番外編16:桜村奇譚集11
『桜村奇譚集11』
『ふりわらはい』
泣き虫な子供はふりわらはいに連れて行かれてしまうという話がこの辺りの土地には残されている。
ところが、ふりわらはいというのがどんな者なのか知る者は誰もいない。意味のある言葉なのか、別の言葉が訛ってこうなったのか、意味の無い言葉なのかそれさえも分からない。
ただ一つ分かることは、このふりわらはいという者がとても恐ろしい化け物であることだけである。
『しりっこ』
しりっこ、という妖がいる。一説ではその正体は狐や狸であると云われている。人間の前に様々な姿で現れ、にっこり笑うとくるっと背を向け、尻を突き出し、着物の裾をばっとめくる。丸見えになる尻を見てびっくりした人間を笑うと、その体勢のままものすごい速さで走っていなくなるという。
『お説教』
昔桜村を一人の術師が訪れた。数多くの妖を倒してきたという彼は、同じく強い力を持ち数多くの妖を退治した巫女の桜の話を聞きつけ、勝負を挑みにきたのだという。
彼は今、ある山に強い鬼が住み着いていること、その鬼が度々麓にある村を襲っているのだという話を桜にし、その鬼をどちらが先に倒せるか勝負しようと言った。どちらが優れた術師であるか決めようじゃないかという話だ。桜がその話をどこで聞いたのか、と術師の男に尋ねると彼は「旅の途中、丁度その山の近くを通りかかった時に聞いた」という。その話を聞き、是非桜との力比べに使いたいと思ったそうだ。是非勝負を受けてくれ、という男に対し桜は首を横に振った。
「申し訳ないが、私はその勝負を受けはしない」
術師の男はどうして断られたのか意味が分からず、何度も桜に尋ねた。どうしてだ、私と勝負して負けることが怖いのか、それとも鬼が怖いのか、と失礼なことも随分言ったという。やがて桜は仕方無く口を開いた。
「わざわざそんなことをせずとも、貴方が大した術師でないことは分かるから」
この言葉に激怒した男は怒鳴り散らし、やれ女のくせに生意気だとか、勝負もせずに勝敗を決めつけるとは何事だ、とか色々言ったそうだ。
さて、桜は元々短気な娘だ。始めの内は黙っていたが、それも長くは続かなかった。彼女は立ち上がると、大声で怒鳴った。それは男の声よりもずっと大きく、あんまり大きかったものだから男は吹き飛ばされ、危うく外へ転がり落ちるところだったとか。
「我々の持つ力は何の為にある、この力は化け物共に対抗する力を持たぬ人々を救う為に使うもの。それのに貴様は、その鬼が出る山の近くを通りかかり、鬼に困っている人がいるという話を聞いておきながら助けもせずここまでのこのこやって来た。本来の使命よりも、くだらぬ勝負事を優先するとは何事か。人々の苦しみを、勝ち負けなどというどうでもいいことを決める為に利用しようとする愚か者なぞ、優れているわけがなかろう!」
それから桜は男を術を用いて縛り、動けなくしてやってから、その鬼の出る山の場所を聞きだした。そして準備を整えると単身その山へ赴き、そこで好き勝手に暴れていた鬼を退治して戻ってきた。
鬼をちゃんと退治してから、桜はうんとうんと長い時間、男に説教をしたそうだ。哀れで愚かな男がその後どうなったかまでは伝わっていない。
鬼よりも、恐ろしいのは巫女様だ。
『肝潰し』
その妖は、人が極端に緊張している時や、落としたら壊れたり駄目になったりするものを持っている時などに現れ、ものすごく大きく響く声で「わっ!」とか「ぎゃあ!」とか言って人を驚かすのだという。
中には赤ん坊を抱いている時に肝潰しによって驚かされ、赤ん坊を落として死なせてしまった母親もいるのだそうだ。肝潰しの声は他の人には聞こえない。だから村人達は何かを落として壊してしまった時など、肝潰しが本当に現れた、現れていないに関わらず「肝潰しのせいで壊してしまった」などと言ったという。それが嘘か真かは、本人のみぞ知るということだ。
『白雪の百合』
ある家に一人の少女が住んでいた。少女は生まれつき体が弱く、今までどうにか灯っていた命の灯も消えつつあった。その少女は雪が大好きで、彼女は死ぬ前にもう一度雪を見、雪に触れたいと願ったが、その時は雪など到底降らぬ季節であった。
一方、桜村から遠く離れたある場所に白い百合が咲いていた。その百合は誰かの心を救ってやりたいと願っていた。彼女は全国を飛び回っている鳥の妖から、死ぬ前に雪を見たいと言っている可哀想な娘の話を聞いた。そして百合は彼女の願いを叶えてやりたいと思い、神様にお願いしたという。
「神様、どうか私の体を雪に変えてください。そして、その哀れな娘の傍に置いてください」
その願いが通じたのか、百合はひと塊の雪となり、遠く離れた場所にいた少女のもとまで飛んでいったそうだ。そして、少女の枕元に静かに舞い降りた。少女はそれを見て大変喜び、何度も何度も、世にも美しい雪に触れたという。
雪は自分が百合であったこと、少女のことを鳥の妖から聞いて可哀想に思い、自分の体を神様に頼んで雪にしてもらったことを話したそうだ。他にも百合は自分が知る限りの物語を聞かせてやったそうだ。
やがて雪は溶けて消え、それと同時に少女も静かに息を引き取ったという。
『食えば喰われる』
食ってはならぬ、恐ろしい肉があるという。それは夜の間に鬼が家の前に置くもので、その肉を見ると危険だと分かっていても無性に食べたくなってしまうのだそうだ。だがどれだけ食べたくなっても、決して食べてはいけないもので、焼いて処分しなくてはいけない。しかし、誘惑に負けて食べてしまう者も多くいたそうだ。その肉は食べたこともない位美味しいそうだが、しばらくすると急に苦しくなるそうだ。
体内に入った肉は、その人の体を作り変えおぞましい化け物にしてしまうのだという。するとその肉を置いた鬼が現れ、化け物になってしまった人間を喰らうのだという。鬼はその化け物の肉が大好物で、人間を肉の力で化け物に変えてから、喰うのだそうだ。そしてその時全ての肉は食わず、ほんの少し残しておく。そしてその残した肉を人の家の前に置き、食わせ、化け物に変えるのだという。
だからその肉はどれだけ美味しそうに感じても、食べてはいけないのだ。
『金の着物』
ある日、桜村の上空を何かがひらひら舞っているのを村人が見つけた。それは豪奢で美しく、いかにも値打ちがありそうな金の着物であった。その着物は空高い所を飛んだかと思えば、手を伸ばせば届きそうな所を飛ぶこともあった。
それを見た村人達は皆、それを手に入れて、どこか遠くで売れば金持ちになれると考えた。女達はそれを一度でもいいから着てみたいと思った。そして皆、金の着物を何としてでも手に入れようとひらひら舞うそれを追いかけた。
ところが皆着物舞う空ばかり見ていたものだから、石につまずいたり、猫のしっぽを踏んづけて怒らせたり、木にぶつかったりして怪我人が続出。他にも私が着物をとるのだ、いいや私だと言って取っ組み合いの喧嘩を始める者まで現れた。村は血だらけ、悲鳴に怒号だらけ、すったもんだの大騒ぎ。
醜く、そして痛々しい戦いの末、ある一人の男が金の着物の端を掴んだ。やった、ときっと男は思ったことだろう。ところがその直後金の着物は消え失せ、代わりに現れたのは化け狐の出雲。出雲は呆然とする村人達を見て大笑い。
「やあい、やあい、騙された騙された! あれ程素晴らしい金の着物が空を飛んでいるはずがないだろう」
そう言うと、出雲は笑いながら山の奥へと姿を消した。後に残ったのは血だらけぼろぼろの者、金の着物が原因で友を失った者、大金持ちになるという夢をぶち壊された者……。
なおこれは、巫女の桜が生まれる少し前の出来事だそうだ。
『安産太郎』
安産太郎という妖がいる。それは太った子供の姿をした妖で、出産を間近に控えた女の前に現れるそうだ。そしてその妖に腹を撫でられると、女は苦労することなく無事元気な赤ちゃんを産むことが出来るという。安産太郎によって無事出産が出来た女は、ごく僅かな食べ物を彼にお供えし、無事産めたことを感謝しなければならない。もしそれを怠ると、途端に母子共に病にかかり死んでしまうのだそうだ。
この安産太郎、産まれる前に死んでしまった子供達の魂が変じたものとされている。
『戸が倒れりゃ家主も倒れる』
正体不明の力によって、突然家の戸がばたんと倒れることがある。その力によって戸が倒れた瞬間、家主もばたんと倒れてしまう。大抵は気を失うだけだが、酷い時はそのまま死んでしまうという。そうしてしまう者の正体は不明だが、何者かの祟りと云われている。
『尾立ち猫』
尾立ち猫、などという妖がいる。その猫は二股に分かれた尻尾を立てて、それで体を支えるという。どうやら尻尾以外の部分を地面につけると死んでしまうようで、移動する時はぴょんぴょんと尻尾をバネにして跳ぶそうだ。その姿は非常に珍妙で滑稽だとか。この尻尾は伸びるらしい。これといった害はない妖である。
『饅頭鼠』
饅頭鼠、という妖は真っ白な体の鼠で饅頭のような甘い匂いがする。体を丸め、まるで饅頭のような姿になって家や地蔵様の前などに現れる。そしてあれ、美味しそうな饅頭だと誰かがぐっと掴んだところで正体を見せ、びっくりした人間を笑いながら逃げるのだという。
『川流し』
川で何かを洗っている時は気をつけたほうが良い。川流しという妖が現れ、洗っていたものを流してしまうことがあるから。特にぼうっとしている時にそれは現れる。だから川で何かを洗っている時はあまりぼうっとしない方が良いのだ。
『明かしたければ、殴れ』
巫女の桜は強大な力を持つ人で、妖やら狸やらがどれだけ見事に人間やら地蔵やらに化けてもすぐ看破する。その全てを見破る力は化けて人を驚かす人間にとっては大変恐るべきものだった。
しかも桜は妖が化けていることに気がつくと、そいつを容赦なく殴る。相手がまだ子供の妖だろうが、大した悪さはしない妖だろうが手加減はしない。とても女とは思えない位強い力で。別に殴る必要はないようだが、桜は兎に角殴る。化けの皮を剥がすには、霊力の込められた手で殴るのが一番だと考えていたようだ。
化ける練習をしている最中、元に戻れなくなった子狸をどうにかして欲しいと母狸がお願いしにきた時も、哀れな子狸を思いっきり殴って元に戻したそうだ。元には戻ったものの、子狸は頭にたんこぶを作ってしまい「こんな目に遭う位なら、あのままでいた方がましだった」と言ったとか。
『泣くことないさ』
悲しくて、どうしようもなく悲しくて涙が止まらぬ人の前に現れる妖がいる。それはとても愉快そうにその人の前で笑うそうだ。その人が悲しくて泣けば泣くほど、大きな声でより愉快そうに笑うという。
初めの内は「自分はこんなに悲しいのに、笑うとは何事か」とそれを大変腹立たしく思うようだが、ずっとその笑い声を聞いている内段々と愉快な気持ちになっていき、しまいにはどれだけ悲しくて苦しくて仕方の無かった人間でも大声で笑うのだという。そして一度笑うと、悲しみも苦しみも綺麗に吹き飛ぶのだそうだ。するとその妖は満足そうに笑って消えるのだという。
『数える者』
桜舞い散る季節、それは現れる。その妖なのか幽霊なのか分からないものは夜になると舞い散る桜の花びらの数を一枚、二枚と女の声で数えるのだという。その声は村人の内の誰かの耳にのみ届き、そしてそれを聞く羽目になった者はろくに眠れないで酷く苦しむそうだ。それは三夜連続で現れるという。そうして毎年現れ、村人の内誰か一人が犠牲となる。なお、その者の姿を見た人は誰もいないのだそうだ。




