猫の通り道(3)
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闇が晴れると、そこは塔の町であった。古の都で見かけるような、木造の三重或いは五重の塔がきちんと整備された道を挟むようにして建っているのだ。歴史を感じさせる佇まい、漂わせるのは時の匂い。時は夜のはずなのに、天に広がるのは赤と橙入り混じる夕の色、その空に塔や飛び交う烏のシルエットはよく映える。どこか遠くから鐘の音がごおん、ごおんと聞こえた。夕焼けに溶けるその音色はどこか寂しく、腹にじいんと切なく響いた。
猫達は道を歩いたり、道端で寝転がったりしている。塔と塔の間に出来た暗闇の空間をわざわざ選ぶ猫もいる。塔の中にも沢山の猫がいると道を歩きながら皇帝が言う。
「ここにあるのは塔と夕空、それから烏だけさ。物悲しさやほんの少しの不気味さ混じる静寂を好む猫達が集まる場所。俺はあまり好みじゃないから、いつも通り過ぎている。この猫の世界にはね、こういう領域が沢山ある。全部でどれ位あるのか、誰も知らない。いつかこの世界を全部回ってやりたいと思うけれど、難しいだろうね。何個あるかも分からない上に、どんどん新しい領域が増えているみたいだしさ」
「おお、皇帝にも世界征服という大きな野望があるのだな! 私も実は世界征服を目指しているのだ! おっと、といっても恐怖とか絶対的な力などで世界を意のままに操り、人々を苦しめるというわけではないぞ、私は漫画やゲームに出てくる悪役のようなことはしない! あ、でも彼等のことは嫌いではないぞ。私は己の夢や野望を叶えるべく真っ直ぐ突き進む者が好きだからな! 時々彼等のことを応援したくなってしまう、叶えよその野望、信念曲げず突き進み続けるが良いと! え、猫は漫画やゲームには触れないって? はっはっは、我が飼い主は私を膝に乗せながら漫画を読む、ゆえに私も一緒になって漫画を読むのだ、そういうことにしておいてくれ給え! そうそう、私の夢というのは世界征服は世界征服でも文章による世界征服なのだ! 私の書く物語を世界中に広め、その作品を通じて世界を一つにするという壮大にして難題な夢! しかし夢は大きい方が良い! え、猫は文章など書かない? ふふん、ならば私が初めての猫文豪になれば良いだけのこと! そういうことにしておいてくれ給え!」
「だから俺は皇帝でもないし、世界征服なんて考えたことないし……しかしあんたよく喋るなあ、喉とか痛くならないわけ?」
「ならないなあ、きちんと腹から声を出しているからかなあ!」
「あっそ。……とりあえず、この領域でごろごろしている猫は静寂を好む奴等だから、あまり騒がないでおくれよ」
確かに辺りを見回せばごろごろ寝転がっている猫達が「うるさい、殺すぞ」とでも言いたげな目を彼に向けている。猫達にそんな目で見られたら悲しみのあまり硝子ハートが砕けてしまう、とお口にチャック。
「別の領域には色々な場所にある鳥居をくぐることで行ける。建物の中にあったり、塀の上にあったり、どこかの壁の前にぽつんとあったりとまあ色々な所にある。この鳥居をくぐるとこの領域に行くっていうのはある程度決まっているんだが、この鳥居もおいら達同様気まぐれでさ、時々思いもよらない場所に繋がることもあるから要注意だ。そのせいで大変な目によく遭ったもんだ、なあ相棒?」
虎吉の言葉に皇帝は頷いた。鳥居の場所自体変わってしまうこともあるという。気まぐれにも程があるなあ、でもだからこそ面白いというのもあるなと晴明が言えば、そうその通りあんた分かっているじゃないかと二匹揃ってにゃあにやり。
やがて三匹仲良くある三重塔の中へと入る。そんな彼等を出迎えたのは枯山水の庭で、触れれば冷たそうで、飲めば喉を潤しそうで。右奥にあるのは小さな池、ししおどしの音が心地良く響き渡り、ずうっとその音を聞いていたら幸せな夢の中へと行ってしまうだろうと晴明は思った。庭の波紋が崩れることなどお構いなしに、猫達はその上に寝転がっている。本物の水は駄目でも、小石の水は怖くもなんともないらしかった。苔むす石の上に鎮座している猫もおり、ししおどしの音に耳を傾けながら大きなあくびを何度もする。塔の壁には青空や雲の映像が絶えず映し出されていて、塔の中なのに、まるで外にいるような心地。塔の中に何があるかはそれぞれ違い、後から後から降る雪とかわいらしいかまくらがある塔、まるで海の中にいるような心地になる、海藻踊り幻の魚泳ぐ塔、ぬくぬくこたつが並ぶ塔などがあるのだと皇帝。どんな塔があるのか一つ一つ見て回りたいと晴明は思ったが、そんなことをしていたら他の領域に行く時間が無くなってしまう。
「普段住んでいる世界と、この猫の世界を繋ぐ道は夜の間しか開いていない。朝が来ると閉じてしまって、そうなると次の夜が来るまで帰れなくなってしまう。俺は問題ないけれど、虎吉は飼い猫だから主人が心配するだろうし、あんたは朝までに帰れなかったら虎吉以上に不味いことになるだろう?」
「ううむ、確かにそうであるな! 心配される上に、夜中に家を抜け出していることがばれて怒られてしまう! それは大変困る、もしそれで外に出られぬよう厳重な何かを施されたらたまったものではない! 厳重な何かとは何か、そんなことは分からない、分からないからこそ何かなのだ! 抜け出す時に使っている梯子辺りを回収されるとか? しかし梯子位買おうと思えば買えるし、いざとなればミツツキミツキカケ様の助けを借りることも出来るし! ばれてもあまり問題なさそうだな! いや、しかし両親に余計な心配をかけさせることは矢張りあまりしたくないし、夢は夜にだけ見るもの、朝の訪れと共にこの素晴らしき夢ともおさらばしなくては駄目か」
「結論、朝までにはちゃんと帰りましょうってな。ほれ少年、あれが次の領域に行く為の鳥居だ」
と虎吉がくいっとあごで指したのは、ふわふわ浮かんでいる小さな鳥居だった。柱と貫に囲まれた空間は闇で覆われている。闇は丁度柱の付け根の部分で途切れていて、ぱっと見何でもない空間に闇覗く穴がぽっかり空いているといった風だ。
あの闇の中に飛び込めばこことは違う領域に行くことが出来るのだと皇帝。闇の穴はやや高い所にあったが、猫の跳躍力を以てすれば容易に飛び込むことが可能だろう。皇帝と虎吉はそうれ、と一足先にひょいっと飛ぶ。それを追うようにして晴明。飛び込んだ先にあったのは、巨大なキャットタワー。柔らかく暖かな陽だまり、牛乳の混ざったような優しい水色の空の下にそびえるそれはお城のようだった。猫一匹分のスペース、或いはもっと沢山の猫が一度に入れるような部屋やすべり台、円形のステップ、可愛らしい花咲く所もあれば、手鞠がごろごろしている所、幻の水と魚でいっぱいの部屋もあるし、釣瓶エレベーター等もある。
「まさに猫の為の場所といった感じだなあ! 流石は猫の国!」
「ここは、ここが『猫の国』となった後に出来た領域だからね」
「ん? ということは以前は猫の国ではなかったと?」
まあね、と皇帝が頷く。柱に沿うようにしてある円形のステップを上りながら彼は猫の国について更に詳しく話してくれた。
「この世界は、ある神様の持ち物らしいんだ。そしてその神様は何かを生み出す能力を駆使して、様々な領域に様々な物を作った。物だけじゃなく、生き物もね。そんな神様は、ある日思ったらしい。この世界に、別の世界に住む生き物を招きたいって。自分が作った生き物しかいない世界なんてつまらないと思ったんだろうね。でもあんまり色々な生き物を招くといざこざが起きると考えたのか、招く生き物は一種類と決め、早速別の世界に赴いた。詳しい経緯は知らないけれど、そこで何らかの危機に陥った神様は一匹の猫に助けられたらしい。すごい神様のはずなのに、猫に助けられるなんておかしな話だけれど」
「神様は猫に感謝し、同時に自分の世界に招く生き物を猫に決めたんだとさ。猫にだけ自分の世界へ至る道を教え、そして自らの世界を猫の国へと変えていった。たまに猫以外――大体は人間が迷い込むこともあったけれど、あくまでこの世界は『猫の国』だから入った途端そいつは猫になってしまう」
と言いながら虎吉は晴明を見る。だがあくまで自分は元から猫だったのだと主張する彼はその視線に気がつかないふり。
「神様がここを猫の国にする前に作った領域は、俺達には理解出来ないようなへんてこなものがあるけれど、そういう所よりはもう猫の世界になった後に作った所の方がずっと多い。だから大抵は猫がのんびり出来そうな場所とか、俺達の住む世界にあるものを取り入れた領域になっているんだよね。ここだって、人間が作ったキャットタワーとかいうものを基にしたものがどんと置かれている場所だしね」
「キャットタワーで遊ぶのは初めてだなあ! 我が家には無いし、あったとしても遊べないからな! しかし本当に大きい、お城だ、こういう奇想天外にして可愛らしいお城というのもなかなか魅力的だ! まあ一番好きなのはヨーロッパのお城なのだが。あれは良いな、存在しているだけで現実世界に美しき幻想を与え、その場を物語的なものに変えてしまう! そういったものが私は大好きだ、幻想的な風景の沢山載っている写真集も沢山持っているぞ! ああいった世界を文章で表現出来たらどれだけ良いことか! ただ文章を読むだけで、その美しの世界が見え、匂いも温度も感じられるような……嗚呼、私はもっと精進しなくてはならない!」
「よく分からないけれど、まあせいぜい頑張りな。ええと、次の鳥居がある場所は……もうそろそろだな」
「君達は今、どの領域を目指しているのだ?」
「巨大ダンジョンのある領域!」
皇帝と虎吉はにやりと笑う。
「成程、灰かぶりが二匹の誘いを断ったのは間違いではなかったのだな、うん! 巨大ダンジョン、臭う、臭うぞ危険な香りが! だが良い、そういうものは大歓迎だ! 幻想や心躍らせるものというのは『日常』『通常』の中に存在する、普通ではない状況にこそ私の求める物語は存在するのだ! はっはっは、危険というのは通常という言葉からかけ離れた状態、すなわち私の求めるものがある状況! いやあ、まあ確かに命に関わるような危機はごめんだ、私とてナイフを握った殺人犯に追い掛け回されるのは御免である! え、私ならそういう奴位その圧倒的オーラで倒せるんじゃないかって? まさか、私はあくまでか弱い一般人、異常な人間に立ち向かえるだけの力などありはしない! どうして君達はそんな納得していないような顔をしているんだい?」
二匹はその質問には答えず、先へと進む。
気ままに遊んでいる猫、ごろごろしている猫達を尻目に別のキャットタワーへと行く為の吊り橋を渡り、ふかふかのカーペットが敷かれた大きな部屋内にある肉球型のステップを使って上っていき、その先にある出入り口から再び外に出、すべり台を滑り、動く毛玉がうようよいる部屋、落書きがそのまま実体化したような、間抜けな顔した鳥が飛ぶ部屋、草原広がる部屋などを抜け、螺旋階段を上り、その先の小部屋の中央にぽつんとある鳥居をくぐり、次の領域へ。
次に訪れたのは黒と白の世界。空は二つが入り混じったような灰色で、地面は黒と白のブロックで出来ている。この世界は気まぐれに動くその二色のブロックで構成されていた。ピラミッド、立方体、「ブロックは全部で何個あるでしょう?」という問題に出てきそうな形をしたもの、ロボットを想起させる形など様々なオブジェがある。そしてそれらは皆いつまでもじっとしている訳ではなく、突然ばらばらになったり、気まぐれに一個か二個のブロックがぽんと飛び出し旅に出たり、形を変えたりする。宙にもこの黒と白のブロックは浮いており、単体でふよふよしているものもあれば固まっているものもある。晴明の頭上で×マークがゆっくり回転していた。兎に角変てこな世界、としか言いようがなかったがのんびりこういう変てこ世界を眺めるのもまた乙なもの、と思いながらそれらをぼうっと見つめる。彼等の動きに規則性はなく、自分の意思で動きたいように動いているという様子だった。何だか猫に似ているな、と晴明が呟いたら虎吉に「猫はあんなに角ばっちゃいねえよ」などと返されてしまった。
そんな世界にあった鳥居をくぐると、今度は美しい渓谷の中にいた。濃い緑、黄緑、黄……金色の太陽の光を受け、金銀に煌めく木々が清らかなで瑞々しい空気を生み世界を満たす。その空気はただ吸い込むだけで喉は冷たい空気の水で潤む。天上る銀の龍の如き川が、ざああぐおうという咆哮をあげている。白い水しぶき、その底にびっしり詰まった小石は無数の鱗。突き出す雄々しい岩はむやみやたらに触れれば恐ろしいことになりそうで、すなわち、逆鱗。
「この川を下るのさ」
「下るってどうするのだ? まさかここを泳ぐのか、そんな恐ろしい! だが、楽しいかもしれないなあ。ここは夢、幻想の世界、それならば『出来る!』と思ってやれば何でも出来るのだろうな! はっはっは、よおし、やるぞ、やろう、飛び込め泳げ川を渡れ!」
「出来ない、出来ない、それは無理だってば! ここは『花筏』を使って降りるんだよ」
「花筏?」
聞いて思い浮かべるのは筏のように川を流れる、連なる花びら。果たして皇帝と虎吉が謎の踊りを踊った直後に出てきたのが想像通りのものだったから、晴明は目をぱちくり。薄桃色の花びらが集まって出来たその美しい筏、一体どこからどんな風に湧いてきたのやら。まあ夢の中だから何でもありか、と晴明は一人で納得。三匹の目の前に止まるそれの前にいるのは二本足で立つサバトラで年配の頑固なおっさんといった風体。最早手といっても差し支えない前足で持っているのは一本の棒だ。三匹が花筏に乗り込むとサバトラは川底を棒で叩く。すると筏は流れに乗って動き出した。
そこからはもうハラハラドキドキの川下りである。最早のんびりおしゃべりしている余裕などなく、出るのは「うわあ」とか「ひええ」とかいう、悲鳴にも聞こえる歓声。とてつもない勢いで流れ、うねる水の上を滑る滑る花筏、岩にぶつかりそうになるし、水はすっかぶるし危うく水の中に沈みそうになるしで何度この世の終わりを見たことか。だがこの世の終わり、世界の果てを見るかのような体験は三匹の心を躍らせた。木々の匂い、水の匂いと共に吸い込むのは甘い花の匂い。
「極楽の香りい!」
「何だそれえ!?」
「甘い花の匂い、まさに極楽の匂いではないか! 私は今彼岸にいるのか!?」
「いないいない、ここは此岸、あ、でもやっぱり極楽浄土かも、げふうっ」
晴明の叫び声に言葉を返した皇帝は、水を思いっきり飲んだらしい。香るは極楽、実際は地獄。だがその地獄のような川下りだって三匹は心から楽しんでいる。だからやっぱり地獄と見せかけて極楽なのだ。
前後から猫のにゃああという声が聞こえる。他にも花筏の川下りを楽しんでいる者はいるようだ。絶叫したり笑い声をあげたりと皆楽しんでいるらしい。
一旦川の流れが静かに、そしてゆったりとなり晴明は「やっと一息つけたなあ!」とこの川下りの感想を長々と語ろうとしたが、皇帝と虎吉の顔を見て喋るのやめて首傾げ。二匹揃っていやににやにやしているのだ。その理由は間もなく分かった。訪れた平穏な時間、それすなわち嵐の前の静けさというものだったのだ。再び激しくなる川の流れ、それは今までの比ではない。息も出来ぬ、喋ることなど勿論出来ぬ、動けない、頭が真っ白で楽しいのか苦しいのか分からない、大変どころの騒ぎではない。天国なのか地獄なのか、もうはっきりしない。ただサバトラだけが憮然としているのだ。晴明は何度ももう自分はすでに花筏から放り出されているのでは、と思ったが結局一回も自分が花筏から落ちることはなく、それがまた不思議で仕方なく。
ごうごうぐるぐる目まぐるしい川の旅。終点までやって来て花筏を降りた頃にはもうふらふらよたよた。そしてそうして降りた途端筏は宙を舞い、水色の空を桃色に染めて消えていった。あのサバトラももういない。
「いやあ、二度と乗りたくないなあ!」
「うんうん、二度と乗りたくないなあ!」
と皇帝と虎吉は言っているが、その表情からは言葉とは真逆の心が伺える。晴明も降りた頃は流石にもう勘弁、と思ったがしばらくすると「あれ、また乗りたい。今すぐにでも乗りたい。もう終わりなんて物足りない!」と思い、体内の血がブレイクダンス。それが落ち着いた頃、三匹は次の鳥居をくぐった。
次に訪れたのは、その時代を生きていない人間にさえ「懐かしい」という気持ちを抱かせるような風景のある領域だった。昔ながらの商店街、チャルメラの音、駄菓子屋、白黒テレビ、古臭さが逆に良い味を醸し出している看板、黒電話……。赤く染まる空を、その色をほんの少しだけ貰った雲がのんびりと泳いでいる。人の姿は無いが、人の声や生活音は聞こえるし、店の人や狭い道を通る人間の気配というものが感じられ、目を閉じれば多くの人々の姿が見える。先程とはうって変わって心安らぐ空間だった。そこで初めて晴明は皇帝に名を聞かれた。その時まで、彼は自分がまだ名乗っていなかったことを忘れていた。
「私の名前は瀬尾晴明、十六歳、おとめ座B型、恋人いない暦十六年、好きな食べ物はおはぎと炊き込みご飯、嫌いな食べ物はなまこ! 猫派、得意科目は国語、苦手科目は数学、成績は上、視力は両目共に1.1、音楽はクラシックや和風音楽を好んでいる。好きな色は銀、青。好きな方角は東、信仰しているのはミツツキミツキカケ様だ! 夢は自身の作った物語で世界征服をすること、ちなみに家族は父と母、そして愛猫ジョセフィーヌ! 私としては弟か妹も欲しかったのだが、流石に今更『弟か妹が欲しい』などと両親にお願いすることも出来まい、あれは幼い頃にのみ出来る純粋な願いなのだ! ちなみに所属している部活は文芸部である! とある高校に存在するといううろうつつ倶楽部なるものも気にはなるのだが、生憎それがどの高校に存在するのか、そもそも実在するのかも分からぬし、分かった所で私はそこの生徒ではないからどうしようもないのだ! ちなみに後少しで私も高校二年になる! 誰か文芸部に入ってくれないものだろうか! 出来ればかわゆい女の子が良い、私もごく普通の男の子、かわゆい女の子といちゃいちゃしたいという願望はきちんとがっちり持っているのだ!」
相変わらず息継ぎという言葉を知らぬかのように一気にだだだと喋る。皇帝と虎吉は名前を聞いただけなのにこのざまだよと白目むき。
「ていうか自分は猫だと頑なに主張する奴の喋る内容じゃねえよなあ……」
という虎吉のツッコミも勿論晴明聞いちゃいない。
三匹は数々の領域を巡った。この世界の時間の流れと、普段いる世界の時間の流れは異なるのか、随分沢山の領域へ足を運んでも一向に朝は訪れない。
変てこ植物が勢ぞろいの植物園、匂いでおびき寄せた猫を捕まえて全身くすぐりまくる植物、こちらの喋った言葉をそっくりそのまま全く同じ声で返す植物、膨らんでは割れ膨らんでは割れを繰り返すカラフルな風船のような実がついている植物等を見、変てこだ変てこだと三匹で何度も言いながら笑った。スライムのような何かで構成された不思議な領域にも行った。ひんやりどろどろしたそれは触ると気持ち悪いような、気持ち良いような。皇帝が危うく動くスライム状の生き物に丸呑みされそうになり、晴明と虎吉でそれを全力で止めた。
他にも寝子、寝子と花魁姿のマネキン(何故か黒と白の水玉模様だったり、縞模様だったり、まだら模様だったりと奇妙なマネキンばっかりだった)に追い掛け回されまくったり、七色の硝子で出来た巨大水槽の中を幻の魚と泳いだり、様々な種類の鈴や風鈴が飾られているだけの場所を歩いたり、こたつがずらりと並ぶ(ざるに盛られたみかんもしっかりのっている。また、毛糸玉や手鞠といった玩具もごろごろしていた)領域に入り、こたつでぬくぬくしたいという誘惑に三匹揃って負けそうになったり、劇で使われるような、段ボールと紙のような素材で作られた木や山、お城や墓、家等で構成された領域に行ったりもした。終始メルヘンな音楽が流れ、まるで絵本の世界にでも迷い込んだかのような心地になった。時々鳥居の『気まぐれ』により予想外の領域に出ることもあり、その度「また鳥居が気分を変えやがった!」と虎吉が叫ぶ。だがそれさえも彼は楽しんでいるようだったし、皇帝は「またかい!」と言いながらも笑っていた。
途中灰かぶりや仙人ともばったり出くわし、お互い今日はどんな体験をしたか話した。灰かぶりは花筏の川下りの話を聞き「やっぱり危ない所に行っているじゃないっすか」と呆れ気味だったが、一方であたしもやりたかったなという顔をしている。
そんな数々の領域を巡る内、晴明は皇帝や虎吉との距離がぐんぐん縮まっていっているのを感じる。感じるから、いずれ訪れる別れが寂しくなる。皇帝と虎吉も同じ風に思ってくれていたら大変嬉しいなあ、と思ったがもしそのことについて聞いてみて「全然そんな気持ちになんてなっていない」と言われたら傷ついちゃうから、聞かない。
晴明と皇帝、虎吉の冒険はまだまだ続く。