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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
学校の怪談~開花への階段~
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学校の怪談~開花への階段~(13)

「花鬼?」


「そう、花鬼。鬼といっても肌の色が真っ赤でおっかない顔をした化け物ってわけじゃない。外見は角が生えているって点以外は人間と殆ど一緒さ。しかもその角は隠すことも出来るみたいだから、人間に成りすますことも簡単だ。実際『花』を使って力を得ようとする時、人間に成りすましてその世界にまんまと入り込むこともよくあるみたいだし」


「ユウ君、花鬼のことについてもっと詳しく教えて。その花鬼のもつ『花』というものについても」


「勿論構わないよ。元々そのことについて教える為に来たんだもの。花鬼はある花の種をその身に宿した状態で生まれるんだって。宿す種の数は個人差があるみたいだけれど、一生の内手に入れられる種は生まれつきその身に宿した分だけで、それ以降体内で種が生成されることはないし、別の方法で種を入手することも出来ない。まあ他の花鬼から譲り受けるってことは出来ないでもないかもしれないけれど、貴重な種を気前よく渡すような奴はまずいないだろうね」

 だからその花の種というのは大事に、そして効率よく使う必要があるという。


「花鬼っていうのは生まれた時は無力な存在でね。霊力とか少しも持たない人間にだって勝てないかもしれない位だ。だから彼等は信頼できそうな者を探して契約し、従者を得る。それでもってその従者に守ってもらうわけだね」

 ならば東雲高校で騒ぎを起こしている花鬼にも従者がいるのだろう。もしかしたらその従者こそ、魔除けのお守りと称したグッズを売っている男かもしれない。そうなると矢張りあのグッズはろくでもない効果を持っていることになる。


「勿論いつまでも無力なままでいるわけじゃあないよ。彼等は力を得『成体』になる為にまず種を使う。種を特定の土地に撒き、そして発芽を待つ。種が無事発芽するようお世話をしながらね」


「発芽までにかかる時間ってどれ位か分かる?」

 うーん、とユウは天井を見上げながら考え込む。それからそこまでは分からない、という風に肩をすくめた。


「撒いてすぐ発芽するわけじゃないってことは確かみたいだ。多分何ヶ月かかかるんじゃないかなあ?」


「花鬼は文化祭の時その種を撒き、三ヶ月経った今になってようやく芽を出した……ってことも充分有り得るってわけか。三毛猫、蒔いた種の芽が出た後はどうなるんだ?」

 俺は三毛猫じゃなくてユウだってば、と呆れ気味に言いながらも彼は紗久羅の問いに答えるように話を続ける。


「花鬼の目的は簡単に言えば、蒔いた種――こいつは鬼ヶ(おにがはな)って呼ばれているんだけれど――そいつを人間の強い負の感情を吸収させることで育て、最終的に花を咲かせた鬼ヶ花の中に溜まった強力な力を喰らうことにある。この植物は人の負の感情を吸収すると、自分が元々持っている力とそいつを掛け合わせてまた別の『力』を生成するんだ。妖力とか魔力とかって呼ばれるものに似たものをね。種が元々持っている力もそこそこ強いけれど、負の感情を吸収することで生成される力の方がもっと強い」

 その鬼ヶ花、というものがほのりや一部の生徒が見た黒い花なのだろう。花が咲いている、ということはもうかなりまずい段階までことは進んでしまっているらしい。また出雲の「もうすぐ終わる」という言葉が嘘ではなかったことがようやく分かってきた。確かにもうすぐでこの騒動は終わるだろう。鬼ヶ花が生成し溜め込んだものを花鬼が喰らい、莫大な力を手に入れることによって。もうすぐ終わるならいい、などと呑気なことは言っていられないと思ったら鳥肌がたつ。


「この花が元々もっているものは人の心を不安定にさせ、負の感情に囚われやすくする。例えば怒り、憎しみ、嫉妬。更に花は、自分の傍にいる人間の負の感情を反映したものを自身のもつ力を用いて具現化させる力をもっているんだ。今回の場合は怪談通りのことが起きたらどうしようっていう不安とか、怪談に出てくる幽霊とかを恐れる気持ちとかを具現化したってわけだ。花の中にある力が怪談通りの幽霊や妖の姿をとり、君達に襲いかかった。そしてそれを見たり、実際襲われたり、それを見た人間の尋常ではない様子を目にしたりすることで君達は恐怖する。花はより強く、より多くの恐怖を吸収する為に何度も幽霊や妖の姿を見せる。何度も、何度も。その繰り返しによって際限なく膨らみ続ける負の感情を花は吸収し続け、どんどんと力を生成していく」

 花は吸収する負の感情の度合いが大きければ大きい程、より強い力を作りだすことが出来るそうだ。だから花鬼はなるべく濃度の高いものを吸収させる為に奮闘するという。中途半端な感情ばかり吸収させても大したものは得られないのだ。

 

「具現化能力の精度は結構高いと聞く。多分『触れた者を殺すお化け』っていうのを具現化したら実際に人を殺す能力を持ったものが出来上がるはずだ。君達生徒の中にも実際に殺された人っている?」

 あんまりその聞き方が軽かったのでさくらは面食らったが、そのことには触れず静かに首を横に振った。


「いいえ。幽霊や妖によって直接危害を加えられた人はいなかったわ。少なくとも殺されたとか、大怪我させられたってことはない。ただ今回の騒動について調べる為に学校へ忍びこんだ人は、殺されることはなかったものの怪我を負わされたようだし、同じく今回の騒動の真相について調べようとした私に脅しをかけた化け物は私の頬に傷をつけた。怪談の闇に触れようとした者は化け物に殺される……という怪談を具現化した存在が」

 矢張りあの化け物にはさくらを殺すだけの力があったのだ。それを再認識させられ、さくらは肌寒さを感じながらまだ傷の残る頬に手をやった。


「さくらを傷つけるのは感心しないなあ! でも良かったよ、それだけの怪我で済んで。それじゃあ東雲高校に鬼ヶ花の種を蒔いた花鬼は、より強い恐怖を与える為にあの学校の生徒達を殺したり呪ったりする気はないってことだね。今回のことについて調べようとした人には割と容赦ないみたいだけれど。より濃いというか、より質の高い恐怖を与えるんだったら何人かの人間を実際に怪談の幽霊によって殺させたり、命が危うくなるような目に遭わせたりすればいいのにちょこちょこっと脅かすだけとはねえ。結構あまちゃんなのかなあ」


「お前暢気な声でよくそんな物騒なことが言えるな……。それで? 花鬼は花を成長させた後はどうするんだよ、三毛猫」


「だからねえお嬢さん。俺は三毛猫じゃなくて、いや三毛猫だけれど名前は三毛猫じゃなくてユウだって。さくらが折角つけてくれた名前なんだから大切にしてよね。それでどうするかって? 花鬼は鬼ヶ花を限界まで成長させる。花を覆う膜が薄れ、人や多くの妖の目に映るようになっていく前位にね」

 その膜のせいでさくら達は今まで花の姿を見ることが出来なかったのだ。だがその膜が薄れてきた為にほのり等一部の生徒の目に鬼ヶ花が映るようになってしまった。花鬼は鬼ヶ花の収穫の時期を見誤ったようだ。

 そうして花が膜で覆われ隠されるのは、花の存在を妖に感づかれ折角溜めた力を横取りされることや力を持った人間の術師に妨害されたりすることを防ぐ為らしい。もっとも、適性がある妖や人にはこの状態でも十分その存在を感知することが出来るそうだが。ユウは「俺は多分膜が薄れてきたから花の匂いを嗅ぎとることが出来たんだ」と言う。つまり適正はないようだ。


「種の状態の時も、妖や人の目には映りにくいらしい。匂いもあんまりないし、その匂いだってやっぱり適性がないと嗅ぎとることが出来ないようなものだし。多分より強い妖気とかで土地が満たされたらそれにかき消されてまず気がつかないんじゃないかな。撒かれた土地に種が馴染むともうほぼ完全に気配が消えてしまうみたいだから……成長した花を覆う膜が極端に薄くなるまではそこらにいる奴じゃあその存在を感知できなくなる。まあ兎に角、限界まで成長させた花から花鬼は力を抽出しそれを喰らうことで力を得る。質の善し悪しに関わらず一定の量を摂取すると花鬼は成体となり、ようやく無力な存在ではなくなるんだ。それから彼等は残った種を使い、更に力を手に入れるってわけ。種が全部無くなったらそれ以上の力を得ることは出来ない。だから種がなくなるまでの間に、いかに強い力を手に入れるかによってその花鬼の強さは変わる。今回学校に種を蒔いた花鬼が成体かそうでないかは俺には分からないけれど、種の収穫時期を見誤っているところをみると花の収穫にあまり慣れていない位の奴なのかも」

 まあ、こんな所かなとユウはそこで話を一旦終わらせた。さくら達はようやく犯人の正体や目的を知ることが出来、もやっとしていたものが少しだけ晴れるのを感じたがまだ十分ではない。分からないことはまだまだ沢山あったからだ。


「文化祭のあれはなんだったのかしら。私達が見たあの黒っぽい色をしたもやのようなもの……あれは種だったのかしら。学校にかけられた術が解けたことで私達の目にも種が見えるようになった? でも種は人の目に映りにくいものなのよね。というかあの時点でまだ種の状態だとしたら、どうしてあんなことが起きたのかしら。ユウ君の話を聞く限り負の感情を吸収する為に活動を始めるのは発芽した後なのよね。体育館の種だけすでに発芽していたの? 宙に浮いた状態で? そもそもあの時の場合は私達のことを怖がらせる為にやったって感じではなかったし……結果的には皆恐怖することになったけれど」

 独り言のように疑問に思ったことを延々と呟く。あの日体育館で起きた出来事と、鬼ヶ花の種が無関係であるとは思えない。鬼ヶ花の人の思いを反映し、具現化する力。恐らく鬼ヶ花は劇に使われた仮面に染みついていた北条の『永遠にここで劇を続けていたい』という思いを汲み取り、それを具現化した存在である仮面北条を生み出したのだ。鬼ヶ花のもつ力は仮面北条に後ろ向きな願いを遂げるだけのものを与えた。

 しかしあの時あの場所でわざわざあんなことをする必要が鬼ヶ花にはあったのだろうか?鬼ヶ花は仮面に染みついた北条の思いを利用し、負の感情を集めようとしたのだろうか。


「文化祭のあれ?」

 不思議そうな表情のユウを見て、さくらはまだ彼に文化祭で起きたことを詳しく語っていなかったことを思い出し、説明する。一応『姫様』の存在や、彼女のかけた術のことも話した。一通り話し終えるとユウは何度か頷いた。


「成程ね。……そりゃあ多分、種が『弾けた』結果だな」


「種が弾けた?」


「わお、皆息ぴったり。ってそんなことは関係ない? あはは、ごめんごめん。そうそう、種が弾けたんだよ。多分君達が見たのは種というよりは種の中身って言った方が正しいと思う。『力』ってのは目に見えるものなのかって? さあ、見えるものだから見えたんじゃない? きっとあれだよ、種の中には黒いもやもやみたいなのが詰まっていてそのもやが力というかエネルギーというか……そういうものを内包しているんだよ、多分。いやあまだ土地に馴染んでいない状態の種っていうのはかなり不安定なものでね、何をしていなくても弾けてしまう。強い負の感情に長い時間触れた時なんかもね。弾けると種の中に詰まっている邪悪で歪んだ力が露わになり、そしてそいつらは暴走してしまう。鬼ヶ花は本来ある程度主である花鬼の言うことを聞くし、意思というか多少の知能も持っているから色々自分で考えて行動というか活動が出来る。ところが弾けちゃった状態の種っていうのはどうしようもない奴でね、花鬼にもコントロールすることが出来ないし、意思もくそもない。しかも一旦そうなってしまうともうどうしようもない。完全に駄目になって使い物にならなくなるんだねえ」

 出雲が体育館の天井を眺めながら「もう限界だ」と言ったのは、体育館にかけられた術が弾けた種の歪で邪悪な力によって解けかけていること、体育館を漂っていた種が北条の思いに触れて弾けそうになっていることに気づいたからなのだろう。(幾ら不安定なものであったとはいえ)種を弾けさせてしまう位、北条の思いは強かったのだ。劇を永遠に続けていたい――様々な思いが混ざり合って出来たその願いが花鬼にとっても想定外の事態をもたらすことになった。


「思うに、体育館に君達を閉じ込めたのはそこに居合わせていた花鬼自身かそいつの従者じゃないかな。一粒の種が弾けると、周りの種も弾けてしまう恐れがある。体育館とかいう所に蒔かれていた種はそれによって一気に弾けちゃったんだねえ。まだふわふわと漂っている状態の種は風に吹かれただけで簡単に外へ出てしまう。だから君達が外へ出ようと体育館とかいう所の扉を開けたら、そこから出て行って他の種にまで影響を及ぼす可能性がある。種自体が出て行かなくても君達の体にまとわりついたものが、他の場所に蒔いた種と反応してしまうかもしれない。だから咄嗟に閉じ込めたんだろう。閉じ込めた後のことは考えていなかったかもしれないけれどね。その状態になったものをどうにかするには、強い浄化能力で浄化する位しか方法がなさそうだけれど、普通花鬼も鬼の従者なんかになるような奴もそんな力なんて持っていないはずだからねえ」


「あたし達、あの馬鹿狐がいなかったらずっとあの体育館に閉じ込められていたかもしれないってことか」


「花鬼だか従者だかの力が続く限りはね」


「ねえユウ君、まだ分からないことは沢山あるわ! なぜ多くの生徒は普通なら信じない怪談話をあれ程までに本気で信じちゃったの? あれ程までに怪談が蔓延したことを異常だと思わなかったの? それだけではなく、その他諸々の異常なことにも皆気づきもしなかった。気がついているのはほんの一部の人だけ。そもそも怪談が広まるペースが異様に早かったのは何故? しかもどれもこれも学校全体にまんべんなく行き渡るし……私達が学校の敷地から出るとあれだけ怖がっていたことをすっかり忘れてしまったのは、やっぱり種が蒔かれているのが校内だけだから? 実際種の影響を受けなくなると、膨らんでいるはずの恐怖心も感じなくなるのかしら。花鬼はどうして恐怖という感情だけを膨らませようとしたのかしら。怒りや憎しみ、悲しみといった感情を増幅させるようなことはしていないわよね。柚季ちゃんが私達東雲高校の生徒を見た時鬼の姿が映るのはどうしてかしら。ああ後それと、花鬼は手に入れた力で何をするの? 人の負の感情を集めて得た力なんですもの、良いことに使うとは到底思えないわ。そういえば花鬼はいつ学校で育てた鬼ヶ花を収穫するつもりなのかしら。花はすでに幾人かの生徒達に目撃されているし……そろそろ収穫しないとまずいと思っているとは思うのだけれど。ええと後それから」


「さくら姉、やめてあげてそれ以上は。三毛猫が死んじゃう」


「頭が爆発したんだな、一度に沢山の質問が来たから。可哀想に」


「質問攻めにあうと人間本当にあんな風になるものなのね……」

 確かに質問攻めされたユウは白目をむいていた。完全に思考回路がショートしてしまったらしい。これが漫画の世界だったら彼の体は真っ白になり、その口から真っ白な煙を吐いていただろう。


「ご、ごめんなさいユウ君!」

 彼の悲惨にして無残な姿を目の当たりにし、必死で謝るが返事はない。

 沈黙。直後、絶叫。

 四人が顔を真っ青にして悲鳴をあげたのも無理は無い。さくら達が囲んでいるテーブルの中央からいきなり生首が出現したのだから。椅子から転げ落ちたり、心臓が止まったりしなかっただけましであるかもしれなかった。

 柚季と紗久羅の方へ顔を向けているその生首は、二人の顔を見てけらけらと愉快そうに笑う。それが大変腹立たしい笑い方で、だが生首だけがにゅっと出ている状態は怖くて不気味で。怒ればいいのか、恐怖と驚きのあまり涙を流せばいいのかさっぱり分からない。


「続きは俺が説明してやるよ」


「速水! あ、あんたどうしてそういう登場の仕方ばっかりするのよ! この前だって壁から首だけ出す状態で現れて! 幽霊じゃあるまいし!」


「あ、お前クリスマスパーティーの時いつの間にか紛れ込んでいた座敷童子野郎!」

 一夜の声を聞いた速水(生首)は右回れ右、大変間抜けな顔をしている彼の方を見て笑う。生首が反転する様を見た柚季の悲鳴が再び井上家にこだまする。


「やあ、パズルゲームが超絶下手くそな井上一夜君! 隣にいるのは全体的にゲームが下手くそなお嬢さんだね、やあ久しぶり一ヶ月とちょっとぶりだね!」


「速水! 何しに来たのよあんた! 私は別に今貴方を呼んでなんていないわ!」


「呼ばれて飛び出てくるだけじゃないよ、俺は。呼ばれてなくても飛び出すことはある。いいじゃないか、柚季。俺はちょっと質問攻めにあった位で思考回路がショートしちゃうような老猫(ろうびょう)の代わりをしてやろうと思ってね。とりあえず今は柚季の家を放っておいても大丈夫そうだし、お話する位の余裕はあるだろうし」


「あんた、花鬼のことを知っているの?」


「まあねえ。大抵の者のことは分かるよ」


「自分が何者なのかは分からないくせに……」

 他の妖のことは分かるのか、と柚季は呆れながらも手を振りもう何でもいいから説明お願いするわと話を促す。速水は相変わらず生首だけこちらの空間に出しながら再び柚季の方へと顔を向けて話しだした。


「まず君達の多くが学校の、そして自分達の異常さに気がついていないこと、一つの怪談が全校にあっという間に広がってしまうこととかの諸々の原因だけれど……ある程度は鬼ヶ花のもつエネルギーが関係していると思うんだ。君達の中で膨らむ思いっていうのが恐怖心だけっていうのも向こうが意図的にそうしている可能性があるね。例えば、一つの感情だけを集めた方がより強い力を得られるとか、味が良くなるからとか。花鬼はある程度花に自分の意思を伝え、操ることが出来るからね。或いは、本当は他の負の感情も強まってしまっているけれどそれ以上に恐怖心がすごいことになっているせいでそっちの方には気がついていないだけなのかも」

 ああそれと、と彼は少し話を付け加える。


「学校の敷地を出ると恐怖心が消えるのはやっぱり単純に鬼ヶ花の力の影響を受けなくなるからじゃないかな。一時的に膨らんでいた恐怖心は消えるか意識の海の底に沈んで感じなくなってしまう。恐怖が消えることでその恐怖と結びつく諸々の記憶も彼方へ追いやられて曖昧になる。ところが学校の中に入ると再び花の影響を受け、記憶も呼び覚まされてしまう……そんなところじゃないかな。その辺りのことまでははっきりと分からないけれど、分からなかったからといって何にも問題ないよ」

 

「速水、貴方さっき『ある程度は』種のエネルギーが関係しているって言っていたわよね。ある程度って言い方が気になったのだけれど……もしかして原因はそれ以外にもあるの?」

 柚季の質問に速水が頷く。


「……多分あの学校にいる人間は皆花鬼の擬似眷属にされてしまっている。勿論さくらや一夜も」


「擬似眷属? なんじゃそりゃ」


「パズルゲームが大変苦手な井上一夜君、いい質問だ。うん、擬似眷属っていうのはその名の通り眷属に似た存在ってこと。これにされた人間は無意識の内に『主』の都合の良いように動いてしまうんだ。花鬼とか一部の妖がよく用いる。もしかしたら君達を擬似眷属にし、花のある場所にまつわる怪談をどんどん語らせるようにしたり、誰かから話を聞いたらすぐ他の誰かに話したりするよう仕向けたのかもしれない。怪談を鵜呑みにしちゃうのも、どれだけ怖くても怪談を語ることをやめないのもさ」

 もっとも都合が良いように動かすといっても何もかも思い通りに出来るというわけではないらしいし、強制力だってものすごく強いわけではないようだ。

 もしかして、とその話を聞いた柚季が手を叩く。


「東雲高校の生徒の顔が時々鬼に見えたのは……もしかして皆が花鬼の擬似眷属にされたから?」

 ひゅう、という口笛吹いたのは速水だ。


「流石柚季、未来の美少女霊能戦士!」


「誰もそんなものにならないわよ、馬鹿! ほら、茶化さないで話を続ける!」


「柚季ってノリが悪いよなあ。ここはアドリブで決め台詞とか言うところ……ああはいはい分かったよ、話を進めてあげるよ、だからそんな鬼みたいな形相をしないでおくれよ。可愛い顔が台無しだ……はいはい、だから分かったって。――まあ多分そういうことだと思うよ。花鬼は『鬼の欠片』を注ぎ込むことでその人を擬似眷属にする。恐らく柚季は皆の中にある鬼の欠片の気配を感じ取ったんだ」

 東雲高校の生徒達の中に注ぎ込まれた鬼の欠片。その欠片の気配を感じ取った柚季は無意識の内に『鬼』の姿を思い浮かべ、そしてその姿が欠片を宿した人物の体に映し出され結果的に柚季には東雲高校の生徒達が『鬼』に見えたのではないかと速水は語る。

 それから彼は擬似眷属について詳しく語ってくれた。曰く人間を自分の擬似眷属にする方法は至って簡単であるらしい。まずは一人もしくは複数人の(性格が悪い人、素行がよろしくない人などの方が好ましいという)人間に鬼の欠片を注ぎ込む。これはちょっと体に触れただけで容易に注げるらしい。ちなみに直に欠片を注ぎ込まれた者のことを『子』というそうだ。『子』はより思い通りに動かすことが出来るらしい。花鬼は『子』を使い、擬似眷属を増やす。


「例えば『子』が誰かに『花より団子』と言うと、それを聞いた人間の中に『子』が持っている鬼の欠片の一部分が移るようにする。それを聞いた人間は鬼の欠片を移されたことで擬似眷属となり、そしてその人がまた別の誰かに『花より団子』と言うことで欠片は移され……これを繰り返すことであっという間に擬似眷属は増える。多分今回の騒動の犯人である花鬼も何かを介して学校中の人間を擬似眷属にしたんだ」

 何かとは何か。考えてみたが、それらしいものは一つしか思い浮かばなかった。そこからどんどんと広がっていく世界。


(あの屋上から飛び降りる幽霊の話だ……)

 恐らく花鬼の『子』というのは、悪ガキ男子三人組。そして彼等に鬼の欠片を注ぎ込んだ花鬼は。

 怒りに震える敦子、戸惑う彼等。微妙な空気流れる中現れた少女。さらさらとした黒髪の、涼しげな瞳をした……。


(安達鈴鹿さん。きっと彼女だ。あの男子三人組が安達さんに例の怪談を話したんじゃない。きっと安達さんが彼等に話したんだ。そしてその話を他の生徒にもするよう仕向けた。花鬼の『子』となった彼等は屋上の幽霊の話を他の人にし、鬼の欠片を知らぬ間に移してしまった。怪談はみるみる内に広がっていき、同時に擬似眷属も増えていった。あの怪談は私達を擬似眷属にする為のものであり、そして私達を狂わせるきっかけになるものでもあった)

 その話は今回の騒動を説明する際紗久羅や柚季にもした。彼女達も擬似眷属になってしまったのだろうか、とさくらは不安になる。だが柚季は紗久羅を見た時鬼の姿が見えたことはなさそうだし、もしかしたら校内で話すということが条件の一つであるかもしれない。


――困った人達ね。……お仕置き――

 鈴鹿が表情一つ変えずにそんなことを言って彼等にデコピンをした時のことを思い出す。真顔ですごいことをする人だな、とあの時はその程度のことしか思っていなかった。だが今にして思えばあれはただのお仕置きではなく、彼等に鬼の欠片を注ぎ込む為の動作だったのかもしれない。

 そして怪談が広がったところで彼女はわざと悲鳴をあげ、幽霊を見たと言って騒ぐ。彼女の行動と、発芽した鬼ヶ花の力が合わさり生徒達は「もしかしたら本当に幽霊はいるのでは?」と考える。そしてその思いがあの屋上から飛び降りる幽霊を生みだし、窓の外を見てしまった生徒達に恐怖を与えた。窓の外に目をやらなかった人間も、泣きだす人や悲鳴をあげる人の姿を見て怖くなってしまった。そして花の力によって生徒達は恐怖に囚われるようになり、そしてその恐怖は段々と膨らんでいって。


(安達……鈴鹿……安達原の鬼婆、鈴鹿御前? どちらも『鬼』という言葉を想起させる名前)

 犯人が『鬼』であることを知った時ふとそんなことを思った。元から鈴鹿という名前だったのか、それともしゃれで名づけたものなのか。更に文化祭の日、同じクラスの福井が興奮しながら喋っていた言葉も思い出す。


――着物と言えば、さっき着物が超似合いそうな女生徒を見たわ。黒髪、正統美少女。赤い着物を着せてあげたかったわ……後、小道具に鬼の面を持たせてあげたかった! 般若の面でもいいかも! ああ、鬼系美少女だったわ――

 彼女が見て「鬼系美少女」と思った相手というのは鈴鹿だったのかもしれない。福井は結構鋭い部分があり、出雲を見て「藤色の着物、藤の髪に赤い瞳が似合う人」と彼を評した。それは図らずも彼が『向こう側の世界』で過ごす時にとっている姿と同じで。そういうところがある彼女は、鈴鹿を見た時『鬼』を連想したのではないだろうか。


 しかし今は名前のことや福井のことなどよりも、写真に写る彼女の姿が柚季には違って見える理由について速水の意見を聞くことの方が重要だ。さくらは彼の名を呼び(また右回れ右、で首をこちらへぐるんと向けたので心臓が飛び跳ねてしまった)彼に鈴鹿の姿を見せる。


「私はこの子が花鬼だと思うの。……それでね、彼女なんだけれど柚季ちゃんには私達が見ているものとは違う人が見えるらしいのだけれど、理由は分かる?」

 速水はしばらくその写真に写る鈴鹿の顔を凝視し、それから首を縦に振った。


「ふむふむ。うん、俺にはどちらの姿も見える。柚季の目に映っている人物。その子はこの花鬼に『存在を奪われた』人だ。多分その人の名前は安達鈴鹿なんかじゃない」


「存在を奪われた? とり憑くのとはまた違うの?」

 確かに姿自体が変わっているところから、単純にとり憑かれただけであるとは思っていなかったが。存在を奪われるとはどういう意味だろうか。そのことについて速水が詳しい説明を始める。


「体と意識を乗っ取るのとは訳が違う。例えば柚季が見た人の名前を『山田花子』としよう。花鬼である『鈴鹿』がただとり憑いただけなら、それによって性格が豹変したり雰囲気が多少変わったりしてもあくまで周りの人にとっては『山田花子』のままだ。見た目が変わることも、名前が変わってしまうこともない。けれどね、存在を奪われた場合は違う。存在を奪うというのはね、ええと説明が難しいんだけれど……この世界を構成している内の一人である『山田花子』をこの世界の枠から追い出すって言えばいいのかな。そしてその空いた枠の中に自分が入り込む。『山田花子』はいなくなり、最初から『東雲高校の一年何とか組の委員長の女子』という枠に入っている人間は『安達鈴鹿』となる。本来『山田花子』の両親だった人も『安達鈴鹿の両親』になってしまったことだろう。多分苗字とかも安達姓に変わっちゃったんじゃないかな」


「存在を奪う……」

 そう呟く柚季の声は震えている。無理もない、彼女はその身も魂も自分の全てを鏡女という妖に乗っ取られそうになったことがあったのだから。

 存在を奪われた女子はこの世から消えた。彼女から奪ったあのクラスの一員、クラス委員長という枠を鈴鹿は欲しいままにしているのだ。肉体自体は『山田花子』のもの。だが、その肉体は乗っ取られしかも外見まで変えられてしまっている。


「外見を変えた、といっても本当に変えているわけではない。一種の幻覚みたいなものだとは思う。『山田花子』の姿を見ても『安達鈴鹿』の任意の姿が見えるようになってしまうんだろうね。多分さくら達の見ている姿は『山田花子』の存在を奪った『安達鈴鹿』のものなんだろう。とり憑くだけでも動くことは出来るけれど、本来の性格とあんまり違う行動をとると怪しまれるじゃない? 周りに気を遣って体の持ち主を演じるのも面倒だし、それよりかは存在を奪って自由気ままにやった方が楽だ」


「それで安達さんは『こちら側の世界』に入り込んだ時、近くにいた本当の委員長に憑きその存在を奪った?」


「もっとも彼女の場合はそれだけが理由ってわけじゃなさそうだけれど。……俺はあの弥助って狸さんを学校へ送った時、花鬼――安達鈴鹿と名乗る子の姿を見た。その時に感じたんだけれどねえ、彼女はまだ成体じゃないな。しかも成体になれない状態がかなり続いていると見える。花鬼は成体になれないまま長い時間が経つと死んでしまう。魂も相当弱っているみたいだし、多分死ぬ寸前なんじゃないかな」


「安達さんが? 死ぬ寸前?」

 そんな風には全く見えなかったが、かなりの力を持っているらしい速水が言うのだから間違いではないのだろう。彼女は死ぬ寸前で、一刻も早く花の力を得ようと躍起になっているに違いない。もしかしたら今回失敗すれば死ぬかもしれない。


「向こう側にいる時は大丈夫でも、こちら側に来た途端自分の存在を保てなくなる妖もいる。人間はおろか、妖にさえ目に映らぬ存在になる奴だっている。下手すると完全に消えていなくなるのもいる。力がそれなりにある奴でもそうなることはあるけれど、そうなるのは力が弱っている奴、死にかけの奴が多い。多分鈴鹿って子は死にかけている為に生身のままではろくに動けない状態だったんだろう。だからこちらへ来てすぐ、咄嗟に近くにいた『山田花子』の体とその存在を奪うことでどうにか命を繋いんだんだ。そんなだから……従者さえどうにか出来れば、彼女を倒すことは簡単といえば簡単かも。まあ『山田花子』の体や魂を傷つけることなく倒すってのは至難の業だけれどね」

 案外そういうところも考えていたのかもしれないと速水は言う。窮地に追い込まれた時『山田花子』は重要な人質となることだろう。


「ところで座敷童子野郎、花鬼っていうのは力を得るとどういう悪さをするんだ? 人間を食ったりするのか」


「俺の名前は速水だよ、パズルゲームが大の苦手な井上一夜君。花鬼は人間を喰らいはしないよ。あいつらが食べるのは人々の恐怖、苦しみ、憎しみ、怒りとか――そういった負の感情さ。もっとも花を介さなければ食べても力にも栄養にも殆どならないみたいだけれど。嗜好品ってやつだねえ。奴等は己の愉しみの為にあらゆる『災い』や『争い』を人々にもたらし、それによって発生した負の感情を喰らう。誰かにとり憑いたり、魔を憑かせたり、唆したり、病を振りまいたり自然災害を起こしたり――あらゆる方法を使ってね。ちなみに花によってすさまじい力を手にいれた者の中には肉体という邪魔な衣を捨て『災い』という概念自体になったり『魔』そのものになったりするのもいるみたいだよ」

 人々にあらゆる災い、凶つことをもたらしそれによって得た負の感情を喰らって楽しむ妖。鈴鹿がそんな恐るべき妖にはとても思えず、未だ信じられないという気持ちでいっぱいだ。


(榎本さんや他の人達と過ごしている時、彼女は何を思っていたのだろう。本当は心の中で皆のことを嘲っていたのだろうか)

 環曰く、本当に敦子と鈴鹿が仲が良くて二人で過ごす時間を心から楽しんでいるように見えたという。

 でも本当はそうではなかったのだろうか。全ては偽りで、真実の友情など存在していなかっただろうか。

 そのことも気になる一方で、佳花のことも気になった。犯人が鈴鹿だとすれば佳花は一体。


「多分だけれど、花鬼達は今夜にも花の収穫を行うことだろう。昨夜の内に行動を起こされなかったことは君達にとっては幸いだったね。収穫するのが今夜でないにしても、きっと彼等は東雲高校にいるはずだ」


「よし、それじゃあ今夜東雲高校に乗りこんでやろうぜ!」

 真っ先に紗久羅が立ち上がる。それを呆れ気味に見つめるのは兄の一夜。


「乗りこんでどうするんだよ。及川にどうにかしてもらうのか?」


「無理無理! 私にはそんな、というか夜の学校なんか行きたくないわ気味が悪いもの!」


「柚季の力だけじゃどうにもならないだろうね。あの九段坂って人にも、弥助って人にも難しいだろう。言っておくけれど、俺は力は貸さないよ。まあ、学校へ連れて行くことだけはしてあげるけれど」

 今回の件をどうにかする方法は幾つかある。

 一つ目は学校を埋め尽くす鬼ヶ花を残さず浄化するというもの。花を消されれば向こうはどうしようもなくなってしまう。だが、限界まで成長した鬼ヶ花を浄化することは並大抵の力では出来ないようだ。かなり力のある者が何人もいなければ到底無理だろうと速水は語る。出雲ならば一人でも出来るだろうが、全てを(恐らく)知っていながら放っておいた彼が協力してくれるとは微塵も思わない。

 二つ目は従者も鈴鹿も倒してしまうというもの。とりあえず彼等をどうにかした後、鬼ヶ花を何とかする方法を考える。だが人間の体を乗っ取っている鈴鹿を、肉体や魂を傷つけることなく倒すのはなかなか大変だ。柚季の時のように彼女の魂と、元の体の持ち主の魂がほぼ同化した状態になっていた場合はますます難しい。

 三つ目は鈴鹿と話し合うという方法。つまり彼女に「お願いですから鬼ヶ花を食べないでください。いや、食べてもいいですけれど人間には危害を加えないでください。『向こう側の世界』に連れて行きますから、そちらでのんびり暮らしてください」と懇願するというものだ。しかしこんな話を彼女が素直に聞いてくれるとは全く思えない。

 四つ目は――放っておくというもの。鈴鹿が花を食べるのを見て見ぬふりをし、後は彼女が人間に災いをもたらすような行動をとらないことを祈るだけ。しかし真実を知った以上、無視するなどということは少なくともここにいるメンバーには出来ない。


 さあどうしようか、と考え最終的に「とりあえず学校へ潜入し、鈴鹿と出来れば話をする。彼女への対応はそれから考える」という無計画にも程がある結論へと至ってしまった。英彦と弥助にその後事情を説明したところ、彼等は協力してくれることを約束してくれた。その祭二人共「お前(君)達はついてくるな」と言ったのだが、そう言われてはい分かりましたというさくら達ではない。結局二人に加え、さくら、一夜、紗久羅、柚季(彼女だけはあまり乗り気ではなかったが)の四人も学校へ潜入することに。

 速水は学校へは連れて行ってくれるそうだが、それ以上の手助けはしないという。


「まあ君達が死にそうになったら助けてあげるけれど」

 とは言っている。だが鈴鹿が鬼ヶ花を食べることを阻止する気はないようである。

 ところで完全に思考回路がショートしてしまっていたユウだが、全ての話が終わったところでようやく正気に戻った。というかどうやら今の今までこの状況の中ずっと眠りこけていたらしい。皆速水の話を聞くことに夢中で彼のことなど忘れていたからそのことに誰も気がついていなかった。


「暢気なおじいさんだねえ……」

 目を覚まし「ふあっ?」と間抜けな声を出しながらよだれを拭いた彼を見て、皆呆れ気味にため息をつくのだった。



 氷の火で溶かした闇を型に流し込み、夜の冷たさで冷やして固めたような東雲高校の校舎内にさくら達はいた。内も外も、暗闇。外と内、こちらと向こう――それらの境界は今ここには存在しないように思える。

 英彦の使鬼の一人である秋野が出した光の玉(英彦と会う前、彼女はこれを使って人間を散々脅かして楽しんでいたらしい)、それがなければ周りの様子など殆ど分からない。学校へ入った途端、またあの化け物に対する恐怖心等が蘇る。怪談の闇に今まさに触れようとしている自分達をあの化け物は決して赦しはしまい。闇が放つ冷気と、恐怖が与える冷たさがさくらの体を震わせる。その彼女の手を一夜がさりげなく握ってくれた。大丈夫だ、そう言いたいのだろうか。少し恥ずかしかったが、今はその温もりがありがたい。もっとも向こうも相当恥ずかしかったのかすぐに離してしまったが。

 不気味な静寂は(のみ)、刃は腹の中にあてられ、闇が柄頭を叩き、こつこつと音をたてて穴を穿つ。ただ立っているだけで冷や汗が流れ落ち、恐怖と不安のあまり絶叫したくなってしまう。柚季などは絶叫こそしていないものの、手を合わせながら延々と何か呪文のようなものを呟いている。或いは真言か、お経か。


「夜の学校ってこんなに気味悪いものなのか? 嗚呼嫌だ嫌だ、ただいるだけで怖いって気持ちが後から後から湧いてきやがる。……本当、今にも絵から飛び出してきた人間とかひとりでに動きだす人体模型とかホルマリン漬けの猫とか、この学校で死んだ人の幽霊とかが出てきそうだな」

 などと紗久羅が言ったものだから、柚季の呪文は絶叫へと変わってしまった。ごめんごめんと言う紗久羅を柚季はぽかぽか叩く。


「馬鹿馬鹿、変なこと言わないでよ! 本当に出てきたらどうするのよ! 今のこの学校は何が起きてもおかしくないのよ! ああもう、泣きたい! 私は紛い物だろうがなんだろうが妖も幽霊も見たくないったら見たくない! ああ、そんなことを考えたらやっぱり出ちゃうのかしら……うわあん、もう、紗久羅の馬鹿馬鹿!」


「及川さん落ち着いて。というか静かになさい」

 苦笑いしながら英彦が柚季をなだめる。花鬼達は恐らくさくら達が学校に入り込んだことには気がついているだろうから抜き足差し足忍び足プラスだんまり状態になる必要はないだろう。しかし心を乱し、ぎゃあぎゃあ大声で叫んでも良いことなど一つもないこともまた確か。

 英彦の言葉に応じ、目を潤ませながらも柚季は黙り再び訪れた沈黙。しかしそれも長くは続かない。


 こつ、こつ、こつ。

 一瞬さくらはそれを自分の胸に穴を穿つ音だと思った。だがそんな音が本当に聞こえるはずはない。

 音に変換された、氷。闇を叩き、そして闇に溶ける。こつ、こつ、かつん。その音が鳴る度体が震える。どうやらその足音の主は目の前にある階段を下り、こちらへ向かっているようだ。しかもどうやら一人ではなく複数人であるらしい。

 英彦と弥助が臨戦態勢へと入る。何の力も持たないさくらや紗久羅、一夜は固唾を飲んで『それ』の訪れを待つことしか出来ず。柚季は逃げたい帰りたいなどと泣きそうな声で言いつつもすぐにでも攻撃が出来るよう準備を整えている。


「花鬼の奴のおでましか?」

 小声で呟く紗久羅の声は緊張のせいか、固い。やがて闇の奥から人影が見え、さくらはびくんと肩を震わせる。人影は一つ、二つ、三つ。黒い、黒い、体。

 その姿が秋野の出していた光の玉に照らされ、露わになる。それを見た瞬間、さくらは頭が真っ白になった。大きく見開いた目は目の前にいる人物の姿に釘づけになった。足に力が入らない、何度も口にしたその名を言えない位唇が震えている。紗久羅や柚季は目の前にいる人物が想像していた人とは全くの別人であった為困惑しているようだ。

 闇より出てきた者。それは闇が全く似つかわしくない人で。世界がぐるぐる回る、今にも倒れてしまいそうだ。実際一夜がいなければ崩れ落ちてしまっていたことだろう。


「な、んで……」


「臼井さん? 臼井さん……なの?」

 綺麗な輝きを見せる黒髪、三つ編み。窓辺で静かに本を読む姿がとても似合う人。


「せ……ぱ……美吉、先、輩」

 そこに立っていたのは安達鈴鹿ではなく、美吉佳花であった。

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