聖なる日に舞い降りる白羽(3)
*
「昨日は大変だったそうっすねえ、桜町商店街」
本気で心配し同情しているのか、笑っているのか判別がつきづらい表情を弥助は浮かべている。彼のことだから恐らく前者ではあるのだろうが、紗久羅をからかう為わざと何ともいえない顔をしているのかもしれない。
二十七日、昼。休憩時間をもらっている彼は秋太郎家にて紗久羅とさくら、二人と話をしようとしている。勿論話の内容は白い烏についてである。
紗久羅は大変ってもんじゃなかったと昨日のことを詳しく話す。話すというより愚痴っているといった方が正しいのかもしれない。小さくて、ぼろぼろでか弱い存在である商店街は、たった一羽の烏によって滅茶苦茶にされた。全員で協力したから片付けにそう時間はかからなかったが、終わる頃には皆死んだようになっていた。
「あの烏、出来ることならあたしの手で捕まえてとっちめてやりたい。烏のくせに人間様を馬鹿にしやがって!」
「本当大変だったのね、昨日。でも私も見たかったなあ……白い烏」
紗久羅から貰った白い羽をさくらはくるくる回しながら、その持ち主である烏の姿を夢想する。烏のものとはとても思えない、穢れなき白がさくらの目の前で舞い踊る。
片膝をたて、その上に肘の辺りをおいている弥助もその羽に目を向けており、これが烏の羽だなんてなあ……と信じられないという風に呟いた。
「桜町商店街の方も大変だったようだが、白い烏について調べていた人達も大変だったようっすよ」
「調査が思うように進まなかったってことか?」
弥助は首を横に振る。
「違う。……二手に分かれて色々調査していた人達の前に白い烏が現れたんだ。まるでその人達が自分について調査していることを知っているかのように、そりゃあもうわざとらしく登場したそうだ。現われるなり胸を張ってえっへんと威張ったり、彼等を率いるかのように前を偉そうに歩いたり、くるくる回ったり、ブロック塀の上に乗ってまるで彼等に話しかけるかのようにかあかあ鳴き続けたり。調査している人達はその人間らしい仕草を可愛らしいと思う反面、いつ自分達のことを襲ってくるかとはらはらしていたようだ」
しばらくの間、白い烏は特に悪戯はせず割合大人しかったそうだと弥助が語る。しかし大変だった、と言ったからにはその後何かがあったのだろうと推察することは容易であった。
「その後、暴れだしたのか?」
「ああ。多分商店街の連中にやったことと同じようなことをした。調査メンバーの頭に乗って、頭から頭へぴょんぴょん跳んで移動したり、肩や腕に乗っかったり、人の周りをぐるぐる飛んで身動きがとれないようにしたり、糞を落としてきたり、襲うフリをして相手がびびるのを見て面白がったり……人間を玩具にして遊びまくったようだ。後は調査している人達の目の前で通行人を襲おうとしたり、耳元まで近づいて大声で鳴いたり、聞き込み調査の邪魔をしまくったり……」
と白い烏が調査メンバーに対してやった数々の行為を弥助がすらすらあげていく。紗久羅は昨日のことを思い出した。さくらの方はあまりにはちゃめちゃな烏の行為に目を白黒。
「烏は散々遊んだ後運の悪い通行人一人を襲った後飛び立って、今度はもう一方のグループの方へと向かったらしい。そちらのグループはそいつが来る前に、被害にあったもう片方のグループから携帯で連絡を貰っていた。連絡を貰った彼等は白い烏を警戒しつつ、上手いこと彼から離れようとした……が上手くいかず、結局同じような目にあっちまったようっす。挙句白い烏は商店街へ向かい……」
その後のことは紗久羅の方がよく知っていた。商店街で大暴れ……それが子の話の顛末――と思いきや、まだ少しだけ続きがあったらしい。
「色々な目にあいながらも、まあどうにか調査を終えた彼等はあちこちに烏避けのグッズを設置した。嫌な音を出すものとか、色々な。ところが何個か目のそれをある場所に設置した途端またしても白い烏と、普通の黒い体の烏数羽がやってきて……そのグッズを取り囲んで歌うように鳴きながらそれの周りをぐるぐる回り始めたそうっす。まるでこんなもの少しも怖くないもんねって風に。その後はどこかにグッズを置く度やって来て同じことを繰り返したそうだ」
なんという嫌がらせ。紗久羅とさくらは渋い顔。基本その白い烏は単独行動をしているようだが、その時だけは数羽の烏と一緒だったようだ。
「……しかもどうやらそのグッズの数々、白い烏達が去り、調査メンバーがその場を去ってすぐ……全て、誰かの手で壊されたらしい。粉々に砕かれて、な」
それを聞いた時、紗久羅は白い烏を攻撃しようと商店街の人々が振り回したり、投げたりしたものがことごとく破壊されたことを思い出す。結局何がそれらを壊したのかは分からずじまいだった。何故なら、それらを壊したと思われるものが何一つ見つからなかったからだ。誰がやったのかも分からない。
「後昨日は夕方から夜にかけて、やたら桜山の方が騒がしかったな……烏の声で山の中がいっぱいになっているって感じだった。騒がしいのはいつものことなんだが、昨日はいつも以上にすごかった。やかましいってもんじゃなかったっす。ま、それが今回のことに関係あるかどうかはしらんが」
話の内容は昨日のことから、烏の出現ポイントのことなどに変わっていく。
「昨日聞いた話や、あっしがお客さんから聞いた話によると……白い烏の出現ポイントにはあまり法則性はないようだ。てんでばらばら。桜山周辺で見かけられることが割と多いようだから、住処はその辺りにあるのかもしれんが。攻撃をする相手の年齢や性別もばらばら。ただ複数人その場にいても、胸を突いて襲うのは一人だけのようっす。そして一人襲うと必ずその場から立ち去る。昨日も散々悪戯をしたが、胸を突いて襲ったのは一つのポイントに対して一人のみっす。一体何がしたいんだか」
弥助はまだ見ぬ白い烏に呆れ返っている様子。その場にいる人全員を襲うわけではなく一人だけ襲い、襲ったらその場を去る――悪戯目的にしても何だか妙であった。
「これが一定の場所で人を威嚇、もしくは襲うとか季節が春であるとかなら巣や卵を守る為ってことなんだろうが。今は産卵時期でもないし、何かを守る為って感じでもないし……きらきらしたものをつけている奴を狙うって感じでもないしなあ。しかも毎度必ず人を襲うってわけでもない。誰も襲わないまま去るってこともあるようだ」
弥助は集めた情報を箇条書きした紙を取り出し、そこに書かれていることを読み始める。
「ある人は家の庭にその白い烏がいるのを見たらしい。烏は庭に咲いている花や植物をじいっと眺めていたそうだ。彼は庭に人が出てきたことに気がついたようだが何もせず、ただ庭をじっと見つめていたそうっす。しばらくしてから烏はその場を飛び去ったようだ」
「庭は荒らされたりしなかったんですか?」
弥助は首を横に振る。それを見て二人は腕を組む。話を聞く限り、白い烏はとんでもない悪戯っ子。綺麗な庭を笑いながらぶち壊す位しそうなものなのだが。
「他にも空をじいっと見つめていたり、イルミネーションを見ていたり、小学校の花壇を眺めていたりする姿も目撃されている。そういう時はえらく大人しいらしい。どうも綺麗なものを見るのが好きらしいな、その烏は。それでもってそいつは出会う人全てを襲うわけではない」
兎に角行動が読めない。烏の気持ちは人間にはよく分からない。話し合うにも相手はかあかああほうあほうと鳴くことしか出来ない。烏の言葉は人間には分からない。
「ただ適当に襲っているだけで意味はないのか、それとも襲う理由があるのかしら」
「襲う相手は適当に選んでいるだけなのか、それとも烏の中で何らかの基準があるのか。あるとしたらそれは何だ?」
頭をひねって考えてみるが、矢張り烏の考えていることなど分からない。
「そういえばあの白い烏って元々桜町に住んでいたのかしら。姿を町の人達が見かけるようになったのは二十四日。それより前はどうしていたのかしら? 山の方で活動していて、人前には姿を見せていなかっただけでずっと前からこの町にいたのかしら」
「普通に考えると、この町――恐らく桜山――で生まれ、この町で育った烏なんだが、一つ面白い情報があってな」
面白い、という言葉は二人共大好きだ。二人の好奇心がその単語に吸い寄せられ、笑顔を生む。
身を乗り出し一体なんだと聞く彼女達を見て弥助は呆れた風に笑う。
「実は昨日の夜、居酒屋で飲んだ後三つ葉市にあるネカフェに行ったんだ。それでもってパソコンで、白い烏について色々検索してみた」
「お前パソコンも使えるのかよ」
「おう、使えるぞ。あんなもの基本の操作だけならそう難しくないだろう。本も買って色々覚えたっすよ」
と弥助は自分がやれることや、パソコンに関する用語をまるで呪文のように述べていった。ついでにネットカフェの快適さなども。それを聞いていると、彼が約八百年生きている化け狸であることが到底信じられなくなる。本人も時々自分が妖であることを忘れているきらいがある。
(人間世界に馴染みすぎだろう、こいつ……)
紗久羅は呆れるやら感心するやら。一方のさくらは、人間である自分よりも妖である彼の方が余程パソコンの扱いに長けているという事実に少なからずショックを受けていた。彼女は電子機器の扱いが苦手で、とりわけパソコン操作が苦手であった。パソコンに関することもなかなか覚えられない。妖どころか、近頃の小学生にも負けているに違いなかった。
二人の気持ちも知らずぺちゃくちゃ喋り続けていた弥助だったが、やがて自分が本当に話したかったことを思い出し、申し訳無さそうに頭をかいた。
「って話がそれちまったな、すまんすまん。あっしはパソコンの検索サイトで白い烏のことを調べた。そしたらな……全国各地、あらゆるところで白い烏が目撃されていることが分かった」
「全国で?」
二人の息がぴったりと合う。白い烏とは珍しいものではなかったのか、それとも、まさか。
「その白い烏はある日突然現れるらしい。だがしばらくすると姿を消してしまう。その見えなくなった時期と、別の場所で見かけられるようになった時期がほぼ同じなんだ」
「一羽の烏が、全国あちこち旅しているって訳?」
「その可能性もある。そいつも庭とか道端に咲いている花をじいっと見つめていたり、空や海を飽きもせずずうっと眺めていたりしているようだ。まるでその景色に見入っているかのように見えたってあっしが見かけたブログには書かれていた。有名な動画サイトには、毎朝……日が昇り始めた頃同じ場所に来て藤色の空と海が交わっている辺りをじいっと見つめている白い烏の動画があった。そいつもある日突然姿を見せなくなったようだ」
その白い烏が巡り巡って桜町へとやって来た。そういうことだろうかと問うさくら、対して弥助は首を傾げている。確信をもって「そうだと思う」と言える程の情報は手に入れられていないようだ。
「烏がそんな風に全国各地を転々とするってことは有り得るのか?」
「分からん。生憎あっしは烏の生態には詳しくない。まあパソコンで調べた限り種類によっては『渡り』をする烏もいるそうだが……この場合は『渡り』とは呼ばないだろうなあ。放浪とか旅って言った方が正しい。それに、今桜町にいる白い烏は『渡り』をしない種類の烏だそうだし」
「他の所で見かけられた白い烏も、同じように人の胸を突いているんですか?」
「いや。そんな風に襲われたっていう話は見かけなかった。まあ勿論ネットに書かれていることだけが全てってわけじゃない。ただ書いていないだけで、そういう風に襲われた人間は結構いるのかもしれない」
ここで三人は今までの話をまとめることにした。
「ええとまず白い烏が人前に姿を現したのは二十四日の朝。それ以前に見かけたという情報は今のところなし。その烏は人の胸を突いて襲う。ただし複数人その場にいても、そうやって襲う人間は一人だけ。一人襲うとその場を去る。烏が襲う人間の基準は不明」
まずはさくらが言い。それに続くのは紗久羅。
「毎回必ず人を襲うわけではない。空や花を眺めるのがどうも好きらしい。全国各地で同じく空や花、海を眺める白い烏が見かけられている。あちこちを転々と飛び回っているのか、それともそれら全員が別個体であるのかは不明。他の場所で見かけられた白い烏が人の胸を突いて襲った、という情報は今のところなし」
後、商店街で烏を攻撃しようと振り回した箒などが目の前で突然壊れたり、烏避けグッズがことごとく壊されたりしたことも一応挙げた。
簡単にまとめたところで三人共腕を組み、思案顔。
「なんというか改めてこうまとめてみると……変な烏だよな。胸を突く、以外の攻撃はしてこない。まあ頭や腕に乗っかられてちょっと怪我した人はいたが……そういうことをされたのは調査をしていた人と、商店街にいた人だけ。他にそういう話は聞かない。ああ、本当に変な烏! 普通の烏ではないっすね!」
「普通の烏じゃない、変な烏。案外妖怪だったり?」
「怪しい、と思わないとは言わん。だが怪しい奴全員が妖であるとは限らない。むしろそうではないことの方が多い。鳥に詳しい爺さんの見立てでは、結構長生きしている烏だそうだが……でも現時点では変だけれど普通の烏と判断するより他無いっすねえ」
そう言ったところで弥助は立ち上がる。いつまでも二人と喋っているわけにはいかない彼は、店へ戻って昼食をとることにしたのだ。戸締りを二人に任せ、玄関へと向かう。二人は彼に礼を言った後、そのままお茶の間で白い烏について話し合おうとしていた。弥助の言う通り、ただのへんてこ悪戯烏なのかもしれないねと二人呟く。
「おい、二人共! 客だぞ!」
玄関の戸を開けた音、その後聞こえたのは弥助が二人を呼ぶ声だった。元々茶の間から玄関までの距離はそうないし、彼の声はとてもよく響くからはっきりと聞こえた。
一体誰だろうと思って二人が玄関まで行ってみれば、そこには見覚えのある姿。首にかけた勾玉の飾り、山伏のような姿、金色に光る錫杖。
「やた吉君、やた郎君!」
「ああやっぱりここだったんだね。こんにちは」
やた吉がにかっと笑う。何でも二人の匂いを辿ってここまで来たらしい。
烏のことは烏に聞いてみな――出雲の声が二人の頭の中で反響して、じんじんと痺れさせる。
「二人共、白い烏のことが気になるんだってね。……出雲から聞いた」
「それでもって話し相手になるなり、遊び相手になるなりしてやってくれっておいら達を二人の下へ寄越したんだ」
だが、出雲自身は今回の件で動く気はないようだ。まあそれに関しては二人共諦めていたし、やた吉やた郎を自分達のところへ寄越してくれただけでも上々だろう。
さくらと紗久羅は彼等にお礼を言った。紗久羅は「あいつには絶対礼は言わないが」と余計な一言を付け加えた。さくらの方は迷惑かけてごめんなさいね、と謝罪の言葉を。しかし彼等は全く気にしていない様子でにこっと笑った。主人とは大違いの優しさに二人は思わずきゅんとしてしまうのだった。
早速二人は弥助から聞いたことなどを彼等に話してやる。やた吉とやた郎はこくこく頷いたり相槌を打ったりしながら真面目にその話を聞いていた。表情といい態度といい、矢張り主人とは大違いである。
「……という感じだな。とりあえず今のところあたし達はそいつのことを『何か変だけれど、普通の烏』だと思っている。変な行動はとっているけれど、変な力を使っているって印象はないし」
と言う紗久羅を見た二人の表情が変わる。それから非常に言いにくそうに、重い口を開いた。
「残念だけれど……っていうべきなのかな。多分その白い烏、普通の烏ではないと思う」
「多分、妖だ」
「はあ!?」
つい先程とりあえず出た結論。それがあっという間に崩壊。がらがら、どん。
びっくりする二人を見て、彼等は体を小さくし申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「おいら達が時々こちら側の世界へ来て、散歩をしたり遊んだりしていることは知っているよね?」
「この辺りに住んでいる烏……妖ではなく、ごく普通の烏とも仲が良い。ところが最近皆の様子がおかしい。元気がないというかなんというか。それで気になって、最近なんかあったのかと聞いたら」
「白い烏のことを話してくれたんだ。つい数日前から桜山や、この町に姿を現すようになったそいつのことを。外部から来た、体の白い烏。異端の者」
「ところがそれだけじゃない。そいつからは歪で禍々しい、嫌なものを感じると皆言うんだ。それは俺達がもっているものと同じなんだとか。つまりは妖特有の気って奴だね」
動物というのは人間よりも鋭く、色々なことに敏感である。人間があまり感じないものもはっきりと感じられるのだ。出雲レベルになると人間でも肌で彼の異質さを感じ取ることが出来るが、やた吉やた郎などからはそういった禍々しさなどを殆ど感じない。弥助に至っては皆無である。
「おいら達だって、最初の内はこの世界に住む烏とはあまり打ち解けられなかったんだ。おいら達のもっている異質な力を敏感に感じ取っていたから。長い時をかけてここらで生きる烏達と信頼関係を結んでいったんだよね」
そんな彼等のもっているものと、白い烏のもっているものは全く同じだったそうだ。となると白い烏もまた、妖ということになる。
結局妖怪なのかよ……
「皆曰く俺達程強い力は感じられないそうだけれど、気味が悪いし怖いことに変わりは無い。自分達とは違う色の体だから、余計異質な感じがするって。で、そいつが我が物顔で自分達の縄張りをうろうろしていると。皆そのことに腹をたててはいるけれど、あまりそいつと関わりたくないと我慢していたらしい」
けれど、とやた郎に続いて今度はやた吉が口を開く。
「けれど皆わずか数日でその我慢が限界に達しちゃったんだ。このまま放っておいたら、いつまでもここにいるかもしれない。そんなことされたらたまったものじゃない……と皆してその白い烏を襲ったらしい」
それを聞いた時、二人は弥助の話を思い出す。彼は昨日の夕方から夜にかけてやたら山の方が騒がしかったと言っていた。その原因は山に住む烏達が、白い烏を追い出そうと行動を起こしたことにあるようだ。
今度はやた郎が喋る。
「最初は威嚇して、出て行け出て行けと言ったが相手が聞く耳を持たなかったので今度は攻撃を始めた。白い烏はやたらすばしっこくて……まるでそういう風に襲われることに慣れているかのように――なかなか攻撃は当たらなかった。とはいえ多勢に無勢。いずれ山の烏達の方が優勢になると思われた……んだけれど」
やた吉やた郎、仲良くため息をついた。その様子を見る限り白い烏追い出し作戦は失敗したようだ。やた吉が話を続けた。
「しばらくしてから妙なことが起き始めたんだって。白い烏の数が増えたり、妖が現れたり……これは多分幻術だね。後は地上から当たるとものすごく熱い光線がびゅんびゅん飛んできたり、ものすごい嫌な音が山中に聞こえたり……それらをやったのが白い烏であったとは思えないって皆口を揃えて言っていた」
「誰かが白い烏を助けたってこと?」
さくらの質問に、二人は多分とやや自信なさげに頷く。
「ただそれらしい姿は見かけなかったらしいけれど。気配を消していたのかも。結局白い烏にっていうよりはその援護者に振り回されまくって……白い烏を追い出すのは失敗しちゃったんだって」
「烏避けグッズを壊したり、店の人達が振り回したり投げたりしたものをぶっ壊した奴も、そいつと同一人物かな……けれどなんだってそんなこと。ていうか誰だよそんなことをした奴」
「やた吉君とやた郎君は、その白い烏を実際見てみた?」
二人は頭を振る。見ていたら彼が妖かどうか確実に分かっていただろう。
「まだ。探してはみたんだけれど、こういうのって探そうとすると見つからないものでさ……」
「これからどうする?」
「とりあえずおいらとやた郎でそいつを捕まえる為の『網』をかけることにした。勿論普通の網じゃないよ。上手くいくかは微妙だけれどね」
白い烏自体は大した力は持っていないようだが、彼の味方をしている者の実力は未知数。白い烏の目はごまかせても、その者はごまかせるかどうか。
「町の数箇所、空とか白い烏が目撃された辺りにかけてみようかと思う」
「他の烏や、人間がそれにかかってしまうってことはないの?」
「それはない。特定の者だけを捕らえることができるものだから。何でもかんでも捕まえることは出来ないって制約がある分強力な網になる。ただその術を使うには、そいつの体の一部とかが必要になる。多分山へ行けばそいつの羽が」
というやた郎の言葉を最後の最後で遮ったのはさくら。さくらは紗久羅から貰った白い烏の羽を二人に見せた。
二人は大いに喜び、それを受け取る。たった一枚あれば十分であるらしい。
早速やた吉とやた郎は外へ出、白い烏を捕らえる為の『網』をかけた。それは人の目にも、力の弱い妖にも見えない。仮に見えたとしてもちっとやそっとのことでは破れないものだった。
さくらや紗久羅、やた吉やた郎は願った。
どうかその『網』に上手いこと白い烏がかかってくれますように――と。
しかし残念無念。
その『網』は白い烏を捕らえることのないまま、無残に破られてしまうのだった……。
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持たざる者は、持つ者に焦がれる。手に入れられなかったもの、これから先も手に入れることの出来ないもの。手に入れることが出来ないことが分かっていても、願ってしまう。手に入れたい、手に入れたい、欲しくて欲しくて仕方が無い。
――烏は怒ってね、ふくろうにがあがあ抗議をした。今でも烏はふくろうに抗議しているんだって……――
俺が一番愛しいと思うものを、俺に感動という言葉を教えてくれたものをもっているあの人の声が頭の中に響く。
あの人が俺に聞かせてくれた物語。ふくろうの染物屋の物語。
持たざる者は、持つ者に焦がれる。
持たざる者は、永遠に持つことのできないものに焦がれ続ける。