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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
番外編
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番外編4:桜村奇譚集2


 『紫昏泉』

 桜山に紫昏(しぐれ)(いずみ)と呼ばれる泉がある。その泉の水は紫がかっている。大昔は只の泉であり名も『時雨(しぐれ)泉』と呼ばれていたらしい。ところがある日、密かに思い慕っていた男が他の女と祝言をあげたことを嘆いた娘が、男が好きであったという紫色の紫陽花を胸に抱き、その泉にて自害をした。その娘の悲しい想いは泉の中を漂い続け、泉の色を紫に変えた。死の旅のお供をした紫陽花と同じ色へ。以来、この泉は『紫昏泉』と呼ばれるようになったのだ。


 『蛍塚』

 桜山には蛍塚と呼ばれる塚がある。それは、死んだ蛍達を供養するために作られたものだ。

 ある日山へ入った男は、蛍塚の前に一人の女が立っているのを見た。村の者では無い。とても美しいが、酷く病弱そうな女だった。女は、男の姿に気がつくと、突然泣き始めた。どうかしたのかと問えば、女は私は後少ししか生きられない、それがたまらなく悲しい、このまま一人静かに惨めに死ぬのかと思うと、胸が苦しいと言う。

 男は、女を哀れに思い、彼女を自分の家へ連れてきた。もし貴方が良いというのなら、私と共に暮らさないかと男は言う。決して裕福な暮らしではないけれど、退屈はさせぬと。女は、こくり静かに頷く。

 こうして二人は夫婦となり、貧しくも楽しい毎日を送った。

 しかし、ある日の夜のことだ。眠っている男は、淡い光に照らされて目を覚ました。見上げれば、女が静かに立っていた。女は淡い黄緑色の光を放っている。何事かと思えば、女が口を開く。

 私は、どうやらもう行かねばならぬようです。死ぬのは矢張り悲しく、こんなにも短い自分の命を恨めしく思います。されど、貴方と過ごした日々はとても楽しいものでした。もし貴方と出会っていなければ、私はただ嘆き続けるだけのつまらぬ生涯を送ったでしょう。心から感謝いたします。それでは、さようなら。

 女はそういって、男の目の前から消えて行き、男の意識はそこで途絶えた。

 次の日の朝、目を覚まし、慌てて家の中を見回すが、女の姿は無い。その代わり、女が寝ていた所に蛍の死骸があった。

 あの女は、蛍だったのだ。

 彼女の魂も、今頃あの蛍塚の下で眠っているのだろうか……男は女を失ったことを嘆きつつも、そう思った。


 『髪飾り』

 ある日娘は商人から、髪飾りを買った。美しい柄の髪飾りを娘は喜んで頭にさした。しかし、それをつけた後からやたらと臭い匂いがする。どうやらその髪飾りから臭うようだった。あまりに酷い臭いだったから、娘は我慢できなくなり、その髪飾りを力いっぱい地面に叩きつけた。そしたら、髪飾りは狸の姿に変わり、すたこらさっさと逃げていった。


 『障子破り』

 それは一尺程の小さな鬼で、そうっと家に忍び込んでは、障子にわざと穴を開け、満足するとまた静かに去っていく。彼らが何故その様なことをするのかは、分からぬ


 『放り出された子供』

 ある日、村から一人の少年が姿を消した。数日後、見知らぬ男がその少年を連れて、村にやってきた。何があったのか問えば、数日前畑で仕事をしようとしていた男は、畑の真ん中に誰か立っているのを見た。見ればそれは見知らぬ少年で、おいおいと泣いている。少年は、何でも数日前遠く離れている自分の住む村で遊んでいたところ、大きく白い狐に首根っこをつかまれ、連れ去られてしまったのだという。そして見知らぬ土地に一人、放り出されてしまったらしい。曰く、自分の住む村の近くにある山には、出雲という化け狐が住んでいるらしく、それはとてつもなく悪い妖怪で、恐らく自分をさらってここに置き去りにしたのも彼だろうと。

 男は、そんな少年を可哀想に思い、わざわざここまで連れてきてくれたのだった。


 『家呑み大蛇(おろち)

 昔、家を丸々呑み込んでしまう恐ろしい大蛇がいた。その大蛇が通った場所にある木は全てなぎ倒され、地面は抉れ、小さな動物等ひとたまりも無いという。

 その大蛇に頭を悩ませていた村人は、神様にどうかあの恐ろしい大蛇を退治してくださいとお願いした。

 ある日のこと、一人の若者が村を訪れた。若者は家呑み大蛇の話を聞くと、それならば私がその大蛇を退治いたしましょうと言った。

 そしてある晩のこと、家呑み大蛇がやってきた。若者は、村人に沢山作ってもらった酒やらご馳走やらで、自分が中に居る、今はもう使われていない古い家まで大蛇を誘導した。

 大蛇は大きな口を開けて、彼のいる家を一口で呑み込んだ。

 ところが、しばらくして大蛇が悲鳴をあげた。大蛇の腹が、二つに大きく裂けた。見れば、家の中にいた男が大きな剣を手に持っていた。男は、家ごと呑み込まれた後、剣で大蛇の腹を裂いたのだ。男は見事大蛇から脱出し、大蛇は死んだ。

 村人は、男に礼を言おうとした。が、気づくと男の姿は消えていた。

 男は、村人の願いを聞いた神様の遣いだったのかもしれない。


 『手招き井戸』

 今は封印された、恐ろしい井戸が桜村にはある。

 その井戸は手招き井戸と呼ばれている。その井戸を覗き込むと、今はもう死んでいる自分が大切に思っていた人が「おうい、おうい」と言いながら手招いているのが見える。しかし、だからといってずっと井戸を覗き込んでいてはいけない。そうしているうちに、魂が体から抜かれ、その井戸へと吸い込まれ二度と戻れなくなってしまうからだ。

 そうして、多くの人が「招かれ」て死んだ。井戸は、巫女の手によって封印された。

 今でもその井戸は残っている。


 『七黒泉』

 (しち)黒泉(くろいずみ)と呼ばれる泉が、昔あった。ある場所に固まって存在していた七つの小さな泉を総称してそう呼んでいた。かつては『(なな)(いずみ)』と呼ばれていた。その泉は、体についた穢れを落とす禊に使われていた。しかし、多くの穢れを洗い流すうち、泉の色が黒くなってしまった。そうして黒くなると、次の泉を皆使い始め、またそこが黒くなると、次の泉を使った。そうして、七つの泉全てが真っ黒になってしまった。そしてその泉は『七黒泉』と呼ばれるようになったのだ。

 しかし、ある日巫女の桜が、祈りの言葉を捧げ、手に持っていた扇をかざしたところ、泉に漂う穢れは浄化され元の美しい泉に戻った。だが元に戻った後も、泉は七黒泉と呼ばれている。


 『狸の宴』

 まあるい月が出てきたら、ぽんぽこ宴が始まるよ

 食べ物が家から盗まれていたら、ぽんぽこ宴が始まるよ

 夜山の中で笑い声が聞こえたら、ぽんぽこ宴をやっているんだよ


 狸が、飲み食い歌い踊って騒ぐ

 ぽんぽこ宴だよ


 『たたきっこ』

 たたきっこという子供がいる。その子供はどこからともなくやって来て、子供の頭をぽかっと叩いて逃げる。逃げ足は速く、彼を捕まえることは出来ない。別段悪いことをしていなくても叩かれる。叩かれるような理由が無くても、叩かれる。


 『恐ろしいもの』

 雷、火事、凶作、毒キノコ、巫女の桜様。


 『残してはならぬ』

 どんなことがあっても決して食事を残してはいけない。

 のこ様が夜現れて、貴方が食べ残してしまったものを貴方の顔にぶちまけてしまうから。


 『曼珠沙華』

 ある日村の娘が道を歩いていると、道端に咲いていた曼珠沙華が目にとまった。不吉な花と分かっていながらも、その美しい赤から目を離せなくなってしまった。じいっとその花を見つめていると、娘の肩を叩く者があった。

 振り返ると、そこには狐の面をつけた、藍色の着物を着た少年が立っていた。少年は黙って手に持っていた曼珠沙華を、娘に渡した。そうすると、そのまま少年は姿を消してしまった。

 少年から貰った花を娘は家へ持ち帰り、飽きもせず眺め続けていた。母がそれを気味悪く思い、そんな不吉な花など捨ててしまいなさいと言ったが、娘は聞く耳を持たない。娘は、もう誰の声も聞こえていなかった。ただただ曼珠沙華を眺めているだけ。娘はその花の持つ恐るべき魔の力に、身も心も蝕まれ、その花の虜となった。両親は、そんな娘からその花を奪い取ろうとしたが、娘のその花を握りしめる力は恐ろしい程強く、奪えない。

 そうしているうち、娘の体から何か青白いもやのものが出てきて、彼女が手に持っていた曼珠沙華に吸い込まれていった。途端、娘は倒れてしまった。娘はもう息をしていなかった。娘は魂を花に奪われた。

 娘の魂を得た曼珠沙華の赤はますます鮮やかに、そして美しくなっていた。

 両親が突然のことに呆気に取られていると、家に先程の狐の面をつけた少年が静かに入ってきた。少年は何も言わず、死んだ娘の手から曼珠沙華をいとも簡単に取り上げ、呆然としている両親には目もくれず、さっさと出て行った。

 少年が一体何者であったのかは、分からない。曼珠沙華は『狐花』とも呼ばれている。彼は狐であったかもしれない。そうでなかったかもしれない。


 『重い』

 一人の男が、山中を歩いていると子供の泣き声が聞こえた。声のする方へ行ってみれば、少年が一人わんわんと泣いていた。何でも、山で遊んでいる間に迷ってしまったらしい。

 仕方無いので、男は少年を村へ送り届けることにした。少年が心細いから手を繋いでほしいというので、男は少年と手を繋いでやった。

 しばらく歩いていると、だんだんと自分の体が重くなってきたような気がした。いや、違う。重くなってきたのは自分の体ではなく、自分と手を繋いでいる少年の体の方だ。しばらくすると、少年は石の様に重くなり、男は動けなくなってしまった。どれだけ引っ張っても、少年はびくともしない。

 この少年は人ではないのか。気がついた時にはもう遅かった。男は慌てて少年から手を離そうとしたが、手が少年にぴったりとくっついてしまって、離すことが出来ない。進むことも戻ることもできず、男はその場で立ち尽くすことになった。

 段々恐くなった男は、とうとう泣き出してしまった。

 すると、少年がけらけらと笑った。少年は散々笑った末に、さっと手を離した。そして走ってどこかへと消えてしまった。


 『降ってきた』

 ある日男が歩いていると、空から小判が降ってきた。

 次の日は稲穂が落ちてきた。

 次の日は木の実が落ちてきた。


 そして次の日、牛が降ってきて、男はそれに押し潰されて死んでしまった。

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