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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
つくりかえて あそぼう!
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つくりかえて あそぼう!(7)


――僕達を捕まえようとしている人間がいるらしいねえ――


――人間だけじゃない。妖もいるよ――


――よくやるよねえ、どうせ捕まえられっこないのに。僕達はとっても速いもの――


――速い、速い。それに強い――


――何が起きても大丈夫さ。前みたいにはいかないよ――


――そうだよきっと大丈夫。もう誰も僕達を縛れやしない!――


 商店街へは、変てこなものを見かけたり、それらのせいで酷い目に遭わされたりしてえらく遠回りしつつもどうにか無事辿り着いた。

 桜町に帰ってきた時はまだ明るかったのに、今は大分暗くなってきている。

 時計を見れば、確かにもう結構いい時間だった。これ程までの時間、あのよく分からない小人達に振り回されていたのかと思うと紗久羅はうんざりした。


 過度といっても過言ではないデコレーションのせいで、最早原型を留めていない状態になっているハンバーガー店。その背後にある商店街も、明らかに先程以上に変てこなことになっている。商店街というよりはもう遊園地、或いは妖精か何かが住むメルヘンの国である。一体これを見て、誰が「ああ、商店街か」と言うだろうか。

 商店街の惨状を初めて目の当たりにした美沙は「あれまあ」と困ったように頬をかき、榊は「これはまたすごいことに」と言いたげに肩をすくめる。変てこをぎゅうっと凝縮したそこからは、濃密な変てこの香りが漂っている。吸うと頭がぐちゃぐちゃになり、どうにかなってしまいそうになる。


 店、或いは道の上に築かれた塔の数々。上空にぷかぷか浮かぶオブジェや、材料を保管しているらしい箱など。


「さっきよりも明らかに変てこ度が増しているじゃない!」


「あいつらの作成スピードが異常なまでに早いのか、それともあいつらの数が尋常では無い位多いからなのか……」


「多分その両方だと思うよ……」

 奈都貴の疑問に対しての美沙の答えは、残酷なものであった。その内の殆どは分身であるようだが、非常に厄介であるということに変わりはなく。


「ええと、こっちはハンバーガー店が塞いでいて通れないんだよね。狸の置物に阻まれる場所もあると。だから、他の道も何かで塞がれている可能性が高い。狸の置物とかは、壊して無理矢理突破することが出来ないでもないのかな……さっきの植物みたいに『力』に耐性があると困るけれど」

 まず、紗久羅達が確認していない出入り口の様子を見に行くことを榊が提案する。念の為確認することは大切だと紗久羅は思ったが、一方またあのハンバーガー攻撃を受けるのではないかと思うと憂鬱でもある。


「少し位の攻撃なら防御出来るはず。柚ちゃんも結界は張れる……んだよね?」

 柚季はその質問に対して頷いたが、かなりすっきりしない頷き方である。表情もかなり固いし、美沙の方をちゃんと見ようともしない。どうしてそんな反応を見せているのか、紗久羅は何となく理解していた。


「結界って、集中力が必要なんだっけ。あとどんなことがあっても心を激しく乱さないこと。自分だけでなく、他人も守るものとなれば尚更とか」

 出雲とお茶を飲む時、そういうことを時々彼は話すことがあった。やた吉とやた郎も、見た目には動揺しているように見えても結界を維持できなくなる程心を乱すことはないという。そういう修行をきちんとこなしているそうだ。柚季も恐らくそういう訓練を英彦に教わりながらやっているのだろうが……。

 わっと柚季はたまらず顔を覆う。


「苦手なのよ、駄目なのよ、実践になると上手くいかないのよ! 最初に比べれば大分落ち着いて対処出来るようになってきたし、術とかも結構上手く使えるようになってきたけれど! 結界とか、複雑な術とかは……結界を張ろう、術を使おうって考えさえなくなってぱにくっちゃうの!」

 この数ヶ月の間で、相当な数の妖と対峙したであろう柚季であるが未だ彼等と戦うことに慣れていないようだ。


「もういっそこの力、紗久羅にあげる! だから紗久羅がどうにかして!」

 そう言って、柚季は紗久羅の肩をぽんと叩く。勿論そんなことで力が移るわけがないのだが、紗久羅はわざと慌ててみせる。


「嫌だよ、あたしだって! ほれ、なっちゃんにパス!」

 そう言って奈都貴の腕をぺちんと叩いた。


「俺だって嫌だよ、というか今そんなおふざけしている場合じゃないだろうが!」

 ここでもし奈都貴がのっていたら、美沙と榊が止めるまでこのくだらないやり取りを続けていただろう。

 とりあえず美沙と榊がハンバーガー店へ入る。店の中を一応見ておきたいと言ったからだ。三人はもう入りたくなかったので、店の前で待つことにした。


「昨日まで、いや下手すると今日の朝までは化け狐がほぼ毎日やって来るって点以外はごく普通の商店街だったってのに……」

 ぼうっと紗久羅は桜町商店街を見つめる。最早変てこでない部分こそが変てこと呼べる状態になっている、そんな現状にただ呆然とするしかない。

 パステルカラーのメルヘン世界。ファンシーな音楽が自然と脳内再生される……が、そのファンシーさに逆に狂気を感じた。ファンシーと狂気は紙一重である。


「結局あの小人野郎共、何が目的なんだ?」


「随分愉快なことになっているね」

 首を傾げ、改めて疑問の一つを口にした紗久羅の背後から、男の声が聞こえた。その声に、その男の放つ気に紗久羅の背筋は凍りつき、心臓は悲鳴をあげて固まった。挙句その男は紗久羅に後ろからがばっと抱きついてきた! 紗久羅は抱きつかれたことに、そしてその抱きついてきた人物のあまりの冷たさに、とてもはしたない叫び声をあげた。

 彼女の近くにいた柚季と奈都貴は、その人物を見て顔をひきつらせる。


「出雲……」


「このくそ狐、離しやがれ! この変態狐!」


「変身は出来るけれど、変態ではないよ私は。あ、もしかして変態って動物が形態を変える云々って意味の方の変態ってことかな? それでは私はある意味、変態狐であるのかもしれない」


「とかなんとか言っていないで、さっさと離れろボケ! 千六百年だか生きている奴が、十六年ぽっちしか生きていないあたしに抱きつくなんて……このロリコン野郎!」

 手をばたばたさせ、顔を真っ赤にして抵抗をするものの出雲は涼しい顔をしたまま。離すつもりは毛頭ないらしい。


「歳の差をも越えた愛、素晴らしいじゃないか」


「素晴らしくねえ! 離せ、あたしは今お前なんぞに構っている暇はないんだ!」


「つまらないなあ。……よし、仕方がない。それなら君の代わりに柚季に」


「ふざけんなこのくそ狐! 柚季には指一本触れさせん、というか女だったら誰でもいいのかお前は!」

 柚季が青い顔で「ひいっ」と悲鳴をあげたのと、そう紗久羅が叫んだのはほぼ同時のことだった。出雲はその発言を聞き、何故か満足そうに微笑んだ。


「おや、妬いているのかい? あたし以外の女に手を出すなんて、酷いわ酷いわ! って」


「誰が妬くか、誰が!」

 それにしても、と出雲はまだ暴れている紗久羅から離れようとしないまま商店街の方へと目を向けた。どうやら紗久羅を無視し、話したいことを話すつもりであるらしい。


「桜山からずっとここまで歩いてきたのだけれど……まあとても愉快なことになっているじゃあないか。行く先々で随分面白いものと遭遇したよ。一般の人間達は、この変化に気づいていないようだがね。この光景が『通常』であると錯覚しているのだろうね。気づいてパニック起こしてくれた方が、大変面白いのだけれど、まあ気がついていないってのもそれはそれでおかしいね。紙で出来た二体の達磨が、紙で出来た手で鬼灯型の紙風船をついて遊んでいる横を、すうっと通っていく人間を目の当たりにしたら滑稽でね、私は思わず笑ってしまったっけ」


「お前はここらにある変てこ共に振り回されることはなかったのか? あたし達は、変てこなものに追い掛け回されたり、ちょっかいだされたりして散々だったんだが」

 どれだけ抵抗しても出雲が離れようとしないので、一度諦めて紗久羅は頭上にある彼の顔を見ながら尋ねた。肌と肌が密着していれば当然その部分は暖かくなるはず……だったが、彼の体があまりに冷たい為紗久羅は背中や肩などを襲う猛烈な冷たさに小さく震えていた。その様子を楽しそうに見ながら出雲が答える。


「まさか。この私があんなものなんかに振り回されるとでも? 私の進行の妨げになるようなものは全部粉々にしてやったよ」

 けろりとした様子で出雲が答える。


「で、ですよねえ……」

 三人同時、見事にシンクロ。笑む出雲の顔は冷たく、邪悪。


「ついでに、そこらにいる目障りな小人達も粉砕してやった。きゃあきゃあいいながら塵と化す様は見ていて非常に愉快だ」


「本当お前の神経腐っているな……」

 ただ紗久羅は呆れるしかない。そんな紗久羅を無視した出雲は「ただ」と大変面白くないという風な顔つきに。自分の思い通りにならなかった部分がどうやらあるらしい。


「完全に消したわけじゃない。ただ散らしただけだ。単純な『力』であれは消し去れない。今町に溢れている物も、小人も。あの小人達の力なら、あれらを再構築してしまうことも容易いだろう。全く忌々しいったらないね」


「それはどういう意味なんだ?」

 尋ねたのは、奈都貴だ。柚季も紗久羅も彼の言葉の意味が気になって仕方無い。丁度その時、店を調べていた美沙と榊が戻ってきた。二人は出雲に気がつくと「あっ」と声をあげたが、それ以上は何も言わなかった。彼が、柚季や紗久羅達が時々口にする『出雲』であることを悟ったからだろう。

 出雲はまずその二人を見、奈都貴や柚季を見、笑んだ。


「さあ、どういう意味だろうね。それを今から君達は調べにいくのだろう?」

 答えてくれる気は毛頭無いらしい。


「この事態をどうにかしてくれる気も無いのか?」

 紗久羅は頭上を見上げ、そこにある気味が悪い程美しい顔を睨む。


「今のところは君達に手を貸してやるつもりはないね。だって、面白いじゃあないか。桜町がこんな愉快なことになって、私は楽しくて楽しくて仕方が無いんだよ。勿論私に危害を加えようとするものは排除するけれどね。私はもう少し、この愉快な世界を堪能するつもりさ。ま、飽きたら助けてやってもよいけれど」


「本当お前って奴は薄情だ!」


「都合の良い時だけ私を利用しようとするような子に言われたくないよ」


「う……っ。こ、こうなったら弥助! 弥助に助けを求めてやる! あいつの方がずっと頼りになるからな!」


「勝手にすればいいじゃないか。どうせ頼ったところで、あの筋肉馬鹿達磨には何も出来やしないよ」


「お前、昨日と態度が百八十度変わっているぞ!?」


「毎度同じ手に引っかかると思ったら大間違いだよ」

 わあわあ怒鳴る紗久羅、涼しい顔でそれを軽く流す出雲。その姿は親子にも、友達にも、兄妹にも見えた。散々紗久羅を喚かせておいてから、ようやく彼女を解放する。


「それじゃあ、頑張ってね。私は君達の近くで、君達がわあわあやっているのを見て笑っているとするよ」

 紗久羅が「おいちょっと待て」と言い終える前に、彼は姿を消してしまった。

 一瞬の出来事。もう影も形も見えやしない。


「どうやら気配を消したみたいだねえ。ここまで綺麗に消せる人もそういないよ。私はそういうものを察知するのが割合得意だから、何となく傍にいるなあっていうのは分かるけれど。多分出雲さんだっけ? 彼、手伝う気はないけれど私達についてくるんじゃないかなあ」

 え、嘘と柚季は辺りを見回す。だが彼の気配を感じ取ることは出来なかったらしく不思議そうに首を傾げた。美沙だから出来るのだと榊が言う。榊も出雲の気配は殆ど感じ取れないようだ。


「あれだけ強烈なものをそっくり隠してしまえるなんて、すごいねえ。私も彼が近くにいるってことは何となく感じられるのだけれど、姿は全然見えない。多分あの人が直前までいたってことを知らなかったら気がつかなかったかも。……まあ、今はそんな場合じゃないよね。早速商店街へゴー!」

 左手を腰に、右手はグーにして天へと突きだして彼女は元気そうに言った。

 まず五人で紗久羅達がまだ調べていない出入り口の様子を調べる。鼻からりんごジュースを勢いよく発射させる、とある写真館から拝借したらしい象をモチーフにした像、水風船を投げつけてくるピエロの人形、両手をぐるぐる高速回転させる招き猫……。


「やっぱり壊すしかないみたいだねえ……」

 美沙は柚季をちらり。やってみてと視線が語っていた。


「でも、あの像も人形も全部この街の物ですよね? 壊しちゃったら不味いんじゃ……それとも、あれを動かしている何かを排除すればいいんですか」


「うーん……。確かに。そもそもあれらが動いている原理もよく分からないんだよねえ。小人達が単純に自分の力を注ぎこんでいるのか、それとも何か怪しげなパーツを中に埋め込んでいるか。というか、そもそも目の前にあるあれは本物じゃあないような気が」


「ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと壊せばいいじゃないか」

 次の瞬間、大きな爆発音。五人は急なことにぎょっとする。目の前にある独楽の様に高速回転する髷に着物の娘達の方から、煙がもくもく。音はそちらからしたらしい。

 哀れ、ああれえ、と言いながら回っていた娘達は粉々、バラバラ、さようなら。呆然としている五人の背後には、さっき姿を消したばかりの出雲が立っていた。彼は随分呆れている様子だ。


「あんまりちんたらしているから、さっさと壊しちゃったよ。ほら、早く入らないとまた小人達に作り直されちゃうよ。こんなところで君達がうんうん唸っているのを延々と見せられても、ちっとも楽しくない。早く中へ入って、わあぎゃあ喚いてよ」


「あたし達はお前を喜ばせる為にこんなことをしているんじゃないぞ!」


「ほら、さっさと中へ入った入った」

 紗久羅の背中を押すなり、再び出雲は姿を消した。姿は見えなくても、彼はそこにいる。紗久羅は散々罵詈雑言を出雲へ向けて放ちまくった。


「落ち着けよ紗久羅。出雲には何を言っても無駄だ。それよりさっさと中へ入ろう」

 まだわあわあ言おうとしている紗久羅の腕を奈都貴がつかみ、とっとと歩いていく。それに合わせて、紗久羅も足を動かす。この先色々なことが起きて、結果として出雲を笑わせることになるかもしれない、そう考えると腹がたったが、それを回避する為に商店街を調べることを諦めては元も子も無い。

 粉々になった娘達からなるべく視線を逸らし、商店街(だったもの)内へと入る。店と店の間にある、さして広くない道から竹のようににょきにょきと生えている幾つもの塔。パステルカラーだったり、土で出来ていたり、石で造られていたりと見た目はばらばらだ。随分高くまで伸びており、円の直径は商店街の通りと大体同じ。ただやや小さい為、一応その塔の横をすり抜けて先へ進むことが出来た。


「入ってきちゃったね。またハンバーガーぶつける? それとももっと他の何かをぶつける? おにぎりとか、スイカとか」


「ええ、とりあえず放っておこうよ。僕達が作ったものを、見せてあげるんだ」


「展示会ですな」


「展示会ですなあ」

 小人達の声が遠くから、あるいは近くから聞こえる。彼等は紗久羅達が入り込んできても慌てる様子一つ無い。それがまた紗久羅にとっては腹立たしかった。

 塔のインパクトも相当だが、それらを挟むようにして並ぶ店の数々も大変なことになっていた。


「うげえ……」

 普段の桜町商店街を五人の中で最もよく知っている紗久羅は、あんまりにあんまりな状態に絶句。

さくらさえ殆ど利用しない位品揃えの悪い小さな本屋にはレールが敷かれ、おもちゃの汽車がしゅっしゅぽっぽとその上を走り続けている。そのレールの周りには精巧に作られたジオラマの数々。様々な種類の羊羹で壁も屋根も全て覆われてしまった洋服屋、扉の前にはミニミニ噴水。ただし、そこから出ているのは水ではなくお茶である。『ご自由にお飲みください』というプレートが台座についていたが、誰も飲む気にはならなかった。美術の授業で使う、石膏製の頭部が吊るされた店、壁に様々な背景を映し続ける店、野菜製ランプでいっぱいになった八百屋……。

 そんな店で、お客さん達は当たり前のように買い物をしている。その客達はこの商店街が封鎖される前からずっとここにいたのだろうか。それとも、狸の置物などは、紗久羅達のように小人達のやっていることを邪魔しようとする者にのみ反応するのだろうか。

 塔と塔の間を器用に彼等はすり抜ける。いつもやっていることを、いつもと同じようにやっているだけというような態度が紗久羅達を震えあがらせた。


 そんなものを目の当たりにしながら辿り着いたのは弁当屋『やました』だ。

 弁当よりはむしろ惣菜の方が主力であるその店も、ご他聞にもれず変なことになっていた。二階建ての建物の上には塔らしきものが見えるし、ショーケースの中でおはじきの羽がついたビー玉が気持ち良さそうに飛んでいるし、住居部分の二階へ続く階段には毛氈が敷かれ、粘土や折り紙で作られたあまり上手とはいえない雛人形や道具が置かれているし、紗久羅が店番をする時にいる場所(つまりショーケースの奥)には道路標識の標識部分の頭(それには葉っぱの眉、そこらで拾ったらしい石の目、唐辛子の口がついていた)とおたまの手がついたポストがあった。そのポストは紗久羅達が前に立つなり「いらっしゃいませ」と言った。が、その時開閉されたのは標識についている唐辛子の口ではなく、ポストの投函口で。


 長い、本当に長い時間をかけてようやく戻れたような気がする家の変貌っぷりに、紗久羅は早くも「見なきゃ良かった」と後悔。それ程までに店はその容貌をすっかり変えてしまっていたのだ。


 紗久羅の存在に気がついた菊野が、奥にある調理場から出てきた。見たところ、調理場もおかしなことになっているようである。出てきた祖母に変わった様子は見られない。


「おや紗久羅、おかえり」

 いつもと同じ声音で、いつもと同じ怖いのか優しいのか分からない顔で紗久羅を出迎える。彼女は自分の目に映っているだろう光景に何の疑問も無いのだろうか。一見するとそんな風だが、彼女の場合気づいていてわざとすっとぼけている可能性もあった。自分の世界を守る為、彼女は基本的に見ないふり、気がつかないふりをしているのだ。

 紗久羅は菊野に、町の異変に気がついているかどうか尋ねようとしたが結局やめた。聞いたところで彼女が正直に答えるとは思えなかったからだ。


「……あたし、今日も店番出来ないや」


「まあ無理だろうねえ」

 菊野はただ一言そう言った。町の現状に気づいているゆえの言葉か、ただ単に「今から二階で友達と遊ぶんだろう」という意味で言っただけなのか、紗久羅には分からなかった。

 菊野は微笑み、紗久羅の後ろにいる柚季達に会釈するとまた奥へと消えていった。それを確認すると、五人は雛人形達を蹴飛ばし、転がしつつ階段を上って井上家へ。二階も変なことになっていないか確認する為だ。階段の両脇にある壁には桃太郎や浦島太郎、かぐや姫、青髭に七人の小人、シンデレラ等昔話のキャラクター達が大乱闘している絵が描かれている。しかもその絵は動いていた。絵の中では白熱の戦いが繰り広げられていたが、勿論紗久羅達にそんな絵をじっくり見る暇などなく。


 階段を上った先に、ドアがある。ぼろぼろの、開け閉めすると死にかけの人間の呻き声のような音を出すものだ。そのドアの周囲の壁の中でも様々な昔話のキャラクターが戦っていた。一部エリアでは負傷したものが治療を受けていたり、お茶を飲みつつまったりやったりしている。

 恐る恐るドアを開ける。家の中も滅茶苦茶になっていたら泣いてやる、と思いながら。ドアをすっかり開けて中へ入る。これほどまでにびくびくしながら家へ入ったのは初めてであったかもしれない。明かりをつけ、中を見渡す。ぱっと見、変になっている部分は無かった。そのことに紗久羅はほっと一息。


「見たところおかしな部分は無さそうだけれど……念の為、部屋の中も見てみた方が良いかもな」

 という奈都貴の助言を受け、靴を脱いだ紗久羅はまず自分の部屋の前に立ち止まった。それからゆっくりとドアノブに手をかけ、ドアを開けて部屋の様子を見……直後絶叫した。


「何じゃこりゃあ!?」

 その声を聞いた柚季が靴を脱ぎ、紗久羅の部屋を覗き込む。そして彼女もまた「きゃあ!」と甲高い悲鳴をあげた。奈都貴が不安げな顔で紗久羅にどうしたのか、と尋ねる。聞かれた紗久羅は彼の方を見た。


「開いている……」


「開いている? 何が?」


「天井に……あたしの部屋の天井に穴が開いてやがる!」 

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