん被る。柚季は誕生日も例に漏れずなかなか悲惨な目に遭ったようだが、自分はそうはなりたくない。

 水をかきわけるようにしながら出来るだけ早足で進む。質量のある闇は民家も電柱もブロック塀も木々も道路標識も何もかもを歪で妖しい物体に変え、異界の中を突き進んでいるような錯覚を起こさせ、心をざわつかせる。もしかしたら本当に自分はすでに異界、或いは妖の誰かの領域に迷い込んでいるのでは、と不安になりもする。そのせいか、奈都貴は角を曲がった先にいた人物を一瞬妖だと錯覚してしまい、心臓が跳びあがる思いをした。奈都貴にぶつかりそうになり「おっと」という声をあげて立ち止まった人はしかし、正真正銘の人間であった。


「失敬。ああ、奈都貴君じゃあないかこんばんは」

 目の前に立っていたのは梓だった。彼女とは何度か会ったことがあった。ボーイッシュな格好がとても様になっており、程好く肉のついた(胸はむしろ平均以上だ)女らしい体つきでなかったら格好良いお兄さんと見間違えるかもしれない。奈都貴はこんばんは、とぺこりと頭を下げたが内心面倒な人に会ってしまったなと思った。彼女は健康的な体をした、溌剌とした声の明るいお姉さんである一方頭のネジが三本程外れた、妖しく冷たく得体の知れぬ化け物の様な女でもある。時々流れで挨拶だけでなく短い会話をすることがあったが、人を不安にさせたり、冷たくて気持ち悪いものを注ぎ込まれたような気持ちになったりするような、聞いても楽しくないことを妖しい笑みを浮かべながら話すこともあるので、出来ればあまり相手をしたくない人物である。今の様に一層闇が濃い日は尚更だ。奈都貴はさっさと彼女から離れ、一刻も早く家へ帰ろうと歩きだそうとするが、梓に止められてしまった。こちらは話をしたくない気分だったが、向こうはそうでもないらしい。


「奈都貴君、この前君の双子の妹ちゃんとお話をしたよ。何も無い所で盛大にずっこけて、その拍子に荷物盛大にぶちまける場面に遭遇してね。いやあ、本当漫画やアニメを目の前で見ているかのような気持ちになる位派手にやっていたなあ」

 妖や異界の話をしてくるのかと思いきや、全く違った。若干体から力が抜けるのを感じつつ奈都貴は「あのドジ娘……」と顔を手で覆いため息を吐く。彼女のドジッ子珍プレーを見たり聞いたりする度呆れ、そして恥ずかしくなってくる。やらかしたのは陽菜なのに、何だか自分がやらかしたような気持ちになってしまうのが不思議だった。梓の目の前で盛大にずっこけ、荷物をばらまく自分の姿がありありと浮かんでしまう。逆に陽菜が褒められると、自分が褒められたような気持ちになる。全く不思議なものだと思う。


「しっかり者のお兄ちゃんとほわわんな妹ちゃんか。可愛らしい女の子だよね、妹ちゃん。私とは大違いだよ、本当。妹ちゃんは陽菜ちゃんって言うんだね。奈都貴と陽菜。双子って結構同じ字を入れたり、一文字違いだったり、似た響きの名前をつけたりすることが多いけれど君達の場合は全く違う名前なんだね」


「男の子が産まれたらつけたかった名前と、女の子が産まれたらつけたかった名前をそのままつけたみたいです。お腹に居るのがどうやら双子らしいことを知ってからも、双子だからといって似た名前をつける必要はないって考えでそのまま」


「成程ねえ。別に双子とかに限ったことじゃないけれど――同じ字を入れたり、似た名前にしたりすることで血の繋がりをより強固にするのもいいけれど、それぞれ別個の存在だっていうのをより強調する為に全く共通点の無い名前をつけるのもいいね。双子とかっていっしょくたにされがちだからねえ。でも、一緒じゃない。同じ日に産まれたけれど、普通のきょうだいとはまた違う繋がりを感じるけれど、でもそれぞれ独立した存在。他の人と変わらず一人で一人」

 奈都貴は奈都貴、陽菜は陽菜。双子だけれど、一緒じゃない。時々『双子』というカテゴリでひとまとめにされるのを嫌に思うこともある。二人一組、当たり前のようにひとくくりにされることは昔からよくあった。双子なのに性格が違う、双子なのに嗜好が違う、双子なのにあまり似ていない(二卵性なのだから何もおかしくはないのだが)――双子なのに様々な点が違う……まるで違うことが不思議でおかしいみたいに言う人も少なくなかった。それぞれ別個の存在なのだから、色々違って当たり前なのだが。双子双子うるさい、双子だからなんだというのだ、ただ誕生日が一緒なだけだ『きょうだい』と何が違うんだ、双子だったら一緒じゃなければいけないのか……そんなことを思うこともあった。だが不思議なことにきょうだいと何も違わない、別に特別でもなんでもないと考える一方で全く真逆のことを思うこともあった。特別じゃないと思いながら、普通のきょうだいと違う『特別』を感じることもある。二人で一組、二人で一人……そう思うことが時々あった。矛盾する考えが同居している、奇妙な感覚。それを見透かしているかのように梓は微笑む。


「私達が知らない何かが、君達にはあるのかもしれないね。ところで双子といえば……双子の守りの話、知ってる?」

 桜村奇譚集に載っている話に話題が移行した。途端生まれた嫌な空気に濡れる肌が不快感を訴え、心のざわつきに微かに顔を歪めながら奈都貴は頷く。以前双子が関わる不思議な話の数々と共に英彦から聞いたことがあったのだ。


「不吉だと、忌まれるものとはされていなかったみたいだけれど、でもある意味恐ろしい存在ではあっただろうね。下手に引き離したり、片方が死んだりするともれなく二人揃って悪霊になって祟るのだもの。扱いが難しいという点では厄介な存在だったのかもねえ。病気や事故で死んでも二人揃って祟ってくるのだから、まあ相当親や周りの人は大変だったろうよ。もっとも本当に片方死んだらもう片方も死んでいたのか、離れ離れになったら死んでいたのか分からないけれどね。死後祟る、という話も本当なのかどうか。単純に子を死なせた罪悪感から生まれた話かもしれない。たまたま双子が死んだ直後に良くないことが起きた為に、双子が死後祟るという話が出来ただけかもしれない」

 誕生日に、しかもこの空気の中で死とか祟るとかそういう不穏な話は聞きたくなかった。しかも彼女ときたらとても楽しそうに語るのだ。その声に、表情に滲み出る狂気は奈都貴の背筋を凍らせる。臼井さくらも彼女と似た人間ではあるが、こういった話を実際双子の兄妹である奈都貴の前で楽しそうに語ることは恐らくないだろうと思う。


「双子には互いを守る力があったという。それは相手を生かしかつ自分を生かす為に大切なもので、相手の守りを失えば自分も間もなく死ぬ。互いが互いを守るその力が生んだ不思議な話も桜村奇譚集に幾つか書かれている。それらの話が本当なら、かなり強い力だ。でもそれ程強い守りの力なら、親が双子の片割れを殺そうとしても阻止出来るんじゃないかなあ。病気で死にそうな時も、事故に遭いそうな時もだ。実際の所は本当にお守り――気休め程度の力しかなかったのかもね。私が双子だったら、死なない程度に試してみるのだけれどねえ……双子が持つ特別な力があるかどうかというのを。本当に存在するなら、どれ程の距離までは有効で、どこから無効になってしまうのかも気になるよね。もしかしたら年齢に比例して効果の範囲は広くなるのかもしれない。赤子の時は里子に出す位で駄目になるけれど、大きくなれば問題ないとかさ。実際成人すると離れても問題ないらしいし。それとも範囲が広くなるのではなく、相手の守りの力のあるなしに左右されなくなるだけなのかな」

 彼女は楽しそうにぺらぺら喋っている。奈都貴に語りかけているのではなく、やたら長い独り言に聞こえる。だからといって一人の世界に入っているわけではなく、奈都貴のことをきちんと見ている。その目はまるで「君達で実験してみたい」と言っているようで気持ち悪く、冷や汗が頬を伝う。獲物を捕らえ、喰らおうとしている獣の如き目と、笑み。


「双子には私達の知らない『特別』があるのかな。普通の人が持たない繋がりが存在しているのかな。すっごく気になるなあ。ふふ。おっと、ちょっと長いお喋りになっちゃったねえ、すまないすまない。今は闇が特別濃いから、帰り道には気をつけてね。後……」

 と急に話を終えた梓は奈都貴の頭へ手を伸ばした。ぷちっという音と共にちくりという痛みが襲う。どうやら髪の毛を一本引っこ抜かれたらしい。彼女は明るく眩しい、先程までとはまるで違う笑みを浮かべた。


「白髪が気になってね。それじゃあね奈都貴君」

 そう言うと梓はくるりとこちらに背を向け、この場から去ろうとしている。そのことにほっと胸を撫で下ろし、自分もさっさと帰ろうとしたところで「あ、そうだ」と梓が振り返った。顔に張りついているのは、狂気を孕んだ笑み。


「双子に祟られないようにする方法、一つあるんだよ。桜村奇譚集には載っていないが、様々な土地の風習やら何やらをまとめた書物には載っている」


「……どういう方法、ですか」

 正直聞きたくはなかった。だが結局聞いても聞かなくても彼女は話すだろう。薄闇に浮かぶ梓はとても簡単なことさ、と笑いながら言った。その笑みは『普通の人間』にはどうやっても真似出来ないだろうものだった。


「同時に殺してしまえばいいんだ。そうして『一緒』に殺してしまえば、一つのまま死ねば魂は歪むことなく黄泉へといく。片方が病気にかかって死にそうになった時は、その子と片割れを一緒に殺してしまうのだって。例え一人は健康でも、容赦なく。祟られる位ならそちらの方がましってね。そういう部分はきっと時代の移り変わりと共に語られなくなっていったのだろうね。それとも桜村奇譚集の作者は知っていたのだろうか。知っていて、敢えて書かなかったのか……どちらだろうねえ。ふふ良かったねえ奈都貴君、そういうのが『迷信』とされている今の時代に産まれて。もしそういうことがまだ信じられていた頃の桜村に産まれていたら、容赦なくすぐ二人一緒に殺されていたかもしれない。例え産まれた時は殺されずとも、片方が病気にかかって死にかけた時二人仲良くあの世へ送られたかもしれない。良かったねえ、本当に。それと陽菜ちゃんから前聞いたけれど、君達今日が誕生日なんだってね。おめでとう二人共。それじゃあばいばい」

 梓はそれだけ言って満足したのか、今度こそ歩きだしそのまま闇へ溶けて消えて行った。奈都貴はしばらくの間そこから動くことが出来なかった。何となく予想していた答えではあったが、実際に口に出して言われるとぞっとして、気持ち悪くなって、体の中がぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたような気分になる。彼女の明るいながら狂気でいっぱいの声、喋り方には人をより恐怖させ不快にさせる力があった。

 忘れよう、彼女の話したことは。しかし町に沈む闇が、魔力を持つ彼女の声が忘れることを許してくれない。彼女は人間の皮を被った妖怪なんじゃないか、という紗久羅の言葉に奈都貴も同感だった。もしかしたら元人間現妖怪なのかもしれない。異界や妖のことをもっと知りたいと深みへ嵌る内人から離れていった化け物。さくらも下手すれば、今の梓のような人になってしまうかもしれない。

 しかしこの頃の奈都貴はまだ知らない。彼女が自分の想像している以上に恐ろしく、狂った人間であることを。


 家までの距離がやけに長く感じられる。早く帰って、ほっと一息つきたい。そう思えば思う程家は遠ざかっていっているような気がしてならない。

 そんな奈都貴の後ろを、一定の距離を保って歩いている女がいた。先程別れたはずの梓だ。彼女は笑みをその顔に張りつけながら、手に持っている奈都貴の髪を小指位の大きさの陶器製の瓶に入れた。


「ああつい喋りすぎちゃった。ちょっと変わった明るくてボーイッシュなお姉さんで通すつもりだったんだけれどなあ、どうしても素が出ちゃう。参ったなあ。さて、闇が大分濃くなってきた。ふふ……闇が先か、妖しい者達が先か。どちらが先なのかはよく分からないけれど今回に限っては後者。……私が放った者が息を潜めて待っている。久方ぶりの獲物を待っている。なんだか試してみたくなっちゃったなあ、奈都貴君に会ったら。陽菜ちゃんは妖に喰われようとする奈都貴君を助けてあげられるかな。双子が持つ力で。それともそんな力はなくて、あったとしても距離が離れすぎていてどうにもならないかな。何も無ければ死ぬだけ、何かがあれば生き残るかもしれない」

 何も知らず、一刻も早く帰ろうと早足になっている奈都貴を見て「少しだけ申し訳なく思うよ」と言いながらも彼女は瓶をその手から離した。瓶は地面に叩きつけられても割れることなく、そこから伸びてきた黒い手の中へ吸い込まれていった。ずるずるという気味の悪い音をたてながらその手は消えていく。行使する妖に目当ての人物を襲わせる呪いが、発動しようとしている。もっとも今から奈都貴へ差し向ける妖は自分の配下にいるわけではない。梓が『彼女』を使役出来るのは一度限り。


「封印を解き、解放したお礼を早速してもらおう。その髪の主を復活後最初の獲物になさい。彼に誕生日の祝福を。……そして私を貴方の『屋敷』に連れて行って。私は見たいの、貴方が獲物を屠る様を」

 その言葉を、髪入りの瓶を受け取った『彼女』は聞き届けたらしい。にんまりと笑った梓の体が闇に包まれ、そしてこの世界から姿を消す。


 梓が自分の髪を何者かに渡したことも、闇に包まれ消えていったことも知らぬまま自宅を目指して歩いていた奈都貴の視界に自宅が映る。家というのは何よりも安心する場所で、それを見た瞬間奈都貴は安堵した。

 だが奈都貴がその家のドアを開け、ただいまと言うことはなかった。

 彼は自宅が視界に入った瞬間、右足を何者かにがっと強い力で掴まれた。何が何だか分からぬ状態の奈都貴は足元を見る。闇に染まる道路から、腰から上を『生やした』何かがいる。その何かは奈都貴の足を掴んだまま徐々に『沈んで』いく。そして何かに引っ張られるようにして奈都貴も沈んでいった。沈んだら不味い、そのことを直感した奈都貴は抵抗するが何かの力は非常に強く振りほどくことが出来なかった。奈都貴の体はみるみる内に地面へ吸い込まれていき、あっという間に見えなくなってしまった。

 訳が分からぬまま地上の世界とさよならした瞬間、奈都貴は己の意識を手離した。 

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