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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
桜の夢と神隠し
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桜の夢と神隠し(6)

*さくらの語り

 紗久羅ちゃんと一緒に『桜~SAKURA~』に入ると、入り口近くのテーブル辺りに突っ立って、ぽかんと間抜けな顔になっている弥助さんと目が合った。私がこの店に来ることは珍しいことではないのに。何だか驚いているような、気まずそうな表情。どういうことかしら?紗久羅ちゃんと来たことが珍しいのかしら。確かに、紗久羅ちゃんと来たことは無かった様な気もするけれど、でも固まってしまう程驚くことでも。


 私の隣にいる紗久羅ちゃんは「変な顔」と呟いた。そうね、かなり変な顔だわ。


 とりあえず、座ってゆっくりお話でもしましょう。そう思って、私は自分が一番好きな席を目指して歩く。


「あら?」

 弥助さんが立っている近くのテーブルに、出雲さんが思わず見とれてしまう位綺麗な姿勢で、優雅に座っていた。見れば、私も大好きなチョコレートパフェをちまちまと食べている。言い伝えに残る化け狐さんが、チョコレートパフェという近代的で乙女チックで可愛らしい感じのデザートを食べているなんて。私はちょっとそのギャップにきゅんと来た。


 それにしても、何で弥助さんと出雲さんが一緒にいるのかしら。出雲さん、ここによく来ていたのかしら。実はこのお店の常連客で、弥助さんとも顔なじみだった……あり得ないとは言い切れないわ。けれど、弥助さんと出雲さんって気が合わない感じがする。相性が悪そうな人ほど意外と気が合うということかしら。


「何で来たんすか」

 何故、と聞かれても。何がそんなに嫌なのかしら?私がここに来ることなんて、しょっちゅうあるのに。

 私は、首を傾げる。


「何故って……紗久羅ちゃんとお話したいことがあったから、折角だからここでお茶でも飲みながらと思っただけですよ。変な弥助さん、私達がここに来ると困ったことでもあるんですか?」

 弥助さんが、視線を逸らして何事かぶつぶつ呟いている。何を言っているのかさっぱり分からない。いつもは少し大きい位の声で喋っているのに、どうしたのかしら。


 スプーンをテーブルの上に置いた出雲さんが、手を口元にやりながら、くっくっくと笑う。余程おかしいらしい。笑う姿も綺麗だけれど、何だか不安になる笑い声だ。

 ひとしきり笑った後、出雲さんがこちらを見て、にこりと笑った。他人の隠したいことを嬉々として告げ口する子供の様に。


「自分が、私と同じ妖怪であることを、君に知られたくなかったんだよ、そこの馬鹿狸は。何でもぺらぺら喋ってしまう私と一緒に居るところを見られたら、あっと言う間に色々ばらされるからね」

 そう言って、高笑い。


 え?


 今、何て言った?え、弥助さんが、え?ええ、ど、どういうこと?

 弥助さんが。


 弥助さんが……妖怪?狸?


 私の頭は真っ白になった。漂白剤を頭の中に入れられて、すっきりしっかり真っ白にされたような。

 何年も前から知り合いだった、弥助さん。ここに来る度にお話していた、一人っ子の私にとってお兄さんの様な存在だった弥助さんが。


 え、えええ!?


「や、弥助さんがようか……ふがっ」

 人生で五本の指に入る位の大きな声をあげて叫ぼうとした私の口を、弥助さんが思いっきりふさいだ。大きくてごつごつした手でふさがれると、苦しい。ものすごく苦しい。


「頼むから、大声で叫ぶのだけはやめてくれ、朝比奈さんに聞こえちまうだろうが!」

 恐らく厨房いるだろう朝比奈さんに聞こえぬよう、小さな声で叫ぶ。相当必死らしい。そうねえ、弥助さん朝比奈さんのこと大好きですものね。でも、おじいちゃんにはばれなくていいのかしら。あれ、もしかしておじいちゃん、知っていた……?

 苦しいから、うんうん頷けば、ようやく弥助さんは私を解放してくれた。ああ、空気がとても美味しいわ。チョコパフェよりも、美味しく感じる。


「ああ、そっか。さくら姉は知らなかったんだよな。あたしはこの前の祭の時に知ったけれど。化け狸らしいぜ、そいつ」

 紗久羅ちゃんは、すでに知っていたということで、少しも驚いた様子無く、弥助さんを指差した。私は、振り返っておじいちゃんを見た。おじいちゃんは、笑いながらこくこくと頷いている。やっぱりおじいちゃん、知っていたの?


 それにしても、驚いたわ。まさか、弥助さんが妖だったなんて。酷いわ、私がそういう人達に会いたいこと知っていたくせに、今まで隠し続けていたなんて。


「ああ、もうだから。ったく、何でそうぺらぺらと喋るんだ、この口軽狐!」


「ふん、私が楽しければいいんだよ、楽しければ。お前やサクが、それでどうなろうと知ったことじゃないよ」

 はっきりと、言った。本当に、いつでもどこでも堂々としているのね、出雲さんは。自分の道を、迷わず真っ直ぐ進む様は、尊敬に値する。尊敬はするけれど、真似はしたくないような気もする。


「あっしは、人間としてずっと接する予定だったのに、ああもう本当にあんた余計なことしかしないっすね、本当に!」


「お前は、余計どころか必要最低限の事もしないけれどね」


「うるせえ、この馬鹿狐! いつかこの店に来たときは、七味唐辛子入りのカフェオレを出してやる!」


「おやおや、そんなことしていいのかい? そしたら私は、お前の愛しの君に『あいつは客の飲み物に七味唐辛子を入れた』と言ってやるよ。文句はいえまい? だって本当のことなんだからね」

 弥助さんの精一杯の口撃は、出雲さんにあっさり跳ね返されてしまう。弥助さんって力持ちではあるけれど、こういう口喧嘩とかは弱いのよね。


「それにしても、驚きました。弥助さんが化け狸で、しかも出雲さんとお友達だったなんて」


「朝比奈さんにははっきり強く否定することは出来なかったけれど、さくら。あんたにははっきり言おう。誰が友達同士じゃ!」

 今度は、弥助さんの頭ぐりぐり攻撃。痛い、痛いわ、弥助さん痛いってば。弥助さん、いつもこうやって私の頭をぐりぐりしたり、ぺちぺちはたいたり、ほっぺを引っ張ったりするのよね。沢山の人に「弄られ」と言われている彼に、こんなことされてばかりの私って……うう。でも私別に「弄られ」ではないと思うのよね。よく皆には言われるのだけれど。「弄られ」とか「天然」とか「いつも頭にお花畑が咲いている」って。


「全く、うるさいねえ。もう少し静かに出来ないのかい」


「誰のせいだと思っているんだ。お前だろう、原因は……」

 のん気にチョコレートパフェを食べている出雲さんを睨みながら、紗久羅ちゃんが呟いて、ため息をついた。


「そういえば出雲さん、骨桜の空間に生身で入る方法とかは分かりましたか」

 ぐりぐりされながら、聞いてみる。出雲さんは首を横に振った。


「いいや。そうすぐに分かることでは無いよ。後で、知人の爺さんに聞きに行くつもりだ。あの爺さんに頼るのは嫌なんだけれど、仕方無い」

 その知り合いのおじいさんと会うのが、余程嫌なのか、美味しいチョコパフェを頬張っているのに顔は、不味いものを食べた時の様なものになっている。出雲さんが知らないようなことも、知っている。きっと出雲さん以上に長生きしている方なのね。


「まあ、被害者のことについては、そこの馬鹿狸に押しつけておいたから、そこの馬鹿が想像以上の馬鹿で無い限りは、多少は新しいことが分かるだろう。……最初の被害者以外は、別段どうでもいい感じではあるけれどね」


「夕菜さんと、今回の事件が何らかの形で関わっている……ということですか?」


「さあ。偶然かもしれないけれどね。彼女が数年前に見たとかいう桜の木が、仮に骨桜だったとすれば……あり得るかもね、といった感じだよ」


 出雲さんは、この世界と向こうの世界の境界が時々ぼやけ、人間があちらの世界へ行ったり、妖怪がこちらの世界へ迷い込んだりすることがある、ということを話してくれた。

 そして、迷い込んだまま帰って来られなくなることもある、と。そうして姿を消してしまうことを、人々は「神隠し」と呼ぶのだと。


「後は、皆を連れて行った骨桜がどれであるか、特定するだけだ」


「それは簡単に出来るのか?」


「それを押し付けるのに丁度いいのがいるから。彼らに血眼になって、探してもらうさ。すぐに見つけられなかったら、あいつらの目を本当に血だらけにしちゃうだけさ、あはは」


「冗談だよな、おい」

 紗久羅ちゃんはそう言うけれど。多分、冗談ではない。彼の笑顔がそう語っている。


「やた吉とやた郎って言う、私の使い魔なんだ。目を潰したくなっちゃう位可愛い奴らなんだよ」


「お前全然可愛いって思ってないだろう!?」

 どんな子達なのか分からない、やた吉さんとやた郎さんとやらのことを思うと、なんだか涙が出そうになる。きっとこき使われているのでしょうね……鈴ちゃんは割合可愛がられているみたいだけれど。

 うーん、それとも妖の方々的には、そういうのが愛情というものになるのかしら。でも、弥助さんの顔が歪んでいるところを見ると、そうでもなさそうね。


「ふふ、まあそんなことはどうでもいいんだよ。さて、私は帰るとしよう。帰りにいなり寿司を買って、ね。……真実は、もうそう遠くないうちに、分かるだろう。ふふ、私にこんな面倒くさいことをさせた骨桜にはたっぷりお礼をしなくてはね?」

 あの、人の体を氷に一瞬で変えてしまう、冷たい笑みを浮かべて、出雲さんは立ち上がる。そして、おじいちゃんにお代を払うと店を静かに出て行った。


 しばらく、季節が夏だということを忘れてしまう位、冷たい何かが漂い続けていた。


 出雲さんが去った後、私と紗久羅ちゃんは店の一番奥の窓側のテーブルについた。ここが一番お気に入りなのだ。理由は特に無いのだけれど。何となく、一番落ち着く。

 窓から見えるのは、曹達水の空と、薄荷飴の色をした雲。そして、少し離れたところに、桜山が見える。確かに外は暑いけれど、景色の色だけ見れば、とても爽やかで涼しげだ。


 出雲さんが居なくなって、少し落ち着いたらしい弥助さんは、私と紗久羅ちゃんに注文を聞いた。


「私はチョコレートパフェとアイスティーで」


「じゃああたしは、オレンジパフェとアイスカフェオレで」


「はいはい」

 落ち着いてはいるけれど、酷く疲れた様子ではある。弥助さんは、そのまま厨房へ消えていった。

 お客さんは、相変わらず私と紗久羅ちゃん以外、いない。元々そんなに多く人が来るわけではないから。だからこそ、ゆっくり落ち着いた時間を送ることが出来る。都会の喫茶店では、こうもいかないのかな、と思う。


 注文したものを待っている間、私と紗久羅ちゃんは色々お喋りしていた。


「それにしても驚いたわ、弥助さんが化け狸だったなんて。確かに、人間とは思えない、ものすごい怪力の持ち主だったけれど。大人の男の人が、何人も集まってようやく運べる様な物を一人で軽々と持ってしまうこととかもあったけれど。まさか、妖怪だったなんて……」


「何か、人間の姿でいる時間が長すぎたからだかなんだか忘れたけれど、元の姿に戻れないらしいぜ、あいつ。ものすごく大きな狸なんだって」


「ものすごく大きな狸……大きな狸。あらあら、居酒屋とかの前に置いてある信楽焼きの狸が真っ先に思い浮かんじゃったわ」

 などと言ったら、紗久羅ちゃんが飲んでいた水を噴出しそうになった。変なところに水が入ったらしく、ごほごほ咳き込んでいる。


「それ、あたしも思った……っ。ごほ、ごほ……。うう、ああ悪い」

 おしぼりで、少しだけ濡れたテーブルを急いで拭く。やっぱり思うわよね、だって大きな狸なんてそれ位しか思い浮かばないんですもの。


「だよな! でも実際どんな姿なんだろう。まじで、信楽焼きの狸みたいな姿だったら超うけるな」

 弥助さんだったら、あり得るかもしれない。そんなことを、思ってしまった私がいる。


 それにしても、本当に驚いた。自分の傍にいた人が、妖怪だったなんて。もう頭も心もまだこんがらがってしまっている。何度驚いたことを口にしても、未だ足りない。何度も何度も、同じ言葉を繰り返したくなる。


「本当に、驚いたの」


 弥助さんと初めて会ったのは、いつのことだったろう。小学生位だっただろうか。あまり細かいことは覚えていない。けれど、何となく初めて会った日のことは覚えている。


 いつもの様に、学校帰りにここへ寄った時のことだ。扉を開けると、おじいちゃんと一人の男性が楽しそうに話していた。見れば、その男の人はこの喫茶店の制服を着ている。

 背は、とても高い。丁度夏頃だったから、制服も半袖だった。だからとても太くて、がっしりとした腕がしっかり見えた。TVで見かける格闘選手みたいだなと思った。

 ぼさぼさした髪の毛は、肩くらいまで伸びていて、それを一つに束ねている。目はたれていて、とても優しそうな顔をしていた。


 男の人が私に気づいて、ゆっくり立ち上がってこちらへやって来る。そして、私の目の前で止まる。まだまだ背の低かった私を覆い隠す位、大きな人。けれど、少しも恐いとは思わなかった。


――こんにちは。お嬢ちゃん――

 お腹に響く声だったけれど、恐いものではなくて、とても優しくて暖かな声だった。

 おじいちゃんが、笑う。


 その人こそ、弥助さんだった。


――今日から、ここで働くことになった、弥助さんだよ――


 力仕事とかの方がずっと得意そうな人が、何故ここで働くことになったのだろうと思ったけれど、とても良い人の様だったから、私は何だか嬉しくなった。


――臼井さくらです。宜しくお願いします――


――ああ、宜しくっす――


 そう言って弥助さんは、私の頭を優しく撫でてくれたのだった。

 とても大きくて、温かい手だった。


 私は前以上にここへ来るのが楽しみになった。弥助さんは、色々なお話をしてくれた。頭をぐりぐりしたり、軽く叩いたり、ほっぺをつねったり引っ張ったりすることもあったけれど、私は彼のことが大好きだった。お兄さんのように、思っていた。


 そんな彼が、まさか。

 

「うう、驚いた、という感想しか出てこないわ」


「まあ、本当に驚いた時ってそんな感じだよな。何も言えないというかさ」


「ほら、注文の品、出来たっすよ」

 弥助さんが、注文した品を運んできた。私の前には、チョコレートパフェとアイスティー。紗久羅ちゃんの前にはオレンジパフェとアイスカフェオレを。そのまま去るのかと思ったら、弥助さんは私の隣にどかっと座った。私は慌てて右へ詰めた。


「何だよ、弥助。仕事はいいのか」


「とりあえず、今のところは。……あ、あっしが邪魔だったらどきますよ。女の子同士のお話に混ざるのも悪いっすから」


「あ、でも弥助さんと少しお話したいこともあるかもしれないです。あの、弥助さん……狸……だったんですね……ああ色々聞きたいのですが、また今度の機会に沢山聞くとして。ええと、出雲さんに被害者さん達のことについて調べて欲しいって言われたんですよね」


「あっし、後日延々と事情聴取されるんすか……うええ……カツ丼食べながらの持久戦になりそうっすね、あんたとそういう話をするとなると。ああ、まあ一応な。あの化け狐からしてみれば、些細なことも知らないと気が済まないんだろうよ。だったら自分で調べればいいのに」

 ソファにもたれて、足を大きく広げ、心底面倒くさそうに。それはいいのだけれど、弥助さん、あまり足を広げないで。座りにくいわ。


「私の所属している文芸部の部員さん達がそれぞれの被害者さん達と、お知り合いだったんです。……結局重要な話は聞けなかったのですが、一応少しでも参考になったら……」

 私は、弥助さんに櫛田さんや御笠君、深沢さんから聞いた話をしてみせた。


 恋人に振られたことを嘆き、彼とのツーショットの写真を握りしめながら、大泣きしふさぎこんでいたという女子高生。


 知人に紹介された仕事場の面接に受かったという男性。


 愛犬を亡くし、その犬を自宅の庭にある木の下に埋めてやったという男の子の話。


 弥助さんは、それを熱心に聞いていた。


「成る程ねえ。骨桜は、現実から逃避しようとする人間なんかも割合好むっすからねえ。恋人に振られた子に、犬を亡くした子供……辛くて、夢の世界へ逃げ出したかったのかもしれないっすね。更に、その出来事と桜が何らかの形で関わっていた、かも。仕事が決まったという人も、まあ新しい仕事に多少不安があったのかもしれないっすね。ま、詳しいことはあっしがばっちり調べるっすよ」

 ぽんと自分の胸を叩いた弥助さんは、やっぱり頼れる兄貴分といった感じだった。

 けれど、一体どうやって調べるのかしら。


 探偵や、サスペンスに出てくる主人公達の様に、聞き込みをするのかしら。上手くいけば、重要なことが聞けるかもしれないけれど、失敗すれば只の不審者だわ。サスペンスでは、殆ど面識の無い主人公相手に、都合よくぺらぺら色々なことを話しているけれど……。


「まあ、あんたらはあまり難しいこと考えずに、いつも通りでいればいいんですよ。面倒なことは、あの馬鹿に押し付ければいいっすよ。それじゃあ、あっしはこれで」

 立ち上がって、厨房へと消えていった。


 確かに、私達に出来ることは殆ど無い。出雲さんや弥助さんに頼るしかないわね。でもそれだけじゃ、何だかもやもやした気持ちは晴れないから。

 紗久羅ちゃんと色々話せば、少しは良くなるかもしれない。


 私は、ぱくりとチョコレートパフェを食べる。あっさりした味のクリームに、濃厚なチョコレートソース。チョコがかかったスティック、さくさくコーンフレーク、香り豊かなバニラアイス。私は、ここのチョコレートパフェが大好きだ。変に甘すぎないから、ぺろりと平らげられるわ。


 紗久羅ちゃんの食べているオレンジパフェは、その名の通り、オレンジ尽くしのパフェ。オレンジ果汁入りのさっぱりした味のクリーム、シロップ漬けされた瑞々しいオレンジが沢山入っていて、下のほうには鮮やかな色の、キューブ型のオレンジゼリーが沢山詰まっている。夏だけにでてくる、爽やかで甘酸っぱい味のパフェ。これまた、美味しい。


「うん、美味しい。ひんやりしていて、いいなあ。最近暑くて適わん。これからもっと暑くなるかと思うと、嫌になっちまうよなあ」


「そうねえ。私は、暑い日はここで冷たいものを食べたり、三つ葉市にある図書館に行ったりするわ」


「あたしは家の中でだらっとしているかなあ。この時期の店番は地獄だぜ。冷房も何もないところに居なくちゃならないから」


「大変ねえ。でも、紗久羅ちゃんはえらいわ。ちゃんとお手伝いしているんですもの」


 一夜は、部活とかがあるとはいえ、お手伝いとか全然していなさそうだわ。そういうの何より面倒くさがるタイプですものね。しばらく、一夜の声を聞いていない。顔も見ていない。いつも何だかんだ行って顔合わせることが多いから……何だか寂しいわね。

 今頃、彼は骨桜の木にもたれながら、眠っているのだろうか。桜の木の下で眠る姿を想像してみる。とても幻想的だけど、どこか恐ろしい。一夜達からエネルギーを奪って、咲かせる花びらの色を鮮やかにする桜……花びらの落ちる度に、木の中にいる核が笑う。くすくすと、無邪気でそれでいて艶やかな声で。


「綺麗な薔薇には棘がある。……綺麗な桜には毒がある」


「ん? ああ、骨桜のことか……。全く、結構えぐい奴だよな。そいつの木の周りは骸骨だらけなんだろう? 土の中に埋まっちゃったのもいるんだろうなあ。犬にここ掘れわんわんって言われても絶対掘りたくないな、骨桜の周りは」


「骨桜もより生き生きとする為には、養分が必要なんでしょうけれど。でも、やっぱりだからといって、一夜達を放っておくわけにはいかないわ。我侭かもしれないけれど」


「だなあ。しかし、こんなことを喋っていること位しか出来ないていうのも、何だかなあってやつだよな。まあ動きようがないし、動いても何も出来ないんだけどなあ。あんな奴らの相手なんてやっていられないよ。あたしは。……でもこれからは、ずっとああいうのと関わっていかなくちゃいけないんだよなあ」

 と、ため息。あいつらというのは、多分紗久羅ちゃんが鬼灯夜行というお祭で出会った妖達のことを言っているのだろう。


「私は、空想の世界にのみ存在していたような人達と会えると思うとわくわくする面もあるのだけれど。不思議な物語は大歓迎。でも、やっぱり、そうよねえ……うん。異界へ足を踏み入れる、ということは私達の予想以上にとんでもないことなのかもしれないわね」

 私は、アイスの部分をすくって食べた。口の中だけでなく、体中が冷たくなる。


「そうだな。うーん……夕菜って人が見たのがただの桜じゃなくって、もし骨桜だったとしたら……やっぱり今回の事件と関係あるのかな?」


「どうなのかしら? 夕菜さんがその光景を見たのは何年も前の話なのよね。でも攫われたのはつい最近。キャンバスにその時見た風景を描いている途中。攫われるのだったら、すぐに攫われてしまいそうなものだけれど……やっぱり、こちらの世界と向こうの世界がはっきり分かれているせいで、夢と自分の空間を繋げることが難しかったからなのかしら」


「難しかったのに、あたしがあっちに行ったせいで、繋げやすくなって、連れて行かれちゃったのかな」

 紗久羅ちゃんが頭を抱える。


「でも、あちらの世界へ足を踏み入れた人に、消えない匂いがついてしまうのだとしたら、当然夕菜さんにもついたのでしょう? それとも、滞在時間と異形を引き寄せる力の強さは比例するのかしら? 或いは、夕菜さんは向こうの世界へ足を踏み入れていなかったのか。本当に、ただの夢だったのか」


「ああ、分からん! 頭を使うのは苦手なんだよ、あたしは!」


「糖分をとれば、頭も冴えるかもしれないわ。ほら、目の前には糖分が沢山あるわ」


「摂っても分からん!」


 その後は、これといっていい考えも思い浮かばず、話はどんどん逸れていき、最終的には全く今回の事件とは関係ないことを話して、私達は別れた。

 美味しいデザートを食べて、少しすっきりしたけれど。やっぱりまだまだ謎は残っているわね。


 それから数日後のことだった。


 私は夢を見た。真っ白な世界に、人が立っている。長い黒髪の若い女性と、セミロングの髪の高校生位の少女、小学生位の男の子。……そして、一夜。

 皆の後ろに、誰かがいる。多分女性で、顔はよく見えない。その人はふわふわと宙に浮いていた。髪も袖も、ふわふわ広がっている。


 彼女達の方へ向って歩いている、男性の後姿が見えた。どこか見覚えのある感じ。

 「ゆうな」と呟く声が、響く。ああ、きっとあの男の人は孝一さんなんだろう、と思った。


――これで、きっともう終るわ。もう、大丈夫よね……きっと、きっと――


 宙に浮かんでいた女性が、ほっとした様な声で、そう言ったのが聞こえた。何が大丈夫なのか、さっぱり分からない。

 それだけ。


 時計がけたたましい音をあげて、鳴ったから、私の目は覚めてしまった。

 じんわり汗の浮かぶ額を拭う。さっきのは何だったのかしら。


 あまり今回の事件のことを考えすぎていたから、夢に出てきたのかしら。不思議な夢だった。皆の下へ、ううん、夕菜さんを目指して進む孝一さん……あれがもし、夢でないとしたら。

 私は嫌な予感がした。


 そして、その予感は的中することになる。昼過ぎに、弥助さんから電話があった。電話の主は弥助さんで、電話に出たお母さんに、私に代わるよう言ったらしい。

 私は何だろうと思いながら、電話に出る。


「もしもし? 弥助さん? どうか、なさったんですか」


「孝一さんが、いなくなった! 多分骨桜の仕業だ……!」

 私は、受話器を落としそうになった。弥助さんの声は、とても悔しそうだった。それならば、あの時の夢は、夢であって夢でなかったのかもしれない。


 私は、急いで紗久羅ちゃんに電話をした。紗久羅ちゃんは「えっ!」と声をあげて、今すぐ私の家まで行くと言った。

 私の家の前で合流して、二人で弥助さんの住んでいるアパートで行くことにした。


 弥助さんは、町の中心の住宅街からやや離れた場所にある、古い三階建てのアパートに住んでいる。私は何度か、遊びに行ったことがあった。

 ちなみに今日は、お店は定休日だ。


 元の色が分からない位錆びたてすりのついた階段を、急いで上がる。踏む度にみしみしと、不気味な音を立てる。何だかいずれ重みと衝撃に耐えられなくなって、壊れてしまいそう。

 弥助さんの部屋は、二階の一番奥にある。ドアの左横についている郵便受けのネームプレートには『庄司(しょうじ)弥助』と書かれている。この庄司っていう苗字は、一応無いと怪しまれるからってことで適当につけたものなのかしら。妖に苗字があるとは思えないし……。

 インターホンを鳴らすと、誰かの呻き声の様な音が鳴った。多分、壊れている。

 すぐに、ドアが開いた。弥助さんは白の半袖のTシャツに、紺のズボンというとてもシンプルな格好をしていた。


「いらっしゃい。おや、紗久羅っ子も。まあ、とりあえずあがりなさい」

 おじゃまします、と一声。玄関をあがると短い廊下がある。左側には台所、右側にはトイレとお風呂。廊下を進むと、小さな部屋。部屋は散らかっておらず、割と綺麗だ。弥助さんは、ずぼらに見えて、そういうところは意外ときっちりしている。

 部屋の真ん中には折りたたみ式のちゃぶ台がある。


「とりあえずその辺に座ってくれ」

 私と紗久羅ちゃんは、ちゃぶ台を囲むようにして座った。弥助さんも、あぐらをかいて座った。


「おい弥助、変な気を起こして、あたしらにいやらしいことするなよ」


「しないっすよ。あんたらみたいな子供なんて、誰が相手にするかってんだ」


「そうよ、紗久羅ちゃん。弥助さんがそういうことをしたいと思っているのは、朝比奈さんだけなんだから」

 と言ったら、弥助さんに思いっきり殴られた。一瞬、お花畑と川が見えた。紗久羅ちゃんが大丈夫か!と叫びながら私の肩を掴んで揺さぶった。冗談なのに……。


「全く、これだからガキ共は。エロ話に花咲かせやがってからに。……あっしは、あんたらを、エロ話をする為に呼んだ訳じゃないからな!」

 確かに、そうね。私も別にいやらしいお話をしたい訳ではない。


 話は、本題に入る。


「すっかり塞ぎこんでしまった孝一さんを心配して、友人達が彼の家に遊びに行ったそうなんすよ。そして、そのまま友人達は泊まることになった。ところが次の日の朝、孝一さんがいつになっても目を覚まさない。もしかして、これは不味いんじゃないのか? そう思った矢先に……」

 消えた、らしい。そして、彼が眠っていた場所には桜の花びらが……。

 何でもその友人の一人がこのアパートの住人だったらしく、弥助が外をふらふらしていたら、その友人が顔を真っ青にしながら歩いているのを見つけた。何事かと思って声をかけた。そして、この話を聞いたという。


 孝一さんの頭の中は、夕菜さんと、夕菜さんをさらったかもしれない桜の化け物のことでいっぱいだっただろう。ずっとそのことを考えていて。そしてそれが結果的に骨桜を引き寄せてしまったのだ。


「出雲にも後で言っておかないとな。まああいつのことだから、言っても『また増えたのかい? 面倒くさいなあ』と言って終わりだろうがな」

 そうでしょうね。出雲さんからしてみれば、恋人を思って後を追う人の気持ちなんて分からないでしょうし、どうでもいいものでしょうね。人数増えすぎ、面倒くさい、やっぱりやめる……とか言いそうな気もする。


「まあ、今まで攫われなかったことの方がおかしいって位、落ち込んでいたからなあ……」


 けれど、悪いことばかりじゃない。他に報告することがある、と弥助さんは続けた。


「一つ目は、夕菜さんやかず坊を抜かした他の人達が、骨桜に攫われるほど桜のことを考えていた訳っす」

 

「え、もう分かったんですか」

 これ位、お茶の子さいさいですよ、と言いながら弥助さんはポケットから黒い手帳を取り出した。どうやらそこにメモしてあるらしい。

 

「まあ、この前さくらが部員から聞いたっていう話自体、もう殆ど答えのようなものだったっすよ。まずは、二十四歳の男の人。彼が、今度就職することになった仕事場と言うのが……スーパー『さくら』だったんすよ」


 言われて、私と紗久羅ちゃんは「ああ」と納得の声をあげた。というのも、その店の外の水色の壁(出入り口の辺り)には、これでもか、という位沢山の、見事な桜の木の絵が描かれているからだ。おまけに、店内には一年中桜の花がついた枝のレプリカが飾られている。ポイントカードの名前は「さくらカード」だし、店長の苗字も「佐倉さん」と、桜尽くしの店なのだ。私は桜の花が好きだから、あのスーパーも、好き。


 きっと、新しい仕事場である、桜の木の絵が描かれた、ある意味一度見たら忘れられないだろうあの店のことを、ずっと考えていたのでしょうね。きっと、新しい仕事場で働く前ってとても緊張するでしょうし、そのことばかり考えてしまうでしょうから。


「はい、そして次。今度は女性高校生な。恋人と別れて、写真握りしめながらおいおい泣いていたとかいないとかの。まあ、ここら辺は喫茶店に遊びに来た、その子とたまたま同じクラスで友達だったという子達から、さりげなく聞いたんですけれど。何でも、二人は中学の時から付き合っていたとか。で、その二人の記念すべき初デートというのが、桜山だったらしいんですよ、これが」


「え、初デートの場所が、山……?」

 普通色々な店とか、遊園地とかじゃね?と首を傾げる。


「まあ、丁度桜の花が満開の季節だったらしいっすから。あの時期になると、桜山は一面中ピンクになるから、まあ頭の中ピンク色なバカップルには、丁度いい場所だったんじゃないっすかねえ」

 そこまでいうか、と紗久羅ちゃんが返す。確かに、桜山は桜が咲くと、一面中薄桃色になる。淡く、美しく幻想的な色が山を神秘的なものへ変えていく。普段は静かで厳かな空気の漂わせているのに。普段の桜山がどこか神々しい男性的なものだとすれば、その桜の季節は美しく華やかな女性的なものへと変わる。

 私は、普段の桜山も好きだけれど、あの時期の桜山も大好き。不思議な世界へ、迷い込んでしまった気がするから。


「まあ、そこで撮った初めてのツーショット写真が、彼女にとっては宝物だったようっすねえ。一番の思い出が、きっとその時のデートだったんでしょうね。けれど、結果的に二人は別れることになってしまった。……写真を見て、思い出したんでしょうねえ、その時の楽しかった思い出を。桜の木の下で笑いあった時のことを」

 まあ、これが理由だろうな、と弥助さんは付け加える。


「そして、最後に九歳の男の子っすね。亡くなった愛犬は、庭の木の下に埋められたって言っただろう? その木というのが」


「桜の木……だったんですか?」

 私の言葉に、弥助さんがゆっくり頷いた。


 いつも、一緒に庭や公園等を駆け回っていたという。きっと春は、庭の桜の花びらがふわふわ降り注ぐ場所で、大好きな犬と、笑い、手や足を思いっきり動かして、遊んでいたのだろう。

 その時のことを、思い出したのだろう。


「お母さんに、桜の木の下から、ひょっこり死んだ犬が現れて、桜の花びらが舞う庭で遊ぶ夢を見たって言っていたそうっす。きっと未だ、信じたくなかったんでしょうね、犬が死んでしまったことを。もしかしたら、また出てきて自分と遊んでくれるかもしれないって……。そう思う位、大切だったんすねえ……」

 そんな純粋な思いが、骨桜を引き寄せてしまったのだろう。


 三人共、桜を強くイメージする様な出来事がつい最近あった。一夜も、夕菜さんも、孝一さんも、同じ様に。

 弥助さんが、お茶とお煎餅を出してくれた。濃すぎず薄すぎない、飲みやすい味のお茶だった。今は暑い、ということで、冷やしたお茶だ。


「後は、夕菜さんっすね。孝一さんが居なくなる数日前、あっしは彼に会ったんすよ。彼からは連絡先を聞いていたんですよ。人が立て続けに居なくなる事件は気になってましたし、何より大分落ち込んでいた彼を放って置けなかったから」

 弥助さんは、とても優しい人で、困った人を見捨てておけないのだ。自分の都合は後回しにしてでも、困っている人や悩んでいる人を助けようとする。よく言えば優しく、悪く言えばお人よし。

 外見などもそうだけれど、内面も出雲さんとは正反対だ。


「まあ、それで会った時にこれまたさり気なく、夕菜さんについての話を聞いたんですよ。そしたら孝一さんは、一冊のノートを見せてくれた。何でも、夕菜さんは絵を描く前に、ノートに絵のイメージやそれに関係したエピソード等を書く習慣があったらしいんです。夕菜さんが居なくなった後、彼女の部屋に入れてもらった時見つけて、思わず持ってきたらしいっす」


 そこには、展覧会に出す為に描いていた、あの桜の絵に関することも書かれていた。


「あっしも読ませてもらったっす。まあ、本人に無断で……というのは、ちょっと気が引けたっすけれど」

 日記帳とかではないとはいえ、個人的に書いたものを男の人達が勝手に見て、挙句他人にその内容を喋るというのは、確かにどうだろうと思いつつも、やっぱり気になってしまう。ごめんなさい、夕菜さん。


「そこには、数年前に見た桜の木に関することなどが書かれていましたよ。……十中八九、彼女が見たというのは、あちらの世界の桜。しかも骨桜である可能性が高い」

 弥助さんは、そこに書かれていたことを、孝一さんが少しその場を離れている隙に簡単にメモしたらしい。気が引けたと言っている割にはちゃっかりしているわね……まあ、そういうところも弥助さんらしいかも、と思うわ。


 弥助さんは、そのメモを私と紗久羅ちゃんに見せてくれた。一度ささっとメモしたものを、読みやすいように書き直したらしく、とりあえずすらすらと読める程度にはなっていた。


 『思い出。山を歩いていると、突然浮遊感に襲われた。エレベーターに乗っている時の様な。気づいたら、目の前に大きくて立派な桜の木。もう桜の季節は終ったはずなのに。こんなに綺麗な桜を私は見たことが無かった。しばらく我を忘れてぼうっとその桜を見つめていた。またはっと我に返った時には、その桜の木は消えていた。きっと白昼夢だったのだろう。


 けれど、その桜を見た日の夜から、私は不思議な夢を見るようになった。あの桜の木が目の前にあって、そしてその木の前に綺麗な女の人が居た。女の人は、泣いていた。よく分からないけれど、その女の人は桜の精だったらしい。女の人は、自分が宿る木を傷つけられ、自分の体も一緒に傷つけられてしまったことを嘆いているらしかった。私は、女の人と、色々話した。女の人は、本当は自分は恐ろしい化け物で、人間や他の化け物を夢で誘っては捕まえて、その後その人の体も捕まえて、食べてしまうのだと言った。それが本当のことかなんて分からなかったけれど、私はその女の人のことを少しも怖いと思わなかった。


 そんな不思議な夢を毎日見た。少しずつ、その女の人と仲良くなった。……けれど、しばらくしてその夢は、見なくなった。思い出の風景を描くという課題が出されるまで、そのことを忘れていた。またあの人と会って話してみたい』


 本当は、もっと細かなことが書いてあったらしいが、流石にそこまでメモ出来なかったらしい。けれど、大筋はこんな感じだったと弥助さんは言う。

 不思議な夢。けれど、その夢は夢であって夢でなかった。夕菜さんは、数年前に異界へ誤って迷い込んでしまい、(恐らく)骨桜の姿を見た。そしてその夜、骨桜に導かれた。そして、骨桜の核である女性と親しくなった。けれど、夕菜さんはやがてその夢を見なくなった。他の事に夢中で、骨桜の事なんて考えている余裕がなかったからかもしれない。


 けれど、展覧会の作品を描く時にその時のことを思い出した。

 そしてその思い出を、頭の中で巡らせながら、夢中になって桜の絵を描いた。

 それが、骨桜を再び呼んでしまったのだろうか。


 数年前は、骨桜は夕菜さんをそのまま攫って食糧にすることもなく、ただ普通に語り合っていた。けれど、今回は夕菜さんを帰さなかった……何故?何故、骨桜は夕菜さん以外の人間も攫ったのかしら。


 夢で見た光景を、思い出す。


「私、今日変な夢を見たんです」

 何をいきなり言い出すんだろう?そう言いたげな表情で、弥助さんと紗久羅ちゃんが私を見る。


「真っ白な空間に、骨桜に攫われたらしき5人と、多分骨桜の核である女性の姿があったんです。そして、皆が居る所へ、孝一さんが歩いていったんです。その時、女の人が言ったんです。もうこれで終わりだ、きっともう大丈夫だって……」


「ふうむ。それがただのさくらの夢でなくて、本当のことだったとすれば……。骨桜はこれ以上、人を攫うつもりは無いってことっすか? しかし、きっともう大丈夫ってどういう意味っすかね? 大丈夫って言葉が何か引っかかるっすねえ」

 無精ひげの生えている顎を、さすりながら弥助さんが考え込む。


 もう終わり、大丈夫。

 

「全く、何を考えているんだか。あっしにはさっぱり分からないっすよ。まあ、これで大分真相には近づいてきたっぽいし、後はあの馬鹿狐が骨桜の居場所と、骨桜の持つ空間へ直接行く方法を見つければ、解決っすね」

 そして、大あくび。


 結局、骨桜の目的が分かるのは、骨桜の空間に乗り込んだ後のことになりそうね。

 ああ、皆大丈夫かしら。時間が経てば経つほど、取り返しのつかないことになっていきそうで、恐いわ。


 それから、三日後のことだった。


 また喫茶店『桜~SAKURA~』で紗久羅ちゃんとお茶を飲んでいた時のことだ。

 一日、また一日と過ぎていく毎にどんどん胸が苦しくなっていって、本にも宿題にも集中できなかった。誰かとお話して、気を紛らわせるしかなかった。そんな時だった。


 涼しげな音と共に、出雲さんが入ってきた。もやもやした心や焦る気持ちに押しつぶされそうな私や紗久羅ちゃんと違って、出雲さんはいつも通りの笑みを浮かべている。

 入り口に背中を向けている状態の紗久羅ちゃんは、出雲さんに最初気がつかなかった。出雲さんは、にやりと笑って、紗久羅ちゃんの肩に、ぽんと手を置いた。

 余程冷たい手だったのか、紗久羅ちゃんの体がぶるっと震えた。


「ぎゃ! 馬鹿狐!? 何の用だ、というか何でこんな真夏でもお前の手はそんなに冷たいんだ!」


「そんなに冷たかったかい?」


「井戸水をぶっかけられたかと思った! いや、というか氷だな、氷を肩に置かれたかと思った!」


「そうかな? そんなに冷たいかねえ……。まあ、私の美しい手が暖かいか冷たいかなんてどうでもいいんだよ。ふふ、お待たせ二人共」


 出雲さんが、微笑む。窓から優しく降り注ぐ光を受けて、怪しくぎらぎらと輝いていた。


「かず坊達を攫った骨桜の居場所が分かった。……生身で骨桜の空間へ乗り込む方法もね」

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