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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
つくりかえて あそぼう!
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つくりかえて あそぼう!(10)

 商品? 旅商人? 頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべ、口をまんまるに開けてぽけえっとしている紗久羅と奈都貴に老婆はその化け物の如き口を開き、色々と語り始めた。一方的に、つらつらと。

 曰く彼女はこちら側と向こう側を行き来し、そして世界中を歩き回る旅商人で、主に人間に対して色々な商品を売っているそうだ。そして彼女のもつ様々な商品の内の一つが、あの白星と黒星であった。彼女は二人の小人を閉じ込めた木の籠を、ある一人の人間に売ったという。そしてその人間は籠を開け、白星と黒星をここ桜町に放ってしまったのだ。

 何で売ったんだと紗久羅が怒鳴る。真っ赤でとても熱い炎の様な色に顔を染めて。一方の老婆は肩を揺らしてひっひっひと笑うだけだ。


「それはわしが旅商人だからさ。商人が物を売り買いしないでどうする? わしは自分が所持している商品の中で、その客に最もふさわしい物を売る。わしは見た者の性格や好み、願いなどをその者の姿を見ただけで知ることが出来るからねえ」


「……それじゃあ、婆さんからあの白星と黒星ってのが入れられている籠を買った人間は、こういう変てこな世界を見るのが好きな奴だったってことか?」


「それもあるし、今や文字や語りという形でしか残っていない妖達の『物語』を自分の目で直接見、肌で触れたいという願いもあるようだ。あっち関係に対する好奇心がかなり旺盛な人間のようだねえ」

 紗久羅と奈都貴がそれを聞いて真っ先に思い浮かべたのはさくらの顔である。

 

「そういえばさくら姉、以前旅商人の婆さんから箱を買ったことがあるって言っていたな……それが原因で起きた事件があったはず。ほらなっちゃん覚えているだろう、あのちょっと変な雨が何日も降り続けた時のこと」

 奈都貴が驚きの声をあげる。


「ってあれ、臼井先輩が原因だったのか! というかその商品を売った旅商人のおばあさんって……」

 もしかして、という目で老婆を見やれば彼女はにししと笑った。どうやら当たっているらしい。紗久羅と奈都貴は、よくもまあこんないかにも化け物な化け物婆さんが売るものを買うなと頭を抱えるしかない。


「だが、今回わしから商品を買ったのはその娘ではない」


「誰だよ、あんたみたいな婆さんからほいほい商品を買っちゃう、さくら姉と同レベルのお馬鹿さんは!?」


「それは教えるわけにはいかんなあ。客の個人情報はきちんと守ってやらねば」


「さくら姉が商品を買ったってことはすぐ認めたくせに……。全く、本当に誰だよ……傍迷惑な奴!」

 もし老婆が教えてくれたなら今すぐにでもそいつのところに行き、顔面を思いっきりぶん殴ってやりたいと右手の拳を握りしめる。それに比べれば奈都貴は随分と冷静だった。


「まあ今はとりあえず、あの小人達を買った人のことは置いておこう。今更その人物のことを知ったからってこの事態をどうにか出来るわけじゃないし。放っておいたら、いずれ別のトラブルを起こすかもしれないけれど……。それよりも、あの白星と黒星のことについて色々話を聞いた方が余程良い気がする」

 奈都貴の視線の先にいる老婆が、それなら話してやろうと頷いた。早速老婆はそれを話し始めようとするが、それを一度奈都貴が止める。


「でも、こんな所で堂々と話してしまっても大丈夫でしょうか? 本体達は及川達と戦っていますけれど、分身達は自由ですし……俺達に自分達に関する情報を知られまいと、色々邪魔をしてくるのでは」


「その心配は無い。今、この辺りに結界に近いものを張っているから。客との話を邪魔されたくない時などに使う」

 言われて見れば、と紗久羅は辺りを見回す。塔の上に立つ紗久羅と奈都貴、それから宙に浮かんでいる老婆の周りに温めた牛乳の上にはる膜のようなものが微かに見える気がした。

 二人がそれを確認したのをとると、老婆は改めて口を開いた。


「白星と黒星……彼等は無機物有機物に関わらず、この世界に存在するものの情報を削りとり、それを再構築したり、情報同士を混ぜたりすることの出来る者。種族名までは知らないが。あの者達は、主に自分達だけが住む広い領域の中で暮らしていたようだ。その領域内でも、自分達の力を用いて色々遊んでいたらしい。……彼等はもう一つの領域を持っていて、そこで彼等が遊ぶ為に必要な『材料』を作っていたようだね。外部から植物の種とか動物とか持ち込んで、それを育てて、一つの世界を作って、作ったそばから情報を削って、もう一方の世界に持ち込んで色々作る……時々、別の場所から失敬することもあったようでね、向こう側の世界にも奴等の被害に遭った場所というのが数多くある」

 ただ、人の世界には手を出さなかったらしい。この世界の存在すら知らなかったのだろうと老婆は言った。


「彼等は自分達の領域で暮らしていた。作って、遊んで、色々な物で自分達の世界を作り変えてね。ところが、彼等の中にその世界での暮らしに飽きた者がいた。それがあの白星と黒星さ。彼等はもっと違う世界で遊びたくなったのさ。調達した材料で、全く違う土地を作り変えてしまいたくなったんだ。別の土地へ行けば、今まで知らなかったような材料とも巡りあえるかもしれなかったし。兎にも角にも、自分達の領域を作り変えることに飽きてしまった白星と黒星は、そこから旅立ち……そして、最終的にこの世界まで来たんだ。恐らく向こう側の世界をうろうろしている時に境界を飛び越えてしまったんだろう。それが数百年前の話さ」

 その数百年前に、彼等が封印されるに至った何かが起きたのかと紗久羅達は考えた。きっと今の桜町のようにとある場所を滅茶苦茶にしてしまったのだろう――ということは容易に想像出来た。


「まあ、お前さん達も大体の想像はついているだろうがねえ。二人は各地を回って、面白そうな材料を集めた。昔のこの世界は、向こう側の世界と今程差はなかったが、それでも向こう側の世界には無いような物も色々あっただろう。嬉々として色々な材料を調達した彼等は、とある大きな城下町を訪れ……そこを今のこの町のようにしちまったのさ」

 大きな城下町に、自分達の作った様々な物を設置して彼等は遊んだらしい。

 彼等は人間達に気がつかれ、折角の遊びを邪魔されては面白くないと人間達が町の異変に気がつかないよう術をかけた。その辺りも今回と全く同じであった。その術にかかった人々は、城下町の風景が変わっても少しも気にしなかった。それも同じである。


「けれどね、人の世には強大な力を持った人間っていうのがいる。昔は今以上に霊的な力を持った人間が多かった。……ある一人の術師がいた。その術師は相当な力を持って、全国各地を回りながら妖達の引き起こす騒動を解決していたそうだ。そんな術師には、小人達の術は効かなかった。彼は色々な土地を巡る内、建物などが不自然に消えている場所を幾つも見つけた。ところがそこに住む者達は、異常に全く気がついていない。これは妖が関わっているに違いないと確信した術師はこの件について色々調べ……とうとう、白星と黒星が滅茶苦茶にしている城下町に辿り着いた」

 

「その術師って奴も相当驚いただろうな。こんな変てこな物見たらさあ」


「だろうねえ。さて、その城下町に来てみるとそこには他の術師が複数いた。彼等もまた、異変に気がついたらしい。そして、その異変の原因である白星・黒星をどうにかしようと戦っていた。しかしお前さん達も見ただろうが、奴等は強い上にものすごく素早い。そこそこの実力をもつ術者が束になってかかっても相手にならなかった」

 矢張り今柚季達が戦っている相手はかなりの強敵であるらしい。


「でも、最終的には捕まえることが出来たんですよね?」

 

「出来たからこそ、あの二人は籠に閉じ込められたのだ。城下町に辿り着いた術師は、すでに来ていた術師よりも実力があった。彼は他の術師と協力し、二人の一瞬の隙をついて籠へと閉じ込めたのだ。相当長い戦いになったようだがな。術師は籠に閉じ込めた後、まだ残っていた彼等の分身達に元に戻すよう命じた。本体が閉じ込められている以上、従わないわけにはいかない。結局彼等は自分達がやらかしたことの後始末をした。それはあっという間に終わったそうだ」


「その後、術師はどうしたんですか?」


「彼は白星と黒星の命までとろうとは思わなかった。だから、自分と懇意にしているとある妖に頼んで、彼等を向こう側の世界へ連れて行ってもらうことにした。そこまで連れて行けば、小人達は自分達が元いた領域に帰れるから。向こう側の世界へ連れて行って、籠から出せばお終いさ」

 小人達は自分達の意思でこちら側の世界へは来られないし、今回のことで大分懲りている様子だったからきっともう悪さはしまいと術師は判断したのだ。

 命まではとるまい――その優しさが数百年後ある町をとんでもないことにしてしまうことなど、その時の彼は想像もしていなかっただろう。


「けれど、あの二人は少し前まで籠に閉じ込められっぱなしだったんですよね? 何故彼等は向こう側の世界で解放されなかったんですか? そして、どうして貴方が二人の閉じ込められた籠を持っているんです」

 奈都貴が、紗久羅も同様に疑問に思っていたことを口にした。すると老婆はにんまり笑う。その笑みの不気味なこと、不気味なこと。あんまり気味が悪すぎて逆に滑稽な位である。


「その後色々あってねえ……わしが『商品』として手に入れたのさ」


「色々って何ですか、色々って」


「色々は、色々さ。兎に角、わしはあの二人の入った籠を手に入れた。そして数百年もの間、旅を共にしたのさ。今の話は彼等を見て感じ取ったこと、直接聞いたこと、彼等を閉じ込めた術師達から聞いたことなどを一つに合わせたものさ。……わしは小人達を籠から出さず、商品として旅を共にした。最初の内は彼等も『ここから出せ』と文句を言ってきたり、わしの話し相手になったりしていたが、やがて諦めていつ頃からか目を瞑って寝始めて、結局ある人間に買われ、解放されるまでずうっと寝ていた」

そりゃあ遊ぶことが何より好きだったのが、籠に閉じ込められて遊ぶことはおろか動き回ることも出来なくなったら絶望と悲しみのあまり眠りについてしまうだろう。死を選ばなかった辺り、一切の希望を捨てていたわけではないかもしれないが。


「籠から出されたことを察知し、目を覚ました彼等はそりゃあもう喜んだだろうさ。やっと自由になれたのだからね。しかも、眠りこけている間に世界は随分変わって、自分達が見たこともないようなものも沢山増えた。彼等の体内に流れている血は騒ぎ、早速行動を開始したようだねえ。三つ葉市と舞花市とやらを材料の調達場所にし、そしてここ桜町を作り変える場所と決めた。きっと今度こそは人間に捕まるまいと思っただろう……自分達を捕まえられるような者はそうはいないと思っているのだ」

 

「つまり、婆さんがあいつらを商品にしないでいればこんなことは起きなかったってことか! おい、どうしてくれるんだ! どうにかしろよ!」

 兎を食わんと襲う虎の如く紗久羅は老婆に食ってかかる。しかし、紗久羅は虎にはなれなかった。老婆に対し、彼女はあまりに小さすぎた。体のサイズは老婆の方がずっと小さかったが……。虎は老婆であり、紗久羅は兎であった。

 自分の威勢がいとも簡単に呑まれていくのを紗久羅は感じた。


「ひっひっひ。どうにかしろと言われたところで、わしは何もしやしないよ。だって関係ないもの。わしは客の望みを叶える為の物を売るだけのこと。わしは商人だからね、どうにかしろという頼みを聞いて、どうにかしようと奮闘する便利屋などではないのだ」

 紗久羅はそれからもむきい、とかうきい、とか言葉ではない言葉で抗議したが老婆はどこ吹く風。しまいに口笛を吹き始め、その余裕綽々っぷりを惜しげもなく見せつけた。

 ええいもう我慢ならん、この妖怪ばばあめ地獄へ落としてくれると老婆へ襲いかかろうとした紗久羅を懸命に止めながら、奈都貴は老婆の方を見た。老婆は彼の目を見て何を言いたいのか察したようだが、奈都貴がその言葉を実際に口にするまで笑みを浮かべながら黙っていた。

 

「大人しくしていろよ、井上。全くお前はどうしようもない奴だな。……おばあさん、とりあえず井上は無視していてください。俺、貴方にお願いがあるんです」


「ほほう、何かな?」

 何もかも分かっているという風な老婆の顔を見ながら奈都貴は口を開いた。



「全く、何という速さだ……!」

 時間が経っても自分達とは違って、少しもスピードが衰えない小人二人を前に英彦は困惑していた。狭い足場、分身達の妨害もあるから余計捕らえるのが難しい。おきあがりこぼしの頭突きを食らい、一瞬よろける。どう見てもビニール製であるのに、その頭突きの痛さといったらない。何という石頭、あの愛らしい頭の中には硬い石がわんさか入っているに違いないと小さく舌打ちする。


 おでん串の矢が、そしてそこから出ている汁が降り注ぐ。酒が飲みたくなるような匂いが漂うが、今は酒を飲んでいる場合ではない。逆さになり、駒のようにぐるぐる回っている蛇の目傘に追いかけ回されている柚季が悲鳴をあげて逃げ惑っている。巨大カキ氷機が白く小さな紙を次から次へと吐き、扇が二つ合わさって出来た蝶は鱗粉という名の胡椒を撒き散らし、空飛ぶ木二本が始めた取っ組み合いに巻きこまれ……。


 英彦はこれからどうしようかと、近くにいる蕾や榊と協力して術を繰りだしつつも考える。

 一番いいのは、無策のまま戦いを続けるよりも一旦撤退することだ。このままやり続けていても、どうにもならないような気がした。だが、一度撤退しその後またここへ来たとして、その時も果たして彼等は素直に自分達の前に現われるだろうか? と思うと少しためらってしまう。こんな変なままの町で一晩を過ごさなければいけない紗久羅達のことを考えると、矢張りさっさとこの事態をどうにかしたいと思うのだった。


 白星と黒星は動きが速く、とてもじゃないが人の目では追えない。たまにわざとらしく止まったり、動きを遅くしたりすることもあったが、こちらが何か仕掛けるとすぐ動きだす。多少速いだけなら、相手の動きを読んでそちらの方向へ放てば良いが、あんまり速すぎて予測も出来ない。


 あっちへ行き、こっちへ行きを繰り返し今は元いた場所――皿と蜘蛛の巣状に伸びた道で戦っている。戦っているというよりは、小人達に遊ばれていた。

 そんな中、大皿の上に何もせずただその場に座り込みつつこの現状を愉快そうに眺めている男が一人。いつの間にか姿を現していた出雲である。英彦は彼の姿を直接見たのは初めてだった。しかし一目見てすぐ、彼が化け狐の出雲であることを悟った。ただそこにいるだけなのに、圧倒的な存在感を放っている彼の体からは恐ろしく歪んだ力と、清水の如く澄んだ力を感じた。ただ感じただけで、全身が凍りつく。


「い、出雲さんも少しは手伝ってくださいよ! 助けてください!」

 彼の近くにいた柚季が震えた声で懇願する。しかし出雲は決して分かったとは言わなかった。それどころか、彼女をまるで見下すかのような目で見るのである。


「はん、何だって私がそんなことをしなくちゃいけないんだい。私はね、君達があの小人達にこけにされまくっている姿を見て楽しんでいるんだ。そう、今私はとても楽しいんだ。愉快で仕方が無い。そんな楽しいことをどうして自らの手で終わらせなければいけないんだい?」


「そ、それは……」


「君達人間如きの命令の為に、自分の楽しみを終わらせることなんて出来るわけがないじゃないか。まあ、この事態に飽きてきてかつ気が向いたら動いてやらないでもないがね」

 それ以降、柚季は口をつぐんでしまった。紗久羅のように暴言を吐き、手出し足出し……などという乱暴な真似は出来ない柚季だった。ましてや相手が出雲なら尚更。


「たとえ私がやる気になったとしても、あれだけ早い奴等をすぐにどうこう出来るかどうか。私だって最強ではない、それは自分自身理解しているつもりだよ。私は勝ち目が無いのに無謀にも立ち向かって怪我をするのも嫌いだ。君達とは違って、私は大変お利口さんなのさ」

 ああ、ここに紗久羅がいれば何か言ってくれたかもしれないのにと柚季がくやしがると、出雲は高笑い。それに合わせるように、白星と黒星も高笑い。全く、大変忌々しい笑い声である。


「ああもう帰りたい!」

 と叫ぶ柚季に、英彦も同意する。出来ることなら私も早く帰ってご飯を食べてお風呂に入り、それからゆっくり読書でもしたい。しかしそうするわけにはいかないのだ。

 とはいえ矢張りここで有効な手立てもないまま、悪戯に術を放ち続けていても仕方が無い。目の前にいる二人はそれ程までに脅威であった。元々英彦は捕獲や討伐は専門外である。だから彼と彼の使鬼、そして柚季の力だけではどうしようもない。


(矢張り一度撤退するしかないか……? 実力者に色々任せた方が良いかもしれない)

 そのことを美沙達に伝えようとしたまさにその時、美沙達の攻撃を素早く避け続けていた白星と黒星の動きが突然止まり、ホイッスルの音に似たえらく高い声で悲鳴をあげた。彼等がまさか悲鳴をあげるとは思わなかったら一同びっくり仰天、思わず動きも止まる。

 見上げてみれば、白星と黒星はぷるぷる震えながら抱き合っている。出雲が何かしたのかと英彦は彼の方を見る。しかし暢気にあくびをしている出雲の姿を見る限り、彼は何もしていないと思われた。


「おお、効果覿面!」

 その言葉と共にこちらへ向かって駆けてきた人物を見て柚季があっと声をあげる。


「紗久羅、それに深沢君!?」

 安全な場所まで避難していたはずの二人。紗久羅は手に竹を編んで作ったらしい籠を持っていた。その籠の中には何かがいた。

 英彦や柚季のいる所まで駆けてくると二人は軽く呼吸を整え、それから紗久羅は上空にいる白星と黒星の方へと籠を突き出した。まるでその中にいる何かを二人に見せつけるかのように。


「何でそいつを」


「何で、何で!?」

 今の今まで余裕ぶっていた二人が驚く位狼狽している。その原因は紗久羅の持っている籠の中にいる何かでほぼ間違い無さそうだ。

 二人の反応を見て紗久羅はにんまり笑い、声高々に言った。


「買ったんだよ、あんた達を何百年もの間連れまわし続けていた旅商人の婆さんから!」


「旅商人?」

 英彦は首を傾げる。話が全く見えてこない。しかしここで口を挟んで話の流れを止めるわけにはいかなかったので、そのまま黙って続きを聞くことにした。


「あのおばあさんが?」


「いつの間に!」


「お前達がぐうすか寝ていた時だよ。本当お前達相当深い眠りについていたんだなあ……天敵がすぐ近くに長い間いてもちっとも気がついていなかったなんて」


「天敵? その籠に入っているのが?」

 柚季の問いに、紗久羅の傍らにいた奈都貴が頷く。その間も白星達は抱き合ったまま動かない。逃げることさえ出来ない位怖がっているようだ。

 籠を持った手を上げ続けたまま、紗久羅は得意げに語り続ける。


「お前達にとって、こいつは唯一の天敵らしいな。時々お前達の住んでいる領域に現れるとか。お前達も食べるし、作った物や分身も食べる。しかもものすごく速いんだってなあ!」


「あのおばあさん、何でそいつを……!」

 白星の問いに紗久羅がため息をつく。


「あの婆さん、いい性格しているよ。お前達を売れば、間違いなくトラブルが起きる。そして、もしかしたらそのトラブルに誰かが気がつくかもしれない。妖と深く関わっているような人間がね。そんな人間の前に現れて、こいつはこのトラブルを起こしている奴の天敵だって言えば更なる金が……って考えたんだ。勿論相手が必ずしも信じてくれるとは限らないけれど。ま、兎に角婆さんは都合の良いことを考えて、色々な手を駆使してこいつらを手に入れたそうだ」


「それを俺達が買ったんだ。……まあそれなりの値段だったけれど、払えないレベルじゃなかったし、背に腹は変えられないし。とりあえず財布にある分だけ払って、残りは後で払うつもりだ」

 はあ、と奈都貴も嘆息。


「酷い! そんなのあんまりだ!」


「僕達を売っておいて、その一方で僕達を食べちゃう奴等を売るなんて!」

 まあ気持ちは分からんでもないがなあ、と紗久羅は若干同情気味に言った。


「結局の所、婆さんにとってあんた達はただの商品。自由になった後お前達が何をしようと、どうなろうとどうでも良かったんだ。お前達を買って、自由にして、この変てこな世界を作らせた奴ももう充分満足しただろう、貰った金分のことはもうしたはずだ、だから後はお前達が死のうが生きようがどうでもいいって。……桜町のこともどうでも良いんだ、あの婆さんにとっては。変てこなままだろうが、元に戻ろうが、どっちでも。だから婆さんは、この事態をどうにかしろといっても何もしようとしなかった」


「あの人はその人自身に、或いはその人の願いを叶えるのに最もふさわしいものを売ってくれる。だから俺はお願いしたんだ。白星と黒星、二人をどうにかしたい。それが出来る物があれば売ってくれって……そしたらすんなりこいつを出してくれたよ」

 それを聞いた白星達は酷いよう、と涙をぽろぽろ零す。出雲はそれを見てくすくす笑う。


「何百年も旅を共にした僕達を食べちゃうような物を手に入れて、しかもそれを僕達を止めようとしている人達に売るなんて! そんなことをしたら、僕達がどうなるか位分かるはずなのに!」


「旅を共にしたっていっても、お前達ずっと眠っていたんだろう? まあずっと起きていて交流を続けていたとしても、あの婆さんの気持ちは変わらなかっただろうがな。さて……お喋りはこれ位にしようか」

 紗久羅が籠にある小さな扉に手をかけると、再び二人が悲鳴をあげる。奈都貴は今にも扉を開けそうな彼女を目で牽制してから、今度は白星達の方を見た。


「白星、黒星! 取引をしよう。もしお前達がここにある物全部を元に戻して、大人しく向こう側の世界へ帰ったなら、俺達はこの籠を開けないでいてやろう。こいつらも、お前達と旅を共にすることで若干情が沸いたらしい。もしお前達が大人しく俺達の言うことを聞いたなら、お前達のことは食べないと言っている。けれどもしお前達がここから逃げる素振りを見せたり、俺達の要求を聞かないと答えたりしたら……今すぐにでも籠を開ける。そしたらこいつらは、容赦なくお前達のことを食べるだろう。お前達も、ここに入っているだけの数を相手にするのはきついんだろう?」


「あたしとしてはすぐにでもこれを開けたいんだがな。なっちゃんがそう言うから、我慢してやっているんだ。言っておくけれど、あたしはものすごく短気だぞ」

 それを聞いた二人は涙を浮かべた顔を見合わせ、目で会話をする。奈都貴や、話を聞いていた柚季達がごくりと唾を飲む。英彦も小人達が愚かな判断を下さないことを祈っていた。

 やがてまず白星が口を開いた。


「分かったよ……ここをすぐ元に戻して、向こうの世界へ帰るよ。帰ればいいんだろう」


「背に腹は変えられぬ。遊びと命を天秤にかけたら、やっぱり命の方が大事だ」


 それを聞いた時英彦はほっとした。そんな彼以上に、何時間もの間彼等に振り回され続けていた紗久羅達の方がほっとしたらしく、柚季や美沙はその場でへたりこみ、奈都貴も長い息を吐いた。ただ出雲だけが不満そうな顔をしていた。


「何だ、つまらないの。こんなにあっさり終わってしまうなんて。……まあいいか、紗久羅の面白い顔も沢山見られたし」


 出雲の言葉通り、恐ろしい位あっさりとした終わりだった。数時間にも及ぶやり取りが嘘のようだ。

 夢は泡沫、ぱっと姿を現して、かと思えばあっという間にぱんと弾けて消えていく。夢ともメルヘンとも地獄ともつかない世界は、白星と黒星がちょちょいと分身達を動かしてなにやらやっただけで消えていく。ぱん、ぱんと、泡沫の様に、屋根まで飛んだしゃぼん玉の様に。二人は逃げもせず、大人しくすっかり桜町を、そして恐らく三つ葉市や舞花市を元通りにした。地上まで戻りその様をずっと眺めていた一同はぽかんとしていた。出雲は白星と黒星が降参してすぐ帰ってしまった。笑うだけ笑い、楽しむだけ楽しんだら、さっさといなくなる。全くあいつはどうしようもない奴だと紗久羅はぶつくさ文句を言った。


 桜町は十分も経たない内に元通りになった。見慣れた風景が紗久羅達の前に広がっている。変てこなものに彩られた世界があんまり強烈すぎて、普段見ている今の光景の方がおかしく見えた。だがそんな感覚もすぐ日常の中に溶けて消えていくだろう。

 小人達はこれまた老婆から買った、中に入れたものの力を封じる籠に一度入れた。そしてその籠を仕事が終わった弥助に渡した。白星達の天敵である者達が入った籠も一緒に。彼等はウニに目玉と口をつけたような姿をしていた。彼等は、弥助が責任を持って向こう側の世界へ連れて行ってくれるようだ。


「あの婆さん、またいずれ何かやらかしそうだな。まあ何を言っても無駄だから、諦めて放っておくしかないっすが」

 全く困ったものだとぼさぼさした頭をかく。


「本当に困ったもんですなあ」


「あーあ、もっと遊びたかったのになあ。あのおばあさんが余計なことしなければ、もっと遊べたのに。でも仕方が無い。故郷に帰って、遊ぶとしよう」


「それにしてもまたこうして籠の中に入れられちゃうなんて」


「悲しきかな、悲しきかな」

 騒動を起こした張本人達はいたって暢気である。生命の危険が過ぎ去ったことを察知したからだろう。それを見ると、紗久羅は今すぐにでもこの二人の小人に天敵であるトゲトゲお化けをけしかけてやりたかったが、約束は守らなければいけないので我慢する。


「ああ……もう本当に疲れた! そういえば明日、学校なのよね……」


「でもほら、明日行けばまた土日は休みだからさ。元気出せ、な?」


「その土日まで妖達に絡まれたら……ああ、嫌、嫌、嫌!」

 絶対大丈夫だから、そんなこと考えるなとは口が裂けても言えない紗久羅と奈都貴だった。

 弥助はそれじゃあ早速と、籠を両手に持ってその場を後にした。


「今日は頑張りましたね及川さん。勿論井上さんと深沢君も。というかお二人が旅商人のおばあさんとやらからあれを買っていなければ、今なお桜町は変てこのままだったでしょうから」

 紗久羅がそれを聞いてえっへんと胸を張る。


「そうそう、あたし達のお陰なんだよねえ! あたし達を崇め奉り給え!」


「井上はただあの人に噛みつくだけで何もしなかったくせに! 何を偉そうなことを言っているんだよ」

 呆れた様子の奈都貴を見て、英彦はくすりと笑った。


「及川さんは美沙に送ってもらいましょう。さて、私も帰らなければ。今日起きた一連の出来事についてもまとめたいですし」


「ありがとうございます。それじゃあ紗久羅、深沢君また明日ね」

 柚季と英彦、それから美沙を始めとした使鬼が手を振りつつその場を後にする。そして紗久羅と奈都貴だけが残った。

 皆を見送ると、二人して深いため息をつく。体内に溜まった疲れを吐きだすように。


「ああやっと終わった……うわ、もうこんな時間だよ。ていうか外、こんなに暗かったんだな。さっきまであの変てこな物とかが光っていたから結構明るかったけれど」


「早く帰って飯食おう……その前に、あのおばあさんに残りの金払わなくちゃ」

 奈都貴の財布には先程まで入っていなかったお金が入っている。事情を聞いた英彦が代わりに支払うといい、奈都貴にお金を預けたのだ。前金の分も奈都貴と紗久羅は彼から貰った。二人共あまり気は進まなかったのだが、英彦がいいからいいからと言ったので結局受け取ったのだった。


「それにしても、あの婆さんから籠を買ったのは一体誰だったんだ? 紗久羅姉じゃないみたいだけれど」


「本当になあ。確かにそれが誰なのか気にはなるけれど……今はそのことについて調べる気力も残っていないや」

 そう言って奈都貴はあくびをする。にんまり笑って紗久羅はその大きくあいた口を塞いでやる。


「あくびをすると、幸せが逃げていくんだぞ」


「あくびじゃなくてため息だろうが!」

 疲れていながらも的確なツッコミをした奈都貴も、その場を後にした。

 紗久羅も家へと帰る。


 かくして、二人の小人が引き起こした騒動は幕を閉じたのである。

 めでたし、めでたし。

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