遷都バレンタインデー(7)
*
「うふふ、先生のお膝に乗るの私とっても好きなのよ」
そう言って小筆はご機嫌に足をぱたぱたさせる。正座している奈都貴の膝の上に座るのが、彼女は特別好きだった。勿論彼女が本当に奈都貴の体に触れることは出来ないから。結局は奈都貴の膝の上に座っている『フリ』である。しかし想像力たくましい彼女は、あるはずのないものをあるものとして感じることが出来るのだった。
「奈都貴先生のお膝はとてもしっかりしているのよ。私のうんと小さな体をしっかえいろ支えてくれるのよ。陽菜先生のお膝は柔らかくてあったかくて、私を優しく包んでくれるのよ。私はどちらも大好きなの。そしてね、先生のお膝に座りながら本を読むのが一番楽しいの。自分で読むのもいいし、先生に読んでもらうのも好きよ」
「変なの、小筆って変なの。あっちの世界にいる先生の膝に座れるわけないじゃんか。本当に座ってもいないのに、柔らかいとかしっかりしているとか、変なの、変なの。小筆って本当いつも変だよな」
清太がそう言うと、その隣にいたおさげの少女が頷く。鼻の辺りにうんとあるそばかすが特徴の少女は伊織といい、やんちゃでちょっと意地悪い女の子。いつも清太とつるんでいて、小筆が読んでいる本を取り上げたり、大声でおどかしたり頭を叩いたりして彼女の読書を邪魔したりしている。二人が特別小筆にちょっかいを出すのは、清太の場合は好意を抱いている小筆をいじめて気を引きたいという理由で、伊織の場合は焼きもちである。彼女は清太のことが大好きなのだ。三人の関係は、清太や伊織を注意したり、小筆をかばったりしている内に段々と分かってきた。小筆は二人がどうして自分にしょっちゅうちょっかいを出してくるのか分からない。
「私、ちっとも変じゃないわ。ええそうよ、分かっているわ。先生のお膝に本当は私、乗れていないわ。でもね、お膝の上に座っている自分を想像すれば、自然と温もりや感触を感じることが出来るのよ。それはちっとも難しいことじゃないわ、だってただ想像するだけなんですもの。木々や風が喋っている姿を想像したら、彼等が私に話しかけているのが聞こえるの。清太も伊織もやってみればいいのよ」
そう言うと、二人共顔をしかめて「やっぱり変だ」と言った。想像したって声なんて聞こえないよ、触れないものに触ることなんて出来やしないよ、そんなことが出来るのは変な奴だけだ、お前は本当に変な奴だと言うと、小筆は変なのは二人の方だわと頬膨らませ。
「着物をごしごしと洗いながら、今日は良いお天気ねって話しかけたりしない? そうしたら、きっと着物は答えてくれるわ。じゃばじゃば、ごしごしって音はね洗っているものの話し声なのよ。そう思ったら、それはちゃんと私達に通じる言葉になるの。私何度自分の着物や、お父さんの着物とお話ししたか分からないわ。二人には出来ないのね。二人共、変なの。お話出来ないなんて、変なの!」
そして三人取っ組み合いの喧嘩になり、奈都貴は三人共やめろとその喧嘩を止めようとする。そうやって何回子供達の喧嘩を仲裁したことか。小筆は大人しい性格だけれど、弱虫ではなかった。清太と伊織に何をされても泣かなかったし、あんまり二人が酷いことをすると怒って掴みかかっていく。腕っぷしはそう強くなく、わんぱくな二人に喧嘩じゃ敵わないけれどそれでも彼女は何度だって立ち向かうのだった。
どうにかこうにか三人の喧嘩を収めると、今度はやや離れたところからびえええというすさまじい泣き声が聞こえてきた。彼は昨日初めて会った少年で、見た目は三四歳位。髪型は芥子坊主で、本当にうんと昔の子供といった風貌。彼は両手に紙らしきものを持っており、隣には彼が抱いている紙に描いてあるものを見てどん引きしているらしい少女の姿。そしてその背後には困ったように笑っている陽菜が立っていた。奈都貴が何だどうした、と少年に話しかけると少年はしゃくり声を上げながら自分が泣いている訳を話してくれた。
「あのね、あのね、ぼくね、ひなせんせいにね、おえかきね、おそわろうとおもったの。だって、きっと、ひなせんせいは、ぼくよりずっとおえかきがじょうずだとおもったから」
「絵って……色の塗り方とか?」
「ううん。えのかきかた。ひともどうぶつも、ぼくうまくかけないから。それでね、ひなせんせいにおてほんをかいてもらおうっておもったの。そしたら……」
「まじかよ……」
奈都貴は、陽菜の絵が上手いとか下手とかいう次元を超えたものであることを知っていた。少年に絵を見せて貰えば、案の定すさまじいものが紙いっぱいに広がっており、思わず奈都貴は「ぐえっ」と呻き声をあげる。
「森の中で仲良く遊んでいるうさぎと熊と猫と犬と豚を描いたつもりなの……その、ほのぼの路線で」
「嘘つけ! どこからどう見ても地獄絵図じゃないか! 本当何なんだよ、目玉ついた心臓口から吐いているエイリアンに人間食ってる巨大ハエトリグサに……包丁頭に二本ぶっ刺して笑っているてるてる坊主に……これのどこがほのぼのだ、そりゃ子供も泣くわ!」
「そういえば奈都貴も昔私の絵を見て泣いたっけ」
「それは言うな!」
双子の妹が夏休みの宿題で書いた絵日記を読んで、恐怖のあまり泣いてしまう――などという恥ずかしい記憶など二度と思いだしたくない。ついでにその時見た、独特な世界観を放ち人の精神をごりごり削る絵のことも。
少年は奈都貴の尽力ですっかり泣きやみ、そして「こんどからはおえかきはなつきせんせいにおしえてもらう」と強い意志のこもった眼差しを奈都貴に向けながら言うのだった。陽菜は幾度となく「そこまで酷いでしょうか?」と自作の絵とにらめっこしながら首を傾げていたが、放っておいた。
それから奈都貴は子供達と双六や遊盤で遊んだ。勿論奈都貴は向こうの物に触れることは出来ないから、他の子が代わりにサイコロを振ったりコマを動かしたりする。陽菜は読み聞かせをやっている。本はこちらの世界のものだったり、向こうのものだったり。向こうのものは少し読み辛かったがどうにか読むことが出来た。子供達は授業だけでなく、奈都貴達と遊ぶことも好きなようで次から次へとあれしよう、これしようとリクエストが来るから正直疲れてしまう。しかし子供達の「お願い、お願い」という声とキラキラした瞳を見ると、どうしても断れず。
「俺、将来子供が出来たら滅茶苦茶甘やかしちゃうのかな、こういう風に」
「あはは、そうかもね」
勿論遊ぶだけでなく『授業』もやっている。昨日は色々なところから見つけた絵を子供達に見せ、それを基に物語を作ってもらった。同じ絵なのに、書く物語は人それぞれ。文体も皆違って大変面白く、また子供達の自由な発想に驚かされた。色々な物事に縛られていないから、物語はどこにでも進む。小筆は特に想像力たくましく、文章もまだ生まれてから数年しか経っていないらしいのに随分としっかりしていた。
「皆、よくこれだけのことが考えられるなあ……俺じゃあ絶対無理だ」
「じゃあ、俺達先生よりもすごい?」
「ああ、すごいすごい」
素直に褒めると、子供達はうんと喜んで大はしゃぎ。でも、色々言葉の使い方とか文字とか間違っている部分があるから、今から直していくぞと言ってやったらぎゃーと叫びだす。その様子がたまらなくおかしかった。その他にも歌を教えたり、計算を教えたり(計算が苦手な子供達は、文章問題の内容についてツッコミまくり、またそれがおかしくて思わず笑ってしまったが手加減はしなかった)、こちらの世界にあって彼等の世界にはない物について教えたり。いかにも学校らしいことを教えることもあれば、まず学校ではやらないことを教えることもあった。奈都貴は時々子供達の声を聞き取ることが出来なかったが、その都度陽菜から何と言っていたか聞いたり、あるいは本人に聞き返したりした。陽菜は子供達の姿が見え辛くなる時があったが、その時は奈都貴がフォローした。
子供達は何かを一つ覚える度、嬉しそうな声をあげてはしゃぐ。そして、覚えたことをその日の授業に参加していなかった子供達に胸張ってお話しするのだ。その姿はいつだって、二人にかつての自分達のことを思い出させた。そして色々思い出したことを、子供達が帰った後に話しては懐かしい気持ちになる。最近二人が楽しそうに昔のことを喋っているのを見て、母親はいきなりどうしたんだろうと首傾げ。
「私達も昔はこんな感じだったね。何かを覚えることが嬉しくて、色々な本を二人で読んで沢山のことを覚えて。それで、覚えたことを得意げにお母さん達に話して」
「そうそう。母さん達が『まあ、そうなの』って笑いながら言ってさ……俺達はそれを『ああ、母さん達はこのことを知らなかったんだな』って風に解釈してますます得意げになって。懐かしいなあ。次はどんなことを教えてやろう?」
陽菜と二人、あれを教えようこれを教えようと話し合うのも楽しかったし、その日の子供達の様子を語るのも楽しかった。毎日のように来る子供もいれば、昨日今日初めて顔を出した子供もいる。お勉強なんてまるで面白くないと言ってすぐ二人から離れてしまった子もいるし、奈都貴や陽菜のことも、二人の授業のこともうんと気に入って明日もまた来るねと言ってくれる子もいた。性格も、容姿も、皆違って、そしてその違い全てを二人は愛しく思った。
(渡遷京が別の場所にさっさと行ってしまえばいいのにって気持ちは変わらないんだけれど……でも、それってつまり、こいつらとお別れするってことなんだよなあ)
藤吉郎や、こけしみたいな見た目の子供等に、折り紙の色々な折り方を陽菜と一緒に教えながら奈都貴は昨日のことを思い返していた。
昨日の夜――夕飯を食べ終えた奈都貴が自室に戻ると、子供達が帰り(それぞれ家でご飯を食べてから、また集まって外やここ『子遊庵』などで遊ぶそうだ)静かになった部屋に一人の男が座っていた。彼こそが子遊庵の家主である源太で、大抵の場合夜まで帰ってこない。基本的にはこの子遊庵という建物や、遊び道具を提供しているだけだが、時々子供達と遊んだり彼等にお菓子をやったりしているらしい。強面だが子供は好きなようで、子供達も彼のことを慕っている様子だった。二人共彼とはすっかり顔なじみで、彼が帰ってくると今日はこういうことをしたとか、誰がどんなことをしたとか、そういうことを話してやる。彼は二人の話を聞くのが好きなようだった。
「あいつらも、随分お前達のことが気に入っているようだ。お前達のことを本当に楽しそうに喋っているよ。あいつら、そっちに住んでいる人間と話したことなんて今まで無かっただろうからな。あったとしても、好意を持って接してくれる奴なんていなかっただろうさ」
「皆とっても可愛くて、私あの子達にお勉強を教えたり、一緒に遊んだりするのがとても楽しいです」
「まあ正直、この自分達の世界とそっちの世界がぐちゃぐちゃしているのを見るのはかなりげんなりしますけれど。騒がしいですし、目も疲れて仕方ない」
正直に言ったら、思いっきり笑われた。
「まあ、普通はそうだろうな。儂達はもうすっかり慣れているから平気だが。元々こちらの世界の奴等には耐性がついているらしい。この環境で生きられるような体に最初からなっているのだろう」
源太は持って帰ってきた酒瓶に口をつけ、ごくごくとラッパ飲み。ぷはあっと口元から垂れた酒の雫をぬぐい「やっぱり儂は、ちまちま飲むよりこう豪快に飲む方が好きだな」と言った。大分度数の高い酒のようで、人間が同じことをやったら死んでしまうそうな。彼は新しく買った玩具や絵の具などを所定の位置に置きながら、自分にとっての幸せは酒を飲むことと子供達が日々を健やかに、そして楽しく過ごすことだと語った。
「お前達のお陰で、ここへ来る子供達は以前にも増して幸せそうだ。ここへ来てお前達に遊んでもらったり、色々なことを教えてもらったりすることが今のあいつらにとっては一番楽しいことなんだ。仕事があるから、様子を見ることはあまり出来ないが……直接見ていなくても、この部屋に満ちている空気で容易に想像がつく。あいつらがどれだけ今を楽しんでいるかってことが。子供達が幸せだから、儂も前にも増して幸せだ。ありがとうよ」
そんな風に礼を言われると何だか気恥ずかしくなり、二人は顔を見合わせて照れ笑い。しかし和やかなムードはそこまでだった。源太はややあってから口を再び開いたが、そのトーンは今までとまるで違うものだった。
「……それだけに、心配なんだ。お前達との『別れの日』が来た時が」
笑っていた二人ははっとして、源太の背に目をやった。先程までうんと大きく感じられたそれが、今はとても小さくそして物悲しく見える。
「渡遷京は遷都を繰り返す。一つの土地にずっと居座っているわけにはいかない。たった一日の時もあれば、何十年もいることだってある。それがいつ訪れるかは儂にも、子供達にも、分からん。……だが、いつか必ず来る。別れの時は、必ず。お前達は『嗚呼、寂しくなるな』位で済むかもしれないが、子供達は分からない。すぐ立ち直れるかどうか……お前達のことを本当に慕っているから」
別れの時のことなど、二人は全く考えていなかった。子供達が自分達とお別れしなくてはいけないことを知った時、どうなるかということも。
「あいつらは幼い。とても大切な人との別れを、未だ知らない。……残念だけれど仕方ない、とその別れを受け入れることが出来る者もいるだろう。だが、出来ない者もいるだろう。儂はいずれ、別れを受け入れられない子供の悲しげな顔を見なくてはいけないのかと思うと辛くて仕方が無い。子供が悲しみに頬を濡らす姿は出来ることなら見たくない。嗚呼、きっと大きな声で泣くだろう。お前達のことを好きになればなる程、きっとその声に含まれる悲しみや絶望は多くなるだろう。……儂等がお前達となるべく関わらないようにするのは、悲しみを味わいたくないからというのもある。何十、何百年生きても親しい者との別れってのは悲しく、辛いものだからな……」
源太はかつてこちらの世界に住む人間に恋をしたことがあった。そしてその人間もまた、源太に恋心を抱いた。二人でデートの真似事をしたり、口づけを交わすふりをしたりすることもあったそうだ。この女と添い遂げることが出来たらどれだけ良いだろうと心から思ったという。だがその願いが叶うはずもなく、渡遷京は次の土地へ移ることになり、女とも別れることになった。その時、源太はいっそ死んでしまった方が楽になるのではと思う位辛い思いをしたという。
「儂は、もう遷都した先に住む人間とは決して関わるまいと心に誓った。例え相手に自分の姿が見え、声が聞こえたとしても、こちらは見えないふり聞こえないふりを貫き通そうと。しかし駄目だった。どうしてもそちらに住む者と心通わせた喜びをもう一度味わいたいと思ってしまうのだ。かつて得た喜びを、再びその手に取り戻そうとして……結局自分の姿が見える者に話しかける。失敗したことだって多かったが、上手くいくこともあった。そして親しくなって、喜びを再び感じ……また別れの時を迎えて苦しい思いをするのだ」
あいつらも、そんな風になってしまうかもしれないと源太は今にも消え入りそうな声で語るのだ。彼は今回もこちらの世界の人間のことを無視出来ず、こうしてまた関わりを持っている。人間との出会いや交流を楽しみ、別れの日を恐れているのは彼も同じだった。
子供達はどうなるだろう。奈都貴達のように自分に色々教えてくれる人間を、遷都した先で探すだろうか。そして人間が必ずしも好意的に接してくれるとは限らないこと、奈都貴達のような人間の方が珍しいのだということを知ることになるだろうか。そのことに絶望し、それでも彼等は探すだろうか。本を読んでくれたり、色々なことを教えたりしてくれる人間を。
「今の内に覚悟をさせておく、というのも手かもしれない。だが、言ったところで覚悟を決められるかどうか……それに、渡遷京というものは移りゆくものだということを思い出したら今までのようにお前達と過ごす日々を楽しめなくなるかもしれない。……変なことを言ってしまったな。どうかお前達、今までと同じようにあいつらと接してやってくれ。別れの時が来る日まで」
そう言うと源太はどこかへと行ってしまった。
その時のことを思い出したら、ちくりと胸が痛んだ。子供達は、別れの日など永遠に来ないように思っている。そういう顔を皆しているのだ。別れの日がいずれ訪れることを考えないようにしているのではない、本当に少しも考えていないのだ。奈都貴達と同じように、いずれ京がこの土地を離れることは理解しているだろうが、それがすなわち大好きな先生達との別れを意味していることを失念しているのだった。
藤吉郎は奈都貴に「いつか先生みたいに、うんと物知りな人になるんだ。そしたら今度はおいらが先生に色々教えるんだよ。多分それはうんと先のことになるだろうけれど、先生はきっと待ってくれるよね。おいらがどれだけどんくさくだって、ずっと待ってくれるよね」と笑いながら語る。ずっと待ってくれるよね、という問いに『お別れしたくない、行かないで、行かないで』という気持ちはこもっていない。別れの不安からきている言葉ではないのだ。彼はずっと奈都貴がここにいて、自分が立派になるまで待っていてくれると当たり前のように思っているのだ。その姿を見ると、胸がちくりと痛む。だからといって正直に「その日が来る前に別れることになるかもしれない」と言うことは到底出来なかった。
「ああ、おいら先生とお外で遊びたいな。そうだ、ねえ先生一緒に遊ぼうよ。外を一緒に歩こう、皆で一緒に歩こうよ」
「え」
突然の申し出に奈都貴は戸惑った。近くでそれを聞いていた子供が「そりゃあ良い!」と賛同し、こともあろうに大声で藤吉郎の提案に同意する者を集ってしまった。子供達はすっかりその気になってしまい、そうだ行こう行こうと口々に言いだした。
「この京を案内してあげたい! こっちにだって面白いものが沢山あるのよ! 先生達の世界のことももっと教えてもらいたい!」
「ひゃくぶんはいっけんにしかず、だよね先生! 先生達の話を聞いただけじゃ分からないことだってあるもん!」
「お空の下で、先生達とお喋りしたい!」
「鬼ごっこ……とかは出来ないけれど、出来る遊びだっていっぱいあるよきっと! そうだ駆けっこ、先生と駆けっこしたい! 僕はとっても足が速いんだよ!」
「ちょ、ちょっと待てお前達」
「あら、面白そう。確かに皆で外に出たこと、ないものね。野外授業って素敵だと思うわ」
「陽菜! 阿呆かお前は!」
まさかの陽菜まで大賛成、にっこり笑って頷いて子供達をますますその気にさせてしまう。しかし、外に出れば事情を知らぬ人ばかり。子供達の姿が見えない人の方がずっと多い。そんな中で子供達とお喋りなんてして、その姿を何も知らない人に目撃されたら……よく分からない独り言を言っている、怪しい人と思われるに違いなかった。そのことを指摘しても、陽菜は「ああ」と呑気に言うだけ。他人に危ない人と思われても特別問題には思わないのかもしれない。
「でもでも、ほらでも私達みたいにこの不思議な世界が見えている人が他にもいるみたいだし……ぶつぶつ訳の分からないことを喋っているのを見られても、嗚呼あれが噂の……ってだけで済むかもしれないわ」
「そ、そりゃあそうかもしれないけれど……」
「ねえお願い、お願い! 遊ぼうよお外へ行こうよ!」
「いいでしょう先生、俺達良い子でいるから!」
「他の人が歩いている時はなるべく話しかけないようにするから!」
「お願い、遊ぼうよ!」
「遊んで!」
子供達は群がって奈都貴に懇願した。そしてあのどうにも弱いあの純粋でキラキラとした眼差しを向けられるのだ。陽菜は行ってあげましょうよ、私も一緒に行くからという顔をこちらへと向けている。
(仕方が無いなあ……)
いつか辛い思いをすることになるとしても、そしてその思いは楽しい時間を過ごせば過ごす程強くなるものなのだとしても、それでも子供達に幸せで満ち足りた時間を少しでも多くあげたかった。それだけが今の自分達に出来ることなのだ。
「……分かった、分かったよ。それじゃあ一緒に外へ出よう。ただ今日じゃなくて明日な。それでいいか?」
子供達は一斉にやった、と喜びの声をあげた。そしてあれしたいこれしたいと、明日がとても楽しみだと口々に言うのだった。その提案をした藤吉郎はよく言ったと褒め称えられ、照れくさそうに笑って頭をかいている。自分達と外へ出る、それだけで彼等はこれ程までに喜んでくれる。それはとても嬉しいことで、少し気恥ずかしくて。
こうして奈都貴達は明日――日曜日に『野外授業』をすることに決まったのだった。




