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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
行く年 来る年
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行く年 来る年(8)

「明けましておめでとう!」

 思い思いの祝いの言葉が京中に溢れ、ぐんぐんと世界は膨らんできて、はちきれて、巨大な音をたてて爆発する。彼等の声に、強大なエネルギーに、新年の訪れを告げる鐘の音はかき消され、もう誰の耳にも届かない。京は、世界は爆ぜて、果ては消えてなくなった。ここにいる者達の辞書に、今は果てとか終わりとか限界とか、そういったものの一切はない。

 ついさっきまで確かにここにあった二〇××年というものは、もう爆発してなくなってしまった。代わりに新たな年が生まれて、世界を形作っていく。けれど今はまだ、ない。何もなくて、何もかも真っ白で、限界も終わりも何もない。それもほんの一時のことだけれど。


 世界が爆ぜた時に生じた火花、或いは炎を思わせるようなものが今歳寿京の空を彩っている。それは彼等が新たな年が始まった時、祝いの言葉と同時に空へと上げたものだった。


 祝いの灯。大晦日の日のみ歳寿京にある屋台や店で手に入れることの出来る灯りである。

 橙や黄、白っぽい青、薄緑、赤――様々な灯りを抱くそれは、金魚や達磨、鬼灯、睡蓮、薔薇、南瓜等など様々な形をしている。空へ飛ばしてしまえば形など全く分からなくなってしまうから意味がないといえば無いのだが、それでも皆あれこれ悩みながら、自分の一番気に入った形や色の物を探し、願いを込めながらそれを空へと飛ばす。


 真っ暗な空を無数の灯りが飛び交い、未来を眩く照らす。あんまり明るくて、闇も絶望も嫌なことも何もかもが見えない。

 天の川の水が溢れて、実体化して、下界へと降り注いだかのような。光の洪水、光の雨。


 弥助と、年越し直前に会った鬼灯の主人と柳、お腹いっぱいで死にそうだと二人してふうふう言っているやた吉とやた郎。彼等と共に年を無事越した小雪は「明けましておめでとうございます!」と叫びながら空へと上げた、牡丹や可愛らしい鳥、極彩色の蝶等の描かれた灯りと、他の人達があげた灯りを微笑みながら見ていた。もう自分の上げた物がどこにあるのかさっぱり分からなくなっている。それでも、ああ今頃あの辺りまで言ったかなとかもしかしたらあれがそうかもしれないとか思うのだった。


「おめでとう、でかぶつ兄ちゃん!」


「よう、おめでとう蛇の旦那!」

 弥助は今日、今この場で会ったばかりらしい妖と祝いの言葉を交わす。

 それは何も彼等だけに留まらず、他の者達も近くにいる赤の他人と言葉を交わしたり、肩を組んだり、笑ったりしていた。彼等はその人が知らない人だろうが、明らかに住んでいる土地が違うような者だろうが関係なく話しかける。

 小雪も、すぐ傍にいた赤毛の魔女に抱きつかれ、戸惑いながらも祝いの言葉を口にした。彼女だけではなくから傘お化けや半魚人、リザードマン、目玉が顔ではなく頭の後ろについている女等からも声をかけられ、その度言うのは「おめでとうございます」という祝いの言葉。


「年が明けた、明けた、明けたぞ、年が明けたぞ! 明けたったら明けた、明け、明けた、明けたの、明けました、明けた、明けた、たった、けった、あっけ、たっけ、あった、たったけ、あけった、たった!」

 前にいる人の肩に手をやり、綺麗にずらり縦一列むかでさん状態になった妖達が、変な歌(アドリブらしく、どこもぐだぐだ)を歌いながらそこら中を練り歩く姿をあちこちで見る。それは『年踊り』というもので、妖達が年明けの時にやるものだった。踊りといってもこれといった型はなく、ただ一列になり、足並みそろえてよいせ、ほいせと歩きながらいい加減な歌を歌うだけのもの。


「年踊りかあ、いいっすねえ。小雪、あっしらもやるか?」


「い、いいです。お断りします」


「はは。お前はああいうのいかにも苦手そうだもんなあ。しかし皆今までに相当飲んだのか、酒くせえなあ! まああっしもちょいと体を動かしたら、後で死ぬ程酒を飲むつもりっすが。さて、もう少しここでくっちゃべったら芋煮でも食うか。阿呆みたいにでけえ鍋いっぱいの芋煮もこれだけの人数の前ではあっという間に消えてなくなっちまうからなあ」

 全くだ、とすぐ近くにいた鬼灯の主人が笑う。何十年か前、まだ残っているだろうと思って行ってみたらすでに無くなっていた……ということがあったらしい。


「あれを食べ損なうだけで、新年を迎える気持ちが失せてしまうからね。私もそろそろ行くとしよう。行こう、柳。それじゃあ二人共、今年も我々と『鬼灯』を宜しく」

 おう、と弥助は手をあげる。


「こちらこそ。今年も美味しい料理、たぬき蕎麦をめいっぱいいただくっすよ」

 二人はそれを聞いてから軽くお辞儀すると、二人仲良く寄り添いながら一足先に芋煮が配られている場所まで向かう。空から降り注ぐ数多の光に照らされる、何百年経っても変わらず仲睦まじい二人の姿はとても輝いて見えた。

 それを見た小雪ははあ、とため息。何だいきなりため息なんかついてと弥助が聞くと、小雪は頬を仄かに染めながら呟く。


「いえ、本当にあのお二人は仲が良いなあと思いまして。……羨ましい限りです」


「はは、確かにな。しかしあのラブラブ夫婦が仲良く寄り添う姿を見て、羨ましいと思うようになるとはなあ。昔のお前じゃあ『馬鹿みたいに寄り添って気持ち悪い』とか言って終わりだったろうに。あっしの愛の授業が功を奏したんだなあ! 今じゃあよく笑い、よく怒り、ぴいぴい泣く、表情のころころ変わる愛らしい女の子に……いてっ」

 弥助を思いっきり蹴りつけた時の、小雪の顔といったら。愛の授業とか、愛らしい女の子だとか、そんな単語を聞いたら恥ずかしくなったし、昔の自分と今の自分を比べる発言に照れてしまったのだ。

 何をするんだ、と弥助は怒鳴るものの顔はどことなく楽しそうで。彼女が照れて、顔を真っ赤にしながら人を蹴ることが出来るようになったことが内心嬉しいのだろう。


「ま、あっしのお陰でもあるんだろうが……きっと人間の男に惚れたのが一番大きかったんだろうな!」


「だからそれはご、誤解だと言っているではありませんか! 全く馬鹿のお前には耳というものがついていないんですか、耳が!」


「耳ならちゃんとあるっすよ?」

 ふざけて弥助が体を小雪の方へ傾け、自分の右耳を彼女の眼前へとやる。

 小雪は顔を真っ赤にしながら身を震わせ、その憎らしい耳へ向かって思いっきり怒鳴ってやった。


「その汚い耳がちゃんと機能しているか確かめてやります。私は人間の男になんか惚れていないってんですよ、この大馬鹿狸!」

 一応、彼の耳はちゃんと機能していたらしい。耳を押さえながら悶える彼にあかんべえをしてやると、小雪は先に芋煮を配っている広場へと行ってしまった。


 そちらの広場もまた大勢の人が集まっている。大きめの木の器に入った芋煮を、ぺちゃくちゃ喋りながら食している者の姿をあちこちで見かけた。

 鍋や、妖達から放たれている熱気が小雪の体を火照らせる。熱を受けると溶けてしまうとか、死んでしまうといったことはないが、熱いのは苦手である。

 もしここに降り積もった雪があったなら、そこに向かって思いっきり飛び込みたいと思う小雪だった。


(芋煮もいいですが、私はカキ氷が食べたい。後でまた食べようかしら。あいす、もいいわね。あれも冷たくて甘くて食べると幸せになるから)

 間もなく追いついた弥助が、小雪にさっきはよくもやってくれたなと抗議する。小雪はまたも舌を出し「ざまあみやがれってんですよ」と。反省などしない。

 弥助はしばらく乱暴女とか、鼓膜破壊娘とかそんな悪口をぶつくさ呟き続けていたものの、やがて大人しくなり列に並んで芋煮を二人仲良く受け取った。


 弥助はすぐ、小雪はふうふうと冷ましながら芋煮を食べる。とろとろの芋、火を通して甘くなった、秋の山染める紅葉の色をした人参、しゃきしゃきという音がたまらない葱、程よく油ののった肉等多彩な具の入った芋煮はとても優しい味がする。熱いが、嫌な熱さではない。

 食べている最中、二人は同じく芋煮を口にしている出雲と鈴の姿を見かけたが、新年早々あんな奴にわざわざ話しかけることもないと弥助が言ってスルーした為、先程の負のオーラ垂れ流しの争いは起きなかった。


 広場では芋煮だけでなく甘酒も配っており、独特な香りのするそれも飲んでほっと一息。真っ白なそれは、なんだかとても縁起の良い、祝い事にはぴったりの飲み物に見えた。

 

 年が明けて一時間以上は優に経過したが、妖達の盛り上がりっぷりは衰えを知らず。果てを知らない彼等から湧き出るエネルギーは無限。

 年踊りだけではなく、寿踊りというこれまた特別型のない、ただめでたいめでたいと言いながら手足を適当に動かしてする踊りを踊っている者の姿も多く見受けられた。人がいっぱいいる場所でやるから時々ぶつかってしまうが、誤らず、そのまま突き進む。ぶつかられた方も仕方無いなあと笑って済ませたが、中にはぶつかられた拍子に芋煮をこぼしてしまい、烈火の如く怒り、ぶつかってきた阿呆を追い掛け回す者もいた。


 芋煮を食ってからもその場にしばらく留まる者、さっさと離れてまた別のものを食べたり飲んだりしに行ったりする者、人それぞれ。

 弥助と小雪は、お腹いっぱいとか言っておきながらまだ食べ物の話をしているやた吉、やた郎と再び出会い、自分達が食べた物の情報を彼等に話してやってからその場を離れる。


 朝になると消えてなくなる祝いの灯も、まだまだ空に漂い続けている。その中を縫うようにして飛ぶ妖達の姿が地上からも微かに見えた。

 歳寿京のある通りを練り歩く珍妙な集団。それは貸衣装屋で衣装を借りた者達で、新年を祝ってパレードを始めているのだった。

 どこで手に入れたのか、太鼓をどんどん叩いたり、笛をぴろぴろぴょろりと吹いたりしている者も中にはいる。皆自由きままに演奏しているものだから、ハーモニーもくそも無い。だが珍妙な集団には、間抜けなメロディーがよく似合っている。


 その集団の中には明らかに酔っ払っている白粉の姿が。彼女は今中世ヨーロッパの貴族の女が着ているようなドレスを身にまとっており、長靴をはいた猫を思わせる格好をした猫太と共に全く意味の分からない歌を歌いながらパレードの列に加わっている。着慣れていない衣装を着ている為か、白粉は時々バランスを崩したり、思いっきりすっころんだりしたが、酒に酔い、場の空気に酔っているせいか、怒りもいらついた声をあげもしない。ただきょほほほとかいう訳の分からない奇声をあげて行進を再開するのみ。


(泣いたり、変に周りの奴に絡んだりしていない所を見るとものすごく酔っているわけではないようだな。それにしてもあの格好)

全身真っ白(といっても彼女の場合実際に白粉を塗っているわけではなく、元々白粉をぶ厚く塗りたくったような色をした肌なのだ。ゆえにどこもかしこも白い)の女がドレスを着て歩く姿はおかしい。見ているとじわじわと笑いがこみ上げてきて、やがて弥助は腹を抱えて笑い出す。更に去年の魔法少女の格好をした彼女の姿を思い出してしまい、腹筋崩壊が急速に進む。小雪も、弥助程ではないが口を抑え、白粉から視線を逸らしつつぷるぷると震えている。

 下手な芸人より笑わせてくれる彼女達。中には全く変な格好をしていない者も混ざっていた。どうやら彼等が練り歩くさまを見て「楽しそうだ、自分も参加する!」と飛び込み参加した妖達のようだ。


「いや、本当、面白い。ああ駄目だこれ以上見ていたら新年早々死んでしまう。約八百年生きた狸の最期が笑い死になんてまじ勘弁」


「私だって嫌ですわ。ええ、でも確かにこれ以上見ていたら本当に笑いすぎて死んでしまうかもしれません。そういえば弥助、確かやりたいことがあると言っていませんでした?」


「おう、そうだった。ようし、それじゃあちょいと体を動かしに行くとするか」

 そう言って弥助は肩をぐるぐると回すのだった。

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