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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
学校の怪談~開花への階段~
250/360

学校の怪談~開花への階段(10)

 

 文化祭。さくらは去年あった文化祭のことを思い返す。

 日常と非日常、常識と非常識、こちらとあちらがごちゃまぜになる『祭り』は境界を曖昧にし、『向こう側の世界の住人』がこちらに迷い込みやすくなるという。あの日の文化祭も多くの妖達を招き入れたらしい。元々舞花市も特殊な土地であるゆえ、境界は曖昧になりやすい。だからこういう祭りが行われると境界が曖昧になる確率はますます高くなるようだ。


 あらゆるものの境界が曖昧になっているがゆえ、妖達の異質さが薄れこういう祭りの日に妖が紛れ込んでも人々は異形の者が入り込んだことに気づきにくくなるという。気づいたとしてもその姿や声、行動などは頭に入りにくくなるそうだ。異形の者の存在や行動に気がつかず、関わらず、全てを無かったことにする。それは結果的に守りの力となるらしい。無知や無関心というのは罪だ。だが、無知・無関心だからこそ守られるものもある。余計な混乱を招かなくて済む点も大きい。


 その『妖に気づきにくくなる』『非現実的な出来事に気づきにくくなる』という性質を術によって強めるよう指示した人間がいた……ようだ。その人は姫様と呼ばれているらしい。彼女の指示によってかけられた術により、生徒達は妖が校内に紛れ込んでいることに全く気がつかなくなった。あらゆるものの境界が曖昧になることで生まれた性質を強めることで、人と妖の間に明確な壁、境界を作り上げるという何だかみょうちくりんなことになってしまったのだ。さくらはその術の影響を強く受けたがゆえに、文化祭が終わるまで頭がぼうっとしっぱなしだった。


 文化祭、去年よりも入場者数が多いように感じられたのに実際はそうでもなかったのは多くの妖がこの学校に迷い込んだことが原因なのだろう。彼等の気配を何となく感じ取り「多い気がする」とは思うものの、数を数える時は彼等をカウントしないから「やっぱり去年と変わらない」という結論に達したのだ。


(人と妖、妖と人が関わることのないようにと施された術。でもあの日学校にかけられた術はあれだけではなかったらしい)

 そちらの術をかけたのが、恐らく今回の騒動を起こしている者なのだろう。それがどういった類のものなのかは分からないが。

 文化祭はかけられた術のお陰か大きな混乱なく順調に進んでいた。体育館で演じられた劇が終わるまでは。劇が終わり、部員達が舞台に再び姿を現した時異変が起きたのだ。体育館を覆う闇、冷える体、主役を演じた北条と、彼が手にしていた仮面を包んだ黒に近い紫の炎のようなもの。それはやがて北条自身へと姿を変えた。


 永遠にここで劇を続けたい、という北条の思いが彼とあの黒いものと混ざり合い彼を生み出したらしい。その彼は劇を続ける為暴走をし、観客達を混乱させ、また恐怖させた。結局彼は出雲の残した帽子や紗久羅達の活躍で消滅したのだが。

 その後、こうなることが分かっていながら体育館を抜け出した出雲が戻ってきて体育館を包んでいたあのとても冷たくて嫌な感じのするものを浄化したのだ。


(よくよく考えてみれば、似ているかもしれない。今学校を包んでいる空気と、あの時体育館を覆っていたものは。どちらも冷たくて、禍々しくて、重くて……とても嫌な感じがするものだった)

 今校内に漂っているだろう嫌な空気は、目に見えない。その点はあの文化祭の時とは違うがもし可視化出来たなら、あれと同じようなものであるに違いなかった。

 そして、東雲高校に出没する幽霊や妖と仮面北条。


(あの幽霊や妖達が、怪談を語ることで生まれた恐怖が作り出した存在だとしたら? 文化祭の時に出たあの人も、恐らく主役を演じた北条先輩の「劇をずっと続けたい、終わらせたくない」という気持ちが具現化したもの。それを為したのは恐らくあの黒いもやのようなもの)

 あの日体育館を覆っていたものが、校内に漂っているとしたら。そしてそのもやに人の強い『思い』――恐らくはマイナスの方面のもの――を具現化する力があるとしたら。

 さくらは自分の考えたことを紗久羅達に話してやる。二人共真面目な様子でそれを聞いていたし、彼女の意見を否定しようとはしなかった。ほのりや要に話しても何を馬鹿なことをと一蹴されたに違いないが、二人はこの世にそういうものが存在しうることを知っているから、絶対にそんなのありえないと言うことは出来ないのだ。


「……誰かがあの日体育館にあのすげえ嫌な感じのするものを発生させたのか。でも何の為に?」

 腕組みして考えこむ紗久羅。それと全く同じ仕草をしながら自分なりに色々考えたらしい一夜が、自分の考えを口にした。


「犯人がデモンストレーションをしたとか? そいつにとっての本番は今回の怪談騒動の方にあったが、そちらを実行する前に上手いことその黒いもやってやつが機能するか試したとか。演劇部の先輩の思いから生まれたらしい奴が暴走している時、体育館から出られなかったんだろう? 実験中にあまり出入りしてもらいたくないからそうしたんじゃないか?」

 仮面北条は「貴方を倒せばここから出られる、閉じ込めたのは貴方だから」という柚季の言葉に対し「勝手に決めつけるのはよくない」というようなことを言っていた。微妙な言い方だが、閉じ込めたのは自分ではないという意味にとることが出来る。実際あの時観客を体育館に閉じ込めたのは彼ではなく、あの黒いものを体育館に放った犯人なのかもしれない。


「ただ、北条先輩もしくは他の人があの黒いものが反応するような強い思いを抱くとは限らないわよね。それも多分、負の感情の方を」


「その時は犯人が誰かを利用してどうにかしようとしたのかもしれないぞ。……確実性があまり感じられないけれど、その場合」


「文化祭の時のはデモンストレーションだったとして。何で犯人は今の今まで本格的に行動を開始しなかったんだろう。文化祭が終わった後、すぐに実行に移しちゃえば良かったのに。実験したのが冬休み直前だったってならともかくさあ」

 首を傾げる紗久羅の言うことももっともだ。文化祭から三ヶ月近くも経ってから自身の計画を実行に移したのは何故か。学校に術をかけさせた『姫様』の存在を知ったが為に慎重になり、ほとぼりが冷めるのをずっと待っていたのだろうか。文化祭であんなことがあった直後(一般の観客や演劇部の部員などからはあのことに関する記憶は消えているが、あの場にいた姫様の従者らしい妖には関係ない)だ、姫様が色々警戒することは必至。そんな時に下手に行動を起こせば全ての計画が暴かれ、台無しになる可能性もある。

 唸り声をあげる一夜。学校の惨状を少しは自覚した彼も、現状を打破しようと自分なりに色々考えている様子。


「そもそも文化祭の時に何かやらかした奴と、今回の騒動を引き起こした奴が同一人物とも限らないんだよな。文化祭の時は術の効果が無くなった後は黒いもやみたいなのが見えたんだろう? でも今の学校にはそんなもの漂っていない。まあ、嫌な感じはするけれど」

 文化祭の時は見えて、今は見えない。同じものであるならその違いはなんだろうか。真っ先に意見を述べたのは紗久羅だ。


「誰かがそれが人の目に映らないように何らかの術をかけているとか?」


「それだったら、文化祭の時も同じ術をかければ済む話じゃないか? 術を会得したのが文化祭が終わった後って可能性もあるにはあるけれどさ」


「文化祭の時も術はかけていたけれど、解けてしまったとか。……その程度のものだったら、今学校にかかっている術もとっくに解けていそう……」

 自分の意見を自分で否定する。情報がまだまだ少ないから「これだ!」と思える仮説をたてられない。

 とりあえずさくらは弥助、それから出雲とも話をすることにした。弥助から何か新情報を得られるかもしれないし、自分が思いつかなかった意見を述べてくれるかもしれない。出雲にはあまり期待をしていないが、一応。

 あの露天商から買った商品は紗久羅に預けることになった。弥助ではどうにもならないだろうし、出雲は何か分かってもまともに答えてくれるか分からない。しかし英彦なら誠実さも実力も兼ね備えている。彼なら何か掴んでくれるかもしれないと紗久羅が提案したのだった。おっさん、おっさんと失礼な呼び方をいつもしている彼女だが英彦のことは信頼しているし、それなりに尊敬もしているらしい。

 

(どうにかしたいとか、向こう側の世界のことを知っている自分なら色々分かるとか思っているけれど結局自分の力では何も出来ない)

 色々な異形絡みの事件に遭遇する度、自身の無力さを歯がゆく思う。もし自分に異能の力があったら、自分の力でどうにか出来るのに。

 くれぐれも無茶をするなよと耳にたこが出来る位何度も一夜に言われ、はいはいと生返事をしながら井上家を後にする。外へ出た途端、冬の風の冷たい歓迎を受ける。空はもうすっかり暗く、流れる雲は薄墨のような色をしていた。重くてずっしりしたような印象のあるその雲を見ているだけで重い心がますます重くなり、その重みが佳花のことを思い出させる。天を包む夜空のように黒い髪や瞳、朝の日差しのような笑み。夜と朝、闇と光。どちらが真の彼女にふさわしいものなのだろう?


(文化祭の時も美吉先輩、様子がおかしい時が何度かあった……)

 文化祭当日の朝、体育館に入る前何かに気づいたような表情を見せたこと。文芸部が部誌などを販売した部屋の掃除用具入れに貼ってあったお札をほのりが捨てたことを知った時の顔。どこか元気の無い笑み、何か知っているのではと思えるような反応。環曰く、彼女は文化祭終了後のキャンプファイヤーの時グラウンドを離れていたらしい。本当にその時具合が悪くて保健室に行ったのだろうか。別の場所へ行き、良からぬことをしていたという可能性は。

 

(……もしかしたら先輩の意思ではないのかもしれない。例えば、榎本さんが男子と言い争っている時に抱いた強い負の感情が招き入れた妖が先輩にとり憑いたとか)

 現場に居合わせたさくらは、世界が一瞬ぐにゃりと歪んだ気がしたのと同時に誰かの笑い声を聞いた。

 あの笑い声の主が佳花にとり憑いたとしたら。直後、でもそれだったらと自身の意見を否定する。


(仮にあの笑い声の主が犯人で、榎本さんの負の感情が呼び寄せられたものだとすると……あそこから随分離れた場所にある部室にいたはずの美吉先輩がとり憑かれるというのは……。それならまだ安達さんの方が可能性あるわ)

 佳花や鈴鹿以外の人物に憑いた可能性だって大いに有り得る。あの男子三人組かもしれないし、敦子かもしれないし、自分が全く目をつけていない人物かもしれない。そもそもあの時『向こう側の世界』の住人が真実招き入れられたのか、その人物が犯人なのか、誰かにとり憑いているのかいないのか、何もかも分からない。そんな存在などおらず、生徒として生活していた人物が今年の文化祭を機に行動を起こしただけかもしれない。

 それでも、あの手紙のことを考えると。佳花の笑顔が頭の中で、歪む。いっそ環から今日佳花が体育館を途中抜け出したことを聞かなければ良かったと思う。あれさえ聞かなければ、佳花の不自然な言動のことにも気がつかなかったかもしれないのに。

 嗚呼、この思いだけは出来ることなら忘れてしまいたい。これこそ体内に溜まった黒いものに沈んで見えなくなってしまえばいいのだ。

 空はますます暗くなり、月は雲に隠れ、光が見えない。


「お前達の学校に現れるっていう幽霊や妖は本物じゃない。……強力なエネルギーの塊、紛いものっす」

 さくらが淹れた緑茶をすすりながら弥助が昨日のことを報告する。ここは秋太郎の家。事情を知っている秋太郎が「お使いに行かせる」というう名目で弥助を店の外に出し、さくらに色々話す時間をくれたのだ。今はそこまで忙しくはないらしい。頬の傷を見た秋太郎に心配をかけさせたことを申し訳なく思いつつ、ここまで来た。

 弥助からあの幽霊達が本物ではないということを聞いてもさくらはあまり驚かなかった。そのエネルギーの出処がこの土地ではないことを聞いても、同じように。むしろやっぱりという思いの方が強く、それを聞いたことで文化祭の出来事と今回のことは、同じものが原因で起きた現象であるという考えがますます強くなる。さくらは頬に怪我をするまでの経緯を簡単に話し、それから文化祭の時起きたことについて色々と話した。脅迫の手紙のことについても話したが、佳花のことは話さなかった。もしかしたら犯人かもしれない、などということをとてもじゃないが口に出せなかったのだ。

 彼女の話を一通り聞いた弥助はあごを撫でる。剃ったほうがすっきりするだろうに、相変わらず中途半端なひげがぽつぽつ見受けられた。しかし妙にそれが似合う男でもある。


「文化祭のことは今日、あっしも聞こうと思っていたんだ。……化け狐の野郎が何かに気がついたとすれば、その時の可能性が高いからな。まあ、あの馬鹿自身が犯人とか異変に気がついた他の妖から話を聞いたとか、ふらっと舞花市を散歩している時に気づいたとかってパターンもありえなくはないっすが。あの馬鹿狐は文化祭の時、あの学校に起きた異変に気づいた。気づいたが、放っておいた。……体育館に起きた変事だけは一応収めたようだが」

 出雲はこの学校にかけられている術のことについてはある程度話してくれたが、体育館を覆っていたあのもやについては何も話してくれなかった。自分もあまりそのことについて深くは聞かなかったが、恐らく聞いたとしても答えはしなかっただろう。

 ただ彼は体育館で起きる出来事をある程度予期していたらしい。紗久羅に「ああいうことが起きると分かっていながら外へ出ただろう」と問い詰められた時、彼は「そうだよ」と答えていた。また彼は体育館を出る前、紗久羅に自身の力がこもった帽子を渡していた。それはつまり、帽子で消さなければいけないようなものが現れることが分かっていたということ。ただあのもやが目に見えるようになった結果皆がパニックを起こすだけ……とは思っていなかったのだ。そして色々と予期出来ていたということは、あの黒々としたもやの正体も分かっていたということ。


「体育館で起きたことと、今学校で起きていること、その原因が同じものだったとして……どうしてあれから三ヶ月近く経った今になって」

 さくらは一夜や紗久羅と話したこともなるべく詳しく話した。それらの意見を伝えた上で、弥助の考えも聞きたかった。弥助はまたあごに手をやりながら考え込む。


「体育館でデモンストレーションをした後、すぐ計画を実行に移すのは危ないと考えおとなしくしていた。それから約三ヶ月後、ほとぼりが冷めたと判断して行動を起こしたってのも確かにありえそうっすね。或いは文化祭の時体育館でああいったことが起きたのは、犯人側にとっても予想外だったとか」


「予想外だった?」


「そう。元々文化祭の時はああいう騒動を起こす気がなかったってことだ。だが、準備は進めていた。例えばこういうことが起きるような何かを撒いた、とか。お前らが気づいていなかっただけで、学校中に文化祭の時点で今回の騒動を起こすようなものは撒かれていた。体育館に撒いたものも、本来ならお前らの目に映るはずではなかった……ところが、何かの間違いが起きて撒いたものが暴走をし、結果演劇部の部長の『思い』が具現化した存在が騒動を起こすことになったってことも考えられる」

 思い出すのは、体育館の天井を眺める出雲の姿。


――もうここのは限界だな――

 そう彼は言った。さくらはその発言を「もうここの術は解けてしまう」という意味にとらえていた。だがもし、別の意味だったとしたら?

 体育館に撒いたものの抑えが効かなくなり『限界』を迎えたという意味だという可能性はないだろうか。その時が来るまで発動させない為に黒いもやを覆っていたものが何らかのことが原因で破れてしまった。そして、小道具である仮面に染みついた北条の思いを汲み取り「劇を永遠に続けたい」という願いそのものである仮面北条が生まれてしまった。その可能性も成程、ありえないとは言い切れない。

 そんなこんなで体育館に撒いたものは駄目になったが、他のものは無事だった。そして今、残ったそれらを発動させた。

 さくらと弥助は文化祭の日、体育館を覆っていたものと今学校をおかしくしているものが同じであることを前提に話を進めることにする。


「私達が怪談を語るのも、それを聞いて異常なまでに恐怖するのも、全てを当たり前のように信じてしまうのも幽霊や妖が皆の前に姿を現すのも……皆、学校に撒かれているものが原因?」


「だろうな。だから学校から出るとけろっとしちまうんだろう。体育館にだけ怪談が存在しないのも、あの馬鹿がそこに撒かれたものを浄化したからだろうな。その後新たなものを撒かなかったのは、浄化の力が未だ残っているから、もしくは学校中に手持ちのもの全部ばらまいちまったからかもしれないっすね」

 誰かの口から語られた怪談があっという間に学校中に広まるのも、誰かが学校に撒いた(そもそも撒いた、という表現が正しいものなのか分からないが)ものが原因なのだろうか。弥助も流石にそこまでは、と首を傾げる。しかし多分そうなのだろうとは言う。


「犯人の目的は一体なんなのかしら。私達を怖がらせていることはその人にとって目的なのか、それとも手段なのか。根拠はないけれど、手段なんじゃないかと私は思うのだけれど……弥助さんはどう思う?」


「あっしもそっちだと思う。学校を覆っているものは、もしかしたらお前らが抱く強い負の感情を吸収しているのかもしれん。とりわけ恐怖の感情を好んで。その負の感情と、元々持っている強力なエネルギーが融合したものを溜め込み、その溜まったものを何かに使うのかもしれないっすね」


「何かに。例えばどんなもの?」


「そういうエネルギーを使ってより悪いものをこちらの世界に呼び込むとか、学校を完全に崩壊させるとか、学校を本物の妖達の溜まり場にするとか、学校のある場所を一種の異界に変えちまうとか、誰かを攻撃する為に集めているとか……色々だな。食糧にするって場合もある。あっしはそういうものは食わないが、そういうのを好んで食う種族もいるんだ。ま、いずれにせよ良いことに使われるってことはないだろうな」

 プラスの感情ならともかく、今あの学校に渦巻いているのは恐怖――マイナスの感情なのだ。


「紛い物の幽霊や妖達は、複数人いる場所の前に現れても全員の目に映るとは限らないんだよな? 一人とか、限られた人だけそれを見て騒ぐってことが多い。それももしかしたらより強い恐怖の感情を得る為の『演出』かもな」


「演出?」


「皆で見るより、皆には見えないのに自分だけが見えるって方が怖い。自分にも見えた、私にも、俺にもと複数の人間が自分と『同じ』ものを見ているってのはある意味安心出来ることだ。恐怖さえ共有することが出来る。何かを共有出来るというのはまあ、悪いことじゃない。しかし自分だけにしか見えない、となるとその恐怖を分かち合うことが出来る者がいない。見た者が複数いるにはいるが少数派の場合もまあ、似たようなもんだ。他の皆が平然としている中、自分だけが化け物を見て、自分だけが恐怖している。誰にも見えない、誰にも気持ちを分かってもらえない、自分だけが『違う』、分かち合えない、孤独だ……そういう気持ちはより強い恐怖を生み出すように思える。一方で『見えていない』側の人間も恐怖することになる。自分達に害を成す者がいるというのに、見えない。見えなければどうしようもない。見るのは怖いが、見えないのも怖い。いつ自分に魔の手が伸びるのか分からんからな。プラスして恐怖っていうのには伝染力があるから……どうしようもない状態になったんだろう」


「でもより強い恐怖を与えるなら、怪談通りに触れた人の命を奪ったり、呪ったりした方が効果的じゃ」

 自分で言ってから、何て恐ろしいことを言っているのだろうと自分で自分に嫌悪する。弥助は腕を組んだまま静かに首を振った。


「数が多すぎる。怪談通りに幽霊達が命を奪っていっちまったら……お前らあっという間に全滅だ。一部の人間だけ実際に殺すってのもありといえばありかもしれんが……向こうもそこまでするつもりがないんだろう。やろうと思えば出来るが、やるつもりはない。だが色々と首を突っ込んでいるお前だけには本気の脅しをかけた。ただの悪戯ではなく、もっと明確な目的があるから邪魔をされたくないのかもな。……お前を殺してでもやりたいことがあるんだろう。しかし、お前なんかに脅しをかけてどうするんだろうなあ犯人は。さくらにこういう事態に対処する力が無いってことは見りゃあ分かるはずなんだが。というか邪魔者を排除する為の化け物を作り上げ、お前に本気で身の危険を感じさせちゃったが為に結果として真実から遠ざけるどころか近づけちゃっている気がするんだが」

 相手は存外馬鹿なのか、と唸り声。確かにもしあの化け物が現れなければ、「本気で殺される」と思う位の脅しをかけられなければ、今回の騒動に対する思いや考えその他諸々は学校を出た途端彼方へと追いやられていたことだろう。佳花のこともこれ程までに考えなかったに違いないし、紗久羅や弥助にちゃんとした説明をすることが出来なかったはずだ。あの化け物と対峙したことで抱いた強い恐怖心、危機感がさくらの記憶等を繋ぎ留めたのだ。


(そうよね脅しをかけたことで校内での動きは制限出来たけれど、外は……逆。今日弥助さんから昨日の結果を色々聞いたとしても今程色々考えようとはしなかったかも。紗久羅ちゃんから柚季ちゃんの話を聞くことも無かったかもしれないし。こういった関係のことを話せる相手、こういう時頼りになる人というのは外の方にいるわけだし)

 となると、犯人の『脅し』は逆効果ということになる。馬鹿、という弥助の言葉を否定することは出来ない。しかし佳花がそういうミスをするようなお馬鹿さんにはどうしても思えない。勉強も出来るし、勉強以外の部分は何にも出来ないというわけでもない。いや、しかし一つのミスもない者などいない。これが最善と思ってやったことが実は最悪の行動であった……ということはままよくある話。


「学校でうろうろされることがなくなる上、学校を出ても『首を突っ込んだら殺される』という思いはかなり強く残るままだと思ったのか? その思いが牽制になると相手は考えた。ところがさくらの心臓に毛が生えていたゆえ、こんな結果になった?」


「私の心臓に毛は生えていないわ、いたって普通のメンタルよ」


「はいはい。どちらにせよ、お前の動きを牽制しようとする意味がよく分からんなあ。……まさか犯人はさくらが出雲と関わりのある人物であることを知っている? 強力な浄化能力を持っているあいつのことを。もしかしたら犯人は文化祭当日体育館にいたのかもしれないな。そしてさくらや紗久羅っ子達と知り合いらしい雰囲気のあいつを見たり、あいつが体育館を浄化する現場を目撃したりしたのかもしれん。出雲が自分達のしていることに気がついた可能性があることも察した。だからお前のことを警戒しているのかもしれないっすね……お前の口から、調べたことを色々出雲に話されたら困るから」

 確かにそれは有り得る。出雲のことを脅威に思った犯人は、彼と関わりのあるさくらが色々調べることを恐れた。さくらが調べ、それを出雲に話されると何をされるか分かったものではないから。

 しかし犯人がそれを恐れるあまり起こした行動は逆効果だった。確かに化け物の脅しを少しも怖いと思っていないわけではない。嫌な視線を感じる気がするし、時々不安に襲われる。だが、色々調べることを邪魔する程のものではなかった。


 結局そこでさくらと弥助の話は終わった。学校に出現している幽霊や妖は本物ではなく、エネルギーの集合体であること、そのエネルギーはこの辺りの土地に流れる歪な力とは違うものであること以外は実際のところ分かっていないのだ。ここでああだこうだ言っていても証拠が無いのだからどうしようもない。

 ここでもさくらはくれぐれも無茶はするなと言われ、秋太郎にあんまり心配かけさせるなよと怪我をしていない方の頬を引っ張られた。言われなくても分かっている。少なくとも学校では大人しくするつもりだ。本当は学校の外へ出た後も大人しくしていた方が良いのだろうが。

 次は出雲を訪ねようと桜山へ向かった。無駄だと思っても彼に色々話しつつ、意見を聞きたかったのだ。その途中さくらは梓と会った。彼女は東雲高校で怪談が流行っているらしいことを誰からか聞いたらしく、色々聞いてくる。もうすっかり暗いし、出来れば早く満月館へ行きたかったのだが無視するわけにもいかなかったので律儀に答えた。梓は興味津々といった風な表情を浮かべながらメモをとる。話を聞き終えた梓はにっこり笑顔。太陽のように眩しい笑み、だがどこか月のような妖しさもある笑み。


「そっかあ。怪談が具現化し、生徒達に恐怖を与える……なかなか興味深い話だね。あ、お話してくれてありがとうね」

 明るい声でお礼を言った梓はさくらと別れようとし、だが一旦その動かしかけた足を止めるとさくらの顔をじっと見つめ。かと思えばいきなりぷちっとさくらの髪の毛を一本抜いた。いきなりの行動にさくらは呆然、ぽかんと開く口はぱあと間抜け。


「ごめんごめん、いきなり。白髪を見つけちゃったものだから。それじゃあね」

 どう考えても嘘っぽかったが、恐らく捨てていないだろう自分の髪をどうするつもりなのかとは聞かず、彼女を苦笑いしながら手を振って送った。

 そしてさくらは満月館へ。

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