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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
つくりかえて あそぼう!
212/360

つくりかえて あそぼう!(8)

 その声を聞き、玄関で立ち止まっていた奈都貴達が遠慮がちに靴を脱ぎ、紗久羅の部屋を覗き込む。狭い廊下に人間製お団子があっという間に出来上がり。

 順番に体を動かし、部屋の中を見た三人は該当する部分を見るなり「あ、ああ……」とため息のような、悲鳴の様な声を漏らす。

 ベッドと机とタンス、それだけで殆どを占めている彼女の部屋。その天井、灯りのすぐ真横に人一人がくぐり抜けられそうな位の穴がぽっかりと開いていた。その穴には木製の梯子が立てかけられている。ぽっかり開いた穴に、紗久羅も口をぽっかりと開けるより他なく。他の人達もぽかん、紗久羅の「何だよこれは」という思いに同感。ぽかんとしていた紗久羅、やがてふつふつと怒りが沸いてきて、どかん。


「くっそ、あの小人共! あたしの部屋に穴を開けやがって、くそう、くそう! 一体どうするんだよこれ、こんなものが開いていたらネズミとか黒い生命体Gとか、出入りし放題じゃんか!」

 柚季と榊が他の部屋も確認する。しかし穴が開いていたり、その他の異常があったりする場所はなかった。紗久羅の部屋だけだ、いつもと変わっているのは。ただ、穴が開いていることと梯子が立てかけてあること以外の異常は見当たらない。

 この先のことを考えて怒り狂い、また一方で冷や汗をたらしている紗久羅をなだめてから、美沙は勇敢にも梯子に手をかけ上にある穴にその頭を突っこんだ。そんなことしたら埃や悪いものを吸いこむわ、恐ろしい小動物や虫と顔を合わせてしまうと青ざめる紗久羅に対し、美沙はいやに冷静である。埃等を吸って咳きこむ様子も無い。彼女が「ううん」と力んだ声をあげるのと共に、重く硬いものを動かすような音がした。その間、奈都貴は彼女の方から視線を逸らしている。美沙が履いているスカートの丈がやや短かったから、念の為。


 しばらくして、彼女は慎重に梯子へと足をかけて下りてきた。彼女は床に足をつけるなり、困ったように嘆息。


「どうやらこの穴、お店の上に建てられていた塔と繋がっているみたい」


「ええ!?」

 紗久羅と奈都貴、それから柚季が同時に声をあげる。更に美沙は自分が見たものについて話してくれた。


「穴の先に真っ暗な空間があって……ええと、どうも天井裏とは違う空間っぽいのだけれど……その空間の上にマンホールのようなものがあって、それを動かして覗いてみたら、広々とした明るい空間が広がっていたの。何か色々なものが置かれていたよ。上へ続く階段のようなものも見えた。この建物の上に建っているものなのに、明らかにここより面積が大きかった」

 小人の力は空間などといったものさえ変てこにしてしまうらしい。紗久羅達も最早その位では驚かなくなっていたが、気持ちと体はしっかり重くなる。

 もうなんでもありだな、と呆れた風に呟く奈都貴は梯子にそっと手を触れた。


「この梯子、俺達が来るのを見越してわざとここに立てかけたのかな」


「そんな気がする。私達を実力行使で追いださず、塔の中に招き入れた上で色々してくるのかもしれない」

 ぼそりと榊が呟く。塔の内部には色々置かれていたと美沙は言っていた。それらがひとりでに動きだし、塔へ侵入した五人に悪さをする可能性は大いにある。そして彼等は(まだついてきているだろう出雲も)紗久羅達がわあぎゃあ言っているさまを見て笑う。その光景を想像するのは容易。実に面白くなく、そして腹立たしい場面が脳内を巡った。目に見えない分余計むかつく。

 拳を握りしめつつ、紗久羅は天井の穴を睨む。


「行くしかないよなあ……。靴は履いていった方が良さそうだな。皆もそうした方がいいよ」


「え、でも……」

 美沙を始めとした四人は困惑気味。靴(榊の場合は草履)で上がりこんだら、部屋が汚れてしまうからだ。それを察した紗久羅はタンスからタオルを数枚取りだして、それを玄関から部屋までの道に敷いてやった。


「この上を歩けば大丈夫だよ。タオルなら洗えばいいしさ。それに今は部屋が汚れるとかなんとか言っている場合じゃないし」

 全くもってその通りである。とりあえずそれで納得した皆は靴を順番に履き、梯子を上って穴に頭を突っこんでいく。まずは美沙、それから榊、奈都貴、柚季、紗久羅。


(天井裏に頭突っこむなんて初めてだよ。もうこんな経験二度としないだろうなあ)

 美沙の言う通り、穴の開いた先には真っ暗な空間が広がっていた。そこは冷蔵庫のようにひんやりとしていた。埃っぽくもないし、変な臭いもしないから、矢張り本来の天井裏とは違う空間であるらしい。ならば本物の天井裏はどこへいってしまったのだろうか?

 頭上から、白い光が降り注いでいる。塔へと繋がる穴がそこにあった。紗久羅は足を踏み外さないよう、慎重に進んでその穴から身を乗りだした。

 上った先には、予想以上に広い空間が待ち構えていた。美沙の言う通り、井上家の面積よりも明らかに大きい。石を積みあげて造られた塔の中は冷たい空気が漂っている。夏なら大歓迎だが、今の季節は悲しいかな、冬である。


 塔の壁には等間隔でドアがつけられており、ドアとドアの間の壁には灯りが取りつけられていた。壁を切り取って出来た薄暗い空間に、階段らしきものが見える。天井は高く、赤や橙、青の灯りできらきらと輝いていた。

 塔の内部に雑に並べられているのは、招き猫や達磨、福助人形、熊にまたがり(まさかり)かつぐ金太郎像、人形浄瑠璃で用いられるような人形、鬼灯と朝顔と曼珠沙華が生っている木の植えられた鉢……など等。塔のデザイン自体は洋風であるのに、置かれているものは和風。その二つは見事なまでに融合……しておらず。結果塔の異様さが増してしまっている。


「これ、オブジェのつもりで置いているのか? だとしたらセンスねえなあ、センス」


「センスならあるよ」

 という声と共に、紗久羅の頭上に何かが落ちてきた。顔をしかめつつ床にぽてっと落ちた物を拾えばそれは扇子であった。ふざけやがって! と紗久羅はそれを力強く床へ叩きつけてやる。きゃーとかいやーという小さな声が聞こえてきた。

 紗久羅はどこにいるともしれない彼等に宣戦布告、とりあえず天井指差して、大きな声響かせて。


「おい! そうやって暢気にきゃーきゃー言っていられるのも今の内だからな! きゃーきゃーじゃなくて、お前等を絶対ぎゃーぎゃーひいひい言わせてやる! 悪は滅ぶべし、お前等の企みは絶対あたし達が粉々に砕いて墓場に埋めてやる、覚悟しやがれ!」


「いやあ」


「怖い怖い、流石人間様は恐ろしいですなあ」

 という声には微塵も恐怖を感じない。むしろ相手がいかに余裕であるかよく分かるようなものであった。そんな紗久羅と小人のやり取りは無視して、奈都貴は美沙に尋ねた。


「そういえば美沙さん、さっきあのハンバーガー店に入りましたよね? 何か分かったことはありましたか?」


「うん、あのねえ……あのお店も、店員さんも『空っぽ』って感じがした。お客さんは全員じゃなくて、一部の人だけ。あの土のキューブや、桜町に並べられた色々なものと同じように。本物に限りなく近いけれど、でも偽物というか作り物って感じ。同じ材料を使って、同じように作って、見た目も重さも性質も何もかも同じようになったけれどオリジナルと何か違うような……そんな感じ」


「一体何なんでしょうね……」

 腕を組み、床に視線を落としながら低い声で唸る。ここらにうじゃうじゃいるであろう小人達に話を聞けば、その辺りの謎も一瞬で解け、溶けた氷のようになってしまうのだろうが、生憎彼等はこちらとまともに会話しようとしてくれない。とってもお喋りな奴を見つけるか、自分達で解決する以外方法は無さそうだ。実力行使でどうにかするという手が無いでもないが、相手の方が一枚も二枚も上手であるから上手くいきそうにない。

 榊は階段を静かに指差す。ここで色々言うよりも足を動かして徹底的に調べた方がずっと良いと言いたいようだ。


 階段を上る前に、まず壁についたドアを一つずつ開け、中を覗くことにした。

 一つ一つの部屋はそこまで広くない。どこもかしこも物置といった風で、三つ葉市などからくすねてきたと思われる物や、自分達で一から作ったと思われる変てこなものまで実に様々な置物やら道具やらが所狭しと並べられていた。

 もしかしたらいきなり動きだして、自分達を襲うのではないかと皆内心びくびくしていたが、そこにあったものは動きだすこともなく。


 一階は随分平和で、この分だと二階以降も大丈夫かな……と思ったらそうでもなかった。


「うひゃあ、何じゃこれ!」

 二階は、迷路であった。二階への入り口脇に『めいろ』と書かれたプレートが掲げられていた。学校の机が天高くまで積みあげられ、それらが壁となり、机の置かれていないスペースが道となっていた。積みあげられた机の天板には金魚鉢や香水の瓶、チェスの駒、こけし、怪しげな風呂敷包みなどが置かれており、脚には蔦やら花やらが絡みついている。壁には夕闇色に染められ、雲がそこを泳いでいる。折り紙製の鳥が空を飛び、リス等の動物がそこらを駆け回ったり、天板の上に乗ってその身を休めたりしていた。

 

「綺麗なような、変てこなような、恐ろしいような……」

 天まで積み上げられた机には恐怖を感じる。普通だったらバランスを崩して倒れているだろう。今は大丈夫でも、いずれ倒れるかもしれない。そんな危うさをもっていた。もしここいらの机が崩れ、下敷きになってしまったら命はないだろう。美沙達の結界が身を守ってくれたとしても、机の塊を押しのけ、抜けだすことは相当な時間と手間と力を必要とすると思われた。


「この机が何らかの衝撃で崩れ落ちてこないことを祈るしかないな……。しかし怖いなあ、あんな高くまで積まれてやがる。大して高くまで積まれていなけりゃ、ひょいひょい飛び越えてゴール目指せたのに。これじゃどうしようもないもんなあ」


「迷路の全体像もさっぱり分からないし……進んでみるしかないか」


「迷路の様子なら、私の虫に調べさせればいい」

 榊が小さく手を上げ、あの虫達を口から出した。彼等は空を飛び、あちこちを巡って迷路の全体像や正解の道を探ろうとしたのだが。

 突如頭上に、ぽんという音と共に何かが現れた。それが巨大殺虫スプレーであったことに気がついたのは、嫌な匂いのするもくもくとした白いものが周囲に充満し、榊の虫達がばったばったと死んでいってからであった。そのスプレーはどうやら妖である虫にも効くものらしい。榊はまだ無事な虫を体内に戻した。


「まさか、あの子達を殺す程強力なものを作れるなんて……」

 今日だけでも随分な数の虫を失った榊はやや傷心しているように見える。


「ずるは駄目ってことか。ったく、腹立たしい!」


「地道に進んでいくしかないようね。ああ、もう本当嫌になるわ。新学期早々!」

 その言葉も今日一日の間に何度吐いただろうか。奈都貴も「本当、最悪だよな」とぶつくさ悪態をつく。


 机の迷路はのっけから道が二つに分かれている。二手に分かれると合流するのが大変そうなので、全員仲良く勘を頼りに道を選びながら進むしかないようだ。

 迷路は五人が想像した以上に巨大で、また複雑であった。しかも一度通った場所に、紗久羅がボールペンで印をかけば、デッキブラシが登場してそれをきゅっきゅと磨いて消し、榊が飛ばさなければ大丈夫だろうと、虫を目印用にその場に置けば、置いた傍から折り紙製の小鳥がそれを啄ばんでいく。全く忌々しいことに、そういった目印をつけることさえ彼等は許さなかった。それじゃあどの机に何が置いてあったか記録して、それを元に道を覚えようと決めれば物の配置が目まぐるしく変わっていく……。

 結果、自分達が一体どこをどういう風に進み、どの道は通ってどの道は通っていないのか段々分からなくなっていた。進んでいるのか、戻っているのか、北にいるのか南にいるのか。方向音痴でない人も、方向音痴の人も等しく迷い、方向という概念を奪われ、何もかもぐちゃぐちゃに。


 しかも、この迷路は『罠』つきであった。地面に隠されているスイッチをうっかり足で踏んでしまうと様々な仕掛けが登場して五人を襲った。

 こんにゃくの山で行く手を遮られ、奈都貴は巨大扇子でぺちんと頭をはたかれ、柚季は落ち武者に抱きしめられ、美沙は道路標識とダンスを踊る羽目になり、皆して地面から生えてきたなめこの大群に持ち上げられて強制的にどこかへ連れて行かれ、榊はでんでん太鼓の世にも恐ろしい絶叫を耳にぶちこまれてうずくまって悶絶。


「もがあ!」

 うっかり小さなスイッチを踏んでしまった紗久羅は、舞花市の公園に置かれている銅像にレモンパイを顔面に投げつけられた。しかもこのレモンパイがくそ不味く、香りはいいのにどうしてこんなに不味いのかと口の中に入ってしまったそれに七転八倒。

 また自分達がスイッチを踏んでいなくても、四人についてきてげらげら笑っているだろう出雲がスイッチを踏んでしまうことがあった。気配は消せても、実体を消すことは流石の彼にも出来ない。そしてそのとばっちりを受けてしまうのだ。いちごジャムが降り注ぎ、あられの雨あられを受け、巨大すり鉢にまるで小鳥のように捕らえられ……。


 全く、この迷路を抜けられたのは奇跡以外の何物でもなかった。三階へ続く階段に足をかける前、携帯で時間を確認した奈都貴は小さく驚きの声をあげた。

 想像以上の時間が、この塔に入ってから流れていたらしい。外は殆ど真っ暗になっているだろうと思い、そしてそんな時間になるまでの間わあぎゃあ騒いでいたという事実に、ますます体と心が重くなる。

 美沙の携帯に入ってきた、三つ葉市と舞花市を調べている使鬼の報告によれば、双方の街からは次から次へと物やら壁やらが消え、大惨事になっているという。ということは、放っておくと三つ葉市と舞花市はまっさらな状態になり、桜町には変てこなものがどんどん増え、変てこに完全に支配されてしまうということ。


 一刻も早く、無数の小人達の親玉とも言えるだろう彼等の本体を探し出さなければいけない。

 だが、彼等へと至る手がかりは殆ど見つかっていないのだった。


 三階に上がると、二階とはまた違う異様な光景が広がっていた。


「何これ……バッティングセンター?」

 柚季が呟いた通り、そこはまさしくバッティングセンターであった。点数の書かれた的数個と、大当たりと書かれた特別輝いている的が一つ。こちらに発射口を向けているのはボールを発射する装置だろうが、混沌という単語が真っ先に思い浮かぶような何ともいえない色をしていた。

 その光景を前に呆然と立ち尽くす五人の鼻をくすぐる、この場には全く似つかわしくないような匂い。出汁の――おでんの香りだ。

 見れば五人のすぐ近くに、巨大な四角形のおでん鍋が設置されておりその中でこれまた大きな大根や昆布がぐつぐつ煮えていた。夕飯を前に、その匂いを嗅いだ紗久羅の腹がぐう、と鳴く。


「何で塔の中にバッティングセンター? いや、というか何でバッティングセンターの中におでんが?」

 

「あの小人達には常識が無いのよ、いちいち気にしていたら私達死んでしまうわ」

 と腰に両手を当ててむすっとしている柚季を尻目に、美沙が鍋に丁度五本入っている木の棒に手をかけ、それを一気に引っ張る。そして、それが巨大化された串であることに気がついた。串にはこれまた巨大なこんにゃく、大根、ちくわが刺さっている。目をしばたかせ、しばしそれに見入っていた美沙が突然あることを呟いた。


「ねえ、もしかして……このおでん串をバットにして、あの機械から出てくるボールを打てってことじゃない?」


「その通りでございます」

 まさか、という紗久羅の声を遮ったのはどこからともなく現れた、着物を着たマネキン人形であった。声は機械的で、内蔵された何かに吹き込まれた言葉をただ再生しているだけという風。


「それを使って、あちらから飛んでくるものを打っていただきます。大当たりに当たれば、見事上へ行くことが出来ます。反対に言えば、そこに当たるまで先へ進めないということです。ちなみに、得点の書かれた的に当てればその分の点数が入ります。合計得点によって、ささやかな景品をお渡しします。それでは、検討を祈ります」

 それだけ言うとマネキンは狂ったように笑いだし、紗久羅達に恐怖を植えつけつつ離れていき、的のついたネットの向こう側へと消えていった。

 紗久羅はぐつぐつ煮えたぎっている鍋を指差し、顔をひきつらせ。


「おいおい、これ持って……振ってボールに当てて、大当たりを目指せってか? 馬鹿言うなよ!」


「馬鹿だから、馬鹿が言えるんでしょう。こんな見るからに熱そうなおでん串を握って振り回すなんて……ああ、眩暈がする」


「このおでん、見た目よりは熱くないよ。とりあえず汁が手にかかっても大丈夫には大丈夫……手がおでん臭くなっちゃうけれど」

 串についたこんにゃくを美沙が突く。紗久羅も柚季も気が進まなかったが、先へ進むにはこの馬鹿げたバッティングゲームに参加しなければいけないから、仕方なくおでん鍋に入っていた串を掴んで引き上げる。この塔の探索を諦め、元の道を戻るという選択肢が無いでもなかったが、あの複雑な迷路を再び無事に抜ける自信は一切無かった。だから、先へ進むしかないのだ。

 剣のように真っ直ぐ立てた串、おでんの汁がたらたらぽたぽた垂れてきて、手を濡らす。美沙の言う通りぬるま湯位の熱さであったがあまりいい気はしない。


「さっさと小人をぶちのめさなくちゃいけないのに……」


「ああ早く家に帰って、飯喰って寝たい……」

 おでん串を手に、とぼとぼと移動する。皆疲労困憊、へとへとである。先はまだ長い、それを思うとますます憂鬱になった。

 準備が整った途端、塔内に大変陽気な音楽が流れかと思えば目の前の機械が動きだし、何かを放った!

 勢いよく飛んできたもの、それは明らかに野球のボールなどではなかった。

 反射的に振った串にかすりもせず、やがてぽてんと落ちたもの。数時間前に食し、また思いっきりぶつけられたハンバーガーだ。機械が投げてきたのはボールではなく、ハンバーガーなのだ。


「またかよ! くそ、ハンバーガーをボールにしちゃいけませんと学校で習わなかったのか、こんちくしょう!」

 テリヤキチキンバーガー、チーズバーガー、テリヤキバーガーなどなどが次から次へと投げられ、その度皆して串を振る。時々当たり、前へ飛んだり得点の書かれた的に当たったりすることはあるが、肝心の大当たりには当たらない。 

 ハンバーガーは見た目も匂いも何もかも本物であるのに、本物のボールのように硬さと程よい弾力があった。おでん串も同じように、振り心地といいハンバーガーが当たった時の感触といい、まるで本物のバットであった。ボールが当たる度、かきーんという音が聞こえる。


 ぽとぽととばらばらになったハンバーガーが落ち、ケチャップや特製ソース、肉や野菜の匂いを辺りに撒き散らす。それらは飛んできている時はばらばらにならないが、勢いを失って落ちた途端に散らばる。

 投げられてくるのはハンバーガーだけでなく、チキンナゲットになることもあった。振り、ハンバーガー等が当たる度こんにゃくや大根に染みこんだ汁が溢れ、時に散り、時に手等を汚した。


「食べ物で遊んじゃいけないのよ、もう!」

 柚季はそんなことを何度も言いながら串を振る。


「もう、こんなこと……とっとと、終わらせ……る!」

 全ての力を振り絞り、紗久羅が串を振った。その串にチーズバーガーがしっかりと当たり、弓から放たれた矢の如くぴゅうんと遥か彼方まで飛んでいく。

 そして、それが大当たりの的にべちゃんと当たる。当たった途端「ぱっぱらぱっぱっぱー」という軽快と間抜けの間をいくようなメロディーと共にフライドポテトのような形に切った黄色の折り紙が降り注いで、吹雪いて。

 思わず紗久羅は両手をあげて「やったあ!」とぴょんぴょんその場で飛び跳ねる。これで先へ進めると、皆串を放って喜んだ。


 しばらくすると、先程のマネキンが誰かを抱えてやってきた。それは着物を着た小人で、少し前に言葉を交わした小人と雰囲気は似ているが違う子であることは一目見れば分かる。美沙曰く、目の前の小人もまた分身体であるようだ。

 何故マネキンはそんな小人を抱えてやって来たのか。皆意味が分からず、顔を見合わせ首傾げ。


「獲得した得点が一定数を超えましたので、ささやかな景品をお渡しします。それがこの小人ちゃんです。彼から、貴方方の知らない情報が少しだけ聞けるのです」

 小人はマネキンの腕からぴょんと飛びでると、くるくる回って綺麗に着地。

 彼はにこにこ笑いながらこちらを見上げている。


「というわけで景品であります。僕達のこと、少しだけ教えてあげる。どうせ教えたところでちっとも不利になりゃしないし。あ、基本的に質問には答えないからね。ちょっと位なら答えてあげるけれど」

 そう言うと、彼はまず青い道具箱らしきものを取りだした。その中には黄色や銀のキューブがびっちり詰まっている。彼はその内金色のキューブを掴み、ぶんとその手を振った。すると振った手にはいつの間にかツルハシが握られていた。どうやらあのキューブが変化した姿であるらしい。


「これとか使って、僕達は材料集めをする。少しずつ、少しずつ削って。削った物はぎゅっと凝縮だか圧縮だかしてサイコロ状にして、箱の中に保存するの」

 紗久羅が拾った、ある小人が落とした箱から零れたキューブもどうやらそれであるらしい。目の前にいる小人にキューブを手渡すと、そのキューブはぽんという音をたて、大きな土のブロックに姿を変えた。


「そのキューブも、この町に溢れているものも本物のようでどこか空虚な感じがするけれど、あれはどうして?」

 美沙が尋ねると小人がこくこく頷く。


「その質問には答えてあげましょう。僕達が色々な道具を使って削ったり取ったりしているのは、決してそれそのものじゃないからなの。僕達はね『情報』を削りとっているんだ」


「情報?」

 皆仲良く口を揃えて聞き返す。


「そう。そのものの重さとか、性質とか、大きさとか諸々。それを削って、圧縮して、別の場所で展開するの。そうすると、見た目とか触り心地とか性質とかまるっきり同じのものがどーんと出てくるの。けれど所詮は情報だから、本物といえるかどうかといえば、微妙。本物と同じだけれど偽物、本物だけれど空っぽ、あはは訳分からない」


「訳が分からんのはこっちだ! ったく……情報を削っただけってことは、建物の壁とかを本当に削ったわけじゃないのか」


「情報だけで充分だよ、遊ぶには。情報削ると、削った箇所は見えなくなるし、そこに触れることも出来ない。本当は触れているのだけれど、触れている感覚がしないの。その場所にこれがあるって情報も削っちゃうからね。まあ、この情報は遊ぶ時には使わないんだけれどね。後ね、削った情報に触れることでそれに関する色々なことを僕達は覚えるの」

 ハンバーガー店の店員も、店にいた客も皆情報を『削られ』そして、この桜町に店と一緒に『移された』というわけだ。移された後、店に入ってきた人は本物。だから美沙は全員ではなく一部の人だけが『空っぽ』に感じたのだと言ったのだ。また、ただの情報の塊であるにすぎないこれらの物や小人の分身達は、出雲の力をもってしても完全に消滅させることは出来ないのだ。霊的な力に、情報とかそういったものをどうこうする力は無い。

 そして、少し前に話した別の小人がクラウンメロンを知っていた理由も分かった。彼はきっと紗久羅達と出会う前、クラウンメロンの情報を削り、触れたことがあったのだ。


「その情報っていうのを、元の場所に戻せば消えたように見えているものも元通りになるのか」


「なるようになる!」


「答えになってねえっての!」

 紗久羅がものすごい剣幕で怒鳴っても、小人はけらけら笑っているだけ。

 そんな紗久羅をなだめながら美沙が小人に、優しく聞いた。


「それじゃあ、そこらにある不思議な物体達は? どこからどう見てもこの辺りの街にあるものじゃないけれど」

 それを聞いた小人がえっへんと胸を張る。その態度にまた紗久羅はいらっとしたが、我慢して大人しくしていた。


「僕達は、材料を組み合わせて全く別の物を作ることも出来るんだ。何をどんな風に組み合わせると、どんな物が出来るかは何となく分かるからあまり失敗もしない。例えば……」

 道具箱の下段に、材料のキューブを幾つか保管しているらしい。小人はそこから上半分が赤下半分が灰色のキューブを二つと、白いキューブ一つ、土っぽいキューブを二つ取りだした。それから上段にある茶色のキューブを展開させた。キューブは小さな壷に変わる。

 小人は壷に、キューブをぽいと入れた。すると紫色の煙があがり……「出来た」と一言言い、壷をひっくり返す。そこから、桃色のキューブが出てきて、それを展開させて。


 紗久羅達の目の前に現れたのは女の石膏像。しかもどういうわけか……花柄である。


「こうやって色々作るの。組み合わせは沢山の材料を集めれば集めるほど、広がっていく! 有限無い無限大!」


「おい、この石膏像……何と何と何を組み合わせて作ったんだ」


「ん? はさみと豆腐と土!」


「何ではさみと豆腐と土で石膏像が出来あがるんだよ!? というか何ゆえ花柄に!?」


「なったから、なる。ならないなら、ならない奈良の都の八重桜」

 全くもって意味が分からない。人間の常識では考えられない。美沙と榊も頭を抱えているところを見ると、向こう側の世界の住人の常識でも考えられないことであるらしい。


「動かしたい時は、ある玉を中に埋めこむ。そしたら生きているみたいに動きだすの。元々動いているものなら、何もしなくても動くけれど。色々な属性とか、性質とか付与する為の玉もある。そういったものを付与したもの同士を組み合わせることで、良い部分を引き継いだ物を作ることも出来るの」

 さて、と言って小人は道具箱を片付けだす。石膏像はキューブ状にして片付けた。


「僕はこれでお別れなのです」


「は、ちょっと早すぎだろう!」

 奈都貴が叫ぶと、柚季も「そうだ、そうだ」と彼に同意するように言った。


「だってささやかな景品だもの、全部は話さないよ。後は……僕達の本体のことを教えてあげる。本体は二人、白星と黒星だよ。二人共いつも一緒にいるの、とっても仲良しだから。二人共、今この町にいるよ。気が向いたら君達の前に姿を現すかもしれないね。それじゃあ頑張ってね、まあ幾ら頑張っても無駄の無駄、無駄で満ちたダムだけれど」

 それじゃあね、と小人はぺこりとお辞儀。待て、と紗久羅は咄嗟に手を伸ばすが間に合わず。

 彼は今の事態をどうにかする為に必要と見せかけて、恐らく全く必要ないであろう情報ばかり喋り、一人満足するとあっという間に消えていった。


「何なんだよ、畜生……腹立つ!」


「小人のくせに、小人のくせに、小人のくせにい……っ」


「落ち着け、及川。ぶつぶつ呟くな、怖いから」


「とりあえず私達も……先へ進もう? 上手くいけば、白星と黒星って子に会えるかもしれないし……」

 美沙の力ない言葉に、紗久羅達は力なく頷いた。


 先程までは無かった階段を上ると、その先は屋上であった。

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