学校の怪談~開花への階段~(12)
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弁当屋『やました』に着くと紅葉から「紗久羅はもう二階にいる」と言われ、一人階段を上る。向こう側の世界へ行く為にいつも使っている『道』には劣るが、ここの階段も十分静かで寂しくて寒くて不気味である。この先にあるのは本当に人が住んでいる家なのだろうか、と時々思ってしまうことがある。失礼といえば失礼だが、この家に住んでいる紗久羅や一夜も度々同じようなことを言っているから、まあそう思ったところで大した問題ではあるまい。
チャイムを押すと間もなく紗久羅が出てきて、一昨日と同じく一番奥にあるリビングへと案内してくれた。一夜もテーブルに座っており、カフェオレをすすっている。彼も自分の学校で起きていることが気になるらしい。驚いたことにその場には制服姿の柚季もいた。まさか彼女が来るとは思ってもいなかった。極力妖やら向こう側の世界やらと関わりは持ちたくないはずだから。紗久羅もそのつもりだったはずだ。柚季は座ったまま振り向き、小さく頭を下げる。どうやら彼女も今回の騒動のことが気になるらしい。自分達学校でも同じようなことが起きたらどうしようという不安ももしかしたらあるのかもしれない。
さくらは一夜の隣に座り、紗久羅から出された温かい緑茶を一口。じんわり体が温まり何だかほっとする。さくらがほっと一息ついたことを確認した紗久羅がテーブルの上に例の露天商から買い求めたキーホルダーをのせた。
「まあ、あたしから話せることなんて殆どないんだけれどさ……まず、このキーホルダーについて話そうかな。おっさんの調べによればこいつには魔除けの力なんてないそうだ」
「そう……」
それは何となく予想していたから、別段驚きもしなかった。
「でも、ただのキーホルダーってわけでもない。こいつには何らかの術がかかっているみたいなんだ。具体的にどんなものかははっきりと分からなかったらしいけれど、少なくとも人間に良いことをもたらす類のものではないってさ。どちらかというと良くない効果を持ち主に引き起こすもののようだ。柚季もこいつから嫌なものを感じるって言っている」
「何だかこれを見ていると、心を引っ掴まれておまけに好き勝手に弄られるような心地がするんです」
「人の心を操るようなものなのかしら、あの露天商の人が売っているグッズにかかっている術って……」
分かりません、と言う柚季の声は弱々しい。自分の直感が当たっているのか自信がないようだ。だが彼女はさくら達が持っていない力を持っている。だから彼女の感想というのは恐らく馬鹿には出来ないだろう。
これらを買った人は妖や幽霊を見ることは無くなり、落ち着きを取り戻しつつある。そのお陰か怪談騒ぎもピークは超えた。しかし学校の重苦しい雰囲気が消えてきたかといえばそうではない。
(恐怖心を抑えることで、幽霊や妖を作り上げないようにするっていう効果でもあるのかしら。もしくはそういうのを作り上げてしまったとしても、目に映らないようにするとか。結果的にはそれで『魔除け』にはなっているわよね。けれどそれじゃあどちらかといえば良い効果のような。犯人はどちらかといえば私達を恐怖させたいはずだし……)
かといって悪い効果をもたらすものを人間の味方であるらしい『姫様』が買わせるとは思えない。ならば矢張り犯人側の人が売っている可能性が高いのだが、どうしてわざわざ生徒達が幽霊などを見なくて済むようになるようなものを売っているのか訳が分からない。自分達でこんな騒ぎを起こしておきながら、術をかけた商品を買わせ、皆を落ち着かせようとしている。
「表向き落ち着かせているだけってことは?」
自分の考えを述べたさくらに対してそう言ったのは柚季だ。表向き?と皆首を傾げる。
「恐怖心を和らげ、幽霊や妖達を生み出したり、その姿を見たりすることがなくなる。というのが表向きの効果。でもそれじゃあ悪い効果じゃないですよね。だから……例えば、恐怖が和らげる効果なんて本当はなく、実際は恐怖心に蓋をしているだけとか。気づかないだけで、本当は恐怖心は抱いたままっていう」
「確かにそれだと良い効果とはいえないな。更に言えば、このグッズには恐怖を増幅させる効果ってのもあるかもしれないな。これを見ると心が弄られている気分がするってのはそういうところからきているのかもしれん。そういうのだってある意味心を弄られているっていえるような気がするし」
「怖がらせるのが目的じゃなくて、あくまで恐怖心を集めることが目的だとすればそれで十分なわけか。それだったら最初からその方法でやりゃあいいのに」
そういうわけにはいかなかったのか?と紗久羅。成程、とさくらは柚季や一夜の意見を聞いて頷く。蓋をされただけで恐怖自体は抱いているから(一夜の言う通り、その恐怖心は増幅されているかもしれない)皆幽霊などを見なくなってからも死人同然の顔をしているのかもしれない。勿論あの学校を満たすもののせいもあるだろうが。
(もう、犯人側の計画は最終段階まで来ているのかもしれない。だからこのグッズが学校中で流行って、多くの人がもう幽霊や妖を見ないようになっても何ら問題はない位に。多分最初からこの方法を使うわけにはいかなかった。でも、もうこの方法でも十分になった。そうなる位までになっている)
出雲の「もうすぐ終わる」という言葉もあるし(嘘でなければの話だが)的はずれな考えでもないだろう。さくらはぺこりとさくらに頭を下げる。
「ありがとうね、紗久羅ちゃん。九段坂さんにもお礼を言ってね、私の代わりに」
考えるべき事項は他にも沢山ある。どうして学校の生徒達の多くは怪談で語られたことを当たり前のように真実であると信じてしまうのか、どうして怪談が広まるスピードは異様に早いのか、どうしてどの怪談も学校中にまんべんなく行き渡るのか、何故これ程までに恐怖するのか……。だがこの辺りの所は結局のところ殆ど『学校中に撒かれた何かが原因』の一言で片付けられるような気がした。或いは犯人のかけた術か何かの効果か。そんなだから、こういったことは特別話し合う必要はなさそうだ。さくらは柚季の方を見る。彼女はきょとんとした顔で見返す。
「柚季ちゃん。柚季ちゃんが文化祭の前後に禍々しい気を感じた男子三人組のことなんだけれど、どうだった? あの写真の子達で間違いなかった?」
そのことを聞かれた柚季はゆっくりと頷いた。
「はい、多分あの人達だったと思います。絶対とはいえないですけれど。あの時感じたものと、東雲高校の生徒達の姿が『鬼』に見える時に感じるものは似ていたように思います。同時に、また別の何かを感じるんですけれど……これは鬼の姿が見える見えないに関わらず感じますし、さっきのものとはまた違う感じなんです」
「違う感じ……片方は私達の体に染みついた、学校を満たす何かだとして、もう片方は何なのかしら。柚季ちゃんに『鬼』を見せる要素って一体」
「実は学校を今覆っているものは病原菌みたいなもので、俺達は徐々にその菌に蝕まれていて……そして最後には人の心持たぬ鬼になっちまうとか」
「兄貴、完璧昨日見たゾンビ映画の影響受けているだろう。つうかなんだよそのポーズ」
「ゾンビが歩く時とかによくやるポーズ」
「柚季が見たのはゾンビじゃなくて鬼だっての。つうかてっきり幽霊がうらめしや~ってやっているポーズかと。ってんなこととはどうでもいいや。柚季が東雲高校の生徒を見た時に見える『鬼』ってのは今回の件に間違いなく関係しているよな。文化祭の前か後――多分前――にその男子三人組だけすでに『鬼』が見える時に感じるものをもっていたってのも気になるよなあ」
紗久羅とその兄である一夜は揃って腕を組んで考え込む。
「もしかしたらあの男子三人組の他にもいたのかもしれないです。あの時点でそれをもっていたのが絶対に彼等だけだったとは言えない」
「彼等はこの騒ぎの発端となった怪談をかなり早い段階から周りの人に聞かせていたみたい。下手すると発信源は彼等になるのかもしれない。となると結構怪しいかなと思うのだけれど。ただ、彼等にこんな芸当が本当に出来るかと言えば疑問だわ。ちょっとやんちゃしているって所以外は至って普通の子って感じだし……誰かに利用されている、もしくは彼等の背後に誰かがいるって可能性はありそうだけれど。自分達の意思で、自分達だけの力でやっているとは思えない」
その背後にいるのが佳花なのだろうか。しかし、とさくらは首をひねる。彼女と彼等には接点らしきものなどが見当たらない。勿論影で接触していれば別だが……。彼等とより接点があるといえば佳花よりもむしろ鈴鹿の方だろう。文化祭の準備の時に起きた出来事をきっかけによく喋るようになったというし、その姿は敦子には姫と従者に見えたという。もしかしたら男子三人組が鈴鹿に怪談を語ったのではなく、鈴鹿が彼等に語って聞かせたのかもしれない。そしてそれが彼等によって学校中に広まった。紗久羅にあの学校だよりを持ってきてもらい、その中に写っている鈴鹿を指差した。
「文化祭の準備を進めている最中にあったごたごたをきっかけに、その男子三人組と仲良くなった女生徒がいるの。そしてその彼女がある意味この事件の始まりを告げた人」
「屋上から飛び降りる女の幽霊っていうのを最初に見たって人?」
そう、と頷く。さくら以外の三人が鈴鹿の顔をじっくりと眺める。その様子を見ながらこれでもし今回の騒動の犯人とは縁もゆかりもない人だったら何だか申し訳ないなと思ってしまう。真っ先に彼女に対する感想を漏らしたのは紗久羅だ。
「クール系美少女って感じだな。すごく大人っぽい感じだし。……こんな子が幽霊を見たとか何とか言って大騒ぎするなんて信じられん」
「御影みたいに『幽霊? 妖怪? 馬鹿馬鹿しい』と言って怪談云々を一蹴するような子にさえ見えるけれどなあ。この涼しげな笑顔を見る限りだと」
それはさくらも同感だ。環曰く茶目っ気もあるし、常にクールな感じというわけではないらしいがそれでも矢張り信じられない。幽霊や妖を前にしても平然とした顔で「あら、驚いた」と一言言うだけで終わりそうに見える。もしかしたらとんでもない怖がりかもしれないし(その後の様子を敦子から聞く限りそういうこともなさそうだが)、クールな女の子を装っているが実際の性格は皆が思っているものとは全く違うものなのかかもしれないが。
ところが一人だけ、他の人達とは合致しない印象を抱いていたらしい人がいた。
「あのう……」
そう口を開き、柚季が右手を遠慮がちに挙げた。その顔には『困惑』の二文字が浮かんでいる。どうして彼女が今そのような表情を浮かべているのか訳が分からなかったが、さくらは柚季に自分の考えを話すよう促す。彼女は挙げた手を移動させ、鈴鹿の写真を指差した。
「三人にはここに写っている人、いかにもクールって感じの美少女に見えるんですよね」
三人は顔を見合わせ、それから柚季の方を見ながらこくりと頷く。
「幽霊とか見て大騒ぎするようには絶対見えないような人が」
もう一度、頷く。すると柚季がうーんと唸りながら首捻り。どうも柚季は三人の意見に納得いかない様子である。
「私がおかしいのかな……、クールな子には全然見えない」
三人が声を合わせて「え?」と聞き返す。柚季が指差しているのは間違いなく鈴鹿だから、見る人を間違えているわけではない。
「確かに真面目そうですけれど、クールってよりはほんわかのほほんとした感じの人に見えるんですが。美少女っていうのもいまいちピンとこなくて……あ、可愛くないと言っているわけじゃないんです。でもこの人の顔立ちについて説明する時『美少女です』とは正直言わないっていうか……ものすごく失礼なことを言って申し訳ないんですが」
「もしかして、柚季にはあたし達とは別の顔が見えているのか?」
それから柚季が見ている『鈴鹿』の顔、他三人が見ている『鈴鹿』の顔、それぞれの特徴を言い合うがどうも噛み合わない。決定的なのは髪型の違いだ。さくらの見る鈴鹿は真っ直ぐでさらさらした髪が胸程まであり、またゴム等で縛ってはおらずそのままにしている。しかし柚季の見ている鈴鹿は髪の長さは同じ位だがそのままの状態ではなくゴムで束ねているという。
自分の見ている鈴鹿と、柚季の見ている鈴鹿の容姿が違う。その事実はさくらの鼓動を早めた。紗久羅と一夜はどういうことだ、とかなり困惑している様子だ。
(柚季ちゃんは私達が持っていない力を持っている。もしかして、私達が見ている安達さんは本当の安達さんではない? 柚季ちゃんの目に映る姿こそ、本当の安達さんの姿……?)
自分達と柚季、どちらが本質を見極められるかといえばそれは恐らく柚季の方だろう。鈴鹿は何らかの理由で化けの皮を被っている。だがその皮を柚季は剥がした。霊的な力がそれを剥がした状態――本当の姿を柚季の目に映しているのかもしれない。
(そうだとして……一体、何の為?偽りの皮を被り、学校生活を送る。そんなことをする意味は? )
鈴鹿に対する疑念も急速に強まっていく。だからといって佳花を疑う気持ちがすっかり無くなったわけではないが。
「柚季が見ている『鈴鹿』に、妖怪だか幽霊だかがとり憑いたのか? しかもただとり憑くだけじゃなくあたし達には本来の『鈴鹿』とは違う姿を見させている? でもわざわざそんなことをする必要があるのか?」
「よく分からないけれど、俄然この安達って子も怪しくなってきたな。怪談騒動の発端は、彼女が怪談で聞いた通りの幽霊を見たと言って騒いだことだ。そこから学校は少しずつおかしくなっていった。俺は意図的にそうしたとは今まで思ってはいなかったけれど……」
榎本敦子の負の感情が、祭りの準備が生み出した『非日常』が招いた何者かが『鈴鹿』にとり憑き、以後彼女の体で自由に学校を動き回り、準備を進めた。そして今計画を実行に移した。怪談を男子三人組を使って広めさせ、更に『真面目でクールな優等生』である自分が幽霊を見たと言って悲鳴をあげ、震えることでまだ正常だった生徒達の心に「本当にいるのかもしれない」という思いを植えつけた。その思い――不安、恐怖などといった負の感情が学校に撒かれた何かと反応し、怪談は具現化された。具現化された怪談――屋上を飛び降りる女生徒の霊の姿を見、生徒達は恐怖に震える。恐怖に震えながらも怪談を語り、聞き、それによってますます怖くなり、そしてその恐怖心が怪談を具現化させ……それを繰り返し、今や生徒達の恐怖心はこれ以上無いという位膨らんで。
膨らむ疑念、考え、それが膨らめば膨らむほど胸が苦しい。
(本当に安達さんは幽霊を見たのかしら。もしかしたら見てなどいなかったかもしれない。とても演技には見えなかったと言うけれど、でも、やっぱり演技で。生徒達に恐怖などを植えつける為、見てもいないものを見たと言った)
だから、そうして騒ぎを起こした後は比較的落ち着いていたのかもしれない。まだ少し怖い、というフリをしていれば怪しまれないだろうと考えて。
鈴鹿の涼しげな笑みが頭の中に浮かぶ。
「きゃあ!?」
その笑みを打ち消したのは、思わぬ情報をもたらした柚季の叫び声であった。彼女の視線はリビングの奥にあるベランダの方へと向いている。その声にびっくりした紗久羅もベランダの方へ視線を移し、それから同じように叫び声をあげた。
一体何事だと一夜とさくらも振り返り、そちらを見やる。そして直後、二人もまた紗久羅達と同じように驚き、叫ぶ。二階のベランダ、窓の奥――そこに誰かが立っていた。見間違えなどでは無い、確かにそこに、誰かが。菊野と紅葉はまだ階下にいるし、父親も帰ってきてはいない。にも関わらず、誰かが闇を羽織って立っているのだからびっくりして叫んでしまうのも無理からぬ話だ。
しかしそうして驚き、恐怖と混乱で頭が真っ白になったのもほんの僅かの間であった。少なくともさくらだけは。というのも窓の向こう側にいた人物が口を開いたからである。
「サクラ、サクラ、いるんだろう。開けておくれよ!」
とんとんとん、と窓を叩く音。その音に叩かれる紗久羅達の心臓。しかしさくらだけはその声を聞いてむしろほっとした。窓を挟んでいる為かややくぐもってしまっているその声に聞き覚えがあったのだ。そしてその声の主は少なくとも紗久羅達に危害を加えるような人物ではない。何故紗久羅の家のベランダにいるのかはさっぱり分からないが。
しかしそこにいる相手のことなど全く知らない紗久羅や柚季は顔を歪めたままかちこちに固まっている。一夜も腰を僅かに浮かせた状態のまま動かない。様子を見に行くなら男子である自分が行くべきだとは思っているものの、実際に立ち上がりベランダまで行く決心がなかなかつかない様子である。
「何であたしの名前を!? うわ、何だよ、怖い、超怖い! ていうか嫌だ気持ち悪い何だよ、本当に、あたしのストーカーか何かか!?」
紗久羅は自分が呼ばれているのだと思っているらしく(この家に住んでいるのは彼女の方なのだから当然だが)、恐怖や嫌悪や緊張で顔が歪んでいる。隣にいる柚季など、紗久羅の腕にしがみつきながら今にも泣きそうである。しかしさくらには分かっていた。声の主――男は紗久羅ではなく、自分のことを呼んでいるのだと。恐らく匂いか何かで自分がここにいることを察知したのだろう。
「ユウ君! ユウ君なの?」
思わず立ち上がり、その名を呼ぶ。ベランダの向こう側の闇が窓を叩くのをやめる。紗久羅や一夜がまん丸お月様のようになった目を自分に向けているのをひしひしと感じながら一気に駆け寄れば、想像通りの姿がそこにはあった。白いパーカー、所々明るい茶色が混ざっている髪の見た目だけは自分と同い年位の少年。
窓を開けるとひやりと冷たい風が吹く。しかしさくらは寒さを感じなかった。というのも窓を開けた直後、ユウが思いっきり抱きついてきたからである。あまりの勢いに危うく尻餅をつくところであった。
「やっぱりいたいた、さくらだ!」
「ユ、ユウ君一体どうして」
やや身を離したユウはきょとんとした表情を見せ、それから誇らしげに笑う。紗久羅や一夜は状況がつかめていないらしく、未だ何の言葉も発しない。
「さくらの匂いがしたから。もっともいつもだったら『友達と遊んでいるんだろうなあ』って位でそのまま通り過ぎただろうけれど。今回は今すぐ伝えておいた方がいいと思ったんだ。あの匂いも一緒に嗅ぎ取ったからね」
「匂いって?」
ユウがそれに答える為に口を開いたのと同時に背後からガタっという音が聞こえた。振り返れば一夜が立ち上がっている。どうやらようやく我に返り、色々聞く余裕が出来たらしい。その一応整っている方らしい顔は見事に驚き諸々で歪み、こちらをさす指は気のせいか震えていた。
「何なんだよ、お前そいつと知り合いなのか!? しかもユウ君ってお前が男を名前呼びなんて……何、そいつもしかしてお前の彼氏か何かか? いつの間にそんなもの作っていたんだお前は」
「ちっ、違うわ! ユウ君はそういうのじゃなくて、ええとお友達というか何というか」
まさか恋人扱いされるとは思っていなかったからさくらは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら否定する。しかしユウがまだひっついている状態なのであまり説得力はない。
助け舟を出したのは紗久羅だ。いや、それは全く助け舟にも何にもならなかったのだが。妙ににやつきながら兄を諭す。
「そうだよ兄貴、彼氏な訳ないじゃんか。さくら姉は浮気をするような人じゃないよ」
「はあ!? あいつ、あの男以外の恋人でもいんのか!?」
「駄目だ冗談すら通じない程動揺していやがる……」
いつもなら「俺は恋人でも保護者でも無いって言っているだろう!」と紗久羅の冗談の意味をすぐ理解して反論するのだが、今はそれも出来ないようである。紗久羅もただ呆れるしかないし、さくらはさくらで彼女の言葉が一夜をからかう為の冗談であるということを理解していないから困ったものである。
「兎に角! ユウ君は恋人じゃないし、ユウ君以外にもそんな人はいないわ!」
「でもお前平気でそいつにぎゅっと抱きしめられているじゃないか。そんなこと、幾ら友達相手でもなかなか出来ないことだろう?」
「私だって流石に恥ずかしいわ、でも、一応ユウ君の正体を知っているから問題ないというか……ユウ君は猫なの。化け猫なのよ!」
それを聞いた三人は何を言っているのか全く理解出来ず、目をぱちくり。しかしユウが「そうそう、俺は猫なの」と言って本来の姿――珍しいオスの三毛猫――に変化した為ようやく事態を飲み込んだようである。
「あ、お前よくこの辺うろついている猫か! ばあちゃんもかなり昔からいるって言っていたけれど成程、化け猫だったのか」
「何だ猫かびっくりした……」
「この町の猫って一体何割が普通の猫で、何割がそうでないのかしら」
「ユウ君、ここにいる人達は貴方みたいな妖が実在していることを知っているからいいけれど……もしそうでなかったらどうするつもりだったの? 勝手に人の家のベランダに上がって」
さくらはたしなめるようにそう言ったが、ユウはけろりとしている。
「いやあ『向こう側の世界』の匂いが強かったから大丈夫だろうと思ってね。さくら一人だけのものじゃないってのが分かったから。まあでも反省はしているよ、うん。それでも一刻も早く伝えた方がいいかなと思ったからさあ。……匂い、そっちの少年からもするなあ」
と一夜の方を見る。先程言っていた『あの匂い』とは一体何だろうか。
「ねえユウ君、匂いって何の匂い? その匂いがどうかしたというの?」
「うん。どうかしているんだよねえ、これが。ねえさくら……とそこの少年君がよく居る場所で最近変なこと、起きていないかい?」
四人全員、その言葉に驚きの声をあげる。さくらと一夜がよく居る場所というのは恐らく東雲高校のこと。そして最近起きている妙なことといえば。さくらは再び人の姿をとり、その場に座ってあぐらをかいているユウに今回の騒動について簡潔に説明した。その間も心臓はバクバクいっており、今にも限界を迎えて爆発しそうだ。ユウはそれを聞き終えるとやっぱりね、と頷いた。
「やっぱり俺が嗅いだのはあの匂いで間違いなかったわけだ。さくら、君達の通っている学校で起きていることは全て妖の仕業だ。その妖は強い力を得る為、君達を利用している」
「強い力を得る、為?」
四人全員耳を傾け、彼の次の言葉を固唾を呑みながら待っていた。真面目な顔つきに変わっているユウは再び頷き、それからまた話しだした。そしてさくらだけの力では永遠に辿りつかなかったであろう真実を静かに紡ぐ。
「うん。その妖の名前は……花鬼。人の負の感情を糧にして育つ花を喰らい、力を得る鬼だ」




