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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
学校の怪談~開花への階段~
255/360

学校の怪談~開花への階段~(15)

「私達が蒔いた? 一体どういうことなの、それは」

 驚きが声となってさくらの口から出る。ここにいる全ての者が同じことを思っているに違いない。隠せぬ動揺、一方の鈴鹿は冷静そのものだった。修羅に弄られ乱れた気もすでに元通り。


『それについては一旦置いておきましょう。最初から順序だててお話した方が良いでしょう? 私は数百年前、こちら側の世界で生まれました。その後成体となる為幾度か鬼ヶ花の種を蒔き、花を育てました。人の世に人間として入り込み、花の力も借りて人々を憎しみ合わせたり、疑心暗鬼に陥らせたり、恐怖させたりして。そうして私は何度も花を咲かせることに成功しました。けれどそれを全て収穫し、成体になることは出来ませんでした。ほんの少し収穫した花を喰らったことはありますが……私が何とか今まで生きてこられたのも、その時喰らった花の力のお陰』

 だが、その力も生命維持の為に使い果たし彼女は今死の淵に立たされている。成体になることなく死ぬ花鬼は決して珍しくはないと鈴鹿は言う。どういうわけかそう言う彼女の声に混じり、修羅のくっくっくという笑い声が聞こえてきたが。


「貴方はかつてこちら側の世界にいた。でも今は違う……それは何故? 花は向こう側の世界では上手く育たないと聞くわ。だからわざわざ向こう側の世界に成体でもない貴方が行く理由はないと思うのだけれど。境界をうっかり飛び越えてしまい、その後戻れなくなったとか?」

 佳花の問いの後しばらくの間沈黙が続く。重苦しい静寂を破ったのは鈴鹿の「諸事情で」という言葉であった。どうもあまり語りたくないことであるらしい。すると恐らく鈴鹿の隣にいるであろう修羅の愉快そうな笑い声が響き、皆してぎょっとした。


『そりゃあ言いたくないだろうねえ! 高名な術師の人間に騙され、すっかり惚れちゃってメロメロになった挙句収穫を迎えた花の力を消滅させられた上、向こう側の世界に飛ばされちゃったなんて! しかもこちら側にいる人間から招かれない限りは、二度とこちら側の世界には来られないようにされちゃって!』


「術師の人間に騙されて、惚れた?」

 予想外の答えに佳花は整った形の瞳をぱちくり。「お、お前……!」と明らかに慌てている様子の主を無視し、空気を全く読めないのかあえて読まないのか分からない従者の暴露は続く。


『うちの姫さんはお人好しな上騙されやすくってね! 今まで成体になれなかったのも、結局は鬼ヶ花が溜め込んだ力を奪おうと企んだ妖に騙されて横取りされたり、種を植えた地で出会った子供があんまり愛おしくなって花を育てることを放棄しちゃったり、術師に上手いこと言いくるめられちゃったりしたからなんだ。単純に土地と種の相性が悪くて駄目にしちゃったとか、そういう仕方のない理由じゃなくてね』

 直後、修羅の「痛いっ」という声。どうやら鈴鹿に殴られたらしい。


『そんなことを人間達に話してどうするのですか、馬鹿ですかお前は!』


『馬鹿じゃないよ、少なくとも姫様よりは……ちょっとやめて、やめてったら姫様!』

 この二人のやり取りを聞いていると、緊張の糸を張りつめ、臨戦態勢を整えているのが馬鹿らしく思えてくる。紗久羅は「従者におちょくられて、可哀想なお姫様」と鈴鹿に同情さえしている。鈴鹿が修羅を思いっきりひっぱたいた音が聞こえ、間の抜けた空気が流れかけていた場はようやく静寂と緊張を取り戻す。


『兎に角、私はこちら側の世界を追い出されました。先輩のおっしゃる通り、向こう側の世界では花などまともに育たない。かといって私をこの世界へ招き入れるような人間などいるはずもなく、私はただ死を待つのみでした。そんなある日、私は突如体が引っ張られるような感覚に陥りました。そして気がつくと東雲高校の校舎にいた。私と一心同体である従者二人も、共に』

 日常と非日常が入り混じっていたあの時の東雲高校は境界がいつも以上に曖昧になりやすい状態にあった。しかしそれが「こちら側の世界の者に招かれない限りは来られない」という術者の呪いを無視出来た理由になりえるのだろうか。

 正直、鈴鹿にも理由は分からないという。


『あの男の呪い自体、もう解けかけていたのかもしれません。効力は相当弱まっていた。プラスして、あの場は祭りの準備という行為と、榎本さんの怒り、それから元からこの土地に存在する歪みによってかなり異質なものとなっていたでしょう。更にあの時のあの子……榎本さんの心は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになっていたはずです。手伝わない上に女子生徒達にちょっかいばかりだし、挙句自分が一生懸命作っていた看板を汚されてしまったのですから。その時彼女は自分の心の中に、彼等を酷い目に遭わせたい、滅茶苦茶にしてやりたいという思い――『鬼』を呼び込んだのかもしれない。そしてその行為が結果的に『花鬼』である私をあの場所へと誘ったのかもしれません。けれど理由など私にとってはどうでも良かった』

 あまりに弱っていた為、こちら側の世界では肉体さえまともに維持出来ず幽霊同然或いは幽霊以下の存在になっていた鈴鹿は咄嗟に英恵の肉体と存在自体を奪い去り『安達鈴鹿』という一人の女生徒として行動することを決めた。英恵の脳に蓄積されていたこの世界の知識、それのお陰で彼女は誰にも怪しまれることなく毎日を過ごすことが出来た。

 敦子を怒らせた悪ガキ三人組に鈴鹿は涼しい顔して『鬼の欠片』を流し込み、自分の『子』とした。彼等はすっかり鈴鹿に懐き、周囲の人に「姫とその従者」という印象を与えるまでになった。


『もうこれが泣いても笑っても最後のチャンスと、残りの種を全て使いきることを決め……そして我々は文化祭という絶好の日を利用して行動を開始した。私はまず、体育館にありったけの種を蒔きました。更に私の大切な従者である『羅刹(らせつ)』に我々の行動を感知することを阻害する術をかけさせた。妖姫の先輩、貴方がかけさせた術の力を利用して。先輩、私とても感謝しているんですよ。種が弾けてしまうのを防ぐ為、元々こちら側でかけるつもりだった術に似たようなものをかけてくれたことを。そちらの力を利用することも出来ましたし。お陰で可愛い私の羅刹の負担は減りました」

 佳花が唇を噛み締める。同時に聞こえる鈴鹿のくすくす、という笑い声。彼女は佳花がそのことを後悔していることを知っていながら言ったのだ。嫌な奴、と秋野の舌打ちがさくらの耳に届く。


『他にもやったことはあります。……我々は色々なことに使う為に、妖の妖気や生命エネルギーを必要としていました。けれどこちら側の世界でそんなものは簡単に手に入らないでしょうし、かといって私達には双方の世界を自由に行き来する術はありません。そこで祭りの性質を利用したのです。ああいった祭りは境界を曖昧にする。そうすると、曖昧になった境界を飛び越えて妖がこちらに迷い込んでくることがある。特にこの辺りの土地は元々妖を招き入れやすい場所のようですし。更に私達は妖をより招きやすくする為の(まじな)いをかけることにしました。彼等を惹きつける磁石のような役目を果たすものです。といっても気休め程度の効果しかないとされるものですが』

 その呪いがたまたま効いたのか、はたまた偶然か分からないが当日予想以上の数の妖が迷い込んできてくれたお陰で充分な量のエネルギーを吸い取ることが出来たらしい。


(私は見えない何かにつまずいた……あれは彼等にエネルギーを吸い取られてすっかり干からびた妖だったんだ)

 それを思ったら背筋がゾッとする。出雲が廊下を見つめ「もう只のカスか」と呟いていたことも思い出した。彼にはミイラ状態になった妖の姿が見えていたのだ。そんなものがごろごろ転がっていたなんて、流石のさくらも気持ち悪くなってしまう。


『その呪いをかける為に使ったのは、例の看板です』


「看板?」

 佳花や一夜は意味が分からず首を傾げる。だがさくらはすぐぴんときた。


「榎本さん……榎本さんが担当していた看板! 確か文化祭当日に無くなったって御笠君が言っていた……」

 汚れてどうにもならなくなった紙を貼り変え、文字や絵を描き直したという看板。その看板が無くなってしまったという話を環から聞いた。その看板を最後に見たのは確か委員長である鈴鹿であった。


『あれは私をこちら側へ呼び込んだ原因たるもの。こちら側と向こう側を繋ぐものとしては最適でした。ですから私はあれを闇に紛れて修羅に運ばせ、呪いに必要な他のものと共に焼きました。そして焼いた後に残った結晶を同じく体育館に蒔いたのです』


「そんな、榎本さん達が一生懸命作った看板を……」


『可哀想なことをしたとは思っています。けれど私は鬼。自分の目的の為なら手段は選びません』


「でも何で種もその結晶とかいうのも体育館だけに蒔いたんだ?」


『体育館以外の場所は、貴方達に蒔いてもらいたかったからです。言ったでしょう、種を校内に蒔いたのは貴方達自身であると』

 一夜の問いに答える静かな声。どうやらここから「校内に種を蒔いたのは東雲高校の生徒」という話と繋がっていくらしい。


『まあ、別に僕達が校内歩き回って種を蒔いても良かったんだけれどね。ただそれよりも君達人間に蒔いてもらう方が種にとっては良いものだから』


『先輩方。貴方達は朝、体育館に入った時、知らず知らずの内に我々が蒔いた種をその身にまとってしまったのです』

 その言葉に一同ははっとする。ああそういうことか、と鈴鹿がこれから言おうとしていることを悟った。彼女は想像通りの答えを淡々と述べていく。


『たっぷりとまとった種、それは貴方達が学校中を歩き回る内少しずつ体からとれて地へ落ちました』

 目に見えない種は東雲高校の人間達によって意図せず他の場所へ持ち込まれた。その時脳裏に浮かんだのはあるTV番組の映像だ。ある国立公園の特集で、各入山口に設置されたマットにそこを訪れた人々が靴底をこすりつける姿。どうやらそうすることで雑草の種子などを落とすらしい。外来植物を持ち込まれるのを防ぐ為のことだそうだ。自分達にそのつもりがなくても、靴底についた泥の中に種子が混ざっていることもある。靴だけではない、服などについていることもある。

 気づかぬ内についていた、鬼ヶ花の種。それを除去することなく皆歩き回って、そして……。成程、確かにそれだって意図的ではないにしても「種を学校中に蒔いた」ことに変わりはない。ついでに自分達はこの学校に妖をより多く招き入れる為の呪いをかける手伝いもしてしまっていた。混乱と恐怖へ至る手伝いをしていたなんて。その事実はさくらや佳花、一夜にとってショッキングなものであった。


(怪談の数が多かった場所は、私達が沢山行き来した場所だった。三年生は外に売店を出していたから、その間留守状態だった四階は二、三階に比べて怪談の数が少なかった。そして三年生の売店が集中していたエリアには怪談が集中していた……怪談の数のばらつきは話の作りやすさ云々よりもそこに蒔かれた種の数が関係していたんだ。多くの鬼ヶ花が咲く場所は、より多くの怪談とそれによってもたらされるものを求めていた……)


『まあ、ただ居ただけでぽんぽんつくような種じゃないんだけれどね。上手いこと君達の体につくように、そしてそれが上手い具合に学校中にばらまかれるようにした。君達がつけていた、あのバッジとかいうものに呪いをかけてね』


「バッジって、くそだっさいあの!?」


「そういえば今年は皆あのバッジを外さず、最後までつけていた……まさかそんな呪いが施されていたなんて、気がつかなかった」

 佳花は青ざめている。そのことにも気づくことが出来なかった自分を責めているに違いない。栄達が姫様は何にも悪くない、と彼女を慰めるがその声も聞こえているかどうか分からなかった。いつもはすぐに外すバッジを今年は皆律儀につけ続けていたのも、その呪いの効果によるものだったのだろう。


(そういえば出雲さん、このバッジを見て「随分なものをつけている」とか言っていた。てっきり私は「そんなださいものよくつけていられるね」という意味で言ったんだと思っていたけれど……)

 もしかしたら彼はバッジにかけられた呪いについても気づいていたのかもしれない。しかし矢張りこのことについても話しはしなかった。何だかここまでくると流石のさくらもどうして言ってくれなかったのよ、と少しむかっとしてしまう。ちなみに体についたままの種等は祭りの後行われたキャンプファイアーの時、皆が囲んでいた炎の力によって消えたらしい。


『種はその場所に馴染みのある者が蒔いた方が、土地に馴染みやすいという考えが花鬼の間では信じられています。事実なのか、気のせいなのかは分かりませんが。ですから私は貴方達に種を蒔かせようとしたのです。ちなみに貴方達が足を踏み入れなかった場所には修羅が行き、種を蒔きました。出来れば学校全体を怪談で覆いつくした方がいいかな、と思いまして』

 修羅は他にも学校に迷い込んだ雑魚達からエネルギーを搾り取ったり、弾けそうな種を事前に見つけて処分したりしていたらしい。鈴鹿は学校の一生徒としての仕事で忙しかったし、羅刹は術を維持するのが精一杯で他のことなどとてもじゃないが出来なかった。だから結局比較的暇な修羅が一日中動き回ったそうだ。


『愛しい姫様の為ならうんとこどっこいどっこいしょ、さ。校内をうろちょろしている時にええと臼井さんだっけ? 君と何度か顔を合わせたよ。ま、君は覚えちゃいないだろうけれど』

 その言葉を聞いた時、それほどさくらは衝撃を受けなかった。自分が文化祭の日怪しい人物と出会ったこと、それが男であったことは朧げながら覚えていたからだ。ただそれが現実のものだったのか、それとも夢だったのかはっきりと分からない状態ではあったが。


(櫛田さんと食券の販売をしていた時に現れた人……そうか、あの人が露天商であり安達さんの従者だったのね。だからあのキーホルダーを買った時、この人と前にも会った気がすると思ったんだ)

 彼はさくらが思ったよりも驚いていないので面白くない、という様子。ぶうぶうぶうたれる彼の声が天井から聞こえてきた。


『全ては順調に進んでいました。ですが体育館でトラブルが発生しました。種が一斉に弾けてしまった……そのことは臼井先輩はご存じですよね?』


「ええ、知っているわ。紗久羅ちゃんや柚季ちゃんもその時一緒だった」


『まさか弾けるとは思わなかったよ! 劇をしている間、あの少年君はずっと色々なことを考えていたんだろうね。そしてその強い思いが種を刺激した。劇が終わり、思いが頂点に達した時それに呼応するようにして種は弾け、少年君の使っていた仮面に染みついていた『思い』を歪んだ形で具現化しちゃったってわけだ』

 もしかしたらその前にパフォーマンスしていた生徒達の思いも種にダメージを与えていたかもしれないという。絶対これが原因、とは二人にも言えないらしいのだ。

 鈴鹿はあの時、体育館にはいなかった。だが修羅が体育館に蒔いた種の様子を見に来ていたらしい。ついでに、生徒達のパフォーマンスも楽しんでいたようだ。とことんお気楽な奴、という一夜の呟きももっともである。


『ちょっとやばいかも、とは思ったんだけれどね。手を打っておいた方がいいかな、どうしようかなと考えている内に弾けちゃったんだ。勿体無いことしちゃったなあ』


「それじゃあ体育館の出入り口が閉まって皆が逃げられなくなったのは」


『そう、僕の仕業だよ。閉じ込めた後のことは考えていなかったんだけれどねえ。ま、最終的に君達と一緒にいたやけに綺麗な妖のお兄さんが弾けた種から出たものを綺麗さっぱり浄化してくれたお陰でどうにかなったけれど』

 そして文化祭は無事終了した。大多数の人間はそう思っていた。しかし実際は無事でもなんでもなく。

 蒔いた種が発芽するまでには多少の時間を要する。その間鈴鹿は真面目で、でも茶目っ気もあるクラス委員長を演じ楽しい日々を過ごした。一方修羅は種を学校になじませる為毎日せっせとお世話をしていたらしい。


『雑魚ちゃん達から集めたものを学校に少しずつまいたんだ。そうして学校という名の土壌に種をなじませ、成長を促した。まあ、いわば花がすくすくと育つよう肥料とか色々使って土壌作りをしたってところかな。一方こいつらは幾ら気づきにくいとはいえ『異質』であることに変わりない種の存在を隠すいい蓑にもなってくれた』

 祭りが終わり、日常生活が戻れば祭りが生み出すあらゆるものの境を曖昧にする力は消えるし、時が経てば迷い込んできた妖達の気配も消えていく。そうなると『異質』である鬼ヶ花の種の存在が浮き彫りになり、気づかれてしまう可能性がある。だが修羅が自分の集めたものを撒き続けた為に学校の異常さは保たれることとなった。しかもその状態が長く続いた為に佳花の感覚はすっかり麻痺し『異常』な状態の学校を『通常』な状態であると錯覚してしまったようである。もしかしたらそれを手助けするような呪いもかけたのかもしれない。彼等は自分達の目的達成を助ける為の呪いを色々知っているようであったし。ちなみに修羅は学校周辺にも多少集めたものをまいたらしい。恐らく学校と外との『異常度』の差を少しでも縮め、佳花に学校が異常であることを悟らせないようにする為だろう。


「儂らは文化祭が終わってから少し経った後、学校に異常がないか調べに行った。その時確かに妖気の濃さが気にはなったが……土地に流れる歪んだ力の影響もあり、文化祭の時のものが残ったままになってしまっているのだと考えた。こちらがかけた術、お前さん達がかけた術が生んだ『歪み』も術が解けたからといってすぐに消えるものでもない」

 元々栄達や安寿が学校を調べに来たのは、文化祭が終わってからそう経っていない時の話だったらしい。そこで終わりにせず、もう少し経ってから改めて調べに行けば良かったと栄達は悔しそうだ。そうすれば、種の存在には気がつかなくても学校の環境が一向に良くならないことをおかしく思っただろうにと考えているのだろう。

 文化祭の後は表立って妙なことは起きなかった。仮初の平和の中、佳花の警戒心は薄れ油断も生まれたことだろう。彼女は徹底的に学校を調べることなく……結局種の発芽を許してしまった。しかしそのことを一体誰が責められるだろうか。さくら自身も、この学校が怪談騒動の前から既に異常な状態であったことに全く気がつかなかった。


『文化祭から約二ヶ月後、種はようやく芽を出しました。それが始まりの合図でした。……私は『子』に仕立て上げた少年達に屋上から飛び降りる幽霊の話をし、それを他の生徒に話させました。その話は、東雲高校の人達に鬼の欠片を注ぐ為の儀式のようなもの。校内であの怪談を聞いた者は皆、私の鬼の欠片を注ぎ込まれることとなったのです』

 数十年前、屋上から飛び降りて死んだ女生徒のことは事前に調べていたという。根も葉もない嘘より、多少の真実が混ざっているものの方が信ぴょう性が高いだろうと判断したからだ。

 そして彼女は怪談が学校中に広まったのを確認したところで見えもしない幽霊を『見た』と言ったのだ。その発言が、発芽した鬼ヶ花が「もしかして」という気持ちを芽生えさせ……。


『誰かの恐怖心が別の人に感染し、伝染った恐怖は鬼ヶ花の生んだ紛い物の幽霊達によって膨らんでいった。一度膨らみだした恐怖はもう止まらない。ここに鬼ヶ花がある限り、誰にも止められない。しかも学校の敷地を離れれば、恐怖心や不安は消えていく。鬼の欠片がそのようにしたのです』

 楽しそうに彼女は語る。皆が恐怖に震える様を見て彼女は何を思っただろうか。ことが上手く運んでいることを喜び、生徒達の恐怖に歪む顔を見て大声をあげて笑いたくなるのを必死にこらえていたのだろうか。

 それならどうして彼女は『愉快』の中に『苦しみや悲しみ』を含んだ声で喋るのだろう?


『花鬼は言葉や行動で、人の心に「黒い心の種」を植えます。例えば「あの人は本当は貴方のことを嫌っているのよ」とか「あの人は別の女とも付き合っている。二股かけられているのよ、貴方は」とか「貴方をあの人は殺そうとしている」とか、そういうことを言ったり、偽の文などを用意しそれを見せたりして。皆はすぐにそれを信じないまでも「もしかしたら」という思いを抱きます。鬼ヶ花の力で負の心に囚われやすくなっていますからね。そしてその「もしかしたら」という思いに鬼ヶ花が反応し「まさか」という思いを確証へと至らせます。後は簡単』

 自分の擬似眷属となった東雲高校の人達は、彼女の都合の良いように動く。どう考えてもでたらめな怪談を次々に生み出しては周りの人に聞かせ、それを聞いた人は別の人にその怪談を聞かせる。鬼ヶ花によっていつもに増しておかしくなった土地や鬼ヶ花、鬼の欠片の力等により皆はその怪談を信じ、恐怖し、その恐怖が紛い物の幽霊や妖を生み、ますます恐怖して花にエネルギーを与えていく。一部の人間以外異常など露程も感じず、何の疑問もないままここで学校生活を送ってきた。もう学校へ行きたくないという思いも、外へ出ればそう思わせるだけの恐怖が消え失せてしまうのと同時に薄れていき、また次の日いつものように学校を訪れ、そして恐ろしい目に遭う。

 大抵のことは、さくら達が考えていた通りだった。鬼ヶ花の生みだす妖等が必ずしも全員に見えるわけではなかったのはより強い恐怖心を与える為の演出。妖が生徒達を基本的に傷つけることがなかったのは、そうする必要を感じなかった為等など。生徒達が膨らませ続けた感情が恐怖のみに絞られていたのは、一つの感情を重点的に集めた方が味も溜め込む力の質も良くなるかららしい。鬼ヶ花には知性が有り、主の言うことをある程度聞くことが出来る。だから花達は恐怖以外の感情を増幅させようとはしなかったのだ。


『貴方達が次々と生み出した怪談は恐怖を育てるよい水となりました。そして育った恐怖は鬼ヶ花を成長させる為の水となりました。私、皆さんにはとても感謝しているんですよ』


「怪談の闇に触れようとする者は殺される……という怪談も安達さんが作ったものだったのね」


『ええ。先輩の背後には修羅が言っていた妖の殿方がいる。その殿方に色々情報がいったら困りますし、妖姫の先輩に色々調べ回られると面倒ですので、少しおどかしてやろうかと。まあそれは失敗に終わりましたが。でもまさか臼井先輩があの怪談を広めたのは美吉先輩だと思っていたなんて』

 脅迫の手紙と怪談。二つの出来事がほぼ同時に起きた上に鬼ヶ花の力もあったが為にこんなことになってしまったのだ。


『まあ、色々あったけれどとりあえず花は収穫の時を迎えた。姫様がお間抜けさんだったせいで収穫する時期を見誤ったけれどねえ。お陰で一連の騒動の犯人が花鬼であると君達にばれてしまった』


『やれやれ、といった風に言わないでください! 仕方がないでしょう、久々の収穫だったのですから!』


『そうだねえ、姫様がお間抜けでお人好しで惚れっぽいせいでねえ』


『お前は余程死にたいようですね』


『いやあ、まだ死にはしませんよ。姫様が成体になるまではね。しかし出来るかねえ、今回も』


『今回失敗すれば、もう終わりです。ですから何としてでも成功させなければいけないのです。というわけですから先輩方、哀れな鬼を助ける為今すぐ帰ってくださいますか?』

 切実、懇願。今回失敗すれば彼女は間違いなく死ぬ。速水もそう言っていたから間違いないだろう。花の収穫を阻止するということは、鈴鹿に死を与えること。それを思うとどうにも気乗りしないが、ここで見逃せば更なる災いが人々に降りかかることになるだろう。佳花も「そういうわけにはいきません」と即答出来ないでいるらしい。考え込んだ様子を見せた後、闇に覆われた天井を見上げる。


「……貴方は成体になった後、どうするつもりなの?」

 しばしの沈黙。迷いはどうやら鈴鹿の中にもあるらしい。「成体になった後は大人しくする、災いを誰かにもたらすことはしない」という答えをもらえれば、そしてそれが真実であると信じられたなら見逃すという手もなくはない。だが矢張りそういうわけにはいかないようだ。


『ここ東雲高校や舞花市、及びその周辺の地域には手を出しません。この体も必要なくなるでしょうから、垣谷さんに返しましょう。……それから遠くへ行って、私は多くの人々に悲しみや憎しみ、苦しみを与えるでしょう』


「はあ!? ふざけんな! そんなことをして何が楽しいってんだよ! 悪さをすることがそんなに愉快なのか! この優等生の皮被った悪人娘!」


「……花鬼は災いを振りまき、それによって生じた負の感情を食べることを喜びとする。そういう生き物なんだ。それが彼女達にとっては当たり前の生き方なんだ。悪いことをするから楽しい、悪いことだからやるってより、楽しいって思ってやっていること、自分にとってはそうするのが当たり前なことがたまたま人間にとっては悪いこととして映っているってだけの話っすよ。犯罪をするのが楽しいから盗みや殺人を犯すんじゃなく、盗みや殺人をやるのが自分にとっては当たり前の行動だからやっていて、それがたまたま犯罪と呼ばれるものだった……というか。人に災いを与え、思いを喰らう……それが花鬼の決められた生き方。その生き方を頭ごなしに否定することは出来ない」


「人間が牛や鳥を食べて生きているというのは、私達にとっては当たり前のことです。ですがその行為はどこかの世界での常識では悪いこととして扱われているかもしれない。善悪なんてそんなものです。花鬼にとっては、悪いことでもなんでもない。ですから話し合いで解決するのは難しいんですよね……」


『そう、お二人がおっしゃる通り私にとっては当たり前の生き方なのです。悪いことだからやめろと言われても、そう簡単には納得出来ない……』


「矢張り力づくでこちらの主張を押し通すしかないんですね」

 佳花は悲しげな表情を浮かべ、俯く。そこには迷いや躊躇いという感情も混ざっている。もしかしたら放送室にいる鈴鹿も同じような表情を浮かべているかもしれない。環が話してくれた、鈴鹿と敦子の二人に会った時の話。二人共本当に仲が良さそうだったと彼は言っていた。敦子も彼女のことを本当に大切に思っているようだった。

 そう思わせるだけのものが、作り物であったとは到底思えない。


――本当はカバンとか携帯につけるタイプのものなんでしょうけれど、肌身離さず持っていた方が良いと言われたので、その通り肌身離さず持っているんです――

 嬉しそうに語っていた敦子の姿。それと同時にまだ自分には聞きたいことが残っていたのを思い出した。


「そういえばあのキーホルダー……修羅さんが作った魔除けのグッズ、あれには一体何の効果が? あまり良い効果ではないようですけれど」


『ん? ああ、あれねえ。あれは君達の負の感情を集める為の道具。種を蒔いたものの、君達があまり足を運ばないゆえに全然育たない種を育てる為とか、これからあるだろう君達との戦いで消費するえねるぎいの分をどうにかする為とか。あれを持っていると表面上は恐怖心を感じなくなるけれど、実際のところ恐怖心は消えていない。それどころか逆に増幅されているんだねえ。元手が大きけりゃ、手に入れられるものも多い。ああ後、あれを持っている人には妖や幽霊が見えないようにもした。これは協力のお礼ってやつだねえ。表向き騒動を沈静化させたいとか、収穫の時期を誤らないよう花に与えるえねるぎいの量を微調整する時期に入ってきたってのもあるけれど』

 まあ、結局微調整しても駄目だったんだけれどねえと修羅のため息が聞こえる。鈴鹿の「うっ」という小さな声も聞こえたような気がした。


『んふふ、お陰で沢山集まってどの場所も綺麗な花を咲かせることが出来た。知っていた? あれ命令さえすれば僕の手元に一旦戻るんだよ。そうして戻ってきたものから恐怖のえねるぎいを抽出して花の上にまいてやる。そして全部まいたらまた君達の手元に戻す。あ、ちなみに今も売ったやつ全部僕の所に集まっているんだ。ちなみにあれ、全部僕の手作り。まあ材料とか、販売する為に使う道具諸々は盗んだものだけれどねえ。いやあ、あくせさりい作りって楽しいねえ! 人間の先生に教えてもらって作り方を学んだんだけれど、僕の生涯の趣味になるかもしれないねえ、んふふふ』

 と随分砕けた口調で答える。確認の為それを入れていたはずのポケットに手をやったが、成程彼の言う通りあのキーホルダーはそこから跡形もなく消えていた。


「あの魔除けのグッズは偽りの安息を与えるものだったってわけか」


「実際はますます所持者の恐怖心を増幅させていた。私があれを見た時、心を弄られるような感覚に襲われたのは恐怖する心を弄ろうとする力を感じ取ったから……」

 一夜と柚季に続き、今度は質問をしたさくらが口を開く。


「榎本さんにも? 彼女にも同じものを与えたの? 怪談騒動が本格的になる前に。恐怖心を増幅させる為のものを、大切な……友達にも?」


『それは……』


『ああ、あれは違うよ。あれだけはね。榎本のお嬢さんに渡したのは、本当のお守り。鬼ヶ花の効果も受けず、本物の安息を与えるものだよ。何か姫様に頼まれて』


『そ、それは話さなくても良いことです! どうして余計なことをお前はぺらぺらと!』


「顔真っ赤にしながら言っていそうだな……安達って奴、榎本って子のことは大切に思っていたんだな」


『別にそんなんじゃありません! あ、あれは私を再びこの世界へと連れてきてくれた彼女へのお礼で」


『姫様が大事に思っていたのはあの子だけじゃないよ。姫様ってば普通に学校生活を楽しんでいたし、打算も思惑もなく純粋に沢山のお友達を作っちゃって、その人達と遊ぶのを超楽しんでいたし、出来ることならずっとこんな日々を送りたいと』

 話に割り込んで語りだした修羅は鈴鹿の暴力によって黙らざるを得なくなってしまったらしい。酷いよ姫様、という情けない声を聞く限り。もっとも彼は殆どを話してしまっていたから、時すでに遅しなのだが。

 この人達が今まで成功しなかったの、何となく分かる気がするわと柚季が呟く。それに同意するように一同頷いた。修羅の言葉を否定しようとする鈴鹿、その声には全く説得力がない。だからこそ佳花も鈴鹿をどうしようか決めかねている様子である。表情を見れば未だ悩んでいることは明白だった。


「貴方は大切にしたのね。クラスの一員である安達鈴鹿としての時間を……そしてその時間をくれた人達のことも。だから迷っている」


『大切になどしていないし、迷ってもいない! いずれ捨てねばならないものを大切にするなんて馬鹿なことを私はしない! 人間に情なんてもってもいません……人間は私を成体にする為の……そして成体になった後、私に負の感情というご馳走を与える為の道具に過ぎません!』


「榎本さんや他の人間達に何の感情も抱いていないと?」


『そうです!』


「嘘」

 佳花がばさりと彼女の答えを切り捨てる。彼女以外の人にも分かっていた。鈴鹿が嘘を吐いていることは。


『ばればれですよ、姫様』


『嘘なんかじゃない! 確かに学校生活をこれっぽっちも楽しんでいなかったと言えば嘘になりますが、でも……榎本さんにだけちゃんとしたお守りを渡したのだって彼女だけは苦しめたくないと思ったからなんかじゃないし、鬼ヶ花に「人に怪我をさせたり、実際に殺したりすることは私の命令がない限りしてはいけない」と言ったのも、人間を傷つけたくなかったからという理由ではない……』


「お前嘘吐くのが本当下手だな。ババ抜きとか滅茶苦茶苦手だろう。クールな優等生演じるのはさぞかし大変だっただろうな」


「安達さん……きっと貴方は本当の花鬼にはなれないわ。こうして少し話をしただけで分かる」 


『ああ、それは僕も同感だねえ。姫様は何というか花鬼になるべきものじゃないのに、花鬼として生まれてきちゃった可哀想な子というかさ』

 鈴鹿の声がしばらく聞こえなくなる。それからどれ程の時間が経っただろうか?


「安達さん。成体となった後も人間に危害を加えることはないと誓ってくれるなら私は」


『……てやる』


「え?」

 佳花の言葉を鈴鹿の声が遮った。殆ど聞き取れなかったがそこには強い感情が詰められており、肌寒さを感じてさくらは身を震わせる。


『かならず成体になってやる……そして、そして、私が人間に情など少しも持っていないことを証明する! 成体になって、そしたら私は、まず初めに榎本さんに災いを与える!』

 その言葉に全員が驚愕する。隣に座っているだろう修羅さえ彼女の発言に驚いているようだ。


『すぐにでも彼女の家へ飛んで、彼女を苦しめ、そして最後には殺してやります! それから他の皆も、皆、皆、皆!』


「そんな、安達さん!」


『先輩方、これも嘘であると考えますか? そう考えるならそれはそれで結構。そう考えた末に後悔するのは貴方達ですもの。私はこれから収穫の準備に入ります。私はこの棟の屋上で終わりと始まりを迎えることでしょう。止められるものなら止めてごらんなさい!』

 その声の直後さくらは急速に体温が下がるのを感じた。そして心臓を鷲掴みにされるような感覚に顔をしかめる。天井を濡らしていた闇がぼこぼこという音と共に沸騰し、そしてそれによって現れた気泡一つ一つが様々な姿に変わっていく。何だ、何が起きているんだとさくらは一夜や紗久羅と共に身を寄せ合い固唾を飲んだ。


「ひい!?」

 柚季の絶叫がこだまする。天井から顔を出しにたりと笑う女、がさごそと天井を這う巨大蜘蛛、恨めしいと呟く落ち武者の生首の姿がさくらの目に映った。異常は天井以外でも起きていた。廊下、壁、あらゆる所を濡らす闇が同じように沸騰したかと思ったら、様々な化け物を生み出した。血だらけの男子生徒、腰から下がぼやけて見えない兵士、ゆりかごを押す醜い老婆などがさくら達の前に立ち塞がる。いや前方だけではなく、後方にも沢山いた。教室からは不気味な声が聞こえる。教室に駆け込んで難を逃れる、という手はどうやら使えないらしい。


「成程、これが鬼ヶ花の作る邪悪なエネルギーの塊」

 印を結び、英彦は戦う力をもたないさくら達三人を結界で守る。その声を聞く限り、平静を装いながらも実際のところはかなりこの邪悪で歪なエネルギーに圧倒され、緊張している様子。結界で守られてなお、その濃さを増した闇をひしひしと感じ全ての体の機能が停止しそうになる。佳花も安寿の作った結界に守られているがかなり苦しげではある。


「ここに前侵入した時襲ってきた奴等っすね……自分を止めたければ、こいつらの相手をしながら屋上へと来いってか」


「秋野、これはかなりしんどい戦いになりそうだ」


「そんなの、見りゃ分かるっての」

 じりじりと迫り来る、化け物達。遠くから、放送室から屋上を目指して走る鈴鹿の足音が聞こえたような気がした。それと時を同じくして。


「闇に触れた者は生きて帰さない……果てよ、朽ちよ……」

 どこからかさくらを脅したあの化け物の声が聞こえる。その時のことを鮮明に思い出し、その記憶が頬の傷を疼かせた。嗚呼、あの化け物はどこかで私達を見ている。気づかぬ内に荒くなる呼吸。

 そしてその言葉を合図に、一斉に化け物共はさくら達に襲いかかった。

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