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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
君は私の助女房
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君は私の助女房(2)


「くっそう……何でこんなことに」

 出雲に引っ張られ(途中通しの鬼灯を持っていないことに気がつき、少し進んだ所で戻る羽目になったのだが)辿り着いたのは『向こう側の世界』だ。

 今彼女達がいるのは常盤京(ときわきょう)なる名前の京。出雲の住んでいる満月館からは大分離れた所にあり、紗久羅も訪れるのは初めてだった。普通に車などを使って移動しても少なくとも半日はかかるような距離にあるこの京だが、指定した空間に繋がる障子を出現させる紙を用いれば一瞬で辿り着く。どこへでも行けるわけではないようだが、それでも便利であることに変わりはない。


 その京は一年中深い緑の葉の生い茂る木々に囲まれていた。翡翠京に比べるとやや小さいらしいが、それでも十分広く感じられる。そこらに並ぶ建物は木製で、その壁には花びら石という花びらに非常によく似た石がついている。その石で壁全てを覆っている建物もあれば、美しい模様を描いている建物もあった。モザイクアートが目を惹く、そんな建物もありとても面白い。屋根には瓦の代わりに巨大な枯葉や紅葉、青葉が敷き詰められている。といってもそれは本物の葉ではなく、瓦同様粘土で作られているそうだ。しかし言われなければ作り物であることになど到底気づけない。中にはその屋根から木を模したオブジェ(もしかしたら本物かもしれないが)が生えている……などという斬新な建物もあった。建物の造りは和風なのだが、カラフルな色合いや装飾の為か洋風或いはメルヘンに見える。今まで訪れた京がいかにも「日本!」「和!」といったものだったから随分異質に見える。


「しかしあちこちからものすごく甘い匂いが……これ、花の匂い? ものすごく強烈なんだけれど」

 臭くはない。良い香りではあるがあんまり強すぎてむせそうになるし、頭も若干くらくらする。


「花びら石は匂いを発するからねえ。ここに来ると鼻がひん曲がってしまいそうだけれど、まあ綺麗だからどうにか我慢出来るよ。もっとも機嫌が悪い時は別だけれどね。紗久羅に申し出を断られていたら、今頃この京を丸焼きにしていたかもねえ」


「恐ろしいことを言うな! お前の場合冗談に聞こえない……というかあたしは『やる』とは一言も言ってないぞ! 嫌だって断ったのにばあちゃんが」


「あっはっは、細かいことは気にしない。もうここまで来た以上、ねえ?」


「くっそ……ああ、もう何で何で何でこんなことに! う……」

 叫んだ時に花びら石の強烈な匂いが一気に入り込んでむせてしまう。口の中が砂糖でも丸呑みしたかのように甘くなっているのは気のせいだろうか。

 通りを行き交う妖達は、これ程までに濃い香りに包まれた中にいても平気な顔をしている。出雲でさえ若干きつそうであるというのに。ずっとここで暮らしているから鼻がすっかり麻痺してしまっているのか、ここに暮らしている者の多くが植物の妖であるから花びら石の匂いも気にならないのか。そんな彼等――葉の髪の男、若葉色の肌の女、花咲く角を二本生やした娘達――皆人間である紗久羅に興味津々の様子で、その好奇の視線は痛くはなかったが、何だかむずがゆいし気恥ずかしい。

 やがて二人は『薬師(くすし)通り』という通りまでやって来た。その名の通り薬を扱う店が多いようで、甘い花の匂いに薬独特の匂いが混ざりとてつもないことになっている。出雲はやや苦しげな声で、この京には植物で作られた薬が売られているのだと語った。どの店の薬もよく効くようで、今日の出雲のように外部から薬を求めてやってくる者が多いらしい。店によって取り扱っている薬の種類は違うので、症状によって訪ねる店は変わる。

 薬を買うという目的がない限り、まずこの京は訪れないと出雲。自分の鼻をいじめて楽しむ趣味は無いそうだ。まあ、確かにそんな趣味をもつ者などほぼいないだろう。花の蜜やそれを使った菓子も有名で大変美味だそうだが、ここへ来なくても橘香京にそれを取り扱っている店があるのでわざわざここまでやってこないそうだ。


「翡翠京とかに、この京で作られた薬を取り扱う店があればいいのに。花の蜜関連のものは出しているくせに、薬はここでしか取り扱っていないんだよねえ……今のところは」


「……で? この京にある薬屋で鈴の薬を買うの?」


「うん。じいさんが作る薬なんだけれど、特別良く効くんだ。まあ値段もそれなりだけれどねえ」


「じゃあその薬を飲めば鈴もすぐ元気になるな」


「いや、その薬を飲んでも時間がかかるんだ。そこらの薬じゃ尚更長くなる」


「あいつの風邪どんだけ酷いんだよ!?」

 出雲の為に料理を作ったり他の世話をしてやったりするなどという苦行もすぐ終わるだろう、という考えは一瞬にして崩れ去る。普段健康な分、一度病気になると大変らしい。

 目指す店には幾度か世話になっているようだが、えらく気が進まない様子。店の主がじいさんだからなのか、はたまた別の理由があるのか。


 その店は薬師通りの果て近くにあった。といっても通りに面してはおらず、二つの店の間にある暗い上に狭い道を進んだ先にぽつんとあった。店中から生えている大小様々なきのこが淡い青色の光を放っており、それによって店の全貌がかろうじて見える。二階建ての家はぼろぼろで紗久羅が全力で蹴飛ばせば簡単に壊れてしまいそうだった。店の入口前に置かれているお米のような形をした木製の看板、そこには店の名前らしきものが書かれていたが薄暗い上に大層汚い字だったので何と書いてあるのか全く分からない。壁に花びら石らしきものはついておらず、屋根はきのこ(こちらは光っていない)でびっちりと埋め尽くされており、本来どんなものであったのか皆目見当がつかない。もしかしたら元から全てきのこで作られた屋根なのかもしれない。花の匂いと薬の匂いに合わせて、かび臭い匂いまでして大変気持ちが悪い。着いたよ、と紗久羅に言った出雲の声は気のせいか鼻声であった。

 気持ち悪い位じめじめしているのれんをくぐる。中は外に比べればまだ明るいが、灯りが発光するきのこであるという点は変わらなかった。天井から生えている巨大きのこの放つ光が店を青白く照らしている。


「うう、すげえ匂い。いかにも薬ですって感じの……」

 よく効きそうだが、ものすごく苦い薬を連想する強烈な匂いが店内に溢れている。狭い玄関の先には板張りの床広がる教室一個分程の空間があった。その上には草や花、何かの根っこのようなもの、和紙の上に山積みになっている粉末などなどが散乱している。店の三方を囲むのは百味箪笥。そこに様々な薬種が入れられているのだろう。

 店の主らしき人は中央、巨大きのこの灯りの真下にいた。ごりごり、という音が聞こえるから恐らく座って薬を煎じているのだろう。こちらに背を向けている為顔は見えない。長く伸びた、すっかり白くなっている髪は床についていた。こちらから見ると、白い毛玉がうごうごしているようにしか見えず、不気味やら滑稽やら。


「じいさん、薬をおくれ」

 ごりっごりっという音だけで構成された世界に、出雲の声が響き渡る。しかし店の主はまるで聞こえていないのか、無反応。出雲も最初から期待していなかったらしく、草履を脱いで彼の傍らまで行くとしゃがみこんだ。そして今度は彼の耳元で同じことを言った。

 その声に気がついたのか、店主は顔を上げる。だがどうも顔を向けているのは出雲がいる所とは正反対のようで。出雲の顔を見れば、店主の顔の向きがこちらからは見えずとも何となく分かった。


「はて、色男の声が聞こえたような気がしたが気のせいだったか」

 

「作業に戻るな! こっちを見ろ、こっちを」


「ん、ああ? また声が聞こえた。とうとう幻聴まで聞こえるようになったか」


「そっちには誰もいないよ、こっちだよこっち!」

 

「こっち? こっち? こっちとあっち、どっち? 分からんから幻聴などそっちのけで作業を続けるとしようかの」


「いい加減におし、このボケじじいめ!」

 出雲が店主の頭を軽く叩く。


「なんじゃ、蚊か? 蚊を叩くことは数多くあれど、蚊に叩かれるなど」

 とうとう我慢できなくなったらしい出雲は店主の真正面に座り、薬をおくれよじいさんと改めて叫んだ。それでようやく店主は出雲の存在に気がついたらしい。


「おお、お客人。ようこそいらした」


「言葉と行動が伴っていないんだけれど……?」

 ごおり、ごり。店主が薬研で挽くは……出雲の頭。様々な薬草がくっついているそれを乗っけられた頭はあっという間に汚れてしまった。


(あのじいさんすげえ、あいつにあんなことを平気でするなんて。出雲よりも強いから出来るのか、はたまた恐れを知らない阿呆なのか)

 静かな怒りこもる声を聞いた店主は薬研を出雲の頭から話す。


「なんじゃ、薬草かと思ったらお客人じゃった」


「さっきお客人ようこそと言っておいて、何を。というか私は薬草じゃないよ薬草じゃ」


「そうじゃったなあ。薬草ではなく、悪行重ねる妖狐じゃった。で、どうかしたんか」


「薬をおくれ。一緒に暮らしている娘が風邪をひいてしまってね」

 それを聞いた店主は体の向きを変え、出雲の顔を真正面から見る。ふさふさの眉に、とぼけた感じの瞳。彼はその目でじいっと出雲の顔を眺めてからあごに生やした豊かなひげをさわさわ。


「どう見ても風邪をひいているようには見えんがのう」


「だから私じゃなくて、一緒に暮らしている娘だと言っているだろう」


「娘? なんだお前さん妻子もちか」


「娘は娘だけれど、そっちの意味の娘ではなくて」


「娘という言葉の意味にそっちもこっちもあったかの」


「ああもう、何でもいい! 何でもいいからさっさと薬を出せ!」

 出雲が顔を崩し、懇願するように叫ぶ。彼があれ程弱ったような、参ったような表情を浮かべる姿を紗久羅は今まで殆ど見たことはなかった。

 お願いされた店主はすっくと立ち上がり、とてとてと百味箪笥の方へと向かった。立ち上がっても彼の背は小学校低学年程度しかなく、高めの台でも用意しない限り箪笥の上の方に入っている薬種は取り出せそうにない。


「よいしょ、よいしょ、あれ、届かない」

 しかし店主は台も用意せず、箪笥の前でぴょんぴょんジャンプし、目的の引き出しを開けようとする。

 絶望的にジャンプ力が低いゆえ、一向に届く気配を見せない。出雲は「私が代わりに出そうか」と言ったのだがじいさん聞く耳持たず。何度かチャレンジしてからようやっと台を探し始めるが、台はどこにも見当たらず。終いに奥の部屋へと進みしばらくしてやっとこさっとこ丁度良い台を見つけて持ってきた。


「よっこらせ」

 店主は台を箪笥の前へやる。しかしそのまますぐにそこへ上がることはなく、再び奥へ。その行動に眉をひそめた出雲が尋ねた。


「どこへ行くんだい」


「台を探すのに疲れたからお茶でも飲んで小休止を……」


「それより何よりさっさと薬を作りやがれくそじじい!」

 どんどん口が悪くなっていく。彼が「やがれ」など使うところなど初めて見た紗久羅だった。あのじいさん終いに燃やされてしまうのではないかとこっちがはらはらしてしまう。張本人である店主はけろっとしているが。

 店主は仕方ないのう、と言いながら台に乗って薬種を色々取り出していく。しかしまたこれに時間が異様にかかった。台の上で眠りこけたり、いきなり「あ、これはここに入れるものではなかった」とかなんとか言って整理を始めたり、突然台の上でストレッチを始めたり……出雲はもう途中から怒る気力もなくなったのか、力なく頭を抱え紗久羅は靴を脱いで床の上でごろごろしだす。

 やっと必要なものを揃えた頃には出雲も紗久羅も半分眠ってしまっていた。


「ま、こんなところかの。さてと……娘の病状がどんなものか知らぬことには薬は作れぬ」


「ちゃんと持ってきたから、これで調べておくれ」

 そう言うと出雲は巾着袋から懐紙に包んだ何かを取り出す。広げた紙から出てきたのは髪の毛一本だった。恐らく鈴の髪なのだろう。それを店主はもぐもぐ食べる。そうしてごくり、飲み込んで。

 鈴の病状をそれによって把握したのか店主は用意したものを調合し始める。


「ところでそこにいるのは誰じゃ、人間か?」

 作業を続けながら出雲に問う。


「ああ、見ての通り人間だよ。鬼っ子のようにおっかないけれどねえ。あ、この子は私のものだから薬の材料にしようとはしないでおくれよ?」


「言われんでも、わしは動物は材料にせんよ。植物にしか興味はない。……それともこの娘、もしかして植物なのか?」


「人間だってさっき言っただろう。動物云々自分で言っておいて……まあ、名前は植物と同じだけれどねえ」


「名前が植物なら、その植物と同じ効能があったりするのかのう。この娘の肝やら髪には」


「それは試してみないことには分からないねえ」


「ところでこの娘は誰じゃ、人間か?」

 話がループする。出雲は話せば再びループしてしまうと判断したのか無視してしまった。そして沈黙が流れ、気がつけば店主は眠りこけていて。寝るな、と出雲が頭を叩いてみても文明開化の音はしないし、開眼する様子もない。何度も叩いてようやく目覚めさせ、それからようやっと薬は完成。


「よし、出来た! これで娘の肌はますますぴっちぴちになるぞ!」


「おお、鈴がますます可愛らしく美しく……って何を作ったんだじいさん!」


「お前さんの要望通り、肌がぴちぴちになる薬を」


「作り直せこのじじい!」

 お笑い芸人の如くひっくり返った紗久羅と、疲れによりいまいち迫力のない声で怒鳴った出雲。

 結局要望通りの薬が出来るまでには時間がかかった。


「だからあのじいさんの店には行きたくないんだよ……全く、出来ればもう二度と世話にはなりたくない」


「まあお前がそう言う気持ちは分かるよ。しかしお前があれだけじいさんにおちょくられて、よくぶちキレないで済んだな。あたしはいつお前があのじいさんに火をつけるかと、はらはらしていたよ」

 ぐったりとした様子の出雲が、ため息。


「……以前堪忍袋の緒がぷっつん切れて、あのじいさんを燃やそうとしたことがあったのだけれど」

 それ以上彼は語らなかった。どうやらえらく酷い目に遭わされたらしい。疲れた様子の声からそのことが伺える。しかしどれだけ偉い目に遭っても出雲は薬を買う店を変えるつもりはないという。様々な病気や怪我に効く薬を作っている上、どれもこれも他の店のものとは比べ物にならない位良く効くらしい。ただ店主があんななので、あまり客は多くないそうだが。

 二人が今歩いているのは翡翠京。満月館からもっとも近い場所にある京だ。といってもすぐ近く、というわけではないようだ。少なくとも舞花市に重なる位置にはないという。ここで当面必要な食料等を購入するのだ。


「本当は橘香京に連れて行ってあげたかったのだけれど。あそこには食材も豊富に揃っているし、どれも美味しいし。けれどあんまり豊富すぎると逆に選択肢が多すぎて迷ってしまうかもしれないし、それにほら、あのじいさんのせいで時間を余分に使ってしまったからね」

 というわけで何度か足を運んでいる翡翠京へとやって来たのだった。江戸時代の町、という言葉がぴったりの町並みを見るのも少しは慣れてきた。ここに住む妖達も出雲と共に歩く紗久羅の姿を何度も見ている為か、じろじろ見ることも少なくなってきている。顔なじみになった者もおり、時々短い会話を交わすこともあった。最初は妖達のその異形の姿にびくっとすることもあったが、出雲に連れられて幾度となく京を訪れる内大分慣れてきた。さくらなどは最初からびくびくせず、むしろ自ら妖の方へ突っ込んでいっていたが。その度出雲に首根っこをつかまれて「君は勝手に行動しない!」と叱られて。


「さて。鈴には粥を作ってやればいいとして……お前は何を食べたいんだ?」

 これを作ろう、というのが具体的に思い浮かばなかったから、紗久羅に夕食を作らせようとしている出雲に尋ねてみる。にこり、微笑む出雲。


「ん、何でもいいよ!」


「はいはい出ました、主婦が言われてイラっとする言葉ベスト10に入りそうなものが! 何でもって言われても困るんだよ、何でもって! で、あれだろうそれで適当に作ったら『え、今日これなの? これの気分じゃないんだけれど』みたいなこと言いだすんだろう!」

 投げればあっという間に投げ返される。出雲は紗久羅に怒鳴られても動じやしない。


「実際、何でもいいよ。あんまり辛すぎるものじゃなければ。嫌いじゃないんだけれど、何故だかあんまり辛いものを食べると気分が沈むんだよねえ。……うん、それ以外なら何でもいい気がする。多分。紗久羅なら私に嫌がらせをする為にわざと不味い料理を作るということもないだろうし。そうして食材を無駄にすること、君は嫌いだろう?」


「う……」

 図星だった。たとえ嫌がらせの為でも食材をぞんざいに扱うことは紗久羅には出来ない。昔、料理下手なタレントが料理を作るという番組があったが紗久羅はあまりそれが好きではなかった。その後スタッフが全部食べました、というテロップが出るが絶対に嘘だと思う。確かに知識のない人間がわたわたしながらとんでもないことをしでかす様というのは愉快ではあるが、そんな笑いの為に食材を使われるのが何だか許せなかった。恐らくその考えは菊野が影響している。

 出雲は紗久羅の反応に満足したのか、ご満悦。あんまりその笑顔がむかつくものだから、紗久羅は彼のすねを思いっきり蹴飛ばしてやった。


 それから紗久羅は出雲と一緒に買い物をする。人の世には無い食材も多かったが、それ以上に見慣れたものの方が多い。


「お前達の家って冷蔵庫みたいなのってあったっけ?」


「一応あるよ。もっとも、君達の世界にあるもの程性能は良くないけれど。だから一度にあまり多い量を買えないんだよねえ」

 そんな風に色々話しながら食材を手に取る。色々見ている内に何となくメニューが決まっていった。それ以外にも明日以降の食事に必要なものなどを買い、それから生活用品を買い、空飛ぶ車に乗って満月館へ。

 満月館の一階にあった台所はいかにも「昔!」な感じで、当然電気を使うものなどない。ご飯だって炊飯器ではなく、釜で炊く。釜でご飯を炊いたことはあったにはあったが、それだってかまどに薪をくべて火をおこして、火吹き竹でふうふうやって……という方法ではなく、ご飯釜とガスを使ってのものだ。しかしここにはガスなどないから、火を自分でおこしてやるしかない。しかしその方法がいまいちよく分からない。


「お前、火をおこせる? というか火を起こした後も火力の調整とかが必要なんだよな?」


「私には無理、無理。やり方もよく分からないし。何せ鈴が全てやってくれているからね」


「お前鈴と会う前は本当にどうしていたんだよ!?」


「自炊は出来ないから、色々な店で出来合いを買ったり食べたりしていたんだよね。まあ、昔は今ほどしょっちゅうものを食べていたわけでもないしねえ。あ、でも薪を使わなくてもこの世界には特殊な石があるから、それを使うといい。火をつけさえすれば後は簡単のはずだからね。鈴は料理をする時はそれを使わないのだけれど」

 本当、この世界には便利なものが色々とある。感心しつつ、紗久羅はそれを使うことに決めた。それならばどうにかなりそうな気がした。


「で、ここのかまどでご飯を炊くにはその石とやらがどの程度必要なんだ? 後、火をつけた後は具体的にどうすれば。釜でご飯を炊く方法も一度確認しておかないとちょっと自信がないんだけれど」

 具体的な使い方について色々聞かなくてはいけない。しかし紗久羅は彼がそういうことに無頓着であることをすっかり忘れていた。言ってから気がついたが、もう遅い。出雲は満面の笑顔を浮かべ。


「さあ、全然知らない!」


「だろうな! 聞いたあたしが馬鹿だったよ!」

 結局寝込んでいる鈴に聞くのは悪い……ということで、一度元の世界へと帰って喫茶店『桜~SAKURA~』で働いていた弥助にその石の使い方諸々について色々聞く羽目になったのだった。 

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