第三十九夜:終と始のあわいにて(1)
『話』というものは多く知っていた方が良い。いざという時役に立つから。
知っているだけでなく、それを上手く話せる力ももっていた方が良い。話を聞く力も勿論のこと。
例えば。大晦日から元旦に時が変わる瞬間に、内と外、部屋と部屋等のあらゆる『境』を越えようとすると、終と始のあわいの世界の姫君によって自身の世界へ引きずり込まれてしまうことがあるそうだ。
終と始の世界というのは、つまり、大晦日と元旦の境目にある世界であるらしい。
そこから元の世界へ帰るには、話好きの姫に色々な話をしてやらなければいけないのだ。
姫の不興を買えば、二度と元の世界に戻ることは出来ない。
そういう話好きの『人ならざる者』達に遭遇した時、絡まれた時等に役立つこともあるから、話というものは多く知っていた方が良いのである。
『終と始のあわいにて』
(何だここ……)
奈都貴は呆然としていた。一体何が起きたのか、理解出来なかった。
彼はつい先程まで自宅にいた。伊代との通話を終え、予想とは違う展開であったものの、結果的には上手くいって良かったとほっと一息つき、力を貸してくれた英彦や柚季への報告も済ませ、しばらく部屋でごろごろして。
さて後ちょっとで日付が変わる、いつも通りリビングに集まって「明けましておめでとうございます」と挨拶して、それからTVを色々見て、適当なところで寝ようと階段を下り、リビングへ。
リビングのTVにはカウントダウンをしている様子が映しだされていた。そこには両親と陽菜がおり、その画面をじいっと見つめている。陽菜に至っては声を出して、TV画面の向こう側にいる芸能人達と一緒にカウントダウンをしていた。
その姿をぼうっと見ながら廊下とリビングの境をひょいっと飛び越えた、まさにその時。
とてつもなく強い力が、奈都貴の体をつかみ、ぐっと下へ、下へと引っ張った。あっという間もなく奈都貴の体は落ちていった。下へ、下へ。床も地面も何も関係ない。そして「落ちる! いや、落ちた!」と思う間もなく意識はブラックアウト、真っ暗、くらくら、暗闇。
それからどれ位の時が流れたか。闇は止み、意識は戻り、奈都貴の目に光が戻って世界は白くなって……ついでに奈都貴の頭も真っ白になった。
仰向けになって倒れていた奈都貴を、一人の女性がじいっと――しかもかなり至近距離で――見つめていたのだ。
まずものすごく近くに女性の顔があったことに驚き、また、その顔が全く見覚えのないものであったことにも驚愕。陽菜でも母でも、その他知り合いでもない。
顔が近い、誰だこの人、というか俺は今どこにいるのか、そもそも何が起きた、どこかに引きずりおろされたような感覚が襲ったのだが、というかやっぱり顔近い、顔近い、顔近い! ああしかもいぐさの匂いに混じって妙に甘くて良い匂いが!
見知らぬ女性の出現云々よりも、その人の顔の近さと甘い香りにパニックになる奈都貴だった。頭は真っ白、顔は真っ赤、汗はだらだら。状況を確認する為に起き上がりたかったのだが、いきなり体を起こせば間違いなく自分の顔と彼女の顔がごっつんこ。それはそれで美味しいハプニングかもしれないけれどと、頭の端でちらりと思ってしまい、一体俺は何を馬鹿なことを! と悶絶。余計頭はパニック、お祭り騒ぎに。
(何がなんだか訳が分からん! で、でもとりあえずこの状態をどうにかしなければ)
頭と目をぐるぐる回しつつ、一応その考えに至る。しかし睫毛の長い、艶やかな輝きをもつ瞳にじっと見つめられると、どうにも声が出ない。どことなく女はそんな奈都貴を見るのを、楽しんでいるように見えた。
それでもようやく奈都貴は一言喋ることが出来た。
「あ、あの……ちょっとどいてくれません?」
喉に何か詰まっているかのような声が出る。というか本当に喉に何か詰まっているんじゃないかと思う位、息苦しい。
そんな奈都貴をじっと見つめていた女がにやりと笑う。
「おや、生きていたか。少しも喋らないから死んだかと思った」
愉快そうに女は言った。明るくはきはきとした、よく通る声。だが一向に顔を離そうとしない。奈都貴はもう一度どいてください、とお願いする。すると女は顔を離すどころか更に近づけるではないか。思わず悲鳴をあげると、また彼女は笑う。顔には妖艶さが漂っているが、喋り方や笑い方には顔ほどの艶を感じない。
「どいて欲しいか?」
「どいて欲しいから言っているんです!」
「思っていることとは正反対のことを言う人間もこの世にはいるが」
見た目は二十歳過ぎであるのに、浮かべる笑みはまるで、悪戯大好きな小学生のそれのようだ。いっそのこと、何も言わず起き上がって顔と顔をぶつけてやろうかと思ったが、そんな恥ずかしい真似は出来なかったし、そもそもそうして顔をぶつけたところで、彼女は少しも動じないだろうと思い直し、断念。
「もう何でも良いですから、兎に角離れてください!」
「仕方がないなあ」
本当に仕方がないなあという風に、ようやく女は奈都貴から離れた。自由になった体を奈都貴は慌てて起こし、辺りを見回す。
優しい感触の畳、そこそこ広い部屋を囲む、眩しさを覚える位白い和紙が綺麗に貼られた障子。畳のイグサの香り、和紙の匂い、木材の香りがとても優しくてんぱっている奈都貴の心を落ち着けてくれた。
そんな部屋には桃色の明かりを灯す雪洞が二つ。それに挟まれるようにして女が座っており、傍らにある脇息に体を預けている。それ以外には物らしきものは全くといっていいほどない。殺風景にも程がある空間だった。
部屋の中を見終えた奈都貴は、女に目を向けた。
頭上にお団子を一つ作り残りは一つに束ねている。緩やかなウェーブを描く髪は、触れてしまいたくなる位美しい。お団子を彩っているのは硝子で作られた、手毬を思わせるような模様の入った飾りのついた簪。手毬だけではなく飴にも見え、つい手にとって口の中に転がしたくなるような、鮮やかで、綺麗で、それでいて愛らしいものだ。黒髪によってその色はますます鮮やかさを増し、また、それによって髪がより輝きを増している。
身につけているのは躑躅色の着物に、紫色の袴。着物の胸の辺りと袖に咲く小さく可憐な花。その数はあまり多くなく、また袴も無地であるからあまり派手な印象はない。しかしそれ位の方が彼女には丁度良いかもしれなかった。
彼女のもつ美しさや妖しさは出雲を思わせる。人では無い者のもつ特有の雰囲気。しかし一方で紗久羅のような、陰湿という言葉とは無縁の輝きや男っぽさももっているように見えた。その辺りが出雲や、柚季の体を乗っ取ろうとした鏡女などとは違う。
(何かぱっと見、美人だけれどお転婆でちょっと変わっているお姫様って感じ……)
ただ無言で自分を見つめている奈都貴に、女は笑いかける。
「どうしたの? 私に見惚れているの?」
「み、見惚れてなんて」
完全に否定出来ない自分がいた。でもそれを認めるのは癪だったので、てこでも口に出さない。
それより、と奈都貴は話を逸らす為に本題へ入ろうとした。
「ここはどこですか、何で俺こんな所にいるんですか」
「お前は随分落ち着いているね。大抵の者はもっとパニックを起こすものなのだけれど。もしかしてこれ、夢だと思っている?」
純和風のいでたちの、現代日本とは明らかに無縁そうな彼女の口から、横文字が飛び出したことに少々驚いたものの、そこにはとりあえず突っ込まず素直に女の質問に答える。
「いいえ。夢だったらどれだけ良いかと思いますけれど。俺がこれ程までに冷静なのは……こういう事態に割と慣れているからというか……」
見知らぬ場所に突然来てしまったことより、見知らぬ女性の顔がとても近くにあったことの方に驚き、パニックを起こした奈都貴である。女性が離れた途端、自分でも呆れる位冷静になってしまった。
女はこんな事態に慣れていると言った奈都貴に興味深げな視線を向ける。
「ほう? こういう事態に慣れているなんて、変わった男だな」
「まあ何というか、色々理由があって……って俺のことはどうでも良いんです。それよりも、ここがどこなのか教えて下さい。人ならざる者の世界ですか? 後、貴方のことも教えて下さい」
人ならざる者の世界であることは確かなようだったが、詳しいことは一切分からない。うっかり境界を飛び越えてここへ迷い込んで来てしまったのか、それとも……それさえまだ分からない。
「お前とはスムーズに話が出来そうだ。普通はなかなかこうはいかない。我々のような者が、このような世界が実在しているとは夢にも思っていない者達を相手にするのは大変だよ。なだめたり、色々説明したりするのに時間がかかるから。自分のもつ世界観というものに、こういった場所や私のような存在がいない者を相手にするというのは、いつも思うがかなり大変だ。それで、ああそうか、ここはどこなのかという質問だったか。……ここは、終と始のあわいの世界さ」
「終と始のあわいの世界?」
あわい、という言葉はあまり聞きなれないものであった。
「あわいというのは、間とかそういう意味だよ。終わりと始まりの間の世界――それは年の終わりと始まりの間の世界ということ。もっと分かりやすくいうなら、お前の世界でいう『大晦日』と『元旦』の境の世界だ。そして私はこの世界の主、この世界の姫。名を大元という」
恐らく大晦日の『大』と元旦の『元』をとったのだろう。女性にしては随分厳つい感じの名前ではあるが、彼女には割合そんな名前が似合っているように見える。
「そんな場所に何で、俺は」
「私が連れてきたのだ。ここへ来る前、何かに引っ張られて下へ落ちていくような感覚に襲われなかった?」
襲われた。心臓が縮みあがるような思いをその時した。奈都貴は大元を睨む。
「貴方のせいで俺はこんな所に来ちゃったんですか!」
「半分はお前の責任でもあるのだぞ。お前、年が切り替わるタイミングでどこかの境を越えただろう。例えば家の中から外へ出たとか、部屋から部屋へと移動したとか」
その言葉に奈都貴ははっとする。そう、丁度奈都貴は廊下とリビングの境を……。大元は勝ち誇ったような笑みを見せる。腹立たしいが、美しい。とても美しいが、とてつもなく腹が立つ。
「私はね、年が切り替わる瞬間に境を越えた者しかここへ連れてくることは出来ない。何かと何かの境にいた者だけが、このあわいの世界に入れるのだ。だから半分はお前が悪いんだ。何かと何かの境を越える時というのは注意をした方が良いよ。境を越えて、そのまま異界へ迷い込んでしまうこともあるから」
(気をつけた方が良いと言われても……気をつけたところでどうにかなるものなのか)
そんな奈都貴の考えを見透かしたらしい彼女は声をあげて笑った。その笑い方は紗久羅に似ている。ただ、彼女よりずっと品はあったが。
「まあ、気をつけたところでどうにかなるものではないがな!」
「やっぱり……ってそれは置いといて。俺をこんな所に連れてきた目的は何ですか? まさか目的も無いのに連れてきたわけじゃないでしょうね」
「本当、お前は随分冷静だね。面白いような、面白くないような。目的があるかないかと問われれば、ある、と答えよう。別に大したことではない。だからそんなに力まずとも良いぞ」
「力んでなんかいません」
「嘘を言うな。全身に力が入っているのが見え見えだぞ。どうしても力を抜くことが出来ないというなら、私がマッサージをしてほぐしてやろう」
「結構です!」
そんなことされたら余計全身がかちこちになってしまいそうだ。冗談だ、と大元は言った。それ位は分かっている。分かっていても全力で応えてしまう奈都貴だった。だからいつも紗久羅に弄られるのだ。
それより俺を連れて来た目的を教えて下さい、と改めてお願いする。彼女はにこりと笑んだ。着物に咲くものより可憐な花がそこにあった。
「私に色々な話を聞かせて欲しい。私が願うのは、ただそれだけだよ」
「話?」
どんな目的があるのやらと身構えていた奈都貴は、拍子抜けしてしまう。
大元はうん、と頷いた。小さな子供のするような返事の仕方に更に力はへなへな抜けて。
「この世界で暮らしているのは私だけ。話し相手も、遊んでくれる者もいない。暇だし、寂しくて仕方が無い。だから年が切り替わる瞬間、何かしらの境を越えた者をここに引っ張ってきては、色々な話を聞くのだ。その話を糧に私はここで一人、生きる」
「一人……」
「そう、一人」
「ここへ連れて来た人を、この世界にずっと留めておくってことは出来ないんですか?」
「お前、ここにずっといたいの?」
「絶対嫌です!」
即答。聞いてから、何てことを言ってしまったのかと内心あせってしまう。
もし相手がその気になってしまったらどうしようかとやきもきしたが、どうやら大元にそのつもりはないようだ。
彼女は物憂げに、ため息。
「本音を言えば、気に入った者をこの場に留めておきたいとは思っている。しかしそれはあまりに身勝手だからな」
「それじゃあ、しばらくの間話をして、貴方が満足したら元の世界へ帰してくれるんですね?」
「勿論。だから私にあまりつれなくしない方が良いよ。元の世界に帰れるかどうかは、私次第なのだから。私が機嫌を損ねれば、お前は帰ることが出来ない。ここから帰れず、かつこの部屋の外に放り出されるとどういうことになるか……お前にあらかじめ見せてやろう」
そう言うと大元は両脇にある雪洞を、羽衣を思わせる手でさっと撫でる。
灯りの色が桃色から、青白いものへと変わる。同時に辺りの風景ががらりと変わった。天井は灰色の空へ、畳は小石で覆われた地面に変わる。そこに座っている奈都貴と大元を遠くから見つめているのは、陰鬱な空気を孕む木々。
そんな風景の中を歩く、人の形をした『影』達。大きい影、小さい影、細い影、太い影――皆両手をだらりとさせ、うつむきがちになりながらのろのろと歩いている。それぞれ男か女か、子供なのか老いているのかも分からぬその影達は、まるで死人であった。奈都貴は彼等を見て背筋が凍りつくのを感じた。
異質な存在を見た時、いつもそうして体は温もりを奪われ、二度と体験したくないと思う位恐ろしい思いをする。何度経験しても、これには慣れない。多分慣れてしまったらその時自分は真実人間ではなくなるような気もする。
叫んでこの場から逃げ出したい。恐ろしい、冷たい、嫌だ……。
「この空間より外で、お前達が生きることは出来ない。私とて長くはいられない。あそこはここよりも曖昧で、不確かで、足を踏み入れた者の魂や肉体をおろし金でおろすかのごとくすり減らしていく。そして最期には『影』だけが残る。彼等は最早『ここから出る』ことだけしか考えられない。そしてその考えの下、彷徨い続けるのだ。まあ、その日が訪れることは永遠にないのだが。ああなりたくなければ、私に冷たくしないことだ」
彼女が再び雪洞を撫でるとその風景は灯りの中へと吸い込まれていき、そして灯りの色が変わると、元の畳と障子だけの部屋が現れた。
元に戻っても、目に焼きついた彼等の姿と、体に染みついた恐怖や静かな狂気に満ちた空気に奈都貴は何も言うことが出来なかった。膝の上に置いた手が震えている。汗が、頬を伝う。
「怖かった?」
「あれを怖くないと思う人間はいないと思います。……本当、最上級の脅しだと思いますよ、あれを見せるというのは」
「あはは、怒った? 何てものを見せたんだって」
「怒っていません」
「怒っている、怒っている。頬が膨らんでいるよ。リスみたいで可愛いな。まあ安心しろ、余程のことをしない限りはあそこへ放りはしないよ。私に暴力を振るうとか、胸糞の悪くなるような話、気持ち悪い話ばかりするとか、恐ろしい位話すのがヘタクソとか、つまらない話ばかりするとか、私を押し倒していかがわしいことをしようとするとか、始終良くない態度で接するとか、そういうことをしない限りは」
彼女は、一字一句強調しながら言った。恐らく外へ放られた者達が実際にしでかしたことを羅列したのだろう。
(この人を押し倒した人間も中にはいたのか……よくもまあ明らかに人間では無い人を……)
呆れるやら、感心するやら。確かに男性から見ればかなり魅力的な姿であることは認めるが……。
奈都貴はため息をつく。自分に「分かりました」と言う以外の選択肢はない。
が、分かりましたという前にもう少しこの世界や、彼女のことを聞いておこうと思った。
「この空間には毎年一人しか連れてくることが出来ないんですか? その一人というのが俺だったんですか」
「いいや? 幾らでも連れてこられるよ。様々な世界から、様々な種族の、様々な者達を、沢山。境を越えている、『年』という概念が存在するという条件さえ当てはまっていれば。今私はお前だけでなく、他の者達とも同時に会話しているのだ。別の部屋でね」
「それって……貴方の分身達が、大勢の人間をそれぞれ相手にしているってことですか」
「私に分身の術なんて使えないよ。忍者じゃあるまいし」
忍者にも出来ません、とツッコミたくなるのをぐっとこらえる。そんなことが出来る忍者など、漫画や小説の中にしか存在しない。
「私はただ一人。ただ一人の私が、同時に複数の人間の相手をそれぞれしているのだ。意味が分からないって顔だな。分からないなら、分からないままでも良いよ。分身の術を使っているという解釈のままで構わない」
「それじゃあそう思うことにします。俺以外にもここには沢山の人がいるんですね。沢山の世界の沢山の種族のってことは……妖とかも混ざっているんですか」
「そうだな。お前達がそう呼ぶ存在もいる。お前の住んでいる所と限りなく近い世界に住む人間もいるし、お前がきっと見たこともないような者達もいる。一つの世界から連れてきてもつまらないからな」
「皆、十二月三十一日から一月一日に変わる時何かしらの境を越えた人達なんですね」
「十二月三十一日から一月一日の間とは限らないよ。世界によって色々変わる。お前の前では大元と名乗ったが、これも固定の名前ではなく、連れてきた者に合わせたものを名乗っているにすぎない。まあ、私の話はこれ位で良いだろう。きっと話せば話す程頭が混乱するだろうから。自分が色々話すより、相手の話を色々聞く方が好きでもあるし。お前はどんな場所で話をしたい? 望む通りの世界にここを変えてあげるよ、さっきのようにね」
そう言うと、大元は雪洞をまた撫でる。
明かりの色が変わる度、世界が変わる。
まずは、水の中。見上げれば金や銀、赤、紅白の鯉が悠々と泳いでいる。鴨らしきものの足も見えて、これがまた大変可愛らしい。
それから天蓋つきのベッドに乗っている状態になったり、かまくらが現れたり、お面でいっぱいの部屋になったり、だだっぴろい中世ヨーロッパのお城の中になったり、桜に囲まれたり。
次々と変わる世界にただ奈都貴は目を見張るばかり。大元曰く、全ては幻のようだが、あんまり精巧なものだから幻であることを忘れてしまう。
結局、奈都貴は最初の部屋で話すことを望んだ。畳と障子、程よい広さの空間。一番心落ち着く場所が、それだったから。
奈都貴はまたため息をついた。
(俺は新年さえまともに迎えることを許されないのか……)
嘆いても、帰れるわけでもなし。足掻いても、どうにかなるわけでもなし。
大元の願いを大人しく聞き、彼女の話し相手になるより他無く。
終と始のあわいにて、始まる、お喋り会。