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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
行く年 来る年
178/360

行く年 来る年(6)

 歳寿京もやがて夕方となった。橙色の陽は喧騒から逃れるように沈んでいき、今はもう殆ど見えない。流石冬とあって暗くなるのも早い。

 京中に掲げられている提灯が、赤や橙、金の灯りを灯し始める。暗くなった世界を照らす灯りの美しさが生み出す幻想。だがその幻想も、喧騒によってかき消されてしまう。日が暮れても歳寿京を訪れる妖達の騒がしさは衰えることを知らず、むしろ近づく年の終わりを前にますます盛り上がってさえいるのだった。


「熟成、究極、秘伝のタレ、焦げた醤油の匂い、じっくり煮込む、長い時間寝かせる、飴色の玉ねぎ、お袋の味、漬け込む……醤油や味噌って単語は最強だな、うん、大豆最高。炭火焼、自家製、昆布出汁にかつお出汁……うん、出汁良いな出汁。産地直送、こだわりの、肉汁、瑞々しい、ジューシー、焼きたて、茹でたて、ほくほく、ふっくら、漁師飯、もちもち、磯の香り、噛めば噛むほど味が出る、本場の味、老舗の味、旨み、活き〆、エキス、継ぎ足し、甘辛、有名料理店とか料理人監修って響きも何か惹かれるよなあ……特製ダレ、葱とか生姜、にんにくもいいなあ。石釜で焼いた奴とか、手打ち、こし……ああ、ええと、後他には」


「何訳の分からないことをさっきからぶつぶつ言っているんですか、この馬鹿狸」

 ゆっくり腰を落ち着けつつ、屋台で手に入れた食べ物や酒を口にしたり、歳寿京を訪れた仲間同士で喋ったりする為に用意された、テーブルと椅子が並ぶ大きな広場。

 静かで心落ち着く時間を楽しんだ小雪は、何かの景品で手に入れたらしい思い描いた風景を映し出すしゃぼん玉で遊ぶ妖や、まだこれからだっていうのにすでにべろんべろんになって前後不覚になっている妖、産まれて初めて食べたらしい焼きおにぎりに感動の涙を流しているキョンシー等の横を通り抜けてこの広場までやって来た。


 待ち合わせ場所であるそこにいた弥助の姿を見つけるのはそこまで難しくはなかった。広場入り口からそう離れていない所にいたからである。

 弥助の姿を見つけ、すぐにでも声をかけようとした……のだが彼は椅子に座りながらぶつくさと訳の分からんことを呟いていた。

 何をやっているんだこの馬鹿は、と冷ややかな目で見つめながら氷のように冷たい言葉をなげかけてやると彼はようやく小雪の存在に気がついた様子で、にっこり笑いながら折っていた指を広げ、ぶんぶんと陽気に振る。


「よう、小雪」


「こんばんは。何だか随分熱心にぶつぶつ言っていましたが、何だったんですか、あれ」

 ああ聞かれていたのか、と弥助はちょっと恥ずかしそうにした。


「なに、屋台を巡る前に腹を空かせておこうと思ってな。個人的に美味そうだと思わせる言葉とか、聞いただけで腹が減るような言葉を挙げていたんだ」


「相変わらず訳の分からないことを考える天才ですわね、お前は。まあいいです。ほらさっさと行きますよ」


「はいはい。ま、のんびりまわりながら適当に食ったり遊んだりしようぜ」

 そう言いながら浮かべた笑みは小雪には太陽のように見えた。熱い位の光が彼女の体を溶かしそうになる。火照る顔をそこよりはまだ冷たい手で覆い、熱を冷ましながら「はい!」と言った。だが緊張のあまり上擦った、言った自分の方が恥ずかしくなるような声になってしまう。

 そんな小雪を訝しげな目で見つめながらも特に追及はせず、弥助はよっこらせと立ちあがった。頭一つ分は高く、がっちりとした体つきの彼は相変わらず大きく見える。その大きさは人を怖がらせたり、不安にさせたりするようなものではなく、むしろほっと安心できるものだった。


「小雪は今まで何をやっていたんだ? どうせお前のことだから京の外れの方でのんびりしていたんだろう」

 図星だった。彼女の行動パターンは全てお見通しのようである。小雪は嬉しいような気恥ずかしいような。

 その通りだ、とわざとちょっとだけ悔しそうに言って小雪は今まで自分が狢や精霊達とお茶を飲んでいたことを話す。


「精霊達の中には、京にある宮に住む姫様方もいらっしゃいました。彼女達はお茶を飲みながら歌を詠んでいました。狢さんは歌に結構詳しくて、うっとりしながらそれを聞いていましたっけ。あれはこういう歌だろうとか、あの歌はこの単語とこの単語をかけているんですねとか……そういうことも教えて下さいました。そういうことを教えてもらいながら聞くと、頭の中に情景が浮かんで……嗚呼成程確かに素晴らしいなと思いました。意味があまり分からなくても、綺麗な言葉の数々に嘆息したり、唸ったり」


「へえ、そうかい。あっしはああいうのはいまいち。だが本当お前も成長したなあ。昔のあんたじゃあ歌なんて聞いても『だから何なんだ、くだらない』と一蹴しただろうし、詳細な解説を聞いても情景一つ思い浮かべることが出来なかっただろう」

 昔のことを指摘され、小雪は顔を真っ赤にする。


「そ、それは確かにそうだったかもしれませんが。も、もう昔のことです! 全く、昔のことをいつまでも引きずって……そ、そういう男はもてませんよ! まあ引きずる男だろうが、引きずらない男だろうが、お前がもてないことに、か、変わりはないでしょうがね!」

 口を開けば思ってもいないことばかり。そして彼女がこういうことを言うと、弥助は必ずと言っていいほど反論してきたり、だからなんだってんだとか言ってきたりするのだ。

 ところが今回の弥助は違う。彼はむきになることも、怒ることもなくただ苦笑い。


「昔のことを引きずる……ね」


「あ、あの……弥助?」

 いつもと違う反応だったから、小雪は戸惑ってしまう。同時に生まれたのは小さな罪悪感。小雪があんまり不安そうに自分を見るのを見て、彼は笑いながら首を横に振った。


「いや、何でもないっすよ。そうか、そうか。精霊達と茶を飲むのは楽しかったすか?」


「え、ええ。楽しかったです。こういう場ではあの方達もごく普通に接してくださいますし。そもそも我々妖達と関わることを心の底から嫌う者達は、歳寿京に来ないか、来てもこの京が企画運営している誰でも参加できるような催しごとには絶対顔を見せませんしね。私達と話をしてくれた精霊達は、殆ど皆森にある『歳記(さいき)殿』の前で行なわれる、『京記(みやこしるし)()』に参加するようで、私がその場を去る頃に移動を始めました」

 ああ、あれかと弥助が頷く。


「京にある『宮』の記録係達が書いた、京で起きたこととか、行事の様子とか、天候とかの記録をここ歳寿京にいる記録係に渡す儀式だよな。で、代わりに宮の記録係は新しい筆と昨年度の全ての宮の記録を簡潔にまとめた書誌を貰うと。宮に一年中引きこもっている者達の唯一の晴れ舞台っすよねえ、あれは」

 京記の渡にて受け取った記録を元に、歳寿京の記録係達は書誌を作る。受け取った記録及び作成した書誌は『歳記殿』に保管されるのだ。

 

「ま、あっしらには関係の無いことだ。別に見るのは自由だが、あんな面白みの欠片もない儀式を見るのに時間を割きたくはないっすよ。あっしは堅苦しいのは嫌いだからな。……小雪は?」


「私もどうしても見てみたい、というものだとは思いません。まあいずれの機会にちょっとだけ見てみようかなとは思いますが」

 厳かな雰囲気で行なわれる儀式に興味をもつ妖は殆どいない。強制参加ではないから、参加しなくても良いのなら参加はしない。

 そういった儀式は他にも幾つかここ歳寿京で行われる。歳寿京の者と、宮の中でも特に高貴な身分である姫達が、森にある宴の社を訪れる神々を迎え入れる儀式や(これは妖は参加出来ない)、今年との別れと次の年の訪れを祝う(ことば)を吟じるもの等もあり、その殆どは森の中で行なわれるのだ。


「そっか。それじゃあ早速回るっすよ。どうせ三日までは店も閉まっているから、のんびり出来る。沢山楽しまなくちゃなあ」

 そう言って弥助は歩き始める。それに小雪もついていくのだった。

 まずはイベントやゲーム等が行なわれているエリアを歩く。行き交う人々を見ながら、本当にこの京には世界中の人々が訪れるのだなあ、と感心する。文化も、外見も自分達とは全く違う毛色の者達。そんな人達全てを受け入れる母の様な京。全然違う者達が集まっているというのに、不思議と皆上手いこと溶け合っており、妙な違和感をあまり覚えないのだった。


「こういう場でしかなかなか見ない人達が多いですわね。そういう人達を見ると改めて、この京が世界中全ての人の為の場所なんだなって思います」


「皆普段はあまり自分の住んでいる土地から離れようとしないからな。出かけたとしても、言語や文化が大きく異なるような所までは行かない。別に人間の世界みたいにパスポートが必要とか、高い金を積まなくちゃいけないってこともないんだが。……本当、ここは世界中にいる妖達と交流をするにはうってつけの場所だ。実際、同じ趣味を持つ奴等が年に一度この京で会って大いに語り合ったり、その趣味で遊び呆けたりするようだし。こっち来てみな」

 とそこらでやっているゲームに小雪と共にちょくちょく参加したり、どういうものがあるかなあときょろきょろ辺りを見渡したりしていた弥助が、一つの心に決めた目的地を目指して歩き始める。小雪はそれに大人しくついていった。


 どちらかというと京の外れに近い方に、テーブルと椅子がずらりと並んでいる場所があった。最初小雪は彼との待ち合わせ場所同様飲み食いやお喋りを楽しむスペースだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 テーブルの上には確かに酒やおにぎり、サンドイッチや焼き鳥等も置いてあったが殆どは大きな厚紙やトランプサイズのカード――遊盤(ボードゲーム)や遊札(カードゲーム)であった。わいわいと騒ぎながらそれらで遊んでいる。

 離れた土地に住む者同士がゲームを通じて繋がっている。そんな光景が目の前には広がっていた。


「ここには遊盤や遊札の愛好家が集まっている。皆で自分のコレクション……まあ多分汚れても大丈夫な遊び用のものだろうが……そいつを持ち寄って遊んでいるようっす。後は闘札(トレーディングカードゲーム)の交換とか、色々な情報を教えあったり、遊盤や遊札のことについて色々話したり。毎年ここに集まってやっているっすよ。あっしも少し混ぜてもらったことがあった。まあ遊札とか遊盤に関する話にはついていけなかったが。ちょっと好きってもんじゃねえからなあいつらの場合。……多分今年も……あ、ほら」

 弥助は誰か見つけたらしくある方向を指差した。そこには胡蝶がおり、自分の手札と、テーブルに並んでいるカードと睨めっこしていた。彼女が遊盤、遊札好きであることは知っていたから小雪はぽんと手を叩く。

 二人は彼女の座っているテーブルの近くまでやってきて、彼女が試合を終えるまでその様子を見ていた。たかがゲーム、されどゲーム。ミイラ男と対峙する彼女の顔は真剣そのものである。


 やがて試合が終わり、上機嫌で口笛を吹く胡蝶はすぐ傍にいた二人に気がついた。


「あら、やっちゃんに雪ちゃん。なに二人で歳寿京を回っているわけ?」

 胡蝶がにやにやしながら小雪を見る。彼女は恥ずかしくなって思わず視線を逸らし。


「まあな。といっても今会ったばかりで、これからって感じっすが。それにしても相変わらずっすねえ……毎年ここに来て、遊盤や遊札で遊んでいるっすねえ、胡蝶の姐さんは」


「年に一度のお楽しみだしねえ。世界中の妖が集まることなんて滅多にあるもんじゃあないし。こっちでは手に入らないようなものでも遊べるし、自分と同じ趣味を持った人達と色々語り合うのってとても楽しいし。歳寿京が閉じられるまで、ここで遊んでやるわ」


「ここでずっと、ですか?」

 信じられない様子の小雪を見て、胡蝶が笑う。


「ええ。最後の頃になると皆死人同然になるけれど。まあ今日はまだまだ皆元気よ。ふふふ、これから長い間皆と一緒に思う存分遊べるかと思うとぞくぞくしちゃう。おっと私、対戦を約束している人がいるんだった……それじゃあね。雪ちゃん、歳寿京でやっちゃんとの愛を深めてね」


「な、な……胡蝶さん!」


「あはは」


「あっしはこいつと愛を深めるつもりはないっすよ。こいつもあっしとの愛を深めたいとは思っていない。何せこいつには好きな人間がいるんだから」


「あはは、やっちゃんって本当頭悪いわね」


「笑いながらなんてことを! というか何で今あっし頭悪いって言われ……っと小雪? おい、痛い、ちょっと、おい、手を無理矢理引っ張るな!」


「さっさと行きますよ、この馬鹿狸!」

 これ以上いたら胡蝶によって更にからかわれ、下手すると自分の気持ちを弥助に知られてしまうかもしれない。それを恐れた小雪は無理矢理弥助の腕を引っ張り、その場から離れようとする。

 去り際、胡蝶が笑い声を交えつつ叫んだ。


「末永く御幸せに!」

 小雪の体温は高くなり、弥助の腕を掴む力は強くなるばかり。小雪に引っ張られ仕方なくその場を離れた弥助は「何だ? 胡蝶の姐さんすでに酔っ払っているのか? あんな訳の分からないことを言って」と見当違いなことをいう。ここまで鈍いといっそ清清しい。


 逃げるようにその場を離れた小雪はしばらく動悸が止まらず、まともに口を開くことさえ出来なかった。弥助関係のことでからかわれるのに弱い彼女である。

 気持ちを落ち着けようと、自ら進んで色々なゲームに参加した。ところが行く先々で弥助とコントのような、痴話喧嘩のようなものを意図せずしてしまい「仲の良い夫婦だね」とか「熱々ですなあ」とか言われるものだから落ち着くものも落ち着かない。


「あいつら、ただからかっているだけだって。そんなむきになって反論せんでもいいのに」


「お前だって私と一緒になって、むきになって『誰がこんな女なんかと!?』とか何とか叫びまくっていたくせに!」

 的確すぎる指摘に弥助はべろを出す。そんな彼と小雪は今手に煮た小豆の入った皿を持っていた。二人が先程挑戦したのは『小豆数え』なるゲームで、適当にすくわれた小豆の数を見ただけで予想し、当てるというもの。そして自分が予想した数と、実際の数との差の分だけの煮豆を食べなくてはいけない。ものすごく勘の悪い妖は相当な量を食べねばならず、どうしてこんなゲームに挑戦してしまったんだと泣きながら山盛りの煮豆を食べるのだった。


「まあ、むきになって否定する気持ちは分かるが。あっしもお前も、お互い心から愛する人間がいるからなあ」


(全然分かっていない……)

 知られてしまうことを恐れている自分もいたが、やっぱりこれ程までに理解されていないと悲しいを通り越してただもう腹立たしい。小雪はわざとらしい大きなため息をつきながら豆を食べる。

 その他にも、音楽に合わせて上手いこと手に持った鈴を鳴らすと、光で出来た美しい花々や鳥が出てくるリズムゲーム『花音(はなおと)』や変顔自慢の妖とにらめっこをしたり、間抜けな顔をした金魚の吐き出す泡の中に入って空の散歩を楽しんだりした。


 それから二人は幾つもある屋台の集まる通りを巡った。そこへ来た弥助の腹が逆に聞こえなくなると不安になる位頻繁に鳴るのだった。


「やっぱりどれもこれも美味そうっすねえ。おお、あの網の上で焼かれている伊勢えび見ろよ、ものすごくでかいっすよ。しかも身に味噌を……あれ、海老のみそなんだろうなあ。くう、あれは熱い内にがぶりと思いっきりかぶりつきたいっすねえ。きっとぷりぷりしているに違いない。口の中に入れて噛む度踊るんだろうなあ……おお、あっちはパスタの屋台か! 甘酸っぱくてジューシーなミートソース……こくがあってまろやかなカルボナーラ……。あっちでは蒸した野菜を食えるのか。美味い野菜はシンプルに調理するのが一番っすねえ。色々なソースも用意されているのか。あれをほんのちょっとつけてぱくりと食べるんだな。見ろよあの人参の色の鮮やかさ、秋の山を彩る紅葉にも負けちゃいない。……おお、あそこにあるのは小籠包!」

 ゲームで遊ぶ時もまるで子供の様にはしゃいでいた弥助だったが、食べ物を前にした時の盛り上がりっぷりはそれ以上だった。弥助が飛びついた屋台にあるのは小籠包。他にも餃子や中華まん等が。

 早速彼は花のつぼみにも似た小籠包を一つ貰い、口に入れる。直後彼は声も無く悶絶。白い蕾が秘めたる蜜――熱々のスープが口の中で暴走しているようだ。勿論悶えている理由は熱さだけにあるわけではない。


「ああ、美味い! やっぱりこの中に入っている熱々のスープが最高っす。けれどこのスープだけじゃあ駄目なんだよな。一緒に入っている豚肉とか野菜とか、それを包んでいる皮もあって初めてこの美味さが。おっさん、もう一つお願いっす!」

 そう言ってまた小籠包を食べる。熱いことが分かっていながら彼はそれを一口で食べてしまう。そしてまたさっきと同じように悶絶するのだが、絶対に吐き出してしまうことはないし、悶える顔には笑みさえ浮かんでいた。小雪は熱いものが得意ではなかったから食べなかった。特にこの小籠包は熱々の内に食べるから美味しいものであって、馬鹿みたいに冷ましてから食べてもそれほど美味しくない。だから彼女は弥助が美味しそうに食べる姿をじっと眺めているだけだった。


(私ってこの男にとって、食べ物以下の存在なのかしら……)

 すっかり忘れ去られた感がある小雪はため息。仕方なく自分も何か食べることにし、一人ぺちゃくちゃ喋っている弥助を少しの間その場に残し近くにある屋台を巡った。


「いやあ、この肉まんも美味いっすね。たけのこのこりこりって感触がもうたまらん。後はほんのり香る生姜が良い!」

 と肉まん、続いてあんまんも口にするとまた別の屋台へ。小雪が氷にかけると虹色に輝く不思議なシロップがたっぷりかかったカキ氷を恍惚の表情を浮かべながら食べている間、彼は握りたてのおにぎりを頬張っていた。


「ああ、しらすと醤油のおにぎりが美味い。この味付け醤油だけじゃあないよなあ……昆布出汁とか絶対入っている。いやあやっぱり出汁って最高だよなあ。出汁って言葉を聞くだけでよだれが止まらん。ああこっちの焼きおにぎりもいいっすねえ……このちょっと焦げている部分が最高っす。味噌も塗ってあって、ああ味噌や醤油はそのままでもいいが、ちょっと焦がしても美味い……」

 と今度は梅干入りのおにぎりに手をつける。米の甘さが梅干の酸味を引きたて、そしてその酸味が米の甘さと梅の甘さを引きたてる。鳥五目のおにぎりは沢山の具材に心躍るし、ほぐした鮭の程よい塩味がきいたおにぎりもまた美味い。ただ塩で味付けしただけのおにぎりも美味しく、食べても食べてもまだ食べたいと思わせてくれる。


「おにぎり最高! 米文化のある土地に住んでいて良かったすよ。おう、小雪。カキ氷美味かったっすか? ん? 今持っているのは?」

 今小雪が持っている皿。そこには真っ黒焦げの、丸い何かと細長い何かがあった。どうやら葱と玉ねぎのようだが、インパクトの強い見た目に弥助は目をぱちくり。


「葱と玉ねぎの黒焼きだそうです。とても甘いそうですよ」

 といって小雪が外の焦げた部分に箸を入れ、そこを綺麗に剥がしていく。すると中には黄金色の身。そこからじゅわっと出て来て皿に落ちていった汁の色もまた同じで。甘い匂いのする湯気が弥助の腹を鳴かせる。


「一口、どうぞ」

 小雪がじいっと弥助を見ながら、彼に箸を一膳渡してくれた。弥助はそれを一口。すると大きく目を見開いて。


「美味い!」

 と一言。小雪も続いてそれをふうふうと軽く冷ましてから口に入れ、美味しいと目を輝かせる。特に何もつけずに食べたが、充分火の通った葱と玉ねぎは甘く、そのままでも食べられた。皿についた味噌をつけて食べるとこれまた味が変わって美味い。

 黒々とした土、掘り返してみれば黄金や小判がざくざく。美味しい宝物は二人を夢中にさせ、気がつくと皿にのっていたそれは綺麗さっぱりなくなっていた。


「いやあ見た目にちょっとびっくりしたが、美味かったなあ!」


「はい! 本当ここまで甘くなるものなんですね。けれど自然の甘さだから後味が爽やかで」

 小雪は普段あまり見せない満面の笑みを浮かべる。それは思わずどきりとしてしまう位眩いものだったが、相手は弥助。ときめきはせず、こちらも笑顔を返す。

 これをきっかけに小雪のテンションもあがり、二人して夢中になって屋台を見て周り、色々な物を食べた。りんご飴、タコス、渡り蟹の味噌汁、親子丼、ライスバーガー、綺麗な細工の飴、色々な魚をぶち込んだ鍋、イカ墨パスタ諸々。


 美味しいものを食べると話も弾む。普段は弥助相手にあまり素直になれない小雪も、いつもに比べると大分素直な気持ちを話すことが出来、また饒舌になった。

 こうして二人楽しい時間を過ごすのだった。

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