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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
ひいさまは社へ帰る
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第三十八夜:ひいさまは社へ帰る(1)

 誰かがいなくなった気がする。だが、誰がいなくなったのか分からない。

 誰かのことを忘れてしまったような気がする。けれど誰のことを忘れてしまったのか思い出せない。


 しまいに誰かがいなくなったことも、誰かのことを忘れてしまったことも記憶の彼方へ消えていく、そんなことが、ある。


 それは、その人が異界へ連れて行かれてしまったから、そしてその人が異界の住人に成り果ててしまったから、こちらの世界に住む人々の記憶から消えてしまうのだと言われている。


 昔、一人の娘が村から忽然と姿を消した。村人達は彼女のことを探したが見つからなかった。それからほんの数日で彼等はその娘のことを忘れてしまった。

 最初の内は「誰かが消えた気がする」とは思っていた。だがそれが誰であるのか思い出せず、そもそも本当に誰か消えてしまったのか確証が持てない状態で。が、時が経つごとにその娘のことはおろか、その娘が消えたという事実そのものも忘れてしまったという。


 それから数年後、その娘の弟が夢を見た。彼の夢に出てきたのは、数年前姿を消した自身の姉だった。他の村人同様彼女のことを忘れていた弟だったが、彼女の必死の問いかけによりその存在を、そして彼女が突然姿を消したという事実を思い出した。

 聞けば娘は異界の住人――妖にさらわれてしまったという。そしてやがて自身も人ではなくなっていったと、今はもう異形の者になってしまったのだと彼女は悲しそうに言った。


 娘は、自分はもう二度と村に戻ることはないだろう、けれどこうして夢を介してお前の顔を再び見ることが出来て嬉しく思うと涙ながらに言い、そしてお前だけは、せめてお前だけは私のことを忘れないで、ずっと覚えていてと懇願するとそのまますっと消えていった。

 それから娘が弟である男の夢に現われることはなかった。

 弟は姉のことを忘れることはなく、村人達に昔確かにここにいた娘のことを語ったという。

 

『ひいさまは社へ帰る』

 一月一日、新たな年の始まり。全国各地にある寺や神社は初詣に訪れた人達で溢れている。

 今日は一年の始まりにふさわしい天気で、風も殆ど吹いておらずお天道様が眩い光を放ち、地上を温かく照らしていた。雪と見紛うような色をした雲は所々にぽつぽつとあるだけで、後は吸い込んだら汚いものや悪いものの一切を綺麗にしてくれそうな、爽やかで清浄な青色をした空が広がっている。


 その下をがたんごとんと走る電車、その中に紗久羅はいた。

 夜遅くに家へ帰り、いつもよりずっと遅い時間に寝たが起きたのは学校がある日とほぼ同じ位。そのせいかさっきからふああ、ふああという見ている方の気が抜けていきそうなあくびを連発している。

 紗久羅の隣には彼女以上に遅くまで起きていたらしいあざみがおり、小さい体を揺らしながら、大きく口を開けてあくびをしていた。全く二人のそのみっともない姿は年頃の女の子のものとは到底思えないものであった。


 カバみたいな二人をわざわざ見る者は誰もいなかったが、間違ってもカバには見えない残り二名は度々視線を向けられており、それなりに注目を集めていた。

 紗久羅、あざみと共に初詣へ行く柚季と咲月。二人のその姿は、確かに体勢を変えてでも一見する価値はあるかもしれなかった。


 私服姿の紗久羅達とは違い、柚季と咲月は振袖姿である。振袖を着ているのは何も彼女達だけではなかったが、二人の姿は他の人達以上に鮮烈に人々の目に映った。他の振袖をきてきゃっきゃとはしゃいでいる娘達とは明らかに違う空気を持っていたのだった。

 その差は振袖の着こなし具合が生み出したものであるらしい。ただ着ているだけ、といった印象を二人からは殆ど受けないのだ。二人の着物姿はさまになっており、えらく自然に映る。


 それもそのはず。二人が着物を着るのは一度や二度ばかりのことではなかったのだ。

 春を思わせる色をした雲、淡い青や黄、白、桃色の花咲く赤地の振袖を着ている柚季は、祖母の家にいた頃茶道や琴といった習い事に臨む時や大きな行事の時等に着物を着ていたと言う。愛らしい顔に、若々しさや可憐さを感じる鮮やかな赤がよく合っていた。

 対して、その隣で微笑んでいる咲月は青地の着物で、矢張りこちらも色とりどりの花が咲いている。柚季のそれに描かれているものに比べるとやや写実的である。地の色が落ち着いている分、そこに描かれた花がより鮮やかに見え、一件絵柄が主張しすぎているように見えるのだが遠くから見るとそうでもなく、丁度良いバランス。派手すぎず、十六にして淑女という言葉を想起させる外見と中身を持つ咲月によく合っている。彼女も習い事等で着物を着る機会が多く、また家では割合高い頻度で着物を着て過ごすこともあり、その着こなし具合やなじみ具合は柚季よりも更に上であった。


 二人のことを知らない人間でも、ああこの人達はよく着物を着ている人達なんだなということが恐らく分かるだろうと紗久羅は思う。着こなし具合云々というが、具体的にそれがどの部分にどのように現れているか、それは正直紗久羅にも説明が出来ない。だが言葉で言い表すことが出来ない何かを、二人の姿を見れば感じ取れる。その何かというのは他の者にも感じ取ることが出来るもののはずだった。

 人、人、人でいっぱいな濁った空気で満ちた車内に咲いた二輪の花。

 或いは、現代にタイムスリップして来たお姫様二人。従者はカバになった娘、もしくは娘に化けたカバ二人(二頭?)。


 やがて目的地近くにある駅に着き、四人仲良く降りる。柚季と咲月は車内でやや乱れた髪形等を整えた。その間紗久羅とあざみは目に涙を浮かべながらあくびを連発。それを何度も繰り返している内、紗久羅は以前出雲の前で大きなあくびをした時『その大きく開けた口の中に蛇を突っ込んでやりたい』と割と真面目なトーンで言われた時のことを思い出し、思わず口を閉じる。食べたことも、ましてや舐めたこともない蛇の味が口の中に広がったような気がして顔をしかめる。

 

「いやあ、それにしても良いですなあ若い娘の着物姿というのは」

 おっさんみたいなことを、わざとらしく言ってみせるあざみ。紗久羅もそれに乗って、そうですなあ、たまらんですなあと返した。


「あの鮮やかな模様の入った着物に本人達が負けていないってところがすごいよな。美人だからとか何とかじゃないんだろうなあ、ああいうのは」

 乱れていた部分を整えた柚季と咲月がこちらへやって来る。黒い髪を飾る(かんざし)が新年の陽を浴びて輝いている。その輝きが、鮮やかさが緑混じりの髪の色をより引き立てている。そしてそれによって引き立てられた髪の色が簪をより鮮やかに見せる。互いが互いを引き立て、その美しさを増幅させる。それは多分、黒髪だからこそ成せる技で。


「ぐへへ、やっぱり日本人は黒髪が一番ですねえ」


「まああざみったら、そんな下品な笑い方して」

 苦笑いする咲月もまたほっとため息をしたくなる位美しい。だって綺麗なんだもの、素敵なんだものとあざみは咲月に飛びつく。全くその姿は母親に甘える幼稚園児そのままだった。見事なまでに幼い顔、動物のしっぽのようにぴょこぴょこ揺れるツインテール……とても咲月と同い年とは思えぬ容姿である。


 目的地は駅から歩いても充分行ける位置にある。他の参拝客らしき人達と一緒に四人は歩きつつ、お喋りに花を咲かせる。

 四人が向かった先は紗久羅と柚季が大晦日に訪れた寺ではなく、舞花市にある千勢大社に勝るとも劣らない規模の大社。どうして千勢大社ではなく毎年わざわざ電車に乗ってまでこちらに行くようになったのか、紗久羅は今いちはっきりと思い出せない。気がついたら毎年恒例の場所となっていたのだ。あざみが「近場じゃつまらない」と言ったからだったような気がするが、確証は無い。


 柚季はあざみと咲月二人とすぐ仲良くなった。元々人見知りする性格でも無いし、あざみも咲月もとっつきにくい相手ではなかったからだ。あっという間に数年前からずっと友達だったかのようにお互い振舞うようになった。


 何の苦もなく辿り着けば、案の定そこには数え切れない程の人、人、人。

 石を敷き詰めて作られた道の両脇には屋台があり、焼きそばやりんご飴が売られている。


「ああ、屋台よ屋台! 焼きそばが、かるめ焼きが、キャラクターカステラが、チョコバナナが私を呼んでいる!」

 両手を突き上げ叫ぶあざみの頭を紗久羅は割と本気で叩いてやった。柚季は恥ずかしい、他人のフリをしようと俯き咲月は困り顔。


「痛いなあ、何すんのよう!」


「いちいち恥ずかしいんだよお前は! 後、ここに来た目的は食い物じゃなくって初詣!」


「わ、分かっているもん。でもでも、食べ物だって大事なんだからね! 屋台巡りなんてお祭シーズンか、こういう時じゃなきゃ出来ないし。嗚呼このソースの匂い、ものを焼くじゅうじゅうという音、甘い香り! ああどれから食べようかなあ」

 早くもあざみは屋台巡りモードである。そんなあざみに咲月が微笑みかける。


「そうね、屋台もじっくり見て回りたいわね。けれど、その前にお賽銭をあげに行きましょう。そしたら屋台巡りをしましょう、ね?」

 まるで子供を諭す親のような口調。それを聞いてあざみがややしょんぼりしつつ、はあいと手を挙げる。それを見て柚季がため息をついた。


「咲月さんったらまるであざみのお母さんみたい」


「まあなあ。友達及びお姉さん並びにお母さん役って感じなんだよな。それはあたしにとってもだけれど。……というか柚季、あざみのことは呼び捨てなのに咲月のことはさんをつけるんだな」


「何か『さん』をつけたくなっちゃうのよ。咲月さんって本当大人っぽいわよね。昔からそうだったの?」


「ああ。咲月は昔から外見も中身も大人っぽかった。よく『お母さん』とか『お母様』とか『オカン』とか呼ばれていたっけ。何かクラスメイト全員の面倒を見ていたというか、皆のことを近くから或いは遠くから優しく見守っていたというか。小学何年生だかの時に作ったクラス文集では、お嫁さんにしたいランキングは三位だったが、お母さんにしたいランキングでは堂々一位だった……というか満場一致だったせいでランキングになっていなかったという。お姉さんにしたいランキングとかもやっていたらきっとそっちもぶっちぎりで一位だっただろうな」

 今は手水舎を目指して歩いている。そこまで広くない道は人でいっぱいで、皆がそれぞればらばらに喋っているものだから非常に騒がしい。あざみはしょっちゅう屋台の前で立ち止まっては、屋台は後と咲月に手を引かれ、名残惜しそうに目をつけた屋台を後にする。

 紗久羅はそんなあざみを呆れた様子で見やりつつ、話を続ける。それを聞いていた咲月は「いやね、恥ずかしい。あんまりそんな話しないでよ」と照れていたが、紗久羅は構わず喋り続けた。


「曲とか、食べ物の好みとかも渋いから余計大人っぽいって感じだったんだよな咲月は。皆が好きな食べ物はハンバーグとかカレーですって言っている中、私が好きな食べ物はてっさと湯豆腐とわらびのおひたしですなんて言っていたんだから。後ほうれん草の胡麻和えだっけかな」

 

「てっさとか渋いなあ……というかてっさってふぐのお刺身よね? 結構高価なんじゃ……咲月さんってお金持ちのお嬢様なの?」


「あの辺りでは結構有名な家のお嬢様なんだよ。名家のお嬢様ってやつだな。ま、あたしから言わせれば柚季も充分お嬢様だけれど」


「そんなことないってば。そりゃあまあ、貧乏とは言わないけれど」


「私の家だって大したことはないのよ。紗久羅ってば誇張しすぎ」


「あれで大したことがないだなんて……咲月ったら嫌味だなあ」

 嫌味じゃないわよ、もうと咲月は苦笑いするしかない。声を張り上げることも、変に語尾を延ばすこともない彼女、苦笑しつつ紗久羅にそう言う姿もまた上品である。

 そういえば、と柚季は紗久羅に尋ねる。


「紗久羅とあざみと咲月さんってどんなことがキッカケで仲良くなったの? 紗久羅とあざみはとても気が合いそうなのだけれど……そこに咲月さんが入っているってことが何か不思議なような」

 言われて紗久羅は記憶の引き出しを順番に開けてみる。だがいざ思い出そうとすると、思い出せない。それは咲月もあざみも同じようで、そういえばどうしてだっけと首を傾げる。


「意外と覚えていないもんだなあ。キッカケらしいキッカケなんて特別無かったのかも。いつの間にか仲良くなっていたような。三人共花の名前だねって言って笑った覚えはあるけれど、それがキッカケだったかどうかは……あたし達三人を『お花トリオ』って最初に言った人が誰だったかも思い出せないし」


「まあ、キッカケがどうあれあたし達お花トリオが今も昔も、そしてこれからも超仲良しってことに変わりはないわよね!」

「そういうこと。ああ、そういえば昔……」

 とそこから三人、手水舎の近くで立ち止まり思い出話を始める。それは柚季がすっかりすねてしまうまで続けられた。彼女が「皆して私を一人ぼっちにして、ぐすん」などと言ってみせなければ、ずっと話していただろう。それ位多い数の眩い思い出が三人にはあったのだ。


 話を切り上げてから手水舎へ行き手を清める。ひしゃくですくった透明の水は冷たいが、叫ぶ程のものではない。水泳の授業の時に浴びるシャワーの水の方が余程冷たいような気さえした。紗久羅とあざみは適当にやったが、柚季と咲月は正しい作法で行なう。着物を濡らさないよう、慎重に。


(あたしがやっていたら確実に濡らしただろうなあ。二人共上手くやるもんだ)


 さあ、これからいよいよお賽銭をあげに……というところで誰かが紗久羅の右肩に手を置いた。びっくりした紗久羅が慌ててその手の先にある顔を見てみれば。


「あ、やっぱり紗久羅ちゃんだ。やっほう」

 にこやかに挨拶する女性。それはつい先日桜町に引っ越してきたばかりの夏目梓であった。まさかこんな所で彼女と会うとは思っていなかったから、ますます驚いた。

 怯んだ紗久羅よりも先に梓に挨拶をしたのは咲月だった。


「梓さん、こんにちは」

 咲月はどうも梓と顔見知りらしい。紗久羅に目を向けていた梓は咲月に気がつくと、ぱあっと顔を輝かせる。


「あれ、咲月ちゃんもいたんだ。こんにちは」


「咲月、この人と知り合いなの?」


「ええ、私の家の近くに引っ越してきたから。紗久羅も顔合わせたことあったのね」


「うん、喫茶店『桜~SAKURA~』で」

 紗久羅はつい先日まで桜町を騒がせていた白い烏――烏白のことを思い出した。色々と悪さをしていた彼に協力していた者、それが梓ではないかと紗久羅は疑っていた。実際はどうやら違ったようだが、初対面の時の印象が未だに尾を引いているせいか彼女は梓のことを若干苦手に思っている。普段は明るくてさばさばした、どちらかというとボーイッシュなお姉ちゃんという感じなのだが、時に出雲に似た冷たく妖しい空気を身にまとう彼女。

 当分消えそうに無い苦手意識、それに気がついているのかいないのか、ただ梓はにこにこと笑っているだけだ。


「咲月ちゃんとそちらのお嬢さんは振袖着ているんだね。二人共よく似合っているよ。いや、本当見れば見るほどよく似合っているなあ! 男だったら惚れていたね、うん」


「ありがとうございます」

 二人共照れつつお礼を述べる。梓は二人の姿をじろじろ見たまま恍惚の表情を浮かべた。


「ああ、羨ましいなあ振袖が似合うなんて。私女物の着物とか結構好きなんだけれど、あんまり似合わなくってさあ。自分の兄さんにも『お前は振袖より、羽織袴の方が合うだろう』とか何とか言われる始末で。成人式で振袖を着た時、女装した男? とか何とか言われたっけ、あっはっは」

 頭に手をやり、豪快に笑う彼女。


(いや、それ笑う所か……?)

 と心の中でツッコミを入れてみる。確かに顔立ちや笑い方等は女より男のそれに近いような気がするが、体つきは女性らしさを感じる。着飾って、化粧をして、おとなしくしていれば案外振袖も似合うんじゃないかと思ったが、ああでも確かに羽織袴の方があっているかもなあ、とまだ見ぬ彼女のお兄さんの意見に納得。


「いやあそれにしても本当、似合っている。二人共お姫様みたいだ。やっぱり着物には黒髪だよねえ、うんうん。茶髪で、ただ着ているだけっていう子達も可愛いには可愛いのだけれど、お姫様って感じがしないというか、偽物っぽいというか。自分が黒髪主義だからそう見えているだけかもしれないけれどね」


「梓さんも初詣にここまで来たわけ?」

 紗久羅が聞くと、梓はうんと元気よく頷いた。あざみよりもエネルギッシュな人かもしれないとただそれを見ただけで紗久羅は思った。


「お賽銭あげて、それからこの大社の近くにある神社を見に行こうと思っているんだ。ここよりずっと小さいけれど、結構大きな社があるんだ。木々に囲まれてひっそりとした所にある社でねえ……そっちにお参りに行く人はあまりいないみたいだから、ここよりかはのんびりじっくりと見られそうかな。そこに祀られているのは一人の女神なんだって。元から神様だったのか、それとも人が神様に変じたものなのか、はたまた実は妖や精霊だったのか、その辺りははっきりしないのだけれど……全国を多くの従者と共に転々としていて、ある日この地へやって来た。当時この辺りでは良くないことが起きていたそうだ。自然災害だったのか、飢饉だったのか、或いは人ならざる者が引き起こした災いだったのか、そこもはっきりしないけれど」

 好きなことになると周りが見えなくなり、夢中になってぺらぺらと喋りだすところはさくらそっくりだった。だがさくらのお喋りモードを止めることは出来ても、彼女のお喋りモードを止めることは出来なかった。それを阻む痛いほど眩しいオーラが彼女から出ていたから。

 柚季も咲月も仕方なくその話を大人しく聞くことにした。


「その災いを取り除いた女神は人々に感謝された。女神は旅に疲れたのか、ここに住み着いて静かに暮らすことを望んだ」


「その女神を祀ったのがその神社なんですか?」


「そういうこと。その女神は今も従者達と共に社でひっそり暮らしているんだって」

 

「ふうん。で、そこへ行く前にここに来たと」

 うん、と梓は頷くとこの場所から微かに見える拝殿を見やる。何故か好奇に満ちた目で。


「神社とか巡るの好きだから、一つでも多くの場所に行こうと思ってね。それにここで昔起きたっていう奇妙な失踪事件にも興味があったし」

 その声が、妙に冷たかった。にっと浮かべた笑みが四人の胸を氷の矢で刺す。

 あのあざみでさえ、その笑みにぞくっとしたらしく口をぽかんと開けたまま固まっている。

 だがそれは一瞬のことで、彼女はすぐ元の明るい顔に戻った。


「それじゃあね、お姫様方。お姫様を求める輩に捕まらないように気をつけてね」

 ナンパ男達に絡まれないように、と言っているらしい。確かに紗久羅やあざみはともかく、咲月や柚季には変な虫が近寄ってくるかもしれなかった。

 梓は手を振ると人混みに紛れて消えてしまった。


 やっぱりあの人、苦手だと紗久羅は思うのだった。


 死なない……私は死なないよ。私はお前達の前からいなくなりなどしない。

 だって、だって私は……私は。

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