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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
明けない夜は無い
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明けない夜は無い(5)


 宙に浮く女は異様な姿をしていた。肌は灰色、肉は殆どついておらずほぼ骨と皮だけ。目玉はなく、代わりに闇広がる大きな穴が二つ。見るからに状態の宜しくない髪は蛇体の如く波を打ち、かかとに触れる位までだらだらと伸びている。その髪についているかんざしの飾りは二つの目玉。ぎょろぎょろ動くそれは作り物には見えぬ。果たしてその目玉は彼女のものなのか、それとも。

 身に纏う赤い打掛に描かれているのは地獄絵図。その下には闇しか見えない。顔や手はあるが、この女胸や胴は存在しないらしい。肉体の代わりにあるのは、深い闇。

 加えて、身に纏う闇の濃さ。恐れを抱くなという方が無理な話。彼女にほんの少し触れられただけでその部分は闇に溶かされ、消えるのではないかとか、心臓も脳もその機能を一瞬にして停止してしまうのではないかという良からぬ想像ばかりをしてしまう。闇より生まれし餓鬼に似た化け物もその他の化け物もこの者に比べれば可愛いものであった。あれらが闇の子なら、目の前にいる女は闇の母。圧倒的な力、存在感。どう抗っても、どれだけ夜の力を駆使して闘っても決して敵わないという思いを抱かずにいることなどどだい無理な話であった。


「嗚呼、いつ見ても良いものだ。怯え、恐怖し、絶望する姿は。心躍り、血や肉は歓喜する。体巡る快感に私の体は震える、震える」

 そう語る彼女の口に歯は無い。もしかしたら唇もないかもしれない。黒い、黒い、大きな穴が閉じたり開いたり。彼女の口調は実に淡々としていて棒読みと言って差支えないものであった。それなのに彼女が人の恐怖する姿を見て、心の底から悦びを感じていることは嫌という程伝わってくる。おまけにその声ときたら女性男性、女児に男児、老若男女の声が入り混じったようなもので、口を開いているのは一人なのに何十人もの人間が同時に同じ言葉を喋っているような錯覚を覚える。


「闇に包まれた世界、呑まれる人間共。この素晴らしき光景を再び目にすることが出来て、私は本当に嬉しい。抗う為の力があることに気づかぬまま闇に呑まれる人間、力を用いて抗っても抗っても光差さぬことに絶望して少しずつ闇に呑まれていく人間。大抵の者は前者だけれど、お前達のような者もいる。お前達は、後者。私はどちらも好き。大好き、愛している」


「……貴方は一体何者なの、この町をどうしようとしているの」

 そうしてさくらがかろうじて口を開き、彼女に問うことが出来たのは「口よ動け、動け」と強く念じたお陰かもしれない。そうしなければ闇に口も喉も塞がれてただの一言だって喋ることは出来なかったかもしれない。この世界ではイメージ力や意思の強さが全てなのだ。

 出てきたのはまるで首を絞められた鶏のような声で、顔から火が出る位酷いものであったが今はそれを恥ずかしがる余裕などない。女はくくくっとこれまた鶏の鳴き声のような笑い声を発した。


「私はねえ、あしたぐらひ。一切の光差さぬ夜の世界に閉じ込めた集落を喰らう者。この闇は私の体、お前達は今私の内にいる。そしてお前達を襲ったのは私の体から産まれた子。女の体内は朝と夜の狭間。どちらかといえば夜――死寄りではあるな。外に出れば朝を迎え、生を得る。だが外へ出られねば生を得られず、永遠の夜に抱かれる。我が体から産まれし子供達は、閉じ込められた人間共を朝の世界へ出さぬようにする。彼等の闇に完全に呑みこまれれば、その者は朝の世界へ出られなくなる。永遠に私に抱かれることになるの」

 そう言うと女――あしたぐらひは打掛を広げ、内にある闇をこちらへと見せた。闇の中を、まるで魚のように泳ぎ回っている……或いは逃げ回っているのは無数の光。色や大きさは様々なそれはいわゆる『人魂』の形をしていた。それはあの化け物達に負け、闇に呑まれ、彼女の体内から出られなくなった者達の魂なのだろう。そして目の前のそれはさくら達の遠くない未来の姿になるかもしれない。


「人も、建物も、包み込んだもの全てが私のものになる。そしてね、現の世界からそれらは消えてしまうの。私はあらゆる集落を自分のものにした、そうして地図と呼ばれるものからね、幾つもの集落が消えていったの。この桜町なる場所も、もうじき私のものになる。闇に抗う者が一人もいなくなった時、全ては私のものになるの」

 そんな彼女にとって、いつになっても闇に呑まれず抗い続けている者というのは相当厄介にして面倒な存在に違いない。彼女はそんなさくら達にトドメを刺す為こうして姿を現したのだ。恐らく、いや確実に彼女は今まで出てきた化け物達以上に強いだろう。人々が恐怖する様をうんと見て楽しみ、満足したところでまだ抗っている者の前に現れ、僅かな希望さえ笑いながら摘み取る……。


「冗談じゃない、お前の思い通りになんかさせるかボケ!」

 と精一杯の強がりで紗久羅が啖呵を切れば、あしたぐらひは肩を震わせて笑う。ぎりぎり闇に呑まれず踏みとどまっている状態のさくら達と違い、向こうからはむかっ腹が立つ位の余裕を感じられた。


「いいよ、抗っても。その方が面白いもの。お前達が抗う為に使っている力は、この私にも有効だよ。だからうんと頑張って戦えば勝てるかもしれないね? この世界から脱出し、朝の世界へ戻りたいなら私を倒すことだ。もっともお前達如きにそれが出来るとは思えないけれど」

 確かにその通りだ、とうっかりさくらは口に出しそうになり慌てて頭を振った。そんな風に考えていたらどう頑張ったって勝てやしない。しかし目の前にいる女を見て『絶対に勝てる、倒せる』という思いを抱くことはなかなか難しいことであった。それこそが彼女の武器の一つであるのかもしれない。


「ゲームでいえばこいつがラスボスって奴か……くっそ!」

 言うが早いか一夜はサッカーボールを作りだし、あしたぐらひめがけて思いっきり蹴りつけた。ボールは本来ならあり得ないスピードですっ飛んでいったが、女とボールの間に割り込むようにして現れた一人の男によって受け止められた。それは世界でも有名なゴールキーパーで伝説の人と呼ばれている。どうして妖なんかがこのゴールキーパーのことを知っているのだ、と呆然とする一夜の腹にボールが食い込み哀れ彼は遥か後方へと吹き飛ばされた。ゴールキーパーが一瞬の内にこれまた伝説のキッカーと呼ばれた男に姿を変え、受け止めたボールを放ったのだった。


「何を驚いているの? 我が子達だって私が到底知らないようなものを沢山出していたでしょう? 私はねえ、この世界に閉じ込められた人間が知っているものなら何だって知っている。今まで呑みこんだ人間共の知識もまた同じように自分のものにしている。私は長い間汚らわしい人間共によって封じられていたけれど、だからといって封じられ眠っていた間のことを何も知らないわけではないのよ」

 悠々と構えて喋っていた彼女の体を突き刺そうと、無数のナイフが一夜が吹っ飛んだ方から真っ直ぐ飛んでくる。だがこれも彼女の体を刺すことは無かった。ぽん、と現れたのは巨大な樽。その樽には穴が空いており、飛んできたナイフは吸い込まれるようにその穴へとぶすぶす突き刺さった。樽から顔を出すのは強面の赤鬼。ついている人形の種類に差異はあれど、これはどこからどう見ても某有名な玩具である。

 最初、穴の数はナイフの数より明らかに少なかったが徐々に増えていった。イメージ出来れば穴の数なんて後から足せるのだ。そして全てのナイフが樽に突き刺さった時、そこから鬼が飛び出た。鬼が口から火を吐く。その勢いはすさまじいものだった。

 慌てて紗久羅は象を生みだし、空へ向けられた鼻からこれまたすさまじい量と勢いの水が放たれ、鬼の吐いた火とぶつかり合った。一方さくらは鬼にはこれ、と桃太郎及び三匹のお供を繰り出し向かわせる。

 

「水が火に負けるもんか!」

 と威勢よく言うが、見るからに紗久羅側の方が劣勢であった。鬼は桃太郎や犬猿雉の猛攻などものともせず、彼等を金棒一本で軽くいなしつつなおも火を吐き続けた。桃太郎が鬼に負けるはずがない、と彼が鬼を打ちのめす様を幾ら想像しても戦況は変わらず、最後お供達は金棒によって吹き飛ばされて消え、桃太郎は腹を蹴られそのまま地面に勢いよく叩きつけられて消えた。同時に象の放水を完全に押しやり、さくら達のいる辺りを紅蓮の海へと変える。奈都貴が咄嗟に火を防ぐドームで守ってくれなければ酷いことになっていただろう。彼曰くこれは『火鼠の皮ドーム』であるらしい。こういったものがなくてもイメージ次第で火に包まれても熱さを感じないようにすることは出来るだろうが、赤い赤い炎を見たらどうしたって思わず「あんなものに包まれたら、熱いに決まっている」という考えがよぎってしまうに違いなかった。しかし向こうの力は想像以上にすさまじく、ドームで守られているにも関わらず肌が、あらゆる器官が絶叫する位熱い。

 そしてぽん、という音と共に火鼠のドームは別のものに変えられた。灰色だったそれは真っ白になり、そしてドーム内は透明のどろりとした冷たい液体に満ち、更に同じくどろりとした橙がかった黄色の球体が現れる。


「これってもしかして……卵? 私達卵に閉じ込められた!?」


「待ってさくら姉、なんか外から変な音が聞こえる……ぶううんって変な……音。なんだろう、これ聞いたことがあるような」

 まさか、と奈都貴の顔が真っ青になった。直後紗久羅とさくらもその音の意味、そして火鼠の皮ドームが生卵に変えられた理由を察した。


「ちょっと待って、このままじゃああたし達……!」


「馬鹿、あまり考えるな! 考えたらその通りになるぞ!」

 と言われてもと紗久羅は混乱気味だ。生卵及び、それを入れている電化製品。この二つの組み合わせが起こす恐るべき現象をどうしても想像してしまいそうになる。

 やばい、と三人が思った時ふわりと自分達を閉じ込めている卵が宙に浮いた。誰かが電化製品――電子レンジを開き、卵を取り出したようだ。やがてその人物によって殻が割られギリギリのところで三人は助けられた。あっぶねえ、と呟く一夜の傍らには巨大なトンカチ。そんな彼の体は傷だらけで、どうやらそれはあしたぐらひが出した鶏の群れによってつけられたものらしい。彼はそんな鶏共をから揚げだのローストチキンだのあらゆる鶏肉料理に変えたが、彼等は料理になってなお襲いかかって来たらしい。その猛攻を退け、時に無視しながらどうにかこうにか紗久羅達を助けたようだ。

 とりあえず助かった三人だったが、危うく生卵ごと爆発させられそうになった恐怖心は消えぬまま。そしてその心が彼等の戦う力を削いでいくのである。


 あしたぐらひが地上に化け物共を召喚し、彼等に攻撃をさせる。彼等の動きを封じようとさくらはメデューサの首のついた盾を作り、それを化け物共へと見せつけた。だがあしたぐらひは彼等から『目』を奪うことで、それを見ることを防ぐ。更に彼女はあるものを地上へ落とした。それは月の様な輝きを持つ姿見で、おぞましいメデューサの盾、その全てが映しだされる。さくらは慌てて盾を消したが一瞬遅く、鏡に映る恐るべき像を見てしまったが為にさくらは石となった。紗久羅と一夜も同じように見てしまったが奈都貴だけは目を逸らした為に無事であった。彼はゲームで使われている石化を解く呪文を唱え彼等を元に戻す。後少しそれが遅かったら、三人はあしたぐらひによって生み出された巨大な腕によって叩き潰され、粉々に砕けたに違いなかった。


 あんな化け物共、掃除機で吸ってやると元に戻った紗久羅は口にした通りのものを作り、それで目を失った彼等を吸い込もうとした。だがどれだけ念じても彼等はぴくりとも動かない。あしたぐらひの強い念がそうしているのだ。結局根負けし、紗久羅は掃除機を消す。するとあしたぐらひも化け物共を消し、今度は手の代わりに真っ赤な翼を生やした裸体の女を繰り出した。目は吊り上っていて、その中にはめこまれた瞳は濁っていてとてもまともに機能しているようには見えない。人の口はなく、黄色く鋭い嘴が代わりに生えていた。女は現れるや否やけえええとけたたましい声で鳴き、両の翼から赤い羽根を飛ばす。おぞましい化け物といっても女は女。露わになった乳房などを見て動揺していた一夜と奈都貴は防御が出来ず、その羽根をもろに喰らった。炎で刃の部分を熱したナイフのような羽根。その痛みと熱が邪魔をして二人はなかなかそれを防ぐものを作ることが出来ないでいた。また咄嗟に己の身を守ったさくら達の方も無事とは言いがたかった。鳥女の攻撃は、こちらの守りをも貫く。その為一夜や奈都貴に比べればまだましという程度である。


(どうにかしなくちゃ……!)

 熱さと痛みに顔をしかめつつさくらは猟銃を作る。天へ向けられた銃口、さくらの「撃って!」という思いに呼応してすさまじい音を一発、二発。あしたぐらひと対峙する前に戦った鳥の化け物の大群はこの音に驚き、逃げ、消えた。だが今さくら達を襲っている鳥女は逃げなかった。驚いている様子も、びびっている様子もなく、けえええ、けえええと笑っている。笑っているように、感じた。そんな彼女の動きを止めたのは、必死で奈都貴が作ったきょだいとりもち、ひゅるると天から落ちて鳥女を包む。そこで一旦攻撃が止んだが、色々な余裕が無いままに作ったせいか完全に動きを止めることは出来なかった。


 しかし鳥女はそれ以上羽根を飛ばすことはなく、代わりに己の体を包むとりもちを野球ボールに変えてこちらへ次々と飛ばしてきた。四人は咄嗟にバットを作り、それを打ち返そうとする。ところがこのボールが異様に速かったり、重かったり、突然消えたと思ったら現れるという魔球になったりでなかなか打ち返すことが出来ない。目前まで来たところでお化けや骸骨などに姿を変え、こちらが驚いたところで様々な攻撃を仕掛けるというものまである。さくらなんかは元々バッティングなど出来ないし、自分がボールを次々と打つイメージを思い浮かべることも出来ないしで、先程からボールをその体に受けまくっておりこれが兎に角痛い。ボールがぶつかったら「ああ、これは痛い」とどうしても思ってしまうし何より向こうの相手を苦しめようという意思が非常に強いものだから、痛くない痛くないとちょっと念じたからってどうにもならなかった。


 鳥女はとりもちを全てボールに変え、投げ終えると消えてしまった。次にあしたぐらひはいかにも凶暴そうな熊を生み出した。その熊の威圧感、存在感はすさまじくただそこにいるだけで近くにいる者を押し潰す。

 そんな熊を倒さんとさくらはまさかり担いだ金太郎を作り、向かわせる。そんな一人と一匹の戦いを見つめるあしたぐらひに、奈都貴がテニスボールをお見舞いする。彼女が熊と金太郎の戦いに集中出来ないようにする為だ。あしたぐらひは同じようにテニスラケットを出現させ、球を打ち返した。それから長いラリーが続いた。あしたぐらひはどんなボールも造作なく打ち返す。紗久羅と一夜によるミサイルやら爆弾やら障害物やらといった妨害をものともせず、奈都貴に打ち返しにくいボールを寄越す。彼は瞬間移動、有り得ない跳躍、普通のテニスではありえないことを次々とやる羽目になった。先程熊の化け物と打ち合った時も有り得ない動きを幾度となくしたが今程大変ではなかった。現実のテニスからかけ離れれば離れる程不利になるのは奈都貴だった。常識が足を引っ張り思い通りの動きが出来ないのだ。

 その間もあしたぐらひが熊の存在を意識の外へ放ることはなく、熊は恐るべき力で金太郎を少しずつ追い詰めていく。そして最後彼を張り手で吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた金太郎は一本の金太郎飴となり地面にごろん。じたばたしても無駄、手足が無いから起き上がることは出来ずやがてべらぼうに硬くて重い雷おこしの下敷きになって粉々に砕け。


「甘い、お菓子で苦しむがよい」

 あしたぐらひの周囲にぽっ、ぽっ、と七色の光灯る。それは大きな金平糖であった。彼女はボールを打ち返しながらその金平糖をこちらへ飛ばしてくる。勿論それはただの金平糖ではなく、恐るべき鉄球であった。金平糖は地面を、家の屋根を、木々をぶち壊していく。どこかへぶつかる度すさまじい音と振動がし、それが四人の心をより乱すのだった。


「こんな金平糖があってたまるか!」

 奈都貴はあしたぐらひとラリーで根競べをし、彼女を負かすことで精神をすり減らそうと頑張っていたが結局彼女の心は最初と全く変わらず、ただ精神的に追い詰められていったのは自分だけ。もうこれ以上やっても彼女を負かすことは出来ないと彼女を攻撃することを諦め、代わりにテニスボールをバスケットボール程の大きさはある金平糖へとぶつけた。それが屋根や塀をぶち壊す様を見てしまった以上、ぶつかっても大丈夫だと思い込むことは出来そうにない。


 さくらは錫杖を生み、そこから炎を出して自分の方へ向かって来た金平糖を溶かし紗久羅はハンマー、一夜と奈都貴はバズーカで自分めがけて降ってきた金平糖を砕いた。すると粉々に砕けた破片や、炎を受けてどろどろになったそれは様々なお菓子に姿を変え、さくら達を襲う。家などにぶつかって砕けたものも、同様に。ぷるぷるの水饅頭は体当たりをし、人型クッキーは無邪気な笑い声をあげながら刃物を振り回し、拳銃を撃ち、ナイフの如く先端の鋭い芋けんぴが肉を裂き、雅な上生菓子爆弾が襲い、草餅が頬や腹や手や足を殴り、刃物の鋭さを持つアップルパイやレモンパイがこちらの肉を裂き骨を断たんと飛んできて、急須からは吐き気がする程おぞましい化け物が次々と現れこちらの精神をえぐり、ところてん突きに閉じ込められたと思ったら天めがけて思いっきり突き出され……ファンシーの皮を被った恐ろしく、そして当たるととてつもなく痛い攻撃の数々。しかも彼等にこちらの攻撃は殆ど通じなかった。


 お菓子攻撃が止んでも、あしたぐらひの攻撃は止まない。恐らく彼女はこの戦いをいつでも終わらせることが出来る。だが敢えてそれはせず、じわじわなぶって楽しんでいるに違いない。

 筆で描いた怪物が襲いかかり、奈都貴が落とした雷を操って紗久羅を攻撃し、百足や毛虫の雨をざあざあぼとぼと降らせ、かぼちゃランタンと提灯がぶつかり合い、あいつの体をかじってこいと一夜が放った鼠を笛吹き男の力で操って四人を襲い、ヘドロを放出する暴走ホースを繰り出し、さくら達が手にした武器を蜘蛛やサソリや蛇に変え、闇色の竜巻を発生させ、紗久羅が出した柚季の攻撃を全て退いた上で、彼女の体をずたずたに切り裂いて四人の精神を抉り、一夜を水の檻に閉じ込めて苦しめ、指揮棒振ってさくら達が作った化け物を操り、手も頭も足も何もかもありえない方向に曲がっている血だらけの男をけしかけ、こちらの攻撃を全て吸収した上で何十倍にもして四人に返し、当たると脳みそに変わる柿をぶつけ、刺だらけのサボテンや薔薇人間はさくら達に格闘戦を仕掛け……。


 何度も、何度も繰り返した。


(お願いだから、当たって!)

 さくらが弓から放った光の矢はその願いむなしく、あしたぐらひに届くことなく消滅した。それを見た途端彼女の中にあった糸がぷつりと切れた。さくらの手から弓が消え失せ、そして彼女はそのまま地面にへたりこむ。

 もう駄目だ、どうにもならない。四人に最早あしたぐらひと戦う気力は残っていなかった。そして現か幻か分からぬ傷でぼろぼろになっていた。頑張ろう絶対に勝ってやろうという気持ちを保ち続けることなど到底無理だった。何を出しても彼女に弾かれ、消され、返される。そのくせ向こうの攻撃はなかなか消せず、返せず、弾けないという状況で気を強く持ち続けろという方が無理な話。強く、そして具体的にイメージする力も、そのイメージにのせる心の強さも向こうの方が完全に上回っている。だからこそ、押されてしまう。女の纏う闇、その異様な姿もまた最悪にして最強の武器であった。闇纏うその姿を見たらどうしても恐怖心を抱いてしまう。怖気づけば攻撃にのせる気持ちも当然弱くなる。そしてそれによってよりあしたぐらひとの力の差は広がっていき、彼女の存在がどんどん大きくなっていく。絶対に越えられない壁。その思いは恐怖心や諦めという感情をより膨らましていき……。悪循環を散々繰り返し、もう四人の力ではどうしようもなくなっていた。


 戦っても戦っても、何にもならない。増えるのは傷と疲労ばかり、傷は癒えぬ、消えるのは希望や戦う心、自身を守る結界ばかり。

 一か所に集まり、冷たい地面の上に座りこみ、疲れと諦めに濁る目を宙に浮かぶ彼女へと向ければ満足そうな笑い声。


「こんな化け物……心臓に毛が生えている人間じゃなきゃ勝てねえよ……」


「はん、つまり俺達の心臓には毛は生えていなかったってわけだ。いいことじゃないか」

 やけくそ気味に一夜が妹の呟きに応じる。そうしてかろうじて動くのは口だけで、後はもう指一本動きやしない。疲れた、もう駄目と一度思ったら二度と持ち直すことは出来なかった。


 あしたぐらひが黒い薄布を出現させる。それをさくら達に被せることで、トドメを刺そうとしているらしい。それが分かっていても、もうさくら達は動けない。


(梓さんはきっと……無事……。他にも無事な人がいるのなら、どうか私達の代わりにこの人を)

 ひらひらと舞い降りる薄布――さながら黒い天女――を、ただぼうっと見つめながら他人任せ。あしたぐらひと戦ったそう長くない時間がそうさせてしまったのだ。

 薄布が、闇が覆いかぶさらんとした時結界を失い、闇に悲惨な位侵されていた四人はこの状況に笑える位似合わない、いや、ある意味では最高にぴったりの……熱く激しい音楽を聴いた。それと同時に薄布が前方から飛んできた赤い光線によって撃ち抜かれ無様に燃えて消える。


「誰だ!?」

 あしたぐらひが、ばっと振り返る。四人も呆然としながら前方を見やった。そこにあったのは先程までは確かになかったはずの巨大な岩であった。てっぺんが平らな岩が道路を塞いでいる。しかもその上には誰か――複数人――が立っているではないか。あの熱く激しい音楽もそこから聞こえている。


「あ、これ……もしかして今日曜の朝にやっている戦隊モノのテーマ曲? 近所のチビガキが盛大に音外しながら歌っていたのを聞いた覚えが」


「そこまでだ、かいじんキモイババア!」

 紗久羅が戦隊モノのテーマ曲かもといった音楽をかき消す位大きな声で、岩のてっぺんに立っている者の一人が叫んだ。かいじんキモイババアってあしたぐらひのことか? という奈都貴の呟きはまあ、当たっているのだろう。


「まちをまっくらけにしてひとびとをこわがらせるわるいやつ、これいじょうおまえのすきなようにはさせないぞ!」

 直後、岩のてっぺんその中央に立っていた人物の姿が明らかになる。赤いマスク、赤いマント、赤いスーツ……それは誰が見ても『戦隊ヒーロー』という言葉を思い浮かべるような姿であった。ただし背丈は異様に低く、幼稚園児のそれ位しかない。


「まっかにもえるじょうねつのあか、サクラレッド!」


「やみをつらぬくあおいいなずま、サクラブルー!」

 こちらから見て左側に、背が高くひょろっとした子の姿。次に現れたのはややふっくらした子でレッドの右隣に立っている。


「すきなたべものはカレー、すきなのみものはカレー、サクライエロー!」


「のにさくはなのようにかれんなおんなのこ、サクラピンク!」

 ブルーの横に立つのは、おそらく女の子で衣装も若干可愛らしくなっている。そして最後、イエローの隣に立つこれまた女の子らしい者の姿。


「あたしのとおったあとにはなにものこらない、サクラホワイト!」


「五人合わせて、サクラレンジャー!」

 それぞれびしっとポーズを決め、声を揃えて叫ぶと同時に彼等の背後からちゅどーんという爆発音と共に煙が立ち上る。その煙はそれぞれ前方に立っている子のカラーと同じ色をしていた。

 あしたぐらひも、四人もしばし目をぱちくり、開いた口は塞がらずいとまぬけ。


「わるいやつのいるところ、おれたちあり! おれたちがきたからにはもうあんしんだぜ、べんとうやのねーちゃん! このたたかいおわったらけっこんしようぜえ!」


「ばか、レッド! そんなこといったらしょうたいがばれちゃうでしょう!」

 レッドをたしなめるのはピンク。だが彼女が怒っているのは自分達の正体がばれるような発言をしたからというよりは、むしろレッドが紗久羅に求婚したからのようであった。それが分かったのは、レッドの発言やら声やらで彼等の正体を特定したからである。


「おい、もしかしてあの五人『さくらまちボンバーズ』じゃないか?」


「多分そう思う。それでもってレッドはあいつだ、茂樹だ……」

 こめかみを抑える紗久羅の声を聞いたか聞かずか、レッド――さくらまちボンバーズのリーダーである茂樹の元気百パーセントの笑い声が響き、闇を震わせた。

 

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