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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
明けない夜は無い
275/360

明けない夜は無い(4)

――夜は、その闇であらゆる境を塗り潰す。天と地、君達が住む世界と異界、現と夢……。だから、夜というのは特別不思議なことが起こりやすい。夜というのはね、まあ君達にはあらゆる行動が制限される自由度の低い時間に感じられるかもしれないが、実はその逆なんだよ。何が起きたっておかしくない、無限の可能性を秘めた世界、それが夜の世界。現と虚の境も溶けているから、本来ならあり得ない出来事が起きることもあるし、何らかの境界を跨ぐことで異界へ迷い込みやすくもなる。例えば神社の鳥居とか、トンネルとかかな。路地裏というのもね。家よりも、むしろ外にある境の方が繋がりやすくなるね。家とかそういった建物というのはある種の結界だから――


――全ての境が塗り潰されることで、普通なら有り得ないことを経験したり、出来ないことが出来るようになったり、異界に迷い込んだりしやすくなる……――


――普段はあんまり薄いゆえ、殆どの人間の目に入らぬ、何らかの形で干渉することも出来ぬ幽霊などが夜になると見えるようになったり、行動を起こすことが出来たりするのも『夜』の力故と云われている。異界との境が薄れる為に異界にいる時と同じ状態になるんだね。ありえないものとそうでないものの境が曖昧になるからとか、まあ他にも色々理由はあるのだろうけれど。後、よく子供向けの物語なんかで、主人公の子供が夜不思議な出来事と遭遇する話があるよね。不思議な世界に行ったり不思議な生き物と出会ったりして大冒険して。けれど最後、目を覚ますと布団の上……嗚呼あれは夢だったのかと嘆くけれど、よく見ると不思議な冒険の証が何らかの形で残っている。だから一概に夢とは言い切れない……そんな話。夢なのか現実なのか、分からない境が塗り潰されて曖昧……そういう出来事は現実世界でも起こり得ることだ。特別現実と非現実の線引きがまだはっきりと出来ていない小さな子供にはね。兎に角、夜というのは無限の可能性を秘めた美しき時間なんだよ。面白いだろう?――


 以前満月館を訪れた時にさくらはそんな話を出雲から聞かされたことを思い出した。

 何だって起こり得る無限の可能性を秘めた時間。あらゆる境界を塗り潰す時間……。


「この世界はその夜の性質って奴が特別強いのか? 出来る出来ないの境とかも曖昧になるから、願いさえすれば何でも出来るようになるってわけ? 無限の可能性を生み出す力を梓姉ちゃんは夜の力って呼んだのか?」


「夜の力で、桜町は今現実と夢の境が曖昧になっているのかもしれないな。ここは夢でも現実でもない世界なのかも。夢の中じゃ、普通なら絶対出来ないことだって出来る。なれないものになることだって出来る。……そんな『夢』の不可能を可能にする力を、今の桜町では使役出来るのかも」

 今自分達が立っているのは現実の世界であり、夢の世界でもある。そして現実の世界と呼ぶことも夢の世界と呼ぶことも出来ない世界でもある。何だか訳が分からんな、と一夜。


「試しにやってみようぜ。イメージしたものが本当に出るかどうか。出来るなら、化け物達をぶっ潰すことだってきっと出来るに違いない! それで早くこんな気持ち悪い世界とはおさらばするんだ。ええととりあえずイメージすりゃあいいんだよな……」

 早速紗久羅は目を瞑り、何事か想像している様子。すると程なくしてひらひらと天から舞い落ちるものあり。よく見ればそれは薄桃の雨、滑らかな冷たい雫は甘い匂いを漂わせ。四人の足元にたまる花びら、水たまり。


「これ、紗久羅ちゃんがやったの?」


「そうそう。どうやら想像すると本当に出てくるみたいだな。結構具体的にイメージしないと駄目みたいだけれど」

 美しい雨は、あっという間に降りやんだ。どうやらある事象を起こし続けるには、その映像をずっと思い浮かべていないと駄目らしい。試しに一夜が背中に翼を生やし、宙に浮いてみたがさくらの問いかけに答えた途端翼は消えて地面に落下、思いっきり尻餅をついてしまった。それは話しかけられたことで背中に翼を生やして飛ぶ、というイメージが途切れてしまったことに原因があるらしかった。イメージの切れ目が夢の切れ目。あの化け物と対峙しながら夢見続けることを止めないでいるというのは相当難しいことに感じられる。しかしこの力を使う以外に化け物と戦う手だてはない。


(それを考えると梓さんってすごいのね。私達とお喋りしながら……というか梓さんが一方的に喋っていたというか……そうしながらもステッキを消すことなく、化け物と戦い続けることが出来ていたのだから……。つまり喋り続けながらも頭の中では常にステッキの存在をを想像し続けていたってことだもの。それともこつさえ掴めば常にイメージしていなくても大丈夫なのかしら)


「それじゃあ、この力を使えばこの夜を明けさせることも、携帯のメールとか電話の機能とか使えるようにすることも出来るんじゃないか?」

 という一夜の思いつきに従い、うんうん唸りながら必死に想像してみたがこれは流石に無理だった。幾らなんでもこの夜を明かすことも、外の世界と繋がることも不可能であるらしい。その間にも化け物は襲ってくる。紗久羅はその内の一匹の腕をつかみ、思いっきり放り投げた。きちんとイメージしながらそうしてみると、驚く程簡単にぽおんと飛んで飛んで闇に溶け。恐怖に負け「出来るわけない」と考えてしまえばどれだけイメージしても意味がないが、その心に打ち勝てば彼等をサッカーボールのように蹴飛ばしたり、固まった泥のように粉々に砕くことが出来たり、化け物の頭に花を咲かせたりすることも出来るのだ。

 戦い続ける限りはこの闇に呑みこまれることは無い。ならば、戦うしかないだろう。先程の、あの闇に全てを奪われる感覚を味わうのはもうごめんだった。梓の言葉を信じるなら、戦い抗い続けることで彼女―(恐らく)桜町をこんな風にした妖が現れる。その妖さえどうにかすれば朝はきっと取り戻せる。

 闇を浴びれば浴びる程ぎらぎらとした輝きを増す、闇の生き物達。そんな彼等をこれからばったばったと薙ぎ倒さなければいけないのだ、嫌でも立ち向かわねばならないのだと思うと胸の中にまだ溜まっているどろどろした闇が暴れだし、吐きそうになる。それはいつも元気いっぱいな一夜や紗久羅でさえ感じているものであるらしい。


(嗚呼、やっぱり戦いたくないわ。けれど逃げ場はないし、闇に呑まれてしまうのも嫌。だからやっぱり……そうよ、前向きに考えなくちゃ。ここでは何だって出来るのよ? 出雲さんのように浄化の弓を放つことだって、あんな作品やこんな作品の登場人物が使う技を再現することだって出来る。そう、とても素敵じゃない! 嗚呼、そう素敵、素晴らしい世界! ここでなら何の力も持たないただの人間を捨てることが出来る! そうよ、無限に広がる世界、あ、段々わくわくしてきたわ! きゃあ!)

 想像次第で魔法使いにも陰陽師にもなれるこの世界。あらゆる小説の登場人物が作中で使う術やら何やらが頭の中を巡り、さくらのテンションが俄かに上がる。


「またさくら姉が自分の世界に入っているよ……一体なんだってこんな時に」


「大方『この世界では何でも出来る! 小説に出てきたあんな技こんな技が実際に使える、自分の思い描いたものを具現化出来る、嗚呼もうなんて素敵なんでしょう!』とかなんとか考えてテンションハイになっているんだろう」


「おお流石さくら姉の旦那、嫁の考えていること位お見通しちょちょいのちょいってか」


「誰が旦那だ! 阿呆言っている暇があったらうじゃうじゃ湧いてきた化け物を倒しやがれってんだ! しかし、どう戦ったもんかなあ……あの梓って人みたいにアニメとかゲームとかの武器を参考にするべきか?」

 試しに一夜が出したのは、最近やっているTVゲームの主人公が使っている大剣。楽々振り回す様を想像しながら作った為か、見た目の割に軽いらしい。早速おりゃあと威勢の良い声をあげながらこちらへ向かってくる餓鬼の群れへ突っ込み、斬りかかる。竹刀さえ握ったことのない彼であるのにその剣さばきは見事としか言いようがなかった。大振りの剣を易々と扱い、相手に反撃の隙を与えずゲームの如くコンボを決め、ばったばったと薙ぎ倒していく。まるでゲームの登場人物がTVから飛び出て今ここにいる、そんな錯覚を覚える位の動きっぷり。


「最近兄貴がやっているゲームそのままな動きだなあ。あたしはどんな武器にしようかな……別にゲームで出てくるものとかじゃなくても良いだろうけれど、馴染みのあるものの方が想像しやすそうだよなあ。なっちゃんは何にする? マジカルステッキ? そういや昔なっちゃん罰ゲームでリリカルーナって子供に人気の魔法少女の真似やったことあったよな! あれでいこうぜ!」


「だからお前はそんな馬鹿なこと言っている暇があったら戦えっての! 何があれで行こうぜだよ、お前があんなふざけた罰ゲーム提示したせいで俺はしばらくの間からかわれまくったんだ……!」

 などと言いながら奈都貴が生み出したのはテニスラケットとテニスボールだ。中学時代テニス部だった彼にとっては馴染みのある、実にイメージしやすいものであるといえよう。

 ボールをトスし、ラケットで思いっきり叩きつける。現在部活には所属していないとはいえ、趣味の一環で定期的にトレーニングしている為かフォームにそこまで乱れはなく、やっていた人だなというのが素人目でも分かる。打ったボールは本来の彼には出せない程の速さですっ飛び、一夜が対峙していた化け物達のいる辺りで地面に勢いよくぶつかった。ちなみにボールは一夜の体めがけていったが、奈都貴が彼の体をすり抜けるボールの姿をイメージしながら打った為か、一夜の体をすり抜けた。


 地面を叩いたボールは弾け、紫色の煙を出し、地上空中問わず周辺にいた化け物の動きを鈍らせる。そんな彼等を一夜がばったばったと倒していった。更に奈都貴は自分めがけて突っ込んできた一つ目の鳥をラケットで打ち、動きの鈍った化け物に思いっきりぶつけたり、落ち武者が振り下ろしてきた刀をラケットで受け止めたり、ボールをぶつけて遠くにいる化け物を吹っ飛ばしたりとなかなかの動きっぷり。馴染みのあるものを使っている分、イメージもしやすいのか様々な動きを見せてくれる。


「おお、なっちゃんお見事! ってあたしもいい加減何かしなくちゃ。よしここはあの化け狐みたいに弓で空にいる化け物共を一掃してやるぜ!」

 そう息巻く紗久羅の手には、出雲が普段使っている弓。邪悪の化身と言って差支えないような男にはまるで似つかわしくない、清浄な気を放つ美しき武器……だが紗久羅の想像力ではその神秘性までは再現出来ず、いわゆる『パチモン』感が半端ない。それでもよいのだ、使えさえすれば。空高くに体が本物の槍のように鋭いヤリイカの群れがいた。彼等はふよふよと黒き海を漂っていたが、紗久羅の戦意を感じ取った途端彼女めがけて襲いかかってきた。その速さや頭の鋭さを見れば「当たったら刺さる」という嫌なイメージを抱かずにはいられない。そしてそういう風に思ってしまった以上、当たれば本当に柔らかい肉を貫き、致命傷を与えるかもしれない。敵の強さもまた、こちらのイメージ次第で変わってしまうという可能性は十分有り得るのだ。

 紗久羅は全てを浄化する光の矢を放つ自分の姿を想像しながら、弓を引こうとする。だがこの時になって彼女の脳裏にあることが浮かんだ。


(あ、やばい、あたし弓の使い方なんて知らないぞ。あいついつもどんな風に使っていたっけ? あれ、あれ?)

 弓の扱い方が分からない。その思いが『弓なんて使えない』という気持ちを生み出してしまった。イメージにより折角出てきた浄化の矢は線香花火のようにひゅるると落ちて消え、弓もまた同じように消えてしまった。

 ミサイルの如く落ち行くヤリイカ。紗久羅が武器を失おうが、知ったことか。

 慌てた紗久羅が咄嗟に作り出したのは、先程梓が使っていたステッキ。しかし色々な部分のデザインが異なっている。恐らく紗久羅の曖昧な記憶を基に作られたからだろう。だがうろ覚えステッキだろうがなんだろうが、使えれば問題ない。

 さっとステッキを突き出し、今にも彼女の体を貫きそうなヤリイカ共へと向ける。


「ええと、ええと……プリ、プリ……プリズンブレイク・アプリケーション!」

 慌てていたとはいえあんまりな呪文に、化け物めがけてボールを打とうとしていた奈都貴がずっこけ、ぽろりとボールが零れる。地上の敵を奈都貴にある程度任せ、武器を魔法の込められた玉を放つパチンコに変えていた一夜もずっこけた。脱獄アプリとは、如何に。

 しかし技のイメージはきちんと出来ていた為か、梓が放ったのと全く同じ技が発動しヤリイカや周囲にいた化け物を一掃する。七色の玉を吸収したステッキは輝きを増し、世界をほんの少し明るくした。と、直後背後から襲いかかるは大猿。ぎゃあ、と思わずその頭を思いっきり叩けばまるで漫画のように頭から星を出し、目を回してその場に倒れた。とどめ、とばかりにその体を思いきり踏みつければ、イメージ通りその体は四散する。それから紗久羅はステッキを鈍器として扱ったり、脱獄アプリ攻撃でぶっ飛ばしたり(もう開き直って正式な呪文を唱えようともしない)、まだ自分の世界にいるらしいさくらを襲う敵をステッキを如意棒のように伸ばして吹っ飛ばしたりとやりたい放題。

 あの阿呆は、と脳内お花畑モードが止まらないさくらを見て舌打ちした一夜の手からパチンコが消え、代わりに現れたのは拡声器。夢見心地のさくらを元の世界に引き戻すことをイメージしながら、彼は叫んだ。


「いい加減に目を覚ませこのあほんだら!」

 その声は、さくらの耳にだけ届いた。きゃあと叫んだ彼女はようやく我に返り、この世界へと帰ってきた。そんな彼女を捉えんと、地面から無数の闇の手が伸びる。その手は一様に冷たく、ただ近くにあるだけで人の心も魂も削るものであった。さくら姉、と紗久羅がステッキを向けるが、そちらに気をとられていた為に近くにあった電信柱から伸びてきた黒い蔓に気づかず首と手、足を縛られ身動きがとれなくなってしまった。一夜は手が離せない状態。奈都貴は紗久羅の方を先に助けようとリーチの長い剣を生み出し斬りかかる。

 無数の手はにょきにょきと伸びてきて、最初の内は膝下だったのが今や腰辺り。これはどうにかしなくちゃとさくらがイメージしたのは、銀の如雨露(じょうろ)であった。海外の庭に合いそうな洒落たそれを使い、ふりかけるは月の光。銀色に輝く光は手を浄化し、枯らしていく。紗久羅の方も奈都貴に助けられげほげほとむせながらも彼に礼を言った。


「全く腹が立つったらないな! この化け物共め、これでも喰らえ!」

 怒りに身を任せ、生み出したのは小型のミサイル。それを十発ほど黒い空めがけて放ちゆっくりと下降してきたクラゲの群れにあてた。爆発音と共に皆ぱあんと散っていく。それから今度は巨大なハンマーを出現させ、襲いかかる化け物共を殴る、叩く、押し潰す。おりゃあ、と威勢の良い声と共にぐるぐる回転し、自分を取り囲む武者共を薙ぎ倒した。ぐるぐる回ったら目が回る、というイメージを除去することが出来なかった為、攻撃後どてんと思いっきり倒れることとなったが。そんな彼女を呑みこまんと上空からやって来たのは巨大うつぼかずら。その身の内にはどろどろの、戦う意思を溶かす、恐るべき闇が満ちていることだろう。


「させない!」

 さくらが手にしているのは、美しい緋色の扇、描かれるは陽、雲、風、咲く花々散る花びら。その扇を一振りすれば、強い風が悪しき者を吹き飛ばす。その風を薄桃に染めるのは、美しい桜の花。


 降りやむことを知らぬ化け物達と、四人は戦い続けた。目を背け、関わらないでいられたらどれだけ良いかと思う程恐ろしく、禍々しい存在であったが何もしなければ呑まれてしまう。あの体に呑みこまれ、吸収され、恐怖と絶望に包まれながら全てを失うことなどご免である。攻撃は最大の防御、身を守るには戦うより他無し。戦うことで心や魂といったものに結界が張られ、闇は四人の中に侵入して全てを呑みこみ奪うことが出来なくなった。向き合い、戦う気持ちこそ結界を張る為に必要不可欠なもの。恐怖する心さえ、それは包み込む。


(私達は闇に立ち向かうしかない。つけ入る隙を与えてはいけない。恐怖しながらも、戦い続けなくちゃいけない)

 もう無理だ、駄目だ、諦めよう。そう思った時結界は失われ、闇に入り込まれ全てを呑みこまれる。そうなったら、負けである。

 

「……この力があれば余裕なんて思っていたけれど、そうもいかないみたいだな!」

 巨大な目玉共の放つ紫がかった黒色の光線を、必死で避ける。それでも幾つかは当たり彼は『痛み』に顔をしかめる。その痛みは攻撃した目玉のイメージであり、一夜のイメージであった。当たった所から流れる血は果たしてイメージによって生み出されたものか、それとも。

 最初の内は皆、この夜の力さえあればどんな化け物だって簡単に倒せるものだと思っていた。だがそれは間違いであった。化け物達もまた、夜の力を用いることが出来る。まださくら達が戦う術を持たなかった時はこれといった攻撃をしてこなかった彼等は徐々に攻撃的になっていき、その強さを増していった。


「最初の頃は、あくまでゲームのチュートリアルにすぎなかったって感じ!」

 何の前触れもなく地面を突き破って現れたもぐらをハンマーで叩きつける。だが彼の体は突如鋼鉄と化し、攻撃を防ぐ。ならば、と紗久羅はまだ彼の体に押しつけたままのハンマーから炎を発生させその体を焼かんとした。もぐらは耳を塞ぎたくなるような嫌な悲鳴をあげたが、それも僅かな間のこと。ものすごい勢いで空めがけて飛びあがり、紗久羅は吹っ飛ばされる。土竜は地から離れ、竜となる。依然として彼の体は炎に包まれていたが、強靭な鱗に覆われたその身に最早そんなものは何の意味も成さない。やがて竜はその炎を振り払い、お返しとばかりに紗久羅めがけて火を吐いた。それを防いだのは彼女の近くにおり、とばっちりを喰らいそうだったさくらであった。二人を覆うのは玉のようにころころした金魚達で、口から一斉に金魚鉢のような色をした泡を吐き、火を消す。更に無数のビー玉弾を放ち、竜の体へと当てる。その攻撃はさくらの『竜の体をも貫く力』というイメージよりも『あらゆる攻撃を防ぐ鱗』という向こう側のイメージの方が強かった為か、大して効かなかったがさくらはそれでも構わないと思っていた。

 次なる攻撃を仕掛けようとした竜の首が、斬られ、落ちていく。それをやってのけたのはトランポリンを使って空高くまで飛び、竜の背後に回っていた一夜であった。その手に持つのは、秘剣・竜殺し。モデルは漫画に登場する武器である。首を落とされた竜はひゅるひゅると落ちていき地上へ激突。竜は地につき、土竜に戻り、そして消えた。


「こいつら、俺達が戦いのコツを掴めば掴む程強くなっていく!」

 再びテニスラケットで強烈なスマッシュを決めた奈都貴だったが、そのボールは同じくテニスラケットを生みだした熊によって打ち返される。打ち返されるとなんだか悔しくて、更に自身もそのボールを相手へ返した。熊の方もむきになって、また返してくる。それからしばらくはイメージ力が勝敗を決めるラリーが続いた。普通なら絶対届かない場所へといったボールも、イメージさえきちんと出来ればとらえることが出来る。塀の上にまるで猫のようにひょいっと飛び乗ったり、何の道具もなしに空高く飛んだり、ありえない速度で走ったりしてボールを打ち返すことも、出来る。最後は向こうの集中力がやや散漫になったところで奈都貴が見事なスマッシュを熊の腹に決めたことで決着がついた。腹に風穴が空いた熊は絶叫しながら消えていった。


 イメージの強さや具体性、想像力の豊かさ、集中力などが双方の戦いの鍵を握る。また、相手をこうしてやろうああしてやろうという気持ちも大事だった。どれだけイメージが具体的でも、そこに気持ちが乗っていなければ相手に容易に防がれてしまう。戦う気持ちは結界を張るだけでなく、攻撃力を高める力にもなるのだ。その心を打ち砕こうと、向こうも必死である。打ちのめして、戦う気持ちを削いで、こちらの攻撃力も防御力も失わせようとする。


 突如現れた、闇色ナメクジの群れ。地面を這う彼等はどろりとした闇の粘液でぬめぬめして大変気持ち悪い。ええいこんな奴等、と紗久羅が塩を撒くがその身は縮むどころか膨らんで。慌てていた紗久羅よりも、向こう側の方が上手だったらしい。さくらはたまらず箒を作って空へと逃げた。空にうじゃうじゃいる化け物達の攻撃を必死に避けつつ、地上に呼び出すのは大きな蛙。蛙達は次々とナメクジを呑みこむが全部平らげる前に、ナメクジもしくは近くにいた化け物がすぐ傍の庭に出現させた大蛇に食われてしまった。その大蛇をどうにかしようと奈都貴が出したのは笛。いつの間にか蛇使いを彷彿とさせる衣装を身にまとっていた彼が笛を吹けば、大蛇はもう奈都貴のもの。くねくねと体をうねらせつつ近くにいた化け物達を舌で捕えて喰らい、そして奈都貴の命でこの世界から失せる。残りのナメクジは一夜がぬめぬめしていて気持ち悪いと文句を言いながらも処分した。

 一方まだ上空にいたさくらは化け物の体当たりや、ビームや氷の刃といった攻撃を延々と避け続けていた。そうしながらも桜の花咲く枝を振り、魔法を使うのだが攻撃の方にあんまり意識を向けすぎていると飛行に支障が出、上手く飛んだり攻撃を避けたりすることに重きを置くと攻撃がえらく雑でへろへろと情けないものになる。飛行と攻撃、その両方のイメージをバランスよくやるのはなかなか難しいことであった。一匹の化け物から攻撃され咄嗟に避けようとするが、避けきれず攻撃をもろに喰らった箒の穂の部分が壊れてしまった。その瞬間さくらは「これじゃあ飛べない」と思った、思ってしまった。ゆえに彼女の体は落ちていく、嗚呼、落ちていく。紗久羅の作った巨大マシュマロクッションがなかったらどうなっていたことか。


 地上、塀、屋根の上等に現れるのは狩衣姿の面を被った男達。彼等は皆その手に弓を持っていた。

 お願いと叫んださくらの声を合図に彼等は地上に、上空にいる化け物達へ向かって弓を射った。白い光放つ矢は雨となり辺りに降り注ぐ。その幾らかは化け物の体を貫いたが、傘や笠によってそれを防ぐものも多かった。中には男達の放った弓を鍋や盾で跳ね返し逆にこちらを攻撃するのに利用した者もいた。そういった攻撃を紗久羅は宙に扇風機を出現させ、その強烈な風により吹き飛ばし、奈都貴は頭上に巨大ピザを出現させ(昨日の夕飯がピザだったらしい)矢を受け止める。刺さった矢を包んだピザを同じく彼が出現させた大食いで有名なタレントにぱくんと食わせてはい終了。タレントとピザの大きさの比率がおかしいことになっていたが、イメージさえすればとんでもビッグピザだってぺろりと呑みこませることが出来るのだ。こうしてちょっと間抜けな感じのイメージで対抗するのも、戦う気持ちを保ち続けるには意外と有効な手段であった。程よく体の力を抜き、変てこイメージで闇の世界にユーモアを添える。


 一夜は刀で骸骨武者と切り結ぶ、きんかんきんと刀と刀ぶつかる音が響き渡る。刀の使い方など知ったことではないが、集中し必死でイメージすればどうにかなるものだった。出来ない、無理だ、避けられないなどと一瞬でも考えれば負けてしまうし、刀の使い方が間違っているとかフォームがどうとかそういうことを考えてもいけない。どうにか武者との一騎打ちに勝利した一夜は、今度はこちら目がけて降ってくる刺げつき鉄球を彷彿とさせる姿の化け物を、バットでかきいんと打って打って打ちまくる。打たれた化け物は空にいた一部の化け物に激突する。身近にあるもの、実際に触れたことがあるものはよりイメージがしやすい。彼にとって最もイメージしやすかったのは、サッカーボールだ。強烈なシュートを化け物に決めまくる光景は見ているだけで気分爽快だ。


 弾けた黒い種から出現した不気味で丈の長い植物に囲まれた紗久羅は、大鎌でそれをくるり一回転しつつそれらを刈り取る。刈り取られた植物はそのまま消滅せず、ウツボとなって襲いかかってきた。慌てて鎌をモリへ変え、その内の一匹をぐさりと刺し、それを振り回して残りのウツボを攻撃した。といっても大した攻撃にはならなかったから今度は少年漫画の主人公が使う必殺技を再現し、彼等を攻撃した。作中でダイヤよりもなお固い体さえ打ち砕いたそのエネルギー弾、ウツボ如きが敵うはずもなく。紗久羅はそれからも漫画で見た必殺技を戦闘でよく使った。一度やってみたいと思いつつも決して出来ないことを今の内に思いっきりやってしまおうと考えたのだ。能天気というか、彼女らしいというか。作中で登場人物がその技を使い、強敵を倒すシーンを思い浮かべながら使うとなかなかの威力だった。特に紗久羅が「あいつは雑魚だ」と心から思い込むことが出来た相手なんかは驚く程あっさりと倒れていく。攻撃を受ければ、恐怖心が増し闘争心が消えゆくどころか「このくそ痛えなあ!」と怒りによって戦う気持ちはますます燃え上がり、相手をぶちのめす原動力となった。

 

 さくらは直接相手を殴ったり、斬ったりするよりも魔法を使ったり何かを召喚したりして戦うことの方が多かった。元々暴力は好まないし、斬ったり殴ったりした時の感触に自分はきっと嫌悪して上手く戦えなくなると考えたからだ。羽衣被る水干姿の狐面の男、ひらりふわり舞いながら笛の音奏でる。その笛は魔性の者を狂わせ苦しめる。だが耳栓をすることで身を守った化け物に、その笛は壊された。今度は両手に扇持ち、見せるは艶やかな舞姿。右手の扇から出た桜の花びらは目くらましに、左手の扇から出た紅葉は肉を切る刃となった。両方の扇を火纏う矢で射抜かれてからは刀を振るい、さくらを化け物の凶刃から身を挺して守り、腹を貫かれた。そこから出た血は火の如き熱と、刃の如き鋭さを持った曼珠沙華の花びらとなり、化け物を襲う。他にも彼女は天狗や赤鬼や山姥といった妖を出し、彼等に代わりに戦ってもらいもした。しまいにはヤマタノオロチを繰り出したが、彼はあえなく別の化け物が出したスサノオノミコト(らしき者)に倒されてしまった。和を感じさせるものを生み出すのが特別得意で、地面から突き出た手を狛犬や招き猫で押し潰したり、和傘で攻撃を弾いたり、和太鼓を思いっきり叩いて周囲にいた化け物をびっくりさせて動きを止めたり、おはじき弾いて化け物の目を潰したり。


 背中を斬りつけられながらも、奈都貴は正面にいる口から刃物を吐く達磨の群れめがけてボウリング玉を頃がし見事ストライク、(頭は大玉転がしの玉程の大きさ)いかつい顔した坊主が吐いた闇のようなタールだかタールのような闇だかを紗久羅は被り、その気持ち悪さと異様な匂いに心折れそうになりつつもどうにか気持ちを立て直し、空中に巨大なボウルを出現させる。そこに石鹸と水を放り込み、泡だて器でしゃかしゃかやって泡立てて、泡だらけになったボウルをひっくり返す。泡は紗久羅及びその周辺を包みあっという間に綺麗にしてくれた。再びタールだか闇だかを吐こうとした坊主は一夜が出現させた巨大フンコロガシによって哀れ空中で転がされどこかへと消えてしまった。


 凶暴な猫達の爪で引っかかれ、噛みつかれ、ふらふらのさくらが生み出したのはマタタビ。彼等はしばらくごろにゃんしていたが、このままではいかんと招き猫に変身。陶器製の猫に、マタタビは効かない。そうさくらが認識した時点でマタタビは何の意味も成さなくなった。やったにゃあ、としたり顔の招き猫は直後頭上から降ってきた紗久羅のハンマーで叩き壊される。破片は意思でも持っているかのように紗久羅へと襲いかかった。破片の幾つかは紗久羅の体を裂いたが「痛いなこら、割れ物は大人しく新聞紙に包まれて捨てられてしまえ!」と叫んだ彼女が出現させた新聞紙に皆残らず包まれ、ぱっと消えた。

 それからすぐにさくらは別の化け物と戦うことになった。何か綺麗なものを出して戦いたい、と思ったさくらの脳裏に浮かんだのは昨日のTVで見たクラゲ。白く透き通る衣身にまとって踊る舞姫に見え、綺麗だなと思っていたのだ。そのクラゲが現れると、対抗すべく現れたのは凶暴な猿であった。猿をぱっと見た時さくらは『クラゲの骨なし』という昔話を連想してしまった。途端クラゲ達は「猿は嫌じゃ、嫌じゃ」と言って消えてしまった。ききいと笑う猿はさくらや、近くいた紗久羅を攻撃する。


「昔話には、昔話で!」

 そんな恐ろしい程凶暴な猿は、蜂と栗と臼と牛糞によって倒された。


 一夜が対峙しているのはグロテスクな姿の化け物で、昔やったことがあるグロいホラーゲームに出てくる敵などとは比べ物にならない位不気味で恐ろしい。そんな相手でも戦わなくてはいけない。そのゲームで用いた銃で、化け物を何度も撃つ。弾切れは無い。一夜がその概念を無視している限りは。血やら何やらが出る姿を想像してはいけない、と思っても流血描写なんて当たり前なゲームの映像がどうしても脳裏に浮かんでしまう為、化け物は弾を受ける度悲鳴と共に血を飛び散らせる。その姿がまた気持ち悪く、一夜の中の恐怖心を増幅させてしまう。兎に角早く倒れてくれ、と願いながら何度も撃ったところで化け物は倒れた。やったか、と一瞬思いきや直後彼の腹を破って出てきた長い腕が一夜の首を絞める。腐った肉のような強烈な臭い、体を覆う粘膜、気分は最低だ。そんな彼を助けたのは奈都貴であった。奈都貴の攻撃により化け物は消滅した。


 消しても、消しても化け物は次々と現れる。頭に飛びつき、耳元で恐ろしい童歌を聞かせる童、鋭い牙で人間の柔らかい肉を貫かんとする猛虎、本物のそれなど可愛く思える程鋭い刺を持つ紅花を投げつける女、福笑いのように顔のパーツの位置や向きがばらばらな女……。どいつもこいつも人に恐怖心を抱かせ、戦う気持ちを削ぐような姿をしていたり、恐ろしい攻撃を仕掛けたりしてくる。いつ終わるとも知れぬ戦いに何度も心折られそうになりながらも、四人は戦った。攻撃を受けたことで生じた痛みや傷は、イメージによって消し去った。しかし完全に拭い去ることは出来ず、その痛みが心をすり減らしていく。もうやめたいと、幾度も願った。だがすぐその思いを振り払い戦いに集中した。果たしていつまでそんな風に駄目な考えを振り払うことが出来るだろうか?

 他の住民達が今どうしているか、四人には分からなかった。ただ周囲から聞こえる悲鳴や物音は大分少なくなったように感じられる。もしかしたらもう皆闇に呑まれてしまったかもしれない。


(本当に、いつまで続くのだろう……まさか永遠に私達はこの朝の来ない世界の中で戦い続けなくてはいけないの?)

 永遠に明けない夜、永遠に終わらない物語。それを思ったらぞっとした。


(駄目、考えちゃだめよ。そういう考えは隙をつくってしまうもの)

 ぱん、と両頬を叩いてからさくらは鬼灯爆弾をあちこちに投げ化け物達を攻撃した。

 その直後だ、天を覆う闇から女の笑い声が聞こえたのは。その笑い声が世界中に響いた途端、あれだけいた化け物達が一匹残らず消えてしまった。しかし彼等が消えても四人は安堵出来なかった。彼等よりもっと恐ろしいものの到来を、女の笑い声を聞いて予感したからだ。


 お前達の予感は当たっていると言わんばかりに、とてつもなく、もう本当にとてつもないとしかいいようがなかった――濃い闇を漂わせ天から降りてきたのは三つ目の牛に引かれる車。牛車はゆっくりと、ゆっくりとこちらへ向かってやって来る。そこから聞こえる女の声。


「よくもここまで闇に呑まれず……嗚呼嫌だ嫌だ嗚呼愉し。闇に呑まれていないのはお前達だけではないけれど、まずはお前達から呑みこんでやろう。本当にどうして、これ程まで……だが良い良い、あっさり終わったのではまるで愉しくないものな」

 牛車は漂う闇に押され、しばらくぶりに呼吸の仕方を忘れた四人の頭上で止まった。

 そしてそこから一人の女が現れた。


(嗚呼、きっと……この人が、この人が……梓さんが戦い続けたら姿を現すだろうと言った『彼女』……桜町を夜の世界に閉じ込めた妖なんだ)

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