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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
明けない夜は無い
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明けない夜は無い(3)

 

 さくらの絶叫に触れた骸骨が、笑う。骨が歓喜と狂気に震えてかたかた鳴り、それがさくらの恐怖を増幅させるのだった。早く振りほどかなければ、そう思いはしても体は思うように動かない。


「さくら!」

 勇気を以てどうにか体の自由を取り戻し、駆けだした一夜だったが悲鳴を上げて前のめりに倒れる。さくらならともかく、彼がそんな風に盛大にこけることなど滅多にないことであった。訳も分からぬまま身を起こそうとした時、恐ろしく冷たい何かにずしりとのしかかられ再び地面に叩きつけられ。おまけに手や足をぺたぺた何かに触られているような気がしてぞわっと毛が逆立つ。

 じっ。ねっとりとした視線を感じる。自分のことを、見ている。見たくない、だが正体を確認しないままでいるわけにもいかない。ゆっくりと顔を上げればそこには、闇の中にも関わらずいやにはっきりと見えるぎょろりとした二つの目。悲鳴は顔に貼りつき、剥がれ落ちて声になることを許さない。生まれたての赤子よりも小さいそれは、頭と腹だけは異様に大きいのに後は気味が悪い位痩せ細っている……餓鬼に似た化け物。そんな化け物がいつの間にか一夜の周りを取り囲んでいた。彼等は皆闇色であるのに、この闇の中でもはっきりと見える。

 

 化け物はそんな餓鬼のようなものだけではない。他にも猫や馬、犬、蛇といった動物の姿をしたものや見るもおぞましい姿のものもいる。皆一様に闇色で、その体はねっとりどろりとした闇を更に凝縮して作られたようなものだ。恐らくこの世界を包むものから生まれ落ちたのだろう。彼等の数はゆっくりと、だが着実に増えてきている。ざあざあと雨音鳴りて落ちるのは、雫にあらず―その、化け物共。周囲からひっきりなしに聞こえてくる悲鳴、がしゃんとかがたんとかいう物音……どうやら彼等は家の中にも侵入してきているらしい。それはもうこの世界に逃げ場など一つもないことを示していた。妖などまともに見たことがないだろう住人達は恐らくさくら達以上に恐ろしい思いをしているに違いなかったが、今の四人に他人のことを考える暇などない。

 骸骨に右手首を掴まれたまま身動きのとれないさくらも、一夜の背にいる紗久羅と奈都貴も皆化け物に群がられ、あれよあれよという間に自由を奪われていく。


「この、離せ、離せよ化け物!」

 ぴょんと腹の辺りに飛びついてきた餓鬼風の化け物を引き剥がそうと必死になるが、紗久羅がどれだけ力を込めてもびくともしない。そちらと格闘している間に頭や背中、胸にまでぴょんぴょん飛びついてきて、まるで性質の悪いくっつき虫だ。足元にも群がってきて、蹴散らそうにもまともに足を動かせず。必死になっている内に幾らか引き剥がすことが出来たが、あんまり必死だった為に自分がどうやって彼等を引き剥がしたのかあまり覚えていない。ただむやみやたらに力を込めたからといってどうにかなるわけではないことは確かであった。何か条件があるのだろうが、それを分析するだけの余裕などまるでない。


 初めの内は兎に角こいつらをどうにかしなければ、という思いが強く必死であったがどれだけ頑張ってもきりがなく、抗えば抗う程『化け物に抗う心』は闇によって擦り減っていく。彼等はわらわら群がり、べたべた触ってきたり、ひっついたり、動けぬよう自由を封じる以外のことはしない。体を傷つけるような攻撃はしてこないが、触れたところから自身の体を構成する『闇』を注ぎ込み、さくら達の体を呑みこんでいく。それはある意味では切り裂かれたり首を絞められたりするよりも恐ろしい行為であった。

 その闇が闘争心、立ち向かう心を削りながら、さくら達の全てを自分のものにせんと呑みこんでいく。

 無理、どうしようもない、逃げられない。そう思えば思う程彼等の力は強くなり、また重みを増しているように思える。気持ちが闇に呑まれれば呑まれる程どうしようもなくなっていく。

 

「はな……せ!」

 そう叫ぶ奈都貴の声ももう随分と小さい。嗚呼闇が体を侵していく。呼吸も、熱も、自由も、希望も何もかも奪っていきながら中へ中へと入り込んでいく。体の内にある魂の輝きも失われつつあり、その輝きが完全に消えた時自分達は完全に終わってしまう。それは真っ白否真っ黒になってまるで使い物にならない頭でさえ容易に導き出せる答えであった。覆いかぶさる化け物達、嗚呼どこを見ても闇ばかりこの世界に光無し……。

 もう駄目だ、全てが闇に呑みこまれる。そうなったらもう、どうにもならない。

 四人揃って目を瞑り、何もかも諦めた。一旦諦めたらあっという間、なんという魔、恐ろしい。


 体の内に残った一欠けらの輝きが消える……まさにその刹那、この絶望的でどす暗い世界にまるで似つかわしくないようなえらく明るい声が響き渡った。


「プリズムドロップ・プリフィケーション!」

 しかもまるで魔法少女か何かが放つ必殺技のような掛け声である。その声より先か、後か、辺りが眩い光に包まれ、四人の目蓋の裏を白く焼いた。同時にこれまた魔法少女か何かが必殺技を放つ時に流れそうなBGM、それから化け物共の一秒たりとも聞いていたくないような悲鳴が上がる。何が何だか訳が分からずさくらが目を開けると、先程まで自分の体を覆っていた化け物も、右手首を掴んでいた骸の姿もなく紗久羅や一夜も皆同じように体の自由を取り戻していた。

 白く眩い光はもうなかったが、その代わりに闇に塗られた地面に玉が転がっていた。赤や青、黄色、黄緑、紫など様々な色をしていてまるで大玉の飴である。それらはしばらくすると宙に浮き、ある場所へと飛んで行った。


「あ、梓さん!?」

 玉が飛んで行った先には、少し前だか何時間前だかに会った梓であった。彼女は右手に魔法少女が使いそうなステッキを持っている。いかにも小さな女の子に受けの良さそうなデザインでポップでキュートという言葉がぴったりだ。玉はそのステッキの中に次々と吸収され、あっという間に消えてしまった。それを確認した梓は目をぱちくりしているさくら達を見、両手に腰をやりつつやや前かがみの姿勢をとる。幼い子供に説教をするお母さんみたいな格好だ。彼女は怒ってこそいなかったが、呆れている様子ではあった。


「もう、何もしないままゲームオーバーなんてやめてよね。さっさと闇に呑まれておしまいなんて、そんなのつまらないじゃあないか! 折角とっても面白いことが出来る世界になっているってのにさ」


「え、いや、あの、ごめんなさい……」

 何で謝らなければいけないのかさっぱり分からなかったが、呆然とするあまりつい四人そろってぽろりと。それにしても一体何が起きたのか、とさくらは梓と彼女が持っているステッキを交互に見た。


「あの、梓さん一体それはなんですか? もしかして梓さんって魔法少女か何かだったんですか……?」

 思わず、聞いてしまう。普通の人ならまずしない質問だが、元々脳内お花畑である上この世に妖などという(御影要の言葉を借りるなら)『非現実的』な存在がいることを知っているさくらだから、割と抵抗なくそんなことを聞けてしまうのだ。どう見ても二十過ぎているお姉さんが魔法少女? と後ろで一夜が呟くのが聞こえる。

 すると梓はあはははは、と思いっきり笑いながら首を横に振る。


「まさか。まあ小さい頃は憧れたけれどねえ、魔法少女とかって。これはさっき君達に言った『夜の力』を使って作り上げたものだよ。昔やっていたアニメの主人公が使っていた武器でね……まあさくらちゃん達はせいぜい再放送とかでしか見たことないと思うけれど『プリズムドロップ!』って作品なんだ。私と同じ世代の女の人は皆これに夢中になったものだよ。子供向けだったけれど、結構登場人物の心理描写とかも丁寧だったし、考えさせられるような話とかも多くて大人にも人気があったみたい。主人公と、敵側の男の子との恋物語には子供ながらきゅんきゅんしたっけ。そっちの男の子は今でいうツンデレタイプでデレた時の破壊力に多くの大きなお姉様方が卒倒したとか」

 と、頼んでもいないのにぺらぺらとその作品について解説を始め。さくら同様一度何かについて語りだしたら止まらないらしく、まあ際限なくよう喋る。さくら相手なら最悪物理攻撃で止めることが出来るが彼女相手にそんなことは出来ない。下手に手を出すと何をされるか分からない怖さというのが感じられるから。

 その間にも化け物共は降ってきて、再びさくら達を襲おうとするがその度梓が「プリズムドロップ・プリフィケーション!」と体の力が抜けそうな呪文と共に光線を放って彼等を浄化する。あんまりシュールな光景だから、体内に溜まっていた闇がぷしゅうと音をたてて抜けていく、嗚呼抜けていく。


「主人公だけじゃなく仲間キャラも魅力的だったなあ。特に私は一見おとなしくてふんわかしたお嬢様なんだけれど結構黒い部分があって、笑顔浮かべながらじわじわ精神的攻撃をするっていう子でね。主人公の最初の仲間だったんだけれど、いやああれは強烈だったねえ」


「あのう『夜の力』ってなんですか。アニメで出てきた架空の武器を作り上げることさえ出来るような力みたいですが」

 キリのいいところで奈都貴がおずおずと問う。だが梓は舌ぺろり、あかんべえ。


「それは教えられないなあ。というかなんとなく分かりそうなものだけれどね。ここじゃあその力の存在に気づき、使いこなすことが出来なければあっという間に闇に呑まれてしまうよ。逆にいえば、その力さえきちんと使えれば霊力とか一切無くても戦えちゃう。ちなみにこの町にいる人全員が闇に呑まれてしまうとゲームオーバーになっちゃうから気をつけてね?」


「この町を変にしちゃっている妖怪は一体何者なんだ、どうすればこの闇は晴れるんだ!」


「この世界に『朝』を取り戻したいなら、闇に呑みこまれることなく戦い続けることだね。そうすればいずれ彼女の方から姿を見せるだろうさ」

 彼女がくれた『答え』はそれだけだった。きっともう彼女はそれ以上のヒントをくれはしないだろう。

 梓の手からステッキが消えると、今度は何と背中に真っ白な翼が生えた。もう何がなんだかさっぱりである。これも『夜の力』が与え賜うたものだというのか。彼女はその翼はためかせると、闇色の空へ飛びたち、あっという間に消えていった。

 天へ昇る人あれば、天から降る者あり。黒く禍々しい魔が、この世界の中惑う人々を奈落へ突き落とし希望も未来も奪おうとしている。いや、もしかしたらもうすでに皆奈落の底にいるのかもしれない。誰かが堀った深い深い穴の底に。そしてそこに、暗闇の底に化け物共を放り投げるのだ。化け物は少しずつ穴を満たし、底にいる人々は逃げ場を失い呑みこまれていく。


「とりあえず逃げるぞ!」

 力のことがよく分からない以上、そうするより他ない。皆さくらの持つ懐中電灯の灯りを頼りに走りだした。しかし、この世界に逃げ場などはない。どこを走っても、化け物はいる。地面からにゅっと突きでる手をジャンプしたり踏みつけたりし、宙にぷかぷか浮かびこちらの顔に張りつこうとする闇の色した狐面や女、翁の面を避け、体中に矢や刀の刺さった武者に追いかけられた。しかしどれだけ逃げたってキリがない。キリがなければ終わりもない。相変わらず周囲にある家々から聞こえる物音や悲鳴も絶えぬ。


「どうするんだよ……これ! おいさくら、こういうことをする妖怪に心当たりはないのか!?」


「無いわよ、あったら今頃皆に話しているに違いないわ! それよりも、もうこれ以上は走れない……」

 そう口にした途端体が重くなり、速度ががたっと落ちる。一旦駄目だと思うとなかなか立て直すことが出来なかった。そういえばどうして今まで自分はあんなに速く走れたのか、どうしてここまで力尽きることなく走れたのか、どうして化け物に捕まることなくここまで走れているのか。


(そういえば私、イメージしながら走っていたかもしれない。化け物達から逃げる自分の姿を。走り続ける自分の姿を……イメージ。それがもしかして大事なの?)

 イメージさえ出来れば、イメージさえし続けることが出来れば逃げ切ることが出来るのだろうか。

 しかし目を逸らしていた『疲れ』と向き合った今、今までと全く同じことが出来るとは到底思えなかった。どれだけ頑張ってイメージしても疲れが足を引っ張る。体についた重石が想像の翼広げて自由に飛びたつことを許さない。

 一体どうすればいいのか。このままではいずれ足が全く動かなくなってしまう。そうなったら……そう思っただけでぞっとする。そして、その思いがまたさくらの体を重くするのだった。他の三人の体の動きも明らかに鈍っている。彼等もまたこれ以上は無理という思いに縛られてしまったらしい。

 

「嗚呼もういつまでやっていりゃあいいんだよ……くそ、ああ、柚季、こういう時に柚季がいてくれたら!」

 迫りくる化け物から逃げ続ける苦痛に、とうとう紗久羅がそう叫んだ。度々見た印を結び、呪文を唱え、化け物を浄化の光でやっつける姿が脳裏に浮かぶ。彼女は強い。強いから、きっと襲いかかる者達をあっという間に倒してくれる。

 紗久羅がその鮮明な映像を浮かべた瞬間、四人は背に『光』を感じ振り返る。見ればそこには紗久羅が願った通りの人物がこちらに背を向けて立っていた。さらさらした黒髪、赤いカチューシャに白いワンピース。

 何故柚季が、と疑問を抱く余裕はなかった。柚季は紗久羅の『映像』通りに印を結び、呪文を唱えると光の玉を襲いくる化け物達に放った。こっち来ないで化け物! という叫び声もばっちりしっかり本物のそれであった。光は化け物を呑みこみ、あっという間に消滅させた。その余波か何かで光の玉の飛んでない方にいた者も消えた。周囲に再び訪れる、僅かばかりの平和。


「柚季……? 何で、どうして、柚季が」

 その呟きに彼女は答えなかった。何故なら彼女は化け物を倒してすぐ消えてしまったからだ。紗久羅が何度その名を呼んでも、彼女は現れなかった。残るは闇と疑問だけ。腕を組み、首を傾げる奈都貴。


「一体どうしていきなり及川が現れたんだ?」


「分からない。ただ、柚季が化け物をブッ飛ばす姿を想像したらいきなり……」

 しかしぱっと現れぱっと消えたところを見るとどうも本物ではないらしい。かといって単純に幻と切り捨てるわけにもいかない。ただの幻があの恐るべき化け物達を倒せるはずがない。

 もしかして、と四人して顔を見合わせる。


「この空間では、自分が想像した通りのものを出したり、思った通りの行動がとれたりする……?」

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