番外編:桜村奇譚集1
番外編:桜村奇譚集1
『天狗の話』
桜山に、一人の天狗が住んでいた。強面のその天狗は、自分が一番強いのだと思い込んでいて、いつも偉そうな態度をとっていた。また、酷く乱暴な性格で頭に血が上ると直に手や足が出る。誰に注意されても、耳を貸そうともせず、逆に注意した者を殴りだす始末であった。
ある日、天狗は特にすることもなく、ふらふらと山の中を歩いていた。
山の中にある、小さな泉の近くを通ろうとすると、その泉に誰かがいるのが見えた。木の陰から泉の様子を伺ってみる。そこにいたのは、人間の娘であった。とても美しいその娘は、身にまとっているもの一切を脱ぎ捨てており、その滑らかな線を描く豊満な体を惜しげもなく、晒していた。娘は、天狗が見ていることも知らずに、真っ黒な長い髪の毛を細い手ですいている。
あまりに美しい娘であったから、思わず天狗は見惚れてしまって、しばらく娘の行水を眺めていた。
しかし、それから暫くしてからのこと。天狗は、うっかり咳をしてしまった。刹那、娘は天狗が自分の行水姿を眺めていることに気がつく。
「おのれ、この化け物め! この私の裸を見るとは!」
女は声高々に叫ぶと、まず、すぐ近くにあった石をむんずと掴み、天狗へ投げつけた。天狗は、頭に血をのぼらせて、おのれ人間の分際で、と反撃にでようとする。
しかし、天狗が動く隙を与えぬ勢いで、娘は次々と石を投げる。
終いに、おのれまだ立ち去らぬかと言って、泉のほとりに置いていた、大きな弓と矢を持ち、裸のまま泉からあがると、天狗めがけて矢を射る。
天狗はどうにかそれを避ける。しかし、娘はその手を緩めることなく次々と矢を射ってくる。女は巫女なのか、その矢に少し触れただけで火傷した。
これはたまらん。天狗はその場を全速力で逃げ出した。娘の天狗を罵倒する、鬼の様に恐ろしい声が、彼の身体に突き刺さる。
どうにかこうにか逃げ切った天狗は、すっかり気落ちしてしまった。
まさか、自分が人間の、裸の小娘に負けるとは。
それ以後、天狗は前に比べると少しは大人しくなったという。
『山男』
桜山には、山男が住んでいる。
背丈は六尺(約180cm)、いやそれ以上はある、腕と足は大木のように太い大男。日に焼けたせいかやや茶色がかった髪はぼさぼさであった。
男は山を下りて、村を訪れた。そして自分は人であるなどと行って、村に住みつく。男は恐ろしい位力持ちであったが、心は優しく、村人達にも好かれていた。
しかし、山男は暫くすると、ある日突然村から姿を消してしまう。
それから数十年後、また山男は村を訪れ、また住み、そしてまた姿を消す。
姿を現したり消えたりを繰り返している。理由は、誰も知らない。
今も山男は、時々村にやって来ては、人間として暮らしているらしい。
『縁切り男』
桜村に、若い男女がいた。幼馴染であった二人は、やがて愛し合うようになり、ついに夫婦として結ばれることになった。
婚礼をひかえたある日のこと。女は野草を摘みに山へ行く。
その山の中で女は、この世のものとは思えない、それは美しい男と出会った。
女は、あまりの美しさに見惚れてしまった。男が口を開く。その声もまた、鳥肌が立つ程に透き通った美しい声であった。
女は、男と色々なことを語った。
それからというもの、女は毎日山へ行っては、その男と会い言葉を交わした。そうするうち、女はその男の事を好きになってしまった。そして、今まで愛しいと思っていた幼馴染の男への愛が少しずつ冷めていった。
とうとう、女は、婚礼と取り止める等と言い出し、幼馴染のその男と喧嘩をし、結局別れてしまった。
しかし、それ以後あの美しい男が山に現れることは無くなったという。
『仏像を彫る鼠』
一人の男が居た。男はある日、猫に襲われている小さな子供を見つけ、その子供を助けてやった。
それから数日後、畑仕事から帰ってきた男の家の前に、木を彫って作られた小さな仏像が一つ、置いてあった。それは素晴らしい出来のものであった。
男は何故こんなものが家にあるのだろう、と首を傾げたが、まあいいやと思って、その仏像を家の中に飾った。
その仏像を飾ってから、男の周りに良いことが立て続けに起こり男はあっという間に裕福になった。
どうしてそんな急に金持ちになったのだ、と訪ねる村人に、正直者の男は木の仏像のことを話した。
するとそれを聞いた欲張りな村人の一人が、こっそり男の家に忍び寄って、木の仏像を盗んでしまった。木の仏像をとられた男は、また少しずつ貧乏になっていった。
折角の幸運を失ってしまった男は嘆き悲しんだ。
それから数日後の夜のことであった。かりかり、という何かを齧るような音が聞こえ、目を覚ますと、そこには一匹の鼠がいた。
男は、この鼠め、と言ってその鼠を叩き潰してしまった。
瀕死の鼠の傍らには、小さな木の塊があった。よく見ると、それは仏像のようであった。しかも、男の家の前に置かれていたあの仏像にそっくり。
男は仰天した。
「まさか、あの仏像は」
死に掛けの鼠は、かぼそい声でこう言った。
「私が作ったもので御座います。私は、人間に化けて村を駆け回ることが好きでしたが、ある日猫に気づかれ、危うく殺されそうになりました。その時、貴方様が私を助けてくれたのです。私は恩返しをしたいと思い、木を齧って仏像を作り、貴方様の家の前へ置きました。しかし、ある日こっそり貴方様の家の中を覗いたところ、あの仏像が消えていることに気づき、それならもう一度作ろうと思い、ここへやってきたのです」
「そうだったのか。すまなかった、許しておくれ」
そう男が言うと、鼠は満足したのか、息を引き取った。
『引っ張り池』
桜山には引っ張り池と呼ばれる池がある。
その池に入ると、誰かに足を引っ張られ、池の中に引きずり込まれてしまうからだ。
そうなったら最後、二度と帰っては来られない。
『紙喰い』
書物の管理には気をつけなさい。紙喰い男に、全部食べられてしまってからでは遅いから。
書物を入れるもの、置く場所には必ず蜜柑や柚の匂いをつけなさい。紙喰いはその匂いを嫌う。
『鴉女房』
一人の男の家を、美しい娘が訪ねてきた。娘は何も言わずに家に入り込んだ。そして、家の中から出ようとせず、何も喋ろうとせず、ただ座っていた。
次の日の朝男が目を覚ますと、女が朝餉を用意していた。
女は家から去る様子が無い。男はそれを不気味に思ったが、あまりに美しい娘なので追い出そうともせず、そのまま家に置いた。そして、気づけば二人は夫婦となっていた。
女は一言も喋ることは無かった。
ある日男は、思い切って言ってみた。
「どうか、一言でもいいから喋っておくれ」
すると女房は
「阿呆」
と一言言った。女は鴉に姿をかえ、そのまま家を飛び出し、男の前から姿を消してしまった。
『招き蝶』
仲の良い娘二人が、川遊びの途中、川に流されてしまった。
二人の娘は気づくと、見事な花畑の中に居た。そんな二人の前を、真っ黒の蝶が飛んでいった。あまりに美しい蝶であるから、二人は夢中になってその蝶を追いかけた。
蝶は、小さな川の向こうへ飛んでいった。一人の娘は、その川を渡って蝶を追いかけた。もう一人もそれに続こうとしたが、後ろから自分を呼ぶ母の声が聞こえたから、引き返して、声のする所まで戻っていった。
目を覚ますと、心配そうに自分の顔を覗き込んでいた母の姿があった。母は涙を流して喜んだ。
蝶を追いかけた方の娘は、ほんの少し前に息を引き取ったという。
『許すまじ』
一人の男が、友人であった男を殺してしまった。男は慌ててその死体を、近くにある桜の木の下に埋めた。
それから時が過ぎ、季節は春になった。村にある桜の花が一斉に咲き始めた頃、男が友人を埋めた桜の木の下から、妙な声が聞こえるようになった。
まじ、まじ、ゆる、じ、お、した、いちば、ゆう
何を言っているかは分からないが、村人達はそれを気味悪がった。男は、友人を埋めたところから、そんな声が聞こえるようになって、気が気ではない。
その妙な声は、少しずつはっきりしてくるようになった。
すまじ、すまじ、ゆるす、まじ、おれを、ろした、いちばん、のゆう
時が経てば経つ毎に少しずつ、少しずつその声ははっきりとした言葉へと変わっていった。
男は、それが友人の声であることを確信した。そして、彼が自分の罪を明かそうとしていることも。
るすまじ、るすまじ、ゆるすまじ、おれを、ろした、いちばんの、ゆうじ
このままでは、自分が友人を殺し、木の下に埋めたことがばれてしまう。
男は慌てて、木の下を掘り返した。
しばらく堀り続けていくと、あの日殺して埋めた友人の骸を見つけた。さっさと引きずり出して、誰にも気づかれないよう、他の場所へ埋めなければと思った刹那のことだった。
「許すまじ、許すまじ、許すまじ、俺を殺した、一番の友人!」
躯が声をあげ、男に飛び掛った。
あくる朝、目を見開いて死んでいる男と、その男の首を力強く絞めている、躯の姿が桜の木の下で発見された。
『ふくけ』
時々、桜山には「ふくけ」と呼ばれる家が現れるという。ふくけ、とは「福の家」から来た言葉であるらしい。
ふくけに入ると、美しい女(女が入った場合は男)が出迎えてくれて、それは素晴らしいご馳走を食べさせてくれる。また舞を見せてくれたり、面白い話を聞かせてくれるという。
ふくけに入ったものは、そこで一晩過ごす。目を覚ますと、ふくけは綺麗さっぱり消えている。その後、その人間には福が次々と舞い込み、一生幸せに暮らせるという。
しかし「ふくけ」は山のどこに現れるかは決まっておらず、いつも出てくる場所はばらばらだという。季節も時間も、決まってはいない。また「ふくけ」を探そうとして山へ入ると、絶対に姿を現さないという。
『つぼ』
見事なつぼを、買った男が居た。
しかし、その日のうちに誤ってそのつぼを落として割ってしまった。
すると、つぼは姿を消し、狸の死体が現れた。つぼはどうやら、狸が化けたものであったらしい。
番外編的な感じで。桜村(現・桜町)に伝わる物語を幾つか書いてみました。
本当は文章などを昔風に書ければよかったのですが、残念ながら私にそんな能力はありません。