君は私の助女房(3)
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弥助から火を炊く石の使い方を懇切丁寧に教えてもらい(風呂を沸かす時のことも教えてくれたし、彼に聞いたことでかまどと釜でご飯を炊く方法についても改めて確認することが出来た)紗久羅は満月館まで戻ってきた。出雲はのんきにお茶とお菓子で一服しており、急いで戻ってきてぜえぜえと息を切らしていた紗久羅を笑顔で迎えた。
「どうしたんだい、そんなに息を切らして」
「弥助に石の使い方とか聞きに行ったんだよ! どっかの誰かさんが無能のせいでな!」
怒鳴り、睨み、けれど出雲は知らん顔。自分から聞いてきたくせに、ろくに返事もしないでお菓子をもぐもぐ。全く腹立つ、むきい! ……と怒り狂った猿のようになったところで出雲が申し訳なく思うことなどあるはずもなく。
出雲のことは放っておいて、紗久羅は夕飯の準備にとりかかった。大体何を作るかは決まったからてきぱきと無駄なく動いて材料を切ったり、米を研いだりする。
最初の内はただただ料理を作ることだけに集中していたから良かったが、しばらくする内仮眠をとっていた「どうしてあたしはここで料理をしているのだろう」「何で出雲の為に料理を作ってやっているのだろう」「何でこんなことをあたしがしなくちゃいけないんだ」という思いが目を覚ます。そうなるや否や、紗久羅は急にむかむかしてきて思わずその思いを声に出してぶちまけ始めた。そうでもしなければいらいらとむかつきで体が爆発しそうだったから。包丁を持つ手にも力が入り、まな板が異様な音をあげている。……そして話は冒頭に戻るのだった。
もう一度むかつきだしたら止まらなくなり、奇声に近い声をあげながら包丁をまな板に突き刺したくなる衝動に駆られるも、よく手入れされているまな板をあんまり傷つけたくなかったので我慢した。これが私物であったなら容赦なく今頃包丁をぐさっと突き立てていたことだろう。
分かった、やるなど紗久羅自身は一言も言わなかったのに、のんきな菊乃と押しの強い出雲のせいでこんなことになってしまった。
風邪を出している鈴の看病をするだけならまだしも、ぴんぴん健康体な出雲の世話まで何故やらねばならんのだと何度も思う。へらへら笑いながら「だって面倒だし、疲れるし、そもそも何をどうすればいいのか分からないし。というか出来ない、何にもできない」と言う彼の姿が脳裏に浮かび、ますます腹立たしくなった。とんだぽんこつ無能狐である。そして紗久羅は今、彼がぽんこつであるがゆえに料理を作っている。特別好きでもない、むしろ「嫌いだ!」と口に出していう程嫌い(だと少なくとも本人はそう思っている)な彼の為に。
(いっそ逃げ出してしまおうか)
とも思ったが、逃げたら逃げたで地の果てまで追いかけてきそうだし(そもそも紗久羅の住んでいる場所を彼は把握しているし)、追いかけてこなかったとしても後日とんでもない仕返しをしてくるに違いない。出雲の機嫌を完全に損ねてしまったら、菊野でさえどうすることも出来ないだろう。
はあ、とため息。それからはなるべく出雲のことは考えず、自分の為に作っているんだと言い聞かせつつ調理に集中した。作業が進む内、炊けたご飯の甘い香りや焼いたしいたけの味つけに使った醤油やしょうがの香り、醤油やだしの香り漂わせる肉ジャガ――それらが紗久羅を癒すのだった。
慣れない環境にやや苦労しながらもどうにか紗久羅は夕飯を作り終えた。肉じゃがは少し多めに作り、明日の朝も食べられるようにした。味見もばっちりし、美味しく作れたことに安堵して満足してほっと息をつき。
鈴の為に作った粥も完成した。しかし彼女は猫舌であるから出来立て熱々のものは食べられない――ということで、少し置いて冷ますことに。本当は熱い内に食べてもらいたいのだが。淡く優しく温かい色をした卵がたっぷり入った粥で、出汁をきかせてある。味はあまり濃すぎないようにした。粥なんて殆ど作ったことはなかったが、それでも上手く出来たので思わず顔がほころんだ。
障子戸の、ちゃぶ台と座布団のある『昔懐かしの』という言葉を連想するような部屋に食事を運んでから出雲を呼ぶ。彼は自分の部屋で本を読んでおり、紗久羅が声をかけると顔を上げ嬉しそうに微笑んだ。
「紗久羅が私の為に愛を込めて作ってくれた夕食を今から食べられるわけだね」
「愛情なんてこれっぽっちも入っていないっつうの。で、鈴の為に粥を作ってやったからご飯を食べ終わってから持って行って食わせてやれ。あいつだって大嫌いな人間の手で運ばれるのは嫌だろう。お前、あいつのことが大好きなんだろう。だからそれ位は自分の手でやれよな」
「分かっているよ。ふふ、紗久羅は優しいねえ」
「そうだよ、お前なんぞよりも何万倍優しいんだ。だからお前の為にも飯を作ってやったんだ。ありがたく思え、そしてあたしのことを崇め奉れ」
と胸を張ってみせる。出雲はははは、と笑うだけだった。それから紗久羅もここで夕飯を食べていくといい、と彼は言った。元よりそのつもりだったから、自分の分の箸や茶碗もしっかりちゃっかり(勝手に)用意している。
ちゃぶ台を挟み、向かい合わせに座って手を合わせる。お櫃から炊きたてのご飯をよそい、出雲に寄こす。それから自分の茶碗にご飯をよそって、二人手を合わせていただきます。きちんと炊けたご飯を一口食べてから長ネギと油揚げの味噌汁をすすり、肉じゃがを頬張る。じゃがいもがほくほくしていて美味しく、糸こんにゃくにも味が程よく染み込んでいる。
「いやあ、美味しいねえ。流石菊乃の孫だ」
「同じ孫の兄貴はここまで出来ないけれどね。うん、でも自分で言うのもなんだが美味く出来たな」
「材料がいいからねえ」
冗談めかしてそんなことを言ってみせる。ついさっきは菊乃の孫だから腕が良い、というようなことを言っていたのに。紗久羅はその言葉を否定してみせた。
「馬鹿め、あたしの腕がいいからだ」
と言ってにやりと笑う。しかし材料が良いこともまた事実だった。この世界の食材の出来は自分の住む世界のそれよりも良いように感じる。皆『食』には力を入れているようだ。無駄に長い時間を楽しく過ごす為に必要なものであるからなのかもしれない。食べること、飲むことは妖達にとって生きがいの一つなのだ。だから少し位飲み食いしなくても生きていけるのに、彼等はよく食べる。
しいたけをかじると、中からじゅわりと汁が溢れる。醤油としょうが、それから少しの酒の味がしてそれからきのこの風味がふんわりと広がった。弾力があり、また程よく香ばしくて美味しい。四苦八苦しながらも七輪を使って焼いた甲斐がある。
「昔からばあちゃんに教わっていたからな。料理は得意なんだ」
「料理『は』ね」
「そこ強調するなよ」
「あはは。うん、でも本当良く出来ているねえ。サクじゃあきっとここまでは作れなかっただろうし。というか彼女は料理が出来るのかな?」
「さくら姉? 出来るよ、さくら姉だって。といってもどの程度出来るかは知らないけれど」
そうなの、と一言。それから少しして「あの子は本を読むことと夢物語を作り出すこと以外何も出来ないとばかり思っていた」などとなかなか酷いことを言う。幾ら何でもそりゃないよ、と紗久羅はさくらの名誉の為に言ったが、出雲がそう思うのも割合無理はないのかもしれないと思ってしまう。
紗久羅はふと自分の知るもう一人の『サクラ』のことを思い浮かべた。
「そういやさ、巫女の桜って料理とか出来たのかな。すごい力を持っていたとは聞くけれどさ」
何となく気になって、彼女の人生を終わらせた張本人相手に聞いてみる。出雲は一旦箸を置き、どうだろうと首傾げ。
「料理なんてまともにやったこと、なかったんじゃないかな。身の回りの世話はいよだか何だかっていう名前の人とかにやらせていたみたいだし。……やったとしても、紗久羅のようにちゃんと出来たかどうか。いい加減に調味料ぶちこんで、材料も乱雑に切って、ちょっと上手く切れないとすぐ怒って『こんなことやっていられるか!』とか何とか言って包丁を突き立てそうだ」
「本当どういう巫女だったんだよ桜って……」
「以前も話したけれど、おっかない娘だったよ、人間にしては美人だったけれどね。まあ実際は顔立ちが整っていたっていうよりは、魂の輝きによるものだったのだろうけれど。しかし性格のせいで何もかも台無しって感じ」
それから出雲はまたご飯を食べ始める。彼も語る程彼女のことを知らないのだろう。仲良しこよししていたわけでも、共に暮らしていたわけでもないだろうから。
あぐらをかいて座っている紗久羅に対し、出雲は座布団にきちんと正座して食べている。普段よりも穏やかな表情で、いつも程冷たく恐ろしく異様なものには見えない。背筋は伸びていて、箸の持ち方も綺麗だった。綺麗に箸でとっては優雅に口の中へ入れ、音をたてずに咀嚼する。長い藤色の髪や着物も汚さない。その姿は絵画のような美しさで、しばらく紗久羅はご飯をもぐもぐしたままじっと彼のことを見つめていた。視線に気がついたらしい出雲に見つめ返されたので、慌てて紗久羅は俯いて乱暴にご飯をかきこむ。全くどっちが女だか分かったものじゃない。
「ああ、美味しい。鈴もそうだけれど、紗久羅もきっと良いお嫁さんになれるねえ。奈都貴は幸せ者だ、うんうん」
「何であたしの相手がなっちゃんで確定しているんだよ」
「え、奈都貴のことが好きなんじゃないのかい」
「そりゃあ好きには好きだけれど、別に恋愛感情とかじゃないし」
「自分ではそう思っているだけで、本当は違うかもしれないよ?」
くすくすと出雲が笑う。紗久羅は気恥ずかしくなって、味噌汁をすする。
「よせやい、何だか恥ずかしいだろうが。それになっちゃんはあれだ、なるとしてもあたしの婿にはならん。なっちゃんはあたしの嫁になるんだ、うん」
「少しは男の子として扱っておやりよ……」
嫁扱いされてしまった彼に同情を禁じえないご様子だ。紗久羅はだって男の子って感じがしないんだもん、と一言。実際彼をあまり異性として見たことはなく、同性のお友達という感覚なのである。
「奈都貴を嫁にとるのなら、婿は私かな?」
「冗談。妖怪なんぞと、いや、お前なんぞと誰が結婚するかよ」
げろげろ、などと言ってから舌を出す。出雲は傷つくなあ、と言いながら味噌汁をすする。その音に哀愁は……全く感じられなかった。
「私と結婚すれば、毎日美味しいお菓子が食べられるというのに」
「食い物で釣ろうとするな。あたしはそんなに安い女じゃない」
「いつも釣られているくせに。安い餌で簡単に釣れる、安くて容易い女の子じゃないか」
「そんなことねえし、容易くねえし」
と言って出雲の言葉を否定する声にはまるで相手を説得させるだけの力は込められていなかった。
それからも二人はぽつぽつと話しながらご飯を食べた。寒い日に食べる温かいご飯は格別で、世界を満たす氷水から体を守ってくれた。TVはないが、お喋りしていたからあまりそのことは気にならない。これでろくに会話もしなかったら気まずくて、寂しくて仕方がなかっただろう。
ご飯は紗久羅の方が先に食べ終わった。噛む回数が多く、また一口が多すぎない分出雲の方が遅いのだ。紗久羅はまず自分の食べたものを洗いに行った。料理に使ったものはすでに片付けてある。水は非常に冷たく、その冷たさが「何であたしがこんなことを」という思いを呼び戻したが、出雲が幸せそうに微笑みながら「美味しい」と言う姿を思い出したら、それもすぐ引っ込んだ。全く、あれは料理を作る者にとって最強の呪文である。またそれからしばらくして出雲も食事を終えたのでそちらも片付ける。彼ははなから食器を流しまで持っていくつもりはなかったらしく、紗久羅に当たり前のように食器を運ばせるのだった。
「お前も少しは動けよな、全く」
「自分のやりたいことだけやる、やりたくないことはやらない、それが私の信条でね。あ、食器を片付けた後はお風呂もよろしく頼んだよ。勿論その前に浴槽の掃除もよろしくね」
「はあ!? 風呂の掃除まであたしにやらせるのかよ!?」
「当たり前じゃあないか。食器の一つ二つも運ばない者が、お風呂の掃除などという馬鹿みたいに労力を使うことをやるとでも?」
などということを良い笑顔で言いやがるからまあ腹が立つ。あたしだってそんなことはやりたくないやい、と抗議をしてはみるがまるで無駄だった。
「私は身の回りの世話もお願いしたからね。それを了承した以上、やってもらわなくちゃねえ」
「だからあたしは了承してねえ!」
「ほらほら早くしないと帰りがどんどん遅くなってしまうよ。頑張れ、頑張れ」
都合の悪い言葉は無視。しかも紗久羅を風呂場へ向かわせようとするその言葉には「ぴいぴい言っていないで早くしろ」という意が込められている。全くどこまでも勝手な奴だと思いつつも、彼の機嫌をとことん損ねてしまうとどうなるか分かったものではないので仕方なく風呂場へ向かう。
冬場の風呂場は寒い。もう自分が温かいご飯を食べていた時のことが夢のように思える位体が冷えてしまっている。
(……ったく、家の風呂の掃除だって殆どやったことがないのに……何で化け狐の家の風呂掃除をしなくちゃいけないんだ)
菊乃の『花嫁修行』という言葉が脳裏に浮かび、腹立たしくなって手に持っていた掃除道具を壁に投げつける。何が花嫁修業だ、何が、と今頃のんきにお茶を飲んでいるだろう菊野に向かって叫ぶのだった。
日中ならまだしも、今はもうお日様なんてとっくのとんまに沈んでしまっているから余計に寒いし冷たいし、たまったものじゃない。それでも紗久羅は怒りをエネルギーに必死になって掃除して、それから浴槽に水を溜めて、風呂釜に火をつけてどうにかこうにか準備を終えた。弥助に風呂の準備についても色々聞いておいて良かったと思った。もし聞いていなかったら面倒なことになっていた。
さて、一方その頃。出雲は卵粥の入った小さな土鍋を手に鈴の部屋へ。鈴は出雲が入ってくるとぜえぜえ言いながらどうにか起き上がる。頬の辺りは真っ赤で、具合が相当悪いことが一目瞭然である。出雲は傍に置いていた布で鈴の汗を軽く拭いてやった。
「ほら鈴、お粥だよ。安心おし、私が作ったわけではないから」
「分かっている……紗久羅、でしょう」
その声もいつも以上に小さく、弱々しい。出雲はそれに頷き、レンゲで粥を一口すくう。
「うん、私がお願いしたんだよ。ほら、お食べ。……人間が作ったものだから食べない、なんて言わないでね」
鈴は力なく頷き、それから出雲に粥を食べさせてもらう。もうそれ程熱くないから、猫舌の鈴でも無理なく食べられるようだった。
彼女が小さな声で「美味しい」と呟いたのを出雲は聞き逃さなかった。意地を張って「不味い」と言ったらどうしようかと思っていたから、安堵の笑みを浮かべる。
「ちゃんと食べて、早く良くなっておくれ。それが私の今の一番の望みだよ」
「うん……早く良くなる。出雲のお世話を紗久羅がするなんて、耐えられないし、悔しくて仕方ないもの」
出雲は微笑み、鈴の頭を撫でてやる。汗でその髪は濡れていた。きっと起き上がっているのも辛いだろうと思うと胸が痛む。後で紗久羅に林檎でも剥かせようと思った。自分がやったら林檎が血だらけになってしまうから。
そして出雲は鈴に無理をさせないよう、ゆっくりとそれを食べさせてやった。粥は少し残してしまったが、それでも殆ど食べてくれたから安心した。食べさせた後、かまどで湯を沸かし(それ位は出来るのだ、本当は)少し水を足して作った程よく温かい湯を桶に張り、鈴の部屋へ戻る。鈴の体を拭いてやる為だ。鈴は大丈夫だ、そこまでしてもらったら悪いと言ったが汗でべとべとのまま放っておきたくはなかったから、遠慮しなくていいよと言って優しく拭いてやった。鈴は申し訳なさそうに小さくなっていて、そんな風に思わなくてもいいのにと心の中でそっと呟く。口に出したらますます申し訳なさそうにしそうだったから、心の中でだけ。
「それじゃあ私は一度出るね、また後で様子を見に来るから」
「ありがとう……」
「早くよくなってね」
そう言って出雲は鈴の部屋を後にする。
出雲が鈴の世話をし、それからしばらくした頃。紗久羅は風呂の準備をすっかり終えた。弥助に風呂の沸かし方等もちゃんと聞いておいたおかげでどうにかなった。
「あたし達の家の風呂はすぐ用意出来るけれど、こっちはそうはいかないな。ああくそ、まじ疲れた……」
台所に戻ってみれば、案の定出雲は粥の鍋をそのままにしていた。水すら張ってくれない。鍋位自分で洗え、と抗議するついでに風呂の準備が出来たことを教えに行けば、出雲は自室でお菓子をもぐもぐ食べていた。とても夕飯を食べたばかりとは思えない位の量に呆れ、怒りも収まっていく。
「ほら、風呂の用意が出来たぞ。さっさと入りやがれ」
「おや、用意ができたか。それじゃあ早速入るとしよう。紗久羅も一緒に入るかい?」
「誰が入るかこのエロ狐が!」
「ああ、この姿じゃ恥ずかしいと。それなら女性の姿に化ければ」
「女に化けようが何しようがてめえが雄であることに変わりはないだろうが!」
「ふふ、照れちゃって。いいじゃないか約千六百歳と十六歳じゃあおじいちゃんと幼稚園児位、いやそれ以上に歳が離れているんだから。君だって幼稚園とかいうのに通っていた頃は父親とも平気で入っていたんだろう?」
「歳の問題じゃない! いいからさっさと入れよ!」
「鈴だったら喜んで入ってくれるんだけれどねえ」
「え、あいつと入ることがあるの?」
と尋ねれば、いつもではないが時々入っているという。よく考えてみれば出雲は鈴のことを自分の娘のように思っているし、鈴は鈴で出雲のことが大好きであるから何もおかしな話ではない。
出雲は紗久羅を見て、にやり。
「何、もしかして鈴に妬いている?」
「馬鹿! 何をどうすりゃそんなくだらねえ考えに至るんだ! ええい、毎回毎回そういう方向で弄りやがってこのど変態が! いいから入れ、一人で入れ! そして頭まで湯の中に沈めて二度と出てくるな!」
照れちゃって可愛いなあ、と笑ってから出雲は風呂へとむかいかけたがぴたっと足を止め、むすっとしている紗久羅の方を見る。
「ああそうだ、紗久羅。私がお風呂に入っている間鈴の体を拭いた布諸々の洗濯と、庭の草花への水やり、池の魚に水やりもよろしくね」
「はあ!? ちょ、洗濯って洗濯機もないんだろう!? あの木の板でぎいこぎいこごっしごっしとやれってか!? ていうか水やりって何だよ、今もう夜だぞかえって水やらん方がいいだろう!? おまけに池の魚に餌!?」
「餌諸々は庭の隅にある棚に置いてあるよ。水やりは大丈夫、夜にやったからってかえって駄目になる程弱くはないだろうさ。洗濯道具も多分台所の近く辺りにあるんじゃないかなあ、まあ探せば見つかるよ。あ、干す場所をどうしようか。まあ、濡れても問題なさそうな所ならどこでもいいような気がするよ」
紗久羅に拒否権はなかった。というか嫌と言わせる隙も彼は与えなかった。仮に無理矢理嫌だといったところで無駄無駄であるが。
しかも押しつける用はそれだけに留まらず。風呂から出た後も布団を敷いてくれとか、お湯を沸かしてお茶を淹れてくれとか、本棚の掃除をしてくれとかまあ色々なことを次から次へと紗久羅にやらせるのだった。
結局紗久羅が帰る頃には、えらい時間になっていた。まさかこれ程までの時間になるとは紗久羅も思っておらず、しかもあれをしてこれをして(しかも慣れないことばかりだった)とてんてこ舞いだったから出雲に怒る気力さえなくなっている。
何もかもやってもらってご満悦の出雲はふふふん、と鼻歌。家へ帰るまでの道中色々話しかけてきたが、怒りと疲れでまともに返せやしない。
「今日は良い花嫁修業なっただろう? 鈴が元気になるまで、これからバリバリ修行だねえ」
「やだ、もうやりたくない……」
「何弱音を吐いているんだい、これ位序の口だろう。大丈夫、君は若いんだからもっと色々出来るよ」
「このサディスティック野郎め」
もう知らん、明日からは自分でどうにかしろと言うものの。出雲のことだ、迎えに来てでも色々やらせるだろう。桜町に帰らず、三つ葉市辺りで柚季と遊んでいればどうにかなるだろうかとも思ったが彼のしつこさなどを考えるとそうもいかないだろう。
紗久羅は明日以降のことを思い、ため息をつくのだった。




