表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜町幻想奇譚  作者: 里芽
故郷は幻の二月の淵に
308/360

故郷は幻の二月の淵に(7)

 

 二日目は草十郎が出した店の手伝いが主だった。颯馬が勝手に山賊汁と呼んでいる茸や野菜や木の実、肉がたっぷり入った汁で、熱々だが真夏でもよく売れる。その他にも幾つかのメニューを用意していた。看板やメニュー表は書道を習っている陽太が書いた。颯馬と理子はどんぐりの背比べ、両者仲良くこういったことをとてもじゃないが任せられない位の実力だったのだ。草十郎も褒めてくれた字の書かれた看板やメニュー表が、祭りの賑やかな空気に照らされ眩く輝く。

 陽太と颯馬は交代で草十郎を手伝い、忙しない時間を送った。理子は詩の暗誦披露を夜に控えている為手伝いには参加出来なかったが、顔をちらっと出して汁を一杯買って再び練習へと向かった。火を扱うものだから尋常ではない位熱く、汗が後から後から流れ、止まらない。沙羅と双樹も別の友人と共に店を訪れ、汁を買って行ったしその他大勢の知り合いと会い、言葉を交わし、汁等を売った。

 夜は再び自由となり、沙羅達と共に劇場へ行き理子達若星子の詩の暗誦や歌等の発表会を見た。どうやら難しい詩等を覚えたり、歌ったり演奏をしたりというのはかつての神官見習いや巫女が修行の一環として行っていたことらしい。理子はかなり緊張している様子だったが、噛んだり飛ばしたり(といってもこれは推測でしかないのだが)することなく、最後までやってのけた。店を離れることが出来ず、彼女の勇姿を見ることが出来なかった草十郎の分まで拍手する。


 三日目は理子もようやっと自由になり、朝は友人と、夜は陽太達と共に行動した。皆際限なく飲み食い踊り騒いでいるというのにまだまだ元気で、祭りの輝きは衰えを知らない。


「舞っている時のことなんて、ちっとも覚えていないわ。教わった通りに出来ていたか、ちゃんと音楽に合わせて舞えていたか、一つも思い出せないの。緊張で、とかじゃないわ。何かこう、ええと……トランス状態? そんな感じになっていたと思うのよね。昔の神官見習い達も舞っている内に同じ状態になって、星神達を降ろしていたのね。……練習の時はそんなことなかったのに。祭りの空気とか、あの声とかがあたし達をあんな状態にさせていたのかしら。まあ先生曰く、きちんと出来ていたそうだけれど……はあ、動きが体に染みついていなかったら、きっと滅茶苦茶になっていたに違いないわ。吐きそうになる位何度も、何度も繰り返したから……」


「僕達もはっきりと覚えていないんだよね……あ、でも理子さんとても綺麗だったよ。颯馬も見惚れていた」


「見惚れてねえし!」


「あら、ようやくおこちゃまのあんたにもこのあたしの魅力が理解出来たのねえ!」


「化粧と衣装の力ってすげえなって感心しただけだし!」


「あらあら、照れちゃって。可愛いの! もうおこちゃま意地っ張り颯馬君素直になりなさいよ、おほほほ!」

 とからかう理子を睨んでから颯馬はそっぽを向き、小さな声で「……まあ、綺麗だったよ」とぼそり。まさか本当に素直になるとは思っていなかった理子は不意打ちを食らうこととなり、今度は彼女が顔を真っ赤にする。そして何よいきなり気持ち悪い、何だよ素直になれって言ったのはそっちだろうがばーかばーか、と痴話喧嘩。全く仲がよろしいことで、と陽太は苦笑い。

 たこの唐揚げ、フルーツグラノーラをたっぷりかけたアイス、ホットドッグ等を食べながら向かった先は星の森。準備の時はまともに見られなかった他の人の星寄せを見て回る。こちらにも大勢の人がおり、酒や食べ物片手にこれいいね、あれいいねと言いながら楽しそうに見ていた。陽太達の星寄せの前にも人がおり、颯馬が作った飾りの出来の良さを褒めていた。颯馬はたまらずそれは自分が作ったんだと名乗り、相手を驚かせた。喋っている時に作った本人が現れたこと、どう見ても手芸や工芸など得意そうではない人物であったことに驚いたのだろう。どの星寄せも個性があって素晴らしく、面白かったが矢張り自分達の作ったものが一番に見える。


「あ、そうだ写真撮らないと……手紙と一緒に送るって約束したんだ」

 

「魔女の彼女さんに送るんだな!」


「だから彼女じゃないってば!」


「ああ、想いを寄せているお姉さんの間違いだったかな? すまんすまん」


「そ、そんなんじゃないってば!」

 他の人と喋りつつ、陽太をからかうことも忘れない。


「い、一番見てもらいたいなって思っていることは、その、確かだけれど、その、す、好きとか、そういうのじゃないよ、あの……いや、好きだけれど、でも、颯馬の言っている好きとは違うよ」


「ふふん、陽太はまだまだおこちゃまだからなあ。お前自身は分かっていなくても、俺や理子には分かるんだなあ。まあ、いずれ分かるよ。いつか何か帳? だっけ? そういうのがどーんと取っ払われて、ある日自分の気持ちにででーんと気づいて、世界がどかどかどーんと変わるさ、きっと!」


「颯馬って本当そういう変な擬音語使うの好きだよね……」

 呆れつつ、レトロチックなカメラに目をやる。自分達が作った星寄せを見て奏は何と言ってくれるだろうか、褒めてくれるだろうか、颯馬の作った飾りではなく自分の作った飾りを褒めてくれれば良いな、そうだ自分の作った飾りも手紙に同封しよう、彼女に実物をちゃんと見せてあげたい、色々な思いが溢れ、そして最後に彼女の優しい笑みと声が浮かぶ。

 また会いたい。直接会って話がしたい。手紙のやり取りだけじゃ寂しい。そんなことを思うが、矢張り今の陽太には彼女への想いが颯馬達の思っているものなのか、違うものなのか分からなかった。今までそういうものとは無縁だったから。


 星の森の中、夏の星空を眺めもした。この世界の星空と向こうの世界の星空はどうやらほぼ同じもので、星座という概念もある。基本的に星神はそれぞれ一つの星に宿っているとされているが、その中でも特に大きな力を持つ星神は複数の星を持つらしい。その星同士を繋げ、そこに宿る星神の姿にしたのが星座。この星座の形は向こうの世界のものとは違う。世界変われば、星の繋げ方も変わるのだ。

 星座盤――早い話が星座早見盤――を見、あれが何座であれが何座と語り合いながら星を見るのは楽しかった。


 真夜中行われたパレードは、幻想世界の住人を思わせる容姿をした北人によるものだった。それぞれ自分に合った衣装を身に纏い、向こうの世界では『空想上の生き物』に分類されているような者そのものになった彼等が通ると、現実と隣り合わせにある不思議の世界に迷い込んだような心地がした。彼等のパレードはかえって帰郷者の方が楽しめたかもしれない。パレードを見た後はまた踊り狂いに参加したり、きんきんに冷やした果物を頭痛と格闘しつつ食べたり。


 そしてとうとう満星祭り最終日。

 陽太は颯馬と理子、沙羅と双樹、その他の友人と一緒に幻想的な物語に沿ったパフォーマンスが魅力のサーカスを見、食べ歩きながらあちこちのイベント会場へ行っては色々な催しを見て回る。そして今は颯馬と二人、稀代の人形職人の作品を用いた人形劇が行われる建物にいた。颯馬の星寄せ飾りを褒めた人が一座の一人で、もしよければと招待されたのだ。


「嗚呼……俺の腹の中できつねうどんとあんず飴と磯辺焼きとローストビーフと肉巻き茹で卵とイカスミ焼きそばがパレードやってらあ」

 と言いつつ味噌のついた焼き葱を齧っている。この四日間でどれだけの量を胃に納めたのかてんで見当もつかない。大食い選手権で優勝するような人でさえ食べられないような量を、ぺろりと平らげたような気がする。恐らく飲んだ量も、運動量も、有り得ないものになっているだろう。

 祭りが終わった途端腹痛と筋肉痛と眠気と疲労が一気に来るのだろうか、とか、祭りの片づけ大変だろうな、とかそんなことを思ったら少し気分が重くなった。そんな風に四日間の夢から少しずつ覚めようとしている自分の頭を叩き、言い聞かせる。まだ夢から覚めなくて良い。何の境も無い世界で過ごすという夢から。


「あれえ、君達。また会ったねえ!」

 限界まで夢を見ていよう、と夏野菜とチーズのパンをかじった陽太の耳に聞き覚えのある、間延びした声が届いた。その声の主は陽太の右隣の席に座っていた。ぱっと見ればそこには予想通りの人物がおり、にっこり笑って二人に手を振る。


「あ、お姉さん……確か、ええと……のどかさんだっけ」


「覚えていてくれたんだねえ、そうなの! ええと……そういえばこの前会った時、君達の名前聞いていなかったねえ」

 以前芋洗い亭で出会った女性、のどかに尋ねられ二人は簡単な自己紹介をした。


「陽太君に颯馬君ね、よろしく! いやあそれにしてもすごいねえ、幻淵の満星祭りは! やっぱり規模が全然違うよう。あたしの住んでいた所なんてさ、いつもよりちょっとだけ豪勢な位の食べ物を村長の家とか、自分の家や友達の家で食べて、適当に踊って、おしまい! って程度のものだったのに。こんなに沢山の屋台が並んで、あちこちで数えきれない位のイベントが行われて、ものすごく賑やかで……向こうの満星祭りもまあそれなりには楽しかったけれどさあ、こっちのに比べちゃうともう、ねえ。幻淵は良い所だね、色々なお店もあるし、人が沢山いていつも賑やかだし、何より新鮮で美味しいお魚が沢山食べられる! 今日はね、蟹とか海老とか貝とか魚とかを甘辛のタレに漬けたやつとか、お寿司とか、いっぱい食べちゃった。生のお魚なんてさあ、故郷に住んでいた時は殆ど食べられなくてねえ……たまに食べたけれど、やっぱり鮮度が全然違ってねえ……川の魚はしょっちゅう食べていたけれどねえ。よくヘビウオを捕まえて焼いて食べていたっけ。あれはとっても美味しい。故郷の近くを流れる川でよく獲れるんだあ」


「げげ、ヘビウオ! ヘビウオってあのまさに蛇な見た目のあれだろう? この前食ったぜ。すげえ見た目で好奇心旺盛な俺も流石にちょっと食うのには勇気が必要だったぜ。まあ美味かったけれどさ」


「あはは! あれ、生きている内はもっと蛇っぽいんだよ」


「まじかよ!?」


「あ、あれより更に蛇っぽいの……?」

 ヘビウオを食べたのは結局颯馬だけで、陽太と理子は最後まで口に入れる勇気が湧かなかった。その癖妙な懐かしさを覚えた。懐かしく、でも食べがたく。陽太の前世もヘビウオは苦手だったのかもしれない。

 のどかは満星祭り一日目の夜から朝にかけてだけ故郷で過ごし、後は幻淵で過ごしたという。最後の満星祭りなのだから、ずっと故郷で過ごせば良かったのではないかと陽太は正直思った。彼女は後々選択を誤ったと悔やむことになるのではないか、とも。しかしそんなことを言ったところでもう今更どうにもならないし、折角お祭りを満喫しているのにわざわざそんなことを言って水を差すこともないから、黙っておく。


 彼女と話していたらあっという間に時間が来て、劇が始まった。最初は満星祭りの始まりと、現在の形へ至るまでの経緯を描いた物語。神官見習い達の舞、人間と星神の交流、星神と直接接することが出来る故にあの手この手を使って神に取り入り、大いなる力や幸を手に入れようとする醜い神官、星神のもたらす恩恵の大きさが原因で起きた争い、人々の堕落……。神の力の強大さと、人の弱く邪な心が祭りの形を変えることになったのだ。星神はホシアオギに降りて人々を見守るだけに留まり、最後に与える幸も大きなものではなく、星寄せに込められた願いを叶える為の手伝いをほんの少しだけする程度になった。

 本物の人間ではありえない、現実離れした美しさを持つ人形であるのに、不思議と生きている本物の人間に見える。本物に見えながら、本物が持ちえない美しさ、幻想を孕む麗しの人形。その姿が、歌うように紡がれる言葉が、夢のような楽の音が、人々を幻想物語の世界へとごく自然に誘っていく。


 後半演じられたのは、ある場所で語られる伝説だった。幸せな日々を送っていた恋人同士。ところがその日々は一人の娘によって壊される。その娘は男を愛していたが、選ばれず、男に愛憎入り混じる感情を抱くようになり、女を激しく妬んでいたのだ。娘は男に怪しき術を掛け、彼が外つ国へ旅立つように仕向けた。

 男は女に、共に外つ国へ旅立とうと言い、手を差し出す。外つ国へ行けば離れ離れになる。それでも最後の最後まで君と一緒にいたいと。しかし女はその手をとらなかった。女はこの国を離れたくはなかったのだ。結局女は男ではなく、国を選んだ。娘は女がそちらを選ぶことを確証していたのだ。

 二人は永遠の別れを迎える。だが、愛は終わらない。娘は二人を離ればなれにすることには成功したが、その深い愛を裂くことは出来ず、悔しい悔しいと言って死んだという。娘はそれから男女の仲を裂こうとする醜い魔物に生まれ変わったという。


「私は待つわ。待つわ、ずっと、ずっと。貴方がいつか外つ国から帰ってくるのを、ずっとずっと。会いに来てね、貴方。必ず。私はそれを永遠に待ち続けます……私が愛するのは貴方だけ。永遠に、貴方だけ」


「愛している、愛している、それでも私は旅立つことを止められない。外つ国に向いたこの思いを、もう誰にも留められない。それでも、それでも愛している。僕は君だけを愛し続ける。生まれ変わっても、僕はこの想いを抱き続けよう。そして、いつか必ずここへ来よう。君に会いに来る為に」

 男は旅立ち、女は待ち続けた。待って、待って、待ち続けて、女はやがて石像になった。そうなってもなお女は待ち続ける。そんな、どこにでもありそうな物語。

 しかし陽太はその劇をまともに見てはいなかった。彼の意識は逆戻りした懐中時計の中にあった。


(そうだ……僕は……楽しかったのに、この国を愛していたのに……彼女もいたのに……幸せだったのに……あの時は不思議とその日々を捨てても外つ国へ行きたいと……彼女ならきっと手を握り返してくれると思っていた……でも彼女は拒んだ……一緒に行きたかったのに、最期の最期まで彼女と……手を、手を、差し伸べたのに、行こうって言ったのに……恨んではいけない……嗚呼、彼女は待っているかな、僕が……)

 かち、こち、かち、こち。


――願うなら……また……会いたい……待つ……ここ……の――

 若い女の声が聞こえる。それは人形劇の演者が出しているものではない。陽太の魂が記憶している声だ。その言葉を聞き『自分』は頷く。そして彼女と別れ、外つ国へ。

 かち、こち、かち、こち、ぐすん。


 陽太の意識を元の世界へ引き戻したのは、鼻を盛大にすする音と泣きじゃくる声だった。見れば隣に座っているのどかが劇を見て大泣きしていた。美しく、そして悲しい物語に涙している人間は他にもいたが、彼女ほど泣いている者は誰もいなかった。


「の、のどかさん?」


「ご、ごめんなさ……昔のことを思い出したら、涙が。あたしもね、あたしもあの女の人と同じようにね、差し出された手をとることを拒んだの。十五年前……あたしの大切な友達が、外つ国へ行くことを決めたの。あの子はあたしに一緒に行こうよって言ってくれた。でもあたしはこの国とお別れなんて嫌で、あたしはここへ残るって……あたしも、この国を選んだ。でも、でも後悔したの。後になって、自分が選ぶべきだったのはこの国ではなく、あの子だったってことに気づいてしまったの。あたしはいつも遅い。何かに気づくのも、行動も、皆、皆。いつもあたしは選ぶ道を間違える……」

 のどかは自分にとって友達がどれだけ大切な存在だったか、友達が旅立って大分経ってから気づいたという。そして、あの時手を取って一緒に行けば良かったという思いに捉われた。後悔の念は強まるばかりで、友達の後を追って外つ国へ行かない限り消えない確信を持った――だから、旅立つ。誰よりも、何よりも大切な人を追って。

 陽太はそんな彼女を見て、何だかとても申し訳ない気持ちになった。国とたった一人の人、どちらを選ぶかという究極の選択を自分も誰かにさせたことがあるような気がしたから。そんな選択を迫られ、一つを選び、一つを捨てたのどか。だが捨てたものも大切なもので。いや、むしろ捨てたものの方が大事だったということに彼女は気づいてしまった。彼女は捨てたことを後悔した。そして十五年間ずっとずっと苦しみ続けた。もしかしたら国ではなく友達の方を選んだとしても同じような思いを抱き、苦しみながら旅立っていたかもしれない。

 自分はかつて誰かに、のどかと同じ苦しみを味わわせたかもしれない。

 だからごめんね、と心の中で呟いた。のどかに、いつか自分が苦しめた誰かに。


 どうにか泣き止んだのどかと別れ、陽太と颯馬はラストスパートとばかりによく食べよく飲みよく遊んだ。そして、星神を帰し、世界を元通りにする準備が整ったことを告げる鐘の音が響く。この後あの劇場に入った清女が歌う。そして歌い終わると鐘の音が再び鳴るので、人々は目を瞑る。

 その寸前、沙羅と双樹に会った。あんた達と過ごした時間は楽しいものだったよと握手する。


「来年も宜しくな、陽太、颯馬」


「やっとまともに名前を呼んだな。まあよろ……って来年も沙羅達に降りるつもりか?」

 二人は悪戯っ子みたいに笑って、手を振った。今頃二人は天へ昇り、己の星へ帰っているだろう。空気が再び変わっていく、何もかも元に戻っていく。無数の光の筋が天へ向かって伸びていくイメージが頭に自然と浮かぶ。自分達の星寄せにも誰かが降りていて、帰っていったのだろうか。きっと誰かが降りてくれた、自分達の作った星寄せを気に入って。そう信じている。陽太は星寄せに降りただろう星神に、お礼を言う。選んでくださってありがとうございます、と。

 あっという間に駆けていった四日間。次の鐘の音と共に、祭りは終わった。それが終わると人々は片付けたり、家に帰ったりする前に肌身離さず持ち歩いていた星座盤をいそいそと取り出す。周りに硝子玉等で美しい装飾の施されたそれを取り出したのは、星を見る為ではない。


「わ、本当に変わっている!」

 陽太が驚きの声をあげるのも無理はない。つい先程まで多くの星座が描かれてた部分に、見惚れる程美しい、神秘的な雰囲気を醸し出す絵が浮かんでいたからだ。その絵に手を触れると、波紋のようなものが見える。まるで絵の沈む泉の水面に触れたような気持ちになった。こんな不思議なものを見ながら「星神なんて想像上の存在」と言い切る沙羅はすごいなあ、と正直思ってしまう位不思議だ。種も仕掛けもきっとない、魔法のような星神の贈り物。

 星座盤に映し出されるのは、持ち主の未来を示すものだ。星神による占いで、満星祭りが終わったのと同時に絵が現れる。人々はそこに映し出されているものが意味することを調べ、星神の言葉を知る。二人は時間をかけて草薙庵へ戻り、早速本を開けて己の運命を占う。


「俺のは砂時計だ。ええと右に傾いている場合は停滞している出来事に進展が起こる、で左に傾いている場合は……己の過去を見つめ直し、過去に触れると良い、か。過去には前世も含まれる……帰郷者の盤によく出るもので、これが出たら故郷へ足を運んでみるといいかもしれないだって。俺、まだ前世のこととかいいんだけれど」

 と口では言っているが、相当心は揺れている様子だ。浦和邸での出来事が彼の心を竜頭へと引き寄せている。一方陽太のには星座盤を縦に二分するような川と、人の手が両脇に描かれていた。

 それが意味するのは『永遠の別れ』であった。遠くない未来、陽太は誰かと永遠のお別れをすることになる――星神はそう告げている。


「まさか、颯馬が竜頭に行った先で帰らぬ人に……?」


「不吉なことを言うな! ていうかそれだったら過去に触れるようなことをしろなんて占い結果出ないっての!」


「じゃあ占いを無視して竜頭に行かなかった為に帰らぬ人に?」


「陽太君はどうしても俺を殺したいみたいだね、ん?」

 冗談だよ、冗談と言う陽太の頭を、颯馬は笑いながらこのこの恐ろしいことを言うガキンチョ様だぜとぐりぐりしたり、ほっぺをつねったり。陽太も痛いよやめてよと言って笑う。彼とはこんな風にふざけてじゃれあうことだってある。こんな風に一緒にふざけられるような友達なんて、陽太にはいなかった。元気でおふざけが大好きな人とは、今まで進んで接しようとはしなかったからだ。

 そんな風にふざけながらも、陽太は星座盤が示した未来のことが気になって仕方なく、一体誰とどんな風に別れることになるのだろうかと考える。占いはさほど重要ではないことも示すという。もしかしたら二度会い、知り合いになったもののそこまで親しくないのどかとの別れを示しているのかもしれない。彼女が外つ国へ旅立ったら、まず会うことはなくなるだろう。そういう別れなら良い、そう思う。誰かの死による別れとか、うんと大切な人との永遠の別れだったら、嫌だ。今はただそれだけを願う。


 こうして満星祭りは終わった。しかしお祭りが終わったからといって、全てがすぐ元通りになったわけではない。祭りの片づけも大変だったし、予想通り眠気や疲労、筋肉痛がドカンと襲ってきたし、腹や喉等体のありとあらゆる場所の調子はしばらく悪かったし、皆死人のようになっていたけれど、それでもあんなに騒がなければ良かったとか、食べなければ良かったと後悔することはなかった。きっと後のことを恐れて大人しくしていたら、激しく後悔していたに違いない。

 そしてゆっくりと世界は元に戻っていき、やがて『日常』の時間が流れるようになった。

 しかし一方で祭りの前の状態に戻らなかったものもある。


 陽太と颯馬の世界は少しずつ変わり始める。少しずつ、少しずつ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ