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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
猫の通り道
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猫の通り道(2)


 ますます濃くなる闇の中、猫達は歩いている。歩きながら時々喋っているが、その声色や話し方が空き地にいた時とまるで違う。豆大福とあいちゃんは「ハニー」「ダーリン」と語尾にハートマークをつけて互いを呼んでいちゃついているし、番長は強面なのに丁寧口調で落ち着いた雰囲気だし、先程までとてもお上品な喋り方だった灰かぶりは、空き地を出た途端かなりお調子屋っぽい砕けた口調になっている。先程までの偉そうな態度はどこへやら、虎吉は豆大福や灰かぶりと楽しそうにお喋りをしている。

 何より驚いたのは、女帝である。彼女の声はやたら男の人らしいものになり、喋り方などからも女らしさが感じられない。


「あっちでまったりするのも久しぶりだなあ。しかしそれにしても、最後尾にいるあの男は何者だ? 何か触れたらやばい系の人間っぽいんだけれど。何でついてきているのか意味が分からないし……誰かの飼い主さん?」


「授業参観じゃあるまいし……」

 と言ったのは虎吉。後ろの方をどてどて歩いていたジョセフィーヌがちらりとこちらを見、それからまた前を向いて歩きだした。人間様になどまるで興味無い、という風な態度もまた彼女の魅力であるというのが晴明の持論である。


「それにしても人間だなんて、女帝よ今の私は人ではなく猫! 吾輩は猫である! ううむ、もしかして私の猫なりきり度が下がってしまっているのか? そうかもしれないなあ、ずっとばれていないからといって気を抜いてしまっているのかもしれない! いかんいかん、体がかちこちにならぬ程度に気張っていかねば私の華麗なる変身など容易に解けてしまう、そうしたら折角全てが台無し! せめて猫集会の二次会が終わるまで、私は猫でありたい! 猫組織の一員でありたいのだ! はっ、少し大きな声で喋り過ぎてしまった! これでは私が実は猫ではなく人間であることが完璧にばれてしまう! にゃんにゃんにゃんこ、にゃんにゃんこ、私はにゃんこ、人間でもなければちゃんこでもないのだ! ううむ、このギャグは少し寒かったかな?」

 猫達、無言。女帝はにゃあ~とため息。


「こんなに変てこな人間始めてだよ、俺……。狂気? こういうの狂気っていうの? ていうかさあ、あんたいつまでついてくるの? そもそも自分が今どこを歩いているか分かっている?」

 無視し続けるのもいい加減限界と思ったのか、先頭を歩く女帝がこちらを見、大声で話しかけてきた。

 話しかけられた晴明は輝く瞳を瞬かせ、それから太陽の如く眩い笑顔を浮かべ。その頬は興奮で染まり、今にも喜びの舞でもしそうな勢いであった。


「おお、女帝自ら話しかけてくださったぞ! 末端の私に、あの、女帝が! つまりこれは私がこの猫組織の一員であると正・式! に認められた証! 嗚呼、なんたること! これ程嬉しいことはない! ありがとう、つけ耳、ありがとうミツツキミツキカケ様! おおっと興奮のあまり声が大きくなってしまった、注意力散漫は円満爛漫大団円な結末を脅かす素! しっかりせねば!」


「あの……女帝って俺のこと?」


「勿論、貴方以外の誰がいる!」


「女帝って、それではまるで彼が雌猫みたいではないか」

 後ろの方を歩く仙人が呆れ気味に言った。その隣で魔女さんがふああとおおあくび。女?女なわけあるかい、おかまちゃんと思われているんじゃないか、どこにそんな要素があるんだよ……などとその他諸々の猫達がにゃあにゃあ次々と言いだし、困惑の表情浮かべる者あれば笑み浮かべる者あり。女帝(?)もまたかなり困惑している様子。


「俺は雌猫じゃないってば。れっきとした雄猫だよ、失礼な。それに帝なんて呼ばれる程偉くなんてないしさ」


「何と、雄猫であったか! それは失敬した! いやあ、雄の三毛猫なんて珍しいなあ! 流石女帝は普通とは違う! おおっと間違えた、女帝ではなかったな……皇帝だった、失礼失礼」


「いや、皇帝でもないんだけれど……」


「謙遜しなくても良いのだぞ、皇帝よ! 貴方からは他の猫には無いオーラを感じる! とても強いその輝き、まさにここら一帯の猫達を統べる王だけが持つことを許される者! 私などきっと死ぬまで生きてもその輝きを得ることは出来まい、何故なら私は……いや、これ以上は話してはいけないな! うんうん」

 どこで息継ぎをしているのか分からない位の勢いで話す彼、そんな彼から溢れ出す齢千年以上の化け狐さえ呑み込む強烈オーラに押されるようにして、猫達は先へと進む。沢山の猫がドン引きしているという光景は滅多に見られるものじゃあない。


「他の猫には無い甲羅? いや、俺甲羅ないけれど」


「甲羅じゃなくて、オーラって言っているんだってば。おいらの家にいるガキ共がゲームやりながらよくその言葉を口にしているぜ。まあおいら達が持っていないものを持っていてもおかしくないよなあ、お前化け猫だし」


「おおお、なんと! あの虎吉……虎吉が皇帝にタメ口を! どうした、どうしたのだ虎吉! 目上の者に媚び、自分より下の者は蔑むお前が! それになんたること! 皇帝が化け猫であることを承知していることは、そのことを必死に隠している彼には秘密にしているはずでは! まさかうっかり口を滑らせてしまったのか、ああ、だとしたら私のせいだ! 皇帝、すまない、そう、そうなのだ実は皆貴方が化け猫であることに気づいていたのだ! しかし、落ち込んではいけない! 仕方のないことなのだ、隠すことの出来ないオーラがその正体を否応なく露呈してしまう!」


「うわ、今度はおいらが絡まれた!? おいら虎吉じゃないし、そんな性格でもないし! 何だよその脳内設定、馬鹿言っているんじゃないよ! おいらとこいつは友達だ、大切な相棒だ! どっちが上でどっちが下かなんてものも存在していないってば!」

 虎吉の全力否定に皇帝がこくこく頷く。


「ややや、そうだったのか! ああ、すまない虎吉、私は何という誤解を! 勝手にお前が威張り散らしてばかりの猫だと思い込んでしまっていた、空き地にいた時も今と同じ喋り方だったら勘違いもしなかっただろうに! 駄目だ、駄目だ、言い訳など見苦しい! それにしても本当に申し訳ない、虎吉、お前本当は威張った性格でも何でもなかったんだなあ! かくなる上は死んでお詫びを……いや、それは駄目だ。何故なら私には物語で世界征服をするという夢があるのだ、その夢を叶えるその日まで私は死ぬわけにはいかない! 何も言うな、言ってくれるな、虎吉! お前が怒る気持ちはよく分かる、身勝手な理由で死んで詫びることを拒否する私を切り裂いてやりたいと思っていることも分かっている、分かっているが虎吉、どうか聞いておくれ私の我侭を!」


「だから虎吉じゃないし意味が分からん! おいらこんな頭のおかしい人間初めて見たよう……」


「あたしも初めてっすよ、こんな人間……。というかこいつ本当に人間? 妖怪か何かじゃないっすか?」

 灰かぶりの呟く声は出たそばから闇に溶けて消えるような小さなものだったのに、晴明の耳にはばっちり届いていたらしい。彼は彼女の口調に衝撃を受け、ばばっと指差し。


「は、は、灰かぶり! なんだその喋り方は! 厳格な主人に育てられた上、自身も厳格な性格になり、喋り方や身なりに常に気を遣い、猫界の掟を融通が利かない位大事にするようなお前が、何故そのような!」


「ひええ、今度はあたしが絡まれた! というかあんたなんであたしが色々厳しい主人に育てられているってことを知っているのさ!? けれどお生憎様、前半部分は合っているけれど後半部分は違うっすよ。主人があんまり厳しいものだから、逆に何にも縛られずのんびりまったり自由にやることの方が好きになったっす。きびきび動くのも、きっつい喋り方も、嫌、嫌、大嫌い! 主人のことも嫌い! 美味しいご飯とぬくぬくふんわかな寝床を提供してくれることにだけは感謝しているっすが。本当、あの家にいると息が詰まるったらありゃあしない」


「何と! それでは先程までのあれはなんだったのだ? もしかしてあの空き地で猫集会をする時は、本来とは違うキャラを演じなければいけないのか? ふうむ、それもまた面白い試みであるな! そして空き地を出れば元通り、か! これは早速釣瓶の書に書き留めておかねば!」

 と、一度はしまったノートを取り出そうとしている晴明を見、皆は何のこっちゃと首を傾げる。


「いや、最初から皆こうだったけれど。というかあんた、まず猫と普通に会話出来ていることに疑問を持ちなよ」


「ん? 今の私は猫! 猫が猫語を解するするのは至極当然のこと、猫が猫語を分からなければ一体他の誰が理解出来るというのだ!」


「いや、あんた猫じゃないだ……」

 皇帝の代わりにツッコミを入れようとした虎吉、その言葉を灰かぶりが遮る。下手につっこむとまた訳の分からないことを延々と言い始め、こちらの気力がどんどん削がれてしまうと判断したのだろう。そしてそれは英断だったといえよう。


「さっきも聞いたけれど、あんた今自分がどこを歩いているか分かっている?」


「そりゃあ私も馬鹿じゃないから分かっているとも、ここは夜の桜町!」


「桜町にこんな所、ある?」

 立ち止まった皇帝は体の向きを変え、最後尾を歩いている晴明に問いかけた。他の猫も立ち止まり、無言でこちらを見やる。ひゅうう、と生暖かい風が吹き静止した晴明の体にぶつかっていく。その時、初めて彼は自分が決して桜町には存在しないだろう場所を歩いていることに気づいた。

 道を取り囲むのは猫じゃらしの海、その海の上、或いは中をふうわふうわと漂うのは桜や紅葉の描かれた無数の雪洞、橙青赤黄、様々な色の灯り。空を覆う布には星も月もついておらず、真っ暗だ。人が住むような建物は存在せず、よく晴明が足を運んでいる桜山らしきものも見当たらない。どうしてここが桜町であるといえる?


「ここは猫の通り道。猫だけが知る道、猫の為だけに存在する世界へ至る道。知っているかい、夜歩いている猫についていかない方がいいよって話。この道を行こうとしている猫についていくとね、時々この道に迷い込んでしまうことがあるんだよ。流石のあんたも驚きのあまり声が出ないみたいだね?」


「……すごい」


「はい?」


「すごい、すごすぎるぞ! いやあ、素晴らしい! これ程までに見事に幻想と一体化することが出来る日が来るなんて! 普段は幻想など、外から眺めることしか出来ないのに! 幻想の中を歩き、幻想の風を感じ、それでいて自分が幻想の中にいるといるのだという感覚が無い! 流石は全ての境が溶けて消える夜、現と虚の区別がつきにくくなる! 皇帝に言われるまで、私は自分が幻想の中を歩いていることに気がつかなかった! 夢と気づかせない夢、嗚呼なんて素晴らしいのだろう! そう、私は自分の小説を読む人にこういう体験をしてもらいたいのだ! 本当に幻想の中を歩いているような感覚、いつの間にか幻想世界に立っていたという感覚!」


「いや、これ幻想じゃなくて現実」


「猫の通り道なんて、我ながら素晴らしいものを作ったものだ! しかし、夢だ幻想だと自覚しながら歩くよりも幻想のような現実と思い込みながら過ごす方が良いな! うんうん。よし、これは現実だと思うことにしよう、素晴らしきかな美しい現実の世界!」


「こいつには何を言っても無駄なようっすね。で、こいつどうする?」


「どうするも何も、置いていくわけにはいかないだろう。もうこうなったらこのまま一緒に来てもらうしかないよ」


「この道に置いていっても、何か自力で元の世界に帰れそうだけれどなこいつの場合」


「それは言えているっすね」

 という会話も果たして晴明の耳に届いたかどうか。全員仲良く深いため息をついてから、再び歩きだす。晴明はるんるんご機嫌、猫行列の最後尾を陽気なステップ踏んで歩く。

 やがて道の先に大きな井戸が見えた。近づかずとも、それがかなり古いものであることは容易に察せられる。その井戸の前までやって来ると、ようしそれじゃあ行こうかと言った皇帝が何とその井戸の中へと飛び込んでいった。皆それに続くようにして恐れる様子もなくぴょいっとジャンプして井戸の底へと落ちていく。ジョセフィーヌもその巨体を動かし井戸の中に広がる闇めがけてひゅるひゅる落ちていく。

 流石の晴明も猫が次々と井戸の中へ飛び込んでいく様には度肝を抜かれ、後に続くことを躊躇ったが、ここで躊躇ってはどこにも行けぬと自分も意を決してひょいっと飛び込んだ。何も見えないひんやり冷たい闇を切り裂きながら、落ちる、落ちる、晴明の体。


「おや」

 気がつくと晴明は地面の上に立っていた。空を見上げても、自分が落ちてきた井戸の姿はどこにも無い。今晴明がいるのは円形の広場で、沢山の猫が行き交っている。中央には祭りで見るような(やぐら)があり、そのてっぺんには猫が一匹いるようだった。広場の四方からは道が伸び、真っ赤な鳥居が道の先にはある。その鳥居より後ろは闇に覆われていて、何も見えない。広場をぐるりと取り囲む木々、毬が生っているものもあれば、水もないのに生きている金魚の遊び場になっている木もあり、どれもこれもまともなものではない。上空には月も星もなく、代わりに『猫の通り道』でも見かけたような無数の雪洞がふわふわと自由気ままに漂っている。

 その美しくも不思議な世界に晴明はいる。おまけにやたら地面までの距離が近くなっているなと思って見てみたら、青みがかった黒い毛並みの猫になっていたから大層驚いた。今や皇帝や虎吉と目線は同じだ。


「ややや、これはどうしたことか!」


「ここは猫だけの世界、迷い込めば誰だろうが例外なく猫になる。まあ、この世界にいる時だけだけれどね」


「本当に夜というのは素晴らしい時間だ! 姿形さえ溶かして、どんなものにもなれる可能性を与えてくれる! 私は今や本当に猫で、しかも最初からこの姿であったかのようにしっくりきている。私は今現の中にいない、ここは幻想の中、しかしまるでそのような心地がしない! おっとこれはさっき言ったか、失敬! 私は当たり前のように猫になっていて、君達と当たり前のように話している! はっ、これはだから言ってはいけないのだ、人間であることがばれてしまうからな! いやあ、それにしてもここまで幻想の中に溶け込めると気分爽快! 今までは幻想を外から眺めることしか出来なかったのになあ!」


「ああもういいよ、あんたがそう思うんだったらそれでも。さあさあ、皆各々好きな所へ行きなよ、ここからは自由行動だ。あ、あんたは駄目だよ一人で勝手に動いたら駄目! 俺と……ええともう虎吉でいいや……虎吉と一緒に行動しよう。ここは結構複雑で、下手すると迷子になってしまうから」

 虎吉はこいつと一緒か、とため息をついたがそれ以上は何も言わなかった。その他の猫は広場から伸びる道の内好きなものを選び、進んでいく。その姿はあっと言う間に闇に溶けてなくなった。ジョセフィーヌも気がついたらいなくなっている。


「どうする、ヴィ……ああもう君も灰かぶりでいいや……灰かぶり? 俺達と一緒に行くかい? 今日はこいつもいるから、あんまり危ない所には行かないつもりだけれど」


「いや、遠慮しておくっす。どうせあんた達のことだから、そいつがいたって結局はドキドキハラハラなことをしそうだし。あんまり危ないことをして怪我をしたり、毛を汚したりしたら主人に何を言われるか分かったもんじゃないっすもん」

 それじゃあ、どこかで会ったらその時はちょっとお話でもしようと言って灰かぶりも行ってしまった。

 魔女さんはやぐらの近くでごろごろしている。虎吉は「眠いっていうのが口癖な奴だからなあ。いつもぼけえっとしているし」と話してくれた。ここへ来ても、広場で寝ていることが殆どであるらしい。そういう猫は彼女だけではないらしく、他にも広場であくびをしながらごろごろ或いはうとうとしている。

 俺達も行こうか、と皇帝は前方にある道を進む。虎吉と晴明もそれについていった。


 あの闇の先には何があるだろう?

 そんなことを思うとわくわくが止まらない晴明だった。

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