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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
つくりかえて あそぼう!
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つくりかえて あそぼう!(3)

 桜町商店街の姿が近づくにつれ、紗久羅達の足取りはどんどん重くなっていった。遠目からでも、商店街がとんでもないことになっているのが見てとれたからだ。そこに近づいて色々見て回ることを考えただけで気持ちがどんよりとする。重い気持ちのおもりが足を重くし、三人して牛やかたつむりと互角に渡り合ってしまうレベルの歩みになっているが、本人達はそのことに気がついていない。


 四方八方、十六方位、三百六十度桜町は変てこだ。変てこでないところの方が、今となっては変てこである。変てこに支配された以上、変てここそがこの町の『通常』であり、変てこでない部分は『異常』になる。通常と異常の概念など、桜町における『こちら』と『あちら』の境界位曖昧で、些細なことですぐに変わってしまうのだ。

 変てこな『通常』を『異常』だと思う紗久羅達がおかしいのか、それとも『通常』になった変てこな世界に『異常』を感じない他の人達の方がおかしいのか。


「……一体犯人達はいつからこんなことをし始めたんだ? これだけの物を造るにはそれなりの時間がかかるような気がするんだけれど」


「昨日までは特に変だな、何かおかしいなって感じは全くしなかった。行動し始めたのは今日なんじゃないかしら?」


「俺達が今日までは、他の皆と同じように異変を感じ取っていなかったのかもしれない。それが変てこ具合が進行したことで、今日になってようやく気がついたのかも」


「妖達なら、ほんのわずかな時間でも色々出来そうだから……よく分からないわね。ものすごく前からってことはないと思うのだけれど」


 三人の目の前にボールが置かれている。その数十メートル先にはフランス人形と市松人形がずらり。夜、間近で見たら小さな子供は泣きだすに違い無い、と太鼓判を押したくなるほど気味が悪い。


「……このボールで倒してくださいってことかな、あれ」

 ボールがあって、更にその前にはどうぞ倒してくださいと言わんばかりに並べられた人形。紗久羅は目の前にあるボールを蹴飛ばしたくなる衝動に駆られ、ボールを足でぐりぐりと弄る。


「やめておけよ、何が起きるか分かったもんじゃないぞ」


「そうよそうよ! 何かものすごく嫌な予感がするわ」


「だよなあ……絶対ろくでもないことが起きるよなあ」

 蹴りたいのは山々だったが、とんでもないことが起きたら大変である。自分だけでなく、柚季や奈都貴にまで迷惑がかかるし。紗久羅は蹴るのをやめ、その場から離れようと。


 しかし、そうは問屋がおろさない。「蹴ってくれなければつまらないじゃないか」という声と共に突如さっと現れた黒い影、紗久羅とボールの間に入り込み、ちょこんとボールに触れたならぼおう! とすっ飛び転がり、人形向かって一直線。ボールはぼおんと当たって、人形がごろごろどおん!

 三人が呆然とする中、ボールが当たった人形は空を飾る花火の如く弾け飛び、皆して手がもげ頭がもげ、ごとっぼとっという不吉な音をたてて地面へ落ちていく。そんなばらばらになる程の勢いで当たったようには見えなかったのだが。


 あっという間にそこは、人形バラバラ殺人事件の現場となった。気のせいか、そこからは黒々としたオーラが放たれているような気がした。

 顔をひきつらせ、絶句したまま立ち尽くす三人。しばしの沈黙の後、ばらばらになった人形がある辺りからすすり泣く声が。またこの泣き方が上手いこと人の恐怖を煽るのだ。そのすすり泣きに「怖いよう」「痛いよう」「酷いよう」という声が混じって、もうそれはそれは酷いことに。


「おい、あの人形喋っている……よなあ」


「に、人形が喋るわけないじゃない! き、気のせいよ! う、うう……」


「何かすげえ恨めしそうな目でこっちを見ているんだけれど!? あたしじゃねえ、あたしは何もしてないぞ!」

 ボールで人形をばらばらにした黒い影はもう見えない。ボールを吹っ飛ばすなりどこぞへと消えてしまったのだ。その影に向けられるはずの悲しみと恨みは、ぼさっと突っ立っていた三人に向けられることとなり。

 彼女達の発する異様なオーラに気圧され、動くこともままならず。ああ、そして。


「酷い、酷い」


「同じ目に遭わせてやるう」


「追いかけろ、追いかけろ!」


 などと口々に言い出したかと思ったら、某油虫の如きスピードで手が、足が、頭が、胴が一斉に動き出し紗久羅達へと向かってきた。

 三人は恥も外聞も捨て、間抜けな顔してぎゃあああと絶叫。手振り足振り、仲良く逃げ出す。かさかさと音をたて、追う人形。今振り返れば、きっと夢に見そうな素晴らしく酷い光景が広がっていることだろう。


 三人の最早言葉とも呼べない言葉、恨みのこもった人形達の声、かさかさという音に混じり、誰かの笑い声が聞こえる。

 結局三人は人形達の声が聞こえなくなるまで走って、走って、走りまくった。

 ようやく止まった頃には桜町商店街は視界から消え去っていた。全速力で、しかもぎゃあぎゃあ言いながら走ったものだから息が苦しくて仕方無い。前かがみになり、膝に手をやりながら呼吸を整える。


「ああ、怖かった……あれは本気で怖い」


「もう本当にいい加減にしてよ、何なのよう……ああ、しばらくまともに人形を見られないかも」


「でもまあ、もう追いかけてこないみたいだし。戻らないと」

 紗久羅がそう言うと、柚季が露骨に顔をしかめる。


「戻るの!? 戻ったらまたばらばらになったあの人形達に追いかけまわされるかもしれないわよ!」


「案外元通りになっているかもしれないよ。ほら、TVゲームとかでさ一度画面外へ出た所に戻ると、倒した敵が復活しているとか、無くなっていたものが元通りになるとかあるじゃん?」


「ここはゲームの世界じゃ無いだろうが」

 手を振りながら暢気に言う紗久羅に対しての奈都貴のツッコミはもっともである。柚季は別に無理して桜町商店街へ戻る必要は無いのではと言う。あんなものに追いかけられたら戻りたくなくなるのも無理からぬ話であろう。


「でも一応自分の家とかどうなっているか気になるしさ。まあ多分無事じゃないだろうけれどな。他の所に負けず劣らず、あそこも悲惨なことになっていたからなあ! ぱっと見ただけで分かる位にさ」

 確かに、見るからに酷いことになっていたなと奈都貴は頷く。

 結局自分の家がどうなっているのか、祖母の菊野達がどうしているのかなど色々気になるという紗久羅の意見を二人は受け入れ、桜町商店街へと戻ることにした。人形がまた追いかけてきた時は諦めるということにして。


 おっかなびっくりしながら戻ってみると、あの人形達はすっかり元通りになっており、元の場所に立っていた。ボールも先程と同じ場所にある。人形は紗久羅達が近づいてきてもぴくりとも動かなかった。そしてあの黒い影が再び現れてボールを吹っ飛ばすということもなく。ほっと一安心。だが万が一ということもあるので、三人はその人形が置かれている辺りからなるべく距離を置いて歩き、前へと進む。


 人形にばかり目を向けていた三人は、桜町商店街の出入り口にある変化が起きていることにしばらくの間気がつかなかった。ようやく人形から目を離し、そちらへ視線を移したところで皆仲良くその場で立ち止まる。


 桜町商店街の出入り口が、ある建物で塞がれていた。それは先程までは無かったように思われた。しかもその建物には三人、見覚えがあった。

 

「ねえ、まさかあれって……」


「あれ、だよなあ」


「紛うことなきあれだよな」

 三人の視線の先にあったその建物は、ハンバーガー店。あらゆる所にある、恐らく世界で最も有名なファストフード店である。本来桜町には無いはずのそれは今、紗久羅達の行く手を阻むバリケードとして存在していた。

 どう見たっておかしい場所にあるその店に、ごく当たり前のように出入りする人達に三人は呆然。


「本当に皆、変なことになっているってことに気がついていないんだな」


「下手すると、違和感を覚えることすらないのかも。途中で気がついたあたし達の方が異常なんだろうな……しかし本当すごい光景だよな……商店街の出入り口をハンガーガー店が塞いでいるなんて」

 中で働いている人達は、外に広がる景色がいつの間にか変わっていることにも気がついていないのだろう。近くまで行ってみると、店員達がいつも通り接客している姿が目に飛びこぶ。異変に気がついているのなら、そんな真似は決して出来まい。

 ところでその店のレイアウトや全体的な雰囲気にはどこか見覚えがあった。柚季もそう思ったらしく、紗久羅の肩をつんつん突く。


「ねえ、紗久羅。もしかしてこの店って」


「あ、やっぱり柚季もそう思った? これさ……あたし達がさっき飯を食った店だよな? 中に居る店員の顔にも見覚えがある気がする。扉越しだからはっきりとは分からないけれど」

 本来あった場所から忽然と姿を消した店が、どういうわけか今こうしてお隣の桜町に丸ごと移動している。普通なら「ありえない!」と叫ぶところだが、現状そんな言葉などとてもじゃないが吐けなくなっている。

 とりあえず確認する為入ってみると「いらっしゃいませ!」という威勢の良い声。紗久羅達に向かって満面の笑みを浮かべている店員には矢張り見覚えがあった。紗久羅と柚季は片手で顔を覆って嘆く。


「……やっぱりそうなのか?」


「間違いない。さっきあたし達あの人に接客されたんだ」

 小声で問う奈都貴に、紗久羅も小声で返す。目の前の店員は笑顔をこちらへ向けたままだ。紗久羅達が変な顔をして何を話しているか、目の前に居る女性店員は想像だにしていないだろう。会話を聞いたってさっぱり意味が分からないに違いない。


「ご注文お決まりでしたら、どうぞ」

 爽やかな女性店員の声。


(さっき食ったばかりだし、食い物を注文する気は無いが……色々と注文をつけたい!)

 外を見よ、今この店がどこにあるか認識しろ、そして元々この店はどこにあったか思い出せ、現状を把握しろ、にっこりゼロ円スマイル向けている場合じゃないぞ! 気づけ、色々と! 

 店の位置からしてすでにおかしいが、店内もなかなかどうして変てこなことになっていた。そこら中によく分からない謎のオブジェが置いてあるのだ。ファンシーな雰囲気のものもあったが、殆どががりがりと少しずつ人の精神を削るようなものであった。


 窓に面したテーブルで、女子高生二人がハンバーガーをもぐもぐ食べながら喋っている。その傍らにはグロテスクな色をしている上に、気色の悪い物体があちこちについている巨大なサザエらしきものを被った、見ようによっては犬に見える何かのオブジェ。彼女達の目に映っていないはずは無いのだが、二人共何事も無いかのように楽しそうにしていた。天井にぴったりくっついている、人と蜘蛛を合体させたかのような気持ちの悪いものを見て顔をひきつらせてから、今度は三人が注文しに来るのを待ちつつ色々作業をしている女性店員に目を向けた。柚季と目があった彼女は再び笑顔を浮かべる。そんな彼女のすぐ近くにあるレジには、モンスター化したかたつむりのようなものがべたべたくっついている。


「こんな気持ちの悪いものがいっぱいある中でよく笑っていられるわね……」

 本来は人に好意的な印象を与えるはずの笑みに、狂気さえ感じる。笑顔というのは時に人の心を温め、時に人の肝を冷やす。また、変てこオブジェがあちこちにある店で平気な顔をしながら物を食べている客達にも狂気を感じた。

 奈都貴は店内の様子にうんざりしたような表情を浮かべる。


「こんな所で飯食っていたら頭がどうにかなっちまう。とりあえず出よう、ここに居ても仕方無いし。……ここはこの店が塞いでいるから通れそうにないな」


「この店裏口とか無いのかなあ。上手いことレジの向こうに侵入して、そこから裏口に……なっちゃん、試してきてよ」


「嫌だよ! 幾らあの人達が異常に気がついていないといっても、侵入されそうになったら流石に止めるだろう! というか別に商店街へ続く道はここだけじゃないだろう!?」

 紗久羅は「冗談だよ」と言いつついしし、と笑う。そんな彼女の憎たらしい頬を、とうとう我慢できず奈都貴は軽く引っ張ってやった。


「緊張感というものをもて、お前は!」


「きゃあ、さわらないでよなっちゃんの変態、エッチ!」


「誰が変態だ、誰が! 俺はいたって普通、いたって健全だっての!」


「エッチってところは否定しないんだな!」


「そっちも否定してやる! というか大声でそんな言葉叫ぶなって!」


「もう二人共、店内でいちゃつかないでよ! 恥ずかしいじゃないの!」

 いちゃついているように見えないでもない二人以上に声を張り上げる柚季の顔は真っ赤である。店内にいる人達の視線は紗久羅と奈都貴に集中していた。

 我に返った奈都貴が手を離すと、紗久羅も少しだけ大人しくなり三人して逃げるようにしてその店を後にした。


 万国旗諸々がそこら中に張り巡らされている商店街を奥におくハンバーガー店を出た三人は、一旦その場から離れる。商店街への道は何もここだけではない。ハンバーガー店が塞ぐ出入り口から大きな道が伸び、その両脇に店が並んでいる。その先には当然もう一つ出入り口がある。商店街への道はそれだけではない。その主な道の中間地点辺りを貫くようにして伸びる細い道もある。

 その道から商店街に入ることに決めた三人は、矢張り妙に重い足取りでそこを目指す。大した距離ではないのに、えらく時間がかかる。ちらちらと商店街の方へ目を向けてはため息をつき、向けてはつきの繰り返し。時に足を止めることさえあった。


 幾つかの店の上には塔が築かれ(どれもまだ完成していないようだった)、中には砲台らしきものがくっついているものもあり、非常にぶっそうである。塔の見た目はそれぞれで、飾り気がないものもあれば、お菓子をモチーフにしたかのようなカラフルでファンシーなものもあった。店の上ではなく、店に挟まれた通りの上にも築いているらしく、にゅうっと地面から生えた建物がいくつか見える。

 無数の達磨や金魚鉢、壷などでびっちり覆われてしまった店もあったし、民家が丸々一個乗っかっている店もあった。商店街の上空には謎の物体、植木鉢、置物、それからパステルカラーで着色された箱などが浮かんでいる。奈都貴が別の場所で見た、間抜けな顔をした箱型の動物の姿もある。


 時々塔等に何者かの姿が見える。しかし矢張りはっきりとした姿は見えないし、見えたと思ったらすぐ消えてしまう。


「こりゃ『やました』も無事じゃないだろうなあ……ばあちゃん達はこの異変に気がついているのか? まあ、ばあちゃんと母さんの場合気づいていたとしても、そ知らぬ顔で商売続けているだろうが」

 あの二人の精神力がえらく強いことを紗久羅は充分すぎるほど理解していた。

 彼女達には怖いものなど何一つ無いのではないかとさえ思う位だ。この異常に気がついていても、平気な顔をしてコロッケを揚げたりおにぎりを握っていたりするかもしれない。いや、しているに違いないと紗久羅は確信していた。


「ばあちゃん達心臓に毛が生えているからなあ」


「その血をお前も受け継いだってことか」


「え、あたしはそんな毛なんて生えてないよ。心も体もか弱い女の子だもん!」


「及川、やっぱりあそこらへんの建物から変な気配とか感じる?」

 見事にスルー。柚季も紗久羅の発言にはとくにツッコミを入れず、奈都貴の質問に答える。


「感じるよ……もう、そこら中から。そりゃそうよね、どこもかしこも変てこなんですもの。全く、何だってこんなことをしているのかしら! あいつらの考えていることって全然分からない、というか分かりたくない! 何? 悪戯なの? 悪戯して人間様達をパニックに陥らせようっての!?」


「でもあたし達一部の人間以外はこの異変に気がついていないんだろう? これって多分これをやっている犯人の仕業だろう? びっくりさせたいってなら、わざわざ異変に気がつかせないようにするか?」

 

「まだ『完成』していないからじゃないか? 納得できるところまでいったら術だか何だかを解いて皆に気がつかせるって算段かもしれない」


「これで完成じゃないって……なんて恐ろしい!」

 などと言っている間に、商店街本通りを横に貫く道が見えた。その細い道を進めば、店に挟まれた道に入ることが出来る。

 ところが、この道もまたあるもので塞がれていた。


「狸!」

 三人綺麗に声を揃えて叫ぶ。店と店の間を塞ぐようにして置かれていたのは、居酒屋の前などでよく見かける巨大狸の置物であった。ぷくぷくした体、くりくりした瞳、でかでかとしたあれをお持ちの置物は大変可愛らしい(見ようによっては大変憎たらしい)。そんな彼等が、三つ。

 しかし、びっしりと並べられているわけではなく、隙間を縫って中に入ることは十分可能であった。


「通れないことはなさそうだけれど……なんか嫌な予感がする」


「俺も。近づいた途端動き出しそうだ」


「動き出す前に入っちまえばどうにかなるかもしれない。なに、あんな狸の置物がちょっと動いたってどうってことはないさ」

 甘っちょろい考えを持つ女が約一名。紗久羅はとりあえず行ってみると言いだし、二人が止めるのも聞かず狸の置物めがけて全速力で駆け出した。


 狸は紗久羅が目前に近づくまで微動だにせず。ところが。


「のわあ!?」

 紗久羅は急ブレーキ、その場に立ち止まって素っ頓狂な声をあげた。そんな声をあげたくもなるだろう。

 可愛らしくも憎たらしく、憎たらしくも可愛らしいぷくぷく狸達が突然ぷうぷう膨らんだのだから。その体は風船の如し、ふぐの如し、ふてくされた子供の頬の如し。異変をすぐに察知し止ったから良かったものの、もしそのまま突っ込んでいたらものすごい勢いで膨らんだ体にぽおんと吹っ飛ばされていたことだろう。


「何で狸の置物が膨らむんだよ!? 何だ、この置物は餅か、餅で出来ているってのか!?」

 ぷくぷく膨らみ、完全に道を塞いだ狸を前に紗久羅は絶叫する。それでもまだ中へ入ることを諦めない紗久羅はそのぷくぷく膨らんだ体と体の間に手を差込み、無理矢理こじ開けて自分が通れるスペースを確保しようとしたが、どれだけ力を込めてもびくともしない。彼らの体は弾力がありそうでなかった。

 しばらく格闘した末、結局諦めた紗久羅は顔を引きつらせている二人のいる所まで戻る。するとぷくぷくぷうぷうな狸の体はしゅわしゅわとしぼんでいき、あっという間に元通り。


「何なんだよ、あれ! くそ!」


「お前もよく突っこんでいくな……猪かっての。しかし、あれじゃあ中に入れそうに無いな。この様子だと、他の道も何で塞がれているんじゃないかな」


「この商店街を封鎖して、一体どうするのかしら?」


「犯人達が本拠地にしようとしているとか? 今ここで建てている建物は、これをやっている犯人達の住居なのかもしれない……やたら数が多いし。変てこ度はもしかしたらここが一番酷いのかもしれないな」

 確かに今、桜町商店街は変てこの塊であった。変てこ密度は他のエリアよりも高いように見える。紗久羅は冗談じゃない、と唸った。


「妖怪共なんかに占領されてたまるかっての! ああ、せめて姿がはっきりと見えていれば、相手が泣いて許しを請うまで殴ってやるのに!」


「紗久羅ってば物騒なこと言わないで。……まあ私も、出来ることならこんなことをしている犯人を、自分の力で跡形もなく消してやりたいけれど」

 普段は出さないような低い声で、ぼそりと呟く。物騒なのはどっちだと二人は思ったが、口には出さないでおいた。柚季も口ではそう言っているものの、やたらめったら力を使って攻撃を仕掛けることはないだろう。相手の正体も、力量も、数も分からない内に下手な真似は出来ないからだ。


 そんなやり取りをしている時だ。上空でがちゃり、という音がした。三人は顔をばっと上げた。視線の先――狸の置物の置かれた場所の傍らにある店、その上に築かれた塔。まだ全貌が明らかになっていないその塔の下部、中部、上部には、砲台のようなものがついているように見える。


「近づいてきちゃ、いやよ」


「試運転、試し撃ち、狙い撃ち」

 幼い子供の様な声が、その塔のある辺りから聞こえた。がちゃり、という音が再び聞こえる。砲台の角度が、変わっているような気がした。三人は試し撃ちの意味を悟って青い顔。


「そうれ、発射!」


「いきなり!?」

 逃げるより先に叫んだのと、太鼓の音のようなものが聞こえたのはほぼ同時のこと。

 紗久羅のすぐ右横を何かがかすめ、やがてべちゃりという音と共に地面に落ちた。べちゃり、という音の意味が分からず恐る恐る見てみれば。


「ハ、ハンバーガー!?」

 バンズ、ハンバーグ、散るケチャップ、ぺろりんと地面に横たわるレタス。

 そちらに気をとられている時、奈都貴が悲鳴をあげた。地面に落ちたハンバーガーの方へ目を向けていた奈都貴の顔面にハンバーガーがクリーンヒットしたのだ。たかがハンバーガー、されどハンバーガー……勢いよくぶつかれば結構痛い。奈都貴の顔にべたあっとつくケチャップ、甘い香り。

 

 間髪入れず、砲台は次々とハンバーガーを発射してきた。空飛ぶバーガー、何と馬鹿馬鹿しい攻撃! けれど馬鹿には出来ぬ、バーガー爆弾!

 叫ぶ、叫ぶ、トリオ。


「きゃあ、きゃあ、きゃあ!」


「食べ物を粗末にしたらバチがあた……あたあ! ああ、制服にソースが!」


「今はそんなこと気にしている場合か! 兎に角逃げろ!」

 三人はたまらずその場を逃げだした。背中にとても楽しそうな笑い声を受けながら。

 商店街から離れ、もうハンバーガーが飛んでこない所まで走ったところで、三人はへなへなとその場に座り込む。えらく射程が長かった上、かなりの数が撃たれた為、皆決して無事ではない状態になっていた。紗久羅は頭にべったりくっついているレタスを忌々しげに取る。奈都貴は顔面についたケチャップを拭い、柚季は手についたピクルスを払いのけながら、不穏なことをぶつぶつ呟いている。

 

「くそ、まさか攻撃を仕掛けてくるとは……」


「ハンバーガーだったからまだ良かったものの、もし撃ってきたのが本物の爆弾だったら今頃」


「恐ろしいこと言わないで! ああ、全身がハンバーガーの香りに……うう、許すまじ……!」


 その時、奈都貴の携帯が鳴りだした。電話であるらしく、相手は美沙であった。奈都貴は手についていたソースを慌てて(仕方なく)ズボンでさっと拭くと、携帯を手に取り電話に出た。

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