学校の怪談~開花への階段~(9)
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春の日差しに見守られながら歩いた廊下。知名度も存在感も殆ど無い、特別地味な部が集まるその階は静かで、物寂しさを感じた。それでも消えることのない高揚感、一歩進む度に弾む心。もし、もし文芸部というのは名ばかりでまともに活動などしていなかったらどうしよう、という不安もある。実質帰宅部である部も多いし、文芸部と聞いていたのに実際の所半ば漫画同好会になっていた……などということもある。
高ぶる気持ち、不安な気持ち、祈る気持ち。混ざる思いを抱くさくらの背中を「大丈夫だよ」と言って押すのは暖かく、でも少し冷たい、柔らかな春の風。
文芸部、というプレートの掲げられた部屋の前で立ち止まり深呼吸をした。足が、ドアにかける手が俄かに震えた。初めて訪れる場所、しかも中にいるのは先輩達――そんな部屋に入ることはさくらにとってとても勇気のいることだった。
そんなさくらを呼び止めたのは自分と同じ学年らしい少女で、彼女もまた文芸部入部を希望しているらしい。彼女は自分の名――櫛田ほのり――を名乗り、緊張して先へ進めないさくらの代わりにドアをノックし、がらがらと開けた。プリントや本を広げながら談笑していた先輩達の視線が一斉に集まる。その人数は四人。真正面――窓の前に座っている人がどうやら部長であるらしく、さくら達を歓迎した。
しかしさくらの目に真っ先に飛び込んだのは彼女ではなかった。
こちらから見て右側の前の方の席に座っていた少女。きちんと編まれたお下げ、春の陽に柔らかに染まる黒髪、その色よりも穏やかで優しい、全てを包み込むような微笑みを湛えた人……。その人に奪われた瞳を取り戻すまでには多少の時間を要した。
その人こそ、美吉佳花であった。
(美吉先輩が……まさか)
さくらは自分が至った結論を受け入れることが出来なかった。何かの間違いであるとしか思えない。
彼女がそんなことをするような人物ではないことは、約二年の月日を共にした自分がよく知っている。
姉のように母のように彼女はいつだって自分達のことを見守っていた。遠くからではなく、とても近くから。彼女に見守られる時、さくらは手作りのゆりかごにゆられているような心地になった。きっと自分だけではなく、ほのりも環も陽菜も同じようなことを思っているに違いない。
この部室で過ごした日々、部員と共に初詣やお祭りに出かけたり、買い物をしたりした時のことなどがまるで映画のように再生される。その愛しい時間の中に、いつだって彼女はいた。
(違う、だって美吉先輩が……そんなことするはずが)
何度も、何度だって繰り返し自分に言い聞かせる。それなのに疑念は膨らむばかりでしぼむことを許さない。黒い水を与えられた心は膨らみ、そしてやがて黒い花を咲かせる。
彼女こそが手紙をさくらの机の中に入れた犯人。怪談の闇に触れようとする者を牽制する為の怪談を流したのもきっと、彼女。
ならば、この学校が今とんでもない状況になっているのも。さくらは佳花へと目を向ける。彼女はさくらの視線に気づいたのか一瞬こちらを見、それから酷く気まずそうな表情を浮かべ顔を逸らす。
彼女が今回の騒動の犯人だとしたら、一体その目的は何なのだろう。悪意を振りまき、他人を苦しめることを楽しむような人間では決してないと思いたいのだが。かといって悪戯目的の為にこんなことをするような人でもないし、生徒達の為を思ってやっているということも無いだろう。
矢張り、違うのだろうか。でも、だが、しかし。いつもなら容易に振り払えるはずの考えを振り払うことが出来ず、しかも考えれば考える程胸の中に咲いた花は黒い輝きを増していく。嗚呼佳花と共に過ごした春のように温かく優しい時間が花に埋もれて消えていく。佳花が犯人なんて信じたくはない、でも絶対違うとも言い切れない。頭と心が痛み、そしたらあの化け物につけられた傷が痛んだ。その痛みを与えたのが佳花であるなど考えたくなかった。
今日の部活はいつもよりずっと早く終わったが、そんな短い時間もさくらにはとてつもなく長い時間に感じられた。ほのりや環達の会話も聞こえないし、目の前にあるノートに書かれた文字もろくに読めなかった。手に握ったペンもまともに動かなかった。
嗚呼、今までの美しい日々全てが消えていく。さくらは佳花の本を読む姿、自分達を静かに見守る姿を見るのが好きだった。優しい色使いの、一枚の美しい絵を見ているような気持ちになるから。だが今はまともに彼女の姿を見ることが出来ない。今彼女の姿を見たら、冷酷で残忍な鬼の姿が見えるような気がしたから。
部室を出る時、さくらは環や陽菜に「さようなら」と挨拶をした。そして部屋に鍵をかける佳花にも。
「先輩、さようなら」
果たしてそれを少しも声を震わせることなく言えただろうか。佳花は微笑み「さようなら」と言ったがその笑みはとても寂しいもので、その声には元気が無い。ほのりの底抜けに明るい挨拶を聞いていなければ、疑念と悲しみに涙を流していたかもしれない。さくらは振り返らずほのりと歩を進め、学校を出た。
佳花が犯人かもしれない。だがそれなら何故あれ程悲しげな笑みを浮かべるのだろう。さくらを脅し、殺意を隠しもしない化け物を生み出す怪談を作り上げたのは自分なのに。
黒い花咲かせたさくらは最早別の可能性を見出すことが出来ずにいた。学校の敷地を出ても、なお。
露天商の売っている魔除けのグッズでも買おうかなと言っていたほのりだったが、学校から出て歩く内にどうでも良くなったのか結局寒いからとっとと帰ることにしたようだ。さくらは矢張り気になったので彼女から大体の場所だけ聞き、一人で行くことにした。
その人がいたのは学校から歩いて十分程の所にある通り――趣のある建物と建物(漬物屋と緑茶販売店)の間に空いているスペースを背にして座っており、今がもう夕方であることも相まって深い闇を背負っているように見えた。木で作られた簡素な椅子に座り、その前に敷いたござのようなものの上に商品を並べている。値段を見てみるが、成程確かにお手頃価格である。その店の前には東雲高校の生徒がちらほらと。談笑しながら品定めをしているようだったが、その目は気のせいか血走っており必死さと余裕のなさを伺える。だが恐らく本人達は気がついていまい。
露天商は男で、年は二十代後半位に見える。真ん中で分けた前髪、伸ばした襟足。椅子に座っている状態なのではっきりとは分からないが、背は高いようだ。店の前で立ち止まっている人達ににこにこ笑いながら積極的に声をかける。積極的だが引かれたり、警戒されたりしない程度に止めておりその辺りのさじ加減が絶妙だとさくらは思った。上手い具合に話しかけ、自分の世界に引き込みつつその一方で、少しずつ相手の懐に入り込んでいく。そんなことなど逆立ちしても不可能なさくらは正直感心してしまった。
「ありがとう、お嬢さん。またお会いしましょうねえ」
商品を購入し去っていく少女に男は手を振る。少女は手を振り返し、それから友人と「あの人超素敵、惚れそう」などと話しながらどんどんと離れていった。それを聞いた男はにこにこ笑顔「僕ってばモテモテだなあ」と嬉しそうだ。一方、そういうことを言われ慣れている感もある。
さくらはしばらく彼のことを観察していた。彼は始終笑顔で笑顔以外の表情など存在しないのではないだろうかと思える程だった。喜怒哀楽が無いわけではないが常に『氷』を感じる出雲同様、彼もまた何を考えているのかいまいち分からない、飄々とした人間のようだ。だから彼が今回の騒動に関わっているのかいないのか見当もつかなかった。見知らぬ人と話すことが苦手なさくらは彼に話しかける勇気もなく、ただ見ているだけだった。本当は話をすることで色々探ってみたいとは思ったのだが。他の人には話しかける彼もさくらに声はかけなかった。無理に声をかけると逆効果なタイプの人間であることを感じ取ったからだろう。
だから彼と言葉を交わしたのは、試しに商品の内の一つ――魔除けのキーホルダーを買った時だけ。
「これ、ください」
「ん、ありがとうお嬢さん。……はい、これお釣りね」
彼は本当に最後まで笑顔だった。ここまで笑顔が崩れないと逆に恐ろしい。彼からお釣りを受け取った時、さくらは「あれ?」と思った。お金の渡し方や態度に不自然な点があった、というわけではない。
(私……何でだろう……この人と以前どこかで会ったきがするって今、思った。声も聞いたことが……気のせいかしら。デジャブ?)
男と自分、お釣り、笑顔――今の場面と昔のある場面が繋がった気がした。繋がった衝撃で頭に電流が走ったようになったが、自分が一体昔のどの場面と今の場面を繋げたのかいまいち分からない。そもそもその昔の場面というのもちゃんと存在したものなのか怪しい。勝手に作り上げた過去と今確かに訪れた時間を繋げてしまっただけかもしれなかった。
「どうしたの?」
「え、いいえ。何でもないんです」
「そう、なら良かった。それじゃあねお嬢さん。ありがとさん」
男は手を振り、頭が痺れたままのさくらに手を振る。さくらは「やっぱり気のせいかな」と思いながら頭を下げ、その場から去った。
バスに乗っている間も男の声が離れない。聞いたことがあるような、ないような声。顔の方にはまるで覚えがなかったが、そもそも人の顔を覚えるのが苦手なさくらだから、その辺りのことはあまり考えない。
購入したキーホルダーを手に取る。紫色のビー玉サイズの玉に銀色の矢羽根を象ったモチーフがついている。敦子が見せてくれたものと似たようなものだ。鈴鹿が敦子に渡したものは、あの店で購入したものなのかもしれない。それを手の上に乗せると確かに心安らぐ気がした。しかし、どうにもすっきりしない。
(こんなもので私の中に溜まってしまったものは全て洗い流せないってことよね……)
何にせよ、後で弥助や出雲に見せた方が良さそうだ。或いは紗久羅経由で術師だと言う英彦という人に見せるか。
窓に映る景色を眺めながら思うのはあの化け物によって死の恐怖を与えられたこと、そして佳花のこと。決して重なり合うはずのない二つの姿がさくらの頭の中で重なり合う。温もりを与えるものと、奪うもの。嗚呼いつもなら学校を出ればそこで起きたことなど霞んでしまうのに、今日はそうならなかった。 掃除の時間に起きたあの出来事がさくらの記憶を、恐怖心、危機感というものを自分自身の中に繋ぎとめているのだ。
(沢山の生徒達が怖い思いをした。死や苦しみを与える存在に触れられ、悲鳴をあげ、涙を流し、狂った。けれど皆学校から出るとそんなこと殆ど忘れてしまう。私だってそうだった……昨日は、そうだった。もしかしたら私達は心の奥底ではちゃんと分かっていたのかもしれない。学校に現れる『彼等』には死や苦しみを与える力など本当はないことが。本当に本当の命の危険にさらされたわけではないことが分かっているから、学校から出ると何でもなくなってしまうのかもしれない。でも今日の私は違う。……この傷が、彼女から溢れる殺意が教えたから。私はお前に本当の死を与えることが出来ると。それに対する危機感や恐怖心がこのことを忘れてはいけない、曖昧にしてはいけないと訴えている)
そしてその思いが、今回の騒動に関する様々なことを思い出させる。今なら出雲や弥助に学校で起きていることをより詳しく、しっかりと話すことが出来そうだった。死の恐怖を味わって良かったとは到底思えないが、この点についてだけは感謝するべきだ。
喫茶店『桜~SAKURA~』へ行く前に桜町商店街へと足を運ぶ。もしかしたら出雲がいるかもしれないと思い弁当屋『やました』を訪れたが生憎おらず、紗久羅に聞けばまだ来ていないという。紗久羅はそう答えてから、さくらの頬を指差した。
「その怪我、どうしたの? 何か兄貴が『掃除の時間何やったんだか知らないが、さくらが怪我したらしくてちょっとした騒ぎになっていた。頬にガーゼ貼った状態で教室に戻ってきた時はびっくりしたよ。一体何をすりゃ廊下掃除であんな怪我をするんだろうな』って話していたけれど」
「え、一夜……もう帰ってきているの?」
今の時間サッカー部に所属している一夜が帰ってきていることなど通常ならありえない。弱小部ではあるが、それでもそれなりの時間までいつも練習しているのに。
「うん。今日は部活無かったんだって。怪談騒ぎのせいでろくに練習が出来ないからって理由らしいけれど、兄貴自身は『部活休む程の騒ぎになんてなっていたかなあ』って首を傾げているけれど。実際のところ、どうなんだ?」
紗久羅も今回の件が気になるらしい。一夜も学校の敷地を出た今、まともに説明することが出来ないのだろう。しかし今のさくらなら色々説明してやれる。あんまり巻き込みたくはなかったが(速水の件もあるから、すでに巻き込んでいるといえば巻き込んでいるが)詳しく話してやることにした。さくらが話そうとすると紗久羅はそれを一旦制す。
「ここじゃなくて、二階で話そうよ。ばあちゃん、ちょっくら二階行ってくるわ。なるべく早く戻るよ」
と奥にある調理室に声をかけてから、二階にある井上家へと二人して向かった。ドアを開けるとセーターとズボンに着替え、台所からマグカップを持って出てきた一夜と目が合う。
「さくら? どうしたんだよ」
「今学校で起きていることについて紗久羅ちゃんに話そうと思って」
と言うと、何でそんなことをという風な顔で首を傾げる。わざわざ家に上がってまで話すようなことではないと彼は認識しているのだろう。色々な記憶も、それらを繋ぎとめる為の感情も朧になっているだろうから。
そんなだったから、リビングのテーブルに座って紗久羅と一緒にさくらの話を聞いている最中何度も「ああそういえば!」とか「何で俺忘れていたんだ!」とか叫んでは紗久羅に「うるせえ馬鹿兄貴!」と叱られることとなった。完全に記憶が消えたわけではないから、ちゃんと話せば思い出すようである。
「そういやそんなだったな……それじゃあ部活が無くなっても無理はない。というか今までそうならなかったことの方がおかしい位だ」
聞けば他の部活も休みになったり、時間が大幅に短くなったりしているようだ。
「一体俺達の学校、どうしちまったんだろう。やっぱり『向こう側の世界』の住人が関わっているのか?」
「それを今から突き止めようとしているのよ」
「で、突き止めようとした結果そんな傷を負ったってわけか。死にそうな思いをしてまですることじゃないだろう。というか首を突っ込んだら今度こそ殺すって言われているのにまだ諦めないのか」
一夜はまだ真実を突き止めることをやめようとしないさくらを咎めるように言う。勿論さくらだって怖い。あの化け物の視線をここへ来てもなお背に感じる気がした。だが、学校にいる時に比べればそれだって幾分ましだ。
「あの化け物が活動出来るのはきっと学校の中だけよ。怪談が多く語られているあの学校だけ。だから、大丈夫。……このままにするわけにはいかないわ。あの状態がずっと続いていたらきっと良くないわ」
学校をあんな風にした犯人を突き止めることで、佳花への疑念を晴らしたいとも思っている。しかし、彼女がもし犯人だったら。それを思うと胸が苦しい。足を踏み出すのが怖い。化け物に殺されることよりも、彼女の本当の姿を知ってしまうかもしれないという事実の方がずっと、怖い。とても大切な先輩だから、大好きな先輩だから、怖い。
一夜は全く、とため息。
「やめろと言ったところでどうせやめやしないよなあ、お前の場合。とりあえず、あんまり無茶はするなよ。危ないと思ったら迷わず手を引け。命と引き換えてまでやるようなことじゃないんだからさあ」
「流石兄貴、さくら姉のお母さん良いこと言うな」
「誰がお母さんか! そんなんじゃねえ!」
「そうよ、一夜は私の保護者じゃないわ。どちらかといえば、その逆よ!」
「ふざけんな、お前がいつ俺の保護者になった!」
「だっていつもテスト勉強の面倒を見ているじゃないの!」
「だからなんだってんだ! ていうかあれは毎回お前が半ば無理矢理」
「そうでもしなければ、一夜勉強しないじゃないの。いいじゃない、ちゃんとやっているお陰で順位は悪くないのでしょう? 私も一夜から数学とか教えてもらえるから助かるし」
「親子喧嘩じゃなくて、夫婦喧嘩だな……こりゃ」
と紗久羅が呆れ気味に呟いたことに二人共気づかないでいた。
さくらと一夜の夫婦喧嘩だか痴話喧嘩だかが一段落したところで紗久羅がさくらに話しかけた。
「そのことと関係しているかどうかは分からないんだけれど。実は柚季から気になる話を聞いたんだ」
「気になる話?」
紗久羅がうん、と頷く。
「最近柚季さ、東雲高校の生徒の姿がさ『鬼』に見えることがあるんだって」
「鬼?」
眉をひそめ、仲良くさくらと一夜が聞き返す。首を縦に振り、紗久羅は話を続ける。
「そう。角を生やした、恐ろしい形相の鬼の顔に一瞬見えるんだってさ。細かな顔立ちは毎回変わるみたいなんだけれど、一目見て『鬼だ』って思えるような見た目だってのは共通しているみたい。変な気配も感じるらしいし。まあ気を抜いている時、一瞬だけそう見えるって感じらしいんだけれど……。それに、何かとてつもなく嫌なものを身にまとっている気がするって、すれ違う度しかめ面しちゃってさ。多分さくら姉達の学校がおかしくなった頃からだと思うんだけれど、そうなったのは」
俺達のこともそう見えるのかな、と一夜とさくらは顔を見合わせ。どうなんだかなあ、と紗久羅。しかし生徒の姿が鬼に見えるというのは一体どういうことなのだろう。生徒達が身にまとっている黒々とした空気が原因だろうか、それとも別の何かが。どちらにせよ今回の件と深く関わっていることはほぼ間違いないだろう。
それでさ、と紗久羅はあることを付け加えようと口を開く。
「実は以前にも柚季、東雲高校の生徒から妙な気配を感じたことがあったんだ」
「え?」
「背後に妙な気配を感じて、もしかして妖怪が出てきたんじゃないかと思って振り返ったら……そこには妖怪じゃなくて、男子三人組がいたってさ。当時はまだどの制服がどの学校のものなのかあんまり分かっていなかったから、どこの高校の人か分からなかったみたいだけれど……今思い返してみれば、確か東雲高校の制服を着ていたような気がするって。その時感じた気配と、東雲高校の生徒の姿が『鬼』に見える時に感じるものってのが似ているらしいんだ。もっとも、その男子三人組と会ったのはちょっと前のことだからはっきりとしたことは言えないようだけれど」
その男子三人組から妙な気配を感じてから、最近までの間に同じようなことが起きたことはないという。
「ちなみにその男子がどんな感じの人達だったかって話はしていた?」
「ちゃらちゃらした感じの人達だった……って言っていたっけ」
ちゃらちゃらした感じ。それを聞いた時さくらの頭に浮かんだのは、敦子を怒らせた男子三人組の姿。
敦子曰く怪談の発信源は彼等であるという。それは確実な情報ではないが、彼等がかなり早い段階で屋上の幽霊の話をしていたことは確かだ。もし柚季が妙な気配を感じた人物というのが彼等であったとしたら……それは一体何を指し示しているのだろうか。
出来れば柚季に確認をしてもらいたいのだが、柚季を彼等の所にもしくは彼等を柚季の所まで引き連れつということは出来ない。一番いいのは写真を見せるという方法なのだが、彼等と接点などもっていないさくらが写真など所持しているはずもなく。
確認は不可能か、と諦めかけた時さくらはあることを思い出した。
「そうだ……ねえ一夜、学校通信ってまだ残してある? 文化祭特集号の」
「は? ああ、捨ててはいなかったと思うけれど……多分部屋を探せばあるんじゃないか」
「探してきて、今すぐ!」
何でそんなことを、という顔を一夜がしているのでさくらは説明してやった。
「ほら、あれって全クラスの集合写真が載っているでしょう? 文化祭が終わった後に撮ったものが」
それを聞いてようやく一夜は合点がいったのか手を叩く。紗久羅も何をしようとしているのかさくらの言葉を聞いて理解したようだ。
一夜が学校通信を探している間にさくらはもう一つ質問をする。
「ちなみに柚季ちゃんがその男子三人組から妙な気配を感じたのはいつ頃?」
確か、と上を向き口元に手をやりながら紗久羅が考え込む。
「東雲高校の文化祭があった頃だったって。文化祭の前だったって言っていたかな……柚季自身も流石にそこまで細かいことは覚えていないみたい。その男子三人組から妙な気配を感じたのも、つい最近までは気のせいだと思っていたようだし。次から次へと妖怪達が自分の前に姿を現すものだから、神経が過敏になってありもしないものを感じたんじゃないかって」
さくらは話を聞く内、大事なことを思い出しかけた。それは体内に溜まりに溜まった黒いものの底に沈んでいたもの。それが徐々に浮かび上がってきており、後少しで完全にその姿を見せそうだ。
しばらくして一夜のうるさい足音が聞こえてくる。学校通信は思いのほか早く見つかったらしい。
「ほらよ、これ」
「これを柚季に見せりゃあいいわけだな」
「そう。柚季ちゃんが見た人、一応心当たりはあるの」
ページをめくり、環のクラスのところで手を止める。楽しそうに笑っている環や鈴鹿、敦子。それと共にあの男子三人も写っている。ほんの少ししかその顔は見ていないから迷ったが、記憶の糸をたぐり寄せ、どうにか三人の顔を指差した。
「この人と、この人と、この人かもしれない」
「確かにチャラ男って感じだなあ。ふうん……分かった、とりあえず柚季に聞いてみるよ。それにしても文化祭、懐かしいなあ。色々あったけれど、まあ楽しかったよな」
「俺は出雲に服を勝手に借りられたけれどな」
借したのは婆ちゃんだけれどな、と紗久羅は肩をすくめ。言われてみればあの日は出雲さんが現代風の服を着ていて、それがなんともおかしかったっけとさくらは目を細める。
(ん? 出雲さん……?)
ぷかり。浮かび、浮かぶ。紗久羅は出雲のあの姿、なかなかお似合いだったよなあと声を上げて笑う。
「でもあの時は大変だったよなあ。学校に妖怪とかがわんさか来ていたらしいし、そいつらから人間を守る為とはいえ変な術もかかっていたみたいだし。ああそういえば、体育館での騒動! ありゃあ大変だったよな。あの馬鹿、大変なことが起きることが分かっていながら体育館を出やがるしさあ。……なあ、さくら姉。もしかして今回のこと、その時のことが関わっているんじゃないか? 結局あの時体育館に漂っていた黒くて禍々しい変なものの正体も分からなかったし……さくら姉?」
途中から真面目な口調に変わった紗久羅は、一向に返事をしないさくらの顔を訝しげに見る。さくらはそれに気づいていながら返事をすることが出来ずにいた。
文化祭、準備の時のこと、ぼやける日常と非日常の境、人ならざる者の来訪、術の影響でぼやける記憶、劇、仮面、黒いもの、体育館……そして、出雲。
(そうだ、そうよ……思い出した。あの時のことは完全に解決していなかった。あの後特に何も起こらなかったからつい忘れてしまっていて……今回の出来事の奥底に沈んでしまっていた。でも、思い出した)
さくらはようやく体育館にだけ怪談が存在しない理由となりえるものを導き出した。