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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
猫の通り道
266/360

番外編17:猫の通り道(1)

 夜、外を歩いている猫についていってはいけない。

 猫が夜行く道は異界の道。迷い込めば二度と戻れぬかもしれない。だから夜、外を歩いている猫を見かけても決してその後をついていってはならないのだ。


『猫の通り道』


 ふっくら炊きたてご飯――ではなく、ふっくらした体を起こし闇に塗られたリビングをどてどて歩き、庭へと至る窓についている専用の出入口をくぐって外へ出たのは、一匹の三毛猫。朝も夜も、いつだってふてぶてしい顔をしている彼女は、その巨体からは想像出来ない程軽々ぴょいっとジャンプし、乗ります、塀の上、ひょいっと降ります、そうすりゃ外の世界がお出迎え。表情一つ変えぬままどってどってと道路を歩き始める。その様子を月と星が見ていた。いやいや、彼女を見ているのはお月さんとお星さんだけじゃあない。


「ふっふっふ……歩いている、歩いているぞ我が愛猫ジョセフィーヌが! 全ての境界が消える時の中を!」

 空に浮かぶ月と同じようにまん丸で、でも月よりうんと小さい丸二つ――双眼鏡を使い、夜の道を行く彼女の姿を見ている怪しき影一つ。その正体はジョセフィーヌの飼い主である少年、瀬尾晴明(はるあき)十六歳。まともな明かりなど無いのに、闇が濃くなればなる程輝きを増す瞳はきっちりしっかり数十メートル先を歩いている愛猫の姿を捉えていた。彼はいつものように筆記用具や水筒等が入ったリュックを背負い、ジョセフィーヌを追っている。迷いも恐れも一切感じられない軽やかな足取りは、夜に恐怖というものを見出すことが欠片も無い人間以外には決して出来ないものだ。

 そのことに気がついているのかいないのか――少なくとも晴明はばれていないと思っている――彼女は我が物顔で夜の世界を歩いていた。その堂々たる姿、まさに夜の女王。夜の世界の歯車を回しているのは私よ、夜は私を中心に回り動いているのだと言わんばかりの顔は憎らしくも誇らしい。


「度々彼女が夜家を抜け出していることは調査済みなのだ! 私の猫というだけあって、夜の方が生き生きしているなあ! いや、私の猫というのはおこがましいかもしれないなあ! 彼女を買ったのは私ではなく父なのだから。いや、あれ、買ったのではなく拾ったのだったかな? どっちだったかな……まあよい! 父が買ったり拾ったりしたからこそ私はジョセフィーヌと出会えたのだ、彼女は父の猫! いや、それもまた傲慢な人間の言う言葉なのだろうな。彼女は彼女以外の誰のものでもない、彼女の全ては本来彼女のものなのだ! いやあそれにしても本当堂々とした歩き方だ、惚れ惚れしてしまうぞジョセフィーヌ! 空の海を泳ぐ魚とはまた違う魅力をびしばしびしっと感じる! 嗚呼、今でも思い出すぞあの美しい日々のことを! 久々に完全なる魚になってこの夜の中を泳ぎたい! あ、しかし今ここで魚になったらジョセフィーヌに気がつかれて、わあい魚だわとか言われて喰われてしまうやもしれぬ! ううむ、我が猫ジョセフィーヌにこの身も心も物理的に捧げることは出来ぬなあ流石に!」


 夜の静寂に押し寄せる、よく通る声。静かなる浜辺に寄せては返す波、ざあざあと。やかましいといえばやかましく、美しいといえば美しく心地良い声。流石に今歩いているのは夜の住宅街だから随分とボリュームは絞っているが、それでも何故誰も彼という存在に気がついていないのか不思議である。仰々しい手振り、踊っているかのような軽やかなステップ。舞台に立ち、演技をしているかのような所作や喋り方になるのはいつものことで、かえってごくごく普通の人間らしく振舞う方が気色悪く見える程だ。


「ふふふ、猫とはいえ女性である彼女の後をつけるなんて……なんだか変態でもになった気分だなあ! ミツツキミツキカケ様から賜った気を纏っているゆえか周りからよく変人だと言われるが、変態と呼ばれたことは流石にない! 変態気分、うん、初体験! 今の私を見たら皆変態と言うかもしれないなあ! おっと、そんなこと喋っていてジョセフィーヌを見失ってしまっては大変だ。彼女をつけることにもっと集中せねば、集中静寂お口にチャックだ!」

 とかなんとか言ったものの、体内で常に暴れまわっている得体の知れぬ強力にして膨大なエネルギーは、何らかの形で外に吐きだし続けなければ爆発してしまうのか、十分も黙っていられない。喋って喋って吐きだして、そいつら吸い込んだ月がますます輝いて、星は元気にチカチカと輝くのだった。

 ジョセフィーヌはやがて三つ葉市を抜け、桜町へ。晴明が桜町へ行く時に使うルートとはまた別のルートを辿っており、向かう所も桜山では無いようだが。ジョセフィーヌも晴明もまだまだ元気。それなりの距離があるとはいえ、これ位一人と一匹にとってお茶の子さいさい。


「おお、ジョセフィーヌも桜町へと行くのか! ここは素晴らしい場所だものなあ! いやしかし、まさかここまで行くとは思いもしなかったなあ、てっきり三つ葉市にある空き地辺りにでも行くのかと思っていたが。こんなこともあるものなのか? ふふふ、だが良い、実に良いぞ、桜町! そうかあ、そうかあ、ここで開かれるのだな……猫・集・会! そう、私の目的は猫集会なのだ! 一度は参加してみたい集まり! 出雲で行われる神々の集まりにも是非一度参加してみたいが、流石にそれは無理だ、だが猫集会ならば参加も十分可能なはず! 嗚呼、目に浮かぶぞ……空き地に三毛にキジトラ、黒ぶちといった日本猫、シャム猫、ペルシャ猫、あらゆるもふもふ毛玉な猫さん達が一堂に会し、にゃあにゃあと喋る様が! 何と素晴らしい、興奮のあまり鼻血が出そうだ、超可愛いぞ猫! 猫集会という名の楽園、楽園とは猫集会が行われている場所のことを言うのだ、嗚呼、猫、猫、猫集会! ふふふ、ねこねこにゃんにゃんねこにゃんにゃん!」

 ジョセフィーヌの向かう先に猫集会有り……それ以外の可能性など微塵も考えていない晴明、気分は最高。開放的な気分、桜町に来るだけで元々自由過ぎる魂がますます自由になるような心地がし、それが彼のテンションをより上げるのだ。この田舎町にそれだけの魅力を感じている人間など彼以外に後どれ程いるだろう?

 ジョセフィーヌは家が建ち並ぶ道をどってどってと進む。おじいちゃんおばあちゃんな家々、三つ葉市よりも家の平均年齢は確実に高いに違いない。その古さも晴明の目には魅力的に映る。数え切れない程の夜が染みついた建物は、数多くの幻想を持ち、また惹きつけるように思えるからだった。

 そして幾つもの道を行き、角を曲がり、愛猫つけて幾程の時間が経ったか……とうとうジョセフィーヌは目的地へと辿り着いた。


「お、おお、おお! すごい、すごいぞ!」

 と晴明が感嘆の声をあげるのも無理は無い。何故なら彼の目の前には想像通りの世界が広がっていたのだから。土管ピラミッドのある空き地、そこにいるのは猫、猫、猫、猫!

 地べたにも、空き地を囲む塀の上にも、土管の上や中にもいるわいるわ飼い猫野良猫可愛い猫。ジョセフィーヌが空き地に入るとにゃあにゃあ鳴いてお出迎え。ジョセフィーヌもふてぶてしい声でにゃあ、と一言だけ言うと土管の前まで歩き、そこにぐでんと寝っ転がる。そしてふああ、と大きな口を開けてあくびする。

 彼等は何か話し合うわけでもなく、各々好き勝手にやっているという印象。ごろごろしていたり、近くにいる猫とじゃれていたり、毛づくろいをしていたり。その姿の愛らしさといったらなく、今すぐにでも飛び出し突撃、片っ端からむぎゅむぎゅしたい所存。だがその気持ちをぐっと抑え、晴明はリュックからあるものを取り出す。


「このまま突撃したら、きっと皆すぐに逃げてしまうことだろう。私は人間、彼等は猫、その種族の壁はぶ厚く大きいのだ! 逃げられてしまったら私の月色硝子なハートがバリンバリンと割れてしまう! バリンバリンは嫌だ、何故ならとても痛そうだからだ! 実際痛かろう、辛かろう、それは嫌だ嫌すぎる! 作家となり、文章で世界を征服する為には多少の苦痛も致し方なしとは思っているが、猫の逃走がもたらすものに何があるだろう? 悲しく辛いだけではないか? だから、嫌なのだ! 私はなんとしても猫達に逃げてもらいたくはない! 何食わぬ顔で猫集会に参加し、その可愛らしい姿を観察していたいのだ! 私の目は女神の恩恵を受けているがゆえに夜でもよく見えるから、彼等の姿もまあよく見える! ふっふっふ……用意している、私はきちんと用意しているのだよ! 猫にばれぬ為の兵器をな! それはこれだ! じゃじゃん!」

 一人喋る(それでも誰も気がつかないのが不思議なところで)晴明がじゃじゃんと取り出したもの、それは可愛らしい黒猫……のつけ耳。


「猫に逃げられないよう、私自身も猫になればいい! ただそれだけ、簡単なことだ! 猫そのものになる、そうすれば万事OK問題無し! どれだけ頑張っても人間以外にはなれないとは思っている、しかしなりきることなら出来るやもしれぬ! ミツツキミツキカケ様よ、私に力を貸してくれ!」

 そして彼の脳内だけにいる女神から力を授かろうと謎のポーズを恥ずかしげもなく次々ととる。日中人が沢山いる中でも平気でそういうことが出来る人間だから、迷いも躊躇いもなく。そして散々ポーズをとった後「よし!」と頷き、雑貨屋のパーティーグッズコーナーで見つけた猫耳をつける。黙っていればそれなりに整っているといえる顔立ちの少年が猫耳をつけている様は異様であり、常時異常にして奇妙である彼には妙に似合っていた。

 彼は矢張り少しの躊躇いなく四つん這いになり、空き地へと入っていった。猫達が一斉に晴明へ視線を向けた。沈黙、止まる時。晴明は「私は猫、今は猫、猫」と心の中で念じながら「にゃあ」と一声鳴いた。猫達は顔を見合わせていたが、結局逃げることも晴明を追い出そうと騒ぐこともなく、彼の存在を無視してまたごろごろしたり、にゃあにゃあ喋ったり、じゃれたりぼけっとしたりし始める。ジョセフィーヌも大きな口を開けてあくびして、主人のことなどまるで無視。猫達にさえ呆れられ、警戒することさえ馬鹿馬鹿しいと一瞬にして思わせるだけの力を持っている晴明は、にこにこ満足顔。


「やった、成功だ、成功したぞ! 猫、私は今猫になっている! 今の私は猫以外の何者でもなく、猫さえ認める猫でいるのだ! これもミツツキミツキカケ様のお陰だ、後程感謝の意を込めて供物を捧げなければならないな! おっと、あんまりこうして人語を喋っていてはいけないいけない。猫達に私が人間であることがバレてしまうからな! ちゃんとなりきらねば。なりきる、といえば以前桜山で出会った狸さんは本当にすごかったなあ、あれ程完璧になりきることなど私には到底出来ない! 猫さんもなかなか素晴らしかった、嗚呼、本当にあの夜は特別楽しかった! 今度彼等と出会ったらより上手いこと何かになりきるにはどうすればよいのか是非ご教授いただきたいな! 嗚呼、猫達よそんな目で見つめないでおくれ? にゃあ、にゃあ、にゃあ私は猫だ猫ですよ!」

 猫達はうるさいなあ、とでも言いたげな顔をしている。それから皆して呆れた風にあくびしたり、息をはあ、と吐いたり。

 晴明は少し彼等からは距離を置いた所に腰を下ろし、ノートや筆記用具等を取り出した。そして猫達の様子をじっくり観察。皆もう本当に晴明などどうでもいいという風に彼を完全無視し、各々好き勝手な時間を過ごしていた。晴明はその様子を『釣瓶の書』と書かれたノートにさっと書く。その顔は終始にやにやしていた。途中新たなメンバーがやって来て、堂々と集会所にいる猫耳をつけた怪しい男にびくっとしつつ、仲間達の「あ、そいつは放っておいていいから」とでも言っているかのような表情を見、結局逃げることなく空き地に入ってお気に入りの場所に腰を下ろすと、それ以降は殆ど晴明に目を向けることはなかった。

 自分は今猫になっているのだ、と信じて疑っていない晴明は一部の猫に名前をつけた。名前だけでなく、性格や交友関係等などの設定まで。


「土管の一番上にいる三毛猫、あれは『女帝』だな。桜町の猫を束ねるボスだ! 威張り散らすことはなく、常にのんびりまったりなお気楽さんだ! 実は長い時を生きた化け猫だが、それを本人は隠している! だが、猫というか動物というのは勘が鋭いもの。実は皆彼女が化け猫であることなどとっくのとんまに分かっているのだ、だが空気を読み、そんなことは知らないという顔をしているのだ! おっと、そのことをあまり大きな声で言ってはいけないな、女帝が真実を知って『そうだったの、がーん!』とショックを受けてしまうかもしれないし、他の猫達も気まずくなってしまうだろうから! そして彼女の両脇に座っている猫二匹は側近なのだ! 実に側近らしい顔、佇まい! 左にいるロシアンブルーかな? 彼女の名前は『灰かぶり』だ。まるで灰を被っているような色をしているから。厳格な家庭で育った彼女もまた厳格な性格をしていて、猫界の掟は絶対であるとしていて、のんびり屋の女帝にいつも小言を言うのだ! 融通のきかない性格が玉に瑕だ!」

 そして今度は女帝の右側に座り、女帝と何か喋っているトラネコに目をやった。


「あちらのトラネコは『虎吉』だな! いつも威張っていて、喋り方も非常に尊大で下々の者を馬鹿にしまくっている。自身より上に立つものには媚を売りまくり、どうにかして気に入られようとするお調子屋! 虎吉がそういう猫であることを知らない女帝は彼のことを気に入っている。だが灰かぶりは彼のことを快く思っておらず、女帝から彼を引き剥がしたいと思っている! 空き地の隅にいる黒猫、彼女は『魔女さん』だな。桜山の奥深くに住んでいる魔女に飼われている猫で、自身も不思議な力を使えるのだ! そして彼女のとろんとした瞳には常に我々普通の猫には見えぬ世界が見えているのだ! うん、そんな感じがいいな! 彼女の隣にいる白猫は『仙人』だ! 恐らく化け猫である女帝同様かなりの長寿と見た。きっと彼もまた桜山に住んでいて、仙人の修行をしているのだ! 身だしなみなどどうでもいいと思っている、それゆえ毛がぼっさぼっさなのだ! そして彼はよく魔女さんと不思議な力対決をしている! いやあ、何て個性的な面々!」

 その他にもツッパリ系にゃんこの『番長』や皆のアイドル『あいちゃん』、白い体に黒い小さなぶちがいくつもある『豆大福』等。

 勿論名前も性格も晴明が勝手に作り上げた『設定』である。しかし困ったことに、彼は女帝はボスで化け猫で、とか灰かぶりは厳格な性格で……といったものが自分の作った設定であるという事実をすぐ忘れる。それゆえ、彼の中でそれらは『脳内設定』ではなく『事実』になってしまうのだ。

 晴明は猫達をじいっと見つめる。そうしている内、彼の頭の中で目の前にいる彼等が喋りだすのだった。その脳内会話に無言で耳を傾ける。素晴らしきかな空想の時間、美しきかな、現と虚の境が消える幻想の時間!


「嗚呼、まだ寒いわねえ。時々震えちゃうわ」


「全くですなあ。本当早く暖かくなればいいですのに」


「あれ、虎吉さっき『もうすっかり春になって、とても暖かくて過ごしやすい。これ位が一番良い』って言っていたような……」


「豆大福! 何故そのような嘘を吹聴するのだ! わしはそのようなことは一言も言っておらぬぞ!」


「え、言っていたよう……」


「嘘をつくな、嘘を! 全くこの儂の権威を失墜させたいのか知らぬが、ろくでもない奴だ。ふん、低俗な奴らしい汚くて愚かなやり方だ。しかも何故タメ口なのだ、この儂を誰だと思っている、ええ? 我らが帝、儂はそんなことは一言も言っておりませんからね。まだこの気候、寒いと思っております、ええそう思っておりますとも、にゃあご」


「汚いのはどちらだか。本当、汚らわしい男。お前なんかに低俗な奴などと言われる豆大福が可哀想だわ」


「何だと? ふん、少し良い家に飼われているからっていい気になるなよ、灰かぶり。女のくせに、生意気だ。口から出るのは小言ばかり、帝に対してもいつもうるさいことを偉そうに言っている。ぐちぐち言うだけで、その他のことは何もしない。女というのは本当、口だけは達者、それ以外の能はなし! あ、勿論帝は違いますよ、貴方様は何だって出来るお方です、にゃあご」


「ふん、女のくせに、女のくせに! 私に何か言う時はいつもそう言うわね。ああ、馬鹿だからそんな馬鹿なことしか言えないのねえ! 馬鹿が馬鹿言う、馬鹿の一つ覚え!」


「何だと、この!」


「もう、止めなさいよ二匹共。仲良くしなさいよ」


「貴方様がそうおっしゃるのでしたら、勿論。仲良くいたしますよ、にゃあご」


「阿呆らしい。阿呆で馬鹿で、本当救いようのない男ね。豆大福、あまり気にするんじゃないわよ、こんな奴の言うことなど。まあ、こんなゴミ箱に捨てられているゴミ以下の存在でも。一応目上の人間なのだから、一応こいつと話す時は丁寧な言葉を使うよう心がけなさい。人間界でも猫界でも、これは大切な決まりなの」


「決まり、決まり、決まり、うるさい女だ」


「はあい、分かりました灰かぶりさま。ああそれにしても悔しいなあ。おいらは嘘を吐いてなんかいないのに……何だよ、何だよ、おいらは何にも悪いことなんかしていないのにさあ……低俗で愚かで汚らしいなんて……」


「まあまあ、そんなに落ち込まないで。元気を出すにゃん」


「あいちゃんありがとう! ああ、本当あいちゃんは天使のような子だなあ……」


「男のくせにうじうじすんな、格好悪い。あいつがああなのはいつものことじゃねえか。放っておけ、放っておけ、気にすんな」


「番長! ああ、本当番長は格好良いなあ!」


「若者達はいつも賑やかだあねえ、仙人」


「本当になあ、魔女さんよ。ところで魔女さんの目には今何が映っている?」


「にひひ、それは内緒だあよう。仙人よ、今度また力比べをしようねえ。今日は本調子じゃないから無理だけれど」


 そんな会話が途切れることなく聞こえる。あいちゃんがごろごろ寝転がっている姿をじいっと見ながらオス猫達が「あいちゃんは可愛いなあ」「恋人にするならあいちゃんみたいな子がいいなあ」「俺の嫁さんは真逆のおっかない女だからなあ」等と話していたり、威張り散らすことと媚を売ること以外に能の無い虎吉はにゃあごにゃあごとうるさく、灰かぶりは土管から降り、他のメス猫とお話している。大抵は虎吉の悪口であった。番長は虎吉を見ながら「けっ、吐き気がするぜ」と一言。ごろごろしながら月を見て歌を詠むのは三毛猫の雅様。何か雅っぽいから、雅様なのだ。

 晴明はその会話の中で特に気に入ったもの、印象に残ったものを釣瓶の書に書いていく。その作業さえ時が経つにつれ段々と覚束なくなっていく。夜が現と虚の境を溶かしていく。そして幻想の渦に微睡み、身も脳も沈んでいく、沈んでいく。

 ただ猫の喋る声だけが聞こえ、じゃれあう姿が微かに見える。その姿が消えていき、世界が真っ白になって、声も聞こえなくなって……だが直後、世界と声がさあっと戻る。


「久々に行ってみるとしようか」

 その声が合図だった。それは女帝から発せられたもののようだが、声色が先程までと違う。まるで男の人の声で、女らしさなど欠片も無い。

 はっと気がつけば、女帝が土管から降りて空き地を出ようとしていた。それに続くように他の猫達ものったのった、或いはすたすたと歩いて空き地から出ようとしている。まさかぼうっとしている間に猫集会は終わってしまったのか、皆はい解散お別れにゃあ?それはいやいや、まだまだこれだけじゃあ足りない!

 ところが、どうもこれにてお開き……というわけではないらしい。皆空き地を出てからも同じ方向を仲良く歩いている。何だか二次会の居酒屋へ皆して向かう人々みたいだ。


(ん? どこへ行くのだろう。猫集会というのは複数の場所へ行ってやるものなのか? ほうほう、それは知らなんだ! 新発見新事実、ふふふのふ、これは何としてでも着いていかねば、着いていっても問題なかろう、何といっても今私は猫! 猫が猫集会の二次会に参加しても悪いことはないにゃい!)

 油断していると闇に溶けて見えなくなりそうになる彼等の姿逃さんと、煌く目をますますぎんぎん輝かせる。上等の黒漆塗った空、施されるは金銀蒔絵、螺鈿の月。見えるのは猫の姿と、その美しい細工が施された外だけだ。猫の後を歩く晴明はそのことに気がついてはいない。猫達も何も言わない。時々晴明をちらちらと見はするけれど。

 時は夜、深き夜。その夜の道を晴明は猫と歩く。その道は現し世の道か、それとも。

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