番外編14:桜村奇譚集10
『桜村奇譚集10』
『強くしたけりゃ』
桜村では心も体も強く、それでいて綺麗な女の子に育ってもらいたいと思ったら『桜』という名前をつけてやれば良いと言われている。これは強く美しい巫女であった桜にあやかってのことだとされている。
だが桜と名づけた娘は、あんまり強すぎて勝気で乱暴な娘に育ってしまうことも多いというので注意が必要である。
昔、ある一人の女が娘を産んだ。その赤ん坊は普通の子よりもかなり小さく、産まれた直後も殆ど泣かず、今にも死んでしまいそうだった。
母は赤ん坊に死んでもらいたくなかったので、体がうんと丈夫に育つよう『桜』とその赤ん坊に名づけた。
そうして名づけてからというものその赤ん坊はみるみる内に元気になり、産まれた直後のことが嘘の様。赤ん坊はすくすくと育ったという。
彼女は目も覚めるような美しい娘に成長した。しかし一方で気が強く、女の子とはとても思えない位怪力な子になってしまった。男の子と取っ組み合いの喧嘩をすれば、そちらの男の子の方が泣かされる羽目になり、熊に会えば熊の方が逃げ出したとか。
あんまり力が強く、気も強かったせいか友達はあまりおらず、恋人もいなかった。
ある日村に鬼が現れ、田畑を荒らし始めた。村人にはどうしようもなく、当時村にいた巫女の力ではとても敵わなかった。
そんな鬼に怒りを覚えた娘は「やい、この鬼め。あたしと勝負しろ。あたしが勝ったら村から出て行け」と、何と鬼に勝負をふっかけた。村人達は何を馬鹿なことをと彼女を止めようとしたが、聞く耳持たずであった。
鬼は勝負を受けた。こんな人間の、しかも小娘なんかに負けるものかと高をくくっていた。ところがその鬼は、娘にこてんぱんにやられてしまった。鬼は参った参った、どうか許してくれと泣きだし二度と人間に悪さはしないと言って、村を去っていったという。
そして娘は英雄扱いされ村の人気者となり、村長の息子と結婚して幸せに暮らしたとか。
『出雲屋』
桜村などでは、意地悪い人や嘘つきな人、悪さばかりする人のことを『出雲屋』と呼んでいたらしい。
あの男は出雲屋だとか、出雲屋だけにはなるなとかそんな風に使ったのだという。由来は昔桜山を拠点に悪さばかりしていた化け狐、出雲である。
出雲屋は魂を焼かれて七転八倒しながら死んでしまうと云われている。親は子供に、出雲屋になると苦しんで死ぬことになるから、悪さをしたり嘘ばかりついたりするような人間になったりしてはいけないよと言い聞かせると云う。
赤姫様同様、子供を真っ直ぐな子に育てる為によく使われていた言葉であるようだ。
『でかすべ』
桜山には『でかすべ』という場所がある。その場所には木々も草も生えておらず、綺麗に禿げて丸裸になっている。
だが昔はそこにもちゃんと木々があり、草花も生えていたという。
そこがどうして禿げてしまったのかといえば、昔山の中でひっそりと暮らしていた巨人がある日そこで足を滑らせ、そのままずざざあと山の斜面を滑っていったそうな。彼の体はそこにあった木々を次々と倒し、草花を地面から削いでいった。
巨人はある場所で止まった。丈夫な彼は死にはしなかったが、彼が滑っていった場所からは木々や草花が消え、その後も裸のままだった。
『狐の求婚』
桜村に住んでいた一人の娘はある日、一匹の狐を助けてやった。すると数日後、娘の家をその狐が訪ねてきた。
「私はこの前、貴方に助けてもらった狐です。私は貴方のことを大変気に入りました。どうか私のお嫁さんになってください」
娘はびっくり。娘の両親もびっくりたまげた。でも娘は狐と結婚などしたくはなかった。
「私は人間でお前は狐じゃないの。人間と狐は結婚出来ない」
と娘は言った。
「ならば私が人間の姿になれば結婚してくれますか」
「人間の姿になってもお前が狐であることに変わりは無いわ。それに狐というのは悪さばかりするじゃないの。昔桜山には出雲という化け狐がいて、村人に悪さばかりしていたというわ。あの時は可哀想に思って助けてあげたけれど、でも、結婚なんてしたくない」
「私は悪い狐ではありません」
「そんなこと、信じられるわけがないわ」
そう言うと狐は困ったような顔をした。
「どうしたら、私と結婚してくれますか?」
この狐、駄目だと言ったところで聞いてくれそうにも無い。困った娘はあることを思いついて、狐に言った。
「私が見たこともないような、とても素晴らしいお宝を沢山持ってきてくれたら結婚してあげる」
そう言うと、狐はあい分かったと家を後にした。娘は狐ごときがそんな素晴らしい宝を持ってこられるはずがない、これであの狐と結婚なんてしなくて済むぞとほっとした。
さて、一方の狐は何としてでも素晴らしい宝を手に入れて、娘を自分のお嫁さんにするのだとはりきっていた。けれどそんな宝がどこにあるのか狐には分からなかった。
困った狐は、色々な所を飛び回っている友達の烏に聞いてみた。
「ここから少し離れた山にある洞窟を根城にしている鬼が、金銀財宝を山ほど持っているという」
「そうか、そこから宝を盗めばよいのか」
「けれどあそこの鬼は強いよ、お前なんて簡単に殺されてしまう。やめた方が良いよ、娘のことは諦めなよ」
狐は分かったとは言わなかった。狐はもう本当にどうしようもなく娘のことが好きで、絶対に、絶対に彼女をお嫁さんにしたかった。
仕方なく烏は狐にその山と洞窟のある場所を狐に教えてやった。狐は走ってその洞窟のある山を目指した。
そして狐は洞窟に忍び込み、宝を盗れるだけ盗った。だがその姿を鬼に見つかってしまった。狐は逃げた。
鬼はしつこく狐を追いかけ、殴ったり、蹴ったりした。それでも狐は宝を返さず、あの手この手を使って鬼から逃げ続けた。終いに鬼の方が根負けし、狐を追うのを諦めてしまった。
ある朝、娘の家の戸を誰かが叩く音がした。娘が戸を開けると、そこには血だらけになって倒れている狐の姿が。娘はびっくりしてしまった。
狐は口に袋をくわえている。その袋には娘が見たことのないような素晴らしい宝物が沢山入っていた。
「私は宝を持ってきました。約束通り、私のお嫁さんになってください」
彼は息絶え絶えにそう言った。それを見て娘は心を打たれ、つい「分かった」と答えた。
「良かった、良かった。きっと私が幸せにしてみせます。貴方を辛い目にあわせたり、泣かせたりは絶対にしません。貴方のことを大切にします」
そう言うと狐はにっこり笑い、そのまま息絶えた。娘が呆然としていると、狐の友人であるあの烏が飛んできて、涙を流しながらことの経緯を教えてくれた。
それを聞いた娘は涙を流し「そこまでして私と結婚したかったのか」と言った。
娘は、死んだ狐と祝言をあげ、彼の望み通りお嫁さんとなったそうだ。
『芋の恩返し』
村に、芋を育てている男がいた。その男は芋をまるで我が子のように大切に育てていた。
ある日老婆が村へとやって来た。その老婆は妖で、美味そうな人間を食べようとしていた。老婆は男に目をつけ、彼を食べようと襲いかかってきた。
絶体絶命のその時。畑から彼が大事に育てていた芋たちがぽんぽんと飛び出し、そしてものすごい勢いで老婆にぶつかってきた。とてつもない速さで突っ込む芋は、石より恐ろしい凶器となり、老婆の体を打つ。
とうとう老婆は死んでしまった。老婆が死んだのを見届けると、芋達はそろそろと畑へ戻り、土の中に入るとそれきり二度と動くことはなかったそうだ。
それから桜村では、芋を食べると妖怪に喰われなくなると云われるようになったとか。
『栗が怒る』
ある日一人の男が山から採ってきた栗を囲炉裏で焼いて食べようとしていた。
家には男の妻もいた。彼女は栗が好きではなく、栗なんて少しも美味しくないとか、変な形をしているとか、栗の悪口を沢山言った。
すると焼いていた栗が一斉に飛び、彼女を攻撃した。奥さんは痛いやら、熱いやら。
酷い怪我こそしなかったが、彼女はますます栗のことが嫌いになってしまった。だが、栗の悪口を言うこともなくなったという。
『蜘蛛の仕返し』
一人の少年が、蜘蛛を見つけた。少年は蜘蛛をいじめた。足をもいだり、叩いたり、灰まみれにしたりしてやった。蜘蛛はやがて死んでしまった。
その日から、少年は空に浮かぶ雲が全部蜘蛛に見えるようになってしまった。
大きな蜘蛛、小さな蜘蛛、毒々しい色をした蜘蛛……。それだけではなく、雨は蜘蛛の糸に見えたし、太陽の光を浴びると「許さない」という声が聞こえる。
少年は死んだ蜘蛛が仕返ししたのだと思い、ごめんなさいと謝ったが元には戻らなかった。
少年は外へ出るのが怖くなり、家にこもりがちになり、やがて病気にかかって死んでしまったそうだ。
『はげ』
はげ、という妖がいた。彼は生前は人間であった。若い頃から頭がはげていた男は散々いじめられ、そのことを恨みながら死んだとそうな。
この妖は神出鬼没で、床から出てきたり、天井から出てきたりするらしい。
そんな彼にうっかり触れてしまうと、髪の毛がごっそりと抜け落ちてしまうそうだ。
『犬のお守り』
村に病弱な女がいた。女には子供がいた。女はもう自分が長くないことを悟っていた。だから死ぬ前に何かこの子供の為に残してやろうと思い、犬の形を模したお守りを作った。
女は「どうか私の可愛い坊やを守ってね」とお守りにお願いし、それを子供に渡した。それから間もなくして女は死んでしまった。
子供は女がくれたお守りを肌身離さず持ち歩き、大切にしていた。
子供は成長し、やがて立派な青年となった。
ある日青年が病気になった父の為に桜山で薬草を摘んでいると、一人の妖が彼の前に現れた。妖は青年を喰ってやろうと逃げる彼を追いかけた。青年は必死に逃げたが、途中石につまずいてしまった。追いついた妖は青年に飛びかかった。
すると青年の懐から、一匹の犬が飛び出した。毛並みこそ汚かったが立派な歯と強い輝きをもつ目は素晴らしいものであった。
犬は妖に飛びかかるとそいつの首を食いちぎった。妖は死んでしまった。
犬は死んだのを確かめると姿を消した。青年がその犬の消えた場所を見て見ると、そこには亡き母から貰った犬のお守りが落ちていた。
母の愛が、そしてその愛を大事にしていた青年の心が、自身の命を救ったのだ。
『小さきものの恩返し』
一人の男が村の中を歩いていると、犬が小さきものをいじめているのが目に入った。小さきものというのは普段は山の中などでひっそりと暮らしている、親指程の大きさしかない妖であった。
男はいじめられている小さきものを哀れに思い、犬にいじめるのはやめるように言った。犬は男に言われ、しぶしぶ小さきものを解放してやった。
「このご恩は決して忘れません」
小さきものは軽くお辞儀をすると、山の中へと消えていった。
それからしばらくして、男は病に倒れてしまった。その病は治すことの出来ないものであった。
すると彼の家をあの小さきものが訪ねてきた。どこからか男が倒れたという話を聞いてやって来たらしい。
「この人の体の中には悪いものがいます。その悪いものが、彼の体を蝕んでいるのです。私は以前この人に助けてもらったことがあります。今日はその恩返しをしたいと思います」
小さきものは、看病をしていた者にお願いして彼の体を起こしてもらった。
そして口を開けさせると、彼はなんとそこに飛び込み、体の中へと入っていった。
小さきものは体の中に入り、手に持っていた小さな刀でえいや、とう、そいや、と悪いものを次々と退治した。
全部退治し終えた彼は再び口から飛び出し、もう大丈夫ですと一言。
それを境に男の容態はみるみる内によくなり、やがてすっかり元通りになったとさ。
『鼠の餅』
夜中目を覚ますと、枕元で鼠が餅をついていることがある。鼠は餅をついている所を見つかると、見つかったか仕方無いと言ってついた餅をくれるそうだ。
その餅を食べると病気をしなくなるという。
『おっか鳥』
おっか鳥、という妖がいる。その鳥は生前人間の男であった。
彼は心優しく、女手一つで自分の事を育ててくれた母親のことをとても大切にしていた。
ところがある日のこと。男が外へ出ている間に母親は山を下りてきた妖に喰われてしまった。男は自分がいたら助けてやれたかもしれないのに、怖かったろう、痛かったろうと彼女の亡骸を抱いておいおい泣いた。
おっかあ、おっかあ、おっかあ。
そう言いながら泣き続け、とうとう死んでしまった。彼は死後烏に似た姿をした鳥になった。鳥になってからも彼は「おっかあ、おっかあ」とがらがらな声で鳴き続け、母の死を嘆いているのだという。
彼は基本的にはそうして鳴いているだけだが、母親のことを大事にせずいじめてばかりいる子供には襲い掛かってくるそうだ。
『歌を教わる女』
村にとても声が綺麗で、歌を歌うのが大変上手い娘がいた。
ある時娘の前に一人の女の妖が現れた。その妖は娘に危害を加える気はないと言った上で、私もお前のように上手に歌ってみたい、どうか上手に歌うこつなどを教えてくれと懇願してきたそうな。
娘は困ったが、結局彼女に教えてやることにした。女は娘の拙い教え方に痺れを切らすこともなく、熱心に彼女の話を聞き、そしてとても熱心に練習をした。
女はみるみる内に上手になった。けれどまだ娘には及ばない。
彼女のように、いやむしろ彼女よりも上手く歌いたいと昼も夜も関係なく、一日中歌う練習をした。
ところがあんまりずっとやっていたものだからとうとう喉を壊し、声はがらがらになってしまった。その声は二度と元には戻らなかった。
女はそのことを嘆き、死んでしまった。
そのことを哀れに思った、彼女に歌を教えていた娘は彼女の魂を慰める歌を歌った。すると死んだ女の妖の魂は、世にも美しい声をもつ鳥に生まれ変わり、今も美しい歌を歌い続けながら世界中を飛び回っているそうだ。