明けない夜は無い(6)
さくらまちボンバーズ。桜町に住む五人組で、現在幼稚園年長である。家でゲームをやるよりも、外で遊ぶことの方が好きな子供達で町中を探検したり、秘密基地を作って遊んだりしている。特別好きらしいのがごっこ遊びで、様々な設定を作ってはそれに基づいて行動する。彼等の想像次第で町は巨大な森になったり、宇宙のどこかにある星になったり、ダンジョンになったり、魔法が当たり前のように存在するファンタジー世界になったりするのだ。彼等にとって、この町は固定された姿を持たぬ場所。自分達の想像に応じて姿形を変える夢の世界なのだ。
とても元気なお子様達である彼等。元気で好奇心旺盛で体力お化けで真っ直ぐでいつだってキラキラ輝いていて。それはまあ大変良いことではあるのだが、彼等の場合些か元気すぎる。五人のパワーはそれはそれはすさまじいものだ。そしてその膨大な力は時に町を破壊する。つまりはしょっちゅう町のあちこちでトラブルを引き起こすということだ。一体今までにどれだけの人が彼等に振り回され、泣かされ、叫んだことか。故意でないとはいえ物を壊し、『敵』『怪獣』『悪い奴』という設定にした人間に攻撃したり、はしゃぎすぎて大怪我したり、野良猫を人間恐怖症にしたり……彼等の所業は枚挙にいとまがない。しかも彼等には全く悪意がないから余計性質が悪い。親は五人のしでかしたことで幾度となく方々に頭を下げて回ることになり、数え切れぬ程の雷を彼等に落とした。だがどれだけ落とされて泣いても、すぐけろりとしてしまうのが困ったところ。
勿論四六時中トラブルを起こしているわけではないし、真っ直ぐで心優しい性格ゆえおばあさんの荷物を持つのを手伝ったり、落ち込んでいる友達を励ましたり、ゴミ拾いをしたりと誰かの為に尽力することだって珍しいことではない。まあ、その親切心がトラブルを引き起こすこともあり小さな親切余計なお世話、となる場合もあるのだが。
元気いっぱいの無自覚破壊神、そんな彼等は良い意味でも悪い意味でも桜町では有名。今さくらレッドを名乗っている少年――茂樹にどういうわけか妙に気に入られた紗久羅も彼等のありあまるパワーに振り回されえらい目に遭ったことがあるし、他の三人も何らかの形で被害を受けたことがある。
そんな彼等は今、妖であるあしたぐらひに喧嘩を売っている。口上を述べた声を聞く限り、彼女に対して恐れを抱いている様子は一切ない。もうまずそこからしておかしいが、それに輪をかけておかしいのが五人の姿を見たあしたぐらひの反応である。先程まで彼女から溢れていた余裕や自信が、彼等を見た途端消えていったのだ。今の彼女はまるで自身を喰らう恐るべき天敵を目の前にした、哀れな小動物に見え、先刻までの脅威を欠片も感じられなかった。彼女が人であったなら、今頃全身から冷や汗が出ているに違いない。
「……後回しにしようとしていたのに、まさか、今来るとは」
つい漏らしてしまったのであろう言葉。どうやら彼女はさくらまちボンバーズを『とてつもなく厄介な相手』と認識しているらしい。散々彼女に苦しめられてきたさくら達からしてみれば、これは相当驚きなことであった。
「ようかいくそばばあ、おれのハニーにてをだすなんてゆるさないぞ、いますぐせいばいしてやる!」
「だからしょうたいがばれるようなこといっちゃだめだってば!」
「……もうおそいとおもうけれど」
「うるさいわね、このデブ! ひっこめ、おなかもひっこませろ!」
さくらピンク――萌美に怒鳴られ、ふてくされるイエローは優馬。ぶっくりぶよぶよころんころんな坊主である。そんな二人を見てため息をつくのはさくらホワイト、名を莉奈という。おさげが可愛い、一見大人しい女の子だが実の所萌美以上にお転婆で乱暴な娘である。彼女はさっとあしたぐらひを指差した。
「どうでもいいから、さっさとたおそうよ。わたしたちがちからをあわせれば、ようかいくろめばあさんだっていちころだよ!」
「そうそう。こんなにくらくちゃいつになってもべんきょうができやしない」
最後に口を開いたのはさくらブルー。正体はほぼ間違いなく秀一だ。他の四人に比べればまだ冷静で常識的、頭も良いが所詮は彼等と仲良しこよし出来る子、暴走する彼等を止めるどころか増長させる発言をすることもあるようで。
紗久羅はあしたぐらひと戦う気満々な様子の彼等を見て絶句した。幾ら馬鹿でもここまで馬鹿だとは思わなかった。以前彼等はご機嫌斜めな野良犬に遭遇した。普通なら泣いて逃げるところだが、どういうわけか彼等は逃げるどころか喧嘩を売ったらしい。当然野良犬は烈火の如く怒り……。小型とはいえ、幼稚園児など簡単にのすことが出来る位の力はある。その時丁度弥助が通りかかっていなければどうなっていたことか。しかし今回はご機嫌斜めの野良犬とは比べ物にならない位恐ろしい相手。しかも今回は彼等を助けることが出来る人はいない。
「お前達、馬鹿なことは考えるな! 分かっているのか、そいつは……」
恐ろしい奴なんだぞと言おうとしたところで紗久羅は奈都貴に口を塞がれた。
「ふあ、ふぁっふぁん?」
「……あいつらにわざわざ恐怖心を植えつけることはない。今回に限っては」
そう言って手を離した奈都貴を紗久羅は見、まさかと冷や汗一しずく。
「なっちゃん、あいつらにあしたぐらひの相手をさせるつもりなのか?」
「ここじゃあ想像の力と、戦う意思が全てだ。大人も子供も多分関係ない。俺達じゃああしたぐらひを倒すことは出来ない。けれど、このままあいつの思い通りにさせるわけにはいかない。なら、勝てる見込みのある奴に託すしかないだろう。……あいつらを見た時のあしたぐらひは尋常じゃない位動揺していた。脅威と感じていなければ、あんな風にはならないだろう。俺達の前に姿を現した時とはまるで違う。多分あしたぐらひは、あいつらの戦いっぷりを見て『まずい』と思ったんだ」
「でも……」
「それともお前、あいつらを追っ払った上でもう一度戦うか? あしたぐらひと」
紗久羅はうん、と頷くことが出来なかった。さくらや一夜も同様に。俺だって危ないことをあいつらに任せることに乗り気なわけじゃない、と奈都貴はため息。
「けれど、俺達の力じゃどうにもならないしこれ以上に良い手は思いつかない。やっぱり託すしかないんだ、あいつらに」
紗久羅と奈都貴はあしたぐらひを見、そしてさくらまちボンバーズのがきんちょ共を見た。彼等からは絶対に勝つオーラが溢れており、対してあしたぐらひからは逃げたい、出来れば戦いたくないという思いを感じ取ることが出来る。
(でも、それでも、本当に勝てるか? あのがきんちょ共が、こんな恐ろしい化け物に……)
だがそれは杞憂に終わるのである。先に動いたのは、あしたぐらひだった。彼女は巨大な牙が恐ろしい大蛇を生み出し、けしかけた。しかしその蛇は彼等を呑みこむ前に消えることになる。さくらレッドが『なんでもとかすえきばくだん!』と叫んで出したバスケットボール程の大きさがある水風船をぶつけたのだ。水風船は大蛇の頭に当たると弾け、中から紫色の液体が溢れだした。その液体は大蛇の頭を溶かし、頭を失った大蛇は地面へ激突。地へ落ちた大蛇の体は無数の鉄球となり、すさまじい勢いで岩の上に立っている五人めがけて飛んでいった。
「けっかい!」
さくらホワイトが叫ぶと彼等の周りを青色の光で出来たドーム状の結界が出現し、鉄球を跳ね返す。跳ね返って自分の方へ飛んできた鉄球をあしたぐらひはぱっと消した。だがその動作に余裕は全く見られなかった。自分のイメージで作った鉄球を消すこと位わけないだろうに。そして今度は彼等が立っている岩を消した。しかし五人は冷静だった。岩が簡単に消えたのも、もう彼等にとって岩などどうでもいい存在になっていたからだろう。五人はそれぞれ乗り物を作り、そこに乗る。レッドはロボット、ブルーはUFO、ホワイトはSF映画に出てきそうな戦闘機の中に乗り込み、イエローは巨大ハンバーガー、ピンクは巨大フランス人形の肩の上に乗り、空へ。
ここからはもうはちゃめちゃな戦いであった。彼等の強さもはちゃめちゃだった。
空飛ぶゾンビ集団をブルーの乗り込むUFOから放たれたビームが一掃し、レッドの乗り込むロボットから放出された、牛乳パック製ロボットがトイレットペーパーの芯で出来たバズーカからスーパーボールを次から次へと発射し、あしたぐらひにぶつける。これがまたえらく痛そうだ。
近くへやってきたイエローを、あしたぐらひは剣で斬りつける。だが彼は直前に『スーパーデリシャスカレー』を食べており、無敵の状態であったからかすり傷一つ負わなかった。このカレーはとあるゲームに出てくるアイテムで、一定時間無敵状態になり、足も早くなるというものである。しかし彼の食べたカレーは一定時間どころか半永久的に無敵になるというとんでもないチートアイテムだった。だからあしたぐらひがどんな攻撃をぶつけても、びくともしない。実は紗久羅もこういった無敵になれるアイテムというのを作り、それを使ったのだが上手くいかなかった。あしたぐらひの攻撃を受けるとどうしても恐怖してしまい、その気持ちがアイテムの効果をなかったことにしてしまったのだ。
(あいつ、よく無敵状態を保てるな……)
そんなイエローがあしたぐらひをガラス瓶の中に閉じ込め、中にカラフルな小粒の石らしきものを大量に入れる。そして最後にティーポットを傾けて。ポットの大きさは一般的なものなのに、出てくるお湯――いや、どうも水らしい――の量は相当であった。水が入るとカラフルな石のようなものがばちばち弾けて、あしたぐらひは悲鳴あげ。どうやら石と思っていたものは、口に入れるとぱちぱち弾けるキャンディーだったようだ。しかも本来のもの以上に弾け方は強烈。蓋をされた瓶はしゃかしゃか激しく振られ、さかさまにされ、また振られ……。
どうにかこうにか瓶を破壊したあしたぐらひを次に襲ったのは、ピンクが乗るフランス人形がぶん投げる食器や本や壺であった。あしたぐらひはそれを結界で防ごうとするが、どれもこれも皆結界を破って突っ込んでくるから意味がない。ならば叩き壊そうと金属バットを繰り出すが、戦闘機から放たれたビームによってバットはふにゃふにゃのマシュマロ製にされ、まるで意味なし。子供はこれが嫌いなのだろう、これでも喰らえと巨大注射器ミサイルを放つが、ホワイトの戦闘機が放った『こわいものがこわくなくなるビーム』を受けたことで鉛筆型チョコレートに変わりイエローが乗っているハンバーガーに一つ残らず食われてしまった。食ったのは乗り物の方なのに、ああ美味しかったと感想を漏らし腹を撫でるのはイエローで。あしたぐらひはそれなら、と彼だかハンバーガーだかが吸収したチョコを虫に変えるが、まるで効果なし。「むしはむし、だもんね!」と一言。無視したから問題ないということらしい。もう滅茶苦茶だ。
それなら、と次に作ったのは『歯医者さん』であり、嫌な音を出す器具の数々を手に襲いかかる。だがそんな彼はあっという間にブルーによって倒された。
「おれ、むしばひとつもないからぜんぜんこわくない」
虫歯一つない彼に、歯医者の恐ろしさなど分かるはずがない。そんな彼は突然あしたぐらひに、計算問題を出した。四ケタ×四ケタの計算だ。答えられなければ酷い目に遭わせる気だと思ったらしい彼女はぱっと暗算で答えを導きだした。暗算が出来る自分をイメージしさえすれば、普段は出来ないことだって出来るのだ。
「せいかい。はい、これせいかいしたごほうび」
あしたぐらひの頭上から、その答えと同じ重量の金塊が降ってきて彼女を地上へ叩きつけ、押し潰す。
そんなものに押し潰されながらもあしたぐらひは死んでいない。だが相当なダメージを受けたことは確かだった。ブルーはそれから何度も問題を出した。わざと間違えれば実体化した『馬鹿』という文字に吹き飛ばされ、答えなければチョークで全身突き刺され、どうしたって彼女は攻撃される運命にあるようだった。何問かやったところでブルーが飽きた為、この問題攻撃は止んだが他の攻撃はとんでくる。
「わるいことをするやつはおしおきだよ!」
とピンクがあしたぐらひめがけて投げたのはクリームたっぷりのパイ。ところがこのパイ見た目は甘そうなのに実際は唐辛子や辛子、わさびがたっぷりのべらぼうに辛くて不味いものらしく、あしたぐらひは堪らず悶絶。そんな彼女はお返し、とピンクに向かって全く同じパイを投げつけるが、彼女に当たる前にフランス人形が全て回収し、食べてしまった。
「おにんぎょうさんだから、からさなんてぜんぜんかんじないからだいじょうぶ!」
そりゃあまあ、確かにそうだけれどと呟く紗久羅。更に、激辛パイのせいでまだひりひりしているらしい顔面めがけ、イエローが熱々の目玉焼き(ウインナー付)を負い舞する。悲鳴をあげ悶えつつもあしたぐらひはチェーンソーを持った巨大な熊のぬいぐるみを出現させる。大きなぎょろりとした目玉、その片方は今にも落ちそうになっていてかなりグロテスク。腹からは臓物が飛び出しているし、口からは緑色の液体がたらり。そういったグロいものに耐性がないさくらは気を失いかけ、倒れかけたところで一夜に支えられた。紗久羅や奈都貴も顔をしかめている。それなのに、五人はちっとも怖がっている様子が無い。
「あいつらの心臓、まじで毛が生えているんじゃねえか!?」
「毛どころかカビが生えていそうだな……」
「へへん、せいぎのみかたにこわいものなんてないんだぜ!」
とレッド。どうやらその考えが彼等に恐怖しない心を与えているらしい。その彼に向かって落とされた雷、それと共に轟く雷鳴は大人でさえ震える位恐ろしいものだったが彼はちっとも気にしない。普段の彼は雷をあまり得意としていなかったはずなのだが、正義の味方に怖いものはないから大丈夫なのだ。落ちた雷をロボットはまともに食らったがダメージはゼロ。ロボの中からレッドの憎たらしい位元気な笑い声が聞こえた。
「このロボットはかいじゅうイワンゴンのからだとおなじものでできているから、でんきなんてきかないもんね!」
イワンゴン、というのは子供達の間で人気な捕まえたモンスターを育成して戦わせるゲームに出てくるモンスター。このモンスターは岩属性で、雷属性の攻撃は通用しない。そのイワンゴンの体と同じもので出来ているから、雷は効かないのだそうだ。
ならば、とあしたぐらひが出したのは岩属性のイワンゴンが苦手とする水属性のモンスター・カメットだ。ヘルメットを被ったカメのような姿のモンスターはウォーターインパクトという水属性最大の技をお見舞いするが、これも効かない。
「へんだ、このロボットはサクヒメのからだとおなじものでできているから、へっちゃらだもんねそのくらいのこうげきなんて! しょくぶつぞくせいのサクヒメはみずにつよいもん!」
「イワンゴンどこ行ったんだよ……」
そうつっこみたかったのは、何も紗久羅だけではあるまい。自分にとって都合の良い設定を瞬時に作りだす能力は彼等の武器となっている。しかもただ作るだけでなく、それをちゃんとイメージして実行に移すことが出来るのが凄いところ。
その能力はあしたぐらひを苦しめる。どんな攻撃をしたって、その都合の良い設定によってことごとく潰されてしまうのだから。目に見えない矢を放っても、ブルーが最初から作っていたらしい『じぶんのめがねにはどんなものでもうつる』という設定によって見破られ、レッドは布団たたきを持った自分の母親を作り、あしたぐらひを追いかけ、彼女の尻を思いっきり叩く。どれだけ素早く逃げても『かあちゃんはどこへにげてもおいかけてきて、わるいこのしりをたたく』という設定があるから逃げきれない。ゴーレムを繰り出せば、ホワイトに『ゴーレムをいちげきでたおすビーム』によって倒され、イエローは『わるもののからだにかかるともえるカレー』をお見舞いし、やっとの思いでピンクに攻撃を当て、ダメージを与えたと思ったら『いまのはほんばんじゃないからなし』の一言でなかったことにされる。
完璧な防御、そして完璧な攻撃。必ず当たる設定がついた、必ず大ダメージを受ける攻撃。ゴム製ボール砲、鍵盤を押すと繋がれた管からヘドロや唐辛子、何でも溶かす液などを噴射する鍵盤ハーモニカ、暴走送迎バス、象型滑り台の突進、当たると痛い上に臭い犬の糞爆弾を投げる砂場、風邪をひいたとき「悪いものを退治してくれる」と親に言われて嫌々ホワイトが飲んだ大根はちみつ生姜ビーム、イエローがカレーを飲んで吐いたすさまじい炎、ピンクの父親の靴下攻撃、顔や体を思いっきり挟んだり、すさまじい音で攻撃するシンバルを叩く猿のぬいぐるみ……あらゆる攻撃が次々とあしたぐらひを襲った。その相手に反撃する隙を与えぬ攻撃に、さくら達はただただ呆気にとられ。
(強い、絶対に敵にしたくない位も強いわ皆……)
「そろそろあれやろうぜ、あれ!」
とレッドが言うと皆がそうだ、やろうやろうと言う。彼等は一ヶ所に集まると『トランスフォーム!』と叫んだ。すると彼等がそれぞれ乗っていたものがバラバラになった。どうやら全員の乗り物を合体させて一つのロボットを作るようだ。疾走感と情熱を感じられるBGMと共にそれぞれのパーツが結合し、やがて戦隊ものお約束の巨大ロボが出来上がった。デザインセンスは欠片もないが、圧倒的な存在感を感じられ、一目見ただけで「ああこいつは強い」というのが分かる。五人の小さな体がロボットの中に吸い込まれていく。
「さくらロボ、はっしん!」
「安直な名前だなあ……」
という一夜の呆れたような声は果たして彼等の耳に届いたかどうか。さくらロボは五人が乗り込むとすぐ動きだし、もうへとへとのあしたぐらひに追い討ちをかける。
ロケットパンチと叫べば右腕が吹っ飛び、あしたぐらひも吹っ飛び。さくらバスターと叫べば両肩から桜色の光線が飛び出し彼女の作ったものを、そして彼女自身の体を貫き、あしたぐらひの出したロボットをひょいっと掴んで宇宙の彼方まで吹っ飛ばし、耳から出るさくらミサイルは全ての攻撃を無に帰し、あしたぐらひの体をぼろぼろにする。どんな攻撃をしたってまるで無駄、防御だって出来ない。攻撃は最大の防御というけれど、攻撃が通らねば防御にもならない。彼女は今まさに、ついさっきまでのさくら達と同じ状態に陥っており、みるみる内に攻撃の威力も下がってきている。
五人は相手がもうぼろぼろだろうが容赦しない。ロボの手にいつの間にか握られた筆が宙に描いた虎が本物のそれとなって彼女をひっかき、目から放たれたビームが直撃し、口から放たれた炎が体を焼き。
あっという間、本当にあっという間にあしたぐらひはぼろぼろになった。最早さくら達と対峙していた時の姿など見る影もなく、憐みさえ覚える程無残な状態。顔は恐怖と絶望、疲労に満ち溢れ、体に無事なところは一つもなく、乱れた髪が彼女の惨状を物語っている。対してさくらレンジャーことさくらまちボンバーズは余裕も余裕、超余裕であった。さくら達ももう、彼女を怖いとは思わなかった。今の彼女になら自分達も勝てると思った。
さくらまちボンバーズが生み出したさくらロボがあしたぐらひを嘲笑うかのような声をあげる。胸にある桜の花を模したランプのようなものが眩い光に包まれていく。一番上の花びらは赤、右上は青、右下は黄、左下はピンク、左上は白。彼等は今から最強最大の必殺技を放とうとしていた。
「やめろ、やめろ……」
あしたぐらひのその声は掠れていて、桜の花に集まるエネルギーによって、さくらロボがまるで洗濯機のように小刻みに振動する音にかき消された。例えその声がさくらまちボンバーズのがきんちょ共の耳に届いたとしたって、彼等がその願いを聞き入れることは万に一つもないだろう。
紗久羅がすぐ近くにいた奈都貴の肩をちょんちょんと人差し指で叩く。
「なあ、なっちゃん。あたし達も一緒にトドメを刺そうぜ。今まで散々ぼっこぼこにされたお返しにさ」
「それ、今俺も思った」
それを聞いていたさくらと一夜も賛成だと頷いた。誰かを攻撃することはあまり好きではないさくらだったが、今回ばかりは一発位思いっきりきめてやらないと気が済まないと思ったのだ。
四人はようし、と一斉に立ち上がった。自分達が出すものを決めそして仲良く手を繋いで念じる。
こっちも最強最大の攻撃をお見舞いしてやるのだ。
さくらロボの胸に咲く花は限界まで光り、レッドの『はっしゃじゅんびかんりょう!』という声がこだまする。あしたぐらひにとっては死刑宣告に聞こえただろう。
さくら達も準備完了だ。四人で手を繋ぎ、心を繋ぎその精度も力も高めたものが後少しで現れる。
さくらまちボンバーズの声がロボの中から聞こえた。声を揃えて叫ぶのは必殺技の名か。
「ウルトラスーパーダイナミックさくらアターック!」
直後、エネルギーを溜めた桜の花から五色のビームが放たれた。ネーミングセンスはともかく、恐るべき破壊力を秘めていることは、一目見ただけで分かる。
同時にさくら達が「いけえ!」と叫ぶ。四人の前に美しい人が現れた。長い藤色の髪が舞い、天へ向かってあげられた白くしなやかな腕、その先にある弓に彼の肌以上に白い清浄なる光の矢が生まれた。
四人が知る限りでは最強の妖。どんなものも一瞬にして浄化する無敵の力。血染め柊の瞳があしたぐらひをとらえ、そして。
眉一つ動かさずその男――出雲は矢を放った。その姿の美しさはまさに至高の芸術。
彼の放った光の矢、そしてさくらロボが放ったウルトラスーパーダイナミックさくらアタックは同時にあしたぐらひの体を直撃した。攻撃をまともに喰らった彼女が紡ぐのは断末魔の悲鳴。その声もやがて眩い光に体と共に溶け、それと同時にさくら達は意識が遠のくのを感じた。
その寸前さくらは思い出した。桜村に住む者達が揃って同じ『夢』を見たという話のことを。
(その出来事の後、目立たなかった男の人が何故か注目され、英雄扱いされたって……もしかしたらあの話はあしたぐらひが関係していたのかもしれない。その男の人はあしらぐらひを倒して……それで……)
光が脳を満たし、思考さえ覆い隠していく。嗚呼久しぶりに光満ち溢れる世界を見たなあ、という思いを最後にさくらはばたりとその場に倒れた。
*
「さくら、おいさくら!」
遠くから聞こえる誰かの声。誰、私を起こすのは。今とても気持ちよく寝ているのに。
そんなさくらの体を誰かが乱暴に揺らす。嗚呼、何だかゆりかごみたいでいいかも。けれどもう少し優しく揺らしてもらいたいものだわ、これじゃああんまり酷いもの。
「さくら、起きろ、起きろってば! こんな所でいつまでも寝ているなよな!」
ああこれは一夜の声だ。どうして一夜が私の部屋にいるのだろう。あれ、でも何だかおかしい。とても寒いし、ベッドは固いし……。
ようやくそこでさくらは自分が夜の世界――あしたぐらひの体内に閉じ込められていたことを思い出した。思い出した途端意識が覚醒し、ぱちっと目を開ける。が、すぐ閉じる。世界が、世界がとても眩しくて目が痛い。自分の顔を覗きこんでいる一夜が光を大分遮っているのに。それでもしばらくしてようやく慣れてきて、さくらは徐々に閉じていた目を開き、のろのろと起き上がる。アスファルトはひんやりとしていて、まるで氷のようだ。辺りを見回せば、何百年ぶりに見たような気さえする景色が目に映る。どうやら町の外れ――舞花市寄りの所――に自分達はいるらしい。あしたぐらひの子供達から逃げたり、彼等と戦ったりしている内に随分と移動したらしい。体の傷は一つ残らず消えていて、痛むところといえば転んだ時にすりむいた膝位のものだ。幻想が生んだ傷は消え、現実に受けた傷だけが残った。
空は、水色。白い雲があちこちに見え、ゆっくりゆっくり水色の海を泳いでいる。いつもと変わらぬ空であったが、今は格別美しく見えた。自分達は朝を、生を取り戻したのだという実感がふつふつ湧いてきて思わず顔がほころんだ。
「さくらまちボンバーズの子達は?」
「もう帰ったよ。何でこんな所で寝ていたのか訳が分からないけれど、ハラハラドキドキでとっても楽しい夢を見られて良かったとかなんとか言いながらな。茂樹は紗久羅とまだ色々話したかったようだけれど萌美の奴に引っ張られて」
「そう……」
紗久羅は今携帯で英彦と話しているらしい。奈都貴の方は柚季とメールでやり取りしているようだ。お互い今日起きたことを相手に話している。梓が見たという女の人の話をした直後、紗久羅から幾度となく気になる言葉が発せられたが、話の全体図は見えてこない。ただどうも英彦はその女性に心当たりがあるらしい。やがて電話を切った紗久羅が、英彦から聞いたことをさくら達に聞かせてくれた。
世の中には妖に関係する仕事をしている家がある。柚季のご先祖様は封術師と呼ばれるものだったし、英彦は化け物使いとして時々妖絡みの事件について調査している。そんな数々の家の中に、桜川家という名家があるという。その家は妖及び異界について研究しているそうだ。ところがこの家の者というのは殆ど決まって『まともではない』のだという。研究の為――己の知的欲求を満たす為なら凶暴な妖を閉じ込めている封印を解いたり、妖を唆して人間を襲わせたりすることも平気でするのだ。例え自分の行動が原因で罪なき人間が死んだり、不幸になったりしたとしても構わないと心から思っているような人間が多い。
「で、その桜川家の人間の中でもとびきりやばいのが、現桜川家当主の子供二人なんだとさ。兄と妹の二人で、妹の方は二か月位前から行方知れず。……おっさん曰く、あしたぐらひを町に放ったのはその妹かもしれないんだって。その妹がさ、あしたぐらひが封印されたものを家から持ち出したらしいんだ。他にもそういう妖怪が封印されたものを沢山持ち出しているらしい」
うんざりしたような様子で紗久羅が語る。もしかしたらまた桜町に姿を見せるかもしれないと英彦は言ったらしい。彼女にとって、この辺りの程素晴らしい土地は無い。一応取り決めで桜川家の人間は足を踏み入れてはいけないということになっているそうだが、彼女がいつまでもその決まりを守っているとは到底思えないらしい。恐らくそれ程強い力を持つ決まりでもないのだろう。
「もしそれらしき人物を見かけたら、教えてくれってさ。ただ決して関わろうとはするなって。何をするか分からないような人間だから。あたしとしては見つけ次第話しかけて色々問いただしたいところだけれど、仕方ないよな」
と肩をすくめる。それからまあでもとりあえずはめでたしめでたしだと、うんと伸びをした。奈都貴もそうだな、と微笑む。この先また面倒なことが起きる可能性がある、というのは大変よろしくない事実であったが、今はそのことについて色々考えるよりもこの町に戻ってきた光を全身に浴び、朝を取り戻すことが出来た喜びを噛みしめながらゆっくりのんびりしたかった。
(さくらまちボンバーズの子達には感謝しなくちゃね。あの子達がいなければ今頃とんでもないことになっていたかもしれない。まあ梓さんはきっと無事だっただろうから、最終的にはどうにかなったのかもしれないけれど……)
肉体的な疲労は無いけれど、精神的な疲れはやや残っている。皆途中まで一緒に歩き、それぞれ帰路についた。一夜はその後慌てて学校へと行ったようだ。不思議なことに彼及びその他桜町在住の東雲高校サッカー部員が姿を見せていないという事実に、顧問や他の部員は最初気づいていなかったらしい。町が朝の世界に帰ってきた位の時間になって、ようやく気がついたらしい。頭にはてなマークを浮かべつつ、やや覇気のない声で説教する顧問……その姿はえらく滑稽で思わず吹き出しそうになったとか。とりあえず思ったほど叱られることはなく、残りの時間部活動に励んだそうで。
町の人達は同じ『夢』を見たことを大層不思議に思ったようだが、あんまり恐ろしい夢だった為かそのことを口にしたのは最初の内だけで、じきに誰も喋らなくなった。しかも悪夢は目が覚めた後も終わらなかった。……朝を失っている間電気が来なかった為に冷蔵庫の中の多くがぱあになったのだ。多くの家庭がそれによって絶叫したという。
それでも、悪夢は終わった。最後にはちゃんと終わって、朝が、光が、生がこの町に戻ってきたのだ。
明けない夜は無い。そんな言葉を口にしながらさくらは今日起きた出来事について詳しく日記帳に記すのだった。
*
「……今日、桜町があしたぐらひに襲われたよ。しかもその裏に桜川のお嬢様がいた可能性が高い」
『何ですって!? それ本当なの?』
「嘘を言ってどうするんだ。桜町には私が勤めている高校に通う生徒がいてね、しかも異界や妖のことを知っている。……あまり好ましくないことだが、異界に何度か足を運んでもいるようだ」
『異界に? うわあ、何それものすごくやばいじゃない。あの町にそんな子達がいたら……まあいいや、とりあえずその話は。それで、その子達が桜川のお嬢様様らしき人と会ったの?』
いや、と電話の相手――佳奈の問いに首を振る。
「彼女らしき女性と会ったのは、その子供達の知り合いらしい。桜町に最近引っ越してきた人物で、どうもお嬢様同様色々危ない子らしいんだけれど……その人が彼女らしき女性と会ったようだ。皆の話を聞く限り、彼女である可能性はかなり高い」
電話の向こうから聞いているこちらのテンションまで下がりそうな、深いため息が聞こえる。無理もない話だと英彦は思った。
『……今、術師達の報告書に改めて目を通しているところ。あの娘が失踪した日から今日までの間に全国で起きた妖絡みの事件のね。長い間施されていた封印が何者かの手によって解かれて、そこから出てきた妖が騒動を起こしたり、人間に唆された妖が騒動を起こしたり……っていうのが最近結構多いの。お嬢様が持ち出した封印物に封じられていたのと同じ妖が関わっている事件の報告もちらほら見かける」
そういった事件が今までなかったわけではないが、最近は特に多いらしい。そして一部の術師の中でもしや桜川家――特に当主の子供二人辺り――が暴走して、全国へ足を運んでは封印を解いたり妖を唆したりして騒動を起こしているのではないか? という考えが生まれた。自らの『知りたい、感じたい、この目で確かめたい』という欲求を満たす為なら多くの人間を犠牲にしても構わない、という考えを持っている彼等なら十分あり得る話だった。で、近々二人から話を聞こうとした矢先に妹の方が行方をくらましたという話が出てきたわけだ。
「それで、疑いは確信へ……ってところか」
『ただ、報告書の中に事件が起きた場所で彼女らしき人物が目撃されたと書かれているものはあんまりないんだけれどね。不審人物の目撃証言が書かれた報告書は幾つかあるの。けれど、見たところ彼女じゃなくて別の人間みたい。徒に封印を解く馬鹿はまあ、あの娘だけではないからね。でも絶対あの娘が関わった事件も報告書の中には絶対あるわ。ただ上手いこと立ち回っているから目撃証言が無いだけで。それにしてもとうとう桜町にまで……』
「彼女がわざわざあの町に足を運んでいながら、持ち込んだ封印物を解いただけってのも妙な話だ。封印物を解くだけなら、あの町でなくても出来ることだからね。……今後、あの町について色々調べる為に改めて訪れる可能性は十分ある。勿論三つ葉市や舞花市にも」
紗久羅達にはとりあえずもしそれらしき人物を見かけたら報告するように伝えてはある。逃げられると困るし、何をしでかすか分からない娘だから話しかけたり、喧嘩を売ったりしようとはするな、とも言ってはおいた。言う通りにしてくれるかどうか、若干怪しくはあるが。特に紗久羅は何かしでかしそうで怖い。
英彦は再び佳奈を弄り倒してから、電話を切った。それから深いため息をつく。
(桜川のお嬢様の動向も気になるが、彼女を桜町で見たと証言した人のことも気になる。井上さん曰くあしたぐらひに閉じ込められたことを面白がっていたようだし、言い伝えや妖について興味があるみたいだし……あの子同様、何をしでかすか分からない人物のようでもある。もし彼女と今日の出会いをきっかけに関係を持つようなことになったら尚更面倒なことになるし、単独で彼女と同じようなことをやらかすかもしれないし、そもそも彼女が桜町に現れたというのは梓というその女性の証言が本当ならの話だしな……)
彼女の動向も気にしておいた方が良いかもしれないと思った英彦だった。
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楽しかった、本当に楽しかった。貴方も楽しかったでしょう? 最後以外は。驚いてしまったわ、私……だって思ったよりずっと早く倒されてしまったのですもの。ちょっと残念だわ、もっともっとこの世界を楽しんでいたかったから。でも、いいわ。満足よ私。やっぱり書物の記録を読んだだけじゃ、分からないことも多いもの。百聞は一見に如かず、文字よりも実体験。ふふ、でもお兄様に叱られてしまったわ、もし町があしたぐらひに呑まれていたらどうするんだって。そんなこと万に一つも有り得ないわ。そうなる寸前に私が倒すつもりだったから。その前に、あの子供達が倒してしまったけれど。私がこの素晴らしい町を消すような真似をすると思って? 異界との境界が特別曖昧な異常なまでに歪んだ素晴らしきこの世界を。
良かったわね、貴方。もう二度と封印されることはないわ。消えてしまった人を封じることなんて、出来ないもの。ふふ……結局貴方、気づかなかったわね。私がかつて貴方を利用した一族の子孫であることに。ご先祖様はあしたぐらひの力を見、記録する為に手を組んだ。貴方はある一つの集落をその闇で呑みこんだ。ご先祖様も一緒に彼女の空間に呑まれたけれど、手を組んでいたから闇に呑まれることはなかった。ご先祖様以外の人々が全て闇に呑まれ、貴方はその集落一つを手に入れた。そして空間が元に戻った直後ご先祖様は貴方を封印した。……あしたぐらひという妖を後世に残す為、研究の資料にする為。お陰で私は今日素晴らしい遊びをすることが出来たの。でもちょっと勿体無かったかしら。改めて封印すれば良かったかも。
まあ、いいか。さて、次はどんな楽しいことをしようかしら……?