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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
故郷は幻の二月の淵に
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故郷は幻の二月の淵に(5)

 

 二人は草薙庵近辺をふらふらと歩いていた。祭りが始まるまではまだ時間があるから、それまで近くを歩いていようと颯馬が言ったのだ。外が大変興味深いことになっているのに、家の中でじっとしているなど耐えられなかったのだ。昨日は星寄せの飾りつけや祭り会場設営の手伝いなどで忙しく、辺りを見回す余裕など少しもなかったのだ。草十郎は今日も準備に追われていて、家にはいない。


 満星祭り当日を迎えた幻淵は、どこもかしこも星寄せだらけだった。星の森だけではない、道の広さに余裕がある通りにも、家の中にも、庭にも、店にも、様々な飾りに彩られた木々がある。大きなものもあれば、テーブルや箪笥の上に置ける位小さなものもある。一般的には星寄せはホシアオギというモミの木に似た形状の木でやるものだが、厳密な決まりはなく笹等別のものを飾りつけて星寄せにしている家庭も珍しくない。

 また、星寄せ飾りが空も見えぬ位びっしりと吊り下げられている通りもある。草薙庵近くにある梔子(くちなし)横丁もその一つで、橙基調の飾りが頭上を覆い尽くしており、颯馬は干し柿みたいだと称した。横丁の名が梔子横丁なのだから、恐らく飾りも梔子をイメージして作ったものなのだろうが、一度干し柿などと言われるともうそれにしか見えなくなってしまった。陽太は干し柿が軒下にずらっと吊るされているさまを思い浮かべ、あれを下から眺めたらきっとこんなだろうな、と思う。別の通りは藤棚の下を通っているような気持ちにさせたし、また別の通りは人々をジャングルにでも迷い込んだような気持ちにさせた。色々見ている内二人は幻淵中を歩き回り、どこがどんな風に飾りつけられているのか一つ残らず調べたい気持ちになったが、流石にそれは無理な話だった。


「やっぱり星寄せって個性が出るね。手作りにしても、既製品にしても……ほら、ここと隣の家ってどっちも鯛が飾ってあるけれど、全然違うや。あ、この招き猫可愛い」


「それぞれの家のカレーの味が違うのと同じだな、うん。まあ、皆違うからこそ楽しんで見られる。どれもこれも同じじゃ、くそつまんないもん。あ、ここの家の飾りめっちゃクオリティ高いな……見た感じ手作りっぽいけれど、ここの家の人が作ったのか? だとしたらすげえな……心の師匠にしたい位だ。この正月に飾りそうな熊手も小さいのにものすごく凝った作りだ……どこも手を抜いていない。……こっちもなかなか……そっか、これにはこの硝子を使うのも良いのか、もうちょっと時間かけて探せば良かったな」

 陽太は単純にこれ可愛いなとか、これ面白いなとかそういった単純な感想しか浮かばなかったが、颯馬は材料や作り方、クオリティや全体のバランス等を細かく見ており、流石は物作りが好きな人間といったところ。すごいと思ったものは褒めちぎり、一方出来があまり良くないものを見ても心を込めて作ったものだということは分かっているからけなしはしなかった。


「今頃理子さん、頑張っているだろうな。相当緊張していたみたいだけれど……大丈夫かな、踊りとかちゃんと出来るかな。あれだけ練習していたんだから……でも、心配だな」


「大丈夫だろう、あいつなら。俺は別に心配していないよ。サービスで美人度二割増しにしてやった踊り子の飾りも作って星寄せの上の方につけたし。俺達の星寄せはきっと星神達の目にとまるはずだ、自分で言うのもなんだが超自信作だし。うん、うん。そうすりゃあの人形に込めた願いも叶うだろうさ。勿論、俺達の俺達による俺達の為のお願いも一緒にな!」


「この前こそこそ作っていたのはやっぱり理子さんの為のものだったんだね。……でもさ、詩の暗誦の方はともかく……理子さん達の踊りって星神様達を星寄せに降ろす為のものなんでしょう? ということは星神様達が星寄せに込めた願いを叶えるのって、理子さん達が踊ってからなんじゃあ……」


「……星の数だけ神がいるんだ、きっと中にはめっちゃせっかちな神だっているはずだ! 舞無しに降りてきて、願いをさっさと叶える神もいるに違いない! 仮にそんな神様がいなかったとしても」


「俺があげたお守りがあるから大丈夫だって?」


「は、は、はあ!?」

 にやにやする陽太の言葉に颯馬はあからさまに動揺した様子を見せた。理子に「陽太から預かった」と言って自作のお守りを渡していた場面を陽太が見ていたことには本気で気づいていなかったらしい。こっそりとそのお守りを作っていた所も実はしっかりと目撃していた。


「お守りの中には舞が成功することを祈る言葉を書いた紙でも入れたの? 何度も書き直していたよね」


「そ、そろそろ戻るぞ! 着替えなくちゃな!」

 上擦った声で叫ぶ颯馬は真っ赤になった顔を見せないようにしながら踵を返し、右手と右足を同時に前へ出し、歩きだし、草薙庵へと戻っていった。道中陽太が何回聞いてもそのことに関してはノーコメントを貫き通した。陽太もあまりしつこくやっていると反撃されそうだったので、適度な所でやめておく。今は別の州で暮らしている奏のことを、陽太が意識していることを知っている彼は、陽太が理子との何とも言えない関係をからかうと、必ずと言っていい程彼女の名前を出してくるのだ。ふと、奏のことを思い出す。彼女は今頃どうしているだろうか、と。そして満星祭り開催中に着る衣装を身に纏った彼女の姿を想像し、顔が火照るのを感じた。颯馬がそのことに気づいていなくて良かったと心から思う。


 草薙庵に戻ってくると、一旦祭り会場から戻ってきた草十郎がおり三人で衣装に着替えた。男は白い衣褌、女性は衣藻。髪型は自由だが、これで角髪だの髷だの結っていたら完全に古代の倭人のようになっていただろう。陽太は黄色と白、颯馬は赤と白のストライプ模様の帯を締め、着替え終わると今度は装飾品を頭や首にかける。陽太は手作りの動物の牙と赤い勾玉を連ねた首飾りをかけ、鳥の羽と木製の珠等で作った耳飾りをつけ、右手首に孔雀の羽についている目玉模様を思わせる石のついたブレスレットをつけた。颯馬は幾何学的な模様を刺繍した黄色い鉢巻、黄土色と茶色の目玉模様の石と、羽を組み合わせた耳飾り、陽太のより一回り大きい牙に色鮮やかな石をつけたものを茶色の紐に通した首飾りをつけた。装飾品にはこういった鳥の羽や動物の牙といった生き物からとったもの(といっても最近はイミテーションが主流だが)、動物のある部分を想起させるものを用いたものが多い。そして最後に顔にペイントを施す。草十郎は自分で鏡を見ながら描いたが、颯馬と陽太は描きっこをすることになった。


「颯馬、額に『肉』とか描かないでね、絶対描かないでよ!」


「つまりやってくれと」


「フリじゃないよ!」


「おいこらあまり動くなって、額に肉って描かれるより酷いことになっちまうぞ。……ああ、それにしても何だって野郎の顔にペイントなんか……どうせなら、かわいこちゃんの顔にやりたいぜ」


「その言葉、そっくり返すよ。僕だってどうせなら可愛い女の子に描いてもらいたいよ」


「ほほう、このむっつりさんめ。しかしお前は無理だな。多分女の子にじっと見つめられて、顔ぺたぺた触られたら鼻血ふいてぶっ倒れかねないもん。うぶうぶ純粋坊やちゃんだからなあ、陽太君は」

 正直、否定は出来なかった。男の子よりは女の子の方がずっと良いけれど、多分実際に目の前にいるのが颯馬ではなく女の子だったら、ドキドキが止まらずとても耐えられなかっただろう。

 むう、と唸る陽太を見て颯馬はにやにや。


「ま、俺を魔女の恋人さんだと思って我慢するんだな。あ、そんなの想像したらそれこそ死んでしまうか」


「君を奏さんと思うことなんて出来るものか、というか恋人じゃない!」


「だから暴れるなって、酷いことになるぞ」

 とにやつかれながら言われ、顔を真っ赤にしむっとしながらも仕方なく黙った。颯馬が奏を魔女と呼ぶのは、彼女が『魔女』として前回この国へ来た時にお世話になった老婆達と暮らしているからだ。魔女と言っても魔法が使えるわけではない。この世界でいう魔女というのは薬学や天文学等に精通している者のことで、煎じた薬を売ったり、暦を作ったり、占いをしたり、植物、星等に関する研究をしたりしながら暮らしているという。これらのことをしているのは女性が圧倒的に多いが男性もおり、彼等は魔術師と呼ばれているそうだ。満星祭り前後は手紙を寄こす暇もない程忙しいらしく、陽太は仕方ないと思いながらもそれを内心残念に思っていた。

 颯馬がペイントを終えると、今度は陽太が颯馬の顔に赤や青の絵の具で模様を描く。よっぽど額に肉と描いてやりたかったが、我慢する。服装は古代日本っぽいのに、一部の装飾やペイントはインディアンのそれっぽく、ちぐはぐだ。しかしこの国の人はそれに全く違和感を覚えないらしく、住む国変われば色々変わるものだと思う。

 二人の中を巡るわくわくや、どきどきという名の火は消えることなく燃え続け祭りが近づくにつれ勢いを増し、最終準備の最中ピークを迎える。心臓は喜びの痛みに幸福の悲鳴をあげ高鳴り、笑いが止まらず、精神年齢がぐっと下がった。今の二人は幼稚園児とまるっきり一緒で、あんまり意味もなく無駄に大騒ぎしたものだから最後には草十郎に頭をぺしんとはたかれてしまった。それでも何だか笑いが止まらず、草十郎はすっかり呆れ顔。


(この気持ちも、懐かしいものだ……きっとここで暮らしていた時の僕もこうして祭りの始まりを前に胸躍らせていたんだろう。僕の魂が、喜びの声をあげている。またこの祭りの日を迎えることが出来たことを喜んでいるんだ。僕等の喜びは、ここに暮らしている人達のよりずっと大きいものなのかもしれない)

 しかし、何となくだが自分がかつて住んでいた場所ではここまで規模の大きな祭りではなかったように思う。あまりのスケールの大きさに、自分も、自分の魂に刻みつけられた記憶も驚き戸惑っている。かつて住んでいた州はここ程大きくなかったのかもしれない。颯馬はそういう感じはしないと言っているから、それなりに大きな州に住んでいたのかもしれなかった。

 三人は卓袱台を囲んで座り、目を瞑り、沈黙する。ごおおおんという腹に響く鐘の音が聞こえる。次にその鐘の音が聞こえるまで、目を開けたり声を出したりしてはいけない。颯馬はその時間が始まる前「俺黙っているのってすげえ苦手なんだよな。周りがしいんとしているのもさ。何か、笑いたくなるんだよ……修学旅行の時もさ、そろそろ寝ようって言って電気消して皆黙るんだけれどさ……何かおかしくなって笑っちまって、早く寝やがれって隣の布団で寝ていた奴に蹴飛ばされたっけ」とか何とか言っていたが、一応笑うことなく最後まで静かにしていた。最初の内は体をぷるぷる震わせながら笑うのを必死でこらえていたようだったが(目を瞑っていても、振動で何となく察せられた)。


 世界から大半の音が取り除かれる。ただ、人間の作った祭りに興味などない鳥のさえずりや、微かに吹く風が窓や戸を叩く音が聞こえるのみだ。その静寂もまた陽太は懐かしいと思った。


(嗚呼、懐かしいなあ。とても、懐かしい……前も僕はこうして……前も、前も……)

 魂の持つ懐中時計がかち、こち、という音をたてながら逆回りを始める。ゆっくりと、ゆっくりと遡っていく。外の世界の音が耳に届かなくなり、ただ心地良いそのかちこちという音だけが聞こえた。遡る、遡る、過去の記憶を埋めた魂が纏う白い霧が少しずつ取り払われていく、少しずつ少しずつ、かち、こち、かち、こち……輪郭が見え始める、自分であって自分ではない者の姿が……。


 ぼおおおん、ぼおおおん、ぼおおおん、ぼおおおん。


 だが、その霧が取り払われる寸前祭りの始まりを告げる鐘が鳴り、陽太はぱちっと目を開けた。同時に魂は再び白い霧の中へと隠れ、懐中時計は一瞬の内に針を前へ進め、時の遡りを無かったことにする。両手を天に突き上げた颯馬の「よっしゃあ、祭り開始だ! 食うぞ飲むぞ歌うぞ踊るぞ!」というやかましい声を合図に、取り除かれていた音が再び世界に乱暴に投げ入れられた。

 草十郎は自身が担当する会場へ向かうと言い、今頃になって財布や星座盤等の準備を始めた二人を置いてさっさと行ってしまった。もう自分がいなくても問題ないと判断したらしい。二人はふざけながら準備をし、勢いよく外へと飛び出した。二人がこの国へと『帰ってきた』頃は、この時間になるとすっかり暗くなっていたものだが、夏である今はまだ闇の気配さえ感じられない。しかしいずれは暗くなり、神々の宿る星がその姿を現すことだろう。


「とりあえず、星降ろしの儀が始まるまでは自由時間だな。とりあえずふらふらするかあ。屋台ももう出ているだろうし、ひひひ、めっちゃ安い値段で美味いものがたらふく食えるなんて最高だよなあ!」


「そうだね。後、出来れば星の森の星寄せも見て回りたいね。結局昨日は準備で精いっぱいで人の星寄せを見ている余裕なんてなかったもの。森以外の所にある星寄せもみたいなあ……電車使わないと駄目だけれど、浦和邸の大庭園も見たいなあ……毎年すごい星寄せが沢山見られるっていうし」


「あ、そこ行きたいよなあ! でも超人気って言うからなあ……上手く見られればいいけれど。まあ混雑はするだろうが、星の森は見ておきたいな、うん。他の星の森も出来れば見たいし。他にもイベント目白押しで……こりゃ四日なんてあっという間に終わるだろうな」

 颯馬が見ている、幻淵のどこでどのような催しがあるか詳しく書かれた冊子には、赤丸で囲まれている部分が沢山ある。といっても、それ全てを回るには分身の術を使用する必要があるが。建物からは続々と白い衣装に身を包んだ人々が出てきている。幼い子供達のはしゃぎっぷりは陽太達以上で、あんまりはしゃぎすぎて盛大にすっころんだ坊やがいたが、涙一つ流さず、それどころかきゃっきゃと笑いながらそのまま駆けて行った。陽太達の記憶が正しければ、彼はとても泣き虫な子だったのだが、あまりのテンションで痛覚が馬鹿になっていたのかもしれない。

 仲良し五人組が列を成し、宝石風のパーツをつけたり思い思いの模様を描いたり刻んだりした細長い棒を天高く突き上げ、振りまわしながら歩いている。黒だったり赤だったりするその棒は『星柱(ほしばしら)』と呼ばれるもので、彼等に限らず皆が持っている。


 牛よ牛よ駆けろや駆けろ 星の川を雄々しく駆けろ

 飛沫をあげて星散らせ 降らせ降らせ金銀星飛沫


 そんな掛け声を供にして。このような星神達へ向けた言葉は他にも山ほどあるそうで、陽太達も本で調べたり、周りの人に聞いたりして色々と覚えた。この『星掛け』をするのは子供が多いが、大人達の中にも大きな声をあげ、天に輝く星一つ一つに宿る神々に声を掛ける者はいる。その言葉の内容は星神に一年無事過ごせたことを伝えるもの、去年星寄せに込めた願いが叶ったことを報告し感謝するもの、加護を願うもの、挨拶など意味のあるものもあれば、そこまで意味の無いものもある。また、もう使われなくなった古代の言葉を用いた歌を歌う場合もあった。


 涙石の女神が持つ 星粉(せいふん)散らした瑠璃の水瓶が

 二度と貴方の頭を割らぬよう 願います

 運命の悪戯が 女神の手を滑らせたなら

 すぐにでも天へと昇り その瓶を代わりに私が受けましょう

 私の頭が割れても 貴方の頭が割れないなら構いません

 私の血は薄紅の小さな花となり

 貴方の血がかつて咲かせた花に寄り添うでしょう

 それを思えば 恐るべき痛みにも耐えられましょう

 笑って 耐えましょう

 

 そんな意味の歌が聞こえる。歌っていたのは陽太と颯馬が最近親しくなった男女の双子で、双子の星神の化身ではないかと周りから言われる程美しく、この辺りでは有名人である。合唱隊のメンバーである二人の声は清らかで透き通っており、聞く者を圧倒する。二人は陽太達の姿を認めると、にこりと微笑み手を振りながらこちらへとやって来た。陽太と颯馬は麗しい双子と共に、歌を歌ったり星掛けをしながらあちこちを一緒に回った。


 昨日までは無かった木製の屋台があちこちに並び、すきっ腹を刺激する良い匂いがあちこちからする。焼きそばや林檎飴などお祭り定番の屋台もあれば、寿司やうどん天ぷらを提供する江戸時代にありそうな屋台もあったし、まず向こうの世界では見かけないような屋台もあったし、幻淵や他の州にある店が出している屋台もあった。この世に存在する全ての食べ物が今ここにあるのではないではないかと思う位、バリエーションは豊かである。少し開けた場所にはテーブルと椅子が限界まで並べられており、そこで買ったものを飲み食いしている者も多い。また普段は別のことに使われている建物(店だったり、地区センターといった建物だったり)も飲食スペースとして開放されている。屋台を出すのではなく、通常通り営業している店もあるが、メニューの値段は普段よりずっと安い。陽太達がこの国の人々に迎えられたあの場所も、飲食スペース兼イベント会場となっているらしい。


「すげえ数の屋台だな! あっちにも屋台、こっちにも屋台だ。まあ四日間只管食って飲んで歌って踊って騒ぐ祭りだもんな……店が少なくちゃ仕方ないもんな」


「食い倒れ祭りなんて別名がある位だからね。普段じゃ絶対有り得ない量を何故か食べられるんだよねえ……で、祭りが終わった後体壊す人が続出するの。減量食品とかよく売れるし、ジョギングとかする人が爆発的に増えるし、体重計を恐ろしい悪魔を見るような目で見る人も増える」

 早速屋台で買った小判焼きを頬張るのは双子の姉、沙羅だ。名前は東風だが両親は西の人で、眩い金色の髪と青い瞳、すべすべとした白い肌が美しく、ギリシャ神話の神々の衣装を着せたら大変似合いそうだ。


「屋台を出している人には、別の州から来た人も多いんだね」


「はい。比較的小さな州から来る方が多いみたいですね。そこまで大きくない州は屋台を出さず、ご馳走を沢山作って村長の家や友人の家などに集まってそれを食べるみたいです。そういうような所に住んでいる方が、大きな州へ出向いて屋台を出すようですね。儲けなんて出ないですから、殆どボランティア状態ですね……賑やかな所が好きな人とか、人の喜ぶ顔を見るのが好きな人とか、忙しなく働くことが好きな人とかが自分の心を満たす為にこうしてやって来ているんです。勿論満星祭りの間、最低一日は休まないといけないですが。決まりですからね、これは」

 陽太の問いに答えたのは双子の弟の双樹である。沙羅より柔和な顔つきの、穏やかな性格の少年だ。それをふうん、と適当に聞きながら屋台を物色していた颯馬がそれにしても、とたこ焼きでいっぱいになっている口を開く。


「星神も物好きだよなあ、人が食って飲んで騒いでいる姿をただ見ているだけで嬉しいなんて。ものすごく楽しそうなのに自分は輪の中に入れず、只管見ているだけなんて俺じゃあ耐えられないな。祭りなんて、参加してなんぼだろう」


「まあ君は神様じゃないからね、神様の気持ちなんて分からないんだろう。というかそもそもそんなものいないし。想像の産物だし、結局の所は」


「夢の無い奴だなあ……というか、星神の化身なんて言われているお前がその台詞吐くとなんかその、萎える……」


「ふんだ、知るかいそんなこと。全く、ボク達は星神の化身でも何でもないよ。人によっては、満星祭りの間、あの二人の体には祭りに参加したがっている双子の星神が降りているとか何とか言うんだよ。そんなもの降りていないっての」

 と沙羅は不機嫌顔でふんと鼻息を鳴らす。陽太は苦笑しながら、そう思ってしまっても無理はないかもしれないと内心思う。それ程までに純白の衣装を身に纏った彼等は美しく、神々しかったし、本に乗っている双子神にそっくりだったのだ。

 

 四人は少しずつ理子が星降ろしの舞を披露する会場向かって進みつつ、屋台を巡る。道中多くの知り合いや友人の姿を見かけ、時に短い言葉を交わした。

 大食いの(くすのき)の腹は僅かな時間では列寸前まで膨れ上がっており、これ以上食べたら死んじまうようとか何とか言いながら牛串にかぶりつき、それをまだ呑みこまない内に傾けた袋から出てきた鈴カステラを大口の中へ落としていく。キザな性格の野分がカットに失敗し、ヘンテコになった前髪を常時右手で隠しながら川魚の塩焼きにかぶりついている様は見ていて滑稽であった(その後颯馬の引っかけに見事引っかかった為に露わになった前髪を見た四人に爆笑されるという大変嫌な目に遭うことになる)。八百屋の奥さんは無理してやや小さいサイズの衣装を着た為にひいひい苦しそうな声をあげていて、近所の子供は小遣いを叩いて買った星柱を無くしたと大騒ぎ、陽太の読書仲間である(あんず)はイカ焼きを手に持っていた人とぶつかり、白い衣装を汚されてしまったらしく、折角の祭りであるというのに「不幸だ、不幸だ」と涙を流し、ぶつぶつと呟きながら人ごみの中を歩いていた。不幸だ、というのは彼女の口癖である。

 普段は寡黙かつ真面目な果実屋の永昌だったが、酒が入った為にどんな人よりも陽気でやかましい人間となっており、そのギャップに陽太も颯馬も呆然としたり、細身で美人な朝露がとんでもない痩せの大食いであったことが判明してびっくりしたりと、今まで知りえなかった近所の人の意外な一面を垣間見もした。日常と非日常の境が曖昧になるのが祭り、その曖昧さが普段の自分を形作っている線をもぼやけさせ、いつもなら考えられないような行動をとらせているのかもしれない、と様々な人を見ながら陽太は思う。

 近所の人だけではなく、常闇通りにある店で働いている人、探検をしている時に出会った人とも顔を合わせ、喋ったり、屋台で買ったものを貰ったりした。


(僕達はもう、これ程多くの人と知り合いになったんだな。二月の淵にここを訪れた時は右も左も分からなかったし、知っている人も友達もいなかったのに。今は大分この国のことも分かってきたし、笑い合える友達も増えた)

 この懐かしい場所で、陽太は改めて人の輪を作っていくのだ。次の二月二十九日になったら、残らず置いていかなければいけないものだけれど。かつて外つ国へ行く為にそうしたように、全てを残して去る。それを寂しいと思う気持ちはその日が近づくにつれて膨らんでいくだろうか。元の世界になど帰りたくないと思える程に。今は何年もの付き合いがある友人よりも大事に思っている人々と別れることを嘆き、涙を流すだろうか。

 そんなことを頭の隅で考えながらも、陽太は楽しい時間を過ごした。

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